デジモンエタニティ   作:LOST

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進化!僕らは戦うんだ! C パート

「こいつらいったいなんなんだ!?」

 

飛んできた火球をかわしながら、シャオが叫ぶ。

その問いにはデジヴァイスを見た渚沙が答えた。

 

「ゴブリモン、成長期、ウィルス、鬼人型、必殺技は火の玉を打ち込む『ゴブリストライク』……だって」

「解説ありがとうよ!!」

 

シャオは飛びかかってきたゴブリモンに鋭い前蹴りを叩き込んで追い払う。

だが、すぐさま別のゴブリモンがシャオと渚沙に向けて突っ込んできた。

再び蹴りを繰り出そうとするシャオの前にガジモンが割り込んだ。

 

「シャオ、下がれ!『パラライズブレス』」

 

ガジモンの空気弾をゴブリモンは地面に這うような姿勢でかわし、滑り込むようにしてガジモンの懐に飛び込んだ。至近距離に踏み込んだゴブリモンは自慢の棍棒を振りかぶる。

 

「ガジモン、怯むな!前に出ろ!」

「合点!!」

 

シャオの言葉に励まされて突進するガジモン。だが、シャオはガジモン1人を戦わせはしなかった。

シャオはそのガジモンの肩を掴んで支点とし、軽く飛び上がりながら鋭い回し蹴りを放った。

シャオの蹴りはゴブリモンの手元を的確にとらえ、棍棒を蹴り飛ばした。

そして、素手となったゴブリモンにガジモンが組みつく。

 

「ガルルルル、負けるかぁあ!」

「こ、この……」

 

押し合う二体のデジモンだったが、徐々にガジモンが押し返す。

だが、敵は1匹ではないのだ。

 

「ガジモン!右から来てるぞ!」

「わかってるっ!」

 

ガジモンは身体を捩り、爪で器用に次のゴブリモンの攻撃を受け止めた。

 

「くっ!」

 

2対1で押し込まれるガジモン。

だが、こちらも1人で戦っている訳ではないのだ。

 

「『レオクロー』!」

 

組み合って動きが止まったゴブリモンをレオルモンがまとめて吹き飛ばした。

重なるように転がっていくゴブリモンは諸手をあげて森の中へと逃げていった。

 

「レオルモン、助かったぜ」

「礼は後だガジモン、次が来るぞ!前を見ろ!」

「うわぁっと!!」

 

応戦するガジモンとレオルモン。二匹は連携を取りつつ後退していく。

それに護られる形でシャオと渚沙も後ろに下がっていった。

 

「……シャオ……まずい」

「ああ、厄介なことを」

 

シャオは眉をひそめた。次々と襲いかかるゴブリモンを相手にしているうちに焚き火から離されていく。シャオ達は他の仲間たちから孤立しつつあった。

 

太河達の方でもそれは気づいていた。

 

「まずい、ロン君と木村さんが」

 

鐘山が焦ったように呟いた。

 

できるだけ固まっておきたい太河達をあざ笑うかのようのように二人はどんどん引き離れていく。

助けにいきたにのは山々なのだが、太河達にも焚火の傍を動けない理由があった。

 

太河達の背後にはこの乱闘騒ぎの中でも涎を垂らして寝ているだらしない顔があった。

 

「へへへ……もう食べられないよ」

「もう!ロバート!起きろ~!!」

 

ロバートがまだ寝ているのだ。

 

ワニャモンが全体重で突撃しても全く起きない。

太河もたびたび蹴りを入れているのだが、それでもやっぱり起きない。

 

「ったく!!この状況でよく寝てられるな!」

 

太河がそう言うと、士ノ道もロバートを一瞥して苛立たし気に呟く。

 

「神経が図太いからだろうな、まったく!」

 

ロバートが起きていれば、すぐにでもシャオと渚沙を助けにいける。

なのに、ロバートが動かせないおかげで守るべき対象も倍であった。

 

「面倒ごとを増やす天才だ」

「でへへ……天才かぁ……」

 

酷い寝言だった。

 

「殴りたい……この笑顔」

 

太河は右手に握りこぶしを固める。だが、その拳骨はロバートに振り下ろすことはぜす、飛び込んできたゴブリモンを追い返すために使った。太河は右腕だけを上手く使い、ゴブリモンを捌いて行く。

 

「くそっ……」

 

左手を強く握ろうとするも、後遺症の影響で力が入らない。日常生活ぐらいなら無視できるような鈍い痛みがこの土壇場で足枷になる。太河は諦めて左手を開いた。太河はゴブリモンの大振りの棍棒をかわしながら、カウンター気味に右の掌底を叩き込む。

 

「『ベビーフレイム』!」

 

そして、そんな太河に呼吸を合わせ、アグモンは火球を叩き込み続けた。

傷ついたゴブリモンはじりじと後退して森へ逃げ込んでいくが、すぐさま代わりのゴブリモンが森の中から現れる。

 

「ダメだ。キリがない」

 

太河の隣で鐘山がそう呟く。

その足元ではベタモンが電撃を何度も放って息を切れを起こしていた。

 

「へぇ……へぇ……『で、電撃ビリリン』!!」

「ベタモン!無理しないで」

「大丈夫、まだ、やれるよ!!」

 

ベタモンは広範囲に電撃を放ち、誰よりも数多くのゴブリモンを退けている。

そのせいで消耗具合が他のデジモンの倍なのだ。

一刻も早くケリをつけないとジリ貧になるのは目に見えていた。

 

だが、ロバートのことを差し引いてでもこちらにはまだ問題があった。

 

「薬師寺様!私の後ろから離れないでください!!」

 

士ノ道がそう言って木の棒を刀のように構える。

 

「キョキョモン!ここが命の張りどころだぞ!」

「うむ、ならば、拙者も腹を括ろう!」

 

そんな彼女に守られるように薬師寺とバドモンが身を縮こまらせていた。

彼女達の足元にはパートナーデジモンがいる。だが、進化していない彼等ではどうしてもゴブリモンへの対応が遅れてしまう。

 

太河の頭の片隅にはそのことが常にあった。

 

「アグモン!!士ノ道さんの援護を!!」

「うん!『ベビーフレイム!!』」

 

士ノ道の死角から飛びかかろうとしていたゴブリモンが『ベビーフレイム』の直撃を受けて吹き飛んでいった。

 

「た、助かったぞ、瑠々川」

「士ノ道さん!気を抜かないで!」

 

太河が声をあげたのと、薬師寺の背後に敵が回ったのはほぼ同時だった。

バドモンが葉っぱ状の尻尾を逆立て、いち早く敵の存在に気づいた。

 

「真莉愛!後ろ後ろ!!」

「えっ、あっ・・・きゃーーーーっ!!」

 

悲鳴をあげる薬師寺。太河は地面に落ちていたゴブリモンの棍棒を拾い上げ、全力で投げつけた。太河が投げた棍棒は吸い込まれるようにゴブリモンの眉間へと直撃する。

 

仰け反り、隙ができたゴブリモン。

 

「キョキョモン!追い払え!」

「了解した!『メタルストロー』!!」

 

キョキョモンはその身体を一気に伸ばし、ゴブリモンに追加の頭突きをお見舞いする。

ゴブリモンは度重なる衝撃によろめくように数歩後ずさった。

 

「このぉ!真莉愛に近寄るな!!『ドクトゲトゲ』!」

 

とどめとばかりにバドモンが身体から突き出た棘を飛ばす。

 

「うぎゃっ!うわっ!いってぇええ!!」

 

ゴブリモンは顔に刺さった棘を引き抜きながら、森の中へと消えていった。

 

太河は奥歯を噛み締める。

 

奴らは頭が回るらしく、士ノ道や薬師寺を執拗なまでに狙っている。

しかも、彼女達の死角から襲い掛かろうとする徹底ぶりだ。

完全にこちらの泣き所を理解している動きだった。

 

その時、背後で誰かの雄叫びがあがった。

 

「くっ・・・このぉおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

振り返ると、鐘山が3体のゴブリモンにまとわりつかれていた。

ゴブリモンは彼の背中や足腰にしがみつきながら、棍棒で頭を執拗に狙っている。

鐘山は頭を庇いながら、腕を振り回してゴブリモンを引き離そうとした。

 

「このぉぉぉぉ!!離れろぉ!」

 

ベタモンもなんとか群がるゴブリモンを排除しようとしていたが、鐘山とゴブリモンが密着し過ぎていて電撃が使えない。

 

それでも鐘山は背中にとりついたゴブリモンの襟を掴み、背負い投げの要領で投げ飛ばした。だが、次の瞬間には腰にくっついていたゴブリモンがすぐさま背中へと這い上がってくる。

 

そんな鐘山へと太河が駆け寄った。

 

「鐘山君!動かないで!」

 

それに鐘山は素早く応じた。太河に向けて背中を向け、頭を庇いながら身を丸める。その体勢のおかげで背中に取り付いていたゴブリモンが狙い易い。

太河は狙いやすくなった背中のゴブリモンに今までの人生で最高の上段後ろ回し蹴りを叩き込んだ。完全に相手の芯を捉えた蹴りがゴブリモンの腹にめり込んだ。ゴブリモンの口から空気が抜けるような音と共に体液が溢れでる。太河は足を振り抜き、ゴブリモンを蹴り飛ばした。

 

そして、そんな太河と呼応するようにアグモンが最後に残っているゴブリモンへと滑り込んだ。

 

「『シャープクロー』!」

 

アグモンが鋭い爪で足にくっついていたゴブリモンを排除する。

ようやく身動きが取れるようになった鐘山はわずかに涙を滲ませながら太河を振り返った。

 

「る、瑠々川君……助かったよ」

「お礼はいい!次が来る!気を引き締めろ!」

「う、うん!」

 

鐘山は手の甲で目を擦り、拳を握った。

もう相手がデジモンだなんだと言ってられなかった。人間も戦わなければ生き残れない。

鐘山は大きいだけで頼りない自分の拳を目線の高さまで持ち上げる。

 

「喧嘩なんて……ほとんどしたことないけど……」

 

不安が胸に溢れる。だけど、今の鐘山には頼もしい『パートナー』がいる。

ベタモンが今度こそ鐘山に手を出させまいと、全身に電気を張り巡らせていた。

 

「大丈夫だよ、善久!僕がついてる」

「うん」

 

鐘山は眠り姫となっているロバートを背にしてゴブリモンの集団へと拳を繰り出した。

 

太河は戦いながら周囲を見渡し、状況を整理しようと頭を走らせる。

シャオと渚沙は孤立させられているが、シャオが上手く立ち回ってなんとか攻撃を捌き続けている。

鐘山はベタモンの広範囲攻撃と本人の膂力もあってなんとかロバートを守りつつ戦えている。

 

やはり優先順位が高いのはパートナーが進化していない女子2人の方だった。

 

太河は士ノ道達の援護へと走る。

 

彼女達を守るために死角を潰し、棍棒を受けとめる。

 

だが、さすがに多勢に無勢。

しかも、太河は今日の昼からろくに休憩らしい休憩もとっていない。

 

太河の動きがはいつもに比べてかなり鈍い。

 

ゴブリモンの棍棒が太河の頬を掠めて切り傷を作る。熱を帯び、血が滴る頬を手の甲で乱暴にぬぐい、太河は拾った棍棒でなんとか次の一撃を受け止める。

 

「っつ!!!」

 

左手は使わないようにしているというのに、まともに攻撃を受ければ衝撃が走り抜ける。

特に手術を受けた手首の関節からは鋭い痛みが這い上がってくる。

 

それでも太河はそれらを全て押し殺してゴブリモンを押し返した。

 

「くそっ!士ノ道さん!!このままじゃ僕らも焚火から離される!合流しないと!」

「わかっている!だが……くそっ!!こいつら……」

 

士ノ道が最初に持っていた枝は既に粉砕されている。士ノ道は奪った棍棒をゴブリモンへと振り下ろしていた。

 

数で圧倒的劣勢にある子供達。

 

彼らの頬をゴブリモンの放つ火炎が何度も掠め、腕に棍棒を受けて痣をこしらえる。暗闇の中に汗とも血ともわからぬ水滴が飛び散っていく。

 

そんな中で必死にワニャモンがロバートに突撃を繰り返す。

 

「ロバート!起きろ!起きろったら!!」

「あと五分寝かせろ……まったく、うるさいんだから」

「ロバートったらぁぁあ!!」

「ああぁ!うるさいうるさいうるさい!僕はまだ寝たいんだ!!!」

 

ロバートは周囲のことなどまるで見ようとせずに耳を塞いで丸まった。

そんな彼を守る鐘山にはロバートを叩き起こす余裕などない。

 

子供達は自分のパートナー達に声をかけながら、五感を研ぎ澄ませ、ゴブリモンに立ち向かっていく。

 

だが、この場で戦えずにいる者はロバートだけではなかった。

 

薬師寺 真莉愛が焚火の傍で自分の両腕を抱えて震えていた。

 

「なんですの……なんですのよ……」

 

薬師寺は怯えていた。

 

平和な日本では夜道を歩いていてもそうそう犯罪に巻き込まれることなどない。町には街灯が煌き、夜でさえ闇は消え去る。どんな暗闇でもボタン1つで蛍光灯の明るい光に照らされ、電話一つで頼りになる大人達がやってきてくれる。

 

それが今は目の前には一寸先は真の暗闇が広がる森の中。

迫りくる暴力に加減や慈悲など欠片も存在しない。

 

薬師寺は幼子が母にすり寄るかのように、強い光を放つ炎の方へと近づいてしまった。

 

それはたかが数歩の距離。

 

だが、そのわずかな距離でさえこの状況下ではあまりに致命的な隙になりうるのだ。

 

そのことに士ノ道がいち早く気づいた。

 

「薬師寺様!」

 

士ノ道が薬師寺を守る位置へと素早く後退する。それは、士ノ道の首に巻き付いていたキョキョモンも一緒に下がるということに他ならない。

 

結果、反応できなかった太河が1人前線に取り残される形になる。

 

「ちょっ!士ノ道さん!!いきなりそんな!!ああっ、もう!!」

 

今まで士ノ道に任せていた側面が完全に死角となれば、それを見逃すゴブリモンではない。浮いたコマから狙っていくのは戦術の基本だ。太河はすぐさまゴブリモンに取り囲まれてしまった。

太河とアグモンに攻撃が集中する。

 

「わわわわっ!こっちからも来た~」

「アグモン!背中を合わせるよ!」

「う、うん!」

 

アグモンに背中を預け、太河は目の前を睨みつける。

その様子を士ノ道は視界の端でとらえていた。だが、彼女は動かない。

 

「真央殿!」

「なんだ!?今は雑談をしている暇はないぞ!!」

「だが!太河殿とアグモン殿が……」

 

キョキョモンは士ノ道へと迫る攻撃をその身体を盾にして防ぎながら尻尾で太河達を示す。太河達を囲むゴブリモン集団は彼を袋叩きにする構えだ。それがわかっていながらも、やはり士ノ道はその場から動こうとはしなかった。

 

士ノ道は飛びかかってきたゴブリモンを棍棒で叩き伏せる。彼女が握る棍棒が震えてた。

 

「キョキョモン……前にも言っただろう」

 

士ノ道は棍棒を構える。

 

「私は……私は……薬師寺様を守る盾なのだ!」

「だが……」

「キョキョモン!私は『士ノ道』なのだ!『薬師寺』様を御守りするのが私の役目なのだ!」

 

大声でそう宣言した士ノ道。

 

そんな彼女の背中に庇われている薬師寺。

焚火の強い光を背負った彼女には河原の様子が全て見えていた。

 

自分が怯えてわずかに足を下げたことが士ノ道を動かし、陣形を崩し、太河をピンチに陥らせた。

薬師寺にはそれがわかってしまう。ずっと人の上に立っていた薬師寺には自分の行動が何を引き起こしたのかが理解できてしまう。

 

「ちがい……ますわ……私のせいでは……違いますわ……私は……失敗などしていません……今のは……ただ……ただ……身を守りやすい位置に移動しただけで」

「真莉愛!後ろよ!!」

 

バドモンが尻尾を立てて叫ぶ。

 

「えっ……」

 

安全と思い、背にしていた川の方向。

 

だが、この暗闇では浅い川であろうともそこは立派な死角であった。

その、水中からゴブリモンが飛びあがったのだ。

水滴をまき散らしながら棍棒を振りかぶるゴブリモン。

 

それは薬師寺の目前まで迫っていた。

 

まさか、水の中から近づいてくるとは誰もが思っていない。

心の死角をついてきた敵。

 

皆の対応が遅れる。

 

「真莉愛!!」

 

バドモンの棘は間に合わない。

 

「薬師寺様!!」

 

士ノ道が気づいた時にはもう手遅れだった。

 

「いやぁああああああ!」

 

薬師寺は目前に迫る恐怖に目を閉じ、しゃがみこんでしまった。

瞼の裏に隠れた視界。完全な暗闇の中、薬師寺は訪れるであろう痛みに怯えて身を固くする。

目を閉じ、耳を塞ぎ、子供のように丸まって何もかもが夢であってくれと願う。

 

普段どんなに強気に振る舞っていようと、彼女はまだ14歳の少女なのだ。

 

いざ目の前に理不尽が付きつけられた時、抗う勇気など持ち合わせてはいない。

 

縮こまった薬師寺を前にゴブリモンは勝利を確信する。

この棍棒で彼女の頭を打ち据える感触を想像し、ゴブリモンは卑しい笑みを浮かべた。

 

だが、この乱戦の中でただ一人、このゴブリモンの狙いを完璧に看破していた者がいた。

 

「やっぱりね……」

 

瑠々川 太河だった。

 

太河は周囲のゴブリモンをさばきながら、水中から飛び上がっていたゴブリモンの姿を捉えていた。

 

だが、今の太河は周囲を敵に囲まれ、助けに行くことはできない。

そんな彼が彼女を助ける方法はただ一つ。

 

太河は自分の持っていた棍棒を振りかぶり、吠えた。

 

「おらぁああああああ!」

 

自分の手の中にある唯一の武器。それを太河は全力で投擲した。

その動きにアグモンが呼応する。

 

「『ベビーフレイム』」

 

太河が投げた棍棒にアグモンが火球をぶつかり、猛烈な勢いで加速がかかる。

 

夜闇を切り裂いて燃え盛る棍棒が飛ぶ。

それは、薬師寺に殴り掛かろうとしているゴブリモンの顔面へと突き刺さった。

 

「ほぎゃぁあ!」

 

吹き飛ばされたゴブリモンは盛大に吹き飛び、再び川の中へと叩き込まれる。

派手な水柱が焚火のオレンジ色の光を反射して煌いた。

 

「え……」

 

しゃがみこんでいた薬師寺が顔をあげる。

 

「ばかな……」

 

士ノ道が太河へと視線を向けた。

 

彼の手にはもう棍棒はない。その隣にいるアグモンは『ベビーフレイム』を放つために開いた口を閉じたところだった。

 

そんな、彼等の背後を守る者は誰もいない。

 

太河の顔が舞い散る火の粉に照らされて夜の中に浮かび上がる。

その時、薬師寺と士ノ道は彼が「よかった」と呟いたのを確かに聞いたのだった。

 

そして、その直後、太河とアグモンの背後からゴブリモンが殴り掛かった。

彼らは後頭部や背中を痛打され、何体ものゴブリモンに足蹴にされ、ゴブリモンの足元へと沈み込んだ

馬乗りになられながらも太河達はなんとか抵抗を試みる。

 

「くそっ!このぉおお!どけっ、このっ!」

 

太河が無茶苦茶に拳を振るう。

 

「うりゃうりゃうりゃ!!」

 

アグモンも出鱈目に両腕の爪を振り回す。

 

ゴブリモン達はそんな2人を容赦なく殴りつけ続ける。

彼等は太河達を取り囲み、次々と棍棒が振り下ろす。

 

その光景を見ているしかできない士ノ道。

 

「なんで……なんで……こんな」

 

彼女は奥歯が折れんばかりに歯を食いしばっていた。

 

「また私は……薬師寺様を守れないばかりか……また、誰かに……」

 

士ノ道 真央

 

彼女は『士ノ道』という氏のもとに産まれた。『薬師寺』を守ることが役目と教わってきた。

 

それが、古くより連綿と続いてきた彼女の背負う使命であった。

 

だが、彼女は自分が何もできていないことを知っていた。

 

スナイモンを前にして腰を抜かし、今もまた薬師寺を守れずにこうして誰かに犠牲を強いている。

 

「くそっ!くそぉおおおおお!!」

 

そして、何よりも憎いのはこんな状況でさえ、動き出すことのできない自分の両足だった。

『士ノ道』という自らの(うじ)と『薬師寺』という後ろにいる少女の(うじ)

その二つがある限り、彼女はここから動けない。

 

士ノ道の心を縛る鎖が彼女の心臓の熱を吸い取り、冷徹なまでの決断を強いる。

 

「真央殿!!アグモン殿と瑠々川殿を守らねば!!」

 

キョキョモンの言葉も耳を通り抜けて、彼女の頭の中に残らない。

 

「真央殿!!」

 

耳元で叫ぶキョキョモン。鉄の縄が食い込むような痛みが胸の奥に広がっていた。

 

「私は……」

 

それでも士ノ道は動かない。

 

「真央殿!」

 

キョキョモンの声に士ノ道は応じない。『士ノ道』は『薬師寺』の前から離れてはならないのだ。

 

 

そんな葛藤の中にいる士ノ道の後ろで薬師寺にバドモンが駆け寄っていた。

 

「真莉愛!怪我はない!?」

「えっ……ええ……」

「よかった!なら、はやくアグモン達を助けないと!!」

「……え!?」

「ほら!はやく!はやくしないと!アグモン達が危ないんだから!」

「で、でも……」

「真莉愛!!急いで!」

「だめですわ!!」

 

薬師寺がその場に尻もちをつく。彼女は震える身体を両手で掴み、目を閉じる。

 

「わたくしは……何もしておりませんわ!あれは、勝手に瑠々川さんがやったことですわ!わたくしは失敗などしておりません!」

「真莉愛!何を言ってるの!?そんな……そんなこと言ってる場合じゃないんだって!!」

「わたくしは……もう動きません!動けば……また……また、失敗するかもしれません!そんなこと……わたくしはしてはならないのです!!」

「だから今アグモン達がピンチなんだよ!」

「いやですわ!!」

 

彼女の頭はもう正常に機能していない。

 

どういった行動が正しくて、何が間違っているのかがもうわからないのだ。

 

今まで規律の上に立っていた。秩序のレールにずっと乗ってきた。

だからこそ堂々と歩いていられた。行く先のわからぬ荒野を1人歩いて行ける程に彼女は強くなかった。

 

動くことができない女子2人。

 

太河は腕で顔を庇いながら、足を振り回した。身体を起こそうと地面を蹴り、近寄ろうとするゴブリモンを蹴飛ばし、なんとかこの場から抜け出そうとする。

全力で暴れる人間を抑えるのには最低でも3人以上の人手がいるとされている。それほどに本気で暴れる人間の力は馬鹿にできない。それはゴブリモン達を手こずらせるには十分だった。

 

「このぉお!かかってこい!」

「ガオォオオオオオ!」

 

組み伏せられながらも時間を稼ぐ太河とアグモン。

それを見ながら、キョキョモンは意を決したように目を見開いた。

 

「……真央殿……」

 

キョキョモンがするりと士ノ道の首をすり抜けた

 

「キョキョモン!」

 

キョキョモンは士ノ道に背を向けたまま口を開いた。

 

「真央殿……真央殿は何をしたいのだ?」

「私は薬師寺様を……」

「アグモン殿達を助けたくはないのか!!」

 

キョキョモンの鋭い声。士ノ道がより一層強く歯を食いしばる。奥歯がギリギリと音を立て、歯の隙間から彼女の内に煮えたぎる感情がこぼれだす。

 

「そんなこと……そんなこと……」

 

手に持った棍棒が怒りに震えていた。自分への怒りに震えていた。

 

「助けたいに決まっているだろ!!!私のミスなんだぞ!私の……」

「なら……」

「だけど!それは出来ないんだ!私は……私は……『士ノ道』なのだ!」

 

『士ノ道』という(うじ)に定められた『使命』。

それを抱える彼女は『薬師寺』の側を離れるわけにはいかなかった。

 

葛藤の中で苦しむ士ノ道。身を引き裂かれんばかりの痛みを堪えているかのような彼女の顔を見て、キョキョモンは小さく頷く。

 

「そうか……ならば……」

 

どこからか飛んできた火球がキョキョモンその横顔を照らした。

キョキョモンはその光の中で不敵に微笑んでいた。

 

「拙者に任せろ!拙者は真央殿の『パートナー』なのだから!!」

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

キョキョモン達の後ろでバドモンが薬師寺の足元に寄り添っていた。

 

「真莉愛……」

「……わたくしは……わたくしは……どうしたらいいのです」

 

薬師寺は今にも泣き出しそうな顔をして膝を抱え、目を閉じていた。

現実から目を背ける薬師寺。バドモンはそんな彼女を見上げる。だが、薬師寺はバドモンを見ない。薬師寺は自分の殻に閉じこもり、外に目を向ける力さえ失っていた。

ここにいるのは心をボロボロにされた1人の少女。

バドモンはそんな薬師寺の痛々しい姿に自らも涙を流しそうになる。だが、バドモンは自分の目元に力を込め、薬師寺を強く睨みつけた。

 

「真莉愛!!」

 

バドモンは棘を突き出し、薬師寺の膝に突き刺した。

 

「いたっ!なにをするのですバドモン!!敵はわたくしでは……」

「真莉愛のバカ!」

「え……」

「真莉愛のバカ!なんで……なんで私を見てくれないのよ!!」

 

バドモンは全身の棘を全力で伸ばし、威嚇するように尻尾を突き上げた。

 

「私は真莉愛の『パートナー』なのよ!真莉愛にできないことがあるなら!私が力になる!私が……真莉愛の代わりに戦う!だから……だから……私を見てよ!!」

 

バドモンの目から大粒の涙が零れ落ちた。

 

「バドモン……」

「見てて真莉愛!私が……私があなたの『パートナー』なのよ!」

 

その時、薬師寺は自分のポケットの中で突如光が放たれたのを目撃した。

そして、同じ光が士ノ道とロバートのいる場所から湧き上がる。

 

 

【キョキョモン進化ーーー】

【バドモン進化ーーー】

【ワニャモン進化ーーー】

 

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