デジモンエタニティ   作:LOST

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プロローグ Bパート

渚沙は生徒用の昇降口で靴を履き替え、廊下を進んでいく。

太河はそれに従って歩きながら、学校の内装をキョロキョロと見渡していた。

 

「……瑠々川さんはどこから来たの?」

「静岡。とはいえ、他にも色々と転校続きで、小学校とか3つ回ってさ」

「……へぇ……だからなまってない」

「まぁね……それでさ。こっちだけ苗字で呼ばれるのもなんか違和感あるし、太河って呼んでくれていいよ」

「……わかった……」

 

なんでもない世間話をしながら廊下を歩く。職員室に向かう廊下に人通りは少なく、妙な静けさに包まれていた。

そんな廊下に不意に高慢な声が響き渡った。

 

「やりなおしだ!」

 

角を曲がった瞬間、太河の目の前を体育で使うシューズが飛んでいった。そのシューズは直線の軌道を描き、壁際にいた男子にぶつかる。けっこうなスピードでぶつかったのか、シューズはその男子生徒の体から大きく跳ね返り、廊下を転がった。

 

「僕の目を節穴だと思うなよ。靴底にまだ小さな汚れがあるじゃないか」

 

やや声音の高い男子の声。シューズを投げたのは金髪の男子だった。染めているような色合いではない。それに、彼の顔立ちはどこか日本人離れしていた。

彼は金髪の前髪をかきあげ、コバルトブルーの瞳で相手を見下していた。

傲慢な態度の男子。その周りには彼を取り巻く数人の生徒がいた。

 

彼らは下卑た笑いを浮かべながら壁際の男子を囲んでいた。

 

「……すみません」

 

小さな声で謝るその男子生徒。体格のがっしりした背の高い男子だ。だが、その体の大きさに反して彼の声音は随分と弱々しい。そんな彼に向けて次々とシューズが投げつけられる

 

「俺のもやり直しだ!きっちり磨いとけよ!」

「俺のもよろしくな!」

 

シューズがいくつも跳ね返って、廊下に散らばっていく。

だが、壁際の男子は抵抗のそぶりすら見せない。

 

「今度はもっとちゃんと磨けよ!!」

「ふん、田舎育ちの奴はやることがいい加減で困るよ」

 

太河はそんな光景を睨みつけながらも、わずかに廊下から身を引いた。

 

こういった行為は嫌いだ。

 

転校の多かった太河にはこんな場に遭遇するのは珍しいことではなかった。

傍観者として立ち会ったこともある。介入者になったこともある。そして、被害者の立場にもなった。

 

だから太河はここに転校してきたのだ。

 

太河の左腕が疼くような鈍い痛みを放った。

 

それは骨そのものが軋むような鋭くも鈍い痛みだ。痛みは左の手首から這い上がるように肘へと向かい、神経を這って肩まで登ってくる。激痛とも呼べないが、無視できるほどに軽くもない。

 

それが目の前の光景に対する嫌悪からくる幻痛なのか、それとも『古傷』が放つ現実の痛みなのかは太河にはわからない。

 

だが、その痛みが太河の足をこの場に縫い止めていることは確かだった。

 

人間関係のゴタゴタに付き合ってもロクなことにならない。

余計なことをして、心や身体に傷を負うなんて馬鹿げている。

 

それが太河が前の学校で学んだ教訓だ。

 

太河はそう自分に言い聞かせるように左の手首を握りしめた。

 

「…………」

 

見て見ぬふりを決めこもうとする太河。

その隣にいる渚沙もその場から動こうとしない。

 

その時だった。

 

「ちょっと!!なにやってんのさ!!」

 

竹を割ったような響きの声がその場に割り込んだ。

 

その声に太河の首がほぼ反射的にそちらを向く。

 

金髪の男子に真っ向から向かっている女子が1人いた。

短い黒髪と日に焼けた褐色の肌。薄茶色の瞳が大きく目立つ小顔の彼女。タンクトップの上から薄手のパーカーを羽織り、下は裾が絞られたデザインのパンツを履いている。白い手拭やカラフルなゴム紐などで校則を違反しない範囲でのアクセサリーも身に着けてはいるが、その全てが活動的な印象にまとまっている。

 

彼女の名前は織原ミカ

 

太河にとってこの学校に唯一いる知り合いだった。

 

「ロバート、またあんたはそんなことして!いい加減にしたらどう!?だいたい、体育館シューズなんてどうせすぐ汚くなるんだから磨いたって一緒でしょ!」

「これだから、貧乏性はわかってない。男の身だしなみは靴を見ればわかるって言うだろ。僕は体育の時間でも自分を磨くのを忘れたくないだけだ」

「それって、身だしなみが行き届いているかどうかは末端である靴が評価しやすいってだけでしょ?靴から整えてどうすんのさ!?」

 

彼女は金髪男子をを睨みつけながら、仁王立ちで廊下に立っている。

面倒事に関わるつもりのない太河であったが、こればかりは看過できなかった。

 

「織原!!」

「えっ?」

 

声をかけると彼女は大きな目をパチクリとさせながらこちらを向いた。

 

「あっ!!太河!!なにやってたのさ!私、ずっと校門で待ってたんだよ!案内してあげなきゃと思ってたのに!」

「いや、それは悪かったけど。お前、なにやってんの!」

「何って………」

 

織原は太河と金髪男子を見比べ、そしてあっけらかんと言い放った。

 

「だって、ロバートがまたこういうことしてるんだもん。たまにはちょいと言ってやらないとロクな大人にならないと思うし」

「なんだとぉ!!」

 

いきり立つ金髪男子に釣られて周囲の取り巻き達も色めき立つ。

太河は頭を抱えたくなりながらも、織原の隣へとすっ飛んでいった。

 

「ったく、もう!ほんと、後先考えずに口から行動すんのホントやめなって昔から言ってるじゃん!」

「なにさ。太河だってすぐに手から行動するじゃん!」

「ミカがもうちょっと大人しくしてればそうせずに済むんだけど!!」

 

太河は次第に自分の声が大きくなっていくのを感じた。

そんな太河を金髪男子は怪訝な目で見ていた。

 

「なんだお前は?見ない顔だな?」

「あん?僕は瑠々川!瑠々川 太河!」

 

色々と言いたいことが溢れている大河の語気が自然と荒くなる。

太河は改めて目の前の金髪男子へと向き直った。

 

「今日、転校してきた2年生だ!それで?それがどうかした?」

「フン、別に。織原以外にも馬鹿な勘違いをする奴がまだいるのが気になっただけだ」

「勘違い?何のこと?」

「大方、僕らがコイツを虐めてるように見えたんだろ?」

 

金髪男子はそう言って靴を投げつけられていた男子生徒を指さす。

 

「……それが勘違いだっていうの?」

「当たり前だろ。僕らがそんな真似するかよ。僕らはただ、自分のやるべきことをやれなかった友人を今のうちに叱ってるだけさ。社会に出たら『ロクな大人になれない』だろうからな」

 

織原の言葉をそのまま繰り返す金髪男子。

 

そして、彼はせせら笑うように続けた。

 

「靴を磨きたいって言いだしたのはこいつの方なんだよ」

「なっ!」

 

太河の息が詰まる。

 

「それ、本当なのか」

 

太河は壁際の男子を振り返りながらそう尋ねた。

 

返事はなかったが、わずかに逸らされた視線が全ての答えだった。

 

「…………」

 

言葉を失う太河。

 

次の瞬間。

 

太河の肩に織原の平手が飛んできた。

 

「もう!太河!コイツの言葉に惑わされないでよ!例えそうだとしてもこんなリンチみたいな真似が許されるわけないじゃん!」

「あっ………」

 

竹を割ったように綺麗な切り口の答えに太河は我に返った。

 

「だいたいねぇ!私がその辺の事情を知らないで首突っ込むわけないでしょ!否は向こうにある!私を信用しなさい!!」

 

ドラマのヒーローが勝利宣言を突き付けるように言い放つ織原。

 

本当にコイツは昔から変わらないな……

 

太河の口からため息が漏れる。

それと同時に金髪男子の口から露骨な舌打ちが飛んできた。

 

「あぁ、コイツは本当に面倒くさい女だな」

「ありがと。褒め言葉として受け取っとく」

 

バチバチと飛び散る火花。

だが、幸いなことに緊張の糸が張り詰めたのは一瞬だった。

 

お互いの気力をそぐように、近くの職員室からゾロゾロと教師達が流れ出てきていた。

間もなくホームルームが始まる時間。教師達が動き出したことにより、金髪男子は不利を悟ったように身をひるがえした。

 

「……いくぞ。お前ら」

「あっ、待ってくださいよロバートさん」

「お前ら、命拾いしたな」

「特に織原、後でどうなるか覚悟しとけよ!」

 

典型的な三下台詞。ここまで露骨だと狙っているとしか思えなかった。

そして、それに乗っかるように織原は中指を立てて挑発の構えを取る。

 

「やれるもんならやってみろってんだ!!コノヤロウ!」

「やめろ」

 

太河は彼女の腕を降ろさせながら、大きなため息を吐きだした。

 

織原 ミカ

 

彼女とは古い友人だった。

 

自分がまだ転校を繰り返す環境にいる前の頃からの知り合い。幼稚園と小学校低学年を一緒に過ごしたが、その頃から彼女の行動はほとんど成長がないようだった。

 

昔から男勝りで妙な正義感があるもんだから、喧嘩っ早いところのあった。

特に自分の力を過信した馬鹿どもが許せないのだ。中学生になって少しは落ち着いていることを期待していたが、無駄であったようだった。

 

金髪男子連中の姿が見えなくなるまで、ブーイングを送っていた織原。

だが、彼女はその姿が見えなくなるとすぐさま次の行動を開始した。

 

「っと、あんな奴はいいの。それよりも……」

 

彼女は後ろを振り返る。

 

そこには先程、靴磨きを命じられていた体格の良い男子が大量の体育館シューズと共に取り残されていた。

彼は泣くことも怒ることもせず、困った顔を織原に向けて浮かべているだけだった。

 

「……織原さん……いつも、こんなことして……やめた方がいいよ」

「だったら、君も靴磨きなんて真似はやめたら?」

「…………」

 

返事はない。

 

織原は初めから答えなんか期待していなかったかのように、床に散らばったシューズを拾い上げる。

太河もそれに倣うように床のシューズを拾いを手伝った。

 

「で、さっきの金髪はなんなの?」

 

太河の問いに応えたのは織原であった。

 

「あいつはロバート。ロバート・アットマン。この学園の王様」

「どういうこと?」

「この学園に大金を寄付をしてる財閥の息子。アットマン社って知ってるでしょ。そこの一人息子なの。ロバートの父親がいなければこの学園は成り立たないってまで言われてるから、校長や理事長なんかよりもずっと上の存在。で、その息子はそれをかさに着てやりたい放題」

 

太河は目を細めた。まるで小説や漫画のような話だ。

だが、目の前で起きている事実には違いない。

 

「ったく、嫌な感じだ」

「残念だけど、同じクラスだよ」

「うわぁ、嫌な情報聞いちゃったよ」

「ちなみに私も太河と同じクラス」

「うわぁ、嫌な情報聞いちゃったよ」

「なんでさ!!」

 

太河と織原はシューズを全て拾い集め、それを男子生徒に渡した。

 

「はい」

「あ、ありがとう」

 

彼はオドオドとした態度でシューズを受け取った。彼の太い腕の中にシューズが抱え込まれる。

 

「いつもこんなことしてるの?」

 

そう尋ねると男子生徒は諦めたように笑いながら小さく頷き、太河の顔を物珍しそうに見つめた。

 

「えっと……君は、噂の転校生?」

「噂かどうかは知らないけど、今日初登校の瑠々川 太河。君は?」

「鐘山……鐘山 善久(よしひさ)

「そうか……よろしく……って、それじゃあ握手できないか」

「あ……ごめん」

 

鐘山の両腕は抱えられたシューズでふさがっていた。

 

太河はそのシューズを叩き落としてやりたい願望にかられた。

シューズの重さはたいしたことないが、嵩張る。一人の腕に収まりきるようようなものではない。

 

だが、そんなことをしたところで、落としたシューズを拾い上げるのは鐘山本人だ。

太河はどこかやるせない気持ちになりながら、小さく頭を下げた。

 

「ごめん。また後で、これから職員室に行かないと」

「うん、ありがとう」

「いや、僕は何もしてないよ。したのはこっち」

 

太河は半目になりながら、隣の織原を指差す。

彼女はタハハと笑いながら、「やっちゃいました」と言った。

 

「ううん……そんなことない……瑠々川くんもありがとう」

「そう、まぁ、礼だけは受け取っとくよ」

 

鐘山はそう言って疲れたような笑顔を見せ、シューズを抱えて廊下を歩いて行った。

リノリウムの床に彼の足音がやけに大きく聞こえていた。

 

そして、彼がいなくなるのを見計らっていたかのようにどこからともなく渚沙が顔をのぞかせた。

それを見て、織原が小首を傾げた。

 

「あれ、渚沙ッチじゃん。こんなとこでどうしたの?」

「……ミカちゃん……おはよ」

「うん、おはよ。じゃなくて、どうしてここに」

「……職員室はあそこ」

「うん、知ってる。じゃなくて!」

「……案内してた」

「そうそうそう!それを先に聞きたかった……って、案内?」

 

そして、渚沙は太河を指差した。

 

「……彼を……案内……それで、ここに来た」

「ああなるほど」

「……それと……ごめん……」

「え?なにが?」

「……私……見てただけだった」

「なんだ、そのことか。気にしなくていいよ。相手はロバートだもん。渚沙ッチはしょうがないよ」

「………うん」

 

2人の間に流れる意味深な沈黙。

太河はその僅かな間に小さな疎外感を感じた。

 

太河の知らない事情をほのめかすような空気。それは『太河がこの場にいるからこそ』話そうとしないような雰囲気だった。

 

だが、太河はそのことについて触れようとはしなかった。

 

隠そうとしているなら、隠してくれて構わない。

特に先程のロバートに関わる案件ならなおさらだった。

 

もう、これ以上面倒事に関わりたくはなかった。

 

さっきは織原がいたから反射的に前に出てしまったが、太河としてはもうこんなことはしたくない。

 

例え中学生同士の喧嘩でも大事なものを壊されることなどいくらでもある。

太河はもう『これ以上』何も失いたくなかった。

太河はまた疼くように痛みだした右肘を庇うように手を当てた。

 

その時、織原が何かに気づいたかのように軽く飛び上がった。

 

「って、太河!いい加減、職員室いかないと怒られない!?」

 

パッチリと開いた目が太河に向けられる。

彼女のオーバーリアクション気味の行動はいつものことだった。

 

「あっ、うん、そうだね。じゃあ、また後で」

「うん!また教室でねぇ!」

「……太河……職員室はあっち」

「うん、わかった。渚沙、最後まで案内ありがと」

「……うん」

 

太河は少し早足になりながら、その場から離れる。

その後ろから「えっ、渚沙ッチ!いつの間に太河と名前で呼び合う関係に!?私なんか、『織原』って呼ばれてんのに!」という声が聞こえてきたが、太河はあえて無視した。

 

「………今更……お前を名前で呼べるか馬鹿……」

 

小さく呟いた太河の声は足音に紛れて聞こえることはなかった。

 

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

 

教室の教壇にあがり、黒板に書かれた名前を背にして立つ。

この瞬間は何回やっても緊張する。

 

「瑠々川 太河です。よろしくお願いします」

 

クラスの中から起こる拍手を受けながら、太河は教室の中を見渡した。

 

私服だらけのカラフルな色合いの生徒達。

その中に渚沙や海原の姿を見つけ、太河は少しホッとした。

 

その他にも、『魔王の風紀委員』こと士ノ道 真央や、シューズ磨きを強制されていた鐘山 善久の顔もある。

 

そして、同じクラスの中に先程の『金髪御曹司』ことロバート・アットマンの姿も見つけた。

彼は退屈そうに座り、おざなりな拍手をしていた。自分より目立つ存在が気にくわないとでも言いたげな視線が太河に刺さる。それは転校を繰り返してきた間に何度か味わってきた視線だった。

 

太河はその視線に気づかないフリをして、その場をやり過ごす。

 

「それじゃあ、席はその列の一番後ろだ。みんな、よろしくしてやってくれ」

 

担任に指定された席は渚沙の隣だった。

クラスの中を歩き、足を引っかけてくるようなお決まりの悪戯が無いのを確認していく。

 

そして、『やはり』というか『予想通り』というか、転ばせようとしてくる足が伸びてきた。

太河の前に突き出された脚は随分と健康的でゴム紐のアンクレットをしていた。

 

「ニヒヒ」

「……」

 

太河は織原の足を余裕をもって軽くまたぐ。

そのタイミングで太河の脇腹がツンと突っつかれた。

 

「っっ!!」

 

完全な不意打ちに身体が変な跳ね方をする。やられた、と思った時にはもう遅かった。

振り返ると海原は机に顔を押し付け、必死に笑いをこらえていた。

 

「お前な……」

 

太河は胸の内で物騒な文句を並べ立てながらも、織原を無視して指定された席に座った。

とりあえず、隣の席の渚沙に声をかける。

 

「それじゃあ渚沙。改めてよろしく」

「……それは無理」

「えっ、なんで!?」

「……冗談」

 

渚沙は無表情のままそう言った。なんと返事をしたものか困り、太河は曖昧に苦笑いするにとどまった。

 

担任の先生は教室内を見渡し、出欠を取る。

 

「さて……っと、ロンの奴ははまた遅刻か?」

 

太河の右斜め前の席が空いていた。ちょうど渚沙の前の席だ。

そこは今朝方一緒に遅刻したロン・シャオメイの席らしい。

その担任の質問に答えたのはポニーテールの女子生徒、風紀委員の士ノ道(しのみち)だった。

 

「いえ、今日で規定回数に達したので反省文を書かせています。生徒指導の中村先生が監視しておりますので、間もなく終わるかと思います」

 

今朝のいきさつを知る太河と渚沙は目を見合わせた。

 

「お気の毒様だ」

「……シャオの自業自得」

 

そう言った渚沙の話し方は抑揚のないものであったが、唇の端が僅かに笑っていたのだった。

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