デジモンエタニティ   作:LOST

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せっかくの『デジモンの日』なので投稿。




誠の忠義!ギンリュウモン! Aパート

深いと思われていた『標識の森』それは唐突に終わりを迎えた。

 

薄明りの差す森の奥に明るい光が見え、その場所に向かって歩を進めると、突然に木々が途切れた。

そして、目の前にひろがっていたのは黄土色をした砂の大地だった。

どこまでも続くような広大な砂漠。頭上には先程までとは比べものにならないぐらいに周囲を照り付ける太陽だった。

地平線の彼方まで続くような景色であるが、彼らはそんな遠くを見てはいなかった。

 

森からそんなに離れていない場所にに求めていたものがあったのだ。

 

「見ろよ!工場だ!工場だぞ!!いやっほー!人だー!人がいるんだー!」

 

飛びはねて喜ぶロバート。他の皆も多かれ少なかれ顔には興奮の色が浮かんでいた。

目の前にある人工物。それも稼働している人工物だ。

これまで自然のみの島の中で過ごしてきた子供達にとってこの工場は何よりも希望的に映った。

そして、気持ちを抑えきれなかったロバートが真っ先に駆け出して、皆に呼びかける。

 

「早く行こうぜ!お前ら急げ急げ!!」

 

それ止める人はいない。

普段抑え役に回っている龍禅寺や士ノ道も顔に笑顔を浮かべて走り出した。

 

その中でもやっぱり最後尾はシャオ。

だが、シャオが彼らを見送ろうとした瞬間に背中に張り手を受けた。

 

「いってぇ!太河!てめぇ!」

「さっさと行くよ、シャオもたまには歩幅を合わせる!!」

「なっ!お、おい!!ったくよー……」

 

その隣ではガジモンもアグモンに無理矢理走らされていた。

 

「はしれ~!ガジモン!」

「どわわわわわ!アグモン!押すなぁ~!」

 

そして、子供達は全員揃って工場の前にたどり着いた。

 

「近くで見ると、随分と大きいですわね」

 

薬師寺がそう言った。

確かに森の中から見た時と印象が随分と違った。

工場の周囲を何重にも取り囲むパイプは何度も折れ曲がり、その行き先を追うこともできない。

あちこちに聳え立つ煙突は白い煙を下から見上げると高層ビル並みの高さに見えた。

砂漠の中にある工場ということで遠近感が狂ってしまうのも災いして、太河達はこの工場の大きさが正確に把握できないような錯覚に陥っていた。

 

太河は聳え立つ煙突を見上げ、眉をひそめた。

 

「とにかく、このまま工場を前に佇んでてもしょうがない。見る限り、この工場は稼働しているようだし、何かしらがいるはずだ」

「まぁ、『何かしら』はいるよな」

 

シャオが意味ありげに『何かしら』という言葉を強調する。

 

他の人達の大半はこの工場で人間が働いていると思っているようだったが、太河もシャオもそこまで楽観的に考えることができずにいた。

ここまで出会ってきた存在はデジモンばかりだ。それに、デジモンには色々な種族がいる。これまで出会った中でも哺乳類から魚類、虫に類似している奴もいたし、サイボーグのような存在もいた。

それならば工場を稼働させることのできるデジモンがいてもおかしくない。

 

「とりあえず、周囲を見回ってみようと思うんだけどみんなはどう思う?」

 

太河がそう言うと、ロバートが疑問の声をあげた。

 

「そんな必要なんてあるのか?それより、今すぐ声をかけて誰かに出てきてもらえばいいじゃないか」

 

つまり、工場に向けて大声で呼びかけるということだろうか。

楽観的なのもここまでくれば芸術的だ。

だが、今日は珍しくその意見に同調する者がいた。

 

「そうですわ。わざわざそんなことをするより、一刻も早く大人の保護を求めるべきですわ」

「えっ……」

 

そう言ったのは薬師寺だった。

 

「さぁ、中に入りましょう。稼働しているようですし、誰かいるでしょう」

 

そう言って先導しようとする薬師寺に太河は慌てて待ったをかけた。

 

「ちょっと待ってよ!薬師寺さん!こんなところにある工場だよ。本当に普通の『人間』がいると思うの!?」

「……瑠々川さん……」

「少し考えてみてよ!!ここに来るまで、『人間』の姿は影も形も見えなかった!それに、この工場、絶対におかしいじゃん!砂漠のど真ん中!周囲にフェンスもなければ駐車場もない!本当に『人間』がいると思う!?」

 

太河は声を張りあげた。

 

だが、薬師寺とロバートは1+1の答えを聞かれたかのような不可思議な顔をしていた。

 

「瑠々川さん……」

 

薬師寺は残念な人でも見るように太河を見つめ、言い聞かせるように口を開いた。

 

「瑠々川さん、ここに来るまでデジモンに襲われてばかりでしたから警戒する気持ちはわかります。ですが、これを見てください。正真正銘の人工物ですわ。森の中に無為に置かれた標識とは違います。建築基準に則り、誰かが作った建造物です。見たところ煙も出てますし、外のベルトコンベアも動いておりました。これほどの工場をフローラモンのようなデジモンが扱っているとは思えませんわ。でしたら、間違いなく『人間』がいます……そうすれば……帰れますわ」

 

薬師寺は最後の言葉をことさら強調して言った。

太河は奥歯を噛みしめる。

 

それは自分で言ったことだった。

 

『帰れる』

 

あの時、口から出まかせに言った『日常』への希望が判断を狂わせていた。

 

太河は頭を全力で回転させ、この場を取り繕う方法を探した。

 

「……でも……中にいる人間が僕たちに友好的という証拠はない」

「……………」

 

薬師寺は苛立ちを隠すことなく、ため息を吐いた。

 

「瑠々川さん。臆病になる気持ちはわかりますが。どうして、大人がわたくし達に対して危害を加えようとするのです?それに、こんな場所にたどり着いてもう数日経ちます。わたくしの家族は捜索願を出していることでしょう。皆さんのご家族もそうです。なれば、わたくし達のことを大勢の方が知っているはずです」

 

そんな薬師寺の意見にロバートが珍しく同意した。

 

「そうだぞ!それに僕はアットマン社の社長子息だ!日本どころか、世界中が僕の行方不明を報道している!例えこの工場の中にいいる人が他の国の人でも丁重に扱ってくれるさ」

 

楽観的過ぎる

 

太河は遂に我慢の限界を迎えた。

 

「僕達に悪意を持っていた相手がいたことを忘れたの!!?」

 

怒鳴り声に近い叫びに、薬師寺が息を呑んだ。

 

「え?誰のことです?」

 

すっとぼけているのか。それとも本気で忘れているのか。

 

「ミノタルモン。あの牛の化け物だ!!もし、あれに『パートナー』がいたらどうなる!!?」

「パートナー?……あ……」

 

薬師寺は何かに気づいたかのように息を呑んだ。

だが、ロバートはまだ理解が及ばない。

 

「えぇっと?どういうことだ?」

「……わたくし達を狙っている『人間』がいるかもしれない……そう言いたいのですね?」

 

太河は深呼吸をしながら頷いた。

 

あくまで冷静に、冷静に……

 

そう自分に言い聞かせる。

正直、今の意見は口から出まかせだ。太河はミノタルモンに『パートナー』がいるとは思っていなかった。ミノタルモンのあの行動は『人間』という存在に対して慣れていない感じがあった。

 

「例え話……だけどね。でも、僕達に友好的でない相手がいる以上。慎重に行動すべきだと思う」

「…………」

 

反論が思いつかなかったのか薬師寺が押し黙った。

 

しばしの沈黙が続いた。

 

砂漠を吹く風の音と、工場の稼働音だけが辺りに響いた。

そして、薬師寺は5分程の長考の後、渋々といった様子で言った。

 

「わかりました……行動は慎重に行きます。まずは周囲の探索ですわ。手分けして見回りますわ」

「……ありがと」

 

太河は大きく息をついた。

 

それからの薬師寺の行動は手早かった。

薬師寺はすぐさま二つの組を作った。

 

太河、渚沙、ロバート、士ノ道の組

薬師寺、鐘山、シャオの組

 

人間とデジモンの戦力比を考えれば妥当な組み合わせだった。

 

「お互い、工場の周囲の外周を調査します。私たちは時計回り、瑠々川さんの組は反時計回り反対側で落ち合います。出入り口を見つけても、すぐには入らずにまずは合流すること。そちらの組のリーダーは瑠々川さんに任せますわ」

「えっ?僕?」

 

突然リーダーを指名された太河は目を丸くした。

その決定が納得いかないのはロバートだ。

 

「なっ、僕じゃないのかよ!」

「デジモンを進化させられるのはそちらの組では瑠々川さんだけです。それに瑠々川さんの行動力と判断力ならリーダーを任せられます」

「行動力ぅ?こいつがか?」

 

指さされた太河の方は「…………」と困ったように口をつぐむ。

太河は自分がリーダーに向いているとは微塵も思っていなかった。

 

「こいつがそんなリーダーシップなんか取ってたか?」

「少なくとも、Mr.アットマンよりは熟慮した行動をしていますわ」

「なにーっ!」

 

いきり立つロバート。また言い合いになるかと思ったが、ロバートは少し耐えるような顔を見せた後、薬師寺を鋭く指差した。

 

「おい、薬師寺!お前、勝手に指図してるけどな!今、俺達はリーダーをまだ決めてないんだからな!まだ、様子見の段階だ!僕がリーダーのなったら覚悟しとけよ!」

 

『リーダーはしばらく様子を見て、相応しい人物を皆で決める』

 

そんな約束は確かにあったが、未定の今は自然と薬師寺がリーダーのようなことをしている。

 

「ふん、あなたに票が集まるとは思えませんけどね」

「後で吠え面かくなよ!!さぁ、出発だ!コエモン!お前も気合い入れてけよ!」

「合点だべ!!」

 

意気込むロバート。理由はどうあれやる気になっているのはいいことだった。

『標識の森』では終着点が見えないこともあり、しょっちゅう文句をタレていたので、それよりかは幾分もマシだー

こういうところは扱いやすい男とも言える。とはいえ、普段は言うことを聞かないので一概には言えないが。

 

そんなロバートを見て、渚沙がボソリと呟いた。

 

「……豚もおだてりゃ木に登る……」

「ははは……」

 

それを拾い聞いた太河は小さく苦笑した。

彼女の冗談としてはなかななか面白い部類だった。

そして、渚沙はいつもの無表情のまま、小さな手をスッとあげた。

 

「……薬師寺さんに質問……」

「なんですの?」

「……そっちのリーダーだけど……」

「はい」

「……誰がやるの?」

 

沈黙が訪れた。それと同時に訪れたのは薄紙を張ったかのような緊張感だった。

 

「どういう意味なのかわかりませんが」

 

薬師寺は1+1の答えが2であることを教えるかのようにゆっくりとした口調で言った。

だが、その言葉の端々には確実に苛立ちが乗っていた。

 

「わたくしがやりますわ。当たり前のことです」

「…………そう」

「それで、それがなにか?」

「……なんでもない……」

「そうですの」

 

渚沙の顔色は相変わらず一切変わりがない。先程の質問の意図もわからなければ、今の解答に対してどう思っているのかもまるでわからない。薬師寺の方も顔色は変わらなかったが、それは取り繕った仮面であることは間違いなかった。

 

渚沙は暗に言ったのだ『薬師寺が無条件でリーダーになるわけではない』と。

 

いつも突っかかっかってくるロバートが同じことを言っても薬師寺は特に気にしない。いつもの口喧嘩の延長であり、いなすのは簡単だ。だが、普段は口数の少ない渚沙からそう言われては意味合いが変わる。

 

不意に訪れた気まずい沈黙。

 

そして、そんな空気が一番嫌いなのはやはりロバートなのである。

 

「だぁ!もう!!質問タイムはもういいだろ!さっさと人間を探すぞ!トロトロすんなよ!!」

 

ロバートは今すぐにでも出発したそうにその場で地団太を踏む。確かにここにこれ以上留まっていても何の利点もなかった。

太河はリーダーを任された権利を十分に行使することにし、自分から行動を開始した。

 

「わかってるって、それじゃあ薬師寺さん、また後で」

「……なにかありましたらすぐにデジヴァイスで連絡をお願いします」

「うん、そっちも気を付けて!おい!待てよロバート!先に進んでなにか出てきたら……」

 

太河がロバートの後を追い、渚沙がやはりいつもの無表情で彼等の足取りを追っていった。

そして、最後に残ったのは士ノ道とリュウダモンであった。

 

「真央殿、早く行かねば。拙者達が遅れるわけにはいかぬだろう」

「あ、ああ……だが……」

「真央殿?」

 

士ノ道は少し思いつめたような目をし、唇を真一文字に結んでいた。

その視線の先をリュウダモンが追う。

 

「……薬師寺殿か……」

 

リュウダモンは前足で自分の頬をかく。

 

『薬師寺』と『士ノ道』の関係をリュウダモンはよく知らない。パートナーではあるが、そのことに関しては士ノ道が教えてくれないので知りようがないのだ。とはいえ、リュウダモンはそのことに関して追及する気はなかった。大事なことであれば教えてくれるだろうし、教えてくれないのであればリュウダモンには必要のないことなのだろうと漠然と思っていた。

 

ただ、このままここに佇んでいるわけにもいかない。

そうこうしているうちにも太河達はどんどん先に進んでいくのだ。

 

リュウダモンは士ノ道の顔色を伺った。

 

士ノ道は自分の拳を心臓の前に当てていた。そこに強い圧力をかけている姿は自分を罰しているようにも見えたし、溢れる気持ちをなんとか抑え込もうとしているようにも見えた。

 

だが結局、士ノ道は自分の想いを胸の中に閉じ込めておくことはできなかったようだった。

 

「薬師寺様!」

 

士ノ道は反対側に向かおうとしている龍禅寺の背中に向けて声を張った。

その声に薬師寺は振り返り、驚いたように目を見張った。

 

「あら、士ノ道さん。まだいらしましたの?」

 

それは薬師寺にとっては当然の疑問だった。太河に付いていくように指示したはずの彼女がまだここにいたのだから疑問に思って当然だった。

 

だから、それは何気ない言葉だった。薬師寺にとっても特別なことは何も言ってない。

 

だからだろうか。この時、その言葉で士ノ道がどれ程の衝撃を受けていたのかを推し量ることは誰にもできなかった。

唯一リュウダモンだけは士ノ道が胸に当てていた拳がより一層強く握りしめられたのを見逃さなかったが、薬師寺はまるでそのことに気づいていない。

 

「薬師寺様……私は……あなたについているべきではないのですか?」

「何を言ってますの。先程言ったでしょう。士ノ道さんは太河さんのグループです。それともなんですか?あなたまでリーダーであるわたくしの言葉に従えないのですか?」

 

薬師寺の声に苛立ちが乗る。それに怯んだように士ノ道が姿勢を正した。

薬師寺の足元でフローラモンが「ちょっと真莉愛。そんな言い方……」と彼女を諫めようとしていたが、薬師寺は聞く耳を持たなかった。

 

「まったく、士ノ道さんはわたくしの言葉に従ってくれると思っていたのですが、あなたまでわたくしがリーダーにふさわしくないと言いだすのですか」

「いえ、そういうわけではありません。出過ぎたことを言いました」

「わかればいいのです。早く行きなさい」

「……はい」

 

士ノ道は短く返事をして太河達の後を追う。リュウダモンはその隣を走りながら彼女の顔色を見上げる。

 

「真央殿」

「……なんだ?」

「強く拳を握りすぎている。指先が白くなっているぞ」

「………」

 

それはリュウダモンの気遣いだった。下手に慰めの言葉や同情の言葉はかけず、ただ肩の力を抜いたほうがいいという助言。

だが、そんな遠回しの言葉では士ノ道は気づかない。

士ノ道は準備運動のように手を二、三度振り、すぐさま拳を握りこんだ。

 

「リュウダモン」

「はい」

「私は……『士ノ道』だ……『薬師寺』を守らなければならないのだ」

 

リュウダモンがその台詞を聞いたのはこれで3度目。

その台詞を言う時の士ノ道の顔はいつも浮かない。

リュウダモンはたまらずに口を開いた。

 

「真央殿」

「なんだ」

「忘れないでほしい……拙者は真央殿に忠義を誓った身。私は真央殿を守りたいのだ」

 

リュウダモンの真摯な言葉。だは、士ノ道は奥歯を噛みしめるばかりでその言葉に応えることはしなかった。

 

「私に忠義を示すなら、私を守る必要はない。自分の身は自分で守れる」

「……」

「だからリュウダモン。お前は私の手が届かない者を守ってくれ」

「……それが、真央殿の願いなのですか?」

「ああ、そうだ」

 

リュウダモンは走りながら最低限の礼として軽くこうべを垂れる。

 

「承知した」

「頼むぞ、リュウダモン」

 

その後、士ノ道はすぐに太河達に追いついた。

相変わらずロバートが意気揚々と歩いていき、太河がハラハラした顔で後に続き、渚沙は我関せずを通している。

士ノ道は彼らの最後尾につき、彼らと一緒に歩いていった。

彼等は工場の周囲を歩きながら観察し、1/4週程回ったところで足を止めた。

 

「駄目だ!熱い!熱いぞ!もう歩きたくないからな!」

 

あっという間にダウンして工場の日陰に入って休んでいるロバートはいいとして、太河達が足を止めたのは別の理由だった。工場の外側に生産ラインを見つけたのだ。

だが、それはあまりに奇妙な光景だった。

 

いくつものベルトコンベアが工場の中から伸びている。そこに乗せられて、いくつもの部品が砂漠に運び出されている。そして、その材料でロボットアームが『ベルトコンベア』を作っていた。

みるみるうちにベルトコンベアが延長され、そのまま更に伸びていく。

 

そのベルトコンベアの周囲ではパートナーデジモン達が好奇心旺盛にその装置を観察していた。

 

「なぁにこれ?なにつくってるんだろう?」と、アグモンが機械を突っつきながら言った。

「わかんねぇべ。でも、なんかすごいべ!」と、コエモンが興奮に目を輝かせる。

「おい、コエモン。あまり近づくな。巻き込まれるぞ」と、レオルモンが注意を促す。

「レオルモン!お主も尻尾が危ないぞ!!」と、リュウダモンが急いでレオルモンの尻尾を保護した。

 

他にも生産ラインが複数あるのだが、やはりそのどれもが奇妙なことをしていた。

 

1つの生産ラインでは『ロボットアーム』が組み立てられ、ベルトコンベアの隣に建築されていく。

別の生産ラインでは『工場の外壁』が作られていき、工場を次々と増築していた。

みるみるうちに増設されてていく工場の様子は鳥が巣作りをしているような印象だった。

 

何のためにこんなことをしているのだろうか?

 

誰もが頭に疑問符を浮かべる中、渚沙がポツリと言葉を漏らした。

 

「……工場を造る工場……『標識の森』にあった『工場工場』の看板……あれはこういう意味かも」

「あぁ、なるほど。言われてみればその可能性はあるかもね。まぁ、だからなんだって話でもあるけど」

 

太河達は徐々にせり出して来る工場から少し距離をとりながら、その全貌を視界に収めた。

 

確かにここでは機械が動いている。

だが、機械が動いているだけだった。

 

「誰もいないな」

 

太河がそう言うと近くにいた士ノ道がその疑問に答えた。

 

「こんなにごちゃごちゃと機械が動いている場所で人がいたら危ないだろ。きっと工場の中から監視している人がいるんだ。ほら、そこに出入り口もある」

 

士ノ道が指差した先。そこに通用口のような大きな出入り口がぽっかり口を開けていた。ただ、中に明かりはともっておらず、工場の奥は暗くて見通せない。

 

「瑠々川、私はこの場所を少し調べてみた方が良いと思う」

 

士ノ道がそう提案した。彼女の雰囲気はいつもと同じだ。苛立ちも焦燥もなく、平常心を保っているように見える。そんな士ノ道をリュウダモンが遠くから心配そうに見つめていた。

 

「この場所は少し特殊だ。薬師寺様と合流した時のために出来るだけ情報は集めておいた方がいい」

「うん、そうだね。渚沙はどう思う?」

「……賛成」

 

反対意見はなし。だが、どっちにしろロバートが日陰で動かないので他に選択肢はないのだ。太河達はしばらく、この場所を調べることにした。

 

太河達は自分らのパートナーを連れてそれぞれベルトコンベアの構造や材質なんかを見て回る。

太河はベルトコンベアの間を歩いていく。

 

だが、やはり気になるのは工場の中身のほうだった。

 

「アグモン、工場の中にデジモンの気配はある?」

「ごめん、わかんない。この場所変なにおいがいっぱいあるし、音もうるさくて」

「それもそうか……」

「気になるの?」

「うん、まぁ、気になるよね」

 

そう言って太河は工場の通用口を睨みつける。もし工場の中にいる『何か』が、この場所を監視しているのなら、既にこちらは目をつけられている。それなのに何のリアクションもないことが太河には不気味だったのだ。

 

「アグモン、この工場、どう思う?」

「僕はあんまり好きじゃないよ。おいしそうな匂いが全然ないんだもん」

「まったく、食いしん坊め……」

 

呆れたように笑う太河と和むアグモン。

だが、やはり2人とも意識は常に工場の方に向いているのだった。

 

その間、士ノ道と渚沙は2人で工場の外壁を調べていた。

次々と作られていく外壁であるがその作業は複雑だ。その内側にパイプを張り巡らせ、電気コードを延長し、廊下を作って、部屋を作って窓を作る。この外壁に対する生産ラインが一番多いのもそのためであろう。

 

渚沙はその廊下の広さや部屋の大きさからこの工場で生活している相手のおおよその身体の大きさを推測していた。

 

「……身長2mぐらい……でも、この扉の大きさは……」

「木村!危ないぞ!!」

 

危うく工場の増築に巻き込まれそうになっていた渚沙を士ノ道が引き寄せた。

 

「……ありがと」

「礼はいい。それより気をつけろ」

「うん」

 

素直に頷く渚沙。だが、やはり工場に対して好奇心が動くのか、工場の廊下や扉の大きさを観察しては首をひねっていた。その隣ではレオルモンが険しい顔で説教をしていた。

 

「渚沙、気をつけろと注意を受けたばかりだぞ。もう少しその機械から離れろ」

「……うん……後でね」

「今離れろと言っているんだ!」

 

いつもマイペースな彼女。士ノ道と渚沙は同じクラスだったとはいえ、喋ったことはほとんどない。士ノ道にとって渚沙は数多くのクラスメイトの一人でしかなかった。風紀委員として模範を示してやるべき生徒の一人。

ある種、一般人代表とでも言うべき彼女がした先程の質問はやはり士ノ道も気になっていることだった。

 

「その、木村」

「……なに?」

 

振り返った彼女はやはりいつもの無表情。ウェーブがかかった髪が工場の中から吹く風に揺れ、ミステリアスな雰囲気が強調される。

 

「さっきの質問はなんの意図があったんだ?」

「……さっき?」

「さっきのあれだ。向こうのグループのリーダーの」

「……ああ……あれ……なんでもない……ただの確認」

 

明確な答えを返さない渚沙。

 

「本当にそうなのか?お前も、薬師様がリーダーにふさわしくないと考えていたんじゃないのか?」

 

語気が強くなる士ノ道。だが、渚沙はやはりいつもと変わらない。

 

「……それ……答えた方がいい?」

「ああ、答えて欲しい。お願いだ」

「……私はリーダは士ノ道さんが良いと思う」

 

沈黙が訪れた。

 

「……は?わ、私?」

「……冗談」

「え、あ、え?じょ、冗談?え?」

「……うん、冗談」

「え?え?」

 

完全に混乱してしまった士ノ道を見て、レオルモンがため息を吐いて渚沙を見上げた。

 

「渚沙、冗談を言う時と相手は選べ。今回のはまったくもって面白くないぞ」

「……むぅ」

「そんな目で見てもダメなものはダメだ。渚沙はもう少し人の気持ちをだな……」

「……レオルモン、最近お説教が増えてる……小じわが増えるよ」

「私はデジモンだ。皺が増えるか」

「……冗談」

「はい」

 

そんなやり取りの隣でリュウダモンが士ノ道の足をポンポンと叩いていた。

 

「真央殿、落ち着いてくだされ。今のは冗談だ。嘘だ」

「あ、そ、そうか。嘘か……嘘なのか!」

「そうだと木村殿が申していた。『冗談』とな」

「あ、ああ、そうなのか。すまない。完全に想定外の答えで混乱してしまっていた」

 

士ノ道は乱した心を落ち着けるように大きく深呼吸をした。

 

「木村、今のは冗談として。本当のところを教えて欲しいのだ」

「……いいけど……なんで?」

「え?」

 

一瞬、士ノ道は虚を突かれたような顔になった。

 

「なんで……って……」

 

その質問を士ノ道は自分に問いかける。

 

なんで私は木村に先程の質問の意義を聞いたりしているのだ。木村が薬師寺様をリーダーとして選出する気がないのかどうか確認するため?だが、それを確認してどうする?例えそうだとしても、私にできることなどない。薬師寺様をリーダーにするように強制させるわけにもいかないし、暴力に訴えて脅すなんてもってのほかだ。

 

自分の役目は薬師寺様を御守りすること。

 

こんなことを聞くのは自分の役割を逸脱している。

 

押し黙ってしまった士ノ道。

だが、渚沙はそんな彼女の様子など我関せずで話を続けることを選んだ。

 

「……リーダーの話……でいいんだよね?」

「え、あ、ああ」

 

士ノ道は半ば無理矢理に思考の渦から引っ張り上げられた。

 

「……進化できて……行動力があるなら……こっちが、太河なのはいい選択だと思う」

「ああ、そこは私も依存はない」

 

士ノ道自身も自分がリーダーに向いているとは微塵も考えていない。

 

「……それで、同じ条件で考えるなら……」

 

渚沙はどこか遠くを眺めながら言った。

 

「リーダーの適任は鐘山君だと思う……」

「……っ!」

 

『鐘山 善久とベタモン』

 

士ノ道は目を見張った。

 

言われてみれば、その条件に合っているのは彼だった。

彼はロバートの裏にいた時はいつも自信なさげに佇んでいるだけであったが、この世界にきて何度も皆の窮地を救ってきた。

スナイモンに襲われて動けなくなっていた士ノ道と薬師寺を庇った時はもちろん、海でシーラモンと戦った時もその勇気と行動力は誰もが評価しているところだった。少々頼りないようにも見える時もあるが、それはロバートや他の人の顔色を伺っている場合がほとんどだ。それも、見方を変えれば場の雰囲気を読むことに長けているともとれる。

 

リーダーとしての適性は十分にある。

だが、士ノ道はその考えを慌てて否定した。

 

「だ、だが、ベタモンはこの砂漠地帯ではロクに動けていなかった。戦力として数えるのは……」

「……戦力だけなら薬師寺さんもアウト」

「あ……それは……」

 

渚沙は眠そうに目を細めて小首を傾げる。

 

「……でも……別に薬師寺さんがリーダーなのも別にいいと思う……仕切るのは慣れてると思うし……」

「そ、そうだ。薬師寺様には長らく人の上に立っていたという実績がある。そこが鐘山と違うところだ」

「……うん……鐘山君もいきなりリーダーなんて困るだろうし」

「あ、ああ……そうだな」

 

士ノ道は胸の奥でチクりとした痛みが走ったのを感じた。薬師寺がリーダーである理由付けの為に鐘山を貶めたようなことを言った。それが士ノ道の罪悪感を煽ったのだ。

 

「……だから、薬師寺さんがリーダーをやることは間違ってはいない……でも、一考もせずに決断するのはどうかと思っただけ」

「…………」

 

士ノ道は何も言葉を返せなくなった。

喉の奥が張り付いたように言葉が出ない。口の滑りをよくしようにも、口の中は乾ききっている。

 

「……士ノ道さん……それがどうかした?」

「え、あ、ああ……木村の意見はよくわかった。ありがとう」

「……うん……私……ちょっとあっち見てくる」

「ああ」

 

渚沙は唇を噛んで佇む士ノ道に背を向けて歩き出す。

そんな渚沙の顔を下から見上げていたレオルモン。

 

「渚沙、良かったのか?」

「……なにが?」

「いや、彼女……なんだかショックを受けたような顔をしていたが」

 

レオルモンが後ろを振り向いて、士ノ道を前足で指す。

渚沙も足を止めて振り返るが、彼女は特別に表情を動かすことはなかった。

渚沙はレオルモンを抱き上げて、胸の前に抱える。

 

「……私……変なこと……言ったかな」

「いや、私も渚沙の意見は間違っていなかったと思う」

「……それじゃあ……冗談だと思われたかな」

「いや、それはないと思うぞ」

 

表情の変化に乏しい渚沙ではあるがレオルモンには彼女が少し落ち込んでいるように見えていた。

 

「……じゃあ……言い過ぎたかな」

「かもな」

 

薬師寺を慕っている士ノ道に対してあまりにも直接的な言い方をしすぎた。

もう少しオブラートに包んだり、なんなら建前を並べるだけでいいのに、それがどうしても上手くいかない。

元々、口数が多い方ではない渚沙はこうした言葉選びが苦手なのだ。

 

だから、こうして、言ってしまった後に後悔する。

 

「……今から……冗談ってことにしようか」

「いや、それは遅すぎて無理がある」

「……そっか」

 

渚沙は視線を落としながら歩く。

無表情でマイペースだから勘違いされやすいが、彼女は決して冷淡なわけではないのだ。

 

「渚沙……お前は優しいな」

「……そう?」

「ああ、私が保証する」

「……レオルモンの保証はいらない」

「……冗談か?」

「……うん……レオルモンもわかってきた」

「パートナーだからな」

 

フンス、と鼻を鳴らすレオルモン。

渚沙は小さく微笑みを漏らした。

 

「……とにかく……今は工場」

「ああ、そうだな。私としてもここはなんだか嫌な感じがする。こんな近くにまで我々が来ているのに反応がないのはおかしな感じだ」

「……レオルモン」

「どうした?」

「……重い……降ろす」

 

レオルモンは小さく苦笑いをして、渚沙の腕の中からするりと抜け出した。

 

渚沙とレオルモンは2人して工場の中へと続く通用口を覗き込んだ。

工場の中は暗く、非常灯の明かりがところどころ薄ぼんやりと光るだけ。

人影どころか、デジモンの姿も見当たらない。

ただ暗い通路がひたすらに奥まで続いて行く光景は、そのまま奥に吸い込まれていきそうな眩暈を誘発させた。

 

「……なんか……怖い」

「……ああ。私もそう思う」

 

そんな時、周囲に突如電子音が鳴り響いた。太河のデジヴァイスだ。

太河がデジヴァイスを取り出してみると、画面には『薬師寺 真莉愛』という文字が並んでいた。

 

「はい、もしもし」

『瑠々川さん。そっちはなにかありました?』

「うん、実は……」

 

太河は目の前で増築を続ける生産ラインのことを話した。

 

『なるほど……』

「そっちはどう?」

『実はですね。こっちではまさに逆のことが行われていますの』

「逆?」

『こっちでは、ベルトコンベアや外壁が次々と解体されています』

「……あぁ、なるほど。そういうことか」

 

言われてみれば当たり前のことだった。

増築を続ける工場が無制限に稼働を続ければこの工場はもっと大きなもののになるはずだ。それこそ、無限に続くような巨大な大きさになっていなきゃおかしい。それが、視野に収まる程度のものだというなら、必ず工場のどこかが解体されていなければ辻褄が合わない。

 

「片っぽでは解体。片っぽでは増築……工場を造り続ける工場か……」

『そういうことですわ。一応出入り口は見つけましたがとりあえずこのまま合流しますわよ』

「うん。わかった」

 

通話を終えた太河に士ノ道が寄ってきた。

 

「薬師寺様からか?」

「うん、そうだけど……士ノ道さん、大丈夫?顔色悪いけど」

「そんなことはない。平気だ」

 

だが、言葉とは裏腹に士ノ道の顔はいつも通りとは言い難い。いつもキリッと締まっていた顔が何かを考えこむかのように緩まり、目元にはあまりにも覇気がない。これで大丈夫だと言い張るのに無理がある。彼女のパートナーであるリュウダモンに視線を移すが、リュウダモンも困ったように頬を前足でかいている。

 

これはまずいかもしれない。

 

太河は眉間に皺を寄せた。

 

「士ノ道さん、どこか体調が悪いなら無理しないで。こんな場所で倒れたら命に直結する。だから、思ったことや気づいたことは全部言って欲しいんだ」

「……心配してくれているのは礼を言う。だが、これは私の問題だ。気にしないでくれ」

 

士ノ道はそう言って視線を背ける。心を閉ざしたような仕草に太河は口の中だけで舌打ちをした。

こんな場所で1人で感情を抱え込んで良いことがあるわけがないのだ。

 

「それより、薬師寺様はなんと?」

「向こうでも似たような場所を見つけたって。確認のために一度合流しようってことになった」

「ああ、それがいいだろう」

 

淡泊な返事。声に自分の気持ちが乗っていないのが誰が聞いてもわかる。

太河は溜息を吐きたいのをグッとこらえた。

ここで何かを問い詰めても仕方がない。ここは彼女と仲の良い薬師寺に託した方が良いかもしれない。

 

この短時間で何があったのか。

 

渚沙が変な冗談を言った可能性はある。彼女が無闇に人を傷つけるような冗談を言わないのはわかっているが、彼女は言葉足らずで誤解されやすい。渚沙にも話を聞いた方が良さそうだった。

 

「それじゃあ、移動しよう。ロバートを叩き起こすのはいいとして……渚沙!!行くよ!!」

 

太河が声をかけると、渚沙はレオルモンを連れて戻ってきた。

 

「何か見つかった?」

「……ううん……何も……」

「…………」

「……冗談じゃないよ」

「だよね」

 

そこで変に冗談を混ぜるような人ではないとは思っていが、念のための確認だった。

 

「ロバート、そろそろ立って!!」

「ぇえ!?もう行くのかよ、どうせ薬師寺と合流するだけだろ!アイツらにこっち来させろよ!!僕は疲れた!!もう少し休ませろ!!」

「……ったく、もう……」

 

太河はロバートのパートナーのコエモンに助けを求めたがコエモンは『やれやれ』と首を横に振るばかりだった。

 

「腰に根を生やしたロバートはテコでも動かんべ。こうなったらオラでも無理だべ」

「はぁ……」

 

溜息を吐き、吸い込んだ拍子に砂埃が喉奥に入り込む。

ざらついたいような痛みを感じながら、太河はデジヴァイスを取り出した。

薬師寺に頼んでこっちまで来てくれるよう依頼するためだった。

 

幾度の呼び出し音の後に薬師寺が通話に出た。

 

『あら、瑠々川さん……なにかありましたか?』

「実は……」

 

太河はロバートの現状についてかいつまんで説明した。

デジヴァイスの通話口の向こうから殊更大きなため息が聞こえてきた。

 

『わかりましたわ。そちらまで向かいます。わたくしも『解体側』だけじゃなく『増築側』も目で見て確認しておきたかったですから』

「ありがと」

 

ほとほと迷惑をかける奴だ……

 

太河はロバートを斜目に睨む。

そのロバートは大の字に寝転がってコエモンに風を送らせているところだった。

 

『あっ、それと瑠々川さん』

「ん?なに?」

 

太河は追加の発見でもあったのかと、何気なく聞き返した。

 

 

だが帰ってきた言葉は太河の予想とはまるで違うものであった。

 

 

『そちらにロンさんは行ってませんか?』

「……………え?」

 

 

太河の背に鳥肌が走り抜けた。

 

 

「シャオ?……来てないけど?……どうしたの?」

『そうですか。まったく、どこをほっつき歩いているのやら』

 

薬師寺は苛立ったような声音でそう言った。

太河は慌ててデジヴァイスを握りなおした。

 

「えっ?どういうこと!?シャオの姿が見えないの?」

 

太河がの声が自然と大きくなり、何事かと渚沙や士ノ道が寄ってきた。

 

『ええ、さっきから電話を何度もかけているのに、返信1つよこさないんですのよ。まったく、これだから報連相ができない人は困るんですわ。集団組織にとってそれがどれほど大事なことなのか……』

「……待って待って待って!!電話が通じないってどういうこと!!?」

「そのままの意味ですわ。何度デジヴァイスで通話をしようとしましたが、一切出ようとしませんの」

 

太河の背に冷たい汗が流れ落ちた。

 

「シャオはどこで消えたの!!?最後に見たのは何時!!?」

『な、なにをそんな……ロンさんの単独行動なんて今更でしょう』

「それは……」

 

確かにシャオは今まで何度も声をかけずに単独行動をしてきた。

だが、それはいつだって皆が休憩している時や、寝静まった時だけだ。

シャオは皆での団体行動中に単独行動をとったことがない。

 

だが、太河が二の句を継ぐ前に薬師寺は呆れかえったような声で続けた。

 

『そっちに行ってないのなら、またどこかでサボってるのでしょう』

「………………」

 

太河は思わず絶句してしまった。

 

サボってる?

 

薬師寺はまだこの期に及んでシャオが普段の学校生活と同じ行動をしていると思っているのか?

ここは砂漠のど真ん中。そんな場所で解体と増築を繰り返すだけの不気味な工場。中に危険なデジモンがいるかもしれないと言ったばかりだ。そんな場所でシャオがいなくなったのが、どれほどのことかわかっているのか!?

 

「…………太河?」

 

下からアグモンが心配そうな顔で見上げてくる。

太河は一度深呼吸をして感情をなんとか抑え込む。

今、声を荒げても意味がない

 

「………わかった……とにかく合流しよう」

『ええ。すぐに向かいますわ』

 

太河は震える指で通話を切る。

顔面蒼白になっている太河に渚沙が小首を傾げながら訪ねた。

 

「……太河?……なにかあった?」

 

太河は思い出したかのようにデジヴァイスでシャオを呼び出そうとする。

だが、呼び出し音が鳴るばかりで一向にシャオが通話口に出ることはなかった。

 

その様子にただならぬ様子を感じた士ノ道の表情が険しくなる。

 

「瑠々川、何かあったのか?薬師寺様の身に何か……」

「違う……薬師寺さんじゃない」

 

太河は工場を振り返る。

この熱射の中だというのに、背中に冷たい氷塊を入れられたような悪寒が走っていた。

 

「…………シャオが……いなくなった」

 

その一言は劇的な効果を生むことはなかった。

 

士ノ道の顔が『いつものことじゃないか?』というものに変わった。

渚沙の顔色はそもそもいつも変わらない。

 

『いつものシャオの単独行動』

 

そう思いたいのは山々だ。だが、太河は嫌な予感が拭えなかった。

 

太河の視線の先には工場の通用口が人を呑み込む大穴のようにぽっかりと口を開けていた。

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