デジモンエタニティ 作:LOST
【シードラモン!!!】
巨大な海蛇を思わせるシルエット。
碧色の体に野生的な赤いライン。
力強い尾びれが海水を蹴った。
海に突如出現したのは巨大な大海蛇だった。
シードラモンは海の中をこれまでとはケタ違いのスピードで泳ぎ、善久を捕まえる敵をすぐさま射程に捕らえた。
「善久を離せ!!」
頭から体当たりをぶちかますシードラモン。
その衝撃力たるや、先程までのベタモンの比ではない。
「ぐわぁぁ!」
その衝撃で善久を捕まえていた腕の拘束が緩んだ。
シードラモンは善久を咥えて一気に浮上した。
「ごほっ!ごほっ!」
「善久、大丈夫?」
「ごほっ……君は……ベタモン?なの?」
「うん!そうだよ!僕さ!!でも今は……シードラモンだ!」
シードラモンは善久を背に乗せる。
善久はその大きくなった背中に手を乗せた。
ひんやりとした鱗の感触の奥から、熱い鼓動が響いてくる。
その音はいつもベタモンを抱えている時に感じてきたものと全く同じだった。
善久は心よりもっと深い場所で悟った。
このデジモンは間違いなく自分のパートナーであると。
「くそぉぉ!コロスコロス!」
善久を襲ったシーラモンが海面まで追ってきていた。
シーラモンは波の合間を縫うようにしてこちらへと泳いでくる。
「善久、捕まってて!」
「う、うん」
背中に善久を乗せ、シードラモンが尾びれをしならせた。海の上を滑るように泳いでいくシードラモン。その回遊速度は成熟期デジモンの中ではトップクラスに位置する。
シードラモンはその速度を最大限に発揮して、強烈な頭突きをくらわせた。
「ガッハッ……」
真正面から打撃を受けた敵はその場でひっくり返り、海の中へと沈んでいく。
善久は海面に目を凝らすが、波しぶきのせいで水中が見通せない。
「シードラモン、やったのかい?」
「いや、まだだよ!まだ奴は動いている」
シードラモンのヒレは海中の小さな波を感じることができる。海面下で動き回っている相手の様子が手に取るようにわかる。
善久はその言葉を聞き、決意を手の中に握り込んだ。
それは今日二度目の戦う覚悟。
「……シードラモン……海中で決着をつけよう」
「えっ?でも……」
「大丈夫、素潜りには自信がある」
シードラモンと善久の目が合う。
そして、シードラモンは小さく頷いた。
「わかった……行くよ!」
「うん!」
シードラモンが海に飛び込んだ。それと同時に善久の顔面に強い水圧が襲う。いくら田舎育ちの善久でもこのスピードで遊泳したことなどはなかった。だが、もう弱音は吐けない。善久にできることは、シードラモンを信じて必死にその身体にしがみつくことだけだった。
「見つけた!」
シードラモンが海中を浮かんでくる黒い魚影を見つけた。
「コロス……『ヴァリアブルダーツ』」
水中に放たれた無数の針。
シードラモンは迎撃すべく、腹の奥底から氷点下の冷気を打ち出した。
「『アイスアロー』」
シードラモンの口から巨大な氷塊が撃ち出される。
氷の塊は相手のダーツを吹き飛ばし、敵の身体へと真っすぐと突き刺さった。
「うぐわぁあああああああああ!!」
直撃。アイスアローの氷の破片が海中に撒き散らされた。その欠片は日の光を浴びて、幻想的な煙幕となっていた。その中から浮かび上がってくるひっくり返った大きな魚。
シーラモンが白いお腹を上に向け、海面へとゆっくりとあがってくる。
その腹びれはピクリとも動かず、身体全体が完全に弛緩していた。
シードラモンは相手が完全に伸びていることを確認し、急いで水面へと向かった。
水の圧力の壁を突き破り、潮の香りが漂う海面へと首を突き出す。
その背に乗っていた善久は海面に出た直後に胸一杯に新鮮な空気を吸い込んだ。
「ぷはぁ!はぁっ……はぁっ……はあっ」
「善久、平気?」
「うん……はぁ、はぁっ……」
善久はなんとか呼吸を整えようと深呼吸を繰り返す。
肺活量には自信のあった善久だったが、こんなに長時間潜っていたことはなかった。
だが、善久はすぐさま注意を別のところに向けた。
「それより……あいつは?倒したの?」
「だと、思うけど」
シードラモンと善久の視線の先。
「うう……うう~ん……」
腹を見せて浮かんでいるシーラモンは目を回して、うなり声をあげていた。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
「大変、申し訳ありません!!!この度は度重なる迷惑をおかけした次第でございまして!!」
シーラモンは開口一番にそう言った。
唖然とする子供達を前にシーラモンは器用にヒレで三つ指を立てて頭を下げた。
「自分でもどうかしてたとしか思えません!!なんでこんなことをしたんでしょう!見ず知らずの方達に危害を加えるなど……申し訳ありません!!」
深い謝罪の気持ちはわかった。
だが、そう信用できるわけがない。
子供達はお互いに意見を求めるように顔を見合わせた。
困惑する子供達に代わり、代表してベタモンが声をかけた。
「ねぇ、シーラモン」
「はい、なんでしょう?」
ベタモンはシーラモンの目を見た。そこには静かな海を讃えたような深い蒼の瞳だ。
さっき見た狂気に光る赤い瞳が嘘のように消えている。
ベタモンはその違和感に首を傾げる。
「どうして、突然襲ってきたの?」
「それが私にもさっぱりで。実はここ数日なんとなく意識がぼんやりとしておりまして、そんなときにそこのお二人を見かけたんですが、その途端になんだか生かしちゃいけないような気がしてきて……」
シーラモンが指さしたのはシャオと善久だ。
2人は自分達のことを指差してお互いに肩をすくめた。
「そして、その後は……申し訳ありません!!!」
再び頭を下げるシーラモン。
ひたすら謝るシーラモンを前にして太河は皆に意見を求めることにした。
「どうしよっか?」
太河の問を受けて、ずぶ濡れになってしまったシャオが腕を組みながら眉間に皺を寄せた。
「確かに反省してるみてぇだけどよ、要するにこいつは『私は意味もなく襲ってきました』って言ってんだぞ信用するのはどうかと思う」
そこに同意したのが同じくずぶ濡れの渚沙だった。
渚沙は無表情のままシーラモンを見下ろした。
「……やっぱり……後顧の憂いを断つ意味で……」
そこから先に続く台詞は言わずともわかる。
シーラモンは涙目になって、必死に額を砂浜にこすりつけた。
「ひぃぃ!お許しください!!」
「……冗談」
渚沙の場を選ばない冗談に苦笑する一同。
そんな中、善久が言った。
「……許してあげようよ」
「いいのか?」
シャオがそう尋ねる。
善久は穏やかな表情で頷いた。
今回の件で被害にあったのは主に善久とシャオだ。だが、その中でも海に引きずり込まれて死にかけたのは善久だ。
その彼が『許す』というのなら、他に意見の差し込みようがなかった。
シーラモンはそれを見て改めて頭を下げた。
「ありがとうございます!お礼と言ってはなんですが、私めにできることがあれば何でも言ってください!」
なんでも?
それに応じて、一つ頼み事をしようとする太河。
だが、それをかき消すように後ろから声がした。
「おおい!大発見大発見!あっちに見えてた岩礁な!あれ、全部スパコンだったんだ!これは絶対にここに人がいるっていう証拠だぞ!!僕が見つけたんだ!!それに!今日は大漁だ!魚がいっぱい食えるぞぉ!!」
砂浜の向こう側からロバートが走ってくる。
どうやら、さっきまでの一連のことには気づいていないらしい。
「ちょっと!お待ちなさいロバート!あの魚は士ノ道さんが獲ったものです!あなたの手柄ではありませんわよ!!」
そのロバートの後ろからは薬師寺も続いているが、やはりこっちも戦闘があったことなど気づいてなかったようだった。
だが、そんな普段通りの二人の声が緊張で強張った身体には妙に心地よかった。
その時、太河はふと気が付いたことを尋ねた。
「ところで、鐘山君とシャオは木材調達できたの?」
「あ……それは……」
言いよどむ善久。だが、善久の口が止まった瞬間、シャオがわざとらしい程に大きな声で言い訳をはじめてしまった。
「ああーそれなーいやー実は途中でガジモンが疲れはてちまって。それで休憩を兼ねて食料取ってたら、シーラモンに襲われたんだーいやー不運だった!」
清々しい笑顔のシャオ。
太河が善久にその真偽について目で尋ねると肯定と帰ってくる。
シャオは嘘はついていないというわけだ。
だが、100%本当のわけがない。
「……まっ……いっか」
とりあえず、太河はため息だけで今日は抑えることにした。
太河達のもとへ走ってきたロバートは一際大きな魚を突き出して意気揚々と空高く掲げた。
「おぅ!お前らみろよ!今日はごちそうだぜ!」
非常に上機嫌のロバートに善久はオドオドとした調子で謝罪をしようとする。
「あ、ロバート……その、木材だけど……」
「ん?調達できなかったのか?まぁ、いいさ。今日の僕は機嫌がいいんだ。明日まで待ってやるよ。よーし!この魚は僕のだからな!誰も手を出すなよ!」
能天気なロバートとは対照的に、薬師寺の方はここで何かがあったことを察していた。
「皆さん、どうしてお前はそんなにずぶ濡れなのですか?鐘山さんも、ロンさんも……木村さんまで!」
「……いろいろあった……」
「いろいろとは……ん?そ、そのデジモンはなんなのです?また誰かが進化したのですか!?」
砂浜でヒレをついたままのシーラモンは慌てて薬師寺の方を向き、再び深々と頭をさげた
「お初にお目にかかります。わたし、シーラモンと申します。この度は皆さんに御迷惑をかけた次第でございまして」
「こ、これはご丁寧に。わたくしは薬師寺 真莉愛です。どうぞお見知りおきを……」
挨拶を交わすシーラモン。彼の丁寧な言葉遣いはどうも素のようだ。
そして、一番最後に士ノ道が戻ってきた。彼女は以前善久がやっていたように魚のエラと口に紐を通して魚を束ねて持って帰ってきていた。
士ノ道は和気藹々とする周囲を見渡し、その魚を善久へと持って行った。
「え?」
「あ、その。以前、捌き方を教えてくれると約束したろ。やり方を教えてくれないか?」
「……あ……うん」
善久は差し出された魚を前に一瞬身体が硬直するのを感じた。
それは善久の内面に染みついた劣等感だ。ロバートに付き従い続けてきて、一歩引くのが習慣になっていた。
誰かに頼まれることも、誰かに教えを請われることもない。
だから、士ノ道に『教えてくれ』と頼まれ、戸惑ってしまった。
「…………」
今までであれば、戸惑ったついでにそのまま断ってしまっていたかもしれない。
だが、今日の善久は違った。
「う、うん、わかった。晩御飯の準備を……いや、魚をさばくのはとりあえず後にして、とりあえず眠る場所を決めて竈を作ろう。捌くのはその後でどうかな?」
心臓をドギマギさせながら自分の意見を言ってみた善久。
士ノ道はそれを聞き、納得したように小さく頷いた。
「そうだな、うん、何事も手順は大事だ。わかった」
魚を引っ込めた士ノ道。
安堵したように息を吐く善久。
そんな時、善久は足元から見上げてくるベタモンと目が合った。
「なに?ベタモン」
「なんでもない。へへっ」
ベタモンは大きな口で笑って善久の身体によじ登った。
「ベタモン?」
「僕、疲れた……善久、おんぶして~」
背中にしがみついてきたベタモンを善久は片手で支える。
触れている肌から伝わるベタモンの鼓動。
それはいつもと変わらないパートナーの音だった。
そんな中、他の子供達は夕食の準備に取り掛かっていた。
「おい、いいから早くご飯にしようぜ。俺もう腹ペコなんだよ!まずは竈だよな?よしっ、それじゃあここに作ろうぜ!んで、次は石だ石!ほらほら、お前ら!さっさと働けよ!!」
食事になると急に音頭を取るロバート。
夕焼け迫る海岸でやけに賑やかな一時が過ぎていった。