花丸さんから連絡があってユニットの新曲会議をすることになった私たちだったが、花丸さんに腹案があるとのことで1度解散となった。
時折心ここに在らず、といった雰囲気だった花丸さんのことは少し気がかりだったが、彼女は自分の中で深く考えて答えを出すタイプだ。故に、変に干渉するよりも好きにさせた方が良いと考えた。
そこまでは良かったのだが、花丸さんと別れる際に少々果南さんをからかい過ぎたらしい。
"怒りのハグ"と称して行われた仕返しは、いつもより強く、無言で腰に抱きつき続けるという何ともコメントし難いものだった。
「……あの、果南さん? いい加減離して頂きたいのですが」
「…………」
「……無視、ですか。はぁ……困りましたわね」
「…………」
揺すっても、声をかけても、離れるどころか返事すらない。無言でひたすら抱きつき続けている。
(これは……後に引けなくなっていますわね)
が、付き合いが長い私はこの状況にも見覚えがあった。
果南さんは、1度意地を張ってしまうと中々後に引けなくなる性格だ。ちょっと強く言い過ぎたな、と思っても、1度言った手前訂正し辛く感じてしまい、本心ではない頑なな態度を取り続けてしまう。
要は、引き時を失ってしまったのだ。
ならば、こちらが引き時を作ってあげれば良い。
「……果南さん、先ほどは少し言い過ぎました。あなたのお陰で歌の方向性が決まったこともありましたし、歌詞にあなたの案が採用された事もありましたものね」
「…………」
返事はない。
だが、まずはこれで良い。まずは謝罪をして、相手がこちらの話に耳を傾けようという気持ちにさせることが肝要だ。
「私が悪かったと認めますから、腕を離して下さいませんか?」
「…………やだ」
返事があった。良い傾向だ。
「……そうですか。残念ですわ、すぐに手を離して下さったらお礼にコーヒーの1杯でも奢ろうと思っていましたのに。このままでは門限になってしまいますわね」
ぴく、と果南さんが反応するのを感じた。
話を聞く気にさせたところで、引き際を用意する。「まあ、そういう事なら」と言って引けるような条件を差し出すのだ。
「……コーヒーだけ?」
勘違いしてはいけない。これは単に我儘を言っているのではなく、「ここまで意地を張っていたのにコーヒー1杯で許してしまったら不自然ではないか」という、言ってしまえば要らぬ心配をしているのだ。
そして勿論、この事も織り込み済み。満を持して、私は札を切る。
「……仕方ありません、特別です。今すぐ離してくださるというなら、グランマさんでケーキもお付けしますわ」
「ーー本当っ!?」
がばっ、と果南さんが顔を上げる。
その喜色に満ちた表情は、ケーキを奢ってもらえる嬉しさ半分、ようやく引き際を見つけた安心が半分、といったところだろうか。
何はともあれ、やっと拘束から解放された私は手早く荷物をまとめ、2人揃って学校を出た。
レアチーズケーキに、ベリーベリータルト。
結構な回数来ているが、やはり目の前に置かれたケーキの姿には心が華やぐものだ。
温かい紅茶で口を潤し、ひと口サイズに切り出したケーキを口へ運ぶ。滑らかな食感と口に広がるチーズの風味に思わず頰が緩むのを感じていると、不意に果南さんが口を開いた。
「マル、大丈夫かなぁ」
「花丸さんがどうかしましたの?」
「えっ、ダイヤ気付いてなかったの? 今日のマル、ちょっと様子がおかしかったよ」
タルトを口に運ぶ手を止め、意外そうな顔で果南さんはそう言った。
どうやら、今日の花丸さんが会話中に何度か上の空になっていたことを指しているらしい。もちろん、私だってそれは気付いている。
「ああ、その事ですか。それなら、私も気付いていましたわ」
2口目をフォークで切り出し、口に運ぶ。再び濃厚なチーズの香りが口に満ちる。
「意外だなぁ、ダイヤの方がこういうの心配しそうなのに」
「どういう意味ですの……? 花丸さんがああいう感じの時は、何かしら考え事をしていると見るのが普通です。何か悩んでいることがあるのでしょう」
「だったらーー」
「だからこそ、下手に干渉するべきではないと言っているのです」
1度紅茶を飲んで口に広がった香りをリセットしつつ、私は言った。
別に面倒で放置している訳ではない。ただ、花丸さんの性格を考えると干渉し過ぎるのも悪手だと私は思う。
「花丸さんは、ゆっくり考えて自分の答えを出す子ですから。下手に干渉して、彼女のペースを乱すべきではありません」
「そっか……まあ、そうだよね。考えてみれば、相当じっくり考えるタイプだもんね、マルは」
「勿論、たまに考え込み過ぎて迷走してしまう時もありますから。その辺りは様子を見て、それとなく助け船を出すとしましょう」
最初は、妹と同じように接していた。
何かあればすぐに声をかけ、ちょっと危なげな動きがあれば止めに入った。
ただ、それが彼女にとっては息苦しかったようだ。最初は様子を見て、時折助け船を出す。それが、ユニット活動を通じて触れ合う中で私の見つけた、彼女との距離感の最適解だった。
「……変わったね、ダイヤ」
「変わった? 何がです?」
穏やかに微笑む果南さんに、訝しむような視線をぶつける。
何かおかしな話をしただろうか?
「ダイヤ、最初は事あるごとにマルに口出しして、しょっちゅう喧嘩してたじゃん。ちゃんと様子見てあげるようになったんだなーって」
「……私も、少しは学びましたから。下級生の彼女達は、わたくしが考えているよりも遥かに色々考えて、行動していると」
函館でのライブを経て、目覚しい勢いで自律していく妹のルビィや、最初は子供っぽさを感じてつい過干渉してしまっていた花丸さんの姿を思い浮かべる。
昔は危なっかしい所のあった下級生達はもう、すっかり立派な女性に成長していた。
スクールアイドルとして活動する中で、彼女達の内に秘めていたものが開花したのだろう。スクールアイドルを愛するものとして、これはとても嬉しい事だった。
「負うた子に教えられ、だね」
「まったくもって、その通りですわね。ルビィといい花丸さんといい、立派に考え行動する1人の人間だということをこの1年間で思い知らさられました。干渉し過ぎるのは……私の悪い癖ですわね」
紅茶を飲み干し、ため息をつく。
悪癖と分かっていても、未だに油断すると世話を焼きそうになってしまう。
「ま、良いんじゃない? 実際ダイヤが世話焼かなかったらどうにもならない時もあった訳だしさ」
「そう言っていただけると、少し救われますわね。……ありがとう」
「うん、どういたしましてっ!」
目の前で開くのは、昔から変わらぬ素朴な笑顔。
見ればすんなり安心できる、馴染み深い親友のそれ。
考えてみれば、そろそろこの親友とも離れ離れになる。
実感が湧かないが、もう間も無く別れは来てしまうのだ。
「あ、そうだ、マルと言えばさ」
感傷的になり始めた思考を中断するように、果南さんが唐突に話題を振ってきた。
「何だかんだ言ってユニット活動ではマルに頑張って貰ったことも多かったし、卒業前に私とダイヤから何かプレゼントあげたいって思うんだけど、どうかな?」
「プレゼントですか……良いですわね。私達から、AZALEAメンバーとして何か差し上げましょうか」
思えば、花丸さんに対して改めてお礼を言う機会というのも無かった気がする。
ユニット活動において作詞を担当していた花丸さんは、1年生だというのにかなり積極的に活動していた。卒業する前に何かご褒美とお礼を兼ねたプレゼントを贈る、というのは名案に思える。
「何が良いかな? マルだから……やっぱり本?」
「本は好みが分かれますし、プレゼントするまでもなく自分で買うでしょう。あまり花丸さんが自分で買わないようなものが良いと思いますわ」
「例えば?」
実は、私には1つ思い当たる節があったのだ。
花丸さんが買いそうにない、でも欲しがっているもの。いつぞや水族館で撮影をした際の記憶を辿れば、3つのぬいぐるみを全て欲しがって駄駄をこねる花丸さんの姿。
「覚えていませんか? 以前水族館のイメージガールをした際に、花丸さんが欲しがっていたぬいぐるみがあったでしょう」
果南さんは少しの間記憶を探り、思い当たったのかぱっ、と顔を上げる。
「ーーあった。あったね、そういえば! うん、それ良いよ! 流石ダイヤ!」
「どちらとも、淡島で買えたはずですわよね?」
「うん、イルカとペンギン!」
「まんぷくちゃん、ですわ」
「もー細かいってばー。……とにかく、その2つを私とダイヤから! 決まりだね!」
「そうと決まれば、淡島まで向かいましょうか。先ほどの約束通り、ここは私が持ちますから」
閉園になる前に行かなくては、と早速席を立った私を、きょとんとした表情の果南さんが呼び止めた。
「え、私普通に払うよ?」
「良いのですか?」
「うん、全然払うよ、気にしないでーー」
そう言いながら財布を取り出し、急いでお金を出そうとした果南さんの手が止まる。
「……ごめん、お金足りなかった」
気まずそうな、こちらを伺うような顔。何だか可笑しくて、つい吹き出してしまう。
結局、元々奢る予定だったのですからお気になさらず、と言って私は支払いを済ませ、私達は淡島へと向かった。
この時の私たちは、まだ知らない。
花丸さんがこの日の内に歌詞を完成させ、私達に歌を届けてくれるなど。
お読み頂きありがとうございました。