崩れた世界は混ざり合うだろう
きっとそれは、優しく闇に溶けるようにして
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一 ルリアノート【火継ぎ】
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蒼穹を飛ぶ一隻の船。飛竜を思わせる騎空艇【グランサイファー】。
夢、幻、伝説と言われる【星の島】を目指す少年、その仲間達を乗せ悠々と空を行く。
その船の甲板でピンク色のノートを読む一人の少女がいた。
思い出の詰まったノート、旅の記録を綴った宝物。
「ルリア、何見てるの?」
「あ、グラン」
そんな彼女、青色の少女ルリアに声をかけたのは一人の少年グランであった。
「あ、日記か」
「はい、ちょっと今までの思い出を」
「へえ、どこの島の事読んでたの?」
「……火継ぎの島の事を」
火継ぎの島。そうルリアが言うとグランは悲しそうな表情になる。悲痛なものではないが、しかし彼が思い出す記憶の中に辛く苦いものがある事は確かだった。
だが同時にその記憶を懐かしみ、大切にしている事がうかがえる。
そのまま彼はルリアの横へと座った。
「こうやって思い出さないと、駄目だと思って……」
「……うん」
「私達が覚えている事が、きっと大切な事だと思うんです」
「うん、僕もそう思うよ……忘れられない」
二人が思い出すのは、最早この空には存在しない島。
“淀み”が生み出した交わり。火と空の邂逅。
ただ過酷な宿命を背負う人間達の物語。
二人はそれを忘れない。そして思い出す。
永久に続いた火継ぎ、その終焉の物語を。
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二 火継ぎの島
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それは数か月前の事だった。
グランが空の世界へと相棒の子竜ビィと旅立ち、ルリアと女騎士カタリナと風が繁栄をもたらす島ポート・ブリーズへと辿り着き、操舵士ラカムと騎空艇グランサイファーを仲間とし、その後も魔法使いの少女イオ、ベテランの騎空士オイゲン、謎の女性ロゼッタなどの頼もしい仲間を増やしていた。
そして騎空団として旅を続ける中、彼らは不思議な噂を聞いた。それは「巨大な島が突然現れ、そして消えた」と言うものだった。
空に大地が浮き、島として存在するこの空の世界。そこで新たな島が誕生する事は稀である。しかもそれが突然予兆も無く現れては消えるとあれば尚更異常であった。
そしてその噂も確証はない。ただ何人かの騎空士が言うのだ。「島が無いはずの場所、そこに突然現れた色の無い霧の先、そこに巨大な島を見た」と。
しかもその島の全景は霧で見えない。そしてシルエットに関しても目撃情報はバラバラ。巨大な城、天を衝く山岳、凍てついた都……。この噂は少しづつ騎空士の間で広まるが、誰もその島に辿り着いた者はおらず、バラバラの目撃情報もあって眉唾の域を出ない。
だがただ一つ、その島を見た者達に共通したのは「酷く空が淀んだ気配がした」と言う事だった。
この噂をグラン達も耳にしたが、彼らもまた噂話程度に考えていた。
だがあるいは、その島があるとしたら空に存在する、神とも言われる事すらある超常の存在星晶獣が関係しているのではないか。そう考える事もあった。
そしてその噂を聞いてからまたしばらく経った時、彼らは目にする事になる。
「なんだ、あれは……」
カタリナが甲板から唖然として呟いた。
グランも、ルリア、ビィ達も驚いて目を見開く。そしてグランが呟く。
「色の無い、霧……!」
それは突然だった。普段と同じように、グランサイファーを飛ばしている時、突如としてそれは現れた。
グランサイファーの進行を塞ぐようにして、大規模なその色の無い霧が。その中に浮かぶ巨大な島が。
「あれが噂の神出鬼没の島って奴かよ!?」
ラカムが急ぎ舵を切った。このままでは霧の中へと入る事に成る。島の姿は霧で殆ど見えていない、だがおぼろげなシルエットからも明らかにグランサイファーが飛んでいる高度に建物か何かがあるのが見えた。とにかく避けねばならなかった。
「きゃああっ!?」
「イオちゃん、こっちに!」
「かわせるかラカムっ!?」
「やらねえと最悪死ぬだけだ! お前等何かにつかまってろ!!」
急に方向を変えるグランサイファー、その反動でイオが甲板を転がるが、ロゼッタが不思議な力で生み出した蔓で彼女を助ける。
オイゲンが叫ぶがラカムも必死だった。
「ルリア、こっちに!」
「は、はい!」
「ひゃあ、あぶねえ!?」
グランがルリアを抱き寄せて柵に捕まる。ビィもグランの服へとしがみついた。
「どうなってる、グランサイファーが引き寄せられるぞ!?」
霧が迫る中、スピードを落としたはずのグランサイファーは勢いをそのままに霧へと向かっていった。
何か不思議な力が働いている事は間違いなく、こうなると操舵士の技術でどうにかなるものでは無かった。
「ちくしょう、駄目だ! 全員衝撃に備えろ!」
「ぶ、ぶつかるって事ッ!?」
「そうならねえように祈ってろ!」
そしてなすすべも無くグランサイファーは霧へと飲まれた。
霧の中は風が吹き荒れ、何も見えなかった。グラン達はただ船から落ちないようにする他なかった。
だがそんな時、ルリアはある音を聞いた。
遠くから響く、何かを呼ぶようなその音を。
「鐘の、音が……」
最後に霧の抜け見えた混沌とした島の姿、それを見て直ぐ彼女の、彼女達の意識はそこで途絶えた。
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三 灰
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「――――ランッ」
「……う」
「――ンッ! ――――!」
「……ルリ、ア?」
「グランっ! 気が付いたんですか!?」
薄く開いた瞼、その隙間に太陽の光が強く入る事はなかった。そのかわり、グランにとっては最も安心できる少女と子竜の姿があった。
「……ルリアっ!? 無事で、つうっ!?」
「グラン、動くなって!」
「ビィ、ここは……?」
「わからねえ、オイラ達も気が付いたらここに居たんだ」
体を強く打ったらしく、身を起こそうとすると背中が強く傷んだ。ゆっくりとルリアに助けられながら身を起こし、改めてグランは自分のいる場所を見渡した。
酷く陰気な場所だった。山の中だろうか、長方形の岩がゴロゴロと転がり、崖に挟まれ、しかし人工的な建物の名残があった。
おそらくはあの霧の先に見えた島なのであろう。
「なんて、寂しい場所だ……」
「はい、私もさっきから妙な気配を感じて」
「大丈夫、僕がいるから」
ルリアがグランの裾を不安げに握ると、グランはその小さくか弱い手を強く優しく握ってあげた。それだけでルリアの不安は幾分か消えたようで笑みを浮かべた。
「そう言えば、カタリナさん達は?」
「いや、オイラ達も先に気が付いたんだけど、辺りに居ねえんだ」
「別の場所に落ちたのかもしれません……」
狭く暗い場所で目覚めた事と、近くにグランサイファーがない事から自分達は空から落ちたのだろうと予想が付いた。バラバラに落ちたとしたら、初めて訪れた場所で合流するのは困難になるかも知れない。
体はまだ痛むが、なるべくすぐに仲間を探す方べきとグランは考えた。だが今はルリアの身の安全を確保したいため、ここではない安全な場所を探す事を優先すべきとも考える。
なんであれここを移動するべきだろう。幸か不幸か、自分たちのいる場所から道は一本道、どのみち進むほかなかった。
三人は用心しながら歩き出す。武器はあったが、どんな魔物が現れるかわからない、グランも不安を抱えながらもそれをルリアとビィにはわからないようにした。
少し歩いて気が付いたのは、ここは正しく
「グラン、ここはもしかして……」
「ああ……これは、きっと……」
石造りの建物の残骸に混ざる岩。始めそう思ったものは、しかしじっと見てみれば冷たい石の棺であった。
ここは、墓地だったのだ。
何かの拍子でか、その重い棺の蓋はずれているのが殆どであるが、不思議とその中身はない。勿論グランも態々中身を見たいとは思わないが、しかしあまりにもあるべきものが無いという事実が不気味に思えた。
早く場所を移した方が良い、そうグランが思った時彼の耳は気味の悪い声をとらえた。
「ルリア、下がって!」
「え、はい!」
直ぐにルリアを後ろへと下げ剣を構えた。
石の器がある広間、崖に挟まれ狭い出口だがその先に空が見えた。だがそこに、尖り帽子の様なボロ布をかぶった何者かが居た。
人間、ではあるように思えた。だがその足取りは怪しく、何よりもその両手に持った鋭利な刃物がグランに強い警戒心を抱かせる。鈍い鉄の色、それは金属由来の物では無く、命を刻んだ故に出来上がる赤黒さ。
そしてその人物はグラン達の存在に気が付く。
「――――!」
「っう!?」
人の物とは思えない甲高い悲鳴にも似た叫びを上げそいつは襲い掛かってきた。迷いなく走り迫るその狂人とも見える者、その手に持った凶刃がグランの身体を裂こうとした。
「ちっ!」
こちらも迷う暇はない、グランは構えていたミスリルソードを咄嗟に振り上げ辛うじてその刃を受け止めた。
「お、おいおいなんだよぉ!?」
「ビィはルリアと後ろへ! でやあ!」
「―-!?」
小さくも勢いのある蹴りを相手に食らわせ体勢を崩す。その隙にグランは反撃とばかりにミスリルソードを振り下ろした。
「―---!!」
「うっ!?」
だが態勢を崩しながらも相手は二本あった刃物を交差させそれを受け止める。見た目は貧相な男に思えた。だが異常な力でグランが振り下ろした剣を受け止めるどころか、押し返そうとしている。
「――! ――――!」
(なんだ、こいつは……っ!? アンデッドなのか!? けど、腐ってるようでも無い!)
接近して初めて見えたその顔。精気の感じない瘦せ細った顔には、人間らしい感情は見えずただ殺意が溢れているように思えた。
「くそ、離れろっ!」
「――!?」
「でええいっ!!」
「――――!?」
再度蹴りを放つ。先程よりも強く、確実に相手を転倒させる強さで。上手く相手は押し出され、そして地面へと転がった。刃も両手から零れ落ちる。
一瞬、グランは相手との対話は可能か考えた。だが倒れながら自分を睨みつけた相手の狂気の瞳を見て改める。倒すべきだと。
「はあああっ!!」
「――……!」
それは人ではない。その存在は自分だけでなく、後ろにいるルリアとビィにも襲い掛かる殺意。だからこそグランは剣を迷いなく振り下ろし、相手を両断した。
その者は、悲鳴を短く発すると、その場に倒れ込み動かなくなった。
「グ、グラン?」
「ルリア、ビィ! 早くここから離れよう! ここは危け――」
不安げに話しかけるルリアに急ぎ移動するよう言おうとした。振り向き危険だと叫ぼうとしたが、言葉が詰まる。
ルリアとビィの後ろから、今し方倒したばかりの人物と同じ風貌をした者がルリアとビィに向かい刃を振り下ろそうとしていた。
避けて、逃げて、そう言おうとグランは口を開いた。だが咄嗟の事で言葉が出て来ない。
庇うか、いや間に合わない。
「ルリ――!」
「え?」
「――――!」
手を伸ばすが届かない。間に合わない。
守れない――。
「――!?」
「うひゃあっ!?」
その時、ルリアを襲った者とビィの悲鳴は同時に上がった。
ルリアも慌てて振り向いた。
「きゃあっ!?」
「ルリア!」
驚きふら付いた彼女をグランが抱き寄せた。ビィも急いで二人の傍へと飛んだ。
彼らの目の前で襲い掛かってきた狂人が、背中から大剣を突き刺され多量の血を滴らせていた。
呻き声をあげる狂人であったが、すぐにその剣は抜き取られた。そしてそのまま地面へと倒れていく。
狂人が倒れると、その後ろに隠れ見えていなかった一人の人物が現れる。
うす汚れたボロ布を見に纏い、しかしそのボロ布の下に見えた歪んだ騎士の鎧。おそらく騎士か戦士か、戦いを生業とするべき者。手には果てた狂人の血で染まるバスタードソードを持つ。
「な、なんだってんだ、さっきからよう!」
ビィがそう叫ぶのも無理はない。
突然襲い掛かられ、グランが狂人を倒したと思えばもう一人に襲われたが、その一人が新たに表れた怪しい人物に殺されたのだ。
少女であるルリアにとっては大きな精神的負担を与える出来事だ。
この場は、あまりに血生臭い。
「……」
大剣の血を払うと騎士と思われる者がグラン達をジッと見つめる。顔から脚先までを、ねっとりと這うような視線を感じ、グラン達は身震いがした。
「あ、貴方は……!」
「……ほう」
グランが声を発すると、その騎士は興味深そうな声を上げた。低くしゃがれた男の声だった。
「貴公達、どうもまともなようだな」
「ま、まとも? 何を言って」
「見た所ダークリングも見えんな、血の気も生者そのもの。いや、それ以上にその生き生きとした眼……そうか、そうか、なんと珍しい」
一人勝手に納得した騎士は喉から「クククッ」と愉快そうな笑い声を出す。
「や、やいやい! 一人で何納得してんだ! お、お前は誰だよ!」
「……ふ、ふふ! まともと思えば、つるんでいるのは喋るトカゲか」
「オイラはトカゲじゃねえ!」
ビィは歴とした竜である。まだ小さき子竜であるが、しかしそれは間違いないのだ。だからこそ“トカゲ”は彼にとって最大の侮辱になる。
「……助けてくれたんですか?」
グランは気になっている事を聞いた。
何者であるかよりも、自分達に害が無いか知りたかった。この騎士の介入がルリアを助けた事は間違いなかったからだ。
「そう思うか?」
「違うんですか……」
からかうような言い方をされ、グランはミスリルソードを両手で握りなおした。それを見て騎士はまた「クククッ」と喉を鳴らした。
「そうだな……結果的に助けたと言える。丁度良くマヌケな背中があったからな。背後から
「ひええっ!?」
男の物騒な言い方にビィは悲鳴を上げてグランの後ろに回り込んだ。
「安心しろ、人間は殺さん。ましてまともであるなら」
「……今の奴らは人間じゃないんですか」
「……貴様等、何も知らないのか?」
ここで男はグラン達の事を強く、いよいよもって訝しんだ。
「この灰の墓所に居て何も知らぬと?」
「灰の墓所? やっぱりここはお墓なんですか?」
「……本当に知らぬのか。むう」
ルリアの純粋さが伝わったのだろうか、男は少し困ったように唸った。
「……どこから来た」
「え?」
「どこから来たかと聞いた」
「えっと……どこと言われると、ザンクティンゼルと言う島から」
「ザンクティンゼル? いや、島だと? 態々海でも渡ったのか?」
「海ぃ? ここにはアウギュステみてえな海があんのかよ?」
「アウギュステ……貴様等何を言ってる」
明らかに互いの話がかみ合わなかった。互いの常識からして何か大きくずれているようだった。
「……いいだろう、嘘も言えんような子供だ。一先ずついて来い」
「え? あ、おい待てよ! ついて来いって、お前の正体も聞いてねえんだぞ!?」
「必要ない」
「いや、あるだろっ!? そっちだってオイラ達の事ろく聞かねえでついて来いって、信用できるかよ!?」
「ならばここに残るか?」
「そ、それはぁ……」
ビィも間違っていないが、しかし男に“ここ”と言われ黙ってしまう。
薄暗い墓地の中、冷静に耳をすませば先程の狂人と似た呻き声が聞こえてくる気がした。
「悪い事は言わん、ついて来い。何も知らぬ貴様らがここに居ても亡者になるだけだ」
「亡者?」
「……はあ、本当に知らぬか」
「あ、おい待てって!」
最早語る事は無いとばかりに男は歩き出した。
「グラン……」
「……行こう、今はあの人だけが頼りだから」
不安はある。むしろ募るばかりだった。しかし今話が通じて道を教えてくれるのは男しかいなかった。姿の見えないカタリナ達の事も気になる。仲間達と合流するには、ここから移動するしかないのだ。グラン達は彼の後に続いた。
万が一を考えて男には近すぎないように歩いた。ボロ布とその下の兜で表情も見えぬ男を用心しない道理も無い。
だがしかし――
「僕はグランと言います」
「……名か」
「はい」
グランと言う男は実に実直な男であった。例え怪しき男でも、仮に一時の出会いでも、自身の名を名乗る事を礼とした。
「あ、私はルリアです!」
「オイラはビィってんだ。言っとくけど、トカゲじゃねえからな!」
グランが名を名乗ると、警戒をしつつもルリアもビィも先ほどに比べ和んだ様子で男へと自分の名を名乗る。
その様子を不思議そうに男は見ていた。
「……」
「な、なんだよ黙りこくって。お前の名前も教えてくれたって良いじゃねえか」
「……ひさしく、名など名乗っていないのでな」
「名乗ってない? どういう事ですか?」
「……“
「え?」
ルリアの質問には答えず、だが男ははっきりと一つの“名”を名乗った。
「“
「アッシュ、さんですか……なんだかカッコいい名前です!」
「……」
ルリアが爛漫の笑みを浮かべ灰――アッシュの名を褒める。それを見てアッシュはどう答えていいのか分からない様子だった。
「本当に……こんな人間がどうして、まったく……」
困っている、よりも呆れている方が大きいようだった。
そんなアッシュの事を知らず、灰を知らず、亡者も生者も、何もかも知らぬ三人。墓所を抜けた先、そんな三人が見たのは――。
「ここは……」
「覚えておけ、グラン。貴様等が何処から来て、何が目的か知らん。偶然迷い込んだのか、目指して来たのか、どの道ここに来てしまった以上これは“出発”なのだ。後戻りは出来ず、留まる事も意味はない」
薄く薄く……燃え尽きた灰の様な空。その空は美しく見えながら、しかしあまりに闇が深く感じる。命を感じない、終わりを迎えようとする空。
そして混沌とした、瓦礫が集まったような城壁。
「進むしかない道に――絶望と希望、お前達はこの世界に何を見出すかな?」
アッシュのその言葉は、絶望も希望も、何も知らぬグラン達を試すようでもあった。
NEXT ― 『BONFIRE LIT』
思い付きですのネタです。
個人的には有りそうと思ったのですが、あまり見かけないので書きました。
グラン君達には、絶望と希望の世界を見てもらいます。
本来灰の墓所には、聖堂の墓守は出ませんが、グランを襲わせる役で、こちらでは二体ほど出しました。
グラブル×ダクソのクロスオーバー作品は増えて欲しいです。
短編のつもりですが、完結は気長にお待ちください。