デジモンエタニティ   作:LOST

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黒き番犬!ドーベルモン!Dパート

【ドーベルモン!】

 

シャオの身体を支えていた肉体が進化を遂げた。柔らかな紫色の毛皮は闇を溶かしこんだような漆黒の固い毛に変化し、その下には固くしなやかな筋肉が鎧のように折り重なっている。その大きさは地球上の大型犬よりもさらに大きい。狼クラスの体躯を持つドーベルモン。逞しい四肢の先には鋭い爪が備わり、大地を強く噛み締めていた。その身体の行く末を見据えるのは爛々と光る紅色の瞳。感情の消え去った狩人のような第一印象を与える瞳であったが、シャオはその中に宿るガジモンの『色』を感じ取った。

 

「進化したのか……」

「シャオ!しっかり捕まっててくれよ!飛ばすからな!!」

「……ドーベルモン……お前は」

「御託は後!身体が軽いぜ!!」

 

シャオはドーベルモンの背についた、波状の突起を掴んだ。

なぜか握力がわずかに戻ってきていた。それどころか、全身を脱力させていた麻痺が少しずつ回復していっている。シャオは這い上がるようにドーベルモンの身体によじ登り、なんとか身体を安定させる。

 

シャオの姿勢が変わり、ドーベルモンはさらに加速した。

ドーベルモンはファングモンのように木々をよけたりしない。

立ちふさがる木々はなぎ倒し、邪魔な枝は粉砕する。

障害物などものともせず、最速でファングモンの臭いを辿る。

 

シャオは風のように流れていく風景を横目に自分の身体の状態を確かめる。足を動かし、手を開閉させ、肩を回す。シャオはすぐに自分の筋肉の力が戻ってきていることに気が付いた。

 

ファングモンの麻痺毒がこんなに早く切れるとは思わなかった。ファングモンの言動を見るに、間違いなくあと数時間は毒が切れないと思っていたのだ。

 

奴が効果時間を間違えるとは思えない?一体なんで?

 

「………まぁ、今はいいや」

 

とにかく、考えるのは後回しだった。

今は身体の状態を万全に近い状態まで動かせるようにするのが先決だった。

 

シャオは四肢の調子を確認する。ドーベルモンも今は臭いを追うことに全集中力を割いている。

 

だから彼等は気づかなかった。

 

シャオのポケットの中で彼のデジヴァイスが淡い光を放っていることに気がつかなかった。

 

「行くぞ!シャオ!」

「……ああ!」

 

 

―――――― ※ ―――――― ※ ――――――

 

 

「太河、ちょっ、ちょっと、ちょっと待ってぇ……」

「アグモン!頑張れって!毒の煙を追えるうちに急がないと!!」

 

太河はわずかに呼吸を乱しながらもまだまだ余裕がある。

だが、アグモンの方が先に根を上げていた。

 

剣道において重視されるのは一瞬で筋力を0から100へと起動する瞬発力だ。

だが、かといって持久力が軽視されるというわけではない。筋力についてもそうだが、心肺機能の重要性はどのスポーツにおいても一緒だ。

太河も部活や自主トレで走り込みを続けているおかげで、太河の心肺機能は一般的中学生の中でも高い方であった。

 

「へぇ、へぇ、前もそうだったけど、太河って早いね……」

「アグモンが遅いんだよ。まぁ、ファングモンに出会った瞬間にへとへとだったら意味ないし。ちょっと休もう」

「う、うん」

 

アグモンはその場で尻もちをついて呼吸を整えようとする。

太河は自分のポケットから保存食を取り出した。出発前に鐘山が『念のため』と渡してくれたのだ。

魚の干物の一部だ。それをアグモンに渡すと、アグモンは喜んで食べ始めた。

 

「美味しい?」

「うん!ありがと太河」

 

笑顔になるアグモン。それを見て太河も頬が緩む。

だが、その内心は心配で仕方なかった。

先程からファングモンの逃げた方向へと度々視線を向けている。

 

そんな太河の様子に気づき、アグモンは肩を落とした。

 

「……ごめん、太河。僕がだらしないから」

「あっ、いや……僕もさっき言い方が悪かった。焦ってもしょうがないのに……」

「でも、僕がもっと速く走れれば……」

 

アグモンは自分の短い脚を悲しそうに眺める。

 

その時になって太河はようやく自分がいかに残酷なことを言っていたのかを自覚した。

アグモンと太河ではそもそも一歩の距離が違うのだ。遅れるのは当たり前だし、それを責めるのはあまりにも酷であった。

 

太河はバツが悪そうな顔で頭をかく。

この世界にきてずっと一緒に生活してきたというのに、そんなことにも気づけていなかった自分が情けなかった。

 

確かに太河は焦っていた。今にもシャオが危険な目にあっているのだから当然だった。

だが、だからこそ、アグモンのことをより気遣ってやらなきゃいけないのだ。

 

太河はアグモンの『パートナー』なのだから。

 

太河は自己嫌悪を飲み込み、息を大きく吸い込む。

そして、ポンとアグモンの頭に手を置いた。

 

「……アグモン、ゴメン」

「え?なんで太河が謝るの」

「とにかくゴメン。それと、さっきの言葉はあんまり気にしないで。速く走れなくたっていいんだ。アグモンにはアグモンにしかできないことがあるんだから」

「僕にしかできないこと?それってなに?」

 

目をパチクリさせて見上げてくるアグモンに向け、太河はニコリと笑いかけた。

 

「アグモンは強い。僕達の他のデジモンの中でも攻撃力は一番だ。それに、進化すれば大勢の人を守れるコアグレイモンに進化できる。アグモンはそうやって皆の前に立って戦える強さがあるんだ。そりゃ、ベタモンの方が泳ぐのは速いだろうし、ガジモンの方が足は速い。でも、アグモンのはアグモンの強さがある。だから、アグモンは自信もっていいんだよ……って、自信を失わせた僕が言うのもなんだけどさ……」

 

苦笑いをする太河。照れくさいことを言ったせいかその頬はわずかに赤らんでいる。

そんな太河を見上げ、アグモンは自分の手元に残っていた干物の欠片を一口で飲み込んだ。

 

「太河!僕もう大丈夫だよ!!」

「えっ?でも、もう少し休んでても……」

「大丈夫だよ!だって、太河が一緒だもん!」

「……そっか……」

 

アグモンの強い意志を持った瞳を見れば、その身体に力がみなぎっているのが一目でわかる。

ならば、遠慮することはなかった。

 

「それじゃあ、ペースは落とさないから。付いて来てよ!

「うん!」

 

そして、いざ駆け出そうとしたその時だった。

木々の間から息を切らせたシャオが姿を見せた。

 

「太河!!ハァ、ハァ、あいつは……まだ……きてねぇのか」

「シャオ!無事だったんだ!!」

「なんとかな。だけど今はそんなこと言ってる場合じゃねぇ」

 

シャオは忙しなく周囲を見渡し、森の隅々にまで視線を滑らせている。

 

「まさか、ファングモンがこっちに来てるのか!?」

「ご明察だ。今はガジモンが周囲を見回ってくれてる。だけど気を抜くな。相手はファングモンだ。どの影から現れるのかわかりゃしねぇ」

 

太河はアグモンを振り返った。

アグモンはそんな太河の目を見返し、力強く頷き返す。

 

「アグモン!気を張るよ!!」

「うん!」

 

目を凝らし、暗闇を睨みつけるアグモン。

太河はシャオと背中合わせになって周囲を警戒する。

 

「ファングモンは近くに来ていると思う?」

「ああ、間違いねぇよ。あいつがこんなとこでうろついてる奴を見逃すもんか」

 

木々の枝葉が揺れる。

波音のように森がざわめいた。

緊張の糸が張り詰める中、アグモンがシャオに声をかけた。

 

「ねぇ、シャオ」

「どうした?アグモン?」

「本当に、この近くにガジモンがいる?」

 

アグモンは風の中に漂う臭いに鼻をひくつかせていた。

 

「ああ、間違いなくいる。ちょいと臭いが変わってるかもしれねぇけどな」

「臭いが変わる?進化したってこと?」

「あぁ、お前らを守るためにな」

 

太河はそのシャオの言い方にわずかに違和感を覚えた。

 

「どうしたのシャオ?僕らを守ってくれるの?随分と殊勝になったね」

 

軽口のように言いながら太河の額から汗が滴る。周囲は既に薄暗くなりはじめており、迫りくるプレッシャーは半端なものではなかった。

皮肉でも言っていないとプレッシャーに押しつぶされそうだった。

 

「シャオってそんなに責任感のある奴だっけ?」

「心境の変化ってのはいつでもあるもんだろ?。だけど、そのおかげで本当に大事にもんを見失わずにすむ」

 

その言葉に太河はニヤリと笑う。

シャオと別れていたのはほんのわずかな時間だった。そらなのに、随分な変わりようだ。

男子三日会わなければ刮目して見よ、という言葉もある。

 

シャオは1つ冒険を乗り越えてきたのだ。

 

太河は小さく息を吐き、腹に気合を込めた。

 

「……まったく、ほんといい『友達』を持ったよ」

「ああ、そりゃそうだろ。だけどよ、そのおかげで……」

 

不意に、太河の背筋に嫌な汗が流れ落ちた。

 

太河はその怖気に当てられ、反射的に背後を振り返った。

 

シャオがこっちを見て笑っていた。

おぞましい程の残虐な笑みで笑っていた。

 

「てめぇは食われるんだああああ!!」

「っ!!」

 

突如開いた大きな獣の口。

恐怖と驚異がないまぜになり、悲鳴さえもあがらなかった。

 

「そこまでだぁああああああ!!!」

 

直後、黒い獣がファングモンに噛み付いた。

 

ドーベルモンだ。

 

勢いのまま二匹が地面を転がっていく。二匹の獣はもつれ合いながらお互いの体に牙を向け、爪を立て、血飛沫をまき散らした。

 

しばしの肉弾戦を経て、二匹のデジモンは距離を取った。

 

曇りなき紅色の瞳を夜闇に光らせるドーベルモンに対して憎々しげに瞳を歪めるファングモン。

 

ファングモンは御馳走を邪魔されたことに怒り狂っていた。

ファングモンが最も好きな食事は『絶望に彩られた泣き顔』であるが、二番目に好きなのが『不意を突かれて硬直した驚愕顔』なのだ。

 

ファングモンは唾を撒き散らしながらドーベルモンに向かって吠えた。

 

「てめぇえええ!どういうことだ!俺様の毒をもらったんじゃないのかぁぁ!」

「へっ!あの麻痺毒か?残念だったな、ドーベルモンに進化したオイラにウィルス系統の毒は効かねぇ!!」

「ほざけぇぇぇ!」

 

二匹のデジモンの鋭い爪が交差する。

ドーベルモンがファングモンを抑えている間に、ドーベルモンから飛び降りていたシャオが太河の方へと手を伸ばした。

 

「おいっ太河!立てるか!!毒はくらってねぇだろうな!」

「シャ、シャオ?ほ、ほんもの?」

「あぁん!?んなの決まってんだろうが!!」

 

だが、太河はシャオからどうしても一歩身を引いてしまう。

ついさっき、シャオの顔が突如獣に変化して喰らいつこうとしてきたばかりなのだ。

さすがにその心的外傷(トラウマ)から早々に復帰するのは無理であった。

 

シャオから一定の距離を保とうとする太河。

 

そして、その行動にシャオの顔が歪む。

 

「……太河……俺を信用できねぇか……」

「いや!そういうわけじゃ……」

 

シャオは奥歯を噛み締め、握りこぶしを固めた。

 

誰も信じてくれない。誰も認めてくれない。誰もが俺を切り捨てていく。

 

こんな時、どうすればいい?

 

その答えはさっきガジモンが教えてくれた。

 

『オイラはオイラが見てきたシャオを信じる』

 

「……見てろ」

「え?」

「いいから、黙って見てろつってんだ!!」

 

シャオはそのままファングモンとドーベルモンが絡みあう戦場に身体一つで突っ込んでいった。

 

「しゃ、シャオ!?何する気だ!」

 

鋭い爪が行きかう中に突っ込むなんて自殺行為だ。

だが、シャオは迷わず突進していく。

 

「おらぁあああああ!!」

「シャオ!!」

 

シャオが大きく飛んだ。

 

全身をバネのように駆動させ、足を一本の槍のようにしてファングモンの眉間へと叩き込む。

ファングモンは巨大だ。ドーベルモンも大型肉食獣程もある体躯があるがファングモンはそれよりも更に一回り大きい。装甲車程もある巨体に人間の蹴りなど効果がない。

 

そのはずだった。

 

「きゃうん!」

 

犬の悲鳴が聞こえた。

 

シャオの蹴りは信じられないことにファングモンを怯ませたのだ。

 

ファングモンが額を抑えてたたらを踏む。シャオは受け身をとって着地し、すぐさま立ち上がって構えを取る。そして、そんなシャオを護衛するようにドーベルモンが隣に並んだ。

 

シャオはファングモンに向けて掌を上に向けて手招きする。

 

「……来いよファングモン、さっきの借りを返させてもらうぜ!!」

「くっそがぁぁああおぉぉぉぉ!」

 

再び襲いかかってくるファングモン。シャオを狙ったその爪をドーベルモンが食い止め、その隙にシャオがファングモンの身体の下に滑り込んだ。シャオは左足を強く踏み込み、顎を目掛けて直線的な蹴りを叩き込んだ。ガチンと音がして激しく顎が閉じ、ファングモンの視界に星が舞う。

ファングモンが怯んだところを更にドーベルモンが追撃する。

 

息もつかせぬコンビネーション。

ファングモンはたまらず距離をとった。

 

「んだこりゃぁ!!ニンゲン程度の蹴りが!こんなに強いなんて聞いてねぇぞ!!」

 

ファングモンが顔を歪ませる。唇は原型が留めないぐらいにぐちゃぐちゃにめくりあがり、牙から涎を際限なく滴れる様は醜悪そのものだった。

そんなファングモンを前にドーベルモンが口角を持ち上げた。

 

「見たかファングモン!オイラ達は無敵のパートナーだ!お前ごときが俺達に勝てるか!」

 

ドーベルモンの見た目は冷酷な番犬のような姿になったが、その中身はやはりガジモンだ。そんなドーベルモンをシャオは膝で軽く小突いた。

 

「調子乗ってんじゃねぇよワンコロ。気を引き締めろ!!」

「へっ!もちろんだぜ!って、オイラは犬じゃねぇ!」

「……それはツッコミ待ちなのか?」

 

ガジモンの時はともかく、今の姿はどこからどう見ても犬だった。

 

だが、シャオはその言葉を飲み込んだ。今は目の前の敵に集中することだった。

気を取り直し、シャオ達は再び動き出した。

 

「ドーベルモン!牽制しろ!!」

「ガッテンだぁぁ!」

 

ドーベルモンがファングモンへと突っ込む。だが、ドーベルモンは懐には入らない。深追いはせず、爪と牙をさばくことに全力を注ぐ。

 

「くっ!忌々しい!『ブラストコフィン』!!」

「『グラオ・レルム』!!」

 

互いの必殺技が至近距離でぶつかり、衝撃波が走る。

 

その隙をついてシャオがドーベルモンの背を踏み台に飛び込んだ。

身体を捻り、全体重を乗せた踵落としを放つ。それが、ファングモンの脳天を直撃した。

地面にファングモンの顔面が激突する。

 

あまりの勢いにファングモンの頭がバウンドしていた。

 

ファングモンを相手に一歩も引かないシャオ。

ドーベルモンと連携をとりながら、シャオの方がファングモンにダメージを与えていた。

 

そんなシャオが戦う姿に太河の身体に残っていたショックが消えていく。

 

太河は自分の頬を強く張った。

 

「何やってんだ僕は!!シャオだ!彼はシャオに気まってる!アグモン!」

「うん!あれはシャオだ。間違いない!!本物だよ!」

「行ける!?」

「もっちろん!!」

 

シャオのことを少しでも疑ってしまったことに太河の胸の中に罪悪感が淀む。

でも、反省も謝罪も後だった、今は加勢するのが先決だ。

 

 

【アグモン・・・進化ーーーー】

 

 

 

 

 

戦いの中ファングモンの感情は激しく波打っていた。

『餌』だと思っていた相手にいいようにあしらわれているこの現状がファングモンのプライドを逆なでする。ファングモンの顔にいくつもの青筋が走る。ファングモンは一気に突進し、ドーベルモンに体当たりをぶちかまして吹き飛ばした。

 

「ぐぅっ!!」

「ドーベルモン!!」

「てめぇはてめぇの心配してやがれぇええ!!」

 

ファングモンはドーベルモンとシャオの間に割り込んだ。そして、ファングモンは咢を大きく開いた。

 

「餌は餌らしく喰われてろやぁあああ!!」

 

巨大な顎を用いた範囲の広い噛みつき攻撃。

 

「ちっ!」

 

挟み込む攻撃は、流すことも、防ぐことも難しい。しかも相手の唾液には麻痺毒がある。受け止めてもわずかでも傷をつけられたらまずいことになる。それでも選択肢は一つしかない。シャオはなんとか牙を受け止めようと両腕をボクサーの防御姿勢のように構えた。

 

そして、次の瞬間。

 

ファングモンの脇腹に補強された拳が突き刺さった。

 

「『クロウナックル』」

 

コアグレイモンの突進の勢いに乗せた一撃がファングモンを吹き飛ばした。

 

「シャオ!大丈夫か!?」

 

シャオに駆け寄る太河。

シャオは冷や汗を浮かべたまま、ヘラヘラと笑ってみせる。

 

「ったく……おせぇんだよ」

「ごめん」

「まぁ、助かったからいいけどさ」

 

ファングモンが吹き飛ばされ、その隙にドーベルモンも再びシャオの隣に戻ってくる。

 

「シャオ!平気か!?」

「ああ、ドーベルモンも大丈夫か!?」

「もちろんだ!!あの程度でオイラがやられるか!」

「……せっかく進化して、ちょっとカッコイイ感じになってんだから、その一人称はどうにかなんねぇのか?」

「イチニンショウってなんだ?」

「まぁいいや……」

 

シャオは気を取り直して構えをとる。

利き手と利き足を前に出した変則的な構えをとり、鼻先についたファングモンの唾液を拭いさる。

 

「こいよファングモン!最終局面だ!!」

 

ファングモンは血液混じりの唾液を吐き捨てる。

 

屈辱だった。

 

成熟期デジモン相手ならまだしも、『餌』である人間にここまでいいようにされて、このままオメオメと森の奥になど引き下がれるわけがなかった。

ファングモンはギョロリとシャオと太河を見据えた。

 

「もういい……てめぇらの『データ』はいらねぇ!てめぇらはもう『餌』じゃねぇ!!『敵』だぁ!!まとめてあの世にいっちまぇえええええ『ブラストコフィン』!!」

 

ファングモンの口から放たれたのは墓場の奥から吹きつけてくるような暗黒エネルギーを纏った暴風のような衝撃波。

 

「コアグレイモン!!」

「任せて!!」

 

コアグレイモンはすぐさまシャオと太河の前に出て、頭部と両腕で防御姿勢をとる。

その大きな体が暴風を遮り、後方には砂片1つ通さない。

 

「ドーベルモン!今だ!!」

「おうともさ!!」

 

そして、初撃をいなした直後、すぐさまドーベルモンがコアグレイモンの影から飛び出した。

 

「なにっ!」

 

ドーベルモンは爪で地面を強く掴み、一瞬で加速し、ファングモンに体当たりを叩き込んだ。

 

「ぐはっ!」

 

その攻撃を受けきれず、吹き飛ばされるファングモン。

ファングモンは地面をバウンドし、巨木に叩きつけられ、口から唾液とも胃液ともとれない液体をまき散らした。そのファングモンに向け、ドーベルモンが大きく口を開いた。

 

「砕け散れ!!『シュヴァルツ・シュトラール』!!」

 

ドーベルモンの口から放たれた黒炎は夜闇を切り裂き、ファングモンの体を貫いた。

 

「ぐあぁぁぁあああああ!!」

 

漆黒の炎がファングモンの身体を焼く。

絶叫と共にファングモンの肺が焼け、体が内側から爛れていく。

相手に最大限の痛みを与える地獄の炎。煌々と夜闇に揺れる漆黒の炎の中でファングモンは苦しみにのたうち回る。絶叫と悲鳴が入り混じり、恨み節が炎が煽る風に呑まれて消えていく。

そして、ファングモンは赤い光の粒子となって消えていったのだった。

 

森の中に黒煙と火の粉が散る。後に残ったのは黒い染みのような燃えカスだけであった。

 

全てが終わったことを悟ったドーベルモンとコアグレイモンはその場で徐々に小さくなっていった。

その身体が太河達よりも小さくなり、最後にはガジモンとアグモンがその場に座り込んでいた。

 

「さすがに疲れたな~オイラもうへとへと」

 

舌を出してぐったりするガジモンの隣でアグモンもお腹をさすっていた。

 

「僕もお腹すいた~」

 

さっき非常食を食べたばかりだが、既に腹ペコのアグモン。

やっぱり進化するとエネルギーを余分に消費するようだった。

 

退化したデジモン達を横目にシャオはファングモンがいたであろう、焼け焦げた跡地を見つめた。

 

「あいつは……死んだのか?」

「うん。オイラがやった」

 

シャオの問いにガジモンはそう答えた。

なんでもないこと、当たり前のことのようにそう言った。

 

「気にすんなよ、シャオ。オイラ達デジモンは死んでも消えるわけじゃねぇんだ。オイラ達はまた新たな命となってよみがえる」

「ガジモンもそうなのか?」

「うん。あ、でもなるべく死にたくないな。一度デジタマになっちゃたら、前の記憶がなくなるって噂も聞いたことあるし」

「そっか」

 

ファングモンは死んだ。ガジモンが殺した。

それは事実であり、それはパートナーである自分も一緒に背負うべきことなのかもしれない。

 

そんなことをシャオは考えながら、両手を合わせた。

 

別に特定の宗教を信じているわけではなかったが、そうすべき気がしたのだ。

そんなシャオに倣うようにガジモンもまた焼け焦げに向け自分の手を合わせた

 

「なぁ、シャオ?これ、何の意味があるんだ?」

「知らねぇよ。けど、俺の心が少し軽くなる」

「えっ?こうしたらシャオが楽になんのか!?じゃあオイラもっとこうやってやるぜ!うりゃぁぁぁあああ」

 

激しく両手をこすり合わせるガジモン。

それは『祈り』というよりも『呪い』に近いような姿だった。

 

「……今度はいいやつに産まれ変われよ」

 

シャオはそう言ってみた。というか、一度言ってみたかった。

シャオは黙祷を捧げたあと、ガジモンの首根っこを掴んで持ち上げた。

 

「のわわわ!何すんだシャオ!せっかくオイラがこうやって……」

「やめろ、やりすぎるとありがたみが減るんだよ」

「えっ?そうなの?じゃあどれぐらいでやればいいんだ?なぁなぁ、どれぐらいで両手を合わせればシャオは気が楽になるんだよ!?」

「面倒くせぇ犬だ」

「だ~か~ら~オイラは犬じゃねぇってに!!」

 

シャオはギャンギャン唸るガジモンを肩に担ぎ、太河のもとへと言った。

太河もまた緊張で疲れたのか、アグモンと一緒に胡坐をかいて座っていた。

 

「太河、怪我はねぇか?」

「うん、シャオは?」

「かすり傷だよ。それより迷惑かけたな……俺が油断しちまってファングモンにやられてなけりゃ」

「それならこっちも悪かったよ。シャオが戻ってきたとき、酷い態度を……」

「まぁな、結構傷ついたぞあれ」

 

シャオがそう言うと、太河が驚いたように目を見開いた。

 

「ん?なんだよ?俺変なこと言ったか?」

「いや……ただ、ちょっと素直だなと思って……」

「ん?あぁ……確かにな」

 

普段であれば『なんのことだ?』とか惚けたり、『気にすんな』と軽く流すにとどめていた。

自分の心を吐露するように『傷ついた』と口にすることなど早々なかった。

 

「まぁ、ちょっとした心境の変化って奴だよ」

 

シャオはそう言って肩に担いでいたガジモンの背をポンポンと叩いた。

柔らかな紫色の毛皮。この背中に教えられたことの1つだった。

 

『パートナー』

 

最初は胡散臭い存在だと思っていた相手だった。

正直、まだ完全に信用しきったわけではない。

それでも暫定的な信頼を置いてもいいのかもしれない。

シャオはそんなことを思っていた。

 

そしてシャオは太河に手を伸ばした。

 

「立てるか?」

「うん、ありがと」

 

シャオに引き起こされ、太河は腰をあげる。

2人はアグモンが丁寧に傷をつけてきた木々を辿って皆の待つキャンプへと戻っていく。

 

「すっかり暗くなっちゃったね」

「こりゃ『魔王』にどやされるな。雷の一つは覚悟しとけよ」

「うへぇ……」

「そういや、太河はほとんど『魔王』の説教聞いたことなかったな。なら楽しみにしとけよ。一切反論できな状況で聞く『魔王』の説教はいやらしいことこの上ねぇからな。間違いなく終わるまで飯抜きだしな」

「今から戻るのが嫌になるようなこと言わないでよ」

「まぁ、大丈夫だって。すぐ慣れるからよ」

「慣れる程怒らるつもりはないよ。シャオじゃないんだから」

 

そう言うとシャオはケラケラと笑い声をあげる。

太河もそれに合わせてケラケラと笑う。

 

目印を頼りに森を戻っていくと、遠くに焚火の明かりが見えてくる。

周囲に見知った人達の顔をみつけホッとしたのまつかの間だった。太河達の姿を見つけた士ノ道がすぐさま『魔王』の形相でこちらに向けて駆け出してきたのだ。

 

「うわ……ありゃ、マジだな……久々にやべぇかも」

「大丈夫。覚悟は決まった」

 

太河はその日、彼女がどうして『魔王』と呼称されるに至ったのかを骨身に染みるまで理解したのだった。

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