デジモンエタニティ   作:LOST

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進化!僕らは戦うんだ! B パート

食事が終わり、子供達は焚火を囲んで一息ついていた。

そんな中、おもむろに渚沙が立ち上がり、注目を集めた。

 

「……みんな……これ見て」

「なんだ?」

「どうしたんだ?」

 

皆の視線が集まる。渚沙の手にはスマホの形をした端末。デジヴァイスが握られていた。

渚沙はいつもと変わらない無表情のままデジヴァイスの画面に触れた。

 

「これ……みんなある?」

 

渚沙に言われ、皆は自分のポケットの中からデジヴァイスを取り出す。

彼等の手の中に収まっているデジヴァイスはどれも同じ形状で、色などにも差はない。

 

「……このデジヴァイス……いくつかアプリが入ってる……例えば……」

 

渚沙がデジヴァイスを操作すると、画面にレオルモンの画像が映し出された。

 

「私だ」

「……レオルモン、成長期、ワクチン、聖獣型、必殺技は『レオクロー』……デジモンの情報が乗ってる図鑑……みんなのデジヴァイスにも入ってると思う」

 

渚沙にそう言われて。子供達はデジヴァイスを起動して中身を確かめだす。

 

「本当だ。でも、これ出会ったデジモンしか登録してないな」

 

太河はゴリモンのページを呼び出し、その情報を見て鐘山の方を見た。

 

「あの時、鐘山君が見てたのってこのアプリだったの?」

 

それは、ゴリモンから逃げている最中のことだ。

彼が携帯を見つめて、ゴリモンの詳しい情報を読み上げていたのだ。

 

「う、うん。なんの役にも立たなかったけど」

「そんなことない……いや、どうだったかな」

「あははは……」

 

お世辞にもあの情報がその後の状況を変えたとは言い難かった。

答えに悩む太河に対し、鐘山は苦笑いをするしかなかった。

 

曖昧なまま固まる二人を他所に、他の皆はデジヴァイスの中身を確かめていった。

 

「他にもアプリがある。時計、計算機。なんだか普通の携帯だな」

 

念のため順に起動していくが、それはどれも普通の携帯アプリと大差のない内容だった。

唯一、違和感があるとすればカメラのアプリが二つあることだった。

他の子供達もそのことに気づき、首を傾げる。

 

ロバートが二つのアプリを見比べた。

 

「普通のカメラと『スカン』?変な名前だな」

 

クエスチョンマークを浮かべるロバートに鐘山が助け舟を出した。

 

「ロバート、それは『スキャン』って読むんだよ」

「なっ!うるさいぞ鐘山!わ、わかってたよ!たまたまだ!」

 

太河はそのアプリを起動してみる。

 

「何をスキャンするんだ?」

 

とりあえず、アグモンを映してみる。だが、画面に映ったアグモンに変化はない。

どちらにせよ、今の状況では役に立たないアプリなのだと判断するしかなかった。

 

そんな時、ロバートが突然歓喜の声をあげた。

 

「って、電話の機能があるじゃんか!!これでパパに連絡を取ればいいんだよ!木村、お前気づいてなかったのかよ!?まったく、相変わらずトロい奴なんだから」

 

意気揚々と電話をかけようとするロバート。

だが、その顔は次第に不穏なものへと変貌していった。

 

「あれ?あれ?なんだよこれ!!変な記号しか打てないぞ!!」

 

苛立たしく画面をタップするロバートだったが、デジヴァイスが電話の為に打ち込める番号は意味不明な記号だけで、普通の数字を打つことができない。太河もロバートに倣って電話の機能を起動してみるが、やはり同じであった。

 

「あ、でもここにいる人達の番号は登録されてるんだ」

 

電話帳に記述されている名前にはここにいる7人の名前が乗っている。

だが、どうやらここから普通の携帯電話や固定電話にかけることはできなさそうだった。

 

皆が一通りデジヴァイスを試したのを見計らい、渚沙はもう一度注目を集めた。

 

「……これが落ちてきて……私達はここに来た……やっぱりこれが関わりがあると思う」

 

それを聞き、ロバートは何かを思いついたかのように手を叩いた。

 

「そうか!こいつのせいなんだな!?それじゃあ、こいつを壊せば元の世界に帰れたりするんじゃないのか!?」

「ちょっ!!おいっ!」

 

暴力的な発想だった。しかもあまりにも突飛すぎる。

 

「いいぞ、やれやれ」

 

シャオが煽る。それにロバートは乗った。

 

「よーし!鐘山!その石よこせ!」

 

意気込んでデジヴァイスを地面に置くロバート。

だが、鐘山は石を渡すかどうか逡巡してしまう。

 

「なにやってんだ!はやくしろよ!」

「……で、でも……」

 

そこに待ったをかけたのは太河と士ノ道だった。

 

「やめろよロバート!」

「そうだ!もし、それで帰れなくなったらどうするつもりだ!」

 

だが、ロバートは止まらない。自分の発想がナイスアイディアだと言わんばかりだ。

 

「その時はその時だよ。それに、どっかで必要になったら鐘山のでも借りるさ」

「なっ、おい、ロバート!」

「うるさいな、僕の物をどうしようが僕の勝手だろ!!」

 

それを言われれば返す言葉もない。

 

だが、太河にはこのデジヴァイスを安易に壊していいものだとは到底思えなかった。

 

デジモン、デジタルワールド、そしてデジヴァイス。

 

これらが完全に無関係なはずがない。

このデジヴァイスはこの世界において、僕らの手の中にある唯一の手がかりなのだ。

いっそ腕ずくで強引にやめさせるべきだろうか。

 

太河がそう思って立ち上がろうとした時だった。

シャオがせせら笑うように言った。

 

「そいつを壊して、お前だけ帰れなくなったら見ものだな」

「うっ……」

 

ロバートが押し黙る。

 

デジヴァイスは1人につき1つだ。

ロバートはもしもの時は鐘山のものを奪えばいい、と考えていた。

 

だが、もしこれが個人用だとするなら……

 

ロバートは自分一人だけ帰れない姿を考え、身震いした。

 

「……だから、壊さないのも僕の勝手だ」

 

ロバートが自分のデジヴァイスを拾いあげる。

太河や士ノ道はほっと胸をなでおろした。

 

「シャオ、ありがとう」

「……別に、思ったまでを言ったまでだ。まぁ、あのまま壊させても面白かったかもしんねぇけどな」

 

シャオはそう言って、軽薄な笑みを浮かべた。

 

渚沙は気を取り直して、話を再開する。

 

「……それに……進化にも関わってるみたい」

「進化にも?」

 

士ノ道が真っ先に声をあげた。

 

「うん……レオルモン達が進化した時……このデジヴァイスが光った……多分、これが……進化を促すものだと……」

 

その渚沙の話の途中で、ロバートが勢いよく立ち上がった。

 

「それじゃあ、こいつを光らせれば進化するんだな!それならそうと早く言えよ!よーし!」

「……あっ……」

「光るアプリは……光るアプリ……これだ!!」

 

ロバートはデジヴァイスの『ライト』のアプリを起動した。懐中電灯のようにデジヴァイスが光った。

 

「よぉし!ワニャモン、進化しろ!」

「いや、無理だべ」

 

照らされたワニャモンは光の中で首を振った。

 

「なんでだよ、このっ!このっ!!」

「うわああ、危ないべ!!振り回すなよ」

「くっそーー!おい、木村!全然進化しないぞ!お前も僕をからかったな!」

 

ロバートに指を向けられたれた渚沙。

彼女はロバートの方へと顔を向けた。

彼女の表情が焚火の影となって見えなくなる。

 

太河はその渚沙の態度が妙に強張っているような気がした。

 

その時、焚火にくべられた薪が割れ、炎が揺らめいた。橙色の光に照らされて、渚沙の表情が一瞬だけ暗闇の中に浮かび上がる。

 

「え……」

 

それを見て、太河は息を飲んだ。

 

彼女の眉間に寄った深い皺。細められた目元。敵意と嫌悪感を剥きだしにした顔が炎の光の中で揺らめいていた。引き攣った頬には憎悪が滲み、強く結ばれた唇には拒絶の意志が乗っていた。

 

木村 渚沙の負の感情に彩られた顔がそこにあった。

 

「な、渚沙?」

 

その時、不意に風が強く吹いた。再び炎が揺れ、渚沙の顔が闇の中に隠れる。

風がやみ、再度光の中から現れた時、渚沙はいつもと変わらない無表情でそこに立っていた。

 

見間違いだろうか?光の加減が見せた幻覚だろうか?

 

だが、早鐘のように鼓動を刻む心臓が、さっき見たものが現実であると訴えていた。

 

「……ん?……なに?」

 

小首を貸しげる渚沙には変わったところは何もない。いつもと変わらない表情の変化の薄い顔がそこにあった。

彼女を前にして太河の口元まで出かけていた質問が喉奥に飲まれていく。

 

「いや、なんでもない」

「……そう?」

 

そんな2人のやりとりを退屈そうに眺める視線が1つ。

 

「…………ったく……」

 

シャオが小さく悪態をついて、魚の骨を地面に吐き捨てた。シャオの隣で寝そべっていたガジモンがそんなシャオを見上げた

 

「シャオ?どうかしたか?」

「ん?なんでもねぇよ」

 

シャオはガジモンの頭を乱暴に撫で、大きく鼻息を吹き出した。

 

「よぉし!ワニャモン進化しろ!」

「だから無理だって言ってるべ」

「なんだよ、お前は強くなりたくないのか!」

「べつにいいかな」

「あぁもう!なんでこんな奴が俺のパートナーなんだよ!!」

 

喚き散らすロバートの声を聞きながら、子供たちは自分達の手の中にあるデジヴァイスを見つめていた。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

彼らも年頃の男女だ。

眠る場所は別にしたいところだが、この場所ではそうもいかない。

既に昼間にニ回も襲われてる。一か所に集まらなければ危険が高まる。

 

「……というわけで、二人ずつで見張りをしてもらいますわ。2時間ごとに交代しましょう」

 

薬師寺の提案にはロバートとシャオからブーイングが入る。

薬師寺はそれらを無視して、今日の順番を発表した。

 

「最初はわたくしと瑠々川さんで行います。よろしいですか?」

「わかった」

「それからMr.アットマンは……」

「僕はやらないからな」

「ちょっと!」

 

ロバートは薬師寺に背を向け、すぐさま横になってしまう。

 

「僕はやらない!」

「アットマン!!」

 

薬師寺が声を荒げた。

確かにいくらなんでもそれは横暴が過ぎる。

 

「うるさいな!だいたい、2人1組なら、1人余る。僕はもう疲れたんだから今日は寝かせてもらう!」

「あのですね!疲れているのはみんな一緒なのですよ!少しは協調性というものを……」

「知らないな!」

 

ロバートは不貞腐れたように丸くなる。

 

「ロバート!……わかりましたわ。ですが、明日は必ず見張りをやっていただきますからね」

「あぁ、はいはい。わかってるよ」

 

そうして、ロバートはすぐさま寝息をたてて寝てしまう。

薬師寺はそれを見て小さくため息を吐きだした。

 

「それでは改めまして、最初にわたくしと瑠々川さん。その次の組はロンさんと士ノ道さんでお願いします」

「えー……『魔王』と一緒かよ」

 

シャオがブーイングを飛ばすが、薬師寺も今度は取り合わなかった。

嫌そうな顔をするシャオに対して士ノ道は生真面目な顔を崩さない。

 

「それから最後は木村さんと鐘山さんにお願いします。見張りの時間は最初と最後の組が3時間ずつ。間の2組はまとまった睡眠時間が取れないことを考慮して2時間の見張りをお願いします」

 

ロバートが寝静まった今、薬師寺の指示に突っかかる人はいない。

 

見張りの順番が決まり、他にすることもなくなれば彼等は睡魔に呑まれるように1人、また1人と横になっていった。デジモン達もまたパートナーの隣に横になって寝息を立て始める。

 

世界はすぐさま夜の静寂に包まれた。

 

太河はデジヴァイスのタイマーを起動して時間を計りはじめる。

 

これからの3時間を耐えなければならない。いつもならば3時間程度の夜更かしなどどうってことないが、こんな夜に睡魔に耐えるのはなかなか難しかった。太河は掌を眼球に押し付けて、目をもみほぐして深呼吸をする。

 

全身に酷い倦怠感があった。

 

今日一日で本当にいろんなことがあった。

 

こんな森の中に放り出され、摩訶不思議な生き物に追い回され、二度も命の危機に晒された。

そもそも、太河はここ1カ月の間まともに眠れていないのだ。

 

疲れていないわけがない。

 

「瑠々川さん、よろしくお願いいたしますわ」

「うん、よろしく」

 

疲れの色を隠せない太河に対して、薬師寺はまるで日中であるかのようにしっかりとした顔つきをしていた。まるで、授業に挑むかのような態度だ。

 

僕もしっかりしなくちゃな……

 

太河は隣に腰かけたアグモンの小さな爪を握りしめる。

 

「アグモン、何かあったらよろしくね」

「うん、任せてよ……でも、やっぱり眠い……」

「頑張ろ、3時間の辛抱だ」

「さんじかん?それなに?」

「ん?ああ、えと3時間ってのはこの時計でこの短い針がここまで移動することなんだけど……わかる?」

「ん~……わかんない」

「だよねぇ」

 

太河はアグモンの鼻面を軽く叩く。爬虫類特有の細かな鱗がよい音をたてた。

 

そんな太河達のやりとりを横目に見る薬師寺。

彼女は仲の良い太河とアグモンを眺め、自分のパートナーを見下ろした。

薬師寺のパートナーであるバドモンは葉っぱのような形の尻尾をピンと立てて、周囲を警戒していた。

 

薬師寺はそのバドモンを持ち上げ、膝に抱えた。

 

「え?真莉愛、どうしたの?」

「どうもしません……それとも、迷惑ですか?」

「そんなことないけど……」

 

バドモンは薬師寺の皮膚を傷つけないように、身体から突き出ている棘を少し引っ込めた。

完全に身体の内側に入れることはできないが、それがバドモンなりの気遣いだった。

 

薬師寺はそんな小さな優しさを嬉しく思いながらも、その表情はどこか浮かない。

 

「……進化……」

 

そのことが胸に引っかかっていたのは士ノ道だけではない。

薬師寺の心にもその言葉はずっと引っかかっていた。

 

薬師寺は自分のデジヴァイスを手の中で起動してみる。青白く光るバックライトが薬師寺の顔を照らした。

 

スナイモンに襲われた時、鐘山と木村のデジモンは進化して、薬師寺と士ノ道のデジモンは進化しなかった。

両者の間に違いがあるとするなら、それはたった一つだ。

 

『立ち向かった』か『逃げた』かの違いだ。

 

「…………ありえませんわ……」

 

薬師寺は太河に聞こえないようにつぶやく。

 

彼女にはあの場でスナイモンに立ち向かうことが正しいこととは思えなかった。

実際、進化した2匹のデジモンは傷を負ってしまい、今にも殺されるところだった

 

あの場で皆が無事に済んだのは太河達が増援に訪れたからにすぎない。

 

あの場では逃げることが最適解だったはずだ。

あんなバケモノに立ち向かうことは勇気とは呼ばない。あれはただの蛮勇に過ぎない。

 

それなのに、新たな力を得たのは『立ち向かった』方だった。

 

「ありえませんわ……」

 

薬師寺はデジヴァイスを握りしめる。

 

「ねぇ、真莉愛。『ありえない』って、何が?」

 

バドモンは薬師寺に合わせるように小さな声でそう言った。

薬師寺はそんなバドモンの棘の隙間を撫でる。バドモンはデジモン図鑑では植物型と書かれていたが、その身体には生物の温もりが確かに宿っていた。

 

薬師寺はこのバドモンが自分が腰を抜かして動けなくなった時に、薬師寺を見捨てようとすることは一切なかったことを知っている。このバドモンが言う『パートナー』の意味はよくわからないが、少なくとも多少の信頼は置いてよいと思っていた。

 

だが、自分の胸の内を全てさらけ出せる相手とまでは思っていなかった。

 

「……なんでもありませんわ……」

「そう?」

「ええ……」

 

薬師寺は目線をあげ、森の方向へと意識を向ける。

そんな薬師寺をバドモンは心配そうに見上げていた。

 

その後、しばらくの間、沈黙の時間が続いた。

時折焚火にくべた薪が割れる音が周囲に響くだけで、夜の森は静かなものだった。

 

そして、不寝番を始めて1時間を過ぎた頃。

 

不意に薬師寺が口を開いた。

 

「瑠々川さん、少しよろしいかしら?」

「ん?なに?」

 

眠気を追い払うことに苦労していた太河は喜んで会話に応じる。

だが、薬師寺の話題はあまり楽しいものではなかった。

 

「先程、『きっと帰れる』とおっしゃってましたね」

「あ……うん……」

「何か根拠があった上での発言だったのですか?」

 

薬師寺の声音に責めるような響きを感じ取り、太河は小さく舌を出して苦笑いを浮かべた。

 

「いや……なんにもないよ」

「これからは、あまり不用意な発言はしないでいただけませんか?解決策もなく期待を持たせるなど無責任ですわ」

「……そりゃ……そうなんだけどね」

 

厳しい言葉だ。だが、正論でもあった。

太河は負けを認めたかのように、空を仰ぎ見た。

デジタルワールドの夜空には数多くの星が瞬いていたが、見慣れた星座を見つけることはできなかった。

 

「『けど』なんですの?」

「あ、いや……その……」

 

太河はなんとか言い訳を探してみる。

だが、やはり自分の行動を正当化できそうなカードは見当たらない。

 

それも当然だった。

 

太河は『とある人物』の行動をなぞっただけに過ぎなかったのだ。

だから、自分の行動原理を釈明しろと言われても困ってしまう。

 

太河は言い逃れはできないと思い、腰のゴーグルに触れた。

 

「昔さ……似たような状況になったことがあったんだ」

「え?瑠々川さんはここに来たことがおありになるの!?」

「いや、そうじゃなくて……」

 

太河は昔の思い出を語りだず。

 

それは、まだ太河が小学校に通いだした直後のことだった。

あの頃はまだ母親も存命であり、1年毎に引っ越しをするような家庭環境でもなかった。

 

「僕と織原の奴が昔からの友人だって話はしたっけ」

「ええ、存じてますわ。ですからあなたはあんなに熱心にビラ配りをしていたのでしょ?」

「うん……」

 

太河は苦笑いをする。それは昔の失敗をさらけ出す気恥ずかしさが同居した困り顔にも見えた。

 

「昔、織原や他の友達と一緒に近所の山に入ったんだ。そんな大きな山じゃなかったけど、途中で帰り道がわからなくなって……そのうち周囲も真っ暗になっちゃってさ……もう帰れないんじゃないかって、みんな泣いてた」

 

あの時の恐怖は今も覚えている。

 

方角は既に見失い、自分達がどこから来たのかもわからない。歩き回り続けて足は痛み、助けを呼び続けた喉は枯れ果ててしまっていた。日が沈むにつれて急激に暗くなっていく森の中は自分達を閉じ込める迷宮のように感じたものだ。

 

「そんな時にさ……織原が底抜けに笑いながら言ったんだ」

 

『大丈夫、きっと帰れる』

『ここはどこかはよくわからないけど。来れたんだから、帰り道もきっとあるって』

『きっとなんとかなる!』

 

あの時の織原の顔を太河は今でも覚えていた。

白い八重歯を見せて、口角をこれ以上ないぐらいに持ち上げて、短い髪を揺らしながらニヒヒと笑っていた。この世に怖いものなどないのだと、恐れることなど何もないのだと、漫画の中のスーパーヒーローみたいに笑っていたのだ。

日が沈み、群青色から黒色に変わりゆく世界の中で彼女の笑顔だけがはっきり浮かんで見えていたのだ。

 

「まるで冒険の続きだって言わんばかりにさ。バカみたいに明るい声で、お気楽そうな笑顔で……そう言ったんだ」

 

太河はそう言って焚火に枯れ枝を継ぎ足す。

火の粉が舞い上がり、夜闇が一瞬遠のいた。

 

「だから、おんなじことをしてみたんだ。こんな時だからさ、後ろ向きになるのは危ないと思ったんだ。変に絶望したら、今度は歩けなくなる」

 

太河は絶望が人の足を止めてしまうことを知っていた。希望が次の一歩の動力源になることを知っていた。

 

それを教えてくれたのはやはり織原 ミカなのだ。

 

「そうだったのですか」

「うん……ほんと……昔から前向きなこだけが取り柄みたいな奴だったよ。どこで何してるんだか……」

「いなくなって一か月……早く見つかるといいですわね」

「うん……ほんと……ほんとに……どこにいるんだか……」

 

太河はそう呟く。涙声になりそうになるのを必死にこらえながらそう言った。

 

本当はこんなことをしている場合ではないのだ。一刻も早く横浜に帰って、彼女のことを探したい。

『きっと帰れる』と豪語してみせた太河だが、本当はここにいる誰よりも早く帰ることを望んでいるのだ。

強く奥歯を噛み締める太河の横顔からその気持ちが痛い程に伝わってきていた。

 

薬師寺はそんな彼を横目に伺いながら、わずかに頭を下げた。

 

「すみません、瑠々川さん。余計なことを言いましたわ」

「ううん、気にしないで。無責任に希望を持たせるようなこと言ったのは確かだから」

 

太河は自分の滞った気持ちを吐き出すようにため息を吐きだした。

 

その時だった。

 

「太河」

 

アグモンが不意に立ち上がって森の中を睨みつけた。

 

「ん?どうした?アグモン」

「……今、森の中で何か動いたような気がした」

「えっ!」

 

そして、それを裏打ちするようにバドモンが言った。

 

「うん。何か近づいてきてる。空気がよどんできた」

 

バドモンが少しでも森の空気を感じようと薬師寺から離れて尻尾を小刻みに揺らす。

薬師寺と太河は無言で顔を見合わせて頷きあった。

 

アグモンが牙を剥きだしにして唸り声をあげる。

 

「……これ、多いよ」

 

バドモンも頷いて自身の棘を普段の2倍程の長さに成長させる。

 

「気をつけて。一匹や二匹じゃなさそう」

 

太河と薬師寺はは再びアイコンタクトを取る。

太河は静かに男子の間を周り、薬師寺は女子達を起こしていく。

 

「みんな、起きて」

「もう交代かよ?」と、シャオがぼやく。

「静かにして、何かがこっちに来てる」

 

シャオはそれを聞いた瞬間目を素早く開いて、身体を起こした。

鐘山と士ノ道は既に物音で目を覚ましている。

焚火のそばで寝ていた渚沙はレオルモンが揺り起こそうとしていた。

 

「渚沙、起きてくれ」

「……ん……」

「……渚沙!」

「……なに?」

 

不機嫌そうに目を開ける渚沙に薬師寺が状況を簡潔に説明していた。

 

その頃になると、太河達を取り巻こうとしていた連中も盛大に動き出した。

物音を立てないようにする努力をやめ、森の中を駆けまわって素早く包囲網を築き上げた。

 

太河達は焚き火を背にするようにして固まった。

 

「こやつら、動きの統制がとれておりますな」

 

キョキョモンが士ノ道に耳打ちをする。

 

「キョキョモン、奴らが見えるか?」

「いえ、拙者には……」

「蛇ならピット器官とか持ってないのか?」

「申し訳ない……それと拙者は蛇ではなく、竜でして……」

 

ピット器官とは爬虫類が持つ熱源を探知するサーモグラフィのような部位だ。

確かに、デジモン達ならそういった能力を持っていてもおかしくはない。

太河は比較的爬虫類に近そうなアグモンに尋ねた。

 

「アグモン、敵の位置とかわかる?」

「ううん、臭いはするんだけど……ごめん、夜はあんまり見えなくて……」

「ダメか……せめて何がどれだけ近づいていればわかれば……そうだ……」

 

太河は何かを思いついたかのようにデジヴァイスを取り出した。

 

彼が起動したアプリは『スキャン』だ。それを森の中に向けてみる。

だが、映るのは暗がりとなった森ばかりで特別な変化は見られなかった。

 

「だめか……いけると思ったんだけど」

 

太河はデジヴァイスをしまい、アグモンの後ろに身体を動かした。

周囲の何かはゆっくりと間合いをつめてくる。だが、焚火の光の下には出てこない。襲いかかるタイミングを見計らっているのだろうか。

 

「みなさん……落ち着いて行動をしてください……できるだけ刺激しないように」

 

薬師寺の指示に皆が頷く。

 

デジモン達の瞳から瞬きの回数が減り、子供達は自分達の呼吸を殺していく。

 

その時だった。

 

「パーーーパーーー!!!会いたかったーーー!!」

 

ロバートの寝言が炸裂した。

 

それが火蓋を切り落とした。

 

「今だぁああ!いけぇぇぇぇぇ!」

 

雄叫びと共に森から次々と何かが飛び出してくる。

 

橙色の光の中に現れたのは棍棒を持った小型のデジモン。ゴブリモンの集団だった。

 

「みんな!行くぞ!!」

 

アグモン達は迎撃に動き、焚火の周囲はすぐさま乱闘状態に陥った。

 

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