哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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キャンベル

 

 

「お兄ちゃん、なんかすごいこと言い出したんだけど……よくあるの?」

 

「敢えて聞かないようにしてる」

 

 すごいこと? ああ、俺だってそう思うよ。

 俺はたった今、ルームメイトや友人の前ですごいカミングアウトをしてる。

 

 ブロンドの女性、メアリー・ウィンチェスターは他ならぬ親父が愛した女性。他ならぬ二人の兄を産み落とした、母親だ。

 サムはサミュエルで、ディーンはディアンナから、彼女は息子に両親の名前を付けた。

 

「嘘よ、だって……貴方の、母親でしょ?」

 

 左右異なった色で整えられたロカの瞳が、俺とメアリー母さんを交互に捉える。

 ……知ってる。この雰囲気、エイサの葬式で保安官に初めて紹介したときと同じ空気だ。

 おい、少年少女たちよ。お前たちはジーサードたちの真似して黙らなくてもいいんだぞ。そう思った矢先、嬉しいことにかなめが沈黙を破ってくれた。

 

「失礼だけど、みんな思ってるだろうからもう言っちゃちゃうね。ちょっと、若すぎない……? 実はお姉ちゃんだって言われても驚かないよ?」

 

「ウチは全員男だよ、鳩子に一人だけ可愛い子がいたけどな。神崎かなえさんも年齢よりずっと若く見える、あれと同じだ」

 

 神崎の母親と違って、見た目が若いのにはちょっとした理由があるんだが複雑すぎて俺にはうまく説明できる自信がないのでここは喉の奥に沈めておく。

 正直、かなめの気持ちは俺にも分かる。母さんの見た目は20後半から30前半ってところ、俺が武偵高に在籍していることを考えると、年齢がとんでもないことになってしまうのだ。

 

 まあ、正確には俺とアダムは彼女に産み落とされたわけではないので、その計算は無意味ではあるんだが……この問題はこの問題で説明し辛い。

 毎度ながら、複雑な問題で雁字搦めだなウチの家系は……

 

「ああ、ちっと……驚いちまったぜ。お前も話題に尽きねえな、兄貴に劣らずよ」

 

「キンジには負けるよ。やあ、みんな、母さんがお世話になってます。どうぞよろしくね?」

 

 とりあえず、子供たちに簡単な挨拶だけは置いておく。すると、早速母さんのことで質問が飛び交い初めた、どうやら想像以上に好かれているらしい。

 一方、まだ困惑した顔つきのジーサードリーグの面々ーーそれもそうだ、ここにいるのは忌々しきアザゼルが家を焼き払った当時の、ウチの次男が生まれてまもない頃の母さん。

 当時の記憶、当時の容姿のままアマラがこの世界に呼び戻した。

 

 俺、サミーちゃん、ディーンはこの数十年で否が応でも年を重ねたが、母さんはあの火事のときのまま29歳の若さで現世に引き戻された。

 それが、みんなが感じている違和感の正体。

 つまり、母さんはここ数十年コールドスリープしていたようなもので、その体は全く変化していない。俺と並べてしまえば若く見られて当然なのだ。

 

 ーー若く見えるわけじゃない、ただ()を重ねることができなかっただけ。これから息子と夫、家族との時間を重ねていこうというときに、『黄色い目』が何もかも()()()()()

 急な再会で、俺も落ち着きがあるとは言えない状況だがブルゾン姿のかなめが、

 

「えっと……初めまして。かなめです、遠山かなめ。一応、後輩ってことで……後輩?」

 

 珍しくぎこちない様子で母さんに話しかけたと思いきや、すぐに首がこっちに向いた。

 なんてことだ、かなめと母さんが一緒の場所にいる。さらに言えば、自己紹介だ。こんなこと信じられるか……? 

 ……夢でも見てる気分だ。タイムスリップした過去で母さん、親父、サム、ディーンと家族揃ってドライブしたときと同じ気分。

 

「ここは武偵高じゃなくて本土だ。後輩じゃなくて、友人でいいよかなめ。いつもの調子でいてくれ、そっちの方が俺も楽だ」

 

「メアリーよ、よろしく。ちゃんと先輩らしくやれてるの?」

 

「ご心配なく、俺とこの子はすごく適切な距離を保ってる。つかず離れずってやつ」

 

 子供たちの質問にも答えつつ、軽く母さんにもキンジやかなめについて話しておくが、こっちはこっちで複雑な関係……なんだよな。

 空港で首を切り落としあった女が今は専属の後輩……なかなかパンチが効いてるよ。

 

「話は聞いてる。頼りになるルームメイトがいるって。貴方がそう?」

 

「え、ええ……まあ……でも頼られるよりも俺が頼ることの方が」

 

「ああ、いいの。その、癖があるでしょ? すごく、なんて言うかこの子は……」

 

「尖ってる?」

 

「尖りまくり」

 

 そしてキンジも母さんとお話タイム。

 しかし、キンジやかなめ……狩りを抜きにして繋がった知り合いが、こうして母さんと話している景色はとてつもなく……落ち着かない。すごく落ち着かない。

 

 極度の転勤族だった幼少期、自分の家に友達を招くなんてことは出来なかった。というか、寝泊まりはインパラのシートかモーテルの二択しかなかったし、呼ぼうにも呼べなかったのが現実。

 そういうこともあって、俺には家に遊びに来た友人に親を紹介したりだとか、遊んでる最中に親がお菓子やジュースを差し入れに持ってきてくれて友人と対面する、そういった経験が絶望的にない。

 

 そもそもサムといいディーンといい、狩りを抜きにした自分の友人関係は、家族にはとことん伏せるのが我が家だ。付き合ってたことをひた隠しにしていたジェシカやリサが良い例。

 母さんとキンジ、友人と親が一緒の場所にいるってこの光景が、俺にはひどく稀有なものに思えて仕方がない。

 この落ち着かない胸騒ぎというのは、この年になって今()()()のことを経験していることからの胸騒ぎ……なのかもな。

 

「息子さんは俺が組んできた中でも()()()()の存在です。まあ、色んな意味で」

 

「ロカ、あれって良い意味か? それともその逆か?」

 

「両方でしょ。でも当たってるし、別にいいんじゃない? 真似しろって言われても、お前の真似ができるヤツなんかいないよ。人間は首が落ちたら死ぬんだから」

 

「……お前は俺をなんだと思ってるんだ」

 

「お前の代わりはいない。そういうことにしておいたら? それなら誉め言葉でしょ?」

 

 至って平然と綴られる言葉に溜め息が込み上げてくる。

 頭が良いのか、それともただ説得が上手なだけなのか。どうにもロカには敵わない。

 内心どこか喜んでいる自分に、俺は隣の少女におとなしく白旗を降った。

 

 

 

 

 突然とはいえ、メアリー母さんとの再会とは正直嬉しいサプライズになった。

 日本にいるときは基本メールでのやり取りだったし、こうして直に話すのはミカエルがのさばっていた例の世界から戻ったとき以来、かなめとやり合うよりもさらに前だな。

 

「安心した。友人に恵まれたみたいで」

 

「みんな一癖あるヤツばっかりだけどね。でもいいヤツばっかりだよ、確かに出会いに恵まれた」

 

 キンジやジーサードリーグの面々が子供たちと草ベースボール大会に興じる様子を少し離れたベンチから、俺は母さんと観戦する。

 ライトでいつものように棒立ちのレキ、リリーフピッチャーをやれてご満悦のかなめ、キンジもキンジで振り子打法で打席に立ったと思いきやお次は天秤打法……ノリノリだねぇ……

 

「前に話しただろ、英国のモノホンの貴族のお嬢様と友達になったって」

 

「リンゴを素手で握り潰せるって子の話? 45口径を片手で操る女の子がいるって」

 

「そのお嬢様がちょっとした厄介ごとに巻き込まれててね。本土に来たのもそれが理由なんだ。荒っぽいヤツではあるんだけど、いや、かなり荒っぽいか……でも色々と……そう、そいつには色々と助けられちまって」

 

 一度間を作り、神崎がやってきてから今までのことを思い出す。

 ハイジャック、魔女、吸血鬼から始まって、他にも色々とありすぎてノート一頁には到底纏められそうもない。

 

「恩人は見過ごせない?」

 

「……そんなところかな。こうやって母さんと真っ向から会話できてるのもそいつのお陰みたいなところ、あるからさ。はぁ……けど、必死に言葉を纏めようとしてたのに一言か」

 

「スピーチの原稿と一緒。800ページよりシンプルが一番」

 

 なるほどね、スピーチの機会があったらその理論でいこう。長々とした文章を憶えずに済む。

 刹那、キレッキレのスライダーでキンジを打ち取ったかなめの声がこっちまで届いてきた。

 ……あの速度であの曲がり具合は反則だろ。無茶苦茶じゃないか。はは……さすが我が後輩、漫画みたいな強さだな。

 

「あの子、州代表のソフトボールのピッチャーか何か?」

 

「州代表のピッチャーが今は犯罪者を捕まえる法の番人か。その設定、犯罪捜査系のドラマで出てきそう」

 

 腰を深く後ろに倒し、流れ行く試合の様子をだらけた姿で見物する。

 雲に遮られることもない快晴の空の下、セントラルパークの賑わいに隠すつもりで、

  

「ーー母さん、()を狩りに来たの?」

 

 ーーだらけた姿勢のまま、俺はいつ聞くべきか悩んでいたことを投げ付けた。

 

「なんのこと?」

 

 案の定、横目で捉えたその表情は変わらない。

 本音を悟らせない、巧みな表情に俺はかぶりを振ってから続ける。

 

「よしてよ。理由もなしにマンハッタンにまで来る? 来たのには何か理由がある。理由があるなら、たぶん仕事のことだ。それくらい分かる」

 

 なんでもかんでも狩りに結びつけるのはハンターの悪い癖だと、かつてクレアに説いたものだが母さんはあのキャンベル家の人間、一番濃厚な理由だ。 

 

「狩りっぽい事件でも見つけた? あるいは前みたいに昔やり残した仕事の後始末?」

 

「これは私の仕事。よく聞いて、貴方には貴方の仕事がある。その為に本土に戻ったんだから、やるべきことをやるべきよ。余計な回り道を選ぶ必要はない」

 

 ある意味、突き放されるようなその言葉に喉が詰まる。

 この反応、マンハッタンに来た理由は後者っぽい気がするな。それに、何やら複雑そうな匂いだ。

 複雑じゃない狩りの方が珍しいけどな。

 

「助けが必要なときは誰か呼ぶ。サムでもディーンでも、ボビーもいる。だから心配しないで」

 

「分かった、それじゃこの話はここまで。母さんが大丈夫って言うなら信じるよ。でも本当にやばいときはいつでも電話して。なんとかする」

 

 ……駄目だな。言いたいことは山ほどあるのにどう頑張っても出てこない。

 もっと普通に平和ボケしてそうな会話がしたいのに、現実はどうにもうまくいかないもんだ。

 名残惜しい気持ちを抱えているのが俺だけなのか、それは分からないが先んじて母さんはベンチから腰を上げた。

 

「行くの?」

 

「ええ、シスターに挨拶してから。キリ、会えて良かった。今度はレバノンで会いましょうーー幸運を」

 

「母さんもね」

 

 ……ここでお別れか。

 いや、折角会えたんだ。何か、何かあるだろ。この再会を後悔しないで済む何か……

 

「あー……母さん。ちょっと待って。ひとつお願いしてもいいかな。子供たちに料理を振る舞ったんだろ? 今度会ったときは俺も母さんの料理が食べたい」

 

 立ち上がった俺に、訝しげな顔が首を捻った。

 

「私の料理の腕は……知ってるでしょう?」

 

「ずっと前から食べたかったものがある。母さんにしかできない料理が」

 

「……?」

 

 母さんは苦笑いで小首を傾げるが、やがて心当たりが見つかったのか片眉が上がり、俺は首を縦に二度三度と小さく振った。

 

「ウィンチェスターサプライズ?」

 

「そう」

 

「……よくディーンにあんなもの食べさせてた。よくあんな、油っこいもの」

 

「ディーンが再現レシピを教えてくれたけど、やっぱりオリジナルを食べないと」

 

 ウィンチェスターサプライズ。料理下手な母さんの得意料理で、まだ幼いディーンやハンターになる前の親父に向けて振る舞われた。

 とどのつまり、母さんによる創作料理というやつなんだが今現在の母さんにすると失敗作もいいところらしく、著しくその評価は低い。

 

「駄目よあんなの……だって、心臓に悪すぎる」

 

「いいや、ディーンはこう言っていた。うますぎて心臓がびっくりするって。母さんが作ったオリジナルを食べるのはもう俺の死ぬまでにやりたいリストに載ってる」

 

 困惑しつつ贈られた警告は、真っ正面から否定する。

 ダイナーでギトギトした食事を送りながら狩りを続けること数十年ーーヒルダに喜ばれるような綺麗な血液はしてないことだしな。

 

「貴方の悪魔の一面を忘れてた。ちゃんと食べてるわよね、ジャンクフードじゃないものを」

 

「カレーにトマトサラダを付けるくらいには気を使ってる。カラバリ的にもね?」

 

 嘘だ。本当はディーンほどじゃないけど、俺も菜食カフェや野菜はあまり得意じゃない。サラダの代わりに砂糖まみれの野菜ジュースをがぶ飲みする人間である。

 名残惜しいが母さんとそのまま別れ、俺は未だ熱戦の続いている試合を遠目で眺めていたシスターの下に歩いていく。

 

「シスター。シスター・マリア、少しよろしいですか? お聞きしたいことがあって」

 

「メアリーさんのご家族でしたね。お名前はたしか……」

 

「キリ・ウィンチェスター。子供の頃、カンザスのローレンスにいました。トレントンとミッションシティにも少し」

 

「まあ、そうでしたか。本土でお過ごしに。私に聞きたいことと言うのは?」

 

「母さんのことを少し」

 

 和やかな笑顔で答えてくれたシスターから視線を外し、母さんが去っていた方向を一瞥する。

 

「俺の知ってる母さんはニューヨークやロスみたいなところには仕事以外だと、よっぽどのことじゃないと足を運ばない人なんです。親父もそうだった、都会が好きじゃなくて。シスター、何か聞いてませんか? 母さんがマンハッタンに来た理由」

 

 分かってる、母さんは熟練のハンターでそこいらの怪物や悪霊、半端な悪魔にやられるような人じゃない。

 ナックルダスターでルシファーを殴り付けるような人だ。余計な心配だって言うのは分かってるんだけど、頭や心で思ってることと、矛盾した行動を取ってしまうことも時にはある。

 俺の場合、今がそのとき。気付いたら勝手に口が動いてたってやつ。

 

「メアリーさんとは友人を通して出会いました。共通の友人と言うのでしょうか。数日前までボランティアに来て貰ってたんです、スーフォールズから」

 

「スーフォールズ……?」

 

 不意にシスターから飛び出してきたのは馴染みのありすぎる地名。

 盟友ボビ・シンガーの故郷であり、今ではすっかり腐れ縁になってしまったミルズ保安官が住み着いているあのスーフォールズだ。

 スーフォールズから福祉のボランティアにやってきて、母さんとの面識もある相手……心当たりが一人いる。心当たりどころか、他の可能性を塗りつぶすくらいに確信があった。いや……まさか……

 

「シスター。もしかして友人というのはアレックスじゃありませんか? スーフォールズで看護師をしてる」

 

 シスターは目を丸くし、驚きの顔を作った。

 

「……驚きました。アレックスともお知り合いですか?」

 

「ええ、家族ぐるみの。古い友人です。以前、アレックスから聞きました。お世話になったシスターがいる学校にボランティアに行くことになったって。そうでしたか、ここが……どうして気付かなかったんだろ」

 

 アナエルを呼び出し、神社でカナやキャスと共闘したあの夜のアレックスとの電話を通しての会話…… 資金不足で潰れかけた学校をどっかの資産家が援助したって言ってたが、

 

(そのお金持ちはジーサード。アレックスが世話になったシスターがシスターマリアか。リサ、母さんに続いてお次はアレックスか)

 

 意図せずに動いた手は額を抑える。まいったな、さすがアメリカ本土。予期しないことの連続だよ、お次は道端で誰と出くわすことやら。

 帰国してからまだ二日目だってのに守護天使様はサプライズが過ぎるぜ。

 

「シスター、アレックスは……あの子、元気にしてましたか?」

 

「ええ、とても」

 

「ーー良かった。本土の外にいると電話でしかやり取りしてなかったもので、久々に顔を合わせて話してみたかったな。でもシスターがそう言うなら安心です。ありがとう」 

 

 軽く微笑んだシスターに向けて、俺は心のなかでもう一度、ありがとう、と呟いた。

 

「シスターマリアー!」

 

「こっちこっちー!」

 

 子供たちに呼ばれるまま、シスターはこちらに背を向けて歩いていく。

 ああ、こんなことクレアに知れたらまた過保護って言われちまいそうだな。

 

 

 

 

 

 

『帰ってない? アレックスはまだ家に着いてないのか?』

 

『いるのはクレアとペイシェンスだけ。今朝電話があったわ、寄り道して帰るそうよ。何してるかまでは聞いてないけど』

 

 ーー夜。ジーサードのビルに戻った俺は、アレックスとクレアの保護者である旧友のミルズ保安官に電話をかけていた。

 半分はアレックスのことで、半分は久々に友人と話がしたいって本当に私的な理由から。

 彼女はスーフォールズの治安を守ってる保安官で、ひょんなことから始まった付き合いが未だに続いている大切な友人だ。

 

『アレックスがボランティアに来てたって学校に昼間お邪魔したんだが、すれ違いになっちまったみたいだな。クレアは?』

 

『ここにいる』

 

 出した問題が即答されたような感覚。

 聞き慣れた声は唐突にスピーカーの向こうから飛び込んできた。

 

『やあ、クレア。声が聞けて嬉しいよ』

 

『懐かしの本土にようこそ。マンハッタンにいるんだって? あたしと狩りしてたときは一度も行かなかったのに、一人で夜の摩天楼を堪能ってわけ?』

 

 いつもの強気な態度は健在、安心したせいか自然と笑みがこぼれていた。

 ほんと、変わらないでいてくれて嬉しいよ。

 

『夜中にバーガー食える店もない街って思ってたからな。あのときは狩りっぽい事件もなかなかなかったし』

 

『それは嘘。超常現象っぽい事件は一度あったけど話を聞かなかった。ニューヨーク州で女性が高度3000mの飛行機から落ちて助かったって事件』

 

『それは超常現象じゃなくて奇跡ね。行かなくて正解』

 

『ありがとうジョディ。たぶん、クレアが不満そうな顔で睨んでる』

 

 お約束の仏頂面で。

 片手間にクラフトコーラの瓶を喉へと呷る。

 

『睨んでない、アイス食べてるだけ。箱ごと食べるとスッキリするよ?』

 

『やめとく、そんなに食ったら胃が凍っちまいそうだ。じゃあな、クレア、保安官も。話せて良かったよ』

 

『あらら、別れの挨拶ができるなんて人として成長した?』

 

『努力中。甘いものばっか食って太るなよ? ペイシェンスにもよろしく言ってくれ』

 

 煽りには煽りを、心地良いことにクレアとの関係は本土を離れる前と何も変わってない。

 時間と共に変わるものはたくさんある、それこそ両手の指では足りないほどに……ありがたいことだね。

 

『お休み、自警団さん』

 

『お馬鹿、自警団じゃなくて武装探偵だよ。おやすみ、クレア』

 

 懐かしさの余韻が冷めぬまま通話を切ると、後ろから注がれていた視線に振り返る。

 

「電話か?」

 

「ああ、スーフォールズの知り合いに。んで、お次はなんだよその格好。デロリアンに乗って禁酒時代にでも行こうってか?」

 

「知らん、ジーサードに聞け。これもあいつが用意した」

 

 ベスト付きの黒スーツ、黒い中折れ帽子に黒の革コート、振り向いた先にいたキンジの姿は一昔前の白黒テレビからそのまま飛び出してきたような格好だ。

 例に漏れず、ジーサードが用意したとなれば一流品の衣装なのだろう。少なくとも、値段を聞けば俺やキンジに寒気が走る程度には。

 

「黒、黒、黒……これじゃあまるで禁酒法時代のギャングだぞ。」

 

「いや、いいじゃないか似合ってるよ。知ってるか、禁酒法時代には赤土の林道が密輸に使われたんだ。南東部の地域、北カリフォルニアにも一部あるって言ってたな」

 

「その雑学、どうせ披露するならこの格好じゃないときにしろよ。言ってたって……誰かに聞いたのか?」

 

「バーの女亭主に聞いた。娘が大学を辞めた愚痴を一通り聞いてやったあとでな」

 

 しかし、キンジがまたこんな格好に仕立てられたとなりゃジーサードリーグはまたもや外出か。

 頭によぎったモノを裏付けるように、Vネックドレス姿で化粧も施したかなめとツクモが歩いてきた。

 

 胸元を大きく開き、背中も白い肌を見せつけるような大胆なドレスだが……外交用だな。袖はなく、アクセサリーも必要なものを必要なだけ、以上も以下もなく、飾り付けたって感じがする。

 これはロカの仕事だな。素材が良ければ、仕立てた人間の腕も一流だ。かなめもツクモも元が良すぎるってのに、これだとメーターの針を振り切っちまってる。十人が十人振り返るだろうよ。

 

「かなめ、その……寒いのにそんなドレス選ぶ必要あるのか?」

 

 兄貴っぽく肌色多めのドレスについてキンジがかなめに小言を漏らすが、それを良しとしないのがロカ。

 自分の仕事には誇りを持っている、とかなんとか言いたげな顔でキンジに噛みついた。

 

「この田舎者、散歩に行くわけじゃないの。これから行くのは礼式が必要な場所、ドレスコードがあるんだからこれじゃなきゃダメなの」

 

 不満を垂れ流しながらも、きちんと理由を説明してくれたロカ先生はブロンドにフェザー・ミニハットと自分のことも忘れてない。

 

「は? 界王拳……? なにそれ、中国の武術?」

 

「まあ、似たようなもんだ。気にするな」

 

 ……界王拳? キンジよ、お前ロカに何を読まれたんだ? 

 いや、キンジのことだ。さては女の化粧を界王拳に例えたな。化粧をすれば界王拳みたいに見た目の良さが跳ね上がる、とか?

 

「その理屈だと20倍界王拳はかなりの厚化粧ってことだな。限界を超えて、力を引き出すんだから。肌への負担を無視して一瞬のためにメイクするわけだし……お前にしちゃ鋭い例えだな、ストンと落ちたよ」

 

「お前、今ものすごく失礼なこと言ってるぞ。俺が言うのもなんだけど」

 

「別にいいよ。あんたのルームメイトは生まれたときから礼儀知らずなんでしょ?」

 

 左右色の異なる瞳が綺麗に半眼を描いた。

 この容赦のなさ、オークション会場で出会ったときから一貫して変わってない。はっ、オブラートも何も無縁だなこの女。

 

「ロカ、時計集めと俺を虐めること以外に趣味ないのか?」

 

「ない」

 

「即答かよ。その顔は好きじゃない」

 

「この顔しかない」

 

 うっすら微笑んだロカと目が合った途端、伝染したように俺の口角も緩んでいく。

 なるほど、その顔しかないなら仕方ないか。頭の良い女はやっぱり苦手だ、何回やっても言い負かせる気がしない。 

 まあでも、一瞬とはいえ魅力的な自分を見てほしいって気持ちは少し分かるよ。

 好きな人や大切な人の前でくらいは、ちょっとくらい無理して良い自分を見せようって思うやつは……きっとたくさんいる。

 

「ところで美容師先生、これからどこ行くのか教えてもらえるか? 俺も本土にはそれなりにいたが、キンジのあの格好がドレスコードになる場所ってのは浮かんでこない」

 

「ーーパーティーだぜ、ユキヒラ。ヒーロー組合のな。実力、実績、活動内容で基準を満たした武装職のエキスパートだけが集まる、デカいパーティーさ」

 

 お次にやってきたのはジーサード、キンジと同じギャングスタイルで身を固めている。

 お約束というか、ツクモの熱い視線がこれでもかってくらい突き刺さってるな。

 

「ヒーロー組合? アメリカにはヒーローの同好会があるのか?」

 

「ああ、化物揃いだ。Sランク武偵もゴロゴロいるから、兄貴もコネを作っとけよ」

 

 へぇ、そんな組合あったんだ。ヒーローの同好会なんて初めて聞いたぜ。

 けど、パーティーに出るとして、俺はまだセントラルパークから戻って着替えた予備の防弾制服のままなんだがーー

 

「お前はそのままでいい」

 

「えっ? ドレスコードは?」

 

「話がある、来い。ユキヒラとの話が済み次第ここを出る。各員準備しとけ」

 

 乱暴に吐き捨てると、ジーサードは下層に繋がる直通エレベーターへと歩いていく。

 先読みされたことは置いて、そのままでいいってことは、制服での参加もありってことか?

 

 とりあえず、白黒テレビから飛び出したようなギャングスタイルにはそこまで魅力を感じていなかったので素直に朗報だった。

 常日頃、あれだけ犯罪捜査ドラマを見てると捜査機関側に愛着が湧くというものだ。腐っても武偵だしな。

 

「パーティー大好き、ドリンクもうまいものも食い放題だ」

 

 空になったクラフトコーラを捨て、ジーサードを追いかけてエレベーターに乗り込む。

 当たり前のように広々としたシースルーエレベーターからは、夜のマンハッタンがガラス窓から一望できた。夜の摩天楼をさらに上から見下ろせるのは、どこか現実味の薄い、とても稀有な光景だった。

 横並びになった俺とジーサードを乗せたエレベーターがゆっくりと下降していく。

 

「ユキヒラ、明日の日没後にはサジタリウスの調整が済む。いいか、明日の日没後だ。それ以上は待たねえぞ」

 

 ーーああ、そういうことこか。だから、俺は制服で構わないわけだ。

 

「……敵わないなぁ、いいのか?」

 

「俺が雇ったのはいつものお前だ。この際、何を悩んでるかは聞かないでおいてやる。さっさと片付けてこい」

 

 怖いくらいに鋭いな、ジーサード。

 その怖い直感、キンジにそっくりだ。

 

「顔に出したつもりはないんだが。なあ、いつも正しいってつまらなくないか?」

 

「この国を出るまではお前も俺の部下だ。部下の様子はチェックしとくもんさ」

 

 下降するエレベーターの浮遊感を感じつつ、俺は後ろ頭を軽く掻いた。

 こういう何気ない垂らし文句が部下の信頼を勝ち取るってことか。キンジはキンジである種のカリスマを備えてるってのが先生の見解だが、ジーサードも負けず劣らずらしい。

 

「お前もキンジと同じだな、仕えるよりも率いる方が向いているよ」

 

 夜のマンハッタンは本当に綺麗だ。

 漆黒の摩天楼に灯った照明は、近未来的でありながらもどこか現実離れした、幻想的な印象を感じさせる。

 きっとそのせいだ。思ってもいないことも口から滑り落ちていく。

 

「久々に本土に戻って、帰国して改めて思うのはこの国には良い記憶も悪い記憶も等しくあるってこと。昔の俺は……誰かを大切だと思うと逆方向に逃げ出すタイプの人間だった。いつからか、大切なものから先にこぼれていくって分かっちまったからな」

 

「似合わねえなぁ、なにかやろうと思っても()()()()のが人生さ。この言葉は俺たちみたいな人間の毎日をよく表してる。だが、たまには人生の主導権を握ってやりたいことをやるべきだ。手遅れになる前にな?」

 

 言葉を切り、ジーサードは目を細めて笑った。

 夜の摩天楼がほんの少し、さっきより明るくなった気がする。きっと気のせいだろう。

 

「……これ独り言、いま聞いた話何かを学んだ気がする」

 

「ジーサード様の無限の知恵を一部授けてやったんだ、感謝しろ」

 

「授ける知恵があったとはねー、驚き」

 

 でもその言葉は覚えとく。

 ヒルダ曰く、未来は不確定だが新たなスタートは切れるらしいからな。

 やがて浮遊感が落ち着き、エレベーターホールへの扉が静かに開いた。

 

「いつも正しい訳じゃねえよ、俺もな。さっさと行っちまえ、ただし安全運転しろ?」

 

「了解。メーターも戻しとくよ、フェリス・ビューラーみたいに」

 

「……あの映画のフェラーリ、廃車になってなかったか?」

 

 ロックスター風の端整な顔が壮絶にひきつった。

 ここは何事もなかったつもりで去ろう。空気を読んで。それがいい。

 

「日没までには戻る。mahalo、ジーサード」

 

 ここでの現地妻、もといコルベットの鍵を手元で揺らす。

 つまらない狩りなら、わざわざ答えを濁す必要はなかった。母さんーー今度は何を狩ろうとしてるんだ?

 

 

 

 





ほぼゲストキャラクターみたいなものなので補足しておくと、鳩子というのは一時期登場した『グウェン・キャンベル』というキャラクターを指しての発言になります。
サミュエルじいさんが連れてきた愉快な仲間たちのなかでもそこそこディーンに優しかった女の子ですね。



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