デジモンエタニティ   作:LOST

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黒い番犬!ドーベルモン!Aパート

それはシーラモンに襲われた日の晩のことだった。

 

シーラモンが昼間のお礼に見張りをしてくれると言ってくれたので、子供達はシーラモンに感謝して横になっていた。

静かな海岸。昼間の太陽を浴びた砂浜は仄かに温かい。

打ち寄せる波の音を聞きながら、子供達は緩やかに眠りについていた。

 

そんな夜。

 

ふと、太河は酷い息苦しさに意識が覚醒した。

 

「うっ……ううっ……」

 

それは、まるで何か不可視の力に抑えつけられているかのようだった。

胸の中心から広がる圧迫感。腹の底に石でも埋め込まれたかのような重圧感。

息を吸おうとしても、何かが邪魔をして肺が広がらない。腹に力を入れようとしてもそれを上回る力で押し返される。

身体が重い。身体が動かない。金縛りという単語が頭に浮かぶ。

 

太河はうなされながらその苦痛に目を見開いた。

 

「むにゃ、もう食べられないよ~……」

 

アグモンがお腹の上に乗っかっていた。

 

「むにゃ……た~い~が~……」

 

呑気な寝言を言いながら、アグモンはその腕で太河を軽く抱きしめてくる。

 

「ったく……」

 

太河はそんなアグモンの頭を撫でた。

なんだか、もう一人弟ができたような気になっていた。

 

太河はアグモンを起こさないように身体をずらし、自分の脇に寝かせる。

その大きな頭を撫でていると、ふと家族のことを思い出してしまった。

 

「心配……してるかな……」

 

弟はしっかり者だけど、妙に気持ちが細いところがあるから心配だった。

親父は母さんが死んでしまってから、やたらと家族に構うようになった。だから、僕がいなくなって変に騒ぎ立てているかもしれない。

 

「あ……やばいな」

 

太河は静かに目を閉じた。

 

いつも、気丈にふるまっていても太河はまだ中学二年。

ふとした瞬間に寂しさや不安から涙が零れ落ちそうになることもあって当たり前なのだ。

 

だが、その瞳から雫がこぼれることはなかった。

 

『今、涙を流すことはできない』

 

太河は胸の中で独り言《ご》ちる

 

泣くことは難しい。涙は人の心の痛みを際立たせる。それに、泣いている雰囲気というのは伝わるのだ。今この場では周囲の動揺を誘うこともある。ついでに言えば、単純に恥ずかしい。

 

なんの気兼ねもなく涙を流すには14という年齢は少しばかり歳をとりすぎていた。

 

太河は自分の身体を痛い程に掴み、全身の筋肉を強張らせた。

 

涙をコントロールする術はよく知っていた。

 

母が亡くなってからしばらくの間は家族の誰もが気丈に振るまおうとして涙を流せなかった。

転校を繰り返していくうちに、泣くべき場面と泣いてはいけない場面を区別できるようになった。

そして、前の学校で左腕を怪我して、涙を流すことでどれだけ人が弱くなるのかを知った。

 

もう太河はそう易々と涙を流せなくなっていた。

 

とはいえ、そんな太河を簡単に泣かせてしまう奴もいる。

 

織原 ミカ

 

彼女のニカッとした笑顔を思い出し、大河の身体の強張りが僅かに緩んだ。

 

彼女がこのデジタルワールドに来ているのはほぼ間違いないだろう。

だが、あの鞄以外にはなんの手がかりもないのだ。

 

「はぁ……」

 

思わずため息が出る。

 

そんな時だった。

 

「うにゃ~……」

 

アグモンが気の抜けた寝言を放った。

 

悲鳴だろうか?それにしては穏やかで間抜けな音だった。

太河は思わず笑顔になり、アグモンの間抜けな寝顔を抱えて胸の内に抱き締めた。

幼子のように体温の高いアグモンは夜の砂浜ではとても心地よい。

 

アグモン

 

太河のパートナーと名乗ったデジモン。

不思議な存在だった。

 

「……むにゃ~」

 

再び放たれた寝言に頬を緩め、太河はアグモンの鼻の間をさする。

蛇の鱗のような感触でありながら、素肌のような手触りのある皮膚はいつまでも擦っていられるぐらいに手に馴染む。

 

デジタルワールドに来てからというものの、このアグモンとかなり濃密な時間を過ごしてきた。

アグモン一緒に森の中を逃げて、一緒にゴリモンに立ち向かって。一緒にミノタルモンから皆を守った。

 

まだ出会ってから数日なのに、気が付けば太河は自分の隣にアグモンがいることが当たり前のように感じていた。

 

「なぁ……パートナーって……なんなんだ?」

 

返事はない。当然だ。アグモンはお気楽そうに眠っている。

太河は更に強くアグモンを抱きしめた。

 

いつの間にか、太河の中にあった不安や寂しさがどこかへと消えていた。

 

しばらくして、太河はアグモンをそっと地面に寝かせて起き上がった。喉が渇いていた。

周囲では砂浜に作った焚き火を囲むように皆が眠っている。太河はその間を縫うようにして、川の方へと向かった。風は海に向かって吹いており、潮よりも森の香りがする。

 

夜になると風は陸から海に向けて吹き、昼は逆に陸に向かって風が吹く。小学生でも習う海風陸風の法則だ。

 

こんな世界でも物理現象はあまり変わらないものなのだと太河は変なところに感心してしまった。

 

太河は川岸に膝をついて水をすくい、口に運ぶ。

冷たい水が喉に流れ込む。

緩やかな流れの川には頭上の星が映っていた。

 

その景色を追いかけるように空を見上げるとそこには満点の星空が広がっている。

 

だが、その中に見慣れた星座は一つもみつからない。

 

やっぱりここは、地球じゃないのかもしれない。

 

そのことを思うと、再び胃の奥が重くなる。

 

ロバートや薬師寺は今もどこからか助けが来るかのような期待をしている節が見られていた。そう思いたい気持ちもわかる。そうやって希望を持っていないと自分がどうなってしまうかもしれないのだろう。だが、これ以上現実逃避を続けるのは危険だった。

 

ここが自分達がいた日常の延長などと考えていれば、いつか手痛い傷を負うことになるかもしれない。

 

だが、彼等がそう簡単にこの状況を受け入れてくれるとは思えなかった。

 

「ふあぁ~……」

 

自然とこぼれた欠伸は自分の口からこぼれたものだった。

太河は自分の考えを途中で振り払う。

 

こんなところで悩んでいても意味がない。

早く寝よう。明日も早いんだし。

 

太河は気だるい体を引きずって寝床へと戻って行った。

 

だが、焚き火のそばに戻り、仲間達を見渡してふと違和感を感じた。

 

「……あれ?」

 

太河は指折り、寝ている人間の数を数えていく。

 

「……一人足りない」

 

改めて一人一人の顔を確認する。

 

渚沙は思いのほか寝相が悪かった。ロバートと鐘山君は少し輪から離れたところで寝ている。薬師寺は棺にでも入るのかのような綺麗な姿勢で眠っており、士ノ道は嫌な夢でも見てるのか眉間に深い皺が刻まれていた。

 

「シャオがいない……」

 

よくよく見渡すとガジモンもいなかった。

 

トイレか何かだろうか?

 

周囲を見渡しても見つからない。

少し心配だった。

 

太河はその場に横にならずに、海岸に向けて歩いていった。

 

小さなさざ波が寄せては帰っていく、砂浜の波打ち際。

その浅瀬にポツンと丸い影が浮かんでいた。

 

それがシーラモンの後ろ姿だった。

 

「シーラモン」

「はい。なんでございましょう?」

 

振り返って元気な声で返事をしてくれたシーラモン。

太河はそのシーラモンに腰を屈めて小さな声で話しかけた。

 

「ねぇ、シャオを知らない?」

「シャオさん?えーと、どういった方でしょうか?」

「えーと少し身長が低くて、肩幅があって、言葉遣いが少し荒い感じで、ガジモンを連れてる人」

「ああ、あの人でしたら。向こうにいますよ」

 

シーラモンがヒレで指した方向は黒いスパコンの山の方だった。

夕方の戦闘で崩れていない方のスパコン山だ

 

「あそこ?」

「ええ、ほんの少し前に『目が冴えた』と言って、そちらの方へ。それから戻ってきておりません」

「ふぅん……」

 

そんなところで何してるんだろうか。

 

様子を見にいってみようか?

 

だが、昼間の戦闘を思い出し、太河の気持ちにブレーキがかかる。

一人で行動して危険なデジモンに襲われては対応できないかもしれない。

 

「たいが?どうしたの~こんな時間に~」

「あっ、アグモン。いいところに起きてきてくれた」

「ほえ?」

 

 

 

―――――― ※ ―――――― ※ ――――――

 

 

 

スパコン岩礁の先で釣り糸を垂らすシャオ。

傍らにはガジモンがだらしなく腹を見せていびきをかいていた。

 

しなりのある枝で作った竿。蔦の繊維をより合わせて作った糸。骨を削って作った針。皆が食べ残した魚の頭を使った餌。

それらを作ったのはシャオではなく、鐘山であった。

鐘山は寝る前のわずかな時間にこれだけの釣り道具を作り上げていた。

シャオはそれを勝手に拝借してきていた。

 

ただ、夜中は魚も寝ている。釣り糸に魚がかかる確率は酷く低いが、シャオはさほど釣果を気にしてはいなかった。どちらかと言えば、寝苦しい夜の暇つぶしと、これまでの状況を頭の中で整理する為の手遊びだった。指先は竿にかけているものの、目線は遠くの海まで見渡し、耳は僅かな物音も聞き逃さないように研ぎ澄ませている。

 

その耳が誰かの話し声を聞きつける。

ガジモンのいびきも同じタイミングで止まった。

 

「アグモン、気をつけて」

「う、うん!お、う、うあわ!」

「危ない!……アグモン、大丈夫だった?」

「うん、ありがとう」

 

あいつか……

 

シャオはそちらに注意を向けるのをやめて、また海を眺める。ガジモンもまたイビキをかいて眠りだした。

しばらくして、岩礁の下からアグモンを連れた太河が顔をのぞかせた。

 

「あっ、いたいた」

「たいが~僕眠いよ~」

「ごめんね、付き合わせて」

 

太河はアグモンの頭を優しく撫で、シャオの後ろから近づいていった

 

「釣れてる?」

「ぜんぜん釣れねぇ。強いて言うなら今1人釣れた」

「それって僕のこと?」

「まぁな」

 

シャオは釣竿を立て、針先を確認する。

糸の先についた魚の切り身は今も十分な形を残したままだ。

魚がついばんだ様子すらない。

 

「で、お前は何しに来たんだ」

「目が冴えたから暇つぶし」

「なんだ。お前もか」

「あと一応確認。シャオが鬱になって自殺しようとしてたり、自暴自棄になってどこか勝手に歩いていったりとかしてたら大変でしょ?」

「それはごもっとも」

 

シャオは再び竿を振って釣り糸を海に垂らす。太河はしばらくその糸の行方を追っていたが、浮きがピクリとも来ないのを見て視線を夜空と海の境目に向けた。アグモンはガジモンの横に寝転がっていびきをかき始めている。

波の音だけが聞こえる夜の海。スパコンの山の上という不思議な状況で太河とシャオはそれぞれ好きなようにこの世界を眺めていた。

 

そのうちふと思いついたように太河が声をかけた。

 

「そういえば、シャオってどこ出身なの?」

「ん?言ってなかったか?俺は生まれも育ちも日本だ。パスポートすら持ってねぇ」

「そうなんだ」

「親父が台湾から来た起業家で。オフクロが日本人。一応、両方の国籍持ってけど。多分、このまま日本人になるだろうな」

「えっ?お父さん起業家って……もしかして社長ってこと?」

「……そこ食いついてくんのかよ」

 

シャオは非常に嫌そうに目を細め、竿を握り直した。

 

「あっ、ごめん。聞かれたくなかった?」

「別にいいんけど。まぁ、実際社長だし」

 

シャオは荒っぽい仕草で頭をかく。

 

「ただ、今の俺と親父はほぼ絶縁みてぇな状態だから金せびっても無駄だぞ」

「そんなことしないよ。ロバートじゃあるまいし」

 

ロバートの名前を出すと、シャオは条件反射のようにケラケラと笑った。

だが、先程シャオが垣間見せた苛立ちは眉間の皺となって残ったまま。

太河はそれ以上深く聞くことをやめ、話題をロバートの方にシフトしていく。

 

「ロバートにも参るね。よくもまぁ、あそこまで欲望に忠実に生きれるよ」

「時々羨ましくもあるけどな。あそこまで自由に生きれたらさぞ楽だろう」

「周りはほとほと迷惑するけど」

 

このデジタルワールドに来る前も、来てからも散々トラブルの種になっている。最近はロバートがトラブルを起こし、太河が仲裁に入る光景が日課のようになってきていた。そうやって人の輪をなんとか保とうと努力する太河のことをシャオは鼻で笑う。

 

「お前も良くやるよ。ストレスばっか抱え込んで。お前どエムだろ」

「ミノタルモンの時も言ったけど、好きでやってるわけじゃないんだよ。代わってくれるなら喜んで代わるけど」

「冗談言うな。そんな面倒なことを引き受けるのなんざ俺らの周りじゃ織原ぐらいしかいねぇよ」

 

『織原』の名前を出され、今度は太河の表情が固くなる。シャオはそんな太河を横目でチラリと見やる。

太河の唇が強く結ばれ、口の中では歯を食いしばっている様子が手に取るようにわかる。

それでもシャオは太河に気を遣うことなく、喋り続けた。

 

「まったく、織原の奴も一か月もどこほっつき歩いてんだか」

「……ほんと、そうだね。でも、織原ってお節介の塊みたいな奴だからさ。どうせどっかでデジモンに『助けて~』ってせがまれてるんじゃないかな?」

「ありそうだな」

「でしょ?」

 

そうして2人でカラカラと笑い合う。傍から見ればなんてことない友人間の雑談だったであろう。だが、笑いが収まった直後の彼等の目は驚くほどに冷え切っていた。

 

太河とシャオ

 

太河の転校初日に一緒に遅刻した仲ではあったが、お互いのことはほとんど知らない。織原がいなくなったことで太河の余裕がなくなったのもそうだし、シャオもまた面倒事に関わるのを避けるように太河から離れていた。

 

友人と呼ぶことはできる程度の付き合いはあるものの、お互いのことはほとんど知らない。

 

2人はわずかな沈黙の末、別の話題を持ち出した。

 

「それと聞いておきたかったんだけど、シャオはシーラモンのことどう思う?」

「ああ、それな。操られてたって感じだけど、正直信じられねぇよ……」

「僕もそう思うけど……あの時の殺意を感じた視線と比べると今のシーラモンは本当に別人だよ」

「それも確かにそうなんだけどよぉ……でもなぁ」

「まぁ、気持ちはわかるよ」

 

お互いの声音は終始穏やかだ。今の2人を誰かが見てもそれなりに仲の良い友人同士だと思うことだろう。だが、太河とシャオは自分達の間にある壁のような物を確かに感じとっていた。

 

しばらくして太河が小さく欠伸をした。

 

「そろそろ戻るよ。シャオはいつまでここにいるつもり?」

「眠くなったら戻るさ」

 

シャオはそう言ってもう一度竿を引き上げ、別のポイントに糸を投げ込んでいく。

 

「一応気を付けてね。何が起こるかわからないから」

「わかってるよ。襲われたら悲鳴あげるさ」

「シャオの悲鳴は聞いてみたい気もするけど、聞きたくないな」

「ははは」

 

太河はアグモンを再度起こし、一緒に岩礁を後にする。

その足音が完全に遠ざかり、シャオは隣で寝ているガジモンをふと見やる。

腹を見せてだらしなく寝ているガジモンを手遊びのように撫で、シャオは再び目を波間に向けた。

 

「…………くそが……」

 

糸を引き上げた針の先から餌だけがなくなっていた。

 

その悪態が水面下の誰かに向けられたものなのか、それ以外の誰かに向けられたものなのかは誰にもわからない。ただ、ガジモンだけが苛立ったようなシャオの横顔を見つめていた。

 

 

 

―――――― ※ ―――――― ※ ――――――

 

 

 

朝、まだ日が完全に登り切る前。東の空が白み始め、海の色が黒から青に変わり始める頃にシャオはようやく戻ってきた。もちろんそんな時間帯に目を覚ます人などいない。

焚火の周りでは子供達が何の警戒心もなしに眠りこけていた。

 

つくづく危機感の無い奴らだとシャオは思う。

 

起きてる時はあれだけ危険だなんだと騒ぎまくるくせに、本当の意味で危機意識が軽薄なのだ。

だが、それを言っても仕方ない。シャオは呆れたように彼らを睥睨し、釣れた魚をそっと置いた。

夜の間はピクリともこなかった釣り針だが、空の色が群青色に変わる頃にポツリポツリと魚がかかるようになってきて、最終的な釣果はそこそこだ。

 

「シャオ、起きてたの?」

 

声をかけられて、シャオが顔をあげた。

起きてきていたのは善久であった。

彼はベタモンを抱えながらその大きな体を起こしたところだった。

 

ここで善久が起きてきてくれたことはシャオにとって渡りに船であった。

 

「起きてたというか、寝れなかったんでな」

「そうなの?」

「ああ、そんで起きてる間に釣りしてた。これが収穫。後は頼んでいいか?俺は寝る」

 

色々とアウトドアに強い善久になら任せられる。特に食事に関することなら猶更だった。

シャオは善久の足元に魚を投げ渡し、すぐさま空いているスペースに横になった。

 

「シャオ、ありがとう」

「…………」

 

シャオからは返事はなかったが、代わりにヒラヒラと手を振り返してきた。すぐさまシャオから規則的な寝息が聞こえてきて、善久はシャオの魚の方へと取り掛かることにした。

 

「あ……下処理がすんでる……」

 

それは昨日の夕食後に善久が教えたことであった。最初は士ノ道に教えていたのだが、その時にシャオや太河がやってきて魚の捌き方を教えたのだ。

シャオが捌いた魚はまだ少し切り口が雑な部分もあったが、全ての魚から臓物が綺麗に取り除かれていた。

 

この魚を今日の朝ご飯にするか、保存食にしてしまうかは悩みどころではあったが、善久は朝食にしてしまうことに決めた。保存食にはまだ予備があり、それよりは朝食にして今日の活力に変えた方がいいだろう。

 

ただ、朝ごはんに一人一匹にするには足りない。三枚におろしておいた方が喧嘩にならずに済みそうだった。

 

善久は魚と眠ったままのベタモンを抱えて、川の方まで持って行く。

ベタモンを水際に浮かべると、ベタモンは流されることなくその場でゆらゆらと漂いながら気持ち良さそうに眠り続ける。

善久はその様子に微笑み、魚の方へと取り掛かった。

腹の中をもう一度洗い。魚の背から脊椎まで刃を通して綺麗に三枚に捌いていく。

 

シャオが獲ってきてくれた魚ほとんどを捌き終えた頃、ふと後ろから足音が聞こえてきた。

振り返ると、太河が欠伸を噛み殺しながら歩いてきていた。

 

「ふぁ……おはよーさん」

「おはよう」

 

寝ぼけ眼をこすりながら頭をかく太河。

その頭には寝癖がついていた。

 

「瑠々川くん、寝癖がついてるよ」

「ん?ああ、やっぱりか。隣使っていい?」

「うん。あっ、でも使うなら上流の方がいいかも。今魚捌いてるから」

「りょーかーいっと……」

 

太河はまだ半分眠ったような動きのまま川で顔を洗い、髪をなで付ける。

ちなみに、彼のパートナーのアグモンはまだ砂浜で眠っているようだった。

 

緩いコンビだなぁ、と思いながら善久は魚を捌き終え、ベタモンを抱えて皆のところへと戻っていった。

 

善久が焚火の場所に戻るころには他の皆もそれぞれ起き出してきていた。

まだ、眠っているのはロバートとシャオぐらいだった。

シャオは夜明け頃に眠ったはずなので仕方ないとして、ロバートを起こすのは多分自分の役目だ。

 

「ロバート……朝だよ」

「……ん……あと五分寝かせろよ……」

 

よくある言い訳。

善久は諦めてデジヴァイスの時計機能を呼び出し、タイマーをセットした。

 

「鐘山君、もう朝ご飯にしない?」

 

太河がそう言った。

 

「そうだね。でもまだ寝てる人がいるから」

「そんなの、魚を焼けば匂いで目を覚ますさ」

 

一理あるかもしれない。

特にロバートは5分後に起きてくれるとは思えなかった。

彼を叩き起こすには良い香りのご飯が一番であろう。

 

「それもそうかも」

「んじゃ、朝ごはんの準備にしますか。鐘山君、何からすればいい?」

「あ、えと……」

 

太河に見上げられ、少しどもる善久。

人に指示を出すようなことが苦手な性格はそう簡単には変わらない。

だが、本人の意思に関係なく、食事に関する統括は間違いなく善久になりつつあった。

 

「そ、それじゃあ、魚を串に刺してくれる?こう、弧を描く感じで」

「オーケー。って、この串どうしたの?」

「ああ、それは、その、作っておいた……」

「へぇ、すごいもんだな」

 

善久が作った串は粗雑ながらも先端が綺麗に尖らせられていた。

手持ちの道具がほとんどない中であることを考えると、十分以上の出来栄えであった。

 

「ほんと器用だよね。確か、釣り竿とかも自作してたでしょ」

「あ、う、うん。でも、これぐらいなら、誰でも」

「いやいやいや、鐘山君以外には誰もできてないよ」

 

太河は善久の指導の下で作り上げた串に魚を通していく。

 

そうやって今日もまた新しい一日が始まった。

 

魚の切り身を焚火で焼けば、周囲に良い匂いが広がっていく。

案の定、その匂いに釣られてロバートや他の人達も起きてきた。

シャオもいつの間にか起きてきていて、朝食の場に並んでいる。

 

皆で焚き火囲んでワイワイと食事をとる。

 

そして、皆の食事が一段落ついたころ、薬師寺がさっそく話を切り出した。

 

「さて、今日の行動ですが……」

 

それと同時にロバートが手を挙げた。

 

「そんなもん決まってる!人間探しだ!」

「人間探し?まるでアテがありそうな言い方ですわね」

「もちろんあるさ!あるに決まってるじゃないか!」

 

堂々と言い放ったロバートであったが、皆の間の期待感は薄かった。

 

「……一応、その『アテ』というものを聞かせていただけます?」

「いいとも。お前らは気づいていないみたいだから、この僕が直々に教えてやる」

 

ロバートは演説でもするかのようにもったいぶって立ち上がり、金髪の前髪をかきあげた。

 

「まずはあれを見ろ!」

 

ロバートが指差したのはスパコンの山だった。

 

「あれはスパコンだ!つまり、人工物だ!人間が作ったものだ!だからあのスパコンを調べればきっと人間のいる場所がわかるはずだ!」

 

ロバートは今世紀最大の発見でもしたかのように鼻高々に言い放つ。

 

「どうだ!!あれはただの壊れたスクラップじゃないんだぞ!僕らが助かる為の希望の道導なんだぞ!みんな、こんな簡単なこともわからなかったのか?」

 

ロバートは自慢気に胸を張るが、やはり周囲からの反応は薄い。

そんな中、薬師寺がこれ見よがしに大きなため息を吐き出した。

 

「あのですね、Mr.アットマン。そんなことは皆がわかっておりますわ」

「へ?」

「スパコンがあれば、それを作った人間がどこかにいる。ですから問題は一体どうやってあのスパコンから人間のいる場所を探すかということなのですわ」

「そ、そりゃ……し、調べればいいだろ!」

「具体的にはどう調べるおつもりなのです?」

「え、えと……えーと……」

 

ロバートは渋い顔をして頭をひねる。

だが、その脳みそからは建設的な意見がひり出てくることはなさそうだった。

 

「ああ、もう!そんなことは僕が考えることじゃない!そういうのは部下がやればいいんだよ!」

「まったく、とんだ社長子息がいたものですわ。これではアットマン社の未来は暗いですわね」

「なんだと!じゃあ、お前は何か方法があるのかよ!?」

「ですから、今それを話し合おうとしてるんじゃありませんか」

「ぐぅ……」

 

かろうじてぐぅの音は出てきたロバートであったが、彼の性格上恥をかかされたまま引き下がるわけには行かなかった。

だが、今回は完全にロバート自身が先走ってしまった形なので、これ以上この話題で言い争っても不利にしかならない。

 

歯ぎしりをしたロバートは苦し紛れに論点をズラすことにした。

 

「だいたい、なんでお前が仕切ってるんだよ!」

 

八つ当たりのように食ってかかるロバート。

だが、薬師寺は毅然とした態度を崩さずにロバートを見据えた。

 

「決まってますわ、わたくしがリーダーだからですわ」

「そんなのいつ決めたんだよ!ここは学校じゃないんだぞ!生徒会長だからそのままここでもリーダーなんて僕は認めないからな!」

「あら?それじゃあ、誰がリーダーになればいいと思うのです?」

「決まってるだろう?」

 

ロバートは大きく胸を張り、自分を親指で指差した。

 

「僕がやる」

 

誰かが吹き出した。

 

「誰だ!今笑ったのは!?」

 

返事は無い。

 

「笑うのも無理がないと思いますわ。あなたのように思慮が浅くて、すぐ逃げ出して、自分勝手な人がリーダーなどできるはずありませんわ」

「なんだとぉ!」

 

二人の間に火花が散る。

だが、喧嘩に発展しそうになりそうになる前に素早く太河が手を挙げて注目を集めた。

 

「ちょっと待ってよ、今は今日の予定を決めるんじゃなかったの?」

「あっ、そうでしたわ。わたくしとしたことが、つい熱くなってしまいましたわ」

 

すぐに矛を収めてくれた薬師寺。

だが、ロバートは相手が拳をほどいたからといって、振りかぶった腕を止めるような奴ではなかった。

 

「へん。そんな奴こそリーダーに向かないんじゃないのか?」

「なんです?わたくしが人の上に立つ資格がないとでも言いたいのですか?」

 

また話が脱線しそうな予感。

 

太河はどうにかしてこの場を収められないか他の人を見渡す。

だが、士ノ道は薬師寺が喧嘩腰なこともあって臨戦態勢になっていた。

シャオは呆れたような顔で口を閉ざしたまま。その顔からはこの喧嘩に巻き込まれるのは面倒だという気持ちが前面に出ていた。

善久は太河と同じよう場を収めたい気持ちはあるのだが、いかんせんその争いの中心にロバートがいるので口が出せない。

渚沙はいつもと変わらぬ無表情で、何を考えているのか全くわからない。

 

太河はため息を押し殺し、もう一度手を挙げて注目を集めようとする

 

「まぁ、まぁ、二人とも落ち着いて」

「わたくしにもは落ち着いていますわ!」

「僕だって落ち着いてる!だけどこの分からず屋が……」

「なんですの!?」

 

太河は『いい加減にしてくれ』と胸のうちでぼやきながら、場をリセットするために大きく手を打ち鳴らした。

 

「よし!それじゃあ、リーダーはこれから皆で決めたらいいんじゃないか。しばらく様子を見て、それからリーダーに相応しい人を選挙で選ぶってのは?とりあえず、それまでは暫定的に薬師寺さんに仕切ってもらうってことでどう?」

 

その太河の提案に周囲から賛同の声があがった。

 

「いいね。俺は賛成」と、シャオがまず言った。

「……私も」と、すぐに渚沙も同意する。

「賛成だ」と、士ノ道も頷く。

「僕も賛成」と、善久も同意し、それを見て薬師寺とロバートもも矛先をようやく収めた。

 

「わかりましたわ。それで皆さんが納得するならそれでいいでしょう」

「ふん!僕がリーダーにふさわしいところを見せてやるからな!」

 

やけに自信ありげな二人だったが、太河としてはこの場は収まってくれるならばどうでもよかった。

太河は脱線した話を軌道修正する。

 

「それで、今日はどうしようか?」

「ねぇ、ちょっといいかな?」

 

アグモンが急に話に入ってきた。

 

「どうしたの?」

「んとね、僕じゃなくて」

「え?」

「私からよろしいでしょうか」

 

そう言ったのはシーラモンだった。

皆の視線がシーラモンに集まる。

 

「皆さんはこういった機械をおさがしなのですか?」

 

シーラモンが指したのはスパコンの岩礁地帯だった。

 

「機械というか。それを作った人間を探しているんだけど」

「ニンゲンを私は見たことありませんが。こういった機械でしたらあてがございますよ」

「本当か!そこに人もいるんだな!!」

 

ロバートが小躍りしそうなテンションでそう言う。

 

「人がいるかどうかは……ですが、機械を作っている場所なら知っています」

「マジか!いよっしゃぁぁぁあ!!」

 

一人で盛り上がるロバート。

 

他の皆はロバート程お気楽には構えられないが、シーラモンの話で希望が見えてきたのは確かだった。

人工物があるのはここだけじゃない。ならば、人間もきっといるはずだ。

 

「そこはどこ!?」

 

太河が勢いよく聞いた

 

「ここから川を少しあがって、森を東に進んだところです。森の中に標識も立ってますから迷うこともないと思います」

「標識?森の中に?」

 

疑問符を浮かべる大河にシーラモンは笑って頷いた。

 

「ええ、正確なものから、でたらめなものまで色々ありますけどね」

 

森の中に標識。だが、それもまた人工物。

本当に人がいるのかもしれない。

 

それを聞き、薬師寺が嬉々として立ち上がった。

 

「わかりましたわ。そこに行きましょう。案内を頼めますか?」

「はい。その森の入口まではご案内しますよ」

「ありがとう!」

「いえいえ、ご迷惑をおかけしたんですからこれくらいはいたしますよ」

 

照れたように笑うシーラモン。

 

「それでは皆さん!さっそく出発しましょう!」

 

元気のよい返事が海岸に響く。

そこでロバートがふと思い出したように言った。

 

「あっ!そういや目印はどうすんだ!ここにでっかい目印を立てるって話だよ!」

 

その解決策もシーラモンが示してくれた。

 

「それでしたら、私がしばらくこの海岸にいますよ。こちらにニンゲンがいらしたら皆さんのことをお伝えしにいけばいいのですね?」

「本当か!!お前本当に良い奴だな!!」

 

まさに至れりつくせり。

シーラモンに感謝だ。

 

「そうだ!お前、僕のパートナーになれよ!」

 

ロバートの言葉にギョッとしたのはコエモンだった。

 

「なぬぅ!!こらぁ!ロバート!パートナーならオラがいるべ!」

「だってお前、僕の言うことちっともきかないじゃないか!」

「あったりまえだべ!オラはお前のパートナーなんだから!」

「まるで意味がわかんないぞ!パートナーなんだろ!!」

「パートナーだからだべ!!」

 

相変わらず騒がしい二人であった。

 

そんなロバート達を見ながら、太河は呆れたように息を吐く。

人の輪を保つってのも大変だ。

 

そして、太河は少し気になっていたことを隣にいた渚沙へと問いかけた。

 

「そういえば、渚沙」

「……なに?」

「あのさ……」

 

太河はなるべく平静を保つよう努力して渚沙を見下ろす。

前髪に隠れて見えなくなった彼女の視線がどこを向いているのか太河にはわからない。

その裏にあるものがいかなる感情なのかまるでわからない。

 

それでも、太河は問いかける。

 

「さっき、ロバートを鼻で笑ったのって……渚沙……だよね?」

 

彼女の能面のような顔が歪む。

彼女は唇だけを歪ませて笑う。

 

そして、一言だけ呟いた。

 

「……さぁ?」








久々に放置してた話に手をつけてます。
なんか、暑くなるとデジモン書きたくなるよね。

いや、本当に待って頂いていた皆さんはごめんなさい。
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