デジモンエタニティ   作:LOST

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黒き番犬!ドーベルモン!Bパート

「そこの標識に従っていけばいいですので〜〜〜それでは~~お気をつけて~~~!!」

 

川の中からヒレを振ってくるシーラモンに手を振り返し、一同は案内された森の中へと入っていった。

そして、森に入った皆の第一声は全て同じだった。

 

「本当に標識がある」

 

確かに標識があった。

 

だが、ここは自然の森なのだ。

 

舗装された道もなければ登山のためのコース取りもない。

その中に大量の道路標識が無秩序に乱立しているのだ。

 

『一方通行』『右折禁止』『進入禁止』『左折可』

 

森の至るところで好き勝手に道を示す道路標識は人工物というよりも、新種の花のような印象を与えていた。

その不自然な様子に、流石のロバートも手放しに喜ぶことができずにいた。

 

「お、おい、鐘山。ほんとにこれ、人間が作ったものなのか?」

「さ、さぁ……」

 

太河は近くにある道路標識に触れてみる。

その手触りは普段から日本で触れている標識と同じよう感触であった。

ただ、見知った物が手近にあるからといってそれが安堵感に繋がるかと言われると、むしろ逆であった。

本来あるはずのないものが存在する不協和音がこの景観の異常性を余計に際立たせていた。

 

「海岸のスパコンといい、この標識といい……やっぱり変だよね」

 

これは次に向かう場所もあまり期待できそうになかった。

 

太河はシーラモンに教えてもらった標識を見上げる。

国道にあるような道案内の看板。その矢印の先にはたことのない不可思議な文字が並んでいたが、デジヴァイスの『翻訳アプリ』をかざすと、日本語に変換された。太河達は『工場工場』と書かれている看板を探した。

シーラモンはこの文字が書かれた矢印に従っていけばたどり着くと言っていた。

 

その看板はさほど探すことなく見つかった。

 

太河はその矢印の向かう先に目線を向ける。すると、森の向こうに同じように白い矢印の看板が見えた。

矢印の先はやはり『工場工場』

 

道筋が決まっているのなら、森で迷うことはなさそうだ。そして、これなら看板を逆に辿っていけば元の場所にも帰れる。

 

太河はふと皆の方を振り返った。

そこにいる誰もが標識の方ばかりを見て、進もうとしない。

 

この光景に飲まれ、足を止めてしまっているのだ。

その気持ちは太河にもわかる。

太河もこの森の異様さに足が竦みそうだった。

 

それでも、太河は意を決して皆に声をかけた。

 

「出発しよう」

 

そして、太河は率先して歩き出していった。

そんな太河に触発されるように、皆も標識の森へと足を踏み出していく。

 

最初は先頭を歩いていた太河であったが、他の皆に歩調を合わせて次第にそのペースを落としていく。

そして、標識を5つ程通過した時には既に先頭を歩くのは士ノ道になっていた。

 

太河は集団の最後尾の方になるようにまでペースを落とし、皆をその視界に捉えたまま歩いていく。

そんな太河にの隣にシャオが並んだ。

 

「よっ、お疲れ」

 

小声でそう言って肩を叩いてくるシャオ。

 

「ありがと」

「お前も気張るな。わざわざ先頭で歩き始めて、終わったら最後尾で監督だもんな」

「皆まで言わないでよ」

 

太河は自分の行動を逐一解説されて、顔をしかめた。

 

この森は木漏れ日が多く、十分に明るい。

 

だが、深いのだ。

 

木が立ち並ぶ光景がどこまでも続き、果てしなく広がっているかのようなこの光景。踏み込めば二度と戻れないような生理的嫌悪感は誰もが感じる。『標識』という確かな手がかりがあれば少しはマシではあるが、やはり最初の一歩というのはどうしても重くなる。

その一歩を踏み出すのは『勇気』という言葉では足りない程の覚悟が必要だった。

 

太河は自分の精神力を総動員してその役目を負った。

だが、そのことを他者に言及されるとなんだか照れ臭く、そして自意識過剰だったような気にもなる。

 

そんな太河の感情を顔から読み取ったシャオは肩をすくめて応えた。

 

「そんな顔すんなよ。これでも誉めてんだぞ」

「だからだよ。僕を聖人みたいに言わないでくれ。僕はただ、一刻も早く前に進みたいだけだ。その為に今は必要なことを何でもやる……それだけさ」

「おうおう、気張るじゃねぇの。まぁ、お前がそうやってくれてるお陰で俺は楽ができていいけどな」

 

そう言ってヘラヘラと笑うシャオ。

その軽薄な笑顔になんだか負けたような気がして、太河は少し反撃に出ることにした。

 

「そう言ってる割にはシャオも結構苦労背負ってるでしょ?」

「はぁ?なんのことだよ」

 

怪訝な顔をするシャオ。普段の態度と低い声が相まって、随分と凄味が効いていた。

だが、そんなシャオを前にしても太河は余裕の笑みを崩さない。

 

「昨日の夜、一人で起きて釣りしてたけど。あれって、本当は不寝番を一人でやっててくれたんでしょ。会ったばかりのシーラモンに全部任せられるほど信用できないから」

 

シャオは苛立たしそうに舌打ちを放った。

 

「……皆まで言うんじゃねぇよ」

「お互い様でしょ?」

「お前、思った以上に面倒くせぇ性格してんな」

「それも、お互い様」

 

シャオと太河はそう言って、へらへらと馬鹿みたいに笑う。

 

そんな時だった。

 

「っつ!!」

 

突然、太河の背筋に悪寒が走った。背中を冷たい唾液を乗せた舌で舐められたような感覚。全身の毛が逆立ち、指先まで震えが走り抜ける。雷に打たれたかのように筋肉が強張り、太河は思わずその場で足を止めて振り返った。

 

「………」

 

目の前に広がるのはただの森。

 

木々の間に道路標識が並び、太河達が歩いてきた足跡が残っているだけのただの森。

だが、改めてその場を見渡せば死角となっている範囲があまりにも多い。

まだ日が高いというのに木の影が今まで以上に深く、重くなっているように見えた。

 

「太河?どうしたよ?」

 

突然黙った太河にシャオが困惑したような声をあげる。

 

「なんだよそんなマジな顔して……なんか気に障ったか?」

「あ、いや。そうじゃないんだ。そうじゃ……なくて……」

 

太河はもう一度後ろを振り返る。

 

森は姿を変えることなくそこにある。木が動き出すこともなく、霧が出ているわけでもない。今まで通りの明るい森だ。

 

「アグモン、周囲に何かいない?」

「え?ん~……」

 

クンクンと空気の匂いを辿るアグモン。

だが、アグモンは首をひねるばかり。

 

「わかんない……何かいるの?」

「いや……どうだろ……」

 

気のせいだったのだろうか?だが、思い過ごしたと思うには背中に流れる冷や汗の量が多すぎた。

太河は先程背筋を走り抜けた怖気を思い起こす。あれは確かに誰かに見られていたような感覚。

そして、思い起こせば思い起こすほどに、最初に振り返った時、森の中に二つの目玉が見えたような気がしてくる。

 

太河は森の奥から目が離せなかった。

立ち止まった太河にシャオは首をひねる。

 

そんな時、列の前方から声が飛んできた

 

「2人共!遅れているぞ!!」

 

士ノ道のよく通る声が森の中を駆け抜ける。

気が付けば太河とシャオは皆の集団から少し遅れていたようだった。

 

「我々はできるだけ早く森を抜けたいのだ。悪いがペースを落とさないでくれ」

「わかった。ごめん」

 

頭を下げつつ、小走りになって追いつこうとする太河。

だが、シャオはそれとは対照的に歩く速度を一切変えない。

そして、シャオはボソリと呟いた。

 

「んだよ、『魔王』の奴。偉そうにしやがって。太河が歩き出さなきゃ今も森の入り口でうだうだしてたくせによ」

 

とはいえ、シャオ自身も何もしていない。

自分のことを棚に上げて人をけなすことのみっともなさを自覚しているせいか、シャオの声を聞き取れる人はいなかった。

 

シャオは悠々とした動きで集団に追いつき、飄々としたまま「悪かったよ」とだけ告げた。

それに対して薬師寺が一言二言注意したが、シャオはどこ吹く風と聞き流す。

結局最後は太河が間を取り持って、皆の足を前に向けさせた。

 

ぶつくさと文句を垂れるシャオの背中を押し、薬師寺に愛想笑いを向け、ロバートをそれとなく諫めつつ、太河は次の標識を曲がった。

 

その時、太河はもう一度だけ後ろを振り返った。

 

そこには影が落ちる森が広がるだけであった。

 

「……気のせい……だったのかな……」

「瑠々川さん、どうかしましたか?」

「なんでもないよ。さっ、先に進もう」

 

そして、太河達は森の奥へ奥へと進んでいく。

 

彼等が去り、静まり返る標識の森。

 

その木の影から『影』が姿を現した。

 

狼のような体躯をした生き物。だが、備わった爪も牙も狼とはかけ離れていた。

 

その毛並みは血で塗り固めらたかのような赤い色。身体を支える四つ足は骨だけのように細い。その身体を補強するかのように皮のベルトが幾重にも巻き付けられていた。そんな四肢の先に備えられた爪は異常な程に長く、鋭く、殺傷する機能のためだけに洗練されたナイフのようだ。

 

そして何よりも特徴的なのが体格に見合わぬ異様な程に大きな口だった。

その口だけで全長の半分程に達し、その内側にはのこぎりの刃のようにおびただしい数の歯が並んでいた。

 

「ふふふ・・・獲物だ・・・獲物だ・・・」

 

凶悪で低い声。真冬でもないのにそいつの息が白く染まっていた。

不気味な吐息が森をざわめつかせたかのように風が吹く。

 

彼奴の名はファングモン

 

「ふふふ・・・獲物だ・・・獲物が来た」

 

森の奥に潜み、全てを喰らう魔獣の犬狼。

 

そして彼は最も上質の匂いを嗅ぎつけた。それは上手そうな生の肉の匂い。

 

その噛みごたえを想像して涎が垂れる。

 

落ちた唾液が煙をあげて木々の根を腐らせる。吹きあがっていく煙を踏みしめ、その魔獣は音もなく彼等の後を追って歩き出した。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

標識だらけの森では彼等は迷うことはなかった。なぜなら、『工場工場』と矢印が書かれた道路標識が数メートル間隔であるのだ。これだけ念入りに方向を示してもらっていれば道を間違えることはない。だが、彼らは大事なことを聞きそびれていた。

 

工場までの距離を聞いていなかったのだ。

 

「おい!いったい、いつになったら工場に着くんだよ!!」

 

ロバートがそう言って喚きだしたのは日も少し傾きだした頃であった。

 

「工場にはすぐ着くんじゃなかったのか!?こんなに歩くなんて聞いてないぞ!」

 

ヒステリック気味に高い声をあげるロバート。そんなロバートの前を歩いていた薬師寺は溜息を吐きたいのをグッと堪えた。

 

「誰も『すぐ着く』なんて言っていませんわ。『標識を辿れば確実に着ける』と言っただけですわよ」

「はぁ?じゃあ、今日中に森を抜けられないかもしれないのか!?」

 

ロバートは尻もちをつくようにその場にへたれこんだ。

 

「僕はもう疲れた!もう一歩も動けないぞ!!」

 

そして、ロバートが止まってしまえば鐘山も足を止める。

2人が止まれば彼等のパートナーデジモンも止まる。そうなってしまえばもう進むことはできない。

太河はまだ進もうとする薬師寺の背中に声をかけた。

 

「薬師寺さん。今日はもうここで休もう。そろそろ、限界だ」

 

太河の言葉に彼女は振り返り、みんなを見渡した。

 

「……そうですわね……」

「いよっしゃー!」

 

ロバートがその場にその場に大の字に倒れる。

そのロバートを士ノ道が鬼の形相で見下ろした。

 

「ロバート!まだ休むな!これから食料探しに入るのだ!」

「ふざけんな!お前何言ってんだよ!?バッカじゃねぇの!?」

 

ロバートが気炎を込めて起き上がる。

 

「食料なら鐘山が作った保存食がまだいっぱいあるだろ!!だいたい、こんな森の中で迷ったらどうすんだよ!今日は動かないのが正解だ!」

「鐘山の保存食は明日の分までしかないのだ!体力があるうちにできるだけ食料の予備を探しておくべきだ!」

 

睨み合うロバートと士ノ道。太河は口の中だけで『またか』呟く。

彼らは一日に何回いがみ合えば気が済むのだろうか。

太河は聖人でもなければ、裁判官でもない。いくら彼の忍耐力が高くとも限界というのは存在する。

 

それでも太河は眉間の皺を揉みほぐし、なんとか自制心をフル稼働させてため息を飲み込んだ。

 

しかし、今回はどう仲裁しようか。

 

今はサヴァイバルの最中だ。明日のこともわからない毎日なのだから食料を確保しようとする士ノ道の言っていることも正しくはある。だが、ロバートの言い分も間違っているわけではない。奴の意見の根っこの意見が『サボりたい』だけであろうとも、口にしている言葉は決して間違っていない。

 

とりあえず、今日はこの森が初めて来る場所だということを強調しよう。

アグモン達もこの『標識の森』は来るのが初めてなのだ。

見ず知らずの森の中で少数に別れることはなかなか危険だった。

 

その辺りから口火を切ろうと思っていた太河は視界の隅で肩幅のある背中がフラフラと森に消えようとしているのをとらえた。

 

「シャオ!!ちょっと待って!!」

 

太河は慌ててシャオの背中に声をかける。シャオはキョトンとした顔で振り返った。

 

「あん?どうした?」

「いや、うん。シャオ……悪いけど今は皆の動きを決めてから行動してくれ」

「馬鹿いえ、小便行くだけだっての。それなのに待ってくれはねぇんじゃねぇの?」

「ガジモンを連れて小便?」

 

太河がそう言うと、シャオは「あぁ……」と呟く。その顔には「面倒くせぇ」と遠慮会釈ない感情が張り付いていた。

 

「ガジモン、てめぇ残れ」

「うぇっ!ダメだよそんなの!周囲を見回るにしろ、食料探しにしろ、オイラが一緒じゃないと危ないぞ!」

 

語るに落ちるとはこのことだった。

というより、ガジモンの口が迂闊すぎるのだ。

 

シャオは頬をひくつかせながら大きくため息を吐きだした。

 

「この駄犬が」

「ダケン!?オイラのこと駄犬って言ったか!?犬に飽き足らず!駄犬って言ったか!?オイラは犬じゃねぇぞコラァッ!」

 

飛びはねて抗議してくるガジモンをシャオは無視し、太河に向けて片手をあげた。

 

「じゃぁ、そういうことで。ちょっと行ってくる」

 

まるで近くのコンビニに買い出しにでも行こうとするかのような気楽な言い方であった。

だが、それを「はい、そうですか」と送り出すわけにはいかなかった。

そんなシャオに対し、なんと言ったものかと考えた瞬間だった。真っ先に鋭い声が飛んだ

 

「シャオ!貴様、いい加減にしないか!」

 

士ノ道がこめかみに青筋を立てながらシャオを睨みつけていた。

 

「今度はなんだよ『魔王様』。おめぇだって、周囲を回って食料集めた方が良いって意見だったじゃねぇか」

「私は単独行動を止めろと言っているんだ」

 

シャオは殊更うんざりしたような顔をした。

 

「単独行動じゃねぇよ。ガジモンがいるだろ?」

「そうだ!オイラがいる!犬じゃねぇ!ガジモンがここにいる!」

 

ガジモンの口調に棘がある。先程『駄犬』と言われてことを結構根に持っているらしい。

そんなガジモンを無視して、士ノ道は言葉を続ける。

 

「お前は瑠々川や鐘山と違って、デジモンを進化させられるわけではないだろ!そんなペアを単独で森に行かせられないと言っているんだ!」

「別に進化してなきゃ手段がゼロってわけでもねぇだろ。走って逃げて、隠れてやり過ごせばいいんだ。だったら身軽な単独行動の方が楽だ」

「単独行動じゃねぇ!!オイラがいる!!」

 

飛びはねるように自己主張するガジモン。

ガジモンの心意気は買うが、今は話をややこしくしないで欲しかった。

そして、士ノ道はそんなガジモンを指差して言った。

 

「この様子のガジモンを連れて『隠れてやり過ごす』のか?」

 

鼻息を荒くするガジモンを見下ろし、シャオは自分の不利を悟った。

 

「……わかったよ。じゃあ進化できる太河か善久を連れてけば文句ねぇか?」

「それは……」

 

士ノ道はすぐに思考を巡らせ、その場合の戦力分配を計算しようとする。

だが、その計算式の答えを太河はすでに導き出していた。

 

「それじゃあ、僕がシャオと行く」

 

太河がすぐさまそう言った。

 

「鐘山君のベタモンが本来の行動力が発揮できるのは水の中だ。森の中で逃げ回るなら僕の方が適任だと思う。それでどう?他の人達は休んでていいよ。あまり人数を小分けにするのは危険だしね」

「さんせーい!!」

 

真っ先にそう同意したのはロバートであった。

彼からすれば他の人達が勝手に食料を取ってきてくれるこの状況は願ってもないことなのだろう。

 

そして、それ以外の人達からも否定意見は入らない。

 

「いいですわ」

 

そして、最後に決定事項を告げるかのように薬師寺が言った。

 

「探索は2人に任せますわ。ただし、完全に日が沈み切る前に戻ってきてください。他の方々もそれでいいですわね」

 

薬師寺が認めてしまえば士ノ道はそれ以上食い下がってくることはない。

 

「わかってる。そんなに遠くには行かないよ。いくよアグモン」

「うん!」

 

反対意見がないことを確認した太河はすぐさまシャオと一緒に森の中へと入っていった。

 

標識が続く森の中は夕暮れが近づき、視界が極端に狭まっていた。木々の隙間から洩れるオレンジ色の夕焼けは森の中に強いコントラストを産む。日の当たる場所はより明るく、影となる場所はより黒く染まる。物影が色濃くなり、闇が深まっていく感覚は太河達に強い緊張感をもたらしていた。

 

そんな中、一切物怖じせずに進んでいたのがガジモンであった。

 

「いいかシャオ!この野郎!オイラから離れるなよ!!」

 

ガジモンはそう言って鼻と耳をひくつかせつつ、太河とシャオの前を歩いていく。

 

「なんだあれ?」

「さっきシャオが『駄犬』って言ったのがよっぽど気にくわなかったんじゃない?」

「あんなのただの冗談じゃねぇか、ったく」

 

そんなシャオの言葉を知ってか知らずか、ガジモンは鼻息を荒くしながら率先して森の奥へと進んでいく。放っておけばどこまでも直進していきそうなガジモンに向け、シャオがため息まじりに声をかけた。

 

「おいガジモン、遠くに行くつもりはねぇんだ。適当なとこで曲がるぞ。キャンプの周囲を円を描くみたいに探索すんのが……」

「わかってらい!!だから曲がる時は声かけろ!それまではオイラが真っすぐ進んでいち早く危険を知らせてやる!!」

 

ガジモンはそう言いながら牙を剥く。余程腹に据えかねているようであった。

そんなガジモンの態度にシャオは頭をかく。

 

「ったく、面倒な奴だな。どうしてあれが俺のパートナーなんだよ」

「まぁまぁ……」

 

シャオは小さく呟いたつもりであったが、その声はガジモンの大きな耳にしっかりと聞こえていた。

ガジモンは「ガルルルル」と唸り声をあげながら振り返った。

 

「シャオ!!」

「ん?どうした?」

「『あれ』とはなんだ『あれ』とは!!オイラはガジモンだ!!」

「聞こえてたのかよ……だから、言葉の綾だっての。さっさと前向いて警戒してくれよ」

 

ピシリとガジモンのこめかみに青筋が走り抜けた。

 

「シャオ!オイラは怒ってるんだぞ!」

「みたいだな。まぁ、『駄犬』って言ったのは悪かったよ」

「そうじゃない!それだけじゃない!!」

「はぁ?」

 

ガジモンはその鋭い爪をシャオに向けて突きつけた。

 

「オイラが怒っているのはな!シャオがオイラのことをぜんっぜん信頼してくれてないからだぞ!?」

「……なんのことだよ」

「この前のミノタルモンの時もそうだし、ついさっきだってそうだ!!シャオは……シャオは……オイラがいなくても問題ないって思っているだろ!!」

 

ピタリとシャオの足が止まった。シャオからの返事はない。

そのシャオの態度にガジモンの口からギリという音が洩れた。

奥歯を噛み締めた音だった

 

「ミノタルモンの時はオイラが吹っ飛ばされた時、別にどうとも思わなかった顔をしてた!そしてさっきは普通にオイラを置いていこうとした!シャオは自分一人でなんとかできるって思ってるんじゃないのか!?」

「……」

「オイラはだから怒ってるんだ!オイラはシャオのパートナーだ。オイラのことを頼ってくれよ!!」

「……」

 

シャオは無言のままだった。

 

太河はガジモンの言い分を聞き、シャオの行動を思い起こす。

デジタルワールドに来てからのシャオはそこまでパートナーを邪見に扱っていた覚えはない。

それを言うならロバートの方がよっぽどパートナーを雑に扱っている。

 

ただ、シャオにはパートナーを切り捨てることに躊躇いがない様子であったのも事実であった。

目の前でガジモンがピンチなら助けるし、ガジモンに助けてもらえれば礼も言うし、一緒に戦いもしてきた。

だが、いざという時に『不必要』だと判断したらシャオは容赦なくガジモンを置き去りにしてきた。

 

ガジモンが一番怒っているのはそこだった。

 

太河は黙ってしまったシャオの横顔を盗み見る。

 

シャオは困ったようにわずかに俯き、目線を明後日の方向に向けていた。。

ガジモンを直視することはせず、体のいい言い訳を探すようなその態度にガジモンの憤怒は余計に吹き上がる。

 

「いいかシャオ!オイラはシャオのパートナーだ!シャオがどういう態度を取ろうとそこはかわらねぇんだ!!それでもオイラに対してそういう態度を取るってんならな……」

「……どうすんだ?パートナーを解消するか?」

「そんなことしねぇ!!いいか!!よく聞け!!」

 

ガジモンは大きく一歩飛び出し、シャオの足元から腕を突き上げた。

 

「オイラはシャオを絶対に助ける!どんな時でも、どんな場所でも俺が必ず助けてやる!!」

「はぁ?どういう理屈だよ」

「シャオがオイラを邪魔だと思おうと、イラネェって思おうと、絶対に絶対に離れない!オイラが不必要だって思うなら、役に立つってとこを見せてやる!!」

「………勝手にしろよ」

「勝手にするさ!見てろよ!!ぜってぇ助けてやるからな!ほら!早くピンチになれ!!」

「……うるせぇ犬だな」

「ぬぁぁああ!また言ったな!!オイラは犬じゃねぇ!!とにかく見てろ!!口でダメなら行動だぁぁぁ!」

 

そう言って先を歩き出すガジモン。

太河とシャオは遅れまいと再び歩き出した。

 

「ふん!ふん!ふん!」

「おいガジモン、鼻息がうるさいぞ」

「気合い入れてんだよ!」

 

ガジモンの肩肘張ったその姿にシャオは舌打ちを一発放つ。

 

「……守る?俺を?バカじゃねぇの?」

 

シャオはわずかに目を細め、そう呟いた。

夕闇迫る森の中。太河はそんなシャオの顔がどこか寂しそうに見えていた。

 

森は次第に深く、暗くなっていく。

 

そんな彼らを音もなく付ける獣が一匹。

 

夜霧に浮かぶ幻影のごとく、その獣は二人をゆっくりと追っている。

 

「ふふふ……ふふふ……いいこと聞いた、いいもの見た見た……使えるぞ、使えるぞぅ」

 

低い声で歌うそれは木々のざわめく音に隠れていった。

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