朝の10時。フライパンをフライ返しでカンカン叩く不愉快なかなめ流の起こし方でキンジは目を覚ました。
「おはよー、お兄ちゃん!」
「よう、キンジ。遅いお目覚めで。今日もマンハッタンは快晴の空の下だぞ?」
悪夢のような目覚ましをソーダの瓶を煽りながら聞いていた俺は、まだ寝ぼけ眼のキンジをセーラー服のかなめと見下ろす。
「……何時だ?」
「10時だよ、ほら早く着替えよっ。サードが呼んでるよ?」
まだ睡魔が冷めきらないキンジをかなめがテキパキと着替えさせていく。
まあ、それも普通の服じゃないんだが睡魔のせいでキンジは気付いていない。
就寝前に多少話し込んだとはいえ、二度寝でもしちまいそうな様子だ。
妹の手でふざけたお洋服に着せ変えられている兄ーーこんなものを目の前で見せられてどう反応すりゃいいんだよ。
とりあえず、飲み物を口に含んでいる限りは余計なことを喋らなくていい。
暫し、珍妙な光景を眺めていると手を動かしたままで、視線は交わさずにかなめが言葉を投げてきた。とても気軽な声色で。
「ねえ、本当に教会行かなくて良かったの? 今日日曜日だよ?」
「……カトリック信者は、配偶者が亡くなると一年と1日喪に服すよな。俺も昔はそうだったよ、でもいまは神や教会を敬う気にはなれない」
「ふーん。職業病?」
「半分はな。もう半分は家庭の事情だ。神と意見が合わなくてね」
昔は初聖体の儀式にも出たけど、ハンターって仕事をやるにつれて神を信じられなくなった。
天使も一部を除いて、ロクでもない連中の集まりだって認識がもう頭に焼き付いちまってる。
信心が欠片とはいえ残っていた子供の頃には戻れない。
そんな俺とは違い、ジーサードリーグは信仰も構成員の人種と同じくサラダボウル。
能力さえあれば、生まれも信仰も育ちも問わないジーサードの豪快ながらも個々を尊重する部分が表れている。
そんなジーサードはカトリック、アトラスはプロテスタント、ロカは予想通りのロシア正教でアンガスはユダヤ教、コリンズはイスラム教で、ツクモは神道だ。
キンジが起きるよりも前に、それぞれお祈りは済ませたらしく、キンジが神道と仏教のチャンポンで『信心深くもないから、教会に行く必要はない』と言ったら、かなめもジーサードも目を丸くしていた。
「気にするな、大体の日本人はこうだから」
「分からねェなァ、そこは。マジで日本ってのはフシギな国だぜ」
「切も行ってないだろ、そんなもんだよ」
まぁ、日本ほど信仰や宗教に寛大で自由な国もないのは確か。
「俺は教会には行かなかったが祈るのだけはしといたよ。ハンターにとっての神に祈っといた」
軽めの筋トレを終えて、キンジと話し込んでいたジーサードに隣から話を差し込むと、かなめが驚いたままの顔を傾けてくる。
「ホントに祈ったの? さっき神は敬わないって言ってたじゃん」
「敬わないよ、人間をディナーのテーブルに並べる神や聖書に出てくる放任主義の創造主はな。けど、ギリシャの一柱だけは……彼女だけは本気で祈っていいと思ってる。アルテミスにだけはな」
きっと本土にいるせいだろう、自然と過去のことが頭をどんどんよぎってくる。
アルテミスーー今は亡きエレンから聞かされた、信心深いハンターが狩りを行う前に祈りを捧げると言われている女神。
ギリシャ神話の主神 " ゼウス " の娘でありながら、彼に呪いをかけられた怨敵である " プロメテウス " を愛してしまった女神。
「……ゼウスの娘か。またビッグな名前が出たもんだぜ。まさかとは思うがよ……ギリシャのボスとやりあったのか?」
「プロメテウスっているだろ、人間の為に火を盗んでゼウスに呪われた神」
「知ってる、オリュンポス……神の住まう山に出向いた神だよね」
「ああ、この時代になってもゼウスの恨みはちっとも晴れてなくてな。俺たち人間のために彼は火を盗んで呪われた、毎日一度は必ず『死』を味わう呪い」
一日に一度、必ず訪れる死。俺も地獄に堕ちたとき、アラステアに毎日全身を細切れになるまで切り刻まれた。
何度も、何度も、心臓が止まり、血と酸素の供給が止まる感覚を味わった。
だが、何度やっても死は一瞬だけ。すぐに目を覚まして、また同じことの繰り返し。
死を望んでも、死ねないーー死を逃げ道にすることができない、本当におぞましい。
「ーーだから、彼の呪いを解くためにゼウスとやりあった」
苦笑いするジーサードに向け、どう答えるべきか昨夜のヒールの話以上に悩みながら、俺は言葉を選ぶ。
大抵の狩りは、終わったあとに拭い切れない後悔や嫌な感情が残る。
なかでもあの狩りの顛末は、どう言葉にしていいのかも正直分からない。
「アルテミスとはそこで出会って、彼女に命を救われた。自分が一番傷つくって分かってて、彼女は自分が正しいと思ったことをやってくれた。俺たち人間を救ってくれたんだ、ただ一人の父親に背いて人間を救ってくれた」
ソーダを喉に通す、炭酸が喉で跳ねる。
今でも目を閉じれば、簡単に思い出せる。
彼女が弓を引いてくれたときのことをーー
「結局、一番傷ついたのは彼女。正しいことをしたから、正しいことをしたせいでたった一人の父親を失った。俺は救われた側、それでも報われない話だと思っちまうんだよ。最後まで気高い女神だった、アルテミスは。信仰心なんてとっくに失くした俺でも、彼女にだけは祈ってもいいと思ってるーー心の底から」
異教の神なんてロクなやつはいない。
けど、アルテミスはーー彼女に救われた記憶だけは忘れられない。
と、ソーダが空になったところで微妙な顔をしたジーサードと目が合った。
「兄貴、いつもこうなのか? 思い出したように真面目になんのかこの男は?」
「忙しいやつだろ。バカ騒ぎするときとの温度差が酷い」
「冗談が言えなくなるときもあるんだよ。それくらい俺にとっては忘れられない狩りで、忘れられない神ってことさ。何かが拗れてたら、もっと仲良くなれてたかも」
まあ、エレンが話してくれた、ってこともあるけどな。
「というか、ジーサード。なんだよ、その複雑な顔はさ」
「あァ? 複雑ってどんな顔だよ」
「分娩室の外で悩んでる旦那みたいだ。生まれてくる赤ん坊は、果たして本当に俺の子なんだろうか」
「複雑な例えをするんじゃねェ。なんだその重てえ場面は」
「真面目なのとふざけてるの。どっちが素のウィンチェスターなの?」
「俺もこの二年、それが分からなくて悩んでるんだよ。堅物で真面目なのと、楽観的で軽いの、両方の性格が混ざってグチャグチャになったのが
「おい、これとはなんだこれとは……俺の方が年上だよッ!」
「いや、同い年だろ……」
と、呆れるキンジだがすっかり睡魔は飛んだらしい。
鏡に映り込んだ姿を見て、喉が潰れんばかりの大声を出した。
「な、なんだよこれ! ふざけんな! 俺の制服を返せ! こ、こんな……ありえんだろ!」
キンジが着ているのは白・金の2色で痛いほど煌めく、ド派手なスーツ。
言うまでもなく、ジーサードの私服だ。
言うまでもなく、俺なら着たくない。
言うまでもなく、血相を変えてキンジはジーサードに飛びかかった。
「返せ! 俺の防弾制服返してくれよぉー! 返せよ! 返してくれよ俺の防弾制服……!」
「兄貴の防弾制服はアンガスがクリーニング中だ。明日返す。は、離せって……!」
すげえ、腕にしがみついてるよ。よっぽど着たくなかったんだな……
「もしかして、俺も寝てたらああなってた?」
「かもね。サードの私服はあれだけじゃないし」
「早起きは三文の徳か。枕に刺繍でもしといたほうがいいかな、ディスコのミラーボールが転がってきたのかと思った」
やばっ、ミラーボールがこっちを向いた。
すごく不満を溜め込んでるときの顔だ。
「おい、こいつはアンフェアだろ!」
「アンフェア? 自分だけミラーボールにされたことがか? 安心しろってわけじゃないが、俺もあとから着替えるよ。別の服に」
それに、そんなスーツ着れる機会も滅多にないぞ。
ジーサードの私服ってことは、とんでもない値段の代物って可能性も十分あるしな。
……その服でパーティーには行きたくないが。
「ところで、主催者さんよ。あとで一仕事あるって話だが、こんな人の目を惹く格好でどこに行くんだ?」
キンジの追及から逃げる意味でも、俺の瞳は自然とジーサードに向く。
「俺たちゃアメリカ人なんでな、サービス精神ってもんがあるのさ。ファンサービスは俺のモットーだからな」
「ファンサービスねぇ……」
イマイチ目隠しをされてる回答だが、その辺の武装勢力を襲撃したりだとか、野蛮なことではなさそうだ。
ーー昼過ぎ、その謎めいた仕事に俺もキンジも同行させることになった。
当然というかキンジは派手なスーツを着たままで、ジーサードもアメコミに出てきそうなヒーロースーツ、アンガスは燕尾服、ロカは銀のロングコートと他の面々も服装が派手だ。
「んで、これからみんなで野球でもやろうって話か? 80年代のダサいバンドみたいな格好で」
ニューヨークに本拠地を置いてる地元球団のキャップとブルゾンを着て、ご丁寧にフーセンガムまで膨らませたフル装備のかなめをキンジが指で示す。
「ま、兄貴にもすぐ分かるぜ。こいつは重要な仕事だからな」
核心には触れない言い回しだが、真面目な用というのは一列に並んだ面々の表情を見るに、嘘でもないらしい。
「お前、スーツ着ると雰囲気変わるな」
「なんだよ急に。良い意味で?」
「良いか悪いかは分からんが、俺の知らないお前に、こっちにいた頃の、日本にやってくる前のお前と話してる気分になる。……これで通じるか?」
「通じる。実際、昔に戻った気分だ。この服とも長い付き合いだしな」
主に仕事で、と心でひっそり付け加える。
派手なキンジのスーツとは違い、俺が着替えたのは狩りでの聞き込みで嫌というほど世話になった黒のスーツ。
何度、ロックスターと同じ名前のFBI捜査官を名乗ったことか。
本土に来るってことで持ってきたがこんなところで出番が来るとはね、先のことは本当に分からない。
「けど、日本にやってくる前の俺は別に良いやつでもなんでもない。はっきり言って、ロクでなしだよ」
「でも今のお前のことは知ってる。良いやつだよ、ちょっとだけど」
「……お兄ちゃんってさ。もしかして、何が相手でも優しいタイプの人間だったりする?」
「かなめ、キャラメルくれ。1つでいい」
呆れるかなめから放り投げられたキャラメルを受け取り、包み紙をちぎる。
優しいタイプの人間だから、次から次に好意を抱く女が増えていくんだろうさ。
ライバルが多くて、バスカビールのみんなは大変だねぇ。
「ところでなんだが、俺も普通のスーツが着たい。今からでも役を交代しないか? お前このスーツ着ろよ」
「悪いな、相棒。それ着るなら、ゴルフシューズで顔を思い切り蹴られるほうがマシ」
「初めてのニューヨークで、こんな派手なスーツを着せられるなんて予想できるか?」
「スーフォールズにいた頃、ドラッグを積んだトラックが近くにあったテーマパークのメリーゴーランドに突っ込んだ。なんでも起こる」
かぶりを振り、俺はかなめと現地の恋人……青々しく塗装されたコルベットへと乗り込んだ。
にしても、この年代のコルベットは本当に素晴らしい。
愛しのインパラがいるとはいえ、この子との別れが少し恐くなってきたよ。これが一時の過ちってやつかなぁ。
「着いたよ、そこ停めて」
「……セントラルパークじゃねえか。ここが終点か?」
「そっ。ここが目的地だよ」
車を経由したものの目的地はマンハッタンの真ん中に位置するセントラルパーク。
これもドラマや映画では度々登場する自然公園で、マンハッタンの
子供の頃、初めて見たときはアイススケート用のリンクがあって驚いたものだ。大都会マンハッタンの中心ってこともあり、とにかく広い。
上から見ると綺麗に長方形の形をしてて、エレンのバーで空撮の写真を見せてもらったっけ。
その気になれば、居住区のビルから徒歩でも5分そこいらで行ける場所だが、わざわざ車で来たのには理由があるってことか。
車を道端に停め、園内に向けて少し歩けばそこは摩天楼の街とはかけ離れた大自然のど真ん中。
奇抜なファッションのジーサードアメリカツア一御一行様のなかで、ただ一人本土は初めてのキンジがぐるりと首を巡らせた。
「これがあのセントラルパークか、さすがに広いな」
「湖だって広いんだぜ。記念に鳩に餌でもやってくか? ホーム・アローンみたいに」
「どっかで餌売ってるか?」
「……お前もミーハーだねぇ」
キンジも存外、ミーハーなことを言う。
『ホーム・アローン2』で野生の鳩に餌をやるシーンが出てくるが、その舞台になってるのもこのセントラルパーク。
あのジョン・マクレーンが近道として猛スピードのタクシーで突っ込んだのもこの公園だ。
まさか、親父が嫌ってたマンハッタンの名所にこういう形で再訪するとはなぁ。
園内ではジョギングする夫婦やパフォーマ、湖や木々を利用してのバードウォッチングを楽しむ人もいる。
この平和的で、のんびりとした空気は決して嫌悪的なものじゃない。と、思った矢先ーー道端から少し歩いただけの所、ちょっとした広場に大勢の子供が集まっていた。
まだ玉藻と変わらない背丈の子供たちがジーサードを見つけるや、明るい表情を浮かべて円でも描くように集まってくる。
「待たせたなボウズども! ジーサードのご帰宅だぜ!」
……なるほど。あれがジーサードの
この派手な衣装も、わざわざスーパーカーを使ってやってきたのも、全部この子達に配慮されたファンサービス。
そしてそこから始まるのはジーサードの武勇伝、というより解決してきた事件を少しマイルドにして、体験談をせがまれる子供たちに聞かせていた。
世界をまたにかけて動く忙しないジーサードから、悪党退治や事件の話を聞くのが、どうやら恒例の催しになっているらしい。
すごい。ジーサード、大人気じゃないか。
まるで人気俳優のトークショーみたいな賑わいだぜ。
待ち望んでいたヒーローが帰還した、子供たちの瞳から見えるのはまさしくそれだ。
……まぁ、その内容は少々暴力的だったり、エキセントリックだったけど、かなり……エキセントリック。
運悪く、顔を見合せてしまったキンジは口が開くのを止められなかった。
「聞いたか、スマトラトラと素手で殴りあったって。海兵隊だって丸腰でベンガルトラには挑まないってのに」
「アリアは熊を素手で倒したって。どうしてみんな素手で動物と戦いがるんだ?」
「お次はホッキョクグマかな。それともアフリカゾウ? ジープを踏み潰すちまうくらいのデカいやつ」
「誰が挑むんだよ、そんなの」
とはいえ、ジーサードが語る話には麻薬の恐ろしさや自然保護されている動物についてのことも上手く取り込まれている。
元々、頭の良さは言うまでもなく、人に教えや話を説くのも引き込むのも上手い。
子供達からすれば、ジーサードのハラハラドキドキの話を楽しみながら、道徳の勉強もできるわけだ。
「ねー、この白い服の人はー? 初めて見るけど、サードの新しい子分?」
と、不意にキンジが一人の男の子から指を指された。
新メンバーのことは気になるよな、そりゃそうだ。となると、次にやってくるのは通例の自己紹介。
「ほら。出番だぜ、マホーン捜査官。腹引っ込めてしっかりキメな」
「FBIの捜査官はこんなスーツ着ないだろ」
「お兄ちゃんってFBIなのッ?」
「違うぞー。コイツはなんと、俺の兄貴だ! 日本から、お前らに会うためにやってきたんだ!」
愉快な勘違いが起きそうなところで、すかさずジーサードがフォローを入れたのでルームメイトが捜査官になることはなかった。
愉快な展開を見損ねてしまった感じはするが、一方の子供たちは自分たちのヒーローの兄が初登場ということで大騒ぎ。
「すげえ、サードのお兄ちゃんなの!?」
「日本ってどこ! おっきいの? お兄ちゃんもサードみたいに誰かと戦ってるの?」
あっという間に子供たちに詰め寄られて、キンジも困り顔ながらジーサードに負けじと言葉を選んで、武勇伝を語り始めた。
ジーサードに負けじと、お前も派手なことやってるからなぁ。
はっ、なんか先生になったみたいだな、いいじゃん。遠山先生って語呂もいい感じだし。
キンジが武偵から離れて、どこかの学校で教師になるーー
そんな未来もあり得たのかもしれない、銃もナイフとも無縁の未来。
ふと、思ってしまう。武偵ではなく、ハンターでもなく、どちらとも縁のない、そんな日々を送ることができたなら俺は一体ーー何をしてるんだろう。
「ねーねー、そっちの人は! そっちの人もサードのお兄ちゃん?」
らしくないことを考えていると、ブロンドの女の子が俺に指を向けていた。
俺とジーサードが兄弟ってのは……少し無理があるかな、うん。
「いいや、こいつは兄貴じゃねえがビックなゲストだぜ。何度も世界を救ったマジのヒーローだ」
「盛り上げるなよ、ジーサード。俺はサードのお友達で、そこにいるジーサードのお兄ちゃんのーー」
「あー! メアリーさんの写真にいた人! 巨人さんに挟まれてた人だー!」
……
…………
………………ん?
「メアリーさん写真の人! アリス知ってる、前にメアリーさん話してた人っ!」
今度はさっきとは別の女の子がちっちゃな指を向けてくる。
メアリー……メアリー……メアリーぃ?
「本当だ! 見たことある、写真の人っ!」
「あの人だよっ、家出! 家出した人っ!」
「飛行機苦手な人ーー!」
「ちがうちがう、それはべつの人だよっ。えっとねー、うーん……なんだっけ……」
突如、ジーサードの武勇伝を聞かされたときとは違った賑わいが子供たちの間で広がった。
待て、待てよ……メアリー……? メアリーさんって……待て待て、マンハッタンだぞ?
ないない、親父の嫌いな都市第1位だ。そんなことあるわけ……あるわけ……
「ねえ、みんな。どうしてこの人が家出したって分かるの?」
「メアリーさんから聞いたの。シスターのお友達のメアリーさんっ、すっごく綺麗な人なの!」
「ブロンドだよブロンドっ! すっごく綺麗!」
「でもお料理はあんまり……」
「しーっ。言っちゃダメだよっ!」
かなめの疑問を皮切りに、次々と逃げ場が潰されていく。それはまるで、用意していた退路にゆっくりと火が燃え広がっていくかのように。
……お料理が下手で、ブロンドの髪をしてるメアリーさんねぇ……
俺はアリスと言ったさっきの女の子に膝を屈めつつ、自分の右目を指で示してみる。
「もしかして、そのメアリーさんの眼は青色だったりするかな?」
「うん、青色。すごい青色、海みたい。メアリーさん、シスターのおともだち。今日もシスターと一緒に来るよ?」
「……来ちゃうの? メアリーさん、ここに? メアリーさん、本当に来ちゃうの……?」
苦笑いする俺に、少女はこくこくと首を縦に揺らした。
「おい、切。なんだよさっきから一体……すごい顔してるぞ?」
「いや、別に。なぁ……ロカ、俺いまどんな顔してる?」
「ひどい顔。蛍光灯の浴びすぎね」
「あー! メアリーさんっ! シスター・マリア!」
「こっちだよーっ!」
クールなロカの返しも束の間、子供たちが次々と手を振り始める。
こちらに歩いてくる修道服のシスターと、身に覚えしかないジャケット姿のブロンド女性に向けて……
なんてことだ、
「何? もしかして、昔口説いてフラれた女性とか?」
「口説くだって? そんなことしたら、親父に殺されちまう。切腹もんだよ」
「……真顔で何言ってるのよ、アンタ。コーラとソーダの飲み過ぎ?」
「炭酸のせいでも、アルコールのせいでも、地球温暖化のせいでもない」
足音は徐々に近づき、遠目だった姿も明瞭になってくる。
一人は紛れもない修道服のシスター、バチカンのシスターメーヤに似て、かなり若い。
「──サードさん。また子供たちと遊びに来てくださったのですね。感謝します」
そう言うと優しそうな面持ちをしたシスターは胸の前で十字を切った。
さっき、子供たちが口にしていたシスター・マリアが彼女のことだろう。
……さて、隣で眼を丸めていらっしゃるご友人にはどう話しかけていいものか、いっそこのまま知らないフリでいく……?
「メアリーさん、あれあれっ! 写真の人っ!」
「え、えぇ……そうね、写真の人ね。写真の人、そう、写真の人……」
「まあ、メアリーさんのお知り合いですか?」
「ええ……知り合い、というか……」
……やめろ、かなめにロカ!
その、昔何かやったんだろ的な視線を送ってくるな……!
揉め事になったらな、俺が逆に蹂躙されるんだよッ……!
「ーーどうして、ここに? ここ、本土よ?」
「そっちこそ、しばらく田舎に隠居するんじゃなかった? ここ、マンハッタンだよ?」
「最初はヤキマに行ったけど……あそこは合わなかったから」
「ヤキマっ!? よりによってあんな何もないところに行ったの!?」
「その発言はちょっと差別的よ? 空気は澄んでいたし、悪いところじゃなかった。合わないってだけ」
「そうだけど……ていうか、その服お気に入りなの? なんかやたらとその服着てるイメージあるんだけど?」
「貴方も同じシャツばかり着てた。アルファベットがデカデカとプリントされてるダサいやつ」
「ダサいとは余計だよ。あれはクレアと一緒にスーフォールズで……」
不意に、ヒートアップした熱が下がっていく。
振り返ると、呆気に取られたような面々の顔が視界を埋めていた。
俺はやんわりとかぶりを振り、うっすらとした笑みで改めて向き直る。
「……久しぶり、
「えっ?」
「ほぇ?」
「アァ?」
「はぁ?」
俺に続いて、キンジ、かなめ、ジーサード、ロカが順番に声を響かせた。
「紹介するよ。メアリー・ウィンチェスター。いわゆる……母さんだ。俺の」
紛れもなく眼前にいるのはメアリー・ウィンチェスター。
生を受けてしまえば問答無用でハンターとして育て上げられるーー『キャンベル』一族の生まれで、二人の兄をこの世に産み落としてくれた人。
そして、今は亡き親父が愛した女性。
俺のーー母親だ。
この行間書き方にもやや慣れてきましたが、このままいくかマジ思案中です。
アンケート見てると、こっちの方が見やすい感じなんですかね。