デジモンエタニティ 作:LOST
「鐘山!ロバート!」
太河はゴリモンの方を確認もせずに下流へと駆け出していた。
この激流の中を長く泳ぎ続けることは不可能だ。流木や流石にでもぶつかればただではすまない。
太河は流される二人に追いつこうと必死に足を動かす。だが、川の流れはそんな太河を嘲笑うかのように二人を下流へと流していってしまう。
やがて太河の心肺機能の方が限界を迎えた。
いくら呼吸をすれども全身の酸素消費が上回る。足に溜まった乳酸が次の一歩を踏み出す力を奪っていく。ロバート達は既に下流へと流されて、もはや見る影もない。それでも必死に走っていた太河だが、ついにその場に立ち止まってしまった。
「はぁ!はぁ!はぁ!!」
膝に手をつき俯く。自分の両足が震えていた。過呼吸のせいか胸が酷く痛んだ。もう次の一歩すら踏み出せない程の倦怠感が全身を包んでいた。
ここまで限界まで走ったのは久しぶりだった。思い返せば森で目覚めてからというもの走りっぱなしだ。
体力も気力もとっくの昔に限界を迎えていたはずだった。
それでもなんとか意地だけで動くことができたが、そうやって自分を騙すことも限界だった。
隣を流れる川は変わらず轟音を放ち、濁った水が流れ続けている。
太河の腰にさげたゴーグルが身体の震えに合わせるように揺れていた。
「たいが~!」
後ろからアグモンの声が聞こえる。
それと同時にシャオの足音も聞こえてくる。
「たいが~!先にいっちゃわないでよ!1人で行くなんて危ないよ!!」
アグモンはそう言って、太河を覗き込んでくる。太河は「ごめん」と小さく返した。
まだ、息苦しさが続いており、それ以上言葉が続けられなかった。
「はぁ……はぁ……ったく、太河……お前……意外と体力あるな」
「ふげぇ…」
追いついてきたシャオとガジモンが息を切らしてその場にへたり込む。
シャオは膝に手をつきながら、隣の川へと目を向けた。
「鐘山達は……流されたのか……」
「うん……間に合わなかった……ゴリモンは?」
「さぁな……どっか行っちまったよ」
太河達の横を流れる川は蛇行することなく真っすぐ流れており、その勢いはまるで滝のようだ。
あまり上流から漂流物は流れていないことだけがせめてもの救いだった。
太河はここら一帯についてアグモンに尋ねる。
「アグモン、この川って下流はどうなってるの?流された2人は大丈夫かな?」
「大丈夫だよ!この川、もう少ししたら急に流れが弱くなるから」
「ほんと?」
「うん!」
自信満々に頷くアグモン。その言葉を信じるならロバート達が溺れるようなことはないだろう。
だが、心配であることには変わりなかった。
「……あの2人って泳ぎは上手い?」
太河はシャオに向けてそう尋ねる。
転校して一か月の太河より、彼の方がクラスメイトのことを把握しているはずだった。
だが、返ってきた答えは思った以上に冷たいものだった。
「……さぁ……」
シャオは興味なさげにそう言った。
「俺もロバートの奴も水泳の授業はサボれるだけサボってたからな。鐘山の奴は普通に泳いでたの見た気もすっけど」
「……そう」
ならばやはり安心はできない。
太河は大きく息を吸い込んで、腹の奥に力を貯めた。
全身の倦怠感を無理やり吹き飛ばして顔をあげる。
こんなもの、いままで経験した剣道のしごきに比べれば屁でもない。
太河は自分にそう言い聞かせて、上体を起こした。
「よしっ、追いかけよう!」
「……おいおい、嘘だろお前……まだ走れんのかよ……」
まだ息が荒いままのシャオ。彼としてはこのまま30分ぐらい横になっていたかった。
しかし、そんなことが許されないことぐらいはシャオも理解していた。
シャオは何度か深呼吸を繰り返し、険しい顔で立ち上がった。
「おら、ガジモン!おめぇも立て」
「えぇ~……ちょっ、ちょっと無理」
「ったく!起きろ!」
シャオがガジモンの顔をぺちぺちと叩くと、ガジモンはシャオの足にしがみつくようにしながらなんとか立ちあがった。
ほとんど抱っこちゃん状態のガジモンを見下ろし、シャオは軽く舌打ちをした。
とはいえ、その舌打ちはガジモンに向けられたものではない。
苛立ちの行先はすぐにでも駆け出していきそうな太河の方であった。
「おい太河、さすがにお前のペースでは走れねぇぞ。頼むから少しペースを落としてくれ」
「わかった。呼吸が整うまでは歩いていこう」
太河としてはまだ走れるのだが、ここでシャオを置き去りにしてしまっては意味がない。
ここはゴリモンのような危険なデジモンも徘徊している場所なのだ。できるだけ固まって動くにこしたことはない。
太河は逸る気持ちを抑えて、下流へと歩き出す。
シャオもなんとか呼吸を整えようと苦心しながらそれに続いていく。
2人はデジモンを連れ、少し早足で川を下っていった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
川に流された2人。
鐘山はロバートをうまく誘導し、楽な姿勢で水に浮かばせていた。
「ロバート、そのまま!そのままの姿勢でワニャモンに掴まってて!」
荒れ狂っていた川はいつの間にかゆるやかなものになり、鐘山が泳ぐ余裕もできていた。鐘山はロバートを仰向けの状態で浮かばせ、腹にワニャモンを抱えさせていた。鐘山は水に浮かぶロバートとワニャモンを引っ張り、川岸へと泳いで連れていく。
鐘山は右腕でロバートの襟を掴み、もう片方の手でツノモンを浮袋替わりにしていた。
「ツノモン。大丈夫かい?」
「うん!これぐらいなら!あぶぶぶぶ!」
「うわっ!ツノモン!!」
鐘山は体重をかけすぎたことに気づき、自分の足でなんとか泳ぐ。服を着たままの泳ぎだが、鐘山の水中での動きには無駄がない。鐘山はロバートを連れ、最低限の力だけでゆっくりと、だが確実に岸辺へと泳いでいった。
その間もロバートとワニャモンは自分たちの状況を理解しているのか疑わしい程の騒がしさだった。
「ロバート!引っ張りすぎだべ!オラが沈んじまう!オラが沈んじまうって!!」
「うるさい!うるさい!浮袋は浮袋らしく動くなよ!僕が沈んじゃうだろ!!」
「おぼぼぼ!ぷっは!ロバート!頭抑えるな!!」
「他にどこに掴まれっていうんだよ!!」
浮かびながら器用に喧嘩するロバートとワニャモンを引っ張り、鐘山はなんとか足がつくところまで辿りついた。
「ロバート、もう立って大丈夫だよ」
「なにっ?ほ、ほんとだ!おおっ、やった、やったぞ!あのゴリラはもう追ってこないよな!へっへーだ!もう二度と来るんじゃないぞ!!」
上流に向かって声を張り上げるロバートの背中からワニャモンが飛びつき、ロバートの頭に着地する。
そこでワニャモンは犬のように全身を震わせて、毛についた水を弾き飛ばした。
「うわっ!お前!僕の上で身震いなんかするなよ!」
「うるさい!さっきは散々オラを沈めてたんだからこれぐらい我慢するべ!!」
「なにおぅ!!」
頭の上のワニャモンを捕まえようとするロバートとそれを飛びはねてかわすワニャモン。
鐘山は二人の元気そうな様子に安堵しながら、重くなった足で川底を歩く。
ツノモンはそんな鐘山を心配そうに見上げた。
「善久、大丈夫?」
「うん……大丈夫だよ」
人を引っ張って泳ぐのは並大抵のことではない。本来なら訓練を受けた水難救助のプロがすべき仕事だ。鐘山の顔には明らかに疲労の色があった。それでも、鐘山は優しく微笑み、ツノモンを頭の上に抱き上げる。
「善久!僕は大丈夫だよ!降ろしてよ!」
「……浮袋替わりにしちゃったから……埋め合わせ」
「……でも……」
まだ、何かを言おうとしたツノモンであったが、鐘山の表情を見て、言いたいことを飲み込んだ。
そして、ツノモンが口にしたのは別の言葉だった。
「……善久……ありがとう」
「うん……どういたしまして」
鐘山とロバートはそれぞれパートナーデジモンを頭の上に乗せて、川岸へとあがろうとした。
だが、水を大量に吸い込んだ服はかなりの重量となって身体にのしかかる。浮力を受けていた水の中から出るということもあり、肉体にかかる負担を一際強く感じる。
「うわぁ……もう、びしょ濡れじゃないか!服も重いし!冷たいし!!」
文句を垂れる余裕のあるロバートはまだ良い方であった。
ロバートは素早く川からあがり、靴の中に溜まった水を出している。
だが、泳ぎ疲れた鐘山の方は重力に抗うことさえ精一杯だ。陸の上まであと少しだというのに、その僅かな距離が辛い。
その時、鐘山の目の前に手が差し出された。
「鐘山、掴まれ!」
「え……」
鐘山が顔をあげると、そこには長い黒髪を一本に縛った女子が手を伸ばしてきていた。
学校指定のセーラー服と腕につけられた『風紀委員』の腕章。
首に黄色いマフラーを撒いている
「あ、
「さぁ、早くつかまれ」
「う、うん」
彼女の手は女子とは思えない程に大きく、分厚かった。そして、鐘山が握った彼女の掌にはたくさんの
川からあがった鐘山。彼が川岸を見渡すと
川のほとりにある木陰では薬師寺 真莉愛が腰を降ろしており、士ノ道の後ろで相変わらずの無表情で立っていたのは木村 渚沙だった。
そして、彼女等がいることにロバートも気が付いた。
「あっ!薬師寺!なんでお前がここにいるんだよ!」
「それはこっちの台詞ですわ。それにしても、やっぱりあなたもいましたのね……」
「それこそ僕の台詞だ!お前と一緒なんてまっぴらごめんなんだからな!」
睨み合う薬師寺とロバート。
そんな薬師寺の影から小さなデジモンがひょっこりと顔を出した。
「真莉愛、何コイツ?感じ悪い」
それはどこか女性的な喋り方をするデジモンだった。
緑色の身体に桃色のトゲを持つ、植物の種のような姿。
それを見たロバートが驚いて身を引いた。
「うわっ!緑のトゲトゲが喋った!!」
「ト、トゲトゲですって!?私はバドモンよ!!」
葉っぱのような尻尾をピンと立たせ、トゲをより長く伸ばすバドモン。
ロバートを威嚇するバドモンを薬師寺はそっと後ろに下げさせる。
「おやめなさいバドモン。Mr.アットマンと喋っても苛立つだけですわ」
「なんだと!この野郎!!」
いきり立つロバート。
だが、いざ手を出そうとしたその直前。2人の間に士ノ道が割り込んだ。
「貴様、薬師寺様に手を出す気なら私が相手になるぞ」
「なっ……くっ……このぉ……」
士ノ道が武道の達人だということはロバートも知っている。
喧嘩して勝てる相手ではない。
だが、拳を振り上げた以上、落としどころもなく引くことはできない。
ロバートは頭の上に居座ることに成功したワニャモンに向けて、声を張り上げた。
「おい、お前!!」
「なんだべ?」
「お前が俺の『パートナー』だっていうなら、僕の代わりにこいつらをぶちのめせ!!」
薬師寺と士ノ道を指差すロバートにワニャモンはあっけらかんとした声を出した。
「え?嫌だべ」
「なんだとぉ!!」
「だから、嫌だべ。だいたい、今のはロバートが最初から喧嘩腰なのも悪いべ」
「なにおぅ!」
ロバートは頭の上に殴り掛かろうとするが、ワニャモンは軽くジャンプしてそれを回避する。ワニャモンは次々と迫りくる拳骨をロバートの身体を駆けまわって逃げ続けた。
ワニャモンとの追いかけっこに夢中になるロバート。
既に薬師寺や士ノ道のことなど忘れたかのようなロバートに、士ノ道は呆れた顔をする。
そんな士ノ道の首に巻き付いていた黄色いマフラーが、突然鎌首を持ち上げた。
マフラーかと思っていたそれは、蛇のように細長い体躯をしたデジモンだったのだ。
そのデジモンがワニャモンに向けて声をかけた。
「ワニャモン」
「ん?なんだべ、キョキョモン?」
キョキョモンと呼ばれたデジモンは体を解き、士ノ道の肩からワニャモンを睥睨する。キョキョモンは少し太めの蛇のような姿をしていた。その体にはヒレのような手足がついており、頭には小さなツノが6本程生えている。
キョキョモンは鋭い目線を向けながら、低めの渋い声を出した。
「ワニャモン、貴様が真央殿に危害を加える気なら拙者も容赦はせんぞ」
「いやいや、だからオラはそんなことするつもりはないべ。って、おっと」
ワニャモンは掴みかかろうとするロバートの手を回避してその肩へと飛び乗る。
「こらぁ!避けるな!この!!このこのこの!!」
「へっへぇん、遅いべぇ」
いつまでも追いかけっこに興じるロバートとワニャモン。
それを冷めた目で見る薬師寺と士ノ道。
そんな彼等の横で鐘山は川で濡れた上着を脱いで水分を絞り出していた。
「……鐘山くん……」
「あっ、木村さん。どうしたの?」
「……手伝おうか?」
「え……」
そう言われて鐘山は言葉に詰まってしまった。
上着の水を絞っている最中なので、残っている服はズボンしかない。鐘山としては女性が周囲にいる状況でズボンを脱ぐつもりはなかったし、ましてやそのズボンを女性に絞らせるわけにもいかなかった。
「……えと……いや、大丈夫だよ」
「……そう?」
渚沙はこんな状況でも相変わらずの無表情だ。鐘山からすれば彼女がどういうつもりで『手伝う』などと言いだしたのかまるで理解ができなかった。そんなとき、渚沙の背中からデジモンが顔をのぞかせた。
「渚沙、彼が困ってるみたいだぞ」
そのデジモンは顔のまわりに襟巻のようなものを携え、猫のような尻尾と耳を持っていた。全身は茶色の体毛の覆われているが、ワニャモンに比べてもその体毛は短く、猫は猫でもライオンのような印象を受ける姿をしていた。
「……そうなの?」
「え、あ、いや……まぁ……」
「……そっか……ごめん」
「あ、いや。うん、気持ちだけは受け取っておくよ」
「……うん」
渚沙はそれっきり黙り込み、鐘山は気まずい空気を抱いたまま再び上着を絞った。
それでも、何か会話を続けなければならないような気がして鐘山はひとまずデジモンのことを話題に選んだ。
「えと……木村さんのデジモンってなんていうの?」
「……フリモン」
「へぇ……フリモンって言うんだ」
「……うん」
「………」
やはりそれ以上会話が続かない。
鐘山はなんとか場を持たせようとして口の中でぶつぶつと数語を呟いたが、結局そのどれもが言葉にならない。鐘山はその場をごまかすかのように上着を一際強く絞った。
鐘山は水気をある程度切り、バタバタとはたいて腰に巻きつけた。
濡れている服は着ない。
冷たい服を着るよりは脱いでいる方が体温が奪われずに済むことを鐘山は経験則で知っていた。
それに対してまだ濡れた服を着たままのロバート。
彼は不意に思い出したかのように大きくクシャミをした。
「へっ、へっ、へクション!」
「のわ!おおっと!」
クシャミの勢いにワニャモンがロバートの肩から転がり落ちる。
「ううっ!寒い!冷たい!気持ち悪い!鐘山、なんとかしろ」
「……な、なんとかって」
「だいたいお前が僕を川に突き落としたからこんなことになってるんだろ!責任を取れよ!」
『川に突き落とした』
確かにそれは事実だが、その言い方だとあまりにも不穏に聞こえる。何も知らない人が聞けば鐘山が悪事を働いたかのように聞こえるだろう。
そして、この場には『風紀委員』がいた。
「鐘山……どういうことだ?」
彼女としては例え被害者がロバートだとしてもそんな事態を看過するわけにはいかない。
「えっ、いや……その……」
ゴリモンの攻撃からロバートを守るために他に逃げ場がなく、川の中にロバートと一緒に飛び込んだ。
そう説明すればいいだけなのだが、ここで鐘山の口下手が災いした。
そして、こんな時に得をするのは声が大きく、口が回る人間だ。
「どうもこうもあるか!鐘山が僕を激流に引きずり混んだんだ!運良くすぐに流れが緩やになったからこうして岸にたどり着けたけど!滝にでも落ちたらどうするつもりだったんだよ!」
「……あっ……それは……」
鐘山がハッとしたように目を見開き、俯いてしまう。
ロバートの言う通りだった。あの場では他に逃げ場が無かったとはいえ、下流を確認せずに川に飛び込んだのはあまりに早計だった。下手したらもっと危険な事態に陥ってしまったかもしれない。
鐘山は自分のしたことが無謀だったことを突きつけられ、押し黙ってしまう。
視線を下げる鐘山のその姿はまるで宣告を受けたばかりの罪人のそれだ。
なんの弁明もしない鐘山に周囲の視線はキツくなる。
鐘山の顔が後悔と反省に下がっていく。
そんな彼の顔ををツノモンが下から心配そうに見上げてきていた。
「
ごめんツノモン……こんな僕がパートナーで……
心の中でそう呟く鐘山。ツノモンはその声が聞こえたかのように、泣きそうな顔になる。
ツノモンは悔しかった。彼の行動の全部が否定されていることが、なによりも悔しかった。
善久のしたことは確かに間違いもあったかもしれない。だけど、その根幹にはロバートを自分の身を呈して守ろうとした行動があった。今、善久はそのことを無視されてひたすら責められている。
ツノモンが他の人間を見渡せば、
ツノモンは自分だけが善久を庇える立場にあることを悟る。
「み、みんな、聞いて……善久は……」
ツノモンは泣きそうになりながら口を開く。人間達には通じなくても、せめて友達のデジモン達なら話を聞いてくれると信じた。
「善久は……」
だが、そのツノモンの小さな勇気は更に大きな声でかき消された。
「なぁにを!トンチンカンなこと言ってるんだべ!」
「ぐえっ!」
ワニャモンがロバートの背中に突撃し、そのまま頭の上で飛び跳ねる。
「なにすんだよ!」
「ロバートが自分が助けられたことを棚に上げて好き勝手言ってるからだべ!」
ワニャモンの言葉に士ノ道の視線がそちらに向けられる。
「なに、そうなのか!?」
「そうだべ!ロバートが腰抜かして、ゴリモンに襲われそうになってるとこを助けてもらったんだべ!!」
「だ、だれが腰抜かしてたんだよ!そんなわけないだろ!あんな攻撃!僕一人ならちょちょいのちょいで避けられたんだよ!」
「嘘だべ!ロバートが動けないから、鐘山が水の中に避難させてくれたんだべ!それをいけしゃあしゃあと……パートナーとして恥ずかしいべ!」
「なにおう!」
ロバートとワニャモンの追いかけっこが再び始まる。
だが、それはすぐさまロバートのクシャミで中断された。
「ズビっ!さ、寒い!鐘山!なんでもいいからなんとかしろよ!この僕を凍え死にさせる気か!」
「こぉら!まだ話は終わってないべぇ!!」
ワニャモンを頭に乗せたまま震えるロバート。
鐘山はそんなロバートの態度に文句1つ言わず、行動を開始する。
「……わかった。焚火に使えそうな枝を探してくるよ……」
鐘山はそう言ってツノモンを抱き上げ、森へと足を向けた。
「おい!待て!」
そんな彼に
「一人で行く気か?この森には危険なデジモンがいると聞いたぞ」
もちろん、鐘山もそんなことは承知している。なにせ、先程ゴリモンに襲われたばかりなのだ。
その時、ロバートが大声をあげた。
「行かせろよ!そいつが自分から仕事をしたいって言ってるんだ。それに、火があった方がいいだろう?煙があがってれば誰か大人が助けに来てくれるかもしれない!」
「私は一人で行くのは危険だと言ってるんだ!」
「だったら何人かで行けばいいじゃないか!」
「ロバートは行かないのか?」
「僕は川に落ちてもう凍えそうだって言ってるだろ!そういうのは体力が余っている奴が行けよ!」
そう言ったロバートはその場に蹲り、自分で動くつもりは無いようだった。その態度に
「ほう?ならば、我々4人で森に入っていってもいいということだな?お前は一人でこの川岸に残ると?」
「う……そ、それは……」
ロバートの顔が引きつる。
ロバートが見ているのは川の傍に広がる深い森の方だ。
つい先ほど、その森の中から飛び出してきたゴリモンの砲塔に晒されたばかりだ。
森と目と鼻の先であるこの場所で1人取り残されることを思い、ロバートは口を真一文字に結んだ。
「こ、こいうのは分担作業が大事だっていうだろ!?ちょうどここに5人いるんだし、3人が行けばいいじゃないか!!そうだ、そうしろよ!士ノ道は残れよ!お前、剣道やってるんだから僕を守るんだ!いいな!!」
自己中心的な物言いに士ノ道は溜息を吐く。
だが、確かに火が必要という事実は変わりなく、このメンバーを2組に分けるのなら体格のある鐘山と武道経験者の士ノ道は別の組に分けた方が適切であった。
ただ、士ノ道にも譲れないことがある。
「………」
士ノ道は薬師寺の方へと目を向ける。
彼女は先程から木陰に座ったまま動こうとしていなかった。
生徒会長をやっていた頃の堂々とした態度は鳴りを潜め、ため息をつきながら目を閉じては開くことを繰り返していた。その様子はまるで夢からなんとか覚めようとしている幼子のようであった。
そんな状態の彼女を森に送り出すことなどできるはずがなかった。
それに、こんな森の中で『士ノ道』である自分が『薬師寺』と離れるわけにもいかない。
薬師寺様もこの川辺に残るべきだ。
そう言いだしたいのは山々だった。
だが、それを言いだすことは憚られた。
『薬師寺様がこの場に残れば、森に入るのは鐘山 善久と木村 渚沙の二人だ。鐘山はまだしも、薬師寺様よりも小柄な木村を送り込んでおきながら、薬師寺様を川辺に残すことが本当に正しいことなのか?それを言いだせば自分はロバートと同じ、自己中心的な考え方しかできない輩になってしまうのではないのか』
士ノ道は頭の中で何度も問答を繰り広げながら薬師寺を盗み見る。
士ノ道は彼女から意見が欲しかった。生徒会長である時と同じように凛とした態度で、明確な指示を下して欲しかった。だが、薬師寺はそんな視線に気づくこともなく、ただため息ををつくばかり。
この場で指揮をとれるのは自分しかいない。
士ノ道は葛藤を抑え込むように、小さく吐息を吐き出した。
その吐息を感じたキョキョモンが鎌首をわずかに持ち上げ、士ノ道の顔を見上げる。
「………森に行くのは2人でいいだろう。薬師寺様とロバートは川辺に残り、鐘山と木村の2人で森に行って薪を集めてくれ」
士ノ道は何も気負ったところのない様子を装う。
自分の意見は何も間違っていない。この役割分担は正しいのだ。
そう自分に言い聞かせるようにして士ノ道は森へ行く2人に目を向けた。
「鐘山、木村、それでいいか?」
「う、うん……でも、僕は1人でもいいんだけど……」
鐘山はそう言ってみるが、士ノ道は首を横に振った。
「それはさっきも言ったろ、こんな場所で単独行動は危険だ。というわけで、木村も頼んでいいか?」
「……うん」
渚沙は小さく頷く。
その顔にはやはり何の感情も浮かんでおらず、何を考えているのかよくわからない。
そんな彼女は顔色を一切変えずに鐘山の顔を見上げた。
「……よろしく」
「あ、うん。よろしく」
「……行こ」
「う、うん」
そう言ってなんの躊躇いもなく森へと歩き出した渚沙。
鐘山は慌ててその後ろを追いかける。渚沙の横に並びその顔を伺うも、その表情に変化はない。
怖くないのだろうか?
鐘山はそう思ったが、口には出せなかった。
そんな渚沙の内心はというと、実のところ渚沙も内心は人並みに森に入ることを恐れていた。表情筋の動きが鈍いだけで、決して感情がないわけではない。ただ、そんな彼女の内心を誰も察することができないのだ。ただ、フリモンだけは渚沙の行動を応援するように尻尾で背中をポンポンと叩いていた。
そんな2人の背中に
「2人共!あまり遠いところに行くなよ!!」
「わかってる。すぐに戻るよ」
鐘山は残る人達を安心させるように優しい笑顔をつくって、森へと入っていった。
2人の姿が森の中に見えなくなり、ワニャモンはロバートを睥睨する。
「……じー……」
「なんだよお前、文句があるのか!?」
「べぇっつに!それに、『お前』じゃなくてワニャモンだべ!」
ワニャモンはそう言ってロバートの腹の上に飛び乗った。
「ぐぇっ!な、なにするんだ」
「べぇっつに!」
「このぅ!!」
体力が有り余ってるじゃないか。
今の士ノ道は自分にロバートを批判する資格がないことを理解していた。
そんな彼女にキョキョモンが声をかけた。
「真央殿」
「どうした?キョキョモン」
「差しでがましいようだが、なんだか辛そうであったので。拙者でよければ話を聞くが」
深い声でそんなことを言われ、士ノ道は一瞬だけ罪悪感に従って胸の内をぶちまけそうになった。
だが、それを押し込み、キョキョモンの頭を撫でる。
「キョキョモン……ありがとう。だがいいのだ。いいのだ」
下から真央の顔を見上げるキョキョモン。
彼女の黒い瞳はどこか、痛みを孕んだままどこか遠くに向けられていた。
「キョキョモン……お前が私の『パートナー』だというのなら、一つ肝に銘じておいて欲しいことがある」
「……それは?」
「私は……薬師寺様を守る盾であり、薬師寺様の為の剣なのだ。キョキョモン……お前にも同じ使命を背負ってもらう」
「……」
キョキョモンの返答にわずかに間があいた。その時に浮かんだキョキョモンの寂しそうな顔を士ノ道は見ようともしない。
キョキョモンは自分と士ノ道の視線が合わないことを悟り、静かに頭を下げた。
「あいわかった」
士ノ道は硬い表情のまま、意気消沈している薬師寺を見つめる。
「私は……『士ノ道』は『薬師寺』を守らなければならないのだ」
それは、まるで自分に言い聞かせているかのようだった。