光り瞬くそれは、果たして火か星か
どちらとしても進むのだ。それが幻でない事を願いながら
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一 Firelink Shrine
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古く寂びたその場所は、古くから【火継ぎの祭祀場】と呼ばれる。
古くから──それは100年前か、1000年前かは分からない。或いは、そう呼ばれた場所の名を継いだのかも知れない。いずれにしてもその様な場所に集まる者は、それもまた古より変わる事はなかった。
行き場を失った者、使命に迷う者、それを見守る者、呪われた“不死”、燃える事も燃え尽きる事もない“灰”。
そしてそんな場所にまた新たな旅人が訪れた。蒼穹の空からの旅人が──。
「俺達が目を覚ましたのは、この神殿周りの墓場だったんだ」
祭祀場で階段に座り話をするのは、“空”からの迷い人グラン達一行だった。グラン、ルリア、ビィの三人は謎の男アッシュの助けを借り、離れ離れだった仲間と再会できると直ぐ自分達の状況を整理していた。
まず仲間の一人、騎空艇操舵士のラカムが話し出す。
「それぞれバラバラの場所で気絶しててな。気がついたら気味の悪い墓守共に囲まれてひやひやしたぜ……」
「我々も同様だ。気絶してる間は無視されていたようだが、私が生きているとわかると急に襲い掛かってきた……」
ウンザリとしているのは、女騎士のカタリナだった。個々はそれほど強いわけではない墓守であるが、狂い果てた集団を相手にするのは、精神を削られ想像以上に体力を消耗したようだ。
「そんで何とか墓守共を倒して一番目立つ建物を目指したわけよ。他に道もねえし、目立つ建物の方に行きゃあお前さんらも自然と集まると思ってな」
「それは皆同じ考えだったわね。おかげでこんな状況でも直ぐに合流できたわ」
「ほんと……一人だったらゾッとするわ」
隻眼の騎空士オイゲン、妖艶なるロゼッタ、魔法使いイオ。夫々もまた狂った墓守を相手に生き延びてこの祭祀場へとたどり着いた。
「こん中は安全らしいからな。一先ず、だけどよ」
「少なくともここに居る人は、急に襲って来ないし言葉は通じるわ」
「……みたいですね」
グランは祭祀場の中を見渡す。歴史を感じるよりも先に寂しさを感じる遺跡、そこにあるのは五つの内四つが空席の玉座。広場から通じる通路先からは、鉄を打つ金槌の音。そして広場の階段に座る鎖帷子の兜の男。そしてアッシュと彼と向かい合う女性。
寂しい場所に見合った人数と言って良いのか、あるいはむしろ多いと思えば良いのか。しかし如何にも自分達の存在がこの場で浮いている事をグランは分かっていた。
「しかしこの場所はなんなんだろうな……」
「また変な星晶獣が出て何かしたのかしら?」
「いえ、私達があの“色の無い霧”に飲まれた時、星晶獣の気配はありませんでした。ただそれ以上にもっと違う……」
ラカムもこの場所についてなにもわかっていない。イオは自分達の世界にいる“星晶獣”と言う神に等しい存在がなにか力を使いこのような状況を起こしたのかと考えた。彼女達は、これまでもその様な状況に遭い良くも悪くも慣れていたため、その可能性を考えた。
だがその星晶獣の気配を強く感じる事が出来る少女ルリアは、その可能性を否定した。彼女がここに迷い込む時に感じた気配は、星晶獣のものではなくもっと別の何か、だがそれを彼女はうまく口で説明する事は出来ない様だった。
「ところでラカム……グランサイファーは……」
「ああ、それなんだが……」
グランサイファー、グラン達が乗る空を飛ぶ騎空艇。飛竜を思わせるその姿は、グラン達の誇りでもある。だがその誇り高き騎空艇の姿は、祭祀場の外にも無く痕跡すらない。
「俺達がここに居るなら、とも思ったんだが……どこ探しても見つかりゃしねえ。いや、そもそも探すほどの場所がねえんだ。近くに不時着かしてりゃ絶対分かるはずだ。だがオイゲンと一緒に遺跡の辺りを見渡しても影も形もねえ」
「それじゃあグランサイファーは……」
「別のどこか、に落ちたって事になるな」
グランサイファーは、グラン達にとって空を渡る“足”でもある。ここに迷い込む直前まで間違いなく共に居たもう一人の仲間とも言えるその騎空艇が無い。グランは不安を感じたが、それを表に出さないように努めた。
「……少なくともグランサイファーもこの世界に来てるはずです。なんとか探し出そう」
「勿論俺もそのつもりだ。グランサイファーを見捨てるなんて出来るわけがねえ。だが探そうってもな……」
右も左も分からない世界。ここが見知らぬ不思議な島なのか、それとも自分達の想像もつかぬ異世界なのか、それすらもハッキリとしてない。そんな状況で果たしてグランサイファーを無事探す事が出来るのだろうか。
「まずは情報だな。そもそも俺達がどこに迷い込んだのかすらわからねえ。地道に行くしかねえさ」
流石年の功と言うべきか、オイゲンは誰よりも冷静だった。こんな状況下では、焦っても意味が無いと分かっているのだろう。
「やっぱりここって、私達の世界とは別の世界なのかしら……」
「まさかここが“星の島”とかじゃねえよなぁ……それとも、空の底とかさ……」
「まさか、それは違うわ。……けど今ここから見える景色は何もかもが異質過ぎる。全貌は勿論一端すらつかめない、仮に異世界だとしても私は驚かないわ」
不安げなイオとビィの呟き、対してロゼッタは自身の見解を述べた。それについてグラン達は誰も否定はしなかった。異質、正しくそうだと誰もが思ったからだろう。
「……ここが異世界としてもオイゲンさんの言うとおりだ。まずは情報を集めよう」
「っとなると……」
「この場に居る面々から、となるな」
ラカムとカタリナは、祭祀場に居る面々を見た。誰一人とて彼等に興味を示さず、かと言って墓守のように排除しようともしない、それは徹底的な無関心であった。
グラン達はげんなりとした。自ら情報を集めるのは、騎空士として当たり前の事である。だがこの状況で奇妙な者達を相手に聞き込みをせざるえない事に早くも疲れていたのだった。
■
二 囚われ
■
グラン達は一先ず手分けをして情報を集める事にした。祭祀場にいる自分達以外の人間、果たして友好的かは分からないが、ともかく話を聞くしかなかった。
アッシュと火防女を名乗る女性は、まだ話を続けていた。そのためグラン達は、他の者に話を聞く事とした。
「あの……すみません、少しお話を聞きたいんですが……」
「……」
グランはビィと共に、まず近くに居た階段に座り込む男に声をかけた。男は俯かせていた顔を上げると、二人をいぶかしみ睨む。
男は鎖帷子の兜以外は統一された防具を装備し、その背にはアッシュと同じバスタードソードを背負っている。そのため戦士か騎士かと思われるが、装備のわりに覇気もなくただ無気力な男だった。
「ふん……灰でも不死でもない、ダークリングが無いとはな……どうやら、まともではあるようだ……」
「な、なんだよ急に」
「だが死に損ないの灰が、何を連れて来たかと思えば……小僧に喋るトカゲとはな……ハハ、ハハハ……!」
「むきぃー! オイラはトカゲじゃねえ!」
男は二人を嘲った。ビィは酷く憤慨したが、グランは男の態度に対し苛立ちよりも、なにか“哀れ”を感じた。それは、男が酷く自分達以上に疲れている、或いは──絶望しているように見えたからだろうか。
「だが言葉を交わせるのは重畳だ。今やそれだけでもまともな証であるからな……それで、俺のような挫けた半端者に何が聞きたいと?」
「実は──」
グランはこれまでの経緯を簡単に話した。その男は“ホークウッド”と名乗り、グランの話を聞いていたが、全く奇妙な話と思ったようでただいぶかしむばかりだ。
「空だ島だセイショウジューだ……わけのわからん事ばかりだ……やはりまともではないのか……?」
「嘘なんて言ってねえからな! こっちだってわけわかんねえ事ばっかで混乱してんだ」
「僕達の事は……信じられなくてもしかたないです、ただこの場所や僕達の探してる艇について聞ければと思って……」
「……はぁ」
ホークウッドは溜息をつくと、暫し考え面倒臭そうに口を開いた。
「グランサイファーとか言う艇は知らん。そもそも空を飛ぶ艇など信じられん。俺が話せるのは……精々この辺りの事程度だ……」
「それでかまいません! 今は、少しでも情報が欲しい……」
「ふん……今更こんなつまらん話をする事になるとはな……それも何も知らん小僧とトカゲ相手に……」
「だからトカゲじゃねえって!?」
早くグラン達にどこかに行ってほしいのだろう、ホークウッドはこの祭祀場や墓所について、そしてここから見える“城壁”について語り出した。
そして別に話を聞いているルリアとカタリナ、二人は空席ばかりの玉座にただ一人居る男の下へ行った。大きな玉座に似つかわしくない小柄の男、玉座に座るよりも“置かれた”ようにいるその男は、黙って広場でホークウッドと話すグラン達を見つめていた。
「もし、そこの方。良ければ話を伺いたいのだが」
「……ああ、かまわないよ」
カタリナが階段を上がり玉座の下手から声をかけた。男は穏やかな声で応え二人に顔をむけた。
「話し辛いだろうが、この場所から失礼するよ。あまり動く事の出来ない身でね……」
焼け焦げた煤の様な体、今にも壊れそうな小さな体を僅かに動かしカタリナ達へ視線を向ける男。その男自身には一切の敵意と言ったものを感じる事はなかった。だがルリアは、彼からその身には似合わぬ熱い火のような何かを感じた。
「ふむ……君は、私の火を感じたようだね」
「あ、えっと……」
「……灰でも無く、不死でもない。であるなら、迷い人か……不思議な子だ……」
男は不気味なその風貌に反し、落ち着きと優しさを感じる。
「失礼、名乗るのが遅れてしまったね。私は、クールラントのルドレス。君達には分からないかもしれないが……かつて火を継いだ、薪の王さ……さあ、何を聞きたいのかな?」
思ったよりも穏やかで友好的な王を名乗るルドレスなる人物。姿だけなら卑小にさえ見える男だが、確かに彼から王の気配をカタリナは感じたのだった。
一方でラカムとイオの二人は、広場から通じる通路に居る老婆に出会っていた。
「あー……婆さん、ちょっといいか?」
「私達色々聞きたいんだけど」
椅子に座る老婆に話しかける二人。すると老婆は顔を上げ二人を見た。埃と灰を被った赤頭巾、老婆らしいしわくちゃの顔。だが老婆自身からは、その皺以上の年月を感じられた。
「これはこれは、珍しい事もあるものじゃ……不死ですらない、まともな迷い人とはの……」
「お、おう? いやよくわかんねえが……けど確かに迷子っちゃ迷子だな。色々話聞いてもいいか?」
「ええ、ええ……婆めは、この祭祀場の侍女。武器や防具、道具や魔法の類……必要な諸々を、用立てますのじゃ。しかし貴方様方は灰とは別の使命をお持ちのようじゃ……ならば今必要なのは、婆めの話程度でありましょう……さあ、聞きたい事を言ってみなされ。婆めが知っているならばお教えしましょう……アハ、アハハハハ……」
「な、なんか不思議な人ね……物売ってるらしいし、よろず屋さんみたいな人かしら」
「まあポジションは同じ気がするけどよ……」
老婆までもが不思議な雰囲気で思わず一歩後ずさる二人。そんな二人からそう離れていないところでオイゲンとロゼッタの二人が、金槌を振るう立派な髭を生やす巨漢の男に話しかけていた。
「なあ、あんた。ちょいと話聞いてもらってもいいかい?」
「あん?」
オイゲンが物怖じしない様子で声をかけると、男は金槌を振るのを止めた。男の周りには、剣や盾が並び手に持った金槌から如何にも鍛冶屋であるとわかる。
「ああ、さっきここに来た奴等か。新顔の灰とは別らしいが……おいおい、なんだ不死ですらねえのか。珍しい……何年ぶりだ……」
「不死……さっきからちらほら聞こえる言葉ね」
「ああん? お前さんら不死を知らねえのか?」
男は髭を弄りながら二人を見てなにやら考えたが直ぐに「ウワッハッハッ!」と笑った。
「まあ俺がアレコレ考えても意味はねえ。まずぁ名乗らせてもらうぜ。俺はこの祭祀場の従僕アンドレイ。見ての通り、武器を打つ鍛冶屋さ」
「ほう? ここら辺のもあんたが?」
「ああ勿論、ここに来る奴の武器は、殆ど俺が面倒見てる。鍛えるのも直すのも全部な」
「へえ、良い腕してるぜ」
「まあ俺にはそれぐらいしか出来ねえからな。ウワッハッハッ……! それで話か、灰でも不死でもねえなら、さてこの鍛冶屋の俺に何を聞きてえんだ?」
心折れた男、王、侍女、鍛冶屋。まるでバラバラの者達から話を聞くグラン達。
性別、年齢、役目、能力。全てが不揃いな者達、それらが何故この祭祀場にいるのかグラン達は考えてはいない。だが一つ彼等に共通する事があるのならば、何れの者達も火に囚われていると言う事だ。燃え尽きようとする火に──。
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三 祭祀場での語り
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──その一人は、心折れた騎士。絶望する事すら出来ない灰の一人。
「俺に語れることなんざ多かない、ここは火継ぎの祭祀場。死ねない不死と、火のない灰、死にぞこないのたまり場さ」
「そこに玉座が見えるだろう? そこには、王が座るのさ。私を含め、火を継いだ薪の王がね」
「鐘の音、あれが灰を呼ぶのですじゃ……。呼ばれた王、玉座を捨てた王を呼び戻すため……」
「だが大抵の灰達は、あそこの“心折れ野郎”みたいになるか、帰って来なくなるのさ」
──もう一人は、火継ぎを成した者。追放者にして薪の王。
「王が何かって? 知ってどうする……不死でも灰でもねえお前さんらが……」
「王とは……火継ぎを成した者の事さ……私のようにね……」
「誰もが火継ぎを知り……だが誰も火の事など知りはしませんのじゃ……」
「それでも、誰かが継いで来たのさ。ずっとずっと昔からな……」
──また一人は、灰を幾人も見てきた老婆。その瞳には、灰の絶望がのぞく。
「俺は何もしないのかって? 何も知らぬ生者がよ……相手は火を継いだ英雄様だぜ。俺に何ができるものかよ……」
「火の途絶えようとする今、嘗ての薪の王は呼ばれしかし玉座を拒み姿を消した……」
「今この世は淀みの世界……みんな迷っておるのですじゃ……。灯となる火が途絶えようとする……淀んだ世界で……」
「だが迷ったとして、どんな世界でも、結局人は自分の出来る事しかできねえ。俺がずっと武器を打ってるみてえにな」
──そしてまた一人は、祭祀場の従僕。灰の武器を打つ者。
「後の事は知らねえ、勝手にすればいい……。どうしてもなら、一緒に来た死にぞこないに聞きな……」
「動けぬ身では、今はそう力にもなれない。あの灰……彼なら、力になるだろう……。頼ってみなさい……」
「この老婆めでは、これ以上お客人の力にはなれますまい……あの灰の方なら、お客人達の道を僅かでも照らすやもしれませぬ……」
「生憎俺は、武器打つぐらいしか能がねえ。だからあそこの灰の野郎、あいつにも色々聞いてみろよ。あの灰、心折れ野郎とは違いそうだしな……」
だがどの瞳も、一人の灰を見ていた。
「俺はもういい……足掻いたところで所詮俺は、死にぞこないなのさ……お前達も、ここに来たなら遅かれ早かれわかる……ハ、ハハハ……!」
「迷い人、蒼い髪のお嬢さん……こんな淀んだ世界でも、きっと君達は呼ばれたんだろう……今はただ進むといい……灰と共に……」
「気を付けなされ、憐れなお客人……進むのならば、止まらぬことですじゃ……挫け止まれば狂う、そんな世界ではなおさら……アハ、ハハハ……アハハハハ……!」
「あんた達がただの迷子か、それ以外なのか……どっちにしたって俺は、ここで武器を打つだけさ。だがどんな道だって進んでこそだぜ……迷子なりに進めば案外見えるもんさ、道筋ってやつがよ……なに従僕の戯言さ、ウワッハッハッハ……!」
その瞳は、一人の灰に希望と絶望、どちらを見たのか。本人達も知る事はない──。
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四 異世界
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「……みんな、何かわかった?」
「わかったんだか、わからんのだかだ」
再び集まったグラン達。みなこの祭祀場の住人から話を聞いて戻ってきたがその表情は暗く、グランの言葉にも疲れた様子でラカムが答えた。
「とりあえず陰気で、滅びる寸前の世界ってのは分かった」
「それに星晶獣とかそう言う話は、まったく知られてないようだ」
「海や山で国が離れているとしても、この世界は地続きになってる。空に島は浮いてねえとよ」
「つまりは、完全に異世界って事ね……」
「絶望的って感じよね。色々と」
イオの“絶望的”という言葉が重くのしかかる。
「灰だとか不死だとかわからねえ事が多すぎる。ばあさん達の話じゃどうも要領をえねえ。異世界で納得、むしろそれ以外あるのかって感じだ」
祭祀場の階段に座り込みながら頬杖をついたラカムは、大きくため息を吐いた。そして吐いた息で灰やら埃やらまで舞い上がり酷くせき込んだ。
「……鐘の音が灰を呼ぶ、私が聞いた鐘の音はそれなのかもしれません」
ラカムとイオが老婆から聞いた“鐘の音”の話。この世界の来る直前。色の無い霧に飲まれる時、グランサイファーの上でルリアは確かに鐘の音を聞いた。
「だとして灰ってのはなんだ? グラン達と来たアッシュって奴と、あっちのホークウッドって男がそうらしいけどよ……」
「あと戻るにしてもグランサイファーだ。だがそれをどう探すか……ざっと建物の周りを見てみたんだが、これがまた厄介だ。お前さん方が来たって言うとこ以外道らしい道なんてありゃしねえ」
「誰が呼んだか知らないけど、戻り方も教えなさいよって感じね。こんなとこ来ちゃって、グランサイファーも無いし私達どうすればいいのかしら……」
オイゲンの言うように、この一帯はほとんど孤立した場所だった。グランサイファーを探しに行こうにも、探しに向かうべき道がないのだ。今度はグランもイオもため息を吐いた。
「ルドレス殿が言うには、“灰の彼”に力を借りろ……と言うが」
「それってつまり、アッシュの事だろ? 素直に協力してくれる感じじゃねえけどなあ」
「うーむ……」
「それとも単に面倒で投げたんじゃねえだろうな……」
「そう言った感じではなかったがな」
ホークウッドに対し良い印象の無いビィは、面倒で胡麻化されたのではないかと彼の言葉を訝しんでいるが、カタリナの方はルドレスに対してそんな印象を受けてはいないようだった。
「どのみち話は聞いてみないと……あれ?」
グランがアッシュと火防女がいた方を見るが何時の間にか彼の姿が消えていた。代わりに火防女が一人佇んでいる。
「アッシュさん? どこに……」
「我々が話を聞いてる間に移動したのか? まさか外へ……」
「おいおい、そりゃ困るぜ。まだあの兄さんにゃ話聞きたいんだぞ」
先にどこかに行ってしまったのか──カタリナもラカムも冷や汗を流し焦った様子をみせる。
「えっと、アッシュさんがお話ししてた女の人に聞いてみましょう! どこに行ったかしってるかもしれません!」
「確かにそうだね……」
祭祀場に居る殆どの人間がアッシュを頼れと言った。こうなると元の場所へ帰る手掛かり一つ無いグラン達にとってアッシュはある種生命線だった。
慌てて火防女のそばへ行きルリアがアッシュのことを聞いた。
「あ、あのお姉さん!」
「……」
火防女は、静かに顔をルリアに向けた。
「……はい、何用でしょうか」
「えっと、アッシュさんはどこに」
「灰の方……あの方は、先程外に行かれました」
「うえぇ!? ど、どうするグラン! 急いで追いかけるか!?」
あたふた慌てたビィであるが、火防女は静かに続ける。
「……用事を済ませると、そう言われてました」
「へ? じゃ、じゃあ戻ってくるのか?」
「少しすれば」
「そ、そうなのか……」
思わず一同ホッと息を吐いた。
「ふぃ~……あんな感じの奴だし、フラと消えたかと思ったぜ。ありがとな、目隠しの姉ちゃん」
「……いいえ、かまいません」
目隠しの姉ちゃん──ビィにそう言われた火防女は、一瞬顔を伏せるようなしぐさを見せた。果たしてそれは、微笑であったのか。
そして火防女はグランを見る。だがグランは不思議と彼女の視線を感じなかった。──それは彼女の視線が頭冠で隠れているからか? 果たして──だがあるいは、見られるのではなく、己の内を覗き込まれるような感覚を覚える。
「あなたは、少し灰の方と似ていますね」
「え?」
「その身には、一度死が訪れている……」
ドキリと、グランとルリアの心臓が跳ね上がった。
「わ、わかるんですか……?」
「“魂”が死を覚えています」
「魂が……死を覚えて……」
「魂は、ソウルとは記憶……それは忘れても消える事はありません」
火防女は次にルリアに顔を向ける。
(この人は、なんでだろう……私と、似てる?)
──蒼の少女は、黒衣の火防女に何を見たか。この時では到底分らぬことであった。
「……そうだ。彼を待つ間あなたにも話を聞いてもいいだろうか?」
ここでカタリナは、不思議な目の前の火防女に話しかける。彼女からは、まだ話を聞いていなかったからだ。
「……私でよろしければ、何なりと」
「それは助かる。そう言えばまだちゃんと名乗っていなかったか。私は──」
「存じています」
カタリナが名を告げるより先に火防女は答える。
「先ほど、灰の方からお聞きしました。迷い人の方々」
「いつの間に……」
「そこはしっかりしてるな……」
ぶっきらぼうに思えたアッシュのマメな所を感じ意外そうなビィとラカム。
「ではそちらの名を聞いても?」
カタリナが火防女に名を訪ねると彼女は小さく首を振った。
「私は火防女。篝火を保ち、灰の方に仕える者です。単に、火防女とお呼びください」
「それは……」
皆顔を見合した。普通じゃない事ばかりだが、これもまた普通ではない。名を告げれぬ女、火防女と言う明らかに役職を名とする者。
だが誰も「なぜ?」と言えない。あるいはここが空の世界なら、言ったかもしれない。だがここは異世界、今安易にそれを聞く事は憚られた。
「……わかった。では改めて火防女殿、あなたからも色々とお聞きしたい。この世界の事を」
「かまいません、ですが私の語りは灰の方への助け、それが迷い人の方々の助けになるかはわかりません」
「それでもいい。少しでも情報が得れるなら」
「……わかりました。ではお聞きください。答えられる事ならば、私は語りましょう」
火防女は、静かに頭をたれた。
「僕達が知りたいのは……この世界のこと。帰る手段を、グランサイファーを探すためにきっとこの世界の事を知らないといけない」
「滅びそうな世界で、皆共通して……火、灰、不死、亡者……その様な言葉を使う。これは一体なんなのだろうか?」
「……お答えします」
グランとカタリナの言葉を聞いた火防女は、数度軽く頷き口を開く。
「不死……そして灰。これらは火が陰り生まれ、呼ばれる者たち」
「火が陰ると……生まれる?」
「そう、今世界は火が陰り絶えようとしています……それにより、人々はいつしか不死者となる。死を失った者達は、生者のソウルを求め彷徨い……何時しか亡者と果てます」
「ま、ますますわかんねえな」
火防女の言葉にカタリナもラカムも首をひねった。
「不死とかは言葉の響きで何となくわかるが……じゃあ火ってのはなんだ? なんで火が陰るとそれが出てくるんだ?」
「それは──」
火防女が続けて話そうとしたが、ふいに視線をそらした。
「……戻られたようです」
釣られグラン等もその方向を向くと、祭祀場に帰ってきたアッシュの姿があった。
「あ、帰ってきた」
イオがアッシュを指差した。彼らに見られていたアッシュはその視線に気が付きズカズカとグラン達へと近づいて来る。
「人を指さして何の用だろうな」
「あ、ごめんなさい……って、うえ!?」
イオは思わず悲鳴を上げた。近づいてきたアッシュの体が血塗れになっていたからだ。
「ア、アッシュさん怪我を!?」
「違う、返り血だ」
ルリアが心配そうに聞いたが、アッシュは鎧についたものは全て返り血であると言い意に介していない様子だった。
「返り血って、あんた何かと戦ってきたのか?」
「墓守どもと少しな……」
「あ、あいつらまだいんのか!?」
今度はラカムが驚きの声を上げた。
「俺らも逃げながら結構倒したと思ったんだけどな……」
「倒していなくなるような奴らではない。時間が経てばまた立ち上がる」
「なっ!? マジで死なねえのかよあれって……!?」
更に驚くラカム。ここの住人との会話で「まさか」とは思っていたグラン達も目を見開き声こそ上げないが驚いていた。一方アッシュはそんな彼らを見て笑っている。
「クク……ッ! この世界で不死だ亡者に驚くような暇などあるか。そんな事では明日には貴様らが亡者にでもなるぞ」
「不死に亡者ね……ここは地獄か何かか?」
「全くだな……ク、ククク……ッ! 地獄だよ、ここはな……」
ラカムの冗談は、皮肉もあった笑えぬものであったが、アッシュはそれを聞き掠れた笑い声を喉から響かせる。
「お帰りなさい、灰の方」
そして静かに立っていた火防女が、アッシュに声をかけた。すると彼は短く「ん」とだけ言葉になっていない唸るような返事を返す。
「そっけねー返事だなぁ」
「黙れトカゲ」
「だからオイラは、トカゲじゃねえ!」
「……それで貴様ら、コソコソあちこち話を聞いて収穫はあったか?」
「いや、それは……」
ビィを無視してグランに話しかけるアッシュだが、グランの返事は覇気のないものだ。
結局大した情報は集まらなかった。特にグランサイファーに関しては、皆無と言っていい。落胆した様子のグラン達だが、アッシュは予想通りといった様子で「ククク……ッ!」としゃがれた笑い声を兜から漏らす。思わずビィが憤慨した。
「な、なんだよぅ! 笑うこた無いじゃんか!」
「クク……悪いな。まあそうだろうと思っていたさ……こんな灰と埃くさい場所で得られる情報で、貴様らが欲しいものなどあるまい」
「うぐぐ……」
小馬鹿にしたアッシュの態度に、ビィは顔をしかめた。
「それで皆さん……アッシュさんを頼ってみろと」
「なに……?」
だがグランの言葉を聞くと、今度はアッシュが顔をしかめた。もっとも兜で顔は見えないが、その表情が決して良いものでは無いのは、グラン達も雰囲気で容易に分かった。
彼は周りにいる人間、特にルドレスを睨んだ。当のルドレスは、玉座で思案するように黙ったままだった。
「……チッ!」
「露骨な舌打ちだなオイ……」
ビィが呆れる程アッシュは、舌打ちを隠そうとせず大きく鳴らした。
「灰の俺が、迷い人の世話か……」
「すみません……けれど、この世界で頼れるのは、今貴方だけなんです」
「頼られた所で何をしろと言うんだか……俺には、俺の目的がある。貴様達のために寄道をする暇も義理もない」
「……そうですか」
やはり駄目か──アッシュの言葉を聞き、グランはそう思った。
「だが、この地にいる以上……お互いどこに向かおうといずれ道は重なる」
しかし不意にアッシュの雰囲気が変わる。
「……そこの女達は戦えるのか?」
「え……?」
「全員戦えるのかと聞いてるんだ」
それは苛立ちを含みながらも突き放すような言葉ではなかった。
「は、はい! みんな頼れる仲間です!」
「……おい小娘、お前は杖を持つが魔術使いか……?」
「魔術使いじゃなくて魔法使い、当然使えるわよ! あと小娘って呼ばないで、私はイオっていうの!」
「騎空士の事はわからないかも知れねえが、俺達もそれなりに修羅場潜ってるんだ。こいつも女子供と侮らねえ方がいいぜ」
「子供じゃないもん、レディだもん!」
「へいへい」
「……」
ラカムの言葉を聞いたアッシュは、グラン達面々を改めて、一人一人品定めするように見ていった。
「……この地は混沌として、だがどう進もうと“行く先”は限られるだろう。そこに貴様達の言う艇があるのか、それとも帰るための手段があるのかは知らん。だが俺はそこを目指す」
「それって……!」
「勘違いするな。助ける気などない。お前達のために寄道はせん、墓所とここまでの道と同じ……来たいなら、勝手について来ればいい」
「それでも助かります……本当に!」
「ふん……だが来る以上俺も手を貸してもらうぞ。なんせ“外”は墓守だけではないからな……戦えるのだろう?」
「勿論です!」
目指す先もグランサイファーの行方も分からない中、たとえどんな形でもその場所を知る人間に同行できるのは、グラン達にとってはありがたかった。
■
五 旅立ち
■
グラン達の同行を許可したアッシュは、返り血も乾かぬうちに何処からか歪んだ螺旋の剣を取り出した。
「それは?」
「朽ちた英雄、それが鞘となり残したものだ」
「……もしかして、さっきの?」
グランは、戦った巨漢のいる場所にアッシュが入る前「誇り臭い英雄」と言っていたのを思い出した。
「そうだ」
アッシュは螺旋の剣をじっと見つめ、そしてふいに──。
「……ふっ!」
祭祀場の中心、灰の溜まる消えた篝火跡へ突き刺した。すると徐々に消えたはずの篝火が灯り、剣を覆うように燃え上がる。
「これは……」
「螺旋の剣は、これで力を取り戻した。鞘となった英雄の使命は、これで果たされたと言っていい」
グランもここまでの道で見た篝火、それに酷似する祭祀所の篝火。これらの火を見てグランは、なにか強い繋がりを感じた。
「わかるか? 火と火の繋がりが」
「え?」
そんな彼の考えを察したのか、アッシュが話しかける。
「篝火とは、この剣により繋がるもの。そして不死と灰達の身を癒し、見送るものだ」
「普通の火にしか見えないけど……」
何やら特別なように語るアッシュだが、イオには剣以外は普通に燃え上がる火にしか見えない。
「不死でもなければそうわかるまいよ。……ああそうか、グラン。お前……過去に一度死んだのだな?」
またも“ドキリッ!”と、グランとルリアは、心臓が跳ね上がるような気がした。
「あなたもわかるんですか……?」
「火防女さんにも、さっき同じことを……」
「ああ、なるほど。火防女……あいつなら直ぐにわかる。視えたのだろう、お前の死を覚えたソウルが」
火防女同様不思議な言葉を並べるアッシュ。だが二人はその言葉が妙に重く感じる。
「しかし不死でもないか、奇妙な小僧だ。だが、それなら……うむ、あるいはやれるか」
アッシュはグランを見て独り言を言いながら数度頷き、彼を手招きした。
「な、なにか?」
「篝火に手をかざしてみろ」
「え?」
「手をかざすんだ」
急な注文であった。手をかざせ? それに一体何の意味が? ──グランは首をかしげるが、彼に付いていくと決めた以上大人しく言うことを聞くことにする。
すると──。
「うっ!?」
急にグランの脳内に見慣れない場所の景色が浮かび上がった。
「な、なんだこれは……!?」
「グ、グラン大丈夫ですか!?」
「や、やいやい!? グランに何しやがったんだよぉ!」
「心配するなトカゲ。奴は今は、見てるだけだ」
「み、見てる?」
「そうだ……見えるな、グラン」
「み、見えますけど……これ、なんですか?」
まるで“空図の欠片”で新たな航路、行くべき島が見えるような感覚。それと同様のものを彼は体験していた。
「まず行くべき場所だ。そこに行かねばどうしようもない」
「行くべき場所……けど、どうやって行くんですか?」
「簡単だ。その景色が見えるなら“転送”される」
「え、転送?」
「ああ……おい、お前たちも集まれ」
碌な説明もないままアッシュはカタリナ達も近づくよう手招きをした。皆不安そうに顔を見合わせたが、手招きに応えグランのそばによる。
「おい、転送って聞こえたがここから移動するのか?」
オイゲンが疑うように聞くがアッシュはさも当然と言うように「うむ」と答えた。
「篝火とはそう言うモノだ。グラン、見える光景を強く念じろ。行き先は──“ロスリックの高壁”だ」
「ロスリックの高壁……っ!?」
グランは、アッシュに言われた行き先を唱える。すると次の瞬間、彼らの周りに霧がかかる。
「ちょ、ちょっと何よこれ!?」
「動くな、大人数の転送は初めてだ。離れるとどうなるかわからんぞ」
「はあっ!? おめぇそういう重要な事は先に──」
アッシュの発言に驚いたビィの叫び。だがその叫びは、言い切る事もなく途切れ、彼らもその場から霧と共に消え去った──。
「ご武運を、灰の方、そして迷い人達──あなた方に炎の導きのあらんことを……」
灰、迷い人達。彼らを見送った火防女の言葉は、篝火の炎へとくべられ静寂の中へ消えていった──。
また一年越しで続きました。一年更新。
続きは、また気長にお待ちください。