哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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リーサル・ウエポン

 

 

 

 ワトソンのポルシェで学校に舞い戻った俺たちは、寄付された消火器が置かれている離れの倉庫に足を向けた。

 合計で15本、うち何本かはもう校内に設置されたあとで、残りが倉庫に保管されているらしい。消火器の中身が別物の可能性がある──その旨を伝えて倉庫の鍵を校長先生から借してもらった。

 

「ビンゴだね。見たところ使ってないのに薬剤が入ってる感じがしない」

 

 使い古されたって言葉がこれ以上ない倉庫の中で、ワトソンが手に取った消火器を睨みながら言った。

持ち上げたり逆さにしたり、最終的には栓を抜いてレバーを握るがノズルから中身が吹き出す様子はない。

 

 手元で消火器を弄った果てにワトソンが出したのは、やはり消火器の中身がすり替えられているという笑えない結論だった。訝しげな瞳がそっとこっちに向く。

 

「ユキヒラ。中身を確認したい、頼む」

 

「消火器の切断を頼まれるとはね。それは予想してなかった」

 

 ワトソンがテーブルに消火器を寝かせると、制服の懐から元始の剣を抜く。贅沢な包丁だ。カインもアバドンもまさかこんな使い方をされるとは、思ってもいなかったろ。

 

「……ワトソン、たしかに薬剤が入ってる感じじゃないな。もっと別の……」

 

 中身ごと切らないように、底から数10cm手前を元始の剣で切断する。

 熱いナイフでバターを切り落とすように、一つの消火器が二つに両断されるが、その中身を見たワトソンがらしくもなく舌を鳴らした。

 

 俺も鳴らしたい気分だよ。こんなものがサンタからのプレゼントだなんて悪夢ですら足りない。

 

「マンチェスターにいた頃、薬物を溶かしてボトルで密売しようとした事件があったんだ。今の技術なら精製して簡単に粉に戻せるからね」

 

「今回はその必要もない。見ろよ、清々しいもんだ」

 

 手の中のものを苦笑いを添えてワトソンに向ける。

 白一色で染まったパックの中身は口に出すまでもない。アクション映画や警察ドラマのなかにも頻繁に登場する有名な向精神薬だ。

 

「前に見た映画だと輸送するロケットランチャーの中にアヘンを隠してた。でも現実は消化器の中と来たか」

 

「中身がこれだと火は消せないね」

 

 ああ、これじゃ小火も消せない。

 消火剤には似ても似つかないものが飛び出したな。しかもこいつは……

 

「おい、寄付されたのは全部で15本って言ったよな? 1本の消火器にこの量だとして……こいつがあと14セットもあるってことか……?」

 

「報復の動機には十分過ぎるわね。どこから拝借したのか知らないけど、血眼になって行方を探してるはずよ。名無しのサンタも、盗まれたプレゼントも」

 

 半眼を作りながら夾竹桃が言った。洒落た言い回しを誉めてやりたいところだが、頭の中でざっと計算した総量が賛辞の気持ちを台無しにしてくれた。

 

 とんだクリスマスプレゼントだ。

 この量を盗まれたとあっちゃとても見逃してくれるとは思えない。

 

「盗んだ犯人の安否は分からないけど、これをこのままにしておくのはマズイね。残りの消火器もかき集めて運び出そう」

 

「けど、ここに寄付されたことがバレて、目当ての物が見つからなかったら? 十中八九、普通の連中じゃないんだ。目的の物がないって分かったら癇癪を起こして暴れ回らないか?」

 

「どちらにしてもリスクはついて回る、危険は避けられない。しばらく学校に警備をつけてもらって、その間に大元を叩きましょう。蜂の巣を女王ごとね」

 

 いつもと変わらない落ち着いた声での魔宮の蠍からの進言は……ごもっとも。どちらを選んでもリスクはついて回る。安全な道はないか。

 シャーロックじゃないんだ、先の未来なんて読めない。一息、沈黙の間を置いてからワトソン、夾竹桃と順番に目を配り、立てた親指で倉庫の外を指す。

 

「外にバスがあった、あれを借りよう。一度に全部運び出せる」

 

「乗った。ボクとユキヒラで校内にある残りの消火器を集める」

 

「キーを借りてくる、手早くいきましょう」

 

 ああ、手早くさっさとな。

 倉庫にあったキャスター付きのボールカゴを引っ張り出し、俺たちは倉庫に置かれた残りの消火器を投げ入れた。

 

 

 

 

 

 

「これで全部か?」

 

「全部だよ、ひとまず武探偵に戻──」

 

 屋外でボールカゴに積んだ消火器をバスに積み直していたとき──言葉を遮ったワトソンの視線が、道路に面した出口の門へと向いた。

 

 視線の先を追うと、黒のSUVがふざけた速度から急ブレーキをかけて停車したところだった。

 あの我が物顔の荒い運転……苦々しい声でワトソンが呟く。

 

「来客だと思う?」

 

「まさか、黒のSUVが2台だぞ。あの荒っぽい運転、行儀の悪いゲストに決まってる」

 

 バケツリレーの要領でワトソンから受け取った最後の消火器をバス内の夾竹桃に手渡す。

 ちくしょうめ……ビンゴだ、わらわらと行儀の悪そうな男が出てきたぞ。2台から6人、あのバーのカウンターにでもいそうな格好、来賓の方々じゃなさそうだ。

 

 ……俺たちがお目当ての消火器を積んでるところも見てたって顔だな。

 みんな仲良くこっちのバスに危険な視線が集まってる。穏やかに挨拶を交わせる感じの空気じゃないな。

 俺たちが出払う直前でのエンカウント、タイミングが良いのか悪いのか。蜂の方からやってきた。

 

「乗りなさい、全員をひき付けて逃げる」

 

 夾竹桃は即決。議論してる余裕はなく、俺とワトソンもバスに乗り込む。音を鳴らして、バスの開閉扉が閉まった。送迎用のバスは出入口の門を目掛けて真っ直ぐに直進するが、門の前に2台のSUVが手を繋ぐように横になって並んでいる。

 

「おい、前を塞がれてるぞッ!」

 

「言い訳を考えておきなさい‥‥‥!」

 

 ハンドルを握る女はあろうことかバスを加速させる。車の前に集まっていた男たちも、こっちが減速しないのを察して蜘蛛の子を散らすように道を空ける。

 

 バスは減速することなく並んでいたSUVを体当たりで退かしながら、道路に躍り出た。な、なんてことだ、力業で正面突破しやがった……

 

 後ろを見ると、綺麗に並んでいた二台のSUVは仲を引き裂かれたように離れ離れに弾き飛ばされている。

 

「……お前、たまに無茶苦茶やるよな」

 

「君の影響じゃない?」

 

「ゾッとする会話はやめて頂戴。状況確認」

 

「よし、単細胞で助かった。2台ともぴったり付いてきてるぞ、諦めムードじゃなさそうだが」

 

「こうなると犯人像が見えてきたね。冷酷か、大胆か、ただの馬鹿か」

 

「馬鹿であることを祈るわ」

 

 学校のバスだ。今の体当たりで作った傷の問題は後で考えるとして、後ろの窓からはしっかりと追尾してくる黒塗りの車が2台とも見える。

 ひとまず誘導に乗ってくれたのは幸いだ。が、窓から飛び出した黒色の銃身に喉から声が飛び出た。

 

「な──AK47……!? 日本のデパートはそんなもん売ってんのかッ!?」

 

「サイズで負けてる!」

 

 弾けるようなワトソンの叫びは無数に連なった発砲音にかき消された。

 銃痕が車体に刻まれる音、窓のガラスが割れる音がそこに混ざっていく。嵐のような第一派が止むと、車内には細かく粉砕されたガラスが無惨なことに床や座席の至るところに飛び散っていた。

 

 

「……信じられない。薬を飲んだフェレットのようだよ、なんて気が短いんだ」

 

「それだけお怒りなんだろ。妙に落ち着いてるけど、もしかして不幸に酔いしれるタイプ?」

 

「君がそうだろ」

 

「世界の破滅がかかってないだけマシ。バスで逃亡なんてあれを思い出す」

 

「なにを?」

 

「──ハムナプトラ2!」

 

 最後部の席の穴だらけになったガラスを足で叩き割り、追尾する二台の車に向けてトーラスを連射。2台の内の前方にいる車の右タイヤをワトソンが、左タイヤを俺が撃ち抜くが──

 

「ちくしょうめ! またこのパターンか!」

 

 ……また防弾仕様のタイヤか! 

 どいつもこいつも車に金をかけすぎる。島の姉から聞いたが、防弾仕様の改造も安くないんだぞ。

 

「伏せてッ!」

 

 とっくに伏せてますよッ……ワトソンくんちゃん……!

 

 こっちの自動拳銃とは異なった、間隔なく連なった発砲音と叩き割られていくガラスの粉砕音が耳を串刺しにする。借り物なんだぞこのバス……!

 

 AK47は世界でもっとも使われたとされる軍用銃、大国ロシアが生んだ傑作兵器だ。見てくれだけのサイズがデカい銃とはワケが違う。単細胞と言ったが銃の趣味が良い。

 

「夾竹桃、もっとスピード出ないのか!」

 

「これが精一杯!」

 

 接近してくるSUVに、9mmパラベラムを二挺でばらまいてなんとか下がらせる。前の車も後ろの車もAKで武装してやがる。左の助手席、右の後部座席、2台で合わせて4挺の自動小銃。火力が違いすぎる、アンフェアもいいところだ。

 

 弾が鉄を打つ音が間隔なしに響き渡る。狙いも何もない、数に物を言わせて弾をばら撒いてやがる。下手でも数を撃ちゃ当たると言うがおまけに的もデカい。このままレースをやっても先にバスがダメになる。

 

「一度でいいから悪党にはエアガンを使ってほしいよ」

 

「2台とも防弾だね、弾が通らない」

 

 シートの下に頭を下げ、ワトソンはげんなりとした表情で弾倉を交換。ああ、金がかかってる。お高い車だ。

 俺も心中うんざりしながらホールドオープンしたトーラスに弾倉を押し込む。

 

「弾を全部無駄撃ちしてくれるのに賭けるか?」

 

「その前にバスがダメになる、却下だ」

 

 右側に並んだ1台が側面から銃を乱射。残されていたガラスも片っ端から粉砕していく。舌を鳴らし、割れたガラスから俺も発砲。カウンター気味にボンネット、フロントガラスに弾を叩き込んで後退させる。ちっ、ばら蒔きすぎたか。

 

「夾竹桃、案があるなら聞くぞ。できれば弾切れになる前に頼む」

 

「リサイクルはできないの? 山ほど散らばってるけど」

 

「……聞かなかったことにする。ああ、お前の職業は錬金術師か。今度、俺のコインを金の延べ棒にでも変えてくれ」

 

「こんなときに言うべきことじゃないけど、夫婦喧嘩みたい。結婚したら?」

 

「ウケましたよ、貴族様。策がある、乗るか?」

 

 なけなしの弾倉を挿填し、スライドを引き絞る。

 

「あるの?」

 

「ああ」

 

「ヤバいやつ?」

 

「さあ?」

 

「どんな策?」

 

 俺は弾を込めたトーラスをそのままワトソンに差し出す。つまり、

 

「渡す。この弾を使って援護しろ」

 

「待って。君はどうするのさ」

 

「出たとこで行く」

 

 割れた窓に手をかけ俺はバスの外、屋根の上に乗り出した。

 

「待つんだ、出たとこって──それは策じゃないっ! 無策って言うんだよ!」

 

 普通じゃないよな、俺もそう思う。だが、常識的な奇策は奇策たり得ない。非常識であればあるほど、効果はある。ようするに、ここは常識の外側から攻める。未開域からの攻めだ。

 

 ワトソンの警告を無視し、吹き付ける風に半眼を作りながらバスの上にうつ伏せの姿勢で乗り出す。防弾のヘルメットもなしに銃弾乱れるバスの外に乗り出す、皮肉なことにバスジャックのときのキンジを彷彿とさせる状況だった。

 

 四方八方、どこからでも狙い放題。ギロチン台に首をかけた気分で、口に咥えたルビーのナイフを右手の掌に押し当てる。追ってくる武装したSUVに頭を向ける姿勢にはゾッとするが、掌に咲いた赤色をざらついたバスの屋根に一気に塗り広げた。

 

「雪平ッ! 策があるなら急げ! 長くは抑えきれないぞ」

 

 聞き慣れた発砲音が二種類、追尾する2台を牽制する。一剣一銃は見たことがあるが双銃もこなせるのか、さすが二つ名持ち。

 

「急いでますよ、頭に鉛は欲しくねえからな」

 

 人生おもいきった賭けも大切だ、時にはイーサン・ハントみたいに無茶な勝負に出るしかないときだってある。

 俺やキンジの場合は、常に綱渡りって感じもするけど。

 

 ワトソンに急かされる形で、掌に走る苦痛をガン無視。ざらついたキャンバスに血の図形を書き上げた。それは血を引き金とする、インスタントの閃光弾──

 

「yippee- ki-yay……ざまあみろ」

 

 血に濡れた手を、書き上げた赤い図形に押し当てる。血に反応し、音もなく放たれた青白い閃光は何の前触れもなく2台のSUVのドライバーを襲う。本来は対天使だが、その閃光は人間の目を焼いて動きを止めるには十分。

 

 粗っぽい運転を続けていたSUVは後ろの1台が減速しないまま前のお仲間に追突。前の1台は真横になって横転し、後ろの1台も路肩の砂利道に乗り出すようにして横転──そして、俺が足場にしていた穴だらけのバスもけたましい音を立てて急ブレーキがかかった。

 

「お、おっ……!?」

 

 本土の学校生活は転校続きだったけど、理科の授業での実験の楽しさは今でも覚えてる。慣性の法則だ、一度動いたものは別の要因が働かない限りは走り続ける。例えばそう、ブレーキとか。

 

 ずっと走り続けていたバスからの急激なブレーキ。不安定極まった足場に留まれず、俺もアスファルトの上に投げ出された。咄嗟に頭からの転落を防いだだけでも、自分を誉めてやりたい。

 

「……ちくしょうめ」

 

 優しくない痛みにぼやき、硬い道路にうつ伏せになっていると、後ろからドアの開閉音が耳に届く。足音が二人分、耳元で止まった。

 

「君は究極の利口かバカのどちらかだね」

 

「前は列車、その前は飛行機から飛び降りた。一度でいい、歩いて乗り物から出てみたい」

 

 仰向けに転がると、呆れた顔のワトソンくんちゃんと腕を組んだ夾竹桃が目に入る。心配より先に率直な感想が出るところ、実に安心する。俺は重たい右腕を持ち上げ、気だるく横転した車の方向を指差した。

 

「とりあえず救急車を呼んでくれ。この世からクビになる前に」

 

 あと、9条破りになる前に。

 

 

 

 

 

 日が暮れ、夜が降り、朝が来た。朝が過ぎ、いつもと変わらないありふれた昼がやってきた。

 

「私は金の重さで仕事を選びはしない。金に籠められた想いの重さで、やるかどうか決める」

 

 やけに快活に、インパラの助手席に座った彼女は言った。包みを解いた棒キャンディーが、いつもは煙管が陣取っている口元を占領している。

 

「それ、カナの言葉だろ。キンジがパクってるの見たことある。でもまさか、報酬のほとんどを返しちまうなんてなぁ」

 

「バスを穴だらけにしたのは私たち」

 

「それもそうか」

 

 そう言われると返す言葉はない。頭の後ろに手をやったまま運転席のシートに倒れる。結局、穴だらけの送迎バスは新しいものに買い替えが決まったらしい。保険と大半を送り返した報酬でなんとか賄えるそうだ。

 

 依頼完了の報告を終え、インパラの窓を通して青と白に広がった空を仰ぐ。実家に連絡があるとかでワトソンは席を外してこの場にはいない。同じく、神崎も母親であるかなえさんとの面会の機会を急遽セッティングしたと連絡があった。こっちの理由は分かりきってる、色金だ。神崎の中に埋め込まれた、意思を宿した金属──

 

「ええ、こっちの用事はいま終わったところ。暇ができたらかけて頂戴、オルレアンの聖女様」

 

 留守電にそう言い残したあと、携帯電話が折りたたまれる。

 

「暇ができたらかけて頂戴って、お前って本当にロマンチックだよな。ジャンヌが夢中になるのも無理ない」

 

「妬かないでよ。貴方にもいつかそう言ってくれる相手が現れるんじゃない? いづれ、人類が滅んだら」

 

 悪びれた様子もなく、まるで些細な悪戯が成功したような顔で。くすりと彼女は笑う。

 

「エイリアンとデートなんてごめんだ。出すぞ」

 

 一悶着あった学校の駐車場を抜け、逃走劇を演じた道路にインパラで躍り出る。生まれたときから脳裏に刻まれていたような、耳に焼き付いてしまったV8エンジンの音を掻き鳴らし、愛しのインパラは殺風景でがらんどうな道を進む。

 

 結局、泥棒として名前に挙がった栗鼠娘とやらは、俺たちがレースをやった裏側で、乾が別件で取り押さえたらしい。消火器を盗んだのは栗鼠娘ではなく、栗鼠娘に感化された貧しいものに盗品を配る泥棒。早い話が栗鼠娘の模倣犯。こっちも学校を襲撃した連中が借りていた廃れた一軒家に軟禁されてるのが見つかった。

 

 今は病院で検査中だが命に別状はない。俺たちが発見したときは椅子に両手と両足を縛られた古典的な姿勢で、口はガムテープで塞がれた映画みたいな光景だった。多少の外傷はあったが早々にゲロったらしく目を覆いたくなるほどじゃなかったのは幸いか。仮にお目当ての物が見つかったあとは──どうなっていたかは考えたくないが。

 

 盗みは罪──しかし、犯人の行動でこの学校が救われたことも真実。彼女が正しいのか、間違っているのか。それについては俺からこれ以上言うことはないし、言えるものでもない。

 

 犯人は捕まり、警察に搾られる。あの学校はこれからも続いていく。それが今回の顛末、それ以上は何もない。依頼主も名無しのサンタの正体を知った、これにてお仕事完了。

 

「……なんか喋れよ。やっと仕事が終わったのに変な雰囲気だろ」

 

「パソコン中」

 

「パソコン中?」

 

「貴方は運転中、私はパソコン中」

 

 横目を向けると、膝にノートパソコンが乗せられていた。いつの間に……

 

「パソコン中なんて言い方はありません」

 

「貴方は運転、私は別の作業をする。これが役割分担よ」

 

「ああ。お得意のもちつもたれつってわけね。存分にカタカタしとけ」

 

 赤に明滅した信号で停止すると、後部座席に置いてあるダンボールボックスの中からテープを1枚引き抜く。

 

「役割分担ならそれっぽくしてやる」

 

「……どうしてサングラスをかけるの?」

 

「俺、ディーンと違ってサングラス肯定派の人間なの」

 

 UVカット仕様のサングラスをかけ、引き抜いたテープをデッキに押し込む。再生ボタンを押して──さあ、管制塔のスレスレを走ってやるか。

 

「……『Danger Zorn』?」

 

「チェンジは聞かないぞ。もうサングラスかけちゃったから、テイクオフだ」

 

「貴方も好きねえ、" トップガン "」

 

「日本人は負けん気で這い上がるドラマが大好物だろ?」

 

 やがて赤だった信号が青に明滅し、ハンドルを握りなおす。好きな車に乗って、好きな曲をかけて、見慣れない道を走る。なんとも贅沢だ。

 

「トップガンはいいぜ、トップガンは。ミッチェル大尉はかっこいいことこの上ないし、F14のまた美しいこと。熱くもなれるし、切なくもなれるし、穏やかな気分にもなれる、変幻自在に心を揺さぶる作品だよ」

 

「一昔前の映画を好むところ、お兄さんによく似てる。主人公が軍人の作品ってところが特に」

 

「頭担当? 筋肉担当?」

 

「貴方、たまに猛毒を吐くわね……」

 

 あっちも猛毒を吐くから別にいいんだよ。アンフェアにはならない。そう思いつつ、ふと思い出した別の話題を投げてやる。

 

「そういやメールが来てた。ケッチの野郎、今ハンガリーにいるってさ。ハンガリーって何があるんだ?」

 

「この機会に知識を深めてみれば? ちなみにルービックキューブはハンガリーで発明されたの」

 

「ホントに? それは知らなかった」

 

「彼、敵だったんでしょ。貴方のお母さんから聞いた」

 

「お気に入りの傷の上に醜い傷を付けられた。まあ、所属があのUKの" 賢人 "だからな。最初は完全に敵同士、それが今ではグレーゾーンになったって感じ。最近は善人と悪人、悪者とヒーローの違いが難しい」

 

 最初は敵同士、思えばそれは隣の女も同じだった。メグのときもそうだった。最初の出会いは最悪も最悪。あのファーストコンタクトから何がどう転んだらこうなるんだろう。

 

 メグは──ジョーを殺す引き金を作った。憎悪をいくら束ねても足りない相手のハズだった。でもインパラの窓から見えたメグの最後の姿に、俺が感じたのは確かな喪失感だった。天使の剣がメグの腹を食い破る光景が、今でも頭に焼き付いて簡単に思い出せる。

 

 矛盾してる、ジョーが好きだった。なのに俺はメグを憎み切れない。あの悪魔を憎めない、本当に矛盾してる。

 

「難しそうな顔。どうしたの?」

 

 どうやら似合わない顔をしていたらしい。後ろを振り返り続ける限り、過去は死なない。それが綺麗な過去でも、汚い過去だとしても、過去は死んだりしない。

 

「話したいなら聞いてあげる。話さないなら、話したくなるまで付いていく」

 

 ジョーからは色んなものを貰った。それまで知らなかったもの、そうでないもの。一緒に過ごした時間は長いとは言えないかもしれないけど、それでも、本当にたくさんのものをくれたと俺は思ってる。

 

「あー……その、腹減ってない?」

 

「? いつも減ってる」

 

「じゃあさ、レストラン寄ってかない? ファミレスでも、そうでないところでも」

 

 あんな女に会えるのは一生に一度だ。

 

「テイクアウトするの?」

 

「店で食べる」

 

 いや──

 

「……じゃあ付き合ってもいいけど」

 

 ──二度はあるかな。

 

「決まりだ、食べに行こう。奢るよ」

 

「……奢ってくれるの? 私の誕生日なら今日じゃないわよ?」

 

「本気で驚いた声出すなよ。失礼なヤツめ」

 

 

 本当に失礼な女なんだよ、ジョー。

 

 

 思ったことを躊躇いなくぶっ放すし、なんていうか沈んだままにさせといてくれない。

 

 

 きっと──君も好きになると思う。

 

 

 

 

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