デジモンエタニティ   作:LOST

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黒き番犬!ドーベルモン!Cパート

「ふん!ふん!ふん」

「……」

「ふん!……ふん!……ふん!」

「……」

「しゃ、シャオ……」

「どうした?」

「肩こった……」

 

大きく溜息を吐き出したシャオ。太河も苦笑いだ。

そりゃあれだけ肩肘張った歩き方をしていればそうなるだろう。

 

「な、なんだよその眼は!」

「……言わなきゃわかんねぇか?」

「ごめん……」

 

素直に謝れるのはいいことだ。

太河はそう思うものの、苦笑いは深まるばかりだ。

 

空も群青色になりつつある時間帯だ。そろそろキャンプに戻るべきかと思っていたのでいいタイミングでもあった。

 

「シャオ、そろそろ戻ろう。暗くなる」

「まぁ、そうだな……だけどよ、これをそのまま見逃す手はねぇだろ?」

「え?」

 

シャオはすぐ隣にあった木の上を指差す

太河がそれに釣られるて視線をあげると、木の上に赤い木の実がなっているのを見つけた。

それを見たアグモンが嬉しそうな声をあげた。

 

「あっ!あれデジリンゴ」

「でじ……りんご?りんごなの?あれ?」

「うん!すっごいおいしいんだ」

 

林檎というよりはさくらんぼのような形をしている木の実であった。

 

「つまり、食べれる?」

「もっちろん!」

 

アグモンのお墨付きがあれば心配ないだろう。

 

だが、念には念を入れるつもりでシャオが自分のパートナーにも確認をとった。

 

「ガジモン、間違いなく食えるんだな?」

「ああ。あれは美味いぞ!……って、ダメだ!シャオが獲りに行くのはダメだ!オイラが取りに行く!!」

 

ガジモンはそう言って急いでシャオと木の間に立ちふさがった。

 

「シャオに危険なことはさせない!オイラがあれを取ってくる!いいな!?」

「好きにしろよ」

 

シャオはそう言って溜息をついた。

 

「いよっしゃぁああ」

 

意気込んで木に足をかけるガジモン。

 

その時だった。

 

不意に強い風が吹き荒れた。

それは単なる風だ。誰かが意図的に吹かせたものでも、デジモンのワザでもない。気圧の変化が産み出した単なる風。

 

いわば、偶然の産物。

 

だが、その風は枝を揺らし音をたて、濃厚な土の香りを巻き上げて一時的にデジモン達の五感を覆い隠してしまった。

 

その瞬間

 

何かが森の中から飛び出した。

 

その『何か』は木々の間を抜けて、猛烈な勢いで突撃してくる。その『何か』は風も音も置き去りにし、毒の涎をまき散らし、血の臭いを振りまき、弾丸のような勢いで突っ込んでくる。

 

その『何か』の名はファングモン。

 

暗闇の中に紅色の眼光が尾を引く。

 

アグモンとガジモンがその危険を察知した時には既にファングモンの爪と牙は彼等を射程距離に捉えていた。

 

「シヤァアアアアアア!」

 

威嚇の声を張り上げるファングモン。その音に反応した太河とシャオが身構える。

否、()()()()()()()()

ファングモンは自分の存在を強調することで2人に『判断力』を強いた。思考の時間を与えることで、反射的な行動を止め、身体を硬直させたのだった。

 

そして、ファングモンの狙いは最初から1人だった。

 

ファングモンは一直線にシャオに向けて突進してきていた。

 

「シャオ!!」

 

ガジモンが咄嗟に飛び出る。まさに間一髪。ファングモンの鼻先がシャオへと迫るその一瞬前にガジモンがシャオの間に立ちふさがった。

 

「ガジモンクロ―!!」

 

上から叩きつけるようなガジモンの爪。それは見事のファングモンの脳天を捉えたかに見えた。

だが、次の瞬間。ファングモンの姿が霞のように消えた。

いや、正確には消えたのではない。ファングモンはその鋭い爪をスパイクのように地面に食い込ませ、常識では考えられない速度でサイドステップを繰り出したのだ。

 

消えたと錯覚する程の速度での方向転換。ガジモンの鼻と耳ですらその速度に追いつけない。

 

「……シャハハハ」

「シャオ!後ろに回り込まれた!」

「わかってるけどよ!くそっ!!」

 

ファングモンはガジモンをかわし、シャオの目前まで迫る。そして、ファングモンはその大顎を大きく開いた。

あまりにも大きな口腔。それはウサギどころか子鹿さえ一飲みにできそうな程の巨大な顎であった。

 

シャオは抵抗しようと蹴りを繰り出した。

相手の顎の真下からアッパーカットのように強引に蹴り上げる高難度技だ。咄嗟の状況にしては十分に体重の乗った蹴りだった。だが、人間とデジモン では体格がまるで違う。その蹴りはファングモンの下顎に当たったものの、相手を退ける程の威力にはならない

 

「いただきまぁぁす!!」

「ぐっ!!」

「シャオ!!」

 

右肩から噛みつかれたシャオ。

ファングモンはそのままシャオを抱えて、走り出す。

 

「待ちやがれ!!この野郎!!」

 

ガジモンが咄嗟にそのファングモンにしがみついた。

背中の毛を掴み、振り落とされまいと爪を立てる。

 

「このぉ!!シャオを離せよぉおお!!」

 

ガジモンは強引にファングモンの身体に噛みつく。

だが、ファングモンはものともせずシャオを引きずるようにして森の奥へと駆け抜けていく。

 

全てはアッという間の出来事。

 

「シャオ!!!」

 

太河がファングモンを追って走り出すものの、その姿はすぐさま森の中へと消えて見えなくなってしまった。

 

「シャオ!シャオオオオオオオ!」

 

喉がひりつく程の声をあげる太河。

太河はファングモンを追いかけるために駆けだす。

その足にアグモンが組みついた。

 

「待って太河!!」

「アグモン!何すんだ!早く追いかけないとシャオが!」

「待ってよ!今、森の奥にったら道がわからなくなっちゃう!!」

「あ……」

 

太河はすぐさま後ろを振り返った。

暗くなっていく森の中。先程のデジリンゴが実っていた木が既に見えなくなりつつあった。

たった数歩走っただけだというのにすでに道を見失いかけているのだ。

 

このまま闇雲に森の奥に突撃すれば遭難することが目に見えていた。

 

「シャオを連れていったのはファングモンだ」

「ファングモン?」

「うん、やばいデジモンだ。でも、見て!」

 

アグモンが指さす先。

地面に降り積もった腐葉土から煙があがっていた。

 

「ファングモンの涎はこうやって毒になってる。ファングモンはシャオを咥えているから涎は垂れ流しだ」

「……これを追っていけばいいんだね」

「うん。でも、この煙はすぐに消えちゃう。急がなきゃいけないのは変わらない」

 

仲間に助けを求める時間はないというわけだ。

 

「ファングモンは絶対にすぐに獲物を食べたりしない。巣穴に持ち帰っていたぶってから食べるんだ」

「なるほど。じゃあ、すぐさまシャオは食われたりはしないってこと?」

「うん……」

 

太河は森の奥を睨みつける。

 

標識が乱立し、木々が死角を大量に生み出す森の中。

生理的嫌悪感が背筋を凍らせる。

 

それでも、太河はアグモンと一緒に駆けだした。

 

「アグモン!!すれ違う木に全部爪痕をつけておいて!」

「まかせて」

 

ファングモンの足に短距離で追いつくことはできないだろう。

だが、人間は地球では最も長距離を得意とする生き物だ。

 

絶対に追いついてやる。

 

太河は背筋に流れる冷たい汗を無視して走り続けた。

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

「ぐぅっ!くそがぁ……」

 

身体を引きずられながら、シャオは手足を強引に振り回す。

足で胴体を蹴り上げ、目つぶしを狙って腕を振る。

 

だが、そんなことをものともせずにファングモンは走り続ける。

肩に食い込んだ牙の痛みはさほどではなかった。だが、シャオの暴れ方が一定以上になるとその牙は容赦なくシャオの肉に食い込んだ。

 

「いつでも殺せるんだぞ」という脅しのような牙の痛み。

 

シャオはそのたびに、激痛に身体を硬直させてしまう。

 

「くそったれぇぇええ!!」

 

それでも負けじと腕を振り回すシャオ。

その度に牙が深く突き立てられ、唾液の毒がシャオの皮膚に容赦なく火傷をこしらえる。

痛みにうめき声をあげ、歯を食いしばるシャオ。

そして、痛みが引くたびにまた抵抗を試みる。

 

「くっそぉおぉおお!!」

 

それと同じくしてファングモンの背中に組みついていたガジモンもファングモンに爪を突き立てようとする。

だが、その意味合いは『攻撃』というよりも、ファングモンに『しがみつく』という意味合いが強かった。この場で最悪なことはシャオが1人でファングモンに連れ去られてしまうことだ。今はシャオを解放するよりも、ファングモンから振り落とされないことが肝心だった。

 

森の中を風のように駆けていくファングモン。

 

どれほど太河から引き離されたのかわからない。

森の中をどうやって走ってきたのかもわからない。

 

俺はキャンプに戻れるのだろうか。

 

そんな不安がシャオの胸に忍び込む。

 

「……くそがぁ!!」

 

だが、シャオはその不安を怒声と共に蹴飛ばした。

例え見知らぬ森の奥に連れ込まれたとしても、所詮は森の中。ファングモンから解放されればサバイバルを生き抜く方法などいくらでもある。例え、合流できなくなったとしても、1人でだってある程度生きていける。

 

それよりも、不安や弱気に心が呑まれる方がまずい。

抵抗する意志を一度でも折られたらそこから気持ちを立て直すことは非常に難しい。

 

気持ちが沈みこめば今度は拳が握れなくなる。それをシャオは度重なる経験から知っていた。

 

「オラァ!オラァ!!オラァアア!!」

 

例え効果が薄かろうと、殴りつける自分の拳が痛かろうと、とにかく攻撃を続けるシャオ。

無理な姿勢で強引にもがき続けることはシャオの体力を否応なく奪っていく。

シャオの息があがり、動作も緩慢になっていく。

 

それでもやはりシャオは殴り掛かり、蹴り上げることを止めることはなかった。

 

そして、不意にシャオを咥えていたファングモンが呟いた。

 

「……ったく……骨があるのはいいことだが、こいつは思った以上に骨太だったな」

 

獣の唸り声にも似た嗄れ声と子供のような甲高い声が入り混じった奇妙奇天烈な声音だった。間近で聞くファングモンの声は人の生理的な嫌悪感をかきたてるようなものだった。思わず耳を塞ぎたくなるような声。シャオは歯を食いしばってその音に耐えながら、ファングモンの眼球めがけて拳を突き上げた。

 

「うるせぇ、とっとと放せ!!」

「はいはい、仰せのままに……ってな?」

「なっ!!」

 

突如、ファングモンの口から放り出されるシャオ。

その隣にすぐさまガジモンが投げ込まれた。

ガジモンは受け身をとって一回転し、いざとなればシャオの盾になれるよう両手を広げた。

 

「シャオ!無事か!?」

「なんとか、けどここは一体なんなんだ!?」

 

ガジモンが耳をかき上げながら周囲に目を走らせる。

シャオとガジモンは森の中の小さく開けた場所に連れてこられていた。

この場所は今までの『標識の森』とはまるで毛色が違った。

シャオ肩を抑えながら頭上を見上げた。

 

「キノコの……階段?」

 

そこには周囲の木々に巨大なキノコがいくつも生えている場所だった。

見た目はサルノコシカケに似ているが、大きさが桁違いだ。人一人が楽に横になれるであろう大きさのキノコが階段のように重なり合って螺旋階段のようになり、頭上遥か遠くまで続いていた。夕焼けの赤い光がキノコ群を照らす様はこの状況を忘れそうになるぐらいに綺麗で、それはさながら巨人が作った豪華な建築物のような光景だった。

 

自然が作り上げた不可思議な光景に一瞬だけ目を奪われたシャオ。

だが、幻想的な景色に心奪われるような純真な心はここでは不必要だ。シャオはすぐさま頭を喧嘩モードへと切り替えた。

 

「シャオ!ファングモンが周囲にいる。オイラの鼻がそう言ってる」

「言われなくてもわかるっての!」

 

シャオは歯を立てられた右肩を庇いながらガジモンと背中合わせに立つ。

そして、改めて周囲を見渡して舌打ちを放つ。この場所は死角が多い。多すぎる。

キノコの大きな傘が視界を遮り、不規則な形の影が無数にあるのだ。

しかも今は昼と夜が切り替わる時間。

 

逢魔時だ。

 

シャオは自分がファングモンの狩場の中にいることを悟った。

 

ふと、風が吹いた。地面に降り積もった枯葉がカサカサと音を立てた。

その音の中に不規則な足音が混じる。

 

「シャオ!あぶねぇ!」

 

ガジモンがシャオを引っ張る。それとほぼ同時に木々の影からファングモンの細い体が飛び出した。

 

「ガァオ!!」

 

ファングモンの俊敏な動きにシャオの反応が遅れる。

それでも、なんとか身をかわし、シャオはたたらを踏んだ。

 

「シャオ!大丈夫か!!」

「大丈夫だくそったれ!」

 

間一発だった。犠牲は足の薄皮一枚。痛みは少ない。

シャオはすぐさまファングモンの方に向けて拳を向けた。

右腕と右足を前に出し、後ろ脚を半歩下げる。左足は軽いつま先立ちで、右足も踵をやや上げる構え。シャオはひりつくような足先の痛みを無視して足を半歩踏み出した。

 

そんなシャオの闘志など歯牙にもかけていないようにファングモンは心底楽しそうに笑っていた。

 

「ひゃひゃひゃ、かわされちまったか~」

 

その巨大な口を根本まで裂き、口の端から涎を滴らさせて、醜悪に笑う。

 

「ひゃっひゃっひゃ!俺の牙がほとんど血の味がしやがらねぇ。よくもまぁ、あのタイミングでかわせるもんだぜ」

 

ファングモンは舌先で自分の牙を舐める。その仕草はまるで獲物を前に舌なめずりをしているようであった。

わかりやすい挑発であるが、それは見事にシャオにヒットした。

そして、ガジモンもまたシャオを傷つけられたことが我慢ならない。

 

「てめぇ!覚悟しやがれ!」

「そうだぁ!よくもシャオをやってくれたな!」

 

血気の溢れるシャオとガジモン。

それに対してやはりファングモンは軽薄な態度を崩さない。

 

「なんだい?俺と遊ぼうってのか子犬ちゃん」

「俺は犬じゃねぇ!『パラライズブレス』」

 

ファングモンめがけて放たれた空気弾をファングモンはその場から飛び上がって回避し、そのままキノコの階段をかけあがっていった。

 

「このぉ!待てぇ!!」

 

ガジモンも追いかけようとキノコに足をかけた。

 

「ガジモン!待て!下だ!!」

「ほぇ?」

「ガァオ」

 

突如、地面スレスレの位置からファングモンが飛び出した。

ガジモンの背中をその爪で切り裂き、またもや頭上へと走っていく。

地面を転がるガジモン。そんなガジモンを庇うようにシャオはガジモンを抱えた。

 

「ったく!ガジモン!!大丈夫か!?」

「この程度の傷なら平気!でもヤバイな、ここ」

「同感だよくそったれ!」

 

ファングモンはまたもやキノコが作り出した死角の中に消えた。

おそらく奴は木の裏や森の影を通って下に降り、こちらに攻撃を仕掛けるタイミングを見計らっているのだ。

 

ここは死角が多く、そして『近い』

 

厄介極まりなかった。

 

「……まぁ、俺が現れるのは木の影からとは限らんけどなぁ?なぁ?なぁ?」

 

シャオの背後からファングモンの声がした。

冷たい吐息と獣特有の臭いが横顔を撫でる。

 

「このぉお!」

 

シャオは反射的に上段後ろ回し蹴りを放った。だが 、その蹴りは空を切った。シャオの後ろには誰もいない。

 

「シャオ!上!!」

 

ガジモンの声があがると同時に森の中に拍手が鳴り響いた。

 

「ほぅほぅ、いい反応だな。しかもいいコンビじゃねぇか。二人して死角を補い合い、助け合って戦う。うぅ~ん反吐が出るようなコンビネーションだ。うぷ、吐きそう」

 

ファングモンは気分を害されたような顔でキノコの一つに器用に腰掛けていた。

 

「な~んちゃって~?吐きませ~ん、ひゃははははは!」

「てめぇ!どういうつもりだ!?」

 

シャオが苛立ち混じりの声をあげた。

シャオは最初、ファングモンは自分達と『戦う』つもりでここまで運んできたのかと思っていた。実際、シャオは喧嘩するつもり満々であった。だが、それに対してファングモンはこちらをおちょくって戯れてくるだけでまるで戦意を感じない。それがシャオの癇に障っていた。

 

「降りてこい!俺と戦うつもだったんじゃねぇのか!?」

「ああん?戦う?そんなことするわけねぇじゃ~ん」

「なに?」

「お前と戦ったって俺に何の得があるんだよ?っていうか、もう帰ってもいいんだぞ。お見送りしてやるからさ」

 

ファングモンはそう言って長い爪でシャオを追い払うような仕草をする。

そんなファングモンに向けてガジモンが爪を向けた。

 

「そんなこと言って!オレ達の背後からやる気だろ!!送り狼みたいに!!」

 

『送り狼』の正確な意味合いとは少し異なる使い方だが、まぁ意味はわかる。

だが、ファングモンは呆れたように自分の爪で背中を掻いていた。

 

「そんなわけないだろ。ほら、さっさと行けよ」

 

シャオ達に興味なんかないような仕草。

そして、あろうことか、ファングモンはそのまま横になってシャオ達に背を向けた。

 

本当に襲う気が無いのだろうか。

 

シャオはガジモンと目を合わせた。

そして、もう一度ファングモンに目を向ける。

 

「どうしてだ!?だったらどうしてここに連れてきた!?」

「ああん?そりゃお前、今お前を食ったところで美味そうじゃねぇんだもんよ」

 

シャオの頭に疑問符が浮かぶ。

食べるつもりでここに誘い込んだんじゃないのか?

それに『今』ってどういうことだ?俺を喰うタイミングが別にあるのか?そして、『今』の奴の狙いが『俺』じゃないのならその相手は一体誰だ?

 

俺じゃない……ファングモンが狙ってるのは俺じゃない……

 

「まさかっ!!!」

 

しまった!!

 

駆け出そうとしたシャオ。その先にファングモンが現れた。

そして、その姿が次第に霞のように不安定なものになっていく。

 

ファングモンというデジモンは童話に登場する『狼』のデータが集まった存在だ。森に潜み、主人公を様々な手段で騙して食らおうとする悪役。人に化けるなんてファングモンにとっては朝飯前だった。

 

そして、シャオの前に現れたのはまるで自分を鏡にでも写したかのような姿のロン・シャオメイであった。

ロン・シャオメイに化けたファングモンは頬を極限まで歪ませて笑う。

 

「ははは、わかった。わかっちゃった?わかるに決まってるよなぁ?お前をここに連れてきたのはお前をあいつらから引き離す為さ。お前の様子はずっと見てたよぅ?俺にはわかる。お前は誰も信じちゃいない、誰からも信頼されてない。だから。お前は誰だってすぐに切り捨てられる。友達も、家族も、パートナーも」

「……」

「俺が1人でお仲間のもとに戻っても誰も変だなんて思わねぇだろうな?お前なら傍にパートナーデジモンがいなくても誰も不思議がらないだろ~ほんとにお前は一匹狼みたいな奴だなぁ~~群れから追い出され、死に場所を探す、寂しい寂しい一匹狼だ。お前に化けるのは簡単だぁ」

「てめぇ……」

 

シャオは自分と同じ姿のファングモンに向けてすぐさま突進した。

狼の体躯の姿だった時と違い、人間と同じ姿ならシャオにとっては余計に殴りやすかった。

 

だが、ファングモンに向けて踏み出した足はシャオの意志とは裏腹に急激に力を失った。

 

「なっ……なに!」

 

それと同時にガジモンも自分の身体の違和感を感じ取った。

 

「うぐっ……からだが……」

 

シャオとガジモンの身体が動かない。

それを見てファングモンは余計に笑みを深くする。

 

「あれあれ?追ってこないんでちゅか~?そりゃそうでちゅよね~?俺様の牙にも爪にもターっぷり唾液が染み込んでるんだよ~麻痺毒がなぁ!」

 

指は動く、足は動く、だが、立てない。

 

「安心しろよ~お前さんは最後だ。最後に食ってやる。だからよう、俺が戻ってくるときには俺が大好きな顔をしていてくれよ?孤独と絶望に打ちひしがれた泣き顔だぁ!!そんなやつの手足を一本ずつ喰っていくのが最高なんだよ~~」

 

くそっ、くそっ、くそっっ!!

 

シャオは震える体で拳を握る。

 

「ひゃひゃひゃ、じゃあな。アオーーーーン」

 

勝利の遠吠えと共に駆け出していくファングモン。

 

ファングモンが化けたロン・シャオメイの背中が森の中に消えていった。

そこに手を伸ばそうとするシャオ。だが、シャオは自分の身体をほとんど動かすことができなかった。

それは身体に回った麻痺毒の効果でもあったが、それ以上にファングモンの『言葉の毒』が身体を蝕んでいた。

 

シャオは誰も信じない。誰にも信じられていない。

 

そんな評価にシャオの心は平常ではいられなかった。

 

ふざけんな。ふざけんな。ふざけんな。

 

「……なんで……だよ……」

 

なんで、わかんだよ。

 

「ちっっくしょぉぉぉーーー!!」

 

不意に叫び声があがる。叫んだのはガジモンだった。

シャオが緩慢な仕草でそちらに目を向けると、ガジモンは震える手足で身体を支え、無理やり立ち上がっていた。

 

「……お前……」

「シャ、シャオ!さぁ立て!立つんだ!」

「……無理を……言うな」

 

シャオは本格的に感覚が鈍磨してきた両腕を力無く地面に横たわらせる。

 

「無理なもんか!!くっそぉおお!!」

 

ガジモンは腹の奥に力を込め、一歩一歩を確かめるようにしてシャオの元へと歩いていく。

膝はがくつき、身体はふらつき、視線すら定まらない。

それでもガジモンはシャオの身体に手を届かせた。

 

「ふんならぁっぁあぁ!!」

 

そして、ガジモンはシャオを背中で持ち上げた。

 

「うおぉぉぉ!シャオは、シャオは……オイラが……守るんだぁぁぁあ!」

 

だが、ガジモンはせいぜい中型犬ぐらいの大きさしかない。

中学生とはいえ体格のしっかりとしているシャオを持ち上げるのは至難の技だった。

ガジモンが背で抱えられたのはせいぜいシャオの上半身のみ。下半身は地面にこすらせたまま。ガジモンの肩にシャオの片腕が乗るだけでバランスが崩れる。

 

シャオは諦めたようなため息をついた。

 

「もういい。もういい、ガジモン」

「いやぁだぁぁぁ!オイラが……オイラが……守るんだぁぁぁ!」

「やめろ」

「やめねぇぇぇえ!!う、うわぁ!」

 

ガジモンがその場に崩れ、シャオもまた地面に激突する。

シャオの体に潰されたガジモンから潰れたクッションのような間の抜けた音がした。

 

「ちくしょぉぉ……」

「ガジモン、もういい……お前、動けるなら逃げろよ。俺なんか放って逃げろ」

「いやだぁぁぁあ!オイラは……オイラはまだ!まだ!!」

 

身体に力を込めようとするガジモンであるが、その気合とは裏腹に身体にはしっかり麻痺毒が回っていた。シャオの身体の下から這い出ることもできない。

 

なにせ、傷の深さならガジモンの方が上なのだ。シャオは小さな切り傷1つで動けなくなっているのだに対し、ガジモンは背中を深くえぐられた。それでもここまで動けている方がおかしいのだ。

 

「もう動けねぇよ。だから、諦めろ……俺のことなんか諦めて、お前はもう勝手に生きろよ……」

「いやだって言ってるだろ!!オイラは……オイラは……シャオのパートナーなんだ!!

「まだ、言ってんのかよ」

「何度だって言ってやる!!それにオイラ達だけじゃないんだぞ!皆に知らせないと、皆食われちまう!ファングモンが化けてることを知ってるのは俺達だけなんだ!!!」

 

『皆』

 

シャオの脳裏に複数の顔が浮かんだ。

 

いつだって無表情の木村渚沙

細い目の中に強い意志を隠した鐘山喜久

 

そして、いつも温厚な顔してる癖に妙に影のある顔をする瑠々川太河

 

彼等の顔が僅かに浮かんではすぐさま消えていく。

そして、その泡沫の奥からもっと古い『友人』の顔が浮かんできた。

 

シャオの手のひらが森の土をつかんだ。

 

「あいつらのことなんか知るか」

「シャオ!?何言ってんだよ!」

「どうでもいい。どうだっていいだろ。あいつらなんて」

「そんなの!……だめぇだぁぁぁ!!」

 

無理やりシャオの下から這い出たガジモン。

ガジモンは立ち上がり、再びシャオを担ごうとする。

 

「オイラ達しか助けに行けないんだぁぁ……あぐぅ……」

「…………」

 

助ける?なんで?

 

シャオの脳裏に浮かんでいた『皆』の顔は過去の幻影に上書きされたままだった。

 

なんで『友人』を助ける必要があるんだよ?

 

麻痺で動けない手足が思考力まで鈍らせる。朦朧とする意識が心の奥底にある感情を際立たせる。

 

『俺は誰も信じない、誰にも信じられてない』

 

「………もう……どうでもいい」

 

それを最後に静かになったシャオ。

ガジモンは足を一歩前に出した。

 

まだガジモンは歩けた。

 

ファングモンの攻撃は深かかったが、間一髪で直撃はしなかった。

シャオが素早く位置を教えてくれたからかすり傷ですんだのだ。

毛皮もあったし、麻痺毒になら耐性がある。

 

だから、まだ戦える。

 

だけど、まだ戦えなかった。

 

「シャオ……」

「…………」

「オイラ、わかんねぇよ。なんでシャオがみんなを助けたくねぇのかわかんねぇよ……」

「…………」

「ファングモンが言ってたことなのか?本当なのか?シャオは誰も信じてねぇのか?渚沙も、太河も……オイラも……」

「…………」

「…………そう……なのか?」

「…………」

 

ギリ、と音がした。

奥歯を噛み締める音。

 

ガジモンではない。

 

シャオの口から漏れた音だった。

 

「……シャオ……」

「…………」

 

ギリ、と音がした。

奥歯を噛み締める音。

 

ガジモンだった。

 

「違う………違うぞ!!……シャオ!!違うんだぞ!!」

「…………」

 

ガジモンが大きく足を踏み出した。

その爪が地面に深く、強く食い込んだ。

 

「シャオは誰のことも信じてないかもしれない!それは本当なのかもしれない!!オイラのことも信じてないのかもしれない!!でも、違う!!オイラは違う!!」

「…………」

 

シャオが僅かに顔をあげた。

 

「シャオが『誰にも信じられてない』なんて、そんなことはない!!だって、オイラが信じてる!!!」

「……………」

「シャオは、いい奴だ!!強い奴だ!!オイラは忘れてない!シャオに出会ったあの日のことを!」

 

ゴリモンに襲われた時、パグモンだった自分を死地に行かせまいと抱き止めてくれた腕の強さを。

仲間がスナイモンに襲われている時、アイコンタクトもなしに息を合わせてくれた時のことを。

ゴブリモンの襲撃の中、背中合わせで戦い続けた経験を。

 

「オイラは、オイラが見てきたシャオを信じる!!だからシャオを信じる!!」

「…………ガジモン……」

「シャオ、だからさ、信じてくれよ!頼ってくれよ!誰のことも信じられなくても、オイラのことだけは信じてくれよ!!!!」

「…………」

「……シャオ!!」

 

シャオはガジモンの毛の中に顔をうずめた。

 

小さな背中だった。シャオの下半身はまだ引きずられたままだ。

歩く足もおぼつかない。頼りないデジモンだ。

パートナーとか胡散臭い存在だ。

 

『友人』を名乗りながらも、誰しもが裏切るというのに。

 

もう、誰も信用したくない

もう、誰にも深く関わりたくない。

 

何もかも割り切って生きていく。だから、切り捨てても、利用しても何も思わない。

 

だから、信じてもらえなくていい。認めてもらえなくていい。切り捨てられても気にしない。

 

本当に?

 

シャオの脳裏に複数の『友人』の顔が浮かんだ。

 

『鐘山善久』『木村渚沙』『瑠々川太河』

 

そして、その間でキャンキャンとうるさく吠えるガジモンの顔が浮かんできた。

 

もう、その顔は消えることはなかった。

 

「……ガジモン……」

「…………おう」

 

シャオは目の前の柔らかなガジモンの毛を握りしめた。

 

「俺は……」

「…………」

「あいつらを……助けたい…………」

 

十分だった。

 

それだけで、十分だ。

 

「ガッテンだぁぁぁ!全員!オイラが助けてやるよぉぉぉ!」

 

ガジモンが大きく一歩を踏み出した。

 

 

 

 

【ガジモン・・・進化ーーーーーーー】

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