哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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一にして全

 初めて出会ったときのことを今でも鮮明に覚えてる。個展でも開けそうなありとあらゆる魔除けを書きなぐった部屋に"お前"は今と何も変わらないトレンチコートを着てやってきた。部屋中の照明という照明が火花を吹いて、あのときばかりは本気でビビったよ。

 

 悪魔、怪物──ありとあらゆる対策を仕掛けたっていうのに、お前は何食わぬ顔で、何を考えてるかわかんない顔で何事もなく歩いてきた。今に思えば、対策なんてできるわけなかった。あのとき、あの瞬間まで、本当に『天使』がいるなんて考えちゃいなかったんだからな。

 

「君をがっちり掴んで地獄から救いだした。そっちの彼と一緒に」

 

「そうか。礼を言うぜ」

 

 と、礼を言いながらルビーのナイフを思いっきり突き刺した辺り、ディーンとお前のファーストコンタクトも俺と夾竹桃の出会いに負けず劣らず酷いもんだ。思い出したら苦笑いが浮かぶところまでソックリ。

 

 お世辞にも、良い出会いとは言えない始まりからいつしか家族と呼ぶ以外にない存在にお前はなっていて、正直いつからそうなったのか。白状なことに俺は覚えてない。多分、というか絶対に二人の兄も同じことを言うだろう。

 

 いつから、俺は神崎に入れ込むようになったんだろう。

 

 ひねくれたルームメイトが肩入れしている姿に感化された。

 

 ただ、ひたすら、家族の為に尽くそうとする姿に何かを重ねてしまった。

 

 理由なんて、悔しいことに次から次に浮かんでくる。それこそ、キッカケがどうかなんて忘れそうになるくらい。なんとも卑怯なことに、神崎・H・アリアという女はそういう女だ。

 

 いや、それでも一番の理由は分かってる。人の部屋にある日勝手に上がり込んできて、何かあればガバメントをぶっ放すあの女は──母親から逃げなかった。逃げずに、救うために海を渡ってきた。

 

 そして俺はメアリー母さんから逃げた。根底にある理由は、たった一つ。俺ができなかったことをあいつはやってる、たったそれだけのこと。

 

 アンフェアな現実を突き付けられて尚、あいつは現実に風穴を空けようともがいた、そして俺は逃げた。その前を向いたか、背を向けたかの違いが焼き印を押されたようにずっと頭に引っ掛かってた。

 

 けど、言葉を並べたらなんとなく分かった。きっと、俺はどこかで憧れてたんだろう。自分にはできなかった道を選んだ、神崎のことを──

 

 

 

 

 

 ──緋々神。緋緋色金と呼ばれる未知の金属に宿る意思。これまで飽きるほど目にしてきた、常識の外側にいる存在。それが、眼前のSランク武偵に取り憑いている()()の正体。

 

「さぁて、お手並み拝見」

 

 常々人形のようだと例えられている顔が、邪悪に口元を歪める。次の瞬間、両手の大口径が夜闇に炸裂音を鳴らし、パトラが先行させた黄金色の鷲の群れを一匹残らず叩き落とした。

 

「妾も私怨がある、助力はしてやるでの。嫌がらせぢゃ」

 

 王様の声が聞こえた刹那、魔力を通して造られた鷲たちが後方から俺とキンジを追い抜いて、冷ややかに笑う緋々神に次々と向かっていく。

 

 ピラミッド内での戦いでも見た思念動で操られるパトラの使い魔。ふざけた魔力の量に目が行き勝ちだが、あのカナに言わせてパトラはとても頭の良い女だ。左右の手で別々の文字を紙に書くように、幾つもの物を同時に思念動で操ることができる。

 

 暗闇を駆ける黄金色の鷲は次から次に凶弾に倒れ、虚空の上で元の砂に還るが引き換えにガバメントのスライドにも弾切れのロックがかかる。王様のわりに姑息な手を使う、わざとらしい軌道を描かせて弾切れを誘いやがったな。あとは浮遊する地雷を抜けるだけ、忌々しい影の立方体を潜り抜け、キンジより一足先に俺が白兵戦の間合いに飛び込むが──

 

「なあ、ウィンチェスター。お前、()()()()は好きだよなあ?」

 

「ちぃッ!」

 

 弾切れで両手を塞がれ、無防備と思われた緋々神から鋭く日本刀の一撃が放たれた。予期しなかった一撃をなんとか2本のナイフで受けるが、殺し切れなかった衝撃で体が嘘のように後ろに飛ばされる。地を靴で削るように体勢を立て直した俺の眼前には──ピンクのツインテールに操られる2本の日本刀が映り込んでいた。

 

「……あれは理子の専売特許と思ってたよ」

 

 同感だ、ふざけたトリックにも程がある。理子の専売特許、ツインテールの髪で刃を操作しつつ両手は拳銃で武装する、その厄介極まる技は俺もキンジも過去に身を持って体験してる。単純に言って、腕が4本になったというだけでアンフェアだが本当に厄介なのは『腕』ではなく『髪』ということ。

 

「峰理子か。あれも良い女だったなぁ。よし、前は消化不良だったし、次に会ったときはあのときの続きをしよう」

 

 ピンクのツインテールが巻き付いた刀が怪しく暗闇に揺れる。髪には、腕と違って間接なんてものは存在しない。パトラの思念動と同様に、正しく行使できる集中力さえあれば、人体ではありえない無茶苦茶な軌道を描いて、2本の刃が振るわれることになる。

 

 オイルまみれの道を片足のハンドル操作で走り抜けるようなヤツだ。楽観的な考えはどうやっても浮かんでこない。さっきは運良く無傷に終わったが……油断したら簡単に首が落ちる。いや、あるいはさっきはわざと狙いを外したか。

 

「切……!」

 

 ルームメイトに名前を呼ばれ、思考を白紙に戻す。ナイフとベレッタの一剣一銃で真横を駆け抜けたキンジに先行させる形で、右手にあるルビーのナイフを投擲する。悪魔や獣人には極めて有害な刃は当たり前のように回避されるが、ベレッタが吐き出していく弾と合わせて少しずつだが緋々神をカナ側に寄せていく。

 

 狙うのは蠍の間合い──177・7㎝。空いた右手で天使の剣を抜き、献身的に手に馴染んでくれる形見のナイフと再度の双剣で踏み込む。何を見せられようと進路は一つ、萎縮している暇も余裕もない。

 

 巧みにリロードされた漆黒と白銀のガバメントからも再度の発火炎が散るが、金属と金属がぶつかるような音だけで距離を詰めようが一発たりと被弾はない。どうせキンジが飛来する弾に片っ端からベレッタの弾を命中させて弾き飛ばしたんだろう、漫画みたいな技だがもう驚きやしない。あのカナの弟で、かなめの兄だからな。

 

「──触れなば切れん(レイザー・シャープ)

 

「愚直すぎるぜ。でも気に入ったよ。その腕、まとめて落としてやる!」

 

 殺傷圏内の侵入した瞬間、重苦しい威圧感が肌を刺す。快活に告げられた言葉は何も冗談ではなく、緋色の髪が巻き付いた日本刀は腕を容易く切り離せそうな速度と鋭さで振るわれ、接触と同時にふざけた振動が腕を走った。

 

「……っ、無茶苦茶やりやがる 」

 

 ナイフのように小回りこそ効かないが、斬擊の鋭さはタクティカルナイフの比じゃない。かなめのお陰でアンフェアな斬擊には多少なりと慣れたつもりだったが、駄目だな。刀を振るいながら両手のガバメントもキンジを牽制し、置物になってない。

 

 俺と髪の日本刀で刃を交えつつ、両手のガバメントでキンジと撃ち合う。そんな器用どころでは片付けられない景色を見せられ、心中舌打ちが止まらなかった。これじゃあ本当に腕が4本あるのと変わらないぞ……

 

「へぇ、そいつは誉め言葉か?」

 

 神崎の顔をして、神崎ではない口調で一言。一瞬遅れて、首を拐うような角度で右から刃が飛来し、逆手に構えたジョーのナイフから派手に音が鳴った。追撃を仕掛けてきた左からの刃と派手に切り結んだ刹那、ノックバックするように一度下がるが、

 

「皮肉に決まってるだろ」

 

 勝手に代弁したキンジの弾丸が、今度は急に位置を変えたキューブの中に消えていく。これには俺も目を見開いたが、計16個の影の立方体は空間アートのような瞬間移動を繰り返し、いよいよ境内の景色は混沌としたものになっていった。

 

 どうやらあの危なかしいパンドラボックスは距離や移動といった俺たちの知る常識とは無縁の代物らしい。キューブに触れた鉛弾はたちまち中に吸い込まれ、影だけで編まれた立方体の中で動きを止める。なんでも食らい込むのか……あれじゃ影っていうよりブラックホールだ。

 

「そいつは残念だ。でも遠山、お前は誉めてくれるよな? よし、撃ち合おう。もっともっと」

 

 ……なんつー理屈だ。

 

「彼女に常識を求めるな、話し合いでどうなる相手じゃない」

 

 鋭くキャスの否定が入り、ガバメントから放たれた弾丸の雨が今度こそ虚空で静止していた。なるほど、こっちもこっちで常識をねじ曲げてやるってわけか、最高だ。

 

 虚空に縫い付けられていた銃弾は、やがて糸が切れたように重力に従って落下。地に転がっていく。意気揚々と持ちかけた撃ち合いに"待った"をかけられ、緋々神の不機嫌な瞳は俺とキンジのさらに背後を指した。

 

「……カスティエル、相変わらずつまらない水を差すヤツだな。聞いてるぞ、堅物野郎のミカエルの後釜を巡ってラファエルと内戦したんだろ?」

 

「それがなんだ、私はミカエルの後任になどなってはいない」

 

「よく生きてたなぁ。ラファエルは四人の中で一番トロくて、一番の小物だったがそれでも重役の一人だ。普通はグチャグチャになってんのさ」

 

 話している隙を遠慮なく狙ったパトラの鷲の群れ、その内の一匹がキューブの中から跳ね返るように飛び出してきた銃弾に頭を、貫かれた。一匹また一匹とキューブから飛び出した弾がパトラの使い魔を穿つ。あそこに収納した物の扱いも緋々神のさじ加減一つか、本当に無茶苦茶だぜ。

 

「数百年振りの世間話も少しは心踊るか? いやいや、そんなもんちっとも満たされない。あたしを満たしてくれるのは恋と戦い、この渇きを止めてくれるのはそれだけなんだよ」

 

 そして、緋々神が動いた。小さな足が持ち上がり、軽く境内の地面を踏む。次の瞬間、小さな肢体から緋色のオーラのようなものが迸ると、信じられないことに両足が地面を離れ、突風を叩きつけられたように今度こそ背中から地面に投げ出された──

 

「……!」

 

「っいってぇ……」

 

 カナ、パトラ、キャスの呻きは聞こえない。どうやら吹き飛んだのは俺だけらしい。突風のようでいて違う、まるで見えない斥力だ。覚悟してはいたが技のデパートだな……

 

 立ち上がって眼前を見ると、キンジは両足に力を込めてなんとか飛ばされずにいる。素直に感嘆するがあれは恐らく──磁石のように近づこうとするほど反発する力が働くように出来てる。

 

「まだ全力とはいかないようだが、彼女の体はずいぶん相性が良いらしい。過去、私が見てきたどの緋々神よりあれは素の緋々神に近しい」

 

「つまりヤバイってことだろ。寝起きに全力が出せないのは聞いてる。アマラで言うと、あれはまだ大人の姿になってない」

 

「その例えはこの上なく不吉だが、つまりそういうことだ。すぐに手がつけられなくなる」

 

「今でも怪しいよ」

 

 キャスとの終末の世界から戻ったとき以来の会話は、こんな状況じゃなかったらもっと楽しい気持ちにもなれたのかもな。生憎、今は雑談に華を咲かせる余裕もないわけだが、

 

「おい、キン──バカか、お前は……!」

 

 遂に斥力に飛ばされたルームメイトの背中を受け止め、お決まりの台詞を飛ばす。

 

「いいところにいたな」

 

「ハイジャックで神崎に腹を足場にされたのを思い出したよ。仲の良いことで」

 

「……あの超能力、なんとかできるか」

 

「惨めに吹っ飛ばされたの見てなかったか? 無理だよ」

 

 即答してやる。緋々神が放つ以上、あれはただの超能力より1ランク上の技だ。斥力を操る超能力者も探せばいるんだろうが、緋々神が行使するのは別物と考えていい。俺の手には負えない、即答したとおりだ。

 

 だが、幸運なことに手に負えそうなヤツが一人いる。こっちの手札には奴の盤面を台無しにできる一枚がある。山札の上に手を置いて、降参(サレンダー)と言うにはまだ早い。

 

「だから、ここはアナエルの厚意に甘えるとしよう。やっちまえ──クラレンス」

 

「君が相変わらずで何よりだ」

 

 かつて、因縁の悪魔(メグ)が付けたその名前が契機となり、キャスの瞳に青白い光が瞬いてゆく。翳したその手から吹き出た蒼白の噴流が、緋々神の体から放たれる緋色の波動と接触。同時に境内の中で竜巻のような余波が乱れ、地に転がっていったものをかたっぱしから舞い上げる。

 

「罰当たりな。妾は知らぬぞ……!」

 

「んっ……派手にやってくれるわね」

 

 砂、砂利、木の葉や枝、周囲にあったものが手当たり次第に、突如起こった異常な力の小競り合いに巻き込まれる形で、視界を無茶苦茶に乱していった。反射的に両腕は顔と喉元を守り、今度こそ醜態をさらすまいと足に力を入れる。アクション映画──いや、SF映画みたいな1シーンをよりによって境内で見るなんてなぁ。

 

(同感だよ王様。罰当たりなこと、この上ない)

 

 だが、これでブラックホール染みたパンドラボックスと謎の斥力に制圧されていた盤面がリセットされたはず。キンジも、カナも、パトラも、同じことを考えるはずだ。カードを切り、仕掛けるタイミングがあるとすればここしかない。

 

「──しらけるぜ。あたしが求めてンのはそんなお前じゃない」

 

 刹那、背後から言葉にならない寒気がした。

 

「遠山との戦いは甘美だ、最高だ。けど、口から涎を垂らして狂ったお前と──カインの刻印でおかしくなったお前とも、あたしは戦いたくて仕方ない」

 

 いつからそこにいたのか──後ろに立たれて気付かなかった相手は初めてじゃない。レキがその筆頭だ。だが、あんな視界もグチャグチャになってる中でこうもあっさり……

 

「は──?」

 

 無茶苦茶になってい視界が今度は目まぐるしく動き、酔いそうになるレベルで暴れていく。反射的に体が受け身を取ろうと動き、ようやく自分が吹っ飛ばされたことに気付いた。

 

「ち、ぃ……ッ!」

 

 喉から出そうになる悲鳴を舌打ちを混ぜて押し殺す。蹴りか、体当たりか、それとも何かの超能力か。何にしても臓器がシェイクされたみたいに気持ち悪い。頭から落ちることこそ避けたが……今ので俺の首も落とせてた。それを考えるなって方が無理だ。

 

 徐々に晴れていく視界、パトラが仕掛けたであろう黄金色の虎が無惨に首もとから切り捨てられるのが見えた。次いで、ベレッタの発砲音と宵闇でバク宙を切る緋々神。暗闇で揺れる、苛つくほど綺麗な緋色の髪に分かっていても視線が呪縛されそうになる。

 

 キャスの力は知ってる、金一さんの、カナも力も知ってる、パトラも実際に刃を交えたことでどれだけ面倒な魔女かは理解してたつもりだ。手札には十分、神を相手にできる可能性は眠っているはずだった。

 

「緋緋色金は一にして全。全にして一。されど、これこそ理想の一……」

 

 ──眼前の神が歌うようにそう言った。それが契機となり、小さな体に改めて緋色のオーラが迸っていた。どうやら、俺が思っていた以上に彼女は化物だったらしい。ああ、神社……嫌いになりそうだ。

 

「──お次はなんだ?」

 

 




 
 瀬人さま、ジェットが強すぎます。

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