透花散春   作:月見 栞

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ダイヤさんと果南ちゃんの話です。
よしなに。




 

 英雄のような、人だった。

 大らかで勇敢で、強い人。

 

ーー松浦果南という、親友のことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 初夏の日差しが生徒会室に射し込んでいる。

 こういう時、自分の長い黒髪が少しだけ恨めしい。艶やかなこの長髪は私の自慢の1つではあるが、この季節には少々鬱陶しいのだ。

 払って首筋を露出させれば少しは涼しくなるとは思うが、その気力も今はない。

 はぁ、と何度目になるか分からない溜息をつく。生徒会室には誰もおらず、机に突っ伏す私のだらしなさや数え切れない溜息を咎める者は居ない。

 それもそのはずで、今日は特に生徒会の活動が予定されている訳でもない土曜日なのだ。部活動をする生徒以外は基本的に学校におらず、校舎は平日に比べて閑散としている。

 ならば何故ここに居るかといえば、人気がなく家でもない場所に居たかったからだ。

 私は今、とても憂鬱で心が重い。

 はぁ、とまた溜息をつき、窓へと視線を流す。

 爽やかに晴れ渡った青空に、活気ある緑のコントラスト。空は抜けるような青を誇り、山々の緑は日に日に色鮮やかになっていく。夏の盛りが近付いていることを嫌でも感じ取ってしまう。

 

 そう、嫌でも。

 

 私は今、到底そんな気分になれそうになかった。裏腹に彩度を増す夏の景色を睨め付ける。内浦らしい夏の景色が、今はただただ鬱陶しい。

 

 想起する。

 とんとん拍子で順位を上げ、招待された東京での舞台。

 足の怪我を大丈夫だと言い張る親友の姿。

 敢えて歌わず立ち尽くした親友の姿。

 戻った控え室で混乱した様子のまま詰問する親友の声。

 緊張で歌えなかったと嘘をつく親友の声。

 それから、それから。

「…………はぁ」

 思考を吐息で封鎖する。これ以上思い出すのは精神に悪い。

 あの日から、大好きだったスクールアイドルは呪いになった。

 部屋中のグッズ類はみんな片付けた。捨ててしまったものもある。毎日のようにスクールアイドルの話をしていた妹とも、最近は殆ど口を利いていない。

 する事がなく、されど何か建設的な行為をする気にもならず、手帳を取り出しパラパラとページを流し見る。4月からずっと所狭しと書き込まれていた色とりどりの文字たちは、あの日を境に姿を消した。今では黒と、たまに赤で事務的に学校の予定が陳列されているのみだ。

 あの日を境に、私の世界は変わった。

 それはもちろん、悪い意味で。

「…………?」

 まだ書き込まれていないページを飛ばし最後のページに辿り着いた私の目に、手帳の内ポケットに差し込まれたものが映り込む。

(ああ、そういえばここに入れていましたわね)

 それは、ブロマイドだった。着物風の衣装に身を包み、美しい金糸を靡かせウインクするその女性は、私の大好きなスクールアイドルだ。

 

 絢瀬絵里。

 伝説のグループμ'sのメンバーで、学年は3年。ロシア人のクオーターで、抜群のスタイルと歌唱力を持ち、更に幼少期に積んだバレエの経験からダンスの実力もトップクラス。

 才色兼備で人望もあり、学校では生徒会長を務めていたという、私の憧れ。

 これは、μ’sが世界的に有名になる切っ掛けとなったニューヨークでのライブのワンシーンだ。彼女の全てがこの一瞬に凝縮されたかのような美しさで、数ある彼女の写真の中でも特別好きなカットだった。

 

 忘れもしない、妹とグッズショップに買い物に行き、節制を重ねて貯めたお小遣いで購入した時のものだ。開けるまで中身は分からないタイプの商品で、2人で一喜一憂しながら1つずつ開封した事を覚えている。

 大好きなこのカットのものが、それも複製された金のサインが書き込まれた希少なものが目の前に現れたときは、それはそれは喜んだものだ。文字通り飛び跳ねて喜んだのは、あの日が初めてだったと思う。

 それ以降、毎年手帳に挟んで持ち歩いていた。私にとって、この上ないお守りだった。

 

 スクールアイドルを始めると決まった日、私は改めてこのブロマイドを眺めて誓った。必ず、スクールアイドルとして研鑽を積んで彼女のような素敵な女性になってみせる、と。

 大好きな親友2人と手を取り合って、憧れの人の背中を真っ直ぐに追いかけることがようやく出来る。高校生になって、スクールアイドルになったことで、ようやく憧れへ向けての第一歩を踏めるのだと。期待に胸を膨らましていた。

 

 なのに。

 

 

『お願いダイヤ、協力して。詳しくは……今度、話すから』

 

『何で果南を止めなかったの!? ダイヤ、あんなにスクールアイドルが大好きだって言ってたじゃない!!』

 

『片付けてーーそれ、もう見たくない』

 

 

「ーーーーっ、」

 視界が滲む。

 憧れの人の姿が、その輝きが目に突き刺さって痛い。

 2人の間で板挟みになって、結局鞠莉さんの為と自分に言い聞かせてやめることを選んで。2人を尊重する為と言いながら、結局自分の意思を押し殺してしまった。

 本当にスクールアイドルを愛していたのなら、あの場でどちらの肩を持つべきだったかははっきりしていた筈なのに。鞠莉さんの事は果南さんの方が分かっている筈だからと、信頼と少しの妬みをもって私は果南さんの肩を持った。

 結局、納得し切れないが故の無念と、夢への道が途絶えたという絶望だけが取り残されて、行き場を失ったそれは苛立ちを生んで。あろうことか妹にそれをぶつけてしまった。何の非もない、今まで文句の1つもなく衣装作りを手伝ってくれていた妹に。

 自分の意思も示せず、大好きな場所も守れず、挙句の果てに妹に八つ当たりして。気まずくなって休日に学校へ逃げ込んでいる。

 

 何が、「スクールアイドルとして研鑽を積む」だ。

 

 何が、「彼女のように素敵な女性になる」だ。

 

 何が、「憧れへの第一歩」だ。

 

 結局私は、全て失った。

 憧れへの道も、親友も、大好きの気持ちも、妹からの信頼も、全て。

 滲む涙の向こう側に、憧れの人が佇んでいる。今となっては全てが遠い。私は、この輝きとは程遠い場所に落ちたのだ。

 

 ならもう、いっそのこと。

 

 手帳からブロマイドを取り出し、保護用の透明なスリーブから抜き取る。久々に外気に触れたであろうそれは、スリーブ越しに見るよりも美しく見えた。

 それをゆっくりとゴミ箱の上にかざす。このまま指から力を抜けば、憧れの象徴はただの紙屑に成り下がる。

 分かっている。この行為には何の意味もない。ただ、失い傷付くだけだ。

 ニュースでリストカットを行う女子高生の話を知った時、私は彼女達に対してまるで共感も理解も出来なかった。非生産的で、無意味で、痛々しいと感じた。

 今なら少し、気持ちが分かる気がする。やり場のない感情に打ちのめされ、それでも捌け口が見つからなくなった時。その矛先を自分に向ける他無くなってしまうのだろう。

 今まさに、私は精神的な自傷行為に走っている。憧れの人を映した大切なこれを捨てたら、必ず傷付くし後悔する。

 それでも。こうする他無念の行き場がないのなら。

 

ーー私は、ゆっくりと指から力を抜いた。

 

 ひらり、ひらりと憧れが舞う。

 このままゴミ箱の中に入ってしまえば、拾い上げようとももう手遅れだ。1度捨ててしまったという事実は消せないのだから。

 

 ひらり、ひらりと輝きが堕ちる。

 今ならまだ、間に合うと分かる。早く手を伸ばせと、心の何処かで叫ぶ声が聞こえる。

 でももう無駄だ。そもそも、自分で自分を止められるならこんな事になっていない。

 

 ひらり、ひらりと思い出が死ぬ。

 私はもう、自分を止める術を失った。

 後はただ、ひたすら自傷の痛みに浸るだけ。

 

 

 ひらり、ひらりーー

 

 

「ーーーーダイヤ!!」

 乱暴に扉を開く音。

 大股でこちらに近付く足音。

 それらを聴覚が捉えたその直後。

 

 見覚えのある、しなやかな白い指が私の心を繋ぎとめた。

 

 

 

 

 




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