デジモンエタニティ   作:LOST

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火炎炸裂!コアグレイモン! Cパート

森の中に佇む巨影。体長3mはあろうかと思われる巨大な姿が木立の隙間から見え隠れしていた。太河がその姿に気づくのと、その巨人が左腕を振り上げたのはほぼ同時だった。

 

「みんな!!!戻れぇええええ!!!」

 

だが、彼の忠告は一歩間に合わなかった。

 

「『ダークサイドクェイク』」

 

巨人の左腕が地面に叩きつけられ、その地点から衝撃波が大地を伝って放たれた。

強力なエネルギーの波が黒い光を放ちながら子供達へと襲い掛かる。

 

太河の叫びに反応し、皆のパートナー達が間一髪のところで盾となった。だが、至近距離から浴びた攻撃の衝撃を全て殺しきれるわけがない。子供達はデジモン達と一緒に広場の中へと吹き飛ばされた。

 

衝撃波はそのまま大地を駆け抜け、太河とシャオにも迫っていた。

 

「アグモン!こっち!!」

 

太河はアグモンの手を引き、素早く大樹の裏へと回り込んだ。ほぼ同時にシャオが木の根を飛び越えて滑り込む。

 

「シャオ!待ってくれよぉおお!!うわぁあああ!!」

 

逃げ遅れたガジモンが衝撃波に吹き飛ばされて明後日の方向へと飛んでいく。

 

一拍遅れて太河達にも衝撃波が襲い掛かった。

 

大樹の幹が嵐に晒されたかのように軋み、枝葉が激しく揺れる。

だが、大地に深く根を下ろし、長い年月を経た生命力は今もなお健在だった。

大樹は見事に衝撃を受け切り、背後にいる太河とシャオの身を守りきった。

 

そこに隠れ損ねたガジモンは葉が散る広場の真ん中で目を回していた。

 

「うっ……ううう……うきゅ~」

「わりぃな、ガジモン」

 

ガジモンに怪我がないことだけを遠目に確認したシャオは視線を森の奥へと戻した。

衝撃波が放たれた茂み。そこから大きな影が姿を見せていた。

現れたのは牛の頭をした二足歩行デジモンだった。

その姿に太河は目を見開く。

 

「ミノタウルス……だって……」

 

それは伝説上の生き物だ。牛の頭に人間の身体。地下の迷宮に潜み、やってくる人間をなぶり殺しにする神話の怪物。だが、伝説と異なるのはその手に斧が握られておらず、左腕がメタリックな輝きを放つサイボーグと化していることだった。

 

「違うよ!あれはミノタルモンだよ!!」

 

アグモンが声を抑えつつそう言った。

 

「ミノタルモン?」

「うん!最近どこからかこの森に現れた奴で、いっつも暴れまわってるんだ」

 

つまり、明らかな敵意を持った相手だというわけだ。

 

他の子供達は衝撃波を受けて気を失っているのか、広場に横たわったまま動きがない。彼等を守るようにデジモン達が立ちあがろうとしていたが、その足はおぼつかず。最早戦える状態ではなかった。

 

今動けるのはアグモンだけ。

 

太河は胸の奥が締め付けられるような痛みを覚えていた。

 

それは『恐怖』

 

姿を見せたミノタルモンの巨体に対してアグモンは小さすぎる。

まるで巨人と小人だ。今までもゴリモンやスナイモンを相手に立ち回っていたが、それは他のデジモンと協力して動けたからこその辛勝であった。

 

アグモン一人にミノタルモンを相手できるとは到底思えない。

 

だけど、戦わなければみんなが危ない。

 

その時、突如広場に高らかな笑い声が響き渡った。

 

「あっはっはっはっはっはっは!!!なんだなんだお前ら!この程度でダウンしちまったのかぁ!?」

 

太河が振り返ると、ミノタルモンが横たわる子供達を見渡し、自分の左腕についた機械を自慢するかのように振り上げていた。

 

「加減したつもりだったのにな。困るじゃねぇか。聞きてぇことがあるってのによぉ?誰か喋れる輩はいねぇのか?」

 

ミノタルモンは最も近くに倒れていたロバートへと目を向けた。

 

「くっ……くそっ……」

 

コエモンが震える両足で何とか立ち上がり、パチンコを構えようとする。

だが、その腕に力が入らないのかパチンコを引き絞ることすらできない。

 

「邪魔だ。どきな」

「ど、どかない!!」

 

コエモンはあらん限りの力を込めてパチンコを放った。

だが、ゴムを引けた距離は普段の半分程度、威力などゼロに等しかった。

 

「あん?なんだそれは?それで攻撃してるつもりかよ」

 

ミノタルモンがロバートに向けて歩き出す。

ミノタルモンの巨体が一歩進むたびに、散った花びらが舞い上がり、大きな足跡が大地に刻まれる。

 

「来るな!!来るなぁあ!!」

 

コエモンがパチンコを放つ。だが、放たれた石礫はミノタルモンに届くことなく地に落ちる。

 

「くっ……まずい……」

 

リュウダモンがなんとか身を起こそうとする。

 

だが、こちらも立ち上がるのが精一杯でコエモンに加勢することなどできそうになかった。他のデジモン達も同様である。デジモン達は子供達を守るためにミノタルモンの攻撃の直撃を受けたのだ。そう簡単に動くことができるわけがなかった。

 

その中でもコエモンが立ち上がれたのは自分のパートナーへとミノタルモンが歩いてきたからに他ならない。

 

パートナーの為なら戦える。パートナーの為なら力を振り絞ることができる。

その気力がコエモンに戦う力を与えていた。

だが、それでコエモンが身に受けたダメージを消せるわけではなかった。

 

「ったく、邪魔くせぇんだよ!!」

 

ミノタルモンが足を振り上げた。コエモンをその巨大な足で踏みつぶすつもりだ。

だが、コエモンはその場から一歩も引くつもりはなかった。

コエモンは腹に力を込め、もう一度パチンコを引き絞った。

 

その時だった。

 

「アグモン!!今だ!!」

「うん!」

 

鋭い声が響いた。直後、アグモンが放たれた矢のような勢いで広場を走り抜けた。

前傾姿勢で突進するアグモン。その姿はまさに狩猟を行う肉食恐竜の姿を彷彿とさせた。

アグモンは一気に接近し、ミノタルモンの軸足へと体当たりをぶちかました。

 

「ぬおっ!!」

 

バランスを崩したミノタルモンの顔面にアグモンは狙いを定める。

 

「『ベビーフレイム』!!」

 

直撃したと思われる爆発。火の粉が飛び散り、煙があがる。

 

「……やった?」

「アグモン!油断しちゃだめだ!」

 

太河の指摘通り、黒煙の下から余裕の笑みを浮かべたミノタルモンが現れた。

 

「っと、あぶねぇあぶねぇ……」

 

ミノタルモンは機械化した左腕で煙を払いのける。

 

ミノタルモンはその頑丈な左腕で『ベビーフレイム』の火球を受けたのだ。だが、火炎弾の直撃を受けたにもかかわらず、奴の腕には傷一つどころか焼け焦げた痕すら残っていなかった。

 

ミノタルモンはニヤリと笑ってアグモンを見下ろした。

 

「んだよ。動ける奴がいるじゃねぇか!」

「くっ……」

「で?てめぇの相方はどこにいやがる?さっき声を出した奴がいるんだろうが、ええ?」

 

太河はアグモンが注意を引いてくれている隙にシャオと一緒にガジモンの足を引っ張って木の裏へと連れ込んでいた。

 

「きゅ~……しゃ~お~」

「わりぃな、お前を引っ張り込んでる余裕なくてな。頼むからしっかりしてくれよ」

 

目を回しているガジモンの頬をぺちぺちと叩くシャオ。

ガジモンには大きな怪我はなかったが、すぐに戦える様子ではない。

 

太河はガジモンを寝かせ、再び木の裏から様子を伺う。

ミノタルモンは目の前のアグモンのことなど歯牙にもかけない様子で周囲を見渡し、太河を探していた。

 

「あいつ……僕達を探してるのか?」

 

子供を探すミノタルモン。

 

それを見た太河は目の前のデジモンが今まで襲ってきた連中と根本的に違うんじゃないかと考えていた。

 

今までの奴らは目の前に見知らぬ相手がいたから襲い掛かってきただけのように見えた。

 

だが、こいつは違う。

 

明確に僕らを狙ってきている。そして、なにより奴はデジモンと人間が『パートナー』であることを知っている。

 

「シャオ……提案が……あるんだけど」

「なんだよ?逆転の秘策でもあんのか?」

 

シャオが唇だけを歪めた笑顔で太河を見上げる。だが、その目は一切笑っておらず、太河の行動を冷静に観察しようとしていた。

 

ただ、そんなシャオの目線など今の太河には気づく余裕はない。

 

太河の頭の中では既に一つの馬鹿げた作戦が思いついていた。

だけど、できればこんなことしたくない。もっと効率的な方法があるかもしれない。だが、さっきから頭をフル回転させていても、自分の脳みそは他に改善案を提出することはできなかった。

 

太河は素早く頭の中を切り替える。

 

他に作戦が思いつかないなら、思いついている作戦を詰めるまで。

 

「シャオ……ミノタルモンが把握している頭数は向こうにいる5人と声をあげた僕だけだ。奴はここにシャオとガジモンがいることを知らないはずだ……」

「…………」

「僕が囮になってみんなからミノタルモンを引き離す。シャオはガジモンを起こして、みんなを森の中に逃がしてくれ」

 

太河はシャオにそう声をかけながら、自分の靴紐を縛りなおす。

 

「その後、お前はどうすんだよ?」

「……走って逃げるよ……まぁ……」

 

そして、太河は自分の腰に下げてあるゴーグルに触れた。

 

早鐘を打つ心臓の音を数え、それを深呼吸で無理やり静めようとしてみる。だが、そう簡単に恐怖を手懐けることなどできはしない。それでも、太河はシャオに向けて震えながら笑ってみせた。

 

「後で助けに来てくれたら嬉しいかな」

「お前ほんとお人よしだな。俺がお前ら見捨てて逃げるとか考えないのか?」

「逃げるの?シャオ」

「……はぁ……」

 

シャオは深くため息を吐きだし、首を横に振った。

 

「逃げねぇさ……だから、死ぬなよ、馬鹿野郎」

「うん、行くよ!!」

 

太河は自分の覚悟が鈍るまえに木の裏から飛び出した。

 

「僕はここだぁ!!お前!喋れる奴に用があるんだろ!!!僕はまだ喋れるぞ!」

 

ミノタルモンの目が太河に向く。

 

「た、たいが!隠れてなきゃだめだよ!!」

 

アグモンが太河に下がるように何度もジェスチャーを繰り返していた。だが、もう遅い。

ミノタルモンは太河の姿を見て、唇を大きく引き裂いて嗜虐的な笑みを浮かべていた。

 

「いい度胸だ!!そこ動くんじゃねぇぞ!」

 

ミノタルモンのだみ声が響き渡る。

それと同時にミノタルモンのプレッシャーが一気に太河に襲い掛かった。

それは太河が14年生きてきて、初めて受ける混じりっけなしの本気の悪意の塊だった。

 

ビクリと太河の身体が固まった。

 

背中から一気に冷や汗が噴き出た。

ミノタルモンの攻撃を受けてもいないのに足が震えだす。

 

「…………あ……あ」

 

頭の中に思い浮かべていた作戦があっという間に真っ白の紙に切り替わる。

 

自分が何をするつもりだったのかがわからなくなる。

どんな作戦を思い浮かべていたのかがわからなくなる。

 

「あ……あ……」

「たいが!逃げて!!」

 

アグモンが叫ぶ。

 

太河は反射的にアグモンのその言葉に従いそうになった。

 

ミノタルモンに背を向け、ここから逃げる。

 

森に逃げて姿を隠せば、ミノタルモンは僕よりも気絶してる他のみんなを優先するだろう。

 

それなら僕だけは逃げられる。

 

『逃げろ……逃げちまえ……』

 

頭の中に仄暗い色をした声が聞こえてきた。

 

『どうせどいつもこいつもよく知らねぇ奴らだ?逃げてもいいじゃねぇか?みんな気絶してて覚えちゃいねぇよ……』

 

太河が一歩後ずさる。

 

「へっ!!てめぇには聞きたいことが山ほどあるんだ!!さぁ、楽しい楽しいお喋りといこうぜぇ!!」

 

ミノタルモンがコエモンを蹴り飛ばし、太河へと足を踏み出した。

太河の息が上がる。身体が震えて歯の奥がカチカチと音を立てた。

 

『逃げろ。逃げちまえよ』

 

太河の足が更に一歩下がった。

 

その時、太河は何かを踏みしめた感触を味わった。

 

太河が振り返ると、足の下にボロボロの慶風学園の学生鞄が置かれていた。

シャオが逃げる時に放り投げたのだろう。鞄の中から汚れた雨水が噴き出していた。

 

「あ…………」

 

それを見て、太河の思考がリセットされる。

 

太河は今自分が何をしようとしていたのかを自覚する。

 

逃げる。

 

馬鹿げた話だった。

僕はアグモンに言ったじゃないか。

 

『僕らは協力しないといけない。『仲間』にならないといけないんだ』

 

ここで彼等を見捨てたら、僕は一生みんなの『仲間』になんかなれやしない。

 

それに、彼女なら……

 

『織原 ミカ』ならこんな時にどうする?

 

決まっている。

 

あいつなら、きっと腹の据わった仁王立ちで啖呵の一つでも切ってみせる。

 

僕はそんな男らしすぎる背中が好きだったんだ。

 

「たいが!早く!あいつは僕がひきつける!」

 

アグモンが太河の前へと滑り込んだ。

そんなアグモンの背中の向こう側に、彼女の面影が見え隠れしていた。

 

太河はもう一度腰のゴーグルに触れた。太河の目から怯えの色が消える。

そして、太河は後ろに下げていた足で力強く大地を蹴飛ばした。

 

「アグモン!!戦うぞ!!」

「え……えぇっ!?」

 

そして、太河は横に向けて走り出した。

アグモンもそれに従うように動く

 

「なんだよ、逃げる気か?」

「んなわけないだろ!!」

 

太河は広場を横断し、森の一歩手前でミノタルモンを振り返った。

 

「僕から何か聞きたいんだろ!こっちに来いよ!それとも、戦いに巻き込んでそこにいる僕の仲間を殺したいのか!?」

「へぇ?囮ってわけか?随分と仲間想いじゃねぇか」

「…………」

 

やっぱり、太河が囮であるということはバレバレのようだった。

だが、今更作戦変更はできない。太河はミノタルモンの次の行動を固唾を飲んで待つしかなかった。

 

ミノタルモンはゆっくりと横たわる子供達を見下ろす。

 

気を失っている子供達。

ミノタルモンは彼等には『まだ』死んでもらっては困るのだ。

彼等には聞きたいことがある。

 

ミノタルモンはこれからの行動を考える。

 

気を失っているこいつらに話を聞くならどうしたらいいか?

 

まず、この子供達をどこかに連れ去って監禁し、気が付くまで待って、それから生かさず殺さずに拷問しながら話を聞く。

 

「……面倒くせぇな……」

 

そして、ミノタルモンは太河の方へと目を向けた。

 

「そこに、活きのいい獲物がるんだ。てめぇでいいや!!」

 

ミノタルモンが太河に向かって歩き出す。

 

「小僧、てめぇ囮のつもりなんだろうが、バカだな!囮ってのは別の誰かを活かすためにやるもんだ。てめぇしかいねぇこの状況で、どうやってお仲間を助けるつもりなんだ?ええ?」

「なんのことかな?僕は囮じゃない!それに、やることは決まってるだろ!!」

 

太河は視界の端でシャオがガジモンをなんとか立たせているのを見ていた。

一瞬、シャオも自分と同じように逃げ出す衝動にかられるんじゃないかという不安が胸を掠めたが、そんなことを考えても仕方がない。

 

シャオが逃げたらその時は『プランB』を決行するだけだ。

 

『プランB』

 

すなわち……

 

「お前をぶっ倒して!皆を助ける!!!」

 

太河は握り拳を固め、アグモンが爪を構える。

こんな巨人を相手に喧嘩なんかしたことはない。

 

だが、今はアグモンが一緒なのだ。

 

「アグモン!牽制してくれ」

「わかった!『ベビーフレイム』」

 

火球がミノタルモンの顔面に向けて飛ぶ。

 

「そいつは効かねぇぜ!!」

 

ミノタルモンは機械の左腕を顔の前に構えて防ぐ。アグモンの放つ攻撃はミノタルモンの武器に傷一つ与えることができない。ミノタルモンは顔をガードしながら突進を開始した。その歩幅は一歩踏み出すごとに加速し、速足から駆け足に、そして全力疾走へと至った。

ミノタルモンが大地を踏みしめるたびに地面に降り積もった枯葉が舞い上がった。

 

「オラオラオラオラァ!」

「アグモン!撃ち続けろ!!」

「うん!!『ベビーフレイム!』『ベビーフレイム!』」

 

アグモンは何度も火球を放つ。だが、それはミノタルモンの左腕で全て防がれ、火の粉すら頬を掠めない。

 

「こんなヘナチョコの炎でこのミノタルモン様がやられるかよぉおお!!」

 

がなり立てながら突進を続けるミノタルモン。

太河とミノタルモンの距離は残り10メートル足らずだった。

 

「アグモン!!特大の一発だ!ぶちかませぇ!」

「わかったぁ!!『ベビー……フレイム!!』」

「無駄だって言ってんだよぅ!!」

 

ミノタルモンは一際大きな火球を豪快に左腕で振り払った。

爆炎が起こり、陽炎が世界を歪ませる。ミノタルモンは頭の二本の黒い❘角《つの》で巻き上がった黒煙を振り払う。

 

「そこだ!!」

 

その黒煙の中から太河とアグモンが飛び出した。2人はベビーフレイムの発射直後からミノタルモンに向けて突進していたのだ。

 

「なめんなぁ!!」

 

2人の突進に対して真っ向勝負の構えをみせるミノタルモン。

ミノタルモンは肩を突き出し、ショルダータックルの姿勢をとって突撃してくる。

 

「おおおおおおおお!!」

「おりゃぁああああ!!」

 

気合の裂帛を放つ太河とアグモン。

ミノタルモンは突進の勢いそのままにサイボーグ化された左腕を振りかぶった。太河達を薙ぎ払うように振りぬかれる機械腕。

 

巨大な腕が太河達へと襲い掛かる。

 

だが、太河の目には怯えはない。

 

二人の狙いはただ一点。

 

二人は真正面から激突する寸前に、一気に姿勢を落とした。

足からスライディングをして、ミノタルモンの足元に滑り込む。

 

「なにっ!?」

「せぇっのっ!!!」

 

太河の掛け声を合図にアグモンと太河は全霊を込めてミノタルモンの片足に突っ込んだ。

それはミノタルモンが蹴りだした直後の足。二足歩行の生き物がもっとも苦手とする足首への攻撃だった。

 

「おわぁあああああ!!」

 

体格差がいくらあれど、踏み出そうとした足を止められれば二足歩行の生き物は必ず転ぶ。

ミノタルモンは突進の勢いのまま前に転がり、そのまま森の中へと突っ込んでいった。

 

木がへし折れるメリメリという音と共に、数本の樹木が吹き飛ぶ。

ミノタルモンがこの程度で気絶するとは思えなかったが、無傷で済むはずがなかった。

 

だが、太河とアグモンの方も無事というわけではなかった。

 

実質、ミノタルモンに蹴りとばされたようなものだった。太河の脇腹には鈍い痛みが残っていた。

 

だが、骨が折れているような痛みはない。

 

まだ動ける。

 

「シャオは!?」

 

太河は急いで上体を起こして振り返った。

 

そこではシャオとガジモンが他の皆を起こし、デジモン達と協力して彼等を森の奥へと引っ張り込んでいた。

既に鐘山や士ノ道も意識を取り戻し、皆を運んで木陰の中に連れ込んでいる。

 

「……シャオ……ありがと……」

 

太河の声はシャオには届かないだろうけど、太河は口に出さずにはいられなかった。

 

「たいが!ミノタルモンが!」

「ああ!わかってるよ!!」

 

太河も度重なる経験でデジモンのタフさは理解している。

この程度でミノタルモンが伸びてしまうとは思っていなかった。

 

「てめぇぇぇえええ!よくもやりやがったなぁあ!!」

 

森の中から再び現れたミノタルモンは蒸気機関車のように鼻から白い蒸気を噴出し、目を真っ赤に血走らせていた。

 

完全に怒らせてしまったらしい。

だが、そのおかげでミノタルモンの視線を自分に釘付けにできるのなら安いものであった。囮としての仕事は十分こなした。

だが、問題はこれからであった。

 

「もう勘弁しねぇ!半殺し程度で捕まえてやろうと思ったが!口がきけりゃぁ何でもいいやぁ!!」

 

ミノタルモンの左腕についたマシンが激しく稼働する。火花が散り、ピストンが擦れる音が激しさを増す。ミノタルモンは体内の熱量を吐きだすかのように鼻息荒く唸り声をあげる。

 

「さて……アグモン、どうしよっか?」

「えぇっ?考えてないの!?」

「そんなこと考えられるぐらい頭がよかったら今頃こんな苦労はしていないって!」

 

太河は顔を引きつらせながら、ミノタルモンから距離を取ろうとする。

 

「くらいやがれ!」

 

ミノタルモンの左腕が振り上げられる。

その動きを太河は知っていた。

 

「やばっ……」

「『ダークサイドクェイク!!』」

 

左腕のマシンが大地に打ち下ろされる。

そこから大地を伝って黒い光を放つ衝撃波が放射状に放たれた。

 

「たいが!下がって!!」

 

アグモンが咄嗟に前に出る。

だが、太河はその声に従わなかった。

 

「うおおおおおおおおおおおおお!!」

 

太河はアグモンの後ろから飛び出した。

 

太河は大地を踏みしめ、腰を据えて両腕を身体の前に構える。そして、太河はその身で衝撃波を受け止めた。

足から沸き起こる黒い衝撃。真正面からトラックを受け止めたかのような痛みが全身に走り抜けた。

強烈な光が頬を焼き、腕を切り裂く。衝撃波に煽られ、自分の両足が大地から浮き上がった。太河は血飛沫を散らせながら、風に煽られた傘のように広場を転がり、そして動かなくなった。

 

「たいが!!!」

 

同じく衝撃波を受けたアグモンが膝をつきながら叫ぶ。

そして、アグモンは太河が何をしようとしていたのかを悟った。

 

「たいが……みんなを守るために……」

 

太河が飛び出した場所の後方。

そこには最初に襲われ、今も気を失ったままの子供達が倒れている場所だった。

太河は大地を這う衝撃波から少しでも皆を守るために自ら盾となったのだった。

 

「ふん、泣かせるじゃねぇか?ええ?そんなにそいつらが大事かよ」

 

ミノタルモンが太河に向けて一歩ずつ近づいて来る。

 

地面に横たわったままの太河はそれを大地から伝わる振動で感じ取っていた。

 

動かなきゃいけない。

 

そう思うものの、身体は動かない。全身に襲い掛かる痛みが痺れとなって筋肉の動きを封じていた。今の太河は飛びそうになる意識を歯を食いしばって腹の奥に押しとどめるだけで精一杯だった。

 

視界の隅にミノタルモンの太い足が映る。もう、残り数メートルもなかった。

 

太河は震える腕でなんとか身体を起こそうとする。

だが、いくらやせ我慢をしようとも全身に走る激痛と倦怠感が立ち上がる気力を根こそぎ奪っていってしまっていた。

 

「くそっ……うっ……ぉぇっ!!」

 

こみ上げてきた吐き気をこらえきれず、胃の中をぶちまける。

せっかく食べた昼飯が消化しきる前に排出されてしまった。

 

太河は酸味を帯びた唾液を手の甲でぬぐう。

涙で滲む視界に影が差した。

見上げればすぐ目の前にミノタルモンの巨体があった。

ミノタルモンは右手を伸ばし、太河の身体を無造作に掴みあげた。

 

「くそ……くそっ……」

「や、やめろ!たいがを離せ!!」

 

アグモンが傷だらけの身体でミノタルモンに飛びかかる。

 

「邪魔だチビ!」

 

だが、ミノタルモンは左腕でアグモンを素早く払いのけた。

鋼鉄の殴打を受け、アグモンが地面に叩きつけられた。

 

その衝撃で花びらがパッと舞い上がる。

 

「アグモン!アグモン!この……こいつ!放せよ!!」

 

太河は無理やり足を動かして暴れる。

 

「こいつ!大人しくしろ!!」

 

ミノタルモンが太河を掴んだ右手に力を込めた。

 

「うぁぁっぁっっぁぁあぁぁ!!」

 

目の奥に星が飛んだ。全身の骨が悲鳴をあげていた。

特に以前怪我した左腕への圧力が致命的だった。

左腕全体にハンマーで殴られたかのような鋭い痛みが走り、これまでとは比べ物にならない程の激痛がその身に走り抜けた。

 

「あぁぁっぁぁあぁぁっぁあ!」

「おっと、強くしすぎたか」

 

太河の身体を締め付けていたミノタルモンの手が緩む。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

酸欠と全身の痛みで意識が飛びそうだ。心臓が痛い程に高鳴っていた。息も絶え絶えで視界が霞んでいた。

そんな太河にミノタルモンは強く声をかけた。

 

「質問だ、選ばれし子供よ!貴様らを呼んだ奴はどこにいる」

「え、選ばれし……子供?」

「答えろ!貴様らを呼んだ奴はどこだ!」

「僕達は……呼ばれた?」

「答えろ!!」

「うぅうぅぅぅっ!!」

 

再び締め付けられる。

先程と比べればまだ弱いものの、恐怖を感じるには十分だった。

 

『ここで正直に答えないと、握り潰される』

 

脳裏に刻まれた激痛が太河の心を蝕んでいった。

 

答えなきゃ殺される。

 

だが、問題はその答えを太河が知らないことだった。

 

「し、知らない……」

「答えろ!!」

「うぅぅぁぁっぁぁ!!知らないものは知らない!僕は……知らない!!」

「この強情者がぁぁ!」

「あぁぉぁっぁぁっあぁぁあ!」

 

太河の苦痛に喘ぐ声が広場に響く。

 

「……たい……が……」

 

地面に叩きつけられたアグモンが顔をあげようとする。

だが、その腕は震え、一歩も踏み出す体力すら残されていない。

 

ミノタルモンは太河を掴んだ腕を自分の目線まで持ち上げた。

 

「ああぁっ……うあぁっ……」

「喋る気はねぇらしいな」

「だから……知らないって……言ってるだろ……」

「まだ白を切るか。いいだろ……それじゃあ、こういうのはどうだ?」

 

そして、ミノタルモンは太河の顔の傍で自分の左腕を起動させた。

 

「お前は随分とあそこにいる連中が大事らしいな……だったら、あいつらを痛めつければ少しは喋りたくなるんじゃねぇのか?」

「なっ……」

 

耳元で鳴り響く機械の不協和音。

そこから放たれる衝撃波の威力を太河は身をもって知っていた。

 

「や、やめろ!!そんなことをしても!知らないものは知らないんだ!頼むから信じてくれよ!僕らは何も知らないんだって!」

「そうかい?なら……仕方ねぇ!!」

 

ミノタルモンが左腕を再び振り上げた。

 

「やめろ!やめろ!!やめてくれぇええええ!!!」

 

太河の声が機械の駆動音にかき消されていく。

 

ミノタルモンが狙っているのは太河にとっては関係の薄い相手ばかりだ。

 

出会ってまだ一か月。友達とまで呼んでもよさそうな人もシャオと渚沙の2人ぐらいだ。

だけど、だからといって目の前で傷つけられることを許せるはずがなかった。

 

太河はこの腕から抜け出そうとその場で暴れる。

だが、ミノタルモンの頑強な肉体はびくともしない。

 

「このっ!このっ!このぉぉっ!!」

 

足を振り回せども、ミノタルモンの皮膚を軽く打つだけで何の効果もない。

 

「喋る気になったか?」

「だから知らないって言ってんだろぉ!!」

「じゃあ、そういうことで!!」

「やめろぉおおおおおお!!」

 

ミノタルモンを止める方法はない。みんなを助ける手だてはない。

 

左腕が酷く痛んだ。それは腕を『あいつら』に壊された時と同じぐらいの痛みだった。

痛みに霞む視界の中、ミノタルモンの左腕が振り下ろされようとしている。

その姿が金属バットを振り下ろす『あいつら』の姿に被る。

 

まただ……まただ……

 

太河の左腕が一際強い悲鳴をあげた。

その痛みが現実の痛みなのか過去の幻痛なのかすら最早わからない。

一つわかっていることは、自分がまた無力なガキでしかないという事実を叩きつけられていることだった。

 

また僕は守れない……誰も守れない……

 

僕だけじゃ……どうにもならない……

 

僕1人じゃ……

 

「……あ……もん……」

 

『たいがは1人じゃない』

 

「あぐ……もん……」

 

『僕はたいがの『パートナー』なんだ。だから、たいがは1人じゃない。1人じゃないから、なんだってできるよ』

 

「みんなを……みんなを助けてくれ……あぐもぉおおおおおおおん!!!」

 

その時だった。炎の渦のような巨大な光が広場の中に沸き上がった。

 

【アグモン……進化ーーーーーーー】

 

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