「喜んでたね、マル」
閉校式が終わった後。東京へ向かう電車の中で、満足気な表情で果南さんが言う。
空港に向かう果南さんと東京に行く私は、途中まで同じ電車だった。
「ええ。あんな風に泣く花丸さんは珍しかったですわ」
思い出すのは、あの日の屋上。
大切そうにぬいぐるみ2つを抱き締めて大粒の涙を零す花丸さんの姿は、本人には怒られるかもしれないが大変可愛らしかった。
贈り物を喜んでもらえるのは、やはり嬉しいものなのだ。
「……しかしまあ、先にプレゼントされるとは思ってなかったね」
「そうですわね……とても、とても素敵な贈り物でした」
もう1つ、忘れられない出来事があった。
花丸さんから私達2人へ、素敵な歌のプレゼントがあったのだ。
卒業とその切なさを歌うその歌は、酷く私の心に響いてきた。歌そのものも良かったが、それ以上に彼女が私達の為に歌を考え、準備して、披露してくれたという事実が嬉しくて、2人して大層泣いたものだ。
ーー”卒業ですね”
そう、卒業だ。
もう、卒業してしまったのだ。
今隣にいるこの親友とも、あと少しで。
会話が途切れ、小さな沈黙が訪れる。
沈黙を破ったのは、果南さんだった。
「何だか、実感湧かないね。ダイヤと離れ離れになっちゃうなんてさ」
うっすらと、寂しさが胸を染める。
誤魔化すように、口を動かした。
「考えてみれば、小さい頃からずっと一緒でしたものね」
「だね。そう考えると、実は1番長い付き合いなのかもね、私とダイヤって」
「同い年で、小学校からずっと一緒でしたものね、私達は」
「休みの時とか、会わない日もあったけど……会おうと思えばいつでも会えるって距離だったもんね、今までは」
嗚呼。
無理だ。
会話をすればする程、別れを強く感じてしまう。
寂しさを誤魔化せなくなってしまう。
「随分、色々な事がありましたわね。今まで」
誤魔化すのを諦めて、私は過去を振り返る。
いっそ、今日は感傷に浸ってしまおう。
「うん。楽しいこともあったし、辛いことも結構あった。……ダイヤには、色々無理させたりワガママ通したり、迷惑かけちゃったね」
そう言うと、果南さんは申し訳なさそうに眉を下げた。恐らく、解散した頃の事を言っているのだろう。或いは、あちこち私を連れ回したときの事だろうか。
「まあ、今更反省ですか?」
少し微笑ましくなって、私は少し戯けた風にそう言った。
反省なんて、しなくていいのに。私は寧ろ、とても感謝しているのだから。
「……私は、楽しかったですわ」
「え?」
だから、最後くらいちゃんと言おう。
「環境も性格も全然違うあなたと友達になれて。自分1人では絶対にしないようなことを沢山して」
正面から、言葉にして伝えよう。
「ーー本当に、楽しかったです。感謝していますわ」
「……ダイヤ」
「あら、何か可笑しな事を言いましたか?」
「ううん……ううん、ありがとう」
「ええ、どういたしまして」
虚をつかれたような表情から一転して、果南さんの瞳が潤む。
結局お互いに感謝の伝え合いになってしまったのは、何とも私達らしいと思った。
どちらともなく手を握る。
寂しさを感じているのは、どうやらお互い様らしい。
沈黙が再び訪れる。
それでも、饒舌な体温を手に感じながらの沈黙は、決して悪いものではなかった。
駅に着く。
ここでお互い、別の列車に乗り換えだ。
「……ここで、お別れだね」
「……ええ」
人気の少ない改札前。
果南さんはこの改札を1度抜けて、空港行きの列車に乗り換える。
列車の到着時刻まではまだ少し余裕があって、私達は離れ難い気持ちを持て余していた。
「ダイヤ、私がいなくても平気? 道とか迷わない?」
「あなたこそ、私がいなくても平気ですの? もう勉強を教えて差し上げる訳にはいきませんわよ?」
どちらともなく吹き出した。
やっぱり、私達はこれくらいの皮肉の応酬が丁度いい。
「……ダイヤ」
ゆっくりと両腕が伸ばされる。
後ろ髪引かれる思いを、潤む瞳を振り払うように、そっとハグをした。
強く抱き締めるのではなく、柔らかく優しく触れ合うハグを。
果南さんの体温を感じる。
凪いだ海に包まれるような感覚の中、記憶が走馬灯のように流れていく。
出会った日のこと。夜中に家を抜け出して冒険したこと。一緒にスクールアイドルをやったこと。そして、一緒に校門を閉めたこと。
これで、お別れだ。
ゆっくりと体を離す。
顔を上げれば、自然と目が合った。
「……では、お元気で」
「うん。……あっ、そうだ、これ」
「これは?」
唐突に何かを思い出した果南さんは、懐から封筒を取り出した。
「こないだのケーキ代。払ってなかったから」
「別に、構いませんのに」
「良いから! 私なりのケジメ、ってやつだよ」
「……分かりました。受け取っておきます」
妙なところでこだわるのは、昔から変わっていないようだ。
こういう時の彼女は絶対に引かないと知っているので、私は封筒を受け取った。
「ーーーーじゃあね」
「ーーーーええ」
最後に目を見つめてそう言うと、果南さんは何かを振り払うように改札へと振り返り、真っ直ぐに歩き始めた。
改札を抜け、階段を上る寸前で1度こちらを振り返って手を振って。
そのまま、階段を上って行ってしまった。
(……さようなら、果南さん)
姿が完全に見えなくなってからもしばらく立ち尽くしていた私は、心の中でそう呟いてからゆっくりとホームへ向かった。
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