GRANBLUE SOULS   作:Par

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高壁は拒む、来るものすべてを
流れ着くのは、王の故郷だけでよい

だが資格あるならば超えてみるがいい。ロスリックの高壁を


阻む高壁

 

 ■

 

 Ⅰ High Wall of Lothric

 

 ■

 

「──おめぇそういう重要な事さきに言え……って!?」

 

 突如としてある薄暗い室内でビィの声が響いた。

 

「……ど、どこっ!?」

 

 彼だけでなく、仲間一同突然変わった景色に驚いている。ただ一人アッシュは、ビィ達の驚く様子を見て愉快そうにしゃがれた笑い声をあげた。

 

「ク、ククク……ッ! “転送”だ。そう言ったろう」

「転送だ……じゃないわよ!? ちゃんと説明しなさいよっ!?」

「悪かったな……ククッ。説明は、どうも苦手でな。さあ、もう離れて構わん」

 

 イオの文句も聞き流しアッシュはグラン達から離れた。皆も解せない様子であったが、それよりも今自分達がいる場所のほうが気になった。

 狭い部屋、それも薄暗く誇り臭い場所で窓も木板で閉じられており、僅かに光が入る程度。天井は高いがそれだけ、ただ何もない部屋だった。

 

「それで……アッシュさん? ここはどこかしら?」

 

 ロゼッタがアッシュへ質問するが、彼は構わずスタスタと歩いて部屋唯一の扉にまで行ってしまう。

 

「……ついて来いって事だな」

「説明が苦手ってか、面倒なだけじゃねえか……?」

「と、とりあえずついてきましょう」

 

 オイゲンとラカムが呆れた様子でアッシュの後姿を見た。しかし初めからアッシュは、助ける気はないと言っていた。グランは困った様子でアッシュの元へと近づいた。

 アッシュが立つ前にあるのは、彼の身の丈以上ある木製ながら重厚そうな扉だった。

 

「さて行こうじゃないか……」

 

 アッシュはグラン達が付いてくるのを確認すると、その扉に両手を押し当て力を込めた。すると扉は音を上げ開きだす。長い時間開けられた事が無いのか、扉と壁の間からは、大量の埃が舞った。

 

「えほ!? えほ……! ほ、埃が」

「あーもぉう!? 埃まみれになっちゃうじゃないのお! ……けほっ!」

 

 マスクどころか兜も無いルリアやイオ達は、思わずせき込み手で埃を払った。その間に扉は、アッシュの手で完全に開ききった。

 開いた扉、その先に見える光景。それを見たグラン達は──。

 

「ここは……」

「大きなお城が……」

 

 ただただ息を飲んだ。巨大な城とそれに橋で繋がる巨大な建物。多くの島々で城を見てきたグラン達だが、ここまでの物を見るのは中々無い。

 景色の全貌をより見るためグラン達は、扉からゆっくりと外に出てやっと自分達が高い場所に居る事を知り、そして改めて異様な場所へ居る事を知った。

 空の世界では、仮に“大きな島”と思われても宙に浮く島で人の住める土地は、どうしても限られる。そして自分達が今居るような高い建物にいたら大抵島の──つまりは、大地の端が見えるものだ。だがここにそんなものはない。大地の端はなく何処までも続いている。それこそが空の世界とは、まったく違うのだと建築物は物語っている。

 

「転送って……本当に移動したのね」

「信じられんがそうらしいな」

 

 火継ぎの祭祀所から一瞬で移動した事実にもまたイオとカタリナが驚きを隠せないでいた。

 

「しかし……随分と辛気くせぇじゃねえか」

「ほんとだぜ、建物は立派だってのによう」

 

 遠くに見える城は、その姿こそ荘厳なものであった。だがあまりにもこの世界は、“死に掛けている”。

 ラカムの言うことにビィは頷き、城と周りの建物に反して不気味な辺りの雰囲気に顔をしかめている。ここで感じる嫌な雰囲気は、景色が変われどあの灰の墓所とそう変わりないのだ。

 

「アッシュさん、ここが……転送前に言っていた」

「そうだ」

 

 アッシュは真っ直ぐに遠くの城、その一点を見ながらグランに答えた。

 

「ここがロスリック──ロスリックの高壁だ」

「ロスリック……」

 

 初めて聞き、初めて見る“大地”の上に立つ国。その国からは、滅びと絶望の気配がグランを誘うかのようだった。

 

 ■

 

 Ⅱ 篝火「ロスリックの高壁」

 

 ■

 

 ロスリックの高壁と呼ばれる場所、その一画に転送されたグラン達は、異様な光景を前に驚きながらアッシュの後についていく。

 彼は転送後に出た部屋から出ていくと、外にある階段を降りてすぐの広い踊り場のような場所へ移る。そしてそこには──。

 

「あ! これ、もしかして」

 

 ルリアが声を上げ指さす先には、この世界でもう四度目となる篝火があった。

 

「そう、篝火だ」

「どこにでもあるなあ、これ」

「古から不死に溢れた世界だ。どこにでもこれはある」

 

 B・ビィに相槌を打ちながらアッシュは、その燻る篝火に手をかざす。すると彼に灯されるのを待っていたかのように、篝火は明るく火を灯し燃え上がった。

 

「これで“繋がった”」

「え?」

「言っただろう……火は、篝火は繋がっていると。故に転送と言う手段がある」

 

 アッシュは一歩下がり、グランに対し「手をかざしてみろ」と言う。グランは恐る恐る火継ぎの祭祀場の時と同じように篝火に手をかざしてみる。

 

「ああ……! ま、また場所が!? み、見える……!」

 

 すると彼の意識に幾つかの景色が浮かんだ。灰の墓所、あの巨漢の広場、そして祭祀場。どの場所にも篝火があり、その全てが一度行ったことのある場所だった。

 

「やはりここの篝火も使えるのだな……面白い小僧だ」

「そ、それよりこれどうすれば……!?」

「意識をそらせば消える。そうすればただの篝火だ」

「意識を……あ、あれ……? き、消えた……?」

 

 アッシュの言う通り転送先の場所から意識をそらすと頭に浮かぶ景色が消えていく。グランはホッと息をついたが、はたから見ると篝火に手をかざして慌てるだけにしか見えなかった。

 

「奇妙な篝火だなほんと……」

「だが必要なものだ。これが無ければ真面にこの世界を渡り歩くなどできんよ」

 

 離れた場所を繋ぎ転送を可能とする篝火。不死の骨を燃やし螺旋の剣突き刺さるそれは、ビィ達にとってやはりどこか不気味だ。

 

「そんで? こっからどうすんだ」

「どうするもない」

 

 ラカムの問いにアッシュそっけなく答えながら、今いる場所から左手を指さした。

 

「進む、ひたすらにな」

「進むってお前……どこに?」

「行くべき場所までだ」

 

 アッシュは答えになっていない答えを言いつつ歩み始める。グラン達は慌てて追いかけた。

 

「ちょ、ちょっとアッシュさん!?」

「もう剣は抜いておけ。しばらく休めんぞ」

「ちょっと!?」

「人の話聞かねえ奴だな……」

「いいから来いってことだろ。俺達も行くぞ」

 

 ここに来て早々疲れた様子のラカム。オイゲンは、諦めたのか既に武器を取り出し使えるようにしてた。

 彼らは転送された場所から階段を少し降りる。するとまた別の塔に続く通路に出るがそこには──。

 

「げぇ……」

 

 ビィがうんざりとした声を出した。彼らの視線の先には、何人もの痩せこけた人間が膝まづき、そして唸るような低い声で何かへと祈りを捧げていたのだ。他にも壁に頭を押し付けていたり、茫然と立っているだけの者などがいる。

 

「どこもかしこも、亡者ばかりだろう。こんな光景が世界中に広がっている」

「世も末だぜ……」

「そうさ、末も末……終わる世界だよ」

 

 オイゲンの言葉にアッシュは同意した。彼には見えているし知っていた。まさにこの世界が消える寸前の灯のような世界だと。

 

「とにかくついて来い、それなりに複雑だからな。はぐれても俺は知らん」

「やっと“ついて来い”って言葉にしたと思えばコレだよ」

「あなた愛想がないって言われない?」

「そんなもの、この世界には必要ないな」

 

 ビィとイオに呆れられてもアッシュに気にした様子はない。もっとも素顔をボロ布のフードと暗い兜で隠す男に愛想など求めるのが間違いであろうと言える。

 

「しかしこの者達……亡者だったか、こちらに気が付いてないのか?」

「思考する力など失った者共だ。気付かなければ永遠に気付かんよ」

 

 かなり近くに来たというのに自分達を見もしない亡者に気味の悪さを感じるカタリナ。アッシュの言うように考える機能がないように思えた。

 

「とはいえ、気付かれれば面倒になる。この先に──」

「なら早く抜けちまおうぜ、気味が悪いからよう」

 

 アッシュがまだ言葉を続けている途中、フワフワと浮いて皆よりも高い視線のビィは、そう長くない通路の先にある出入口を見つける。そしてそのまま少しそちら側へと近づいたのであるが──。

 

「おい、トカゲ待てっ!!」

「オイラはトカゲじゃ……っ!!」

 

 アッシュがビィを呼び止めた。ビィは怒る口調で答えようとしたが、途中で言葉が止まる。ビィの見つけた出入口の階段の下から、ランタンを持った亡者がノソノソと現れビィを見つけ、そして──。

 

「KUAAhhhhhhhhh────────────────!!!!」

「うわあぁーっ!?」

 

 ランタンをふりまわし甲高く人のものと思えない叫び声をあげた。するとグラン達に気が付いていなかった亡者達の多くは、怯えてその場でしゃがみ込むが一部はグラン達に気づき武器を手に取った。

 

「……ついて来いとは言ったが、面倒を起こせとは言ってない」

「わ、わりぃ……」

「それより向こう!! なんか来そうなんだけど!?」

 

 イオが自分達に向かってくる亡者を見て叫ぶ。剣を持った亡者、そしてランタンの亡者がグラン達の“命”を狙って迫った。

 

「まだ少ない方だ。蹴散らしながら進むぞ」

「は、はい!!」

 

 心の準備もなく始まった戦闘。グラン達は、とにかくアッシュの後に続き亡者達へと立ち向かった──。

 

 ■

 

 Ⅲ 苦難の高壁

 

 ■

 

 見知らぬ世界、見知らぬ土地の更に異様な場所。グラン達は、ここでの道のりに関して完全にアッシュに任せるほかなかった。ゆえにどんどん進んでいくアッシュの後を必死に追った。彼らには、アッシュがどんな場所を進んでも文句を言う暇もないのである。

 そもそもがアッシュ達この世界の住人が言う“亡者”にあふれた高壁の道中。ただ進むだけでもかなりの困難であった。

 

「おいおいおいおいおいおいっ!? ここ通れってのかぁっ!?」

 

 脅威を前にしてラカムが叫ぶ。最初の亡者が群れる場所をなんとか突破したグラン達であったが安心する間もなく彼らの目の前には、巨大な飛竜が空から現れ高壁の塔に降り立つ。飛竜はその場所から眼下のグラン達目掛け強烈な炎のブレスで行き先をふさいだ。

 

「こ、こっちの道の方が安全じゃないですか!?」

 

 グラン達の前には、直進する通路と階段で上がりより飛竜に近づく分かれ道があった。グランは、直進して飛竜の脇を抜ける方を進むよう進言したがアッシュはズカズカと階段の方に進んでいった。

 

「どちらに進もうと奴のブレスは届く。火だるまになりたくなければ駆け抜けろ」

「無茶言うなよ!?」

「焼きトカゲになっても知らんぞ」

「だからトカゲじゃねえ!!」

 

 グラン達とて巨大な飛竜のような存在と戦った事はある。なんであればそれ以上に強大な存在とも。だが今彼らの目の前にいるのは、自分達が知るそれとはまた違う世界の異質な存在、その強烈なブレスが脅威にならぬわけではない。少なくとも、頭上からのブレスにまともに当たるわけにはいかなかった。

 だがアッシュの方は、なんら変わらぬ様子で道中も亡者をバスタードソードで切り払い、飛竜が炎のブレスを吐く合間を縫って駆け抜けなんとかグラン達もそれに続く。

 そして飛竜のブレスを潜り抜け塔の中。飛竜の攻撃も建物の中までならばそうは届かない。外では飛竜のブレスに焼かれる亡者の叫びが聞こえグラン達は、そのおぞましい声と惨状に顔をしかめた。

 

「飛竜に敵も味方も無い。通るもの全てを焼き尽くす」

「なんなんですか、あの飛竜……」

「高壁の番人と言ったところか……今更、何を護るというんだか」

「おい、グラン。見てみろよ!」

 

 アッシュのしゃがれた笑い声に続けて、ビィの少し興奮した声がする。いつの間にかビィは、この塔内の一つ下へ降りておりそこの階(丁度グラン達の足場の下)でポツンと置かれた“宝箱”を見つけていたのだ。

 

「如何にもな“宝箱”だぜ!」

「──ッ!? トカゲ、“ソイツ”から離れろ!!」

「あん? 急に何言って……」

 

 アッシュの叫びを聞いたビィは、先ほどの自分の失態を思い出した。そして同時に感じたのは、“宝箱”がある背後からの“視線”。

 

「──Kuuroro」

 

 独特なうなり声をあげ“宝箱だったもの”の内部から異様に長い腕が伸びそのままビィをつかもうとした。

 

「ビィッ!?」

「ビィさんうしろぉーっ!?」

「へ? ……うっひゃああぁぁっ!?」

 

 不気味な手がビィに伸びる。だがそれが届くよりも先にビィと怪物を遮るように割り込む影。

 

「カアァ……ッ!!」

「Kuu……!?」

 

 アッシュだった。彼はビィと怪物の居る場所より上から飛び込み怪物の腕を両断しようとバスタードソードを叩きつけるように振り下ろした。

 怪物は、頭上から飛び降りるアッシュに気が付いたのか、ビィに伸ばしていた腕をすぐに引き戻した。だが不意打ちのアッシュの攻撃を避けきれず、両断こそされなかったが深い切り傷をうける。怪物は悲鳴を上げ痛みを紛らわすように腕を振り回した。

 

「下がれ馬鹿者め」

「わ、わりい……助かったぜ」

「ビィさん大丈夫ですか!?」

 

 ビィは大人しく後ろに下がる。そして慌ててグラン達も下に降りて来た。

 

「アッシュさんこいつは!?」

「“貪欲者”だ。宝箱に擬態して宝につられたマヌケを食らう」

「Kuaa……!!」

(宝箱に擬態……僕の知ってるミミックとはかなり違う!?)

 

 宝箱をした“顔”、あるいは“口”。その部分でグラン達を睨んだ貪欲者は、捕食の邪魔をされた怒りでうなり声をあげアッシュ達に向かい蹴りを放った。

 

「きゃあっ!? こっち来たぁ!?」

「させないわよっ!」

 

 貪欲者の蹴りがイオへと迫る。だがその足が彼女に当たるより前にイオの傍にいたロゼッタが足元より魔力の蔓を生み出し貪欲者の体を縛り上げた。

 

「Kua!?」

「あ、ありがとうロゼッタ」

「どういたしまして」

 

 貪欲者は、そのまま蔓で動きを封じられ呻き声をあげる。それを見てアッシュは、ロゼッタの力に感心したようだった。

 ロゼッタの力は、星晶獣によるものであるがこの世界の事をグラン達が知らぬようにアッシュもまた星晶獣については、まだよくわかってはいないのだ。

 

「貴様、面白い事が出来るものだ」

「ふふ、どうもありがとう」

「魔術、いや……その類か?」

「さてどうかしら……あら?」

 

 貪欲者に対し力を籠めていたロゼッタだが、不意に手応えの無さを感じた。変に思い貪欲者の方を見てみればなんと貪欲者は、その身体を再度“宝箱”の方へと折り畳み蔓の拘束を抜け出したのだ。

 

「あっちも随分器用な真似してくれるわね」

「あの宝箱(なか)に身体を仕舞うのが得意な輩だからな。多少の拘束は抜け出せるだろう」

「呑気にしてる場合じゃねえって!!」

 

 ラカムが銃を構え貪欲者に照準を合わせる。貪欲者は、畳み込んだ身体をまた伸ばし彼らに襲い掛かろうとしていた。

 

「はぁ……奴の体術には、十分注意しろ。それと絶対つかまるな。つかまれれば頭から食われて終いだ」

「き、気を付けますっ!!」

「KuOaaaa!!」

 

 人数で勝るグラン達であったが、見た目に似合わぬ異様に巧みな体術で戦う貪欲者に対して、狭い室内と言う事もあり苦戦を強いられた。

 だがこの貪欲者に慣れているらしいアッシュの助言もあり、なんとかこれを撃破することに成功する。

 

「Woo……」

「た、倒した……」

 

 霞のように消えていく貪欲者を見て息を切らしながらホッと胸を撫でるグラン達。するとアッシュがノシノシとビィの方へと早歩きで迫った。

 

「……おい」

「う……っ!?」

「貴様は宙に浮いてよくものが見えよう。興味を惹かれつい近づきたくもなろうさ。気持ちはわかってやる。だがさっきといい、見知らぬ土地で一人先行なぞするな……っ!! 宝だろうと迂闊に触れようとするんじゃあない……っ!!」

「うぐ、ぐぅ~……」

 

 人差し指をビィの腹に若干押し付けながら静かに、それでいて凄みのある声を兜の中から響くように出すアッシュ。

 ビィも自分の二度目の失態を理解しており、酷くしょげてしまった。

 グラン達もビィを庇いたいところだが、流石に今迂闊に「ビィは悪くない」といった事を言うわけにいかず、ハラハラとアッシュの様子を見守る。

 

「わ、悪かったよう……オイラ……」

「……ここは、どんな者でも油断すれば死ぬ。強かろうが慣れてようが死ぬ時は死ぬ。忘れるな……仮に人語を解したとて、危険なモノばかりなのだからな」

 

 言うべき事を言ったのかアッシュは、一度深く息を吐きそしてグラン達の方へ向き直った。

 

「トカゲだけではないぞ、お前らも迂闊な真似は止すことだ。貪欲者(あいつ)だけが脅威と思うなよ。ここでは、不意打ちを卑怯と言う事さえ許されんのだ……」

「……はい」

 

 アッシュの言葉は、単なる脅しとは言えない実感のこもったものだった。彼もまた多くの困難を正に身をもって体験したのだろうと言う事がグラン達はよく分かった。

 

「……グラン、俺と違う貴様らは“やりなおし”がきかんだろう。精々気を引き締め直せ」

「“やりなおし”……? アッシュさん、それってどう言う……」

「そのうちわかる。わからんならそれに越したことはない。行くぞ」

 

 意味深な事を言いながらアッシュは、そのまま移動を再開し室内の梯子を上り始めた。そのあまりの切り替えの早さにグラン達は、ポカンと上るアッシュを見上げた。

 

「めちゃくちゃ怒ってたのに急にクール……っつーかドライだな」

「切り替えが早い奴は、生き残れるもんだ。自然とそうなったんだろうな」

「ビィさん、あんまり落ち込まないで……」

「そうだビィ君。次から気を付ければいいさ」

「うん……ありがとな二人とも……」

 

 呆れるラカムに感心するオイゲン。そしてビィはルリアとカタカナに慰められていた。

 一方でグランは……。

 

(“やりなおし”……それって)

 

 アッシュの言う“やりなおし”、その事がグランは妙にひっかかった。その意味は、アッシュはそのうちわかると言った。だがわからなければいいとも……。

「わからんならそれに越したことはない」──グランは、そうであって欲しいとなぜか強く思った。

 

「……ちなみによう。宝箱と貪欲者(アレ)の見分け方ってあるのか?」

「なくはないが、手っ取り早いのは一度殴ればいい」

「乱暴っ!!」

 

 なんとなく聞いた質問の答えに、どこか納得のいかないビィだった。

 

 ■

 

 Ⅳ 塔へ

 

 ■

 

 貪欲者の塔から出たグラン達は、そのまま通路を通りとなりの更に高めの塔へと入っていく。その際、道中の亡者よりもしっかりとした装備の騎士が現れ貪欲者に続き少々手こずりこととなる。

 

「────!!」

「こ、こいつ強いっ!?」

「ロスリックの騎士だ。とはいえ、理性など無い。お前が倒せ」

「おいっ!? そこはグランに手を貸してやってくれよ!!」

「そうしてやってもいいが、周りを見てみろ」

「へっ!?」

 

 ただの亡者とは違うロスリック騎士の攻撃は、グランも危うく防戦一方となりかける。どこか無責任なアッシュにグランを助けるように言うビィだが、反対にアッシュに周りを見るように言われてみればいつの間にやら亡者がまたも集まりだしていた。

 

「ちょちょ、ちょっとっ!? また亡者が集まってきたわよ!?」

 

 貪欲者の塔のわきの階段から登ってきた亡者に向かってイオが氷の魔法を放つ。だが氷漬けになった亡者をよけて新たな亡者が現れた。

 

「やあん!? まだくるっ!!」

「どこに居やがったんだよこいつらはよっ!?」

「飛竜に焼かれ損ねたのもいたか……そら俺達で始末するぞ」

「わーってるよ!!」

「ラカム、あんま弾使うな!! ここじゃ補給できるかわかんねえからな!!」

「あいよっ!!」

 

 銃の使用を控えるようにラカムに呼びかけるオイゲン。ラカムも乱戦で火器の使用はするつもりはなく、銃に装着された銃剣での戦いに切り替えた。

 祭祀場で鍛冶屋アンドレイと話をしたオイゲンは、いち早くこの世界で自分達が使う“銃”の存在が無い事に気づいた。あるいは探せば存在するやもしれないが、だとしても弾の補給は難しいと判断。いつグランサイファーを発見できるか、そもそも元の世界に戻れるのかわからないため必要な時以外は、格闘でなんとか切り抜ける事を決めた。

 

「だあぁっ!!」

「──!?」

 

 貪欲者との戦いから息つく暇なく始まった戦いであるが、アッシュやラカム達により亡者兵は片づけられ、最後にグランの攻撃により騎士がうめき声をあげ倒れた。

 

「はぁ……はぁ……た、ただの騎士じゃない。なんだこいつは……」

「普通の人間とは最早違う」

 

 倒れたロスリック騎士を見て異様な雰囲気を感じたグラン。すると亡者兵を切り捨てたアッシュが近づき、倒れたロスリック騎士の兜をバスタードソードではたいてみれば……。

 

「うっ!?」

「装備ばかりは立派だが、中身はな」

 

 剣ではたかれ僅かに開いた兜の隙間からは、他の亡者と変わらない生気のない顔が見えた。

 

「騎士としての腕前、死を恐れぬ……いや、死を忘れた引く事のない攻撃。飛竜を逃れあの貪欲者に出会わなくとも、この場でどれほどの者が命を落としたのだろうなあ」

「……」

 

 グランは自分達の周りにある血痕を見た。今亡者共を倒したもの以外に、いくつもの乾いた血痕がある。更によく見ればそれは、あのロスリック騎士が出てきた出入口から貪欲者の塔に“逃げるように”幾つも続いている。

 

「グラン、大丈夫ですか……?」

 

 この場で逃げる事のかなわなかった何者か達、それを想像してしまい嫌な汗を流し険しい表情を浮かべたグラン。そんな彼に不安げなルリアが寄り添った。

 

「あ、ああ……うん。ごめんルリア。まだ大丈夫だから……」

「ククッ……無理する事もないだろう?」

 

 すぐにルリアを安心させようとしたグランだが、彼の様子を見て笑うアッシュ。

 

「“まだ大丈夫”なんて言葉を出した奴がすぐ死ぬ。自信をもって「大丈夫だと」言えるならかまわんが、そんな疲れの色が濃い顔で言われてもな」

 

 そんな人間を何人も見てきたのか、アッシュがグランの疲れを見抜く。

 

「……ええ、正直疲れました」

 

 グランは誤魔化すつもりなど別に無く、ただルリアを心配させたくなかった。だから大丈夫だと言う言葉がまず出たが、アッシュに言われきまりが悪そうに疲れを認める。

 高壁の始まりからまだ一時間と経っていない。だというのにグランは、どっと疲れを感じていた。心理的なストレスが激しく肉体に疲れを意識させたのだ。そんな彼をアッシュは笑う。

 

「まあ無理もないか……」

 

 グランを責めるでもなく、アッシュはロスリック騎士の居た塔の上を見上げる。

 

「……疲れが死相に変わられても面倒だ。飛竜もおらぬこの塔の上なら休めよう」

「すみません……」

「ククク……ここじゃ誰もがそうだった。まして不死でも灰でもなければなおのこと、気にする事もあるまい」

 

 休めると聞いてグランだけでなく、他の面々も少し気が楽になるのを確かに感じた。皆がそうだったのだ。この慣れない世界の異様な雰囲気に疲れてしまっている。

 そんな彼らを早く休ませてやろうと思ったのか、アッシュはスタスタ塔へと向かう。そしてそのまま左手に向かい歩いていくが、後をついていったグラン達には右手に上に上る階段があるのが見えた。

 

「アッシュさん、こっちじゃ──」

「Gaah……!?」

 

 階段を指さしたグランだが、アッシュのほうを向いてみれば同時に聞こえる亡者の断末魔。そして破壊され飛び散る木箱の木片、更には血飛沫。いつの間にかアッシュが塔内部の暗闇に潜んでいた亡者の背中を逆にとり、そのままバックスタブを決めて塔の下へと蹴り落していたのだ。

 

「……」

「……ん? ああ、そっちであってるぞ」

「そうじゃねえよっ!!」

 

 ギョッとしたグラン達は唖然としてアッシュを見ていたが、当の本人は何事もなかったかのように階段を指さしビィに怒鳴られた。

 

「ああビックリしたっ!? なんならさっきの貪欲者(アレ)ぐらい驚いたぜっ!?」

「スタスタ実家のように入っていったと思ったら急に血生臭いの止めてぇ!?」

「今の今まで亡者共を屠ってきたろうに何をいまさら」

「緩急が激しいのよっ!! ……と言うか、緩がないのよっ!! 急々かっ!?」

「クハハ……」

「何がおかしいのよ!?」

 

 休めると聞いて気が緩んでいたのもあり、かなり驚いてしまったビィとイオはプリプリ怒る。

 一方でグランやカタリナらは、また別の事で驚くよりも訝しんでいた。

 

「……カタリナさん」

「うむ……」

 

 ──アッシュは何時あの亡者に気が付いていたのだろうか? 

 そんな疑問が彼等によぎる。

 塔出入口の左手、今はアッシュが破壊してしまったが木箱や樽などで視界が遮られており、階段へ続く右手よりもかなり薄暗い。その方向へ間違いなく彼は、迷いもなく進み即座に亡者を倒した。

 彼は手際が良すぎる。だがそれについてグランは、アッシュに聞こうとは思わなかった。話をはぐらかされるのが落ちだとわかっているし、今はまだ変に疑うような事はしない方が良いだろうと考えたのだ。

 

「どうした、休みたかろう?」

 

 今度こそスタスタと階段を上るアッシュ。悪党ではないだろうが、この素顔さえわからない面妖な男を果たしてどれほど信用してよいのだろうか。だがそれは向こうも同じように思っているとグランはわかっている。まだ互いに完全な信頼を得るなど出来るはずもない。

 しかしいつかは得ねばならない。グラン達もアッシュも、互いに信頼を持たねばならないのだ。

 

 ■

 

 Ⅴ 篝火「高壁の塔」

 

 ■

 

 塔の階段を上ったグラン達は、すぐに敵の気配の無い場所へと出た。そこは最初に高壁に来た場所に似た広場であり、そしてその中央には──。

 

「また篝火……」

 

 やはりあの“篝火”がグラン達を待っていたかのように燻り弱々しい火を揺らめかせていた。

 

「休めるって聞いてそんな気はしたけど」

「これがあればまず休める。覚えとくんだな」

「……まずって言い方が気になるんですが」

「まあ何事にも例外はあるものだ」

 

 グランの問いに不穏な答えを返したアッシュは、ここでも篝火を灯そうと手を伸ばす。が、何を思ったかその手を引っ込めグランを見る。

 

「……え? な、なにか?」

「お前、これを点けれるか?」

 

 興味深そうにアッシュは尋ねた。そして尋ねられたグランは、アッシュと燻る篝火を交互に見る。

 

「……わかりません」

「ならやってみろ」

 

 ほぼ命令も同然の言い方でアッシュは篝火を指さした。

 やってみろと言うが、別に何か道具を使って火を起こせと言うわけではない。これまでアッシュがやったようにやれ、と言うことだろう。

 グランは恐る恐る祭祀場や高壁最初の篝火のように手をかざしてみる。燻る火から僅かな温もりを感じる。だがそれとほぼ同時に“ボワッ!! ”と弱々しく揺らめいていた火が燃えあがる。

 

「っ!?」

 

 燃え上がる火を見て思わずグランは手を引っ込めた。

 

「だ、大丈夫かグランッ!?」

「うん……大丈夫。けど、点いちゃったな」

「はわ……アッシュさんと同じように点いちゃいました……」

 

 魔法を使ったわけでもなく、手をかざしただけで篝火が灯る。なにか特別意識したわけでもないというのに、それが出来てしまいグランは戸惑った。

 

「そうか、点いたか……」

 

 だがそんなグランと彼が灯した篝火を見たアッシュは、「うむうむ……」と何か思案し唸る。

 

「クックック……やはり霊体とも違ったか。なるほどな……」

「何か興味を惹かれたのかしら?」

「そうだな……興味深いな、実に興味深い。ククク……」

 

 勝手に一人納得し面白そうに笑うアッシュ。ロゼッタにの問いにも殆ど笑い声で返し、そのまま篝火の前に座り込みだす。

 

「こんな場所だが少し休むがいい。亡者もここには来ないだろう」

 

 そう言ってアッシュは、篝火に向かいまた何かを思案し始め黙ってしまった。グラン達は顔を見合わせた。

 

「休め、ねえ……」

「そりゃ変なのがいないのは嬉しいけど……」

 

 ラカムとイオがあたりを見渡す。瓦礫やなにかの残骸、更には木と一体化したような亡者のようなナニか。そんなものが当たりに散らばり、気が休まる雰囲気ではなかった。

 

「とは言え休める内に休まないとな。ルリア、ビィ君、こっちの階段なら座りやすい」

「うん、ありがとうカタリナ」

「ふへぇ……ドッと疲れたぜオイラ……」

「ラカム、ここなら見晴らしがいい。少し見とくぞ」

「あいよ、運よくグランサイファーでもみつかりゃいいがな」

 

 篝火そばの崩れた階段。そこに座り一息をつくルリア達。オイゲンやラカムは、塔の上という事もあり、見える範囲でロスリックを見渡し建物や地形を調べていた。

 グランはただぼうっと自分が点けたらしい篝火の火を見ていた。そしてなんとなくだが、アッシュのように篝火のそばに座り込む。果たして何時誰が刺したのか、篝火に突き刺さるあの螺旋の剣、それに沿うようにして炎は燃え上がる。だがそれは、温かくグランを癒すかのようであった。

 

(ロスリック、こんな場所が……どれ程あるのだろうか)

 

 ここでの旅は、まだまだ続くだろう。アッシュに聞かずとも、グランには予感があった。火の心地よい温もりがそれを教えてくれたのだ。これからも、幾度も、この温もりを感じるだろうと言う予感を、火がグランに教えたのである。

 しかしてそれは、真実であろう──。

 

 





狭間の地を巡ってたら前回より約1年6ヶ月経って更新
次も篝火か祝福にあたりながら、気長にお待ち下さい

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