デジモンエタニティ 作:LOST
その後、太河は休み時間ごとに質問攻めされるという通過儀礼を払い。4限後の昼休み時間にようやく一息ついた。
喋り疲れて強張ってしまった頬をもんでいると、コトリと音がした。
「おつかれちゃん。転校生ってのも大変だね」
そう言ったのは織原だった。彼女は清々しい程にニカッと笑って太河の机にライチジュースの缶を置いた。
「ありがと」
「なぁに、いいって。その代わり、今度何か奢ってよ」
「善処するよ。覚えてればね」
そう言いつつ太河は遠慮なく缶ジュースの蓋を開ける。お互いに貸し借りなんて数え切れない程にある関係だ。今更150円前後のお金など気にしていられない。ライチジュースの甘酸っぱい味に舌鼓をうっていると、太河の視界に見覚えのある顔が現れた。
そばかすの付いた丸い顔。
今朝、一緒に校門に滑り込んだロン・シャオメイである。
「あっ、今朝の……」
「よっ、今日の遅刻仲間さん。マジで転校生だったのか」
「うん、転校生の瑠々川 太河」
「よろしくな。俺はロン・シャオメイ。皆からはシャオで呼ばれてる」
「なら僕も太河でいいよ。よろしく」
手を差し出すと、シャオは気さくな笑顔で握手に応じてくれた。
人付き合いの良さそうな態度の彼だが特に根掘り葉掘り聞きたがる様子もなく、太河の心は少しばかり軽くなった。
「……反省文は……終わったの?」
隣の席の渚沙がそう聞くと、シャオは苦笑いを浮かべ、手をひらひらと振った。
「ようやくな。まさかこの時間まで拘束されるとは思わなかったぜ」
「……どうせサボってた」
「まぁ、そうなんだけどさ」
そう言ってシャオはヘラへラと笑っていた。
「どういうこと?」
「どうもこうもねぇよ。反省文なんて書くの面倒だからさ、適当に過ごして中村先生が折れて許してくれるのを待ってたんだけど、向こうも粘りに粘ってな……久々に俺の方が根気負けした。もし続けてたら、ありゃ夜中までかかったぞ」
「それなら、さっさと書いちゃえばよかったんじゃないの?」
「いいのいいの。どうせ2限目は俺のこと嫌ってるセンコーの授業だったからさ。反省文終わっても保健室に逃げてたよ。中村先生と耐久力勝負してた方がよっぽど有意義で刺激的だったね」
「随分と前向きな考え方だね」
太河が呆れ顔で笑うとシャオはケラケラと笑い声をあげた。
「……こんなの、いつものこと」
渚沙がそう言った。
「そうなの?」
「……シャオがやる気出してるとこ見たことない」
渚沙のその台詞にシャオは笑顔を崩さない。
「そんなことねぇだろ?試験前とか、あと体育の時とかそういう時ぐらいは少しやる気になってるだろ。なぁ、織原?」
シャオはそう言って織原の方に話を振る。だが、彼女は眉間に皺を寄せるばかりだ。
「しょっちゅうサボって去年退学にされかけたの忘れた?」
「知らね。忘れた」
「まったく」
どうやらシャオの生活態度はあまりよくないらしい。思い返せば、今朝も遅刻を繰り返していることを責められていた。
だが、そんな中、渚沙がふと思い出したかのように呟いた。
「……でも……この前の中間テストで5位だった」
「えっ!?うそっ!?」
シャオの気だるげな態度とは対極な成績に太河は驚きの声をあげてしまう。
そんな太河を見て、渚沙はほとんど表情を変えずに続けて言った。
「……冗談」
太河の表情が曖昧なまま固まる。
そんな二人のやり取りを見て、シャオが口を挟んだ。
「太河。あんまり真に受けんなよ。こいつの冗談はタイミングを選ばない上にまったく面白くないからな」
「……そんなことない」
「いいや、そんなことある。しかもお前の冗談はわかりにくい」
渚沙は顔をしかめ、拗ねたようにシャオから目を逸らした。
「彼女……変わってるね……」
「ああ、こいつのユーモアセンスはどこかおかしい」
そんな時、太河達は突然後ろから声をかけられた。
「あなたが瑠々川 太河さんね!これからよろしくお願いいたしますわ!」
「へ?」
典型的な御嬢様言葉に驚いて振り返る。
太河の後ろにはいつのまにか肩までかかる髪をクルクルとカールさせている茶髪の女子が腰に手を当てて仁王立ちしていた。
「あ……えと……どうも」
太河は彼女の雰囲気に気圧されながらも小さく会釈をした。
彼女は自分の背後に親衛隊のように複数の生徒を連れ、まるで貴族の巡回のように振る舞っている。
その一番前には『魔王』こと士ノ道 真央が今朝より3割増しぐらいの固い表情で真正面を睨みつけていた。
一体全体何事だろうか?
太河は目線で織原に問いかけようとしたが、その時には既に彼女は隣にいなかった。
「あれ?」
首を大きく後ろに捻ると織原が苦笑いを浮かべながら避難しているのが視界に入った。
逃げたな、と太河が思った時にはもう遅い。
既に太河は目の前のこの御嬢様にロックオンされており、どうあってもこの場から立ち去ることはできなさそうであった。
太河はなんとなく嫌な予感を覚えつつも、できるだけ真摯に目の前にいる御嬢様を見上げた。
彼女はカールさせた髪を手で軽く払いのけ、太河の方を見下ろしていた。
「瑠々川 太河くん。わたくしは薬師寺
「い、いえ……」
「転校したててで何かと不自由なことも多いでしょうけど、そんな時はぜひこのわたくしに声をかけてください。慶風学園の代表として、いつでもお手伝いいたしますわ!」
「え……あ、はい……ありがとうございます」
彼女の立て板に水を流すような流暢に会話に太河は茫然と呟く。
その瞬間、薬師寺の目が鋭く光った。
「返事は『はいっ!』とはっきりとしなさい!」
「は、はい!」
背筋が伸びる。それは今朝の校門で士ノ道を前にした時以上の強制力を持った声だった。
そんな太河の隣ではシャオがあからさまに大きなため息をついていた。
薬師寺はそんなシャオを一瞥し、小さく鼻を鳴らした。
そして、何事もなかったかのように話を続ける。
「いいですこと、『自由を重んじる教育』というのは野放しの無法状態という意味ではないのです!締めるべきところは締める!その第一歩は日々の生活、ひいては毎日の言動です!yesかnoかはっきりとした返事をなさい!!」
「はいっ!!」
太河の返事に満足したのか、薬師寺は途端に表情をにこやかなものに戻した。
「ではあらためまして、よろしくお願いしますわ!」
「はい」
差し出された手を握り返す。薬師寺は今日太河が出会った誰よりも強い力でその手を握り返してきた。
その時、教室の隅で巨大な金属音がした。
皆が反射的に目を向けると、廊下のドアが外れて倒れており、その周囲にはロバート達が眉間に皺を刻んでいた。
「おい、鐘山!なにしてんだよ!!」
「ご、ごめん……」
「ったく!お前!元に戻しておけよ!!」
高圧的なロバートの物言いに鐘山が俯いていた。
そして、そんな彼等の様子を見て薬師寺の目の色が変わる。
「まったく……また、Mr.アットマンですわね!瑠々川さん!失礼いたしますわ!!」
そして、薬師寺は後ろに付き従う人達を連れて彼らに突撃していった。
「あなた達はなにをしていますの!!」
「別になんもしてねぇよ。鐘山がふざけてぶつかっただけだって」
ロバートは面倒そうにそう言ったが、薬師寺の一歩後ろに控えていた士ノ道が凛とした態度で前に出た。
「いや、私は見ていたぞ!Mr.アットマン!お前がドアに体当たりをしていただろ!」
「はぁ?知らないね。証拠でもあるのかよ?」
教室内に響き渡る押し問答を聞きながら、太河は肩の力を抜きながらため息を吐きだした。
「すごいでしょ?」
いつの間にか戻ってきていた織原が呟くようにそう言った。
誰のことと言及されるまでもない。薬師寺 真莉愛のことだ。
「生徒会長、すごいキャラだね。というか織原、逃げたでしょ」
「ははは、ごめんごめん。薬師寺さんって正論が耳に痛くてちょっと苦手なんだよね」
「織原は感情と衝動だけで生きてるからね」
「そうそう……って、そこまで動物的じゃないやい!」
太河の肩に軽くパンチが浴びせられる。
その間にも、薬師寺VSロバートの戦いはヒートアップの様相を呈してきてた。
「だいたいな。お前、親が政治家だからって調子に乗るなよ。僕のパパが本気で潰しにかかったら、お前のパパだって落選間違いなしなんだからな!」
「あら?育ちが悪いお子様は頭の中も残念ですわね。そんな脅しにわたくしが屈すると本気で思っていますの?やれるものならやってみればいいじゃないですか?」
「へぇ、そんなこと言っていいのかい?僕がパパに言えばお前をこの学園にいられなくしてやることぐらいできるんだぞ。そんなことになればお前のパパにとってはいい面の皮だろうな?」
今も両陣営のトップによる口争いが続いている。ロバートの取り巻きと薬師寺の親衛隊までもが殺気立ち、まさに一触即発という状況だ。
太河はそれを対岸の火事として眺める。
「ところで、薬師寺さんも親がすごい人だったりするの?というか、あそこまで典型的なお嬢様って初めて見たんだけど」
「天然記念物並だよね~」
織原の意見に太河も概ね同意である。
「今にも『おーほっほっほっほ!』とか言って笑いそうだ」
冗談交じりに太河がそう言うと、渚沙がポツリと呟いた。
「……私、見たことある」
「えっ!!嘘!本当にそんな笑い方するの!?」
「……冗談」
太河は肩からがっくりと力が抜けるのを感じた。
そのやり取りに織原とシャオがケラケラと笑った。
「太河いい反応するね~」
「マジでいいね。渚沙の冗談にここまで付き合ってる奴は始めて見た」
「それはどうも……」
しかし、本当に意味のわからないタイミングで冗談を差し込んでくる。
「ってか、薬師寺って聞いたことねぇのか?一応、議員の名前なんだけど」
「やっぱりその薬師寺なんだ。ってことは政治家の娘さんか……へぇ……」
「本当に馬鹿みたいに有名な親がいる学園だろ。隣のクラスにはあのSontendoの社長の息子がいるぞ」
「…………」
太河が不信感をもった瞳でシャオを覗き込む。
「あのな、俺はこんなタイミングで冗談差し込まねぇよ」
シャオが不本意だと言いたげに目を細めた。
「……私なら差し込む……」
「そこは別に張り合わなくていいって……」
そんな話をしているうちに始業の鐘が鳴る。
ロバートと薬師寺の二人はにらみ合ったまま、教師が教室に入るのを合図に渋々解散となっていった。
織原も自分の席に戻っていき、太河は力尽きたように自分の机に突っ伏した。
「なんか……すごい学校きちゃったな……」
太河の口からそんな弱音がこぼれ出る。
それを横で聞いていた渚沙が一言呟いた。
「……でしょ……」
「なんていうか、人間関係が大変そう」
「……うん……私も苦労した」
太河は渚沙の横顔を目だけで眺める。『冗談』という一言が続くことを期待したが、その台詞は決して彼女の口から出てくることはなかった。