哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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手こずらせてやるか

 

 

 

 

「見た目より重たいだろう。たまに外したくなるよ。そうはいかんが」

 

 いつも通りの値段が激安ってこと以外は特に代わり映えもない寂れたモーテルの扉を開くと、年季の入ったテーブル一杯に広げられたジャンクフードと共に、彼はいた。

 いつも通りの、なにを考えているか読めない顔で。いや、ただの人間が彼の考えを読もうとすること自体、浅はかなのかもしれない。

 

「座れ」

 

 一言。頭に焼き付くような声で、そう言ってきた。何年経った今でも脳裏に残ってるような、そんな声で。

 だから俺は、彼の視界に重たい足取りを向けてテーブルに座った。夜に溶けるようなスーツを纏った、ありとあらゆる全てを見通すような瞳をした()()()()と対面する席に。

 

「──食べないのか? 好みはディーンと一緒だろう」

 

「……」

 

「ロスの小さなスタンドで売ってるベーコンドッグさ。君の分だ」

 

 目の前に差し出されたソレに手は伸びず、代わりに浅くかぶりを振ってから粗末な椅子に座り直した。

 

「死神はジャンクフードが好きなのか」

 

「お前だってそうだろ。指輪を嵌める前に、好物を食べておきたかった」

 

 それはキンジと出会うよりもずっと昔。本土を出るよりもずっと前の記憶。

 ジョーとエレンの魂を賭けてやった、死の騎士との最初で最後の賭け。

 

 24時間。彼の代わりとして死の騎士の役目を全うできたなら、地獄の猟犬をみちづれに命を散らしたジョーとエレンの魂を天国に導くーーその約束で、俺は騎士と賭けをした。

 

 さっきまではお目付け役だったテッサは既に姿を消し、別の仕事に取りかかってる。テーブルの隅に置かれた指輪を一睨みし、俺は億劫げに肺から息を吐いた。

 

「……負けたよ。俺にあんたやテッサの代わりは務まらないってのがよく分かった。俺は……死神には向いてない。自然の摂理ってやつを滅茶苦茶にしようとした、そうなることも分かってたんだろ」

 

 死んだまま現世に留まり続ければ、行き着く先はひとつ悪霊だ。幽霊のまま地上に留まれば誰だって最後にはそうなる。

 そうさせないのが死神の役目で、死んだあとの魂をあるべき場所に導くのが死の騎士の役目。死んだ人間に『お前は死んだ』と正しく伝える、突き詰めてしまえばそれが全部だ。

 

 億劫げな心情と裏腹に頭は冷えていた。自己嫌悪したくなるほど冷静な頭の中が、いまはむしろ腹立たしく思える。

 

「死者を送る最後の案内人、その役目が務められたとは自分でも思ってないよ」

 

「あのいたいけな少女も、事故を引き起こした犯罪者も、みな等しく招いていかねばならん。死は全ての存在に訪れる、永遠のものなどない。私以外には」

 

「あの子の死をねじ曲げたら、あの子の死を無かったことにしてたら関係ない他の誰かが死んでたんだろ? 別の誰かが、俺のせいで……」

 

 死はどんな者にでも等しくついて回る。

 子供だろうと大人だろうと、男だろうと女だろうと、良い人も悪いやつも関係なしに。

 

 だから死神ってのは冷徹に、死について公平でないといけないんだろう。それが脇見運転で歩道に突っ込んだドライバーだろうと、重たい心臓病を患ったまだ12の女の子だろうが公平に……

 

 あの父親は、あの子が最後の家族だった。いつか時間が傷を癒してくれる、そんな如何にもな理屈がアテにならないのはよく分かってる。

 まだ12で、これから一杯愛してやれるはずの娘を失っちまった。酒に溺れるかも、心身やられて彼も病床についちまうかもしれない。どこをどう探しても救いなんてどこにもない。

 

「またあそこに戻れるなら、あのいたいけな少女を殺せるか? 今度は迷わず、あの子を連れていけるか?」

 

 頭の中に手を入れられたような言葉が、遠慮もなく飛んでくる。

 何の自慢にも、誇れることにもならない。それでもきっと今度は、ちゃんと役目を果たせると思いたい。

 

「今の俺ならやれる」

 

 底の見えない騎士の瞳と真っ直ぐに視線を結ぶと、やがて空になったらしいシェイカーが手から離れ、隅に置かれていた白い指輪がゆるりと持ち上げられた。

 

「その言葉は意外だ。意外だが喜ばしい」

 

「……喜べやしないと思うぜ。テッサの静止がなかったら、俺はあの子の死をねじ曲げてた。お目付け役をつけたあんたは正しかったよ」

 

 あの子には未来がある、俺なんかよりずっと価値のある未来があった。その未来が奪われていいわけない、そう思って堪らなかった。

 だが、あの子の死を見逃したら──組み上がっていたものが代わりに崩れる。本当なら起きなかったはずの事故や殺人が起きて、死ぬはずのなかった他の誰かに(それ)が押し付けられる。

 

 そして、自然の摂理から外れてしまうあの子に幸せな時間が果たして待っているのか──気付いたときには自分が選ぼうとする道に、必死になって最もらしい理由を探してた。

 どれだけ自分を贔屓目に見ようとしても、死の騎士の代役を務められたとは思えない。

 

「いやぁ、収穫もあったはずだぞ。お前は死の舞台裏をしっかりと見てきたんだ」

 

「……え?」

 

 途端、帰って来た言葉に意味が分からず、気の抜けた声が出る。

 そんな俺の反応まで、最初から見通していたような顔で騎士は首をもたげた。

 

「自然の摂理に逆らうのは簡単じゃない、辛い思いをして片付けねばならん。お前たちには理解できんだろう、命を投げ出してもまた自分の元に戻ってくると思い込んでいるからなぁ」

 

 今でも楔のようにその言葉は脳裏の深くに残ってる。

 恐らく、これからも俺はその言葉を忘れることはないだろう。

 

「──人間の魂はゴム毬じゃないんだ。傷つきやすく、永遠ではない。しかし、お前が思っているよりずっと価値がある。お前は大切なことを学んだんだ」

 

 永遠のものなんてない、いつか終わりはやってくる。ことあるごとに死の騎士はそう口にしていた。神でさえ、いつかは死に連れられる、と。   

 だが、理子はこうも言っていた。どれだけ短い時間でも短い命でも、その一瞬が最高に充実したものなら──瞬間は永遠となる、と。

 

 

 

 

 

 

「マッシュ・ルーズヴェルトは与党に可愛がられちゃいるが、他国の自由を冒涜する者。それがどこの国であろうと、人民の自由を冒涜する者はアメリカの国賊に他ならねえ。俺たちはこの国に尽くした数多の兵士たちの宣誓に習い、内外問わず合衆国への脅威を排除するッ!」

 

 プロペラ端に蛍光グリーン光を点し、整備の終わったサジタリウスを背に、ジーサードが声を上げた。

 内外問わず、アメリカ合衆国への脅威を排除する──この国に尽くした多くの軍人たちが、アンガスやコリンズたちが、親父やコールも誓った宣誓。

 

 俺たちが踏み込もうとしているのはネバダ州グレーム・レイク空軍基地──またの名前を『エリア51』。

 ミステリー好きの間でこの名前を知らないやつはいないだろう。UFO墜落やら隕石が落ちたやら、その手の噂には事欠かない場所だからな。

 

「サード様っ──その、お言葉ですが──この作戦は不利です! マッシュの大兵力にこれだけの火力で挑むなんて……」

 

 狂気の沙汰──とでも続きそうだったが、ツクモの瞳はサードから唐突に俺へと切り替わる。

 

「ウィンチェスター並みの大馬鹿ですよ!」

 

「嫌味かお前ッ! ウチよりもっと他に分かりやすい例えがあっただろ!」

 

「……無謀な例えとしては悪くない気もしちゃうけどね」

 

 密やかにかなめも援護射撃。無謀なことをやるのはお前の兄貴の得意技でもあるんだが、敢えて口にしてやる状況でもないか。

 

 無茶な手札で無謀な勝負を仕掛けるのはキンジの得意技だが、どうやらジーサードにもそのけがあるらしい。

 ツクモの心配を受け止めた上で返ってくるのは豪快な高笑いだった。諦めな、ツクモ。これは一人でだって進軍しかねないぞ。

 

「ねえサード、マッシュを殺したらボーナスくれる?」

 

 心配一辺倒なツクモとは反対に、実に好戦的な台詞を吐くのが我らがロカお嬢様。

 ミステリアスな見た目に反し、血の気が多いことは言うまでもない。

 

「高級スパにマッサージでも受けにいく?」

 

「それも悪くないけど、来週懐中時計を落としにオークション行くんだよね」

 

「ほう、狙いどころによっては考えてやらんこともないぞ」

 

「オメガに10ドル」

 

「外れ。来週落としに行くのはブレゲ。軍資金がちょっと心もとないんだよね、でもいま10ドル入った」

 

 ……言わなきゃ良かった。

 どうやら無事に芸術品趣味のジーサードの心を惹けたらしく、どことなく守銭奴を思わせるガッツポーズをロカが決めた。

 

 副操縦士のアトラスを始め、コリンズ、アンガス、かなめはジーサードと同じで進撃ムード。退路や停滞を選ぶって感じの目をしていない。

 ジーサードがそうと決めたら隣国から世界の裏側までどこまでもついていく、ジーサード・リーグとはそういう組織なのだろう。

 

「ちょっと待て。ジーサード、兵力の差がダンチの相手に前回負けた兵装で突っ込むっていうなら何か作戦があるんだろうな?」

 

「兄貴も分かんねえやつだな。敵は先端科学兵装を超えるモノホンのモンスターって言ったろ。半端な小細工は作戦にもならねえのさ、とにかく全戦力を固めて突き進むそんだけだ」

 

「お、お前なぁ……過酷な戦いこそそれ相応の作戦がいるもんだろ」

 

 ようするにあれか。敵は待ち構えてる、だから堂々と乗り込むわけだ。派手にな。

 

「分かりましたサード様、ツクモも一緒に玉砕いたしますっ!」

 

「切、お前もなんとか言ってやれ! 本当に玉砕しちまうぞ!」

 

「──では、私も共に死のう!」

 

 キンジに詰め寄り、俺は迷うことなく言ってやる。エリア51に神崎を緋緋神から救う手がかりがあるっていうのなら答えは決まってる。

 相手が何だっていい。ターミーネーターとイカれた小男がいるテーブルだろうと座って勝負してやる。緋緋神が取り憑いちまった以上、退路なんてとっくに焼かれてるんだからな。

 

「あれって映画の台詞?」

 

「『―ロードオブ・ザ・リング―』に被れてるんだよ。シリアスなファンタジーフェチ」

 

「木が洪水を引き起こす映画も?」

 

「その木が特に好きなんだよ」

 

「……二つの塔は名作だろ」

 

 呆れた顔でロカに説いているかなめだが、当のお前が一緒に見ようってレンタルしてきた映画だからな?

 

「サジタリウスの光屈折迷彩は一応、掛けとけ。熱源もあるから消えるだけ無駄だろうけどな。だが、マッシュの妨害を掻い潜る手はちゃんと別に用意してある、さっきのは冗談だ」

 

 へぇ、珍しく勿体ぶりやがって。お決まりの即興で対応するのかと思ったぜ。

 「あるんなら、さっさと言えよ」と目に書いてあるキンジの背中をジーサードは笑顔で叩き、

 

「目に目を、歯には歯を、モンスターにはモンスターをぶつける。今回の作戦は『オカルトになんとかしてもらう』。これに決まりだ」

 

 さも自信ありにジーサードは言うと、手練れ揃いの面子が納得したような視線を向けた。他ならぬオカルト(キンジ)に向かって。

 

「そっか。科学には超能力。確かにキンジは殺しても死なない、第一級の超常現象だもんね」

 

 案の定ロカが火薬庫で花火を振り回し、キンジが桜花を試し打ちさせろなどと末恐ろしいことを叫び始める。

 マッハ1で飛んでくる拳のサンドバッグなんて冗談じゃない。つか、揚げ足をとるようだがマッハ1を自力で出せる人間がオカルトじゃなくて何なんだよ……

 

「悪ィなお前ら。超先端科学兵装は掛け値なしのモンスターだ、いっぺん俺も黒星を付けられちまったしよォ。さっきも言ったがマッシュ相手に小細工は無意味、もう俺たちには兄貴や雪平みてえな、殺しても死なねえような常識から外れたもんに頼るしかねーんだ」

 

 ……なんてことだ。見事に巻き込み事故を食らっちまった。俺はキンジと違って、首を飛ばされたら死ぬんだよ。

 聞けば、かつてこの空軍基地が本丸までの侵入を許したのは、理子の()()()が率いるチームたった四人だけ。武装も銃と刀だけだったらしい。

 

「だから、今回の布陣はそれよりゃ遥かに厚いってことか。理子のお父様だけあってやることが派手だな」

 

 縛りプレー……というより、銃と刀しか使わないところに彼らなりの美学を感じる。理子もそういうところに拘りを持つ女だからな。

 

「そうだ、マッシュの妨害は脅威だが決して不可能じゃねえ。もとより古来から人間は不可能と思えることを可能にしてきた、俺たちの歴史はその繰り返しだ。不可能と思えることに幾度となく挑み、倒れ、そしてまた挑み続けては歴史を刻んできた」

 

 自然と耳に入り込むような言葉には不思議な説得力があった。

 無謀な手札、無謀な勝負でもどうにかなるんじゃないかと思わせてくれるほどに。

 

「潔く背を向ける、それもまた勇気だ。だが俺はそこまで諦めが良くねえ。今日ここで立ち止まって、このままマッシュに好き勝手やらせて良い未来が待ってるはずはねえからな」

 

 頭を下げて良かった試しはない。それには痛く同感だ。

 

「──手こずらせてやるか。三度の飯より人の邪魔は大好きだしな」

 

 ひねくれた、実に遠山キンジらしい言葉にジーサード・リーグの面々が笑う。

 

「いいスピーチね、キンジ君」

 

「スピーチとダンスは苦手だよ。準備はいいみたいだぞ、ジーサード」

 

 嘘つけ、得意技だろ。

 キンジが苦笑いすると、ジーサードがサジタリウスを一瞥し、

 

「じゃあ、行くとするか」

 

「Hoo-yah」

 

 存分に嫌がらせしてやろう。

 そして、俺たちを乗せたサジタリウスは空へと上がる。が、皆が予想していたように空の旅路が円滑に行くことはなかった。

 

『──1号エンジン大破。2号中破。3、4号、正常。右垂直尾翼全失、右翼の損害激しく、1番プロップ全失。操縦不能。油圧降下──!』

 

 ネバダ州上空でけたましいアラートとアンガスの声が重なって響く。

 ああ、飛行機嫌いの兄じゃないけど、今回ばかりは俺も思うよ。人間、土から離れては生きていけないって。

 

 乾燥した空気、風に乗って埃のように舞い上がる砂、建物が消え失せた殺風景な景色。

 眼前に永遠と広がっているのは、ついこないだ抜け出した悪趣味なテーマパークとそっくりの光景だった。

 

「……またもや砂漠か」

 

 瓦礫となったサジタリウスを背にし、うんざりする気持ちで赤い水平線を睨む。これがほんとのWasteland(不毛の大地)──殺風景この上ない。

 

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