GRANBLUE SOULS   作:Par

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永久の火なく、永久の命はない
だからこそ火は継がれ、それを継ぐ者に仕える者も継がれていった

火を絶やさないため。だが、あるいは瞳を持ちさえすれば――


BONFIRE LIT

 

 ■

 

 一 Cemetery of Ash

 

 ■

 

 終わりを迎えた者達の場所、灰の墓所。

 死した者達、動かぬ屍の住処。

 

「うっひゃあ!? 矢がかすったぞ!?」

 

 そんな死者の眠りを妨げる程に大きな叫び声をあげるのはビィだった。

 尤もビィを叫ばせている原因は正気を失った墓守達である。

 

「はわっ!? アッシュさん!? こ、この人達は……っ!?」

「かまうな、奴ら自身最早人と亡者の区別も出来ん狂った墓守だ。グラン、片付けろ」

「簡単に言ってくれて……っ!」

 

 襲い掛かってきた狂人──墓守達の攻撃をグランは必死に受け流しては反撃。自分の後ろで狼狽えるばかりのルリアを何とか守りながら戦い続けている。

 この少し前、灰の墓所と呼ばれるこの場所で目覚めたグラン達三人は、謎の男アッシュに偶然助けられた。

 この土地の名も、道も何も知らないグラン達は「ついて来い」と言うアッシュの言葉に従い、その後に付いて行った。そこでグランは、終わりを迎えようとする灰色の空を見た。

 それについてアッシュから説明は無かった、ただ一言「終わりを感じるだろう」とだけ、そう話した。

 そんな灰色の空を望む崖で一時呆然とするグラン達をよそに、アッシュは墓所から出て少し曲がった先にある人骨の集まり、剣の刺さった燻る篝火へと向かった。

 グランが「それは?」と聞くと「篝火だ」とアッシュは答えた。そして彼がその篝火に手をかざすと燻った篝火は一気に燃え出した。

 

「これから見続けるかもしれんものだ」

「え?」

「よく覚えていろ」

「あ、ちょっと!」

 

 作業的に篝火を点火するとアッシュは直ぐに移動を再開した。グランが慌ててついて行くと、徐にアッシュはバスタードソードを両手で握り直し戦闘態勢へと移った。

 

「……なにか居るんですか?」

「居る。狂い果てた墓守共が」

 

 彼に言われ良くあたりを見れば、細い道に蹲るボロ布を纏う者達がいた。ぽつりぽつりと蹲り、あるいは立ち竦むその墓守達。意味の無い呻き声だけを発する精気を失った者達。

 

「よみがえる亡者を見張り殺すのがこいつ等の仕事だ。だが今やこいつ等も亡者と変わらん。さあ剣を抜け、墓地から出てくる者は皆殺そうとするぞ」

 

 意味の分からない事を言うアッシュであったが、呻き声を上げる墓守が顔を上げて自分達に強い殺気と敵意を向けているのは確かに分かった。グランはミスリルソードを構えた。

 そうして彼らは狂った墓守との戦闘を開始したのだ。

 

「きゃあっ!? ゆ、弓矢ですぅ!」

「ボウガンだぜありゃっ!?」

「火矢か!? 厄介だなっ!」

 

 グラン達が最初に出会った墓守が特殊だったのであろうか、あの倒した墓守が持っていた血の香る双剣を持つ者はおらず、今自分達に襲い掛かる墓守の持つ武器は上等とは言えなかった。粗末な盾が唯一身を護る壁となり、刃こぼれの激しい剣や槍が墓守達の武器だ。酷い者は刃が完全に折れた短剣にもならないような物を必死に振り回す。しかし彼ら唯一の遠距離武器であるボウガン、それより放たれる火矢は足場も悪く高低差のあるこの墓所ではそれなりの脅威であった。

 

「狼狽えるな……俺が前に出てやる。お前はその小娘とトカゲを護ってろ」

「だからトカゲじゃねえっての!」

 

 しかしアッシュはそれに一切怯む様子も無い。飛んでくる火矢は軌道を見極め避け、突進してくる別の敵は非常に軽快なローリングで避けながらバスタードソードで墓守達を倒していった。

 

「す、すげえ」

「慣れてるのか……こいつらとの戦いに?」

 

 そのアッシュの活躍にビィは声を漏らした。

 グランもまた彼の動きに注目した。自分が知る戦い方とは全く違う、騎士とも戦士ともつかない歪でありながらも迷いの無い男の強さを。

 

「この程度に手間取るなよ。一生墓地で過ごす事になるぞ」

 

 崖際の墓守を崖下へ蹴り落としながらアッシュは遅れるグラン達へ声をかける。

 

「そ、そうは言ってもよう! こっちはまだ気がついたばっかでわけわかんねえままなんだぜ! グランはこんなやつ等と戦った事ねえんだ!」

「慣れろ」

「雑な一言だな!?」

 

 全くアドバイスにならない一言を受けてビィはショックを受けていた。一方でグランは剣を握る手に力を込め直した。

 

「……慣れるかはわからないけど、今はここを切り抜けないと!」

「あ、グラン!」

 

 そう言って彼は駆け出し、ボウガンを構える墓守へと肉薄した。

 ボウガン墓守の傍に居た短刀を持った墓守がグランへと襲い掛かるが、ミスリルソードを下から振り上げ墓守の手から短刀を弾き飛ばすとそのまま短刀墓守を蹴り飛ばし、後ろにある岩へと叩き付けた。

 それを見てボウガン墓守は、近づかれた事でもう遠距離武器が使えないと判断し慌ててボロボロの槍に持ち変えたが、素早く近づいたグランは墓守が武器を使う前にミスリルソードを振るって無力化した。

 

「これでボウガンをつぶした!」

「やったぜグラン!」

 

 厄介な遠距離武器を持つ敵を倒したグラン。ビィも手を振り上げ歓声を上げる。

 

「グランっ! まだ!」

「え……っ!?」

 

 しかしルリアがグランの横を指差し叫んだ。そこには岩に叩きつけられた墓守が立ち上がって拾い上げた短刀を振り上げていた。

 

「しまっ!?」

「──!」

「ぬぅうんっ!」

「────!?」

 

 グランへとその短刀と突き刺そうとした墓守であるが、いつの間にか近づいていたアッシュが踏み込みながらバスタードソードを下から振り上げた。すると墓守はそのまま打ち上げられ甲高い悲鳴を上げた。

 

「アッシュさん!?」

「油断するな馬鹿者」

 

 やせ細った墓守とは言え一人の人間を剣一本で打ち上げると言う人間離れした怪力を見せるアッシュ。彼はグランを叱責しながらもバスタードソードを両手で頭上まで振り上げる。そして打ち上がった墓守が地面へと落ちるのと同時にその重量と腕力を全て乗せた一撃を降り下げた。斬るよりも叩き潰すようなその攻撃で墓守が声を出す事も無く絶命し、同時に血の溜まった袋が弾ける様にグランへと返り血が飛び散った。

 

「うぇっ!?」

「亡者になり果てるような奴は簡単にくたばらん。やる以上完全に止めをさせ」

「うぇ……なんだこの血……ひ、酷い味が口に……!」

 

 助けてくれた事への感謝を言いたいグランだったが、墓守の腐ったような返り血が口に入り酷い吐き気を覚えそれどころではなかった。

 

「おい大丈夫かグラン!?」

「ペって! ペーってして下さい!」

 

 慌てて駆け寄るビィとルリアが如何にかしようと声をかけ、グランもグランで口の血を必死に吐き出していた。

 それを見てアッシュは呆れた様子でグランが落ち着くのを待った。

 

「ぅえ……」

「落ち着いたか?」

「え、ええ……すみません、助けてくれたのに」

「まあかまわん、酷い味だろうからな」

 

 クククとしゃがれた声で笑うアッシュ。グランは恥ずかしいやら申し訳ないやらで顔を赤面させた。

 

「それで、もう他の墓守は?」

「全部倒した。進むぞ」

「あ、待てよう!」

 

 質問に短く答えまたスタスタと歩き出すアッシュであったが、ビィが慌てて追いかけた。

 

「進むとか言うけどよう、まずオイラ達どこに向かってんだよ」

「そ、そうですね。出来れば休めれる場所があれば……カタリナ達も探さないとだし」

 

 道がわからないとはいえ、目的地も分からないままあても無くアッシュについていく事は出来ない。ビィもルリアも、そしてグランも身体を休め姿の見えない他の仲間を探したかった。

 それを聞いたアッシュは数秒何か考えると口を開いた。

 

「……お前達の仲間がどんな奴等かは知らん。どうやってここに来たかもわからんが……ここら辺で逸れたのなら、自ずと行く場所など一つしかない」

「へえ、そうなのか?」

「わかったならついて来い」

「っておい!? だからその場所がどんな所か教えろよ!?」

「行けば分かる」

「ちょ、おいってば! ほんと大丈夫なのかよう!?」

 

 アッシュの周りを飛びながら文句を言うビィ。

 ビィと同様の不安を覚えながらも、グランとルリアもまたアッシュの後を追った。

 その後また何体かの墓守を倒したグラン達は、墓地から少し離れた所にある石門の前に来た。その門の前でアッシュは立ち止まり暫し自身の得物を眺めた。

 

「どうかしましたか?」

「……気にするな。少し“武器を選んだ”だけだ」

 

 得物を眺めるだけで武器を選ぶと言うのがあまり要領を得ないが、この男の言う事はそんな事ばかりだ。それよりもグラン達は気になる事があった。

 

「ところで、その……」

「なんだ?」

「この門は、一体……」

 

 グランは目の前の門を指差した。当たり障りない門と言えるかは分からないが、しかしなにか可笑しいものと言えるものでもない。だがグラン達は気になったのだ。その門にかかる霧の事が。

 

「……霧が見えるのか」

「はい……って、え? アッシュさん見えないんですか?」

「今は、な。しかしそうか。霧が見えていると言うなら、やはりお前達は俺の世界とは別の……」

 

 アッシュは改めて興味深そうにグラン達の事を見た。兜から覗く鋭い視線がグラン達を射抜くように見つめる。

 

「あ、あのぉ……」

「……しかし、霊体と言うわけでもないか。奇妙な奴等だ」

「いや、おめえに言われたくねえよ!」

「そうか」

 

 アッシュの勝手な呟きに怒鳴るビィであった。だがビィの言葉に大した反応も見せずアッシュは真直ぐに門の中へと向かう。

 

「え、ちょっと!?」

「お前達はそこで待って居ろ」

「おいおい、急に何言ってんだよ! お前が道案内してくれるんだろ!?」

「その準備をする。暫く騒がしくなるが気にしなくていい」

「いやいや、気になるってーの!」

「そ、そうです! 何かは知りませんが、準備なら私達も何かお手伝いを……!」

「いらん、足手纏いだ」

「はう!?」

 

 ルリアの言葉をばっさりと切り捨てるアッシュ。ビィもそんな彼の対応にまいっている様子だった。

 

「……この霧の中には、一体なにがあるんですか?」

 

 グランがそう問いかけるとアッシュはジッとグランを見て一言だけ「ただ埃臭い一人の英雄だ」と謎の一言を残し霧へと消えたアッシュを見送る事しかできなかった三人。不慣れな土地で待てと言われてしまうとそうした方がいいのは確かだった。

 

「ど、どうしましょうか……アッシュさんはああ言ってましたけど」

「う~ん、言い方はあれだけどオイラ達の事気にしてくれた感じだったな」

 

 ビィはアッシュの冷たい態度に不満はあったが、同時にその中に自分達を気遣うような何かを感じ取っていた。

 

「けど騒がしくなるって一体なんだろうな?」

「わからない、けど多分──」

 

「直ぐにわかる」とグランが言い終わるより先に、門の先より激しい破壊音が聞こえてきた。

 

「な、なんだぁ!?」

「戦闘……っ!」

 

 瓦礫を粉砕し、誰かが大きなナニかと戦う音が聞こえる。

 鉄と鉄が、刃がぶつかり合う音が聞こえる。

 

「準備って戦いの事かよ!?」

「グラン……!」

「わかってる! 放って置けない!」

 

 自分達のために、アッシュは戦っている。そう思うと悩む暇は無かった。グラン達は駆け出しあの“色の無い霧”を抜ける。

 霧を抜けるとそこには廃墟となった広場があった。門から入って右側は崖となっており、反対側の建物には木の根が張り、その場も墓地として使われているのか棺と墓石で埋まっている。

 そんな広間の中央、そこには斧槍を手に持った巨体と戦うアッシュの姿があった。

 

 ■

 

 二 Iudex of Ash

 

 ■

 

「アッシュさん!!」

 

 剣を引き抜きグランは鎧の巨体と戦うアッシュの元に駆けた。その声に気が付くとアッシュは舌打ちを打った。

 

「何故来た。待っていろと言ったはずだ」

「助けに来たに決まってんだろ! 準備とは言ってたけど、戦うなんて聞いてねえよ!」

「下がれ、足手纏いだ」

 

 アッシュが斧槍の攻撃を弾きグラン達の下に寄る。片方は崖となっている開けた広場、その隅に逃げるよう彼は促したが、グランは首を振った。

 

「一人だけで戦わせるなんて!」

「奴は墓守共とは違う、死ぬぞ」

 

 グランは果敢に剣を取ったがアッシュはグラン達を目障りに感じていた。

 そして新たな挑戦者──見極めるべき者達を見て、鎧の巨漢は狙いをグラン達にも定め出した。

 

「うわぁ!? き、来たぞぉ!」

「ちぃ……っ! 散れ馬鹿者!」

「うわっ!?」

 

 斧槍を突き出したままの突進を見てビィが悲鳴を上げた。アッシュが忌々しそうに舌打ちをし、グラン達を突き飛ばし自身も突進を避けた。

 グラン達が避けた事で斧槍はそのまま広場の朽ちた棺や墓標にぶつかり、それを吹き飛ばす。

 

「な、なんてパワー……うっ!?」

「何なんでしょう、アレは……?」

 

 巨体に見合ったパワーで朽ちたとは言え石造りの棺や墓標を粉々にした力に驚くグラン達。だがグラン達が更に驚いたのは、その鎧の背中から溢れ蠢くどす黒い血にも似た色の触手だった。

 

「だから待てと言ったのだ」

「ア、 アッシュさんあれは……?」

「“膿”だ」

「う、膿ぃ!?」

「一々驚くな。悠長に説明してる暇は無いぞ」

 

 相変わらず説明になっていない説明にビィが驚くが、巨漢は斧槍を構え直しグラン達を見た。そして改めてグランもその存在を見る。

 今にも朽ちてしまいそうなほど色あせた鎧。人が入っているのかも怪しい巨漢。それは大人の男性ほどもあろう重量の斧槍を片手で軽々と扱ってみせている。

 

「来るか……せめて娘とトカゲは離れていろ。死んでも知らんぞ」

「は、はい!」

「くっそぉー! グラン負けるなよっ!」

 

 流石に自分達は足手纏いと感じ、ルリアとビィは二人から離れ広場の隅に身を隠し、残った二人は武器を構えなおす。

 

「斧槍の攻撃はリーチも長い。突撃は強力だがよく見れば避けれる。隙をよく狙え」

「はい!」

 

 グランの返事を合図のようにして、巨漢が攻撃をしかけた。長い斧槍を二人に向かい振り下ろす。二人は直ぐに攻撃を避けた。

 

「いいぞ、よく見ている」

 

 土壇場だが無事攻撃を避けて見せたグランを褒めるアッシュ。だが特に感嘆の念は無い。むしろ出来て当然、そう言った意味を込めた皮肉のようにグランは聞こえた。

 

「このっ!」

 

 斧槍の振り下ろしの後に出来た隙を狙いグランがミスリルソードで攻撃をしたが、硬い鎧に阻まれ攻撃が弾かれてしまう。

 

「か、硬い……!」

「馬鹿者、直ぐに下がれ」

「うわあっ!?」

 

 狙った隙は良かったが、想像以上に強固であった鎧の強度にグランが怯む。相手もまたその隙を見逃さず、今度は空いた手で彼を掴もうとした。

 しかしグランの装備する鎧からはみ出たフードをアッシュが掴み、そのまま彼を引き寄せ何を逃れる。

 

「す、すみません」

「素直に切りつけるだけの奴があるか、やるならもっと勢いを付けろ」

 

 まだ年の若いグランであるが彼も戦いの素人ではない。甲冑を着込んだ者の相手をした事は何度もある。しかし大抵の相手は刃で切るよりも、叩き切った衝撃などで難無く倒せる事も多くついその感覚で攻撃を仕掛けてしまった。

 

「けれどそんな隙は……」

「何を言う、無ければ作るのだ」

「つ、作る?」

「見てろ」

 

 アッシュはグランを一歩下がらせると、いつの間にか左手に装備していた小盾を構えながら巨漢の前に進んだ。

 

「ア、アッシュさん危ない!」

 

 グランの制止を聞かず進むアッシュ。その彼に対して、巨漢は斧槍を横に薙ぎ払った。勢いのある薙ぎ払い、その刃に直撃であれば肉体は両断され、柄にぶつかったとしても骨を砕かれるだろう。

 だがそんな攻撃に彼は怯まず進み、そして攻撃が当たる直前素早く小盾を振るった。

 

「ふっ!」

「──っ!?」

 

 するとどうだろうか。鉄と鉄、斧槍と小盾がぶつかり火花が散ったと思えば、斧槍の方が大きく弾かれ、その反動で巨漢は体勢を崩したではないか。

 

「うえぇーっ!?」

「す、すごいですぅ……」

 

 まさかあの攻撃を小盾、しかも片手で弾くとは思わず影で見ていたビィ達が驚きの声を上げた。

 そんな二人の反応を気にする様子も無く、アッシュはバスタードソードを一度巨漢の腹へと叩き込むともう一度引き更に勢いをつけもう一撃殴りつけるように横薙ぎに切り抜いた。巨漢もたまらず後ろに崩れた。

 

「こうするんだ」

「か、簡単に言いますね……いや、凄いですけど」

 

 参考にはなったが、まず自分が小盾であの一撃をあんな容易くはじけるかグランには疑問だった。

 

「これが出来んのなら俺が引き付けておいてやる。背後から攻撃し続けろ」

「な、なんか卑怯だなぁ」

「あれ相手に卑怯も糞もあるか。早く構え直せ」

「は、はい!」

 

 戦斧を杖にして体を起こす巨漢。アッシュはバスタードソード両手で握ると巨漢へと向かい、グランも慌ててミスリルソードを持ち直し後に続いた。

 アッシュはグランへ行ったように巨漢の前に出て注意を引きつけた。そしてグランはその後ろへと周り相手の鎧の隙間を狙い何度か切りつけていった。戦斧の大振りにさえ注意をしていれば相手の注意がアッシュに向いているだけに戦いやすかった。

 これならもう倒せそうだ──そうグランは思った時、アッシュが声を上げた。

 

「気を抜くんじゃない! 一度離れろ!」

「えっ!?」

 

 アッシュが怒鳴り声を上げながら巨漢より距離を置いた。それを見てグランは、驚き何故彼が距離を取りだしたのか分からなかった。だが先程もアッシュはグランを引っ張り助けた。何かある、危険を感じ取ったグランは、少し遅れて巨漢から距離を取ろうとする。

 するとそれとほぼ同時に巨漢の身から腐った血と膿が噴き出した。

 

「うっ!?」

 

 その汚物とも言える液体が身体に降りかかる。グランは嫌悪感を露わにしたがその汚物を拭きとる暇など無かった。

 

「な、なんだよありゃよぉ……!?」

「……うっ!」

「ルリア……! だ、大丈夫か!?」

 

 ビィとルリアは“それ”を見た。ウジュウジュと蠢くそのおぞましいものを。ビィは驚く事しか出来ず、ルリアは思わず口を押えた。

 

「こ、怖い……わからない、何、アレは……なに……!?」

「ルリア……?」

 

 ルリアは怯えていた。“それ”はただ穢れたものではない。人より生まれる穢れ、人より生じる闇の塊。その深淵の気配をルリアは感じ取った。

 

「アッシュさん……アッシュさんっ!? これ、これは何ですか……!?」

「……」

 

 腐る体液を滴らせ、その鎧の内からあふれ出たのは腐る肉塊か、それとも形を得た深淵か。

 巨漢の姿を隠す程溢れ出たおぞましき物質。骨か枯れ枝の如き腕。怪しい瞳が赤く光り、それは魔物の如く口を開き咆哮をあげた。

 

「言っただろう……あれは膿だ」

「う、み……」

「そうだ。人に生じる、“人の膿”……目に刻め、アレは滅びの予兆だ」

 

 ──今この世界は、膿で溢れている。

 

 ■

 

 三 Pus of Man

 

 ■

 

 “それ”が何かは誰もわからぬ。

 ただ火が陰り、呪いに溢れたこの世界に生まれたその“それ”は、人の内へと生じる“膿”であると言う。

 そしてそれは滅びの予兆である。膿は蔓延るのだ。滅びが近づき、深淵が溢れるままに──。

 

「──────!!」

「ぐああぁっ!? な、なんてパワー!」

「グラーンッ!?」

「だ、大丈夫! ビィはルリアから離れないで!」

「お、おう!」

 

 “それ”は甲高い獣にも似た咆哮を上げながら口を開け地面事グランを噛み潰そうとした。

 咄嗟にそれを避け、飛び散る破片から目を護る。

 

「アッシュさん、奴は何なんですか!? 膿ってどういう事です!?」

「説明は後だ。したところで理解できるか怪しい」

「じゃあどう倒せばいいんですか!」

「見た目に惑わされるな」

「────!!」

「ふんっ!」

 

 その“膿”と呼ばれる物の、おどろおどろしい姿にグランは怯むがアッシュにそんな様子はなく、膿の攻撃を避けてはバスタードソードで切り付けていった。

 

「反応は鈍いがダメージはある。攻撃を続けろ」

「また軽く言ってくれて……!」

 

 だがアッシュの言う様に攻撃をする他ない。グランは今まで以上に攻撃だけでなく回避を心がけた。

 戦斧をふるい時に技を繰り出す巨漢の姿に比べれば、膿の攻撃は単純な物だった。戦斧を狂ったように振り回し、膿本体が噛みついたりとするのみだ。だがその巨大な異形の姿での攻撃は単純であるほどに強い。

 装着した鎧と体格のため元より尋常でない重量であった巨漢であるが、一瞬の内に更に増えたその重量から繰り出される攻撃はどれも重く、盾で防いだとしても怯む事は必至であった。

 そして異形の姿は相手に心理的威圧感を与えるのみならず、攻撃の効果を強く感じさせないため戦っているグランのストレスは大きかった。

 

「本当にこれ攻撃通ってるんですか!?」

「案ずるな、しっかり苦しんでいる」

「吠えてるだけにしか見えないですよ!」

 

 苦しんでいるのか、はたまた狂って暴れているだけなのかグランには判断がつかない。しかしアッシュは「大丈夫」としか答えなかった。

 すると膿が新しい動きを見せた。骨の様な腕を地面へと叩きつけ、脚を踏ん張るような動作をした。

 

「……む。おい、もう一度距離をとれ」

「また……!?」

 

 何か脅威となる動作なのだろう、アッシュに言われ今度はグランも素早く動き膿から距離を取った。

 グラン達の動きに関係なく膿はそのまま踏ん張った姿勢から強く上へ跳躍、膿に隠れた巨漢が戦斧を下に向けると一気に落下し地面へと戦斧の切っ先を突き刺し、激しい衝撃が地面を揺らした。

 

「見た目のわりによく動く……!」

「そう言うものだアレは。だがそろそろか……」

 

 不意にアッシュは左手腰辺りに伸ばした。その動作をグランは見ていたが、一度瞬きをしてみれば、何時の間にかアッシュの左手にあった小盾が消えている。だがそれ以上に驚いたのは、彼の左手が赤く燃えあがっていたのだ。

 

「え、あ……っ!? アッシュさん、その手燃えて……!?」

「……貴様呪術を知らぬか?」

「え、じゅ……呪術?」

「はぁ……それも後で言う」

 

 この場所での常識であるのかわからないが、酷く驚いた様子のグランを見てアッシュは深いため息を吐いた。

 彼は燃える左手をゆらりと構えると更に手が、その炎が燃え上がり、その掌に火球が生まれていった。

 

「シ……ッ!」

 

 そしてその炎が最大にまで燃えあがると、アッシュは勢い良くその火球を膿へと向かい放り投げた。

 火球は炎の勢いを衰える事無く飛んで行き膿にぶつかった。それと同時に火球は弾ける様に爆発し膿が悲鳴を上げた。

 

「苦しんでいる……炎に弱いのか!」

「膿は“消毒”するのが一番だ。奴ももう体力は少ない、一気に燃やし尽くしてくれる」

「炎……そうだ、なら! アッシュさん、僕に──僕達に任せてもらえますか!」

「お前“達”で……?」

 

 炎が弱点と知ってグランは何か妙案が浮かんだらしい。アッシュは既に左手に火球を生み出そうとしていたが、グランの自信にあふれる瞳を見て考えを変えたのかその火球を消した。

 

「……やってみろ」

「はい!」

 

 アッシュは止めをグランに任すことにした。それは単純な興味からの事だった。

 見知らぬ何処から来たこの少年と、その仲間がいかにしてアレに立ち向かうのか、そして倒して見せるのかが気になった。

 

「ルリア! 奴は炎が弱点だ……なら!」

「炎、そうか……! わかりました、なら私だって!」

 

 グランは物陰に隠れていたルリアに向かい膿の弱点を叫ぶ。するとルリアはグランの意図を理解しやはり自信に満ちた表情を浮かべた。

 

「炎の叫び、詠います……!」

「ぬ……ッ!?」

 

 ルリアが両手を前へと付き出し呪文を唱える。すると彼女の胸にある飾りの宝石が淡く光り出した。だがそれだけでなく強い力が溢れ出ていた。

 思わずアッシュが唸る。その力の正体がわからず、今度は彼が驚く番だった。

 そしてその光は強さを増し、ルリアが呪文を唱え終わると激しく輝いた。

 

「お願い、力を貸して……コロッサスッ!!」

『────!!』

 

 蒼の光が炎の赤へと変わる。すると彼女の背後より火山の噴火の如くの勢いで膿よりもはるかに巨大な巨人が飛び出して来た。

 

「その怪物を!」

『──!』

 

 巨人──コロッサスは、ルリアの指示を受けると「任せろ」と言う様に頷き巨大な剣を握り膿へと迫った。それに膿も気が付いたがもう既に遅い。

 

『────!!』

「──!?」

 

 コロッサスは剣へ炎を纏わせるとそれを振り上げた。膿は狂った威嚇の声を上げたがコロッサス対し意味など無い。剣が膿へと振り下ろされると炎が舞い上がった。

 

「おお!? この力は……! ……これは!!」

 

 巨人の一撃、炎の嵐が巻き起こり、膿の断末魔が聞こえる。

 アッシュはその光景を見て何を思ったのだろうか、何を抱いたのだろうか。それは恐れか、畏怖か。

 あるいは、希望だったのか。

 それをアッシュ自身が自覚する暇も無く、膿の断末魔が止むと炎もまた収まりコロッサスは姿を消していった。

 その場には膿が消えた巨漢の姿があった。

 

「まだ……!?」

「いや……もう、終わった」

 

 グランが剣を向けたがそれをアッシュは制止した。

 巨漢は動かずに暫し仁王立ちでいた。だがグラり……とその身体を傾かせると、膝をつきながら俯せに倒れ霧の如くその姿を消していった。

 その最期をグランは不思議そうに見ていた。

 

「終わった、のか……?」

「ああ、終わった」

 

 膿どころか全ての痕跡も残さず消えた巨漢の最期に微妙な達成感を得たグラン。とにかく終わったと言う事で良いのだろう、そう思う様にしているとアッシュがスタスタと広場の中央へと歩いていった。

 グランが広場の中央を見てみると、そこには何時の間にか骨がくべられた篝火に一本の剣が刺さっていた。

 

「これ、さっきも確か……」

「さっそく見る事になっただろう?」

「いや、そうですけど……なんでこれがここに」

「そう言う物だ。誰が何時燃やしたのか、誰が残し、遺したのか……ただずっとそこにある。そう言う物だ」

 

 アッシュは篝火に向かい手を向けた。すると先程のように燻る篝火は激しく燃えあがる。

 

「……“BONFIRE LIT”」

「え?」

「よく燃えるだろう? 絶えず永久に燃えるかのように……そんな都合の良い物などなかろうに」

「あの、どう言う……」

「気にするな、ただの戯言だ」

 

 炎を燃やしたから何と言う事も無くアッシュはそのまま広場の出口へと向かい歩いて行った。

 

「おい待てよぉ!?」

「なんだが、マイペースな人ですね」

「あれマイペースって事で良いのかなぁ……」

 

 まるで真意のわからないアッシュの物言いに呆れるしかないグラン一行。しかし結局この場で頼る事が出来るのは彼だけだ。諦めてグラン達はアッシュの後を追った。

 

 ■

 

 四 Fire Keeper

 

 ■

 

 広場の閉ざされた大扉を開くと、そこから見えたのは上へ続く坂道とその先にある塔が寄り添うように建つ建物だった。それ以外には何も無く相変わらず崩れた墓標、そして狂った墓守の姿が見える。

 

「またアイツらかよぉ……」

「もう慣れただろう」

「なわけあるか!」

「あはは……それでアッシュさん、あの建物は?」

「一先ずの目的地だ。あそこであればゆっくりと話も出来る」

「そりゃいいや。さっきからわけわかんねえ事ばっかでオイラ疲れたぜ」

「それは此方の台詞だ……」

 

 ビィは疲れた様子で話したが、同じようにアッシュも話す。

 

「先ほどの力……貴様等ただの小僧と小娘ではあるまい。その事も説明してもらう」

「そうですね……お互いに」

 

 異質と異質、二つが出会い混乱が起き互いの事がわからないでいる。

 この出会いは何の意味があるのか、そもそも意味があるのか。彼等がそれを知るのはまだ先となるだろう。

 一行は墓守に用心しつつ進むと直ぐに坂の上の建物へと辿り着いた。その出入り口周辺にまで墓守がいたが、不思議な事に建物の中へは入り込もうとはしていなかった。

 狂ってなおそこが自分達が立ち入る場所でないと理解しているのだろうか。それとも何かが侵入を拒んでいるのか。その理由はわからない。

 ともかく安全である事はわかっているらしく、アッシュは特別警戒する様子も無く建物の中へと入った。グラン達も続けて中へと入ると、目に見えない変化を感じ取った。

 

「……空気が、変わった?」

「はい……私もそう思いました。外とは少し違う気が……」

「そうかぁ? 相変わらず辛気臭い場所だぜ?」

「そうだけど……少し、神聖って言うのか……」

 

 灰と埃の積もる建物内は非常に埃臭く、蝋燭と柱の間から差し込む弱い日の光しか内部を照らすものはない。だが確かにそこは何か外とは違う空間に思えた。

 建物内部の中央には、中央を囲う様に空の玉座が複数あり、そこに続く階段をグラン達はおりていく。

 

「ケホ……っ! うぅ~ほ、本当に大丈夫なのかよここ……オイラなんか気分悪くなりそうだぜ」

「不安がるな。こんな所だがどこよりも安全だ」

「本当かなぁ……」

「……ビィ君?」

「おう? ……あ、ああ!?」

 

 ビィが場の不気味さに怯えながら、埃臭さで咳をしているとその名を呼ぶ声がした。

 ビィがその声の方を向くと、玉座に囲まれた建物中央から一人の女性の声がした。鎧を着た長髪の女性、その姿を見てグラン達は目を見開いた。彼女は彼等の仲間であるカタリナその人だったのだ。

 そして彼女だけではない、カタリナの傍には他の仲間達も揃っていたのだ。

 

「おおグラン達じゃねーか!」

「カタリナさんっ!? それにラカムさん達も!」

「グラン、ルリア! やはり、ああ! ビィ君も!」

 

 彼等は駆け出し手を取った。お互いに手を握り、夢でも幻でもないと確認した。

 

「カタリナ、無事だったんだね……! 良かった……!」

「ルリアも……ああ、良かった。君達の姿が無かった時はどうしようかと……」

 

 ルリアとカタリナは二人抱き合い無事を喜び合った。

 

「ラカムさん達もよく無事で」

「ああ、幸いな事にな」

「そっちも無事そうで何よりだぜ」

「オイゲンさんも無事で……イオ達も大丈夫だった?」

「うん私達グラン達探してる内にここについたのよ」

「団長さん達は今までどこに?」

「それは──」

「仲間は揃ったか?」

 

 再会を喜び合っているとかすれた声でアッシュが割り込んだ。カタリナ達は初めて見る相手に驚き僅かに警戒した。

 

「グラン、こちらの御仁は……」

「えっとこの人は──」

 

 グランはここに辿り着くまでの事をかいつまんで話した。

 墓場で目覚め、狂える墓守に襲われそこをアッシュに助けられ、そして強敵を倒しここまで案内をしてもらった事を。

 

「そうか、三人を助けてくれたのか……すまない、恩人に無礼な態度をしてしまった」

「気にするな……こいつらが勝手について来ただけだ」

「へへ! そう言ってるけど結構“ついて来い”って何度も言ったじゃねえか」

「クク……そうだな、何せ小僧と小娘、それに危なっかしいトカゲがいるんでな」

「ムキィ──ッ!? だからオイラはトカゲじゃねえ!」

 

 小馬鹿にした態度のアッシュにプリプリと起こるビィ。そんな様子を見てグラン達は笑い、緊迫していた空気が和らいでいった。

 

「──灰の方」

 

 そんな和やかな空気を緊迫したものに戻したのは、静かな女性の声だった。

 

「……来たか」

「アッシュさん、この人は……」

 

 一同の背後に何時の間にか立っていたのは、仮面をかぶった一人の女性だった。アッシュは彼女を見て知っているような素振りを見せたためグランが女性が何者か聞いたのだが、アッシュはそれに答えず女性へと近づいた。

 

「……私をご存じなのですね」

「ああ」

「それは、火防女を? ……それとも、私と言う火防女を?」

「さて……どうだろうな」

「そうですか……いえ、しかしどちらであっても何も変わらないでしょう」

「そうだ。何も変わらない。俺は灰で、お前は火防女だ」

 

 仮面の女性は黙り込み、アッシュもまた黙った。静寂が訪れた。灰の積もる空間は、音を吸い込み更に静寂を強くした。

 その静寂が何時まで続くのか分からない中、グラン達も緊張した面持ちとなり両者の内どちらかが口を開くのを待った。

 

「……そうですね。やはり、なにも変わる事は無い」

 

 そして口を開いたのは女性の方であった。

 

「──篝火にようこそ、火の無き灰の方。私は火防女。篝火を保ち、貴方に仕える者です。玉座を捨てた王たちを探し、取り戻す。そのために、私をお使いください」

 

 その言葉の意味、灰と火防女の存在、この世界。それらをまだグラン達が理解する事は無い。

 だがいずれ知る事となる。

 火とは、陰りとは、王とは、そして──(アッシュ)とは何かを。

 




一年越しで思い付きですのネタが続きました。

ロゼッタさん、二期でメインメンバーにならんかったけど気にしない。

続きは気長にお待ちください。

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