こういうしられていない名馬たちの物語が、よろしければどうぞ。
そして遅れるホーリックスw
「いいところですねぇ、ていうか……これ欲しいなぁ」
「またまた男爵大尉の新しいもの好きが出ましたな!!」
「いやぁ、だってこれ良いじゃない、風をビュンビュン感じるんですよ。これ絶対欲しい!!」
上機嫌な声が車のドアを軽く叩けば、ともに乗る駐アペニン大使は慌てる。
「あああああ、叩くのご勘弁ですよ大尉!! まだ購入したばかりなんですから!!」と。
山高の軍帽、緑よりは少し薄く黄色よりはくすんだ色の服。
島国が新しく採用した軍服に、テカテカに磨かれたブーツの彼は4人乗りの「車」というものに興味深々だった。
イスパノ・スイザ。
珍しいもの開発国家にして農業大国六角が作った「自動車」
ボディーはサーフライン下を2色で割ったもの。
下を漆黒、上を黄色にさらに上に革張りのホロ。
シートも革張りで、まるでサロンに置かれるソファーを乗せた移動する談話室。
これほどの出来の車はまだ島国にはない。
島国からきた将校が丸い目をいつになく輝かせるのも無理のないもの。
「まだ島国ではあんまり見た事がない、工業力ってやつか……やっぱり世界は広いなぁ!! おれも絶対に買うぜ!! 手に入れてみせる!!」
オープンカーから雲のごとく移動する空を仰ぎ見た顔、その目の前を何かが飛び越した。
サイレンのような声を響かせて。
一瞬である、巨大な物体がゴッーという音の風を巻いて背高の車を飛び越えて、あとは後ろ姿だけが米粒のように見えていた。
「えっ……なんだ……今のは……」
ポカンとする大使と大尉。
大尉の頭からは帽子が飛び、視線は過ぎていった相手を見つめる。
跳ねる尻尾に蹄鉄のついたシューズは砂煙りを上げて視界から消えていく。
「あれって……ウマ娘?」
「そうよぉ、ウマ娘さんよ」
突然向かってきた物体に車は急停止していた。
田舎の小道、ここから山を下って街に入ろうというところだ。
道沿いに作られた畑で休憩していた老夫婦は屈託ない笑みをみせる大尉に、しわがれながらも陽気な笑みで教えた。
「ルイン先生のところで舞踊を習ってる仔、ウラヌスって言うのよ」
「舞踊……大きい、さすが西洋のウマ娘。あんな大きな舞踊家がいるなんて」
どこの誰ともわからない農夫の言葉に大尉は興味津々と車から乗り出して聞き、相手の農夫は愉快な軍人に笑って答える。
「そうなのよ……舞踊家っていうにはねぇ、ちょっと大きくなっちゃったのよねぇ」
「大きく?」
「元気でスクスクねぇ背が伸びちゃったのよねぇ……いい子なんだけど」
赤ら顔の老婆の耳にも美しいトルコ石のピアス。
芸術の国での出会いは衝撃的なものだった。
集合公国国家アペニン。
舞踊といえばこの国は芸術に熱心だ。
絵に音楽に舞踊にと、暇のない勢いで各公国が競い合って花よ花よと押し上げて舞って。
世相の暗い時期もあったが、それでも脈々と王から民までが熱狂した芸術大国。
舞踊はオペラにバレエ、民が盛り上がれば当然当地のウマ娘も盛り上がる。
人が踊ればウマ娘だって踊りたい、そもそも眉目秀麗を標準装備で生まれる美少女たち。
人のそれを上回る彼女たちが集団舞踊をすれば、それは大輪の花とも言える美しさだ。
舞踊者となれば、さらに上のステップへ、時代の最先端である活動劇(シネマ)スターへの道も開かれる。
ここアペニン北部ピショーネ公国は集合公国内でも上質な芸術家が集まり舞踊家も数多く自らのスタジオを開いている。
夢見る都会っ子もいれば田舎モノのウマ娘だって多数いる。
今し方腰高の車を一足飛びで飛び越していった子もまた夢を追って六角より情熱的ダンスの国へやってきたウマ娘だった。
「うぁああああああぁあぁあぁぁあんあんあんんあんあんあんんあんんんん!!!!!!」
まるで鉄砲水を知らせる警報のような鳴き声は山々に響き渡っていた。
放牧に出ていた牛たちが草を食むのを忘れ、羊たちはメーメーと逃げ出す。
羊飼いたちは耳をふさぐという大音響。
彼女は山の中腹、羊飼いたちが見晴台に使う開けた場所で泣き叫んでいた。
仁王立ちで。
「うぁぁぁぁぁぁぁん!!!! わぁぁぁぁぁぁん!!!! なんでよぉぉぉぉ!!!! なんでダメなの先生ぇぇぇ!!!!」
滝のような涙、鼻水によだれ、顔から色々吹き出しながら、こんなことになったつい数分前のことを思い出していた。
黒髪をアップにひっつめ、ロングスカートにシルバーのブローチを付けたルイン先生は片眼鏡の奥を鋭く光らせ、手拍子を止めた。
「ウラヌスさん、前に……残念だけれど今回のカーニバルにも貴女を出すことはできません」
ラインにそって歩様を揃える踊りはオープニングの花。
田舎から出てきたウマ娘も都会っ子のウマ娘もカーニバルのオープニングを飾るショーに選ばれることを心待ちにしていたのに、開口一発目の落選者。
希望に輝いていた目は一瞬で曇った。
「先生……なんでよ? 私頑張ったよ……」
一堂に会したウマ娘の顔も曇る。
一緒に練習してきた仲間が、それも真面目にやってきた彼女が落選となるのに納得している子は一人もいなかったが誰も異を唱えない。
「ウラヌスさん、貴女をラインに加えると……一人だけ飛び出してしまうでしょう」
わかりきった理由を前に、どうにもならない鎮痛な空気の中で、ルイン先生も悲しそうな目で目の前に立つウラヌスを見ていた。
飛び出してしまう、高身長な彼女を。
並ぶウマ娘は皆美しい、手足も長ければ背筋もピシッと定規で伸ばしたような美しさ。
中でも前列を飾る子たちは身長170センチと厳しい規定の中で自らを作った子揃い。
衆群で踊るダンスは「粒が揃っている」ことは大事なことだ。
とくに最初の一線は大事なポジションであり、そのチームの「花形」でもある。
「私……ちょっだけ……大きくないですよぉ……」
先生のため息が落ちる。
ちょっとどころではない、この前列一線を競ったウラヌスの踊りは誰の目にも一流だったが、彼女の身長は181センチ。
粒を揃える170センチから10センチも飛び出してしまっている。
本番では8センチ高のハイヒールを履くことを考えても規格外の身長なのだ。
納得できない。
ウラヌスは唇を噛み、涙をこらえてチャンスにすがる。
「一番後ろの列でも……いいですから……ハイヒールもいりませんから……」
この日のために頑張ってきた。
前回も参加できなかった、その前も……今度こそという願いとは裏腹に大きく育ってしまった背丈を必死に縮める哀願を前に、先生は小さく左右に首を振る。
「後ろでも……1人だけ背丈の高い貴女をショーに加えることはできません。ゴメンなさいねウラヌスさん、貴女は才能はある。踊りもジャンプも人一倍、でも貴女に舞踊の世界は狭すぎる、貴女の大きさに合わせられないの」
そこでこらえていた思いは一気に噴き出してしまった。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁあぁぁあぁああぁんんんんんん!!!!」
夢見てきたステージに立てない。
踊りも一流、歌でも合格、田舎から飛び出しあらゆる面で成長した、芸事においての底力ではルイン先生率いるチームで一番と言っても良いだろうに、体格身長の成長もとどまることを知らず、止められない成長で自分を裏切っていた。
誰にも当たることもできない苦しみと悲しみを抱え、いたたまれない気持ちを吐き出すためにウラヌスは走り、走って走ってここまでやってきた大声で泣き叫んでいた。
「ええええんえーーーーーーん、どうして私は大きくなっちゃったのよぉぉぉぉぉん!!!」
身長はどうにもならない。
泣いても叫んでも窮屈な箱の中で寝ても、止められなかったせいちようを今恨む。
「うわぁぁぁぁん……うぇんうぇんうぇん……わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああん!!!」
「見つけた!!!」
どうにも止まらない悲しみに打ちひしがれながらも大口で泣いていたウラヌスの前に飛び出したのは、先ほど飛び越した車に乗っていた大尉だった。
突然の人、泣いている自分。
顔全体が土砂降りを食らったような水気、開けた大口のまま自分を見る人物に震える。
「あんたぁぁぁ、だれぇぇぇ、私は泣いてませんからねぇ」
どの口が言うか、サイレンのような泣き声を響かせていたのにと思うほどに笑ってしまう
「いやいや泣いてただろ、君の泣き声を追ってここまで来たんだから間違いない」
軍帽の小柄な男は笑いながら近寄ると手を伸ばした。
「俺は島国からきたトレーナーだ、ウマ術を教えている。どうだい俺のところにこないかい!!」
輝く目は上から下までウラヌスのからたでを見回し、本当にうれしそうに言う。
「すごい!! やっぱりデカイ、こんな大きなウマ娘がいるなんて!!」
「大きくないから!!」
「いや大きい!! 君みたいな巨大なウマ娘我が国にはいないぞ!! 島国の子を見たら小人かと思うぞきっと!!」
「巨大……じゃないもん!!」
いきなり勘に触る、その大きさのせいでステージに立てない。
だから今泣き叫んでいるのに、無神経にも程がある。
「私はあんたみたいなデリカシーのない人なんか、ななんかぁ!! しらなーーーーい!!」
恥ずかしいしイライラするし、顔色はベトベトの飴色から一気に真っ赤なヤカンのようになって相手を退けるようにターンした。
このまままた走って逃げる。
背中を向け最初の人踏みをした瞬間、軍帽の彼はウラヌスの尻尾をつかんでいた。
「待って!! 俺は本気だ……」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ウマ娘の尻尾はむやみやたらに触っていいものじゃない。
これはウマ娘と関わるものならばだれでもが知っている初歩的なもの、デリケートな部分として第一に上がる箇所。
毛並を気にし、敏感な箇所を、ただ触るだけでも激怒直結なのに思い切り握りしめてしまったのだから容赦は聞かない。
甲高い悲鳴とともに一回転ひねりの回し蹴りが風を切る。
軍帽は真剣きったかのように真っ二つになって宙を舞う。
蹴りで一回転したウラヌスの前、トレーナーの姿は消えていた。
「あっ……やっちゃった……の?」
自分の脚力は知っている、振り抜いてしまったのならその威力で人の骨を簡単に砕く。
まれに耐える人間もいるが、今の一撃はそんな生易しいものじゃなかったことに真っ赤になっていた顔が急転直下で青くなる。
「あわわわわわわわわ」
眼下には倒れている彼、一瞬引いて様子を見て、そっと近ずく。
罠に怯えるような動作を前に帽子をふっとばされた彼は笑顔で起き上がっていた。
「すごい蹴りだ!! すごいぞ!!」
言うや今度はウラヌスの腕を掴かむトレーナーは握手と言わんばかり、掴んだ腕のまま立ち上がると興奮冷めやらぬ顔で続ける。
「俺と一緒に世界を回ろう!! お前とならどんなレースでも負けはしないさ!!」
「ていうか……生きてるの?」
「生きてるよ!! ピンピンしてる!! どうだ!! ウラヌス!! 一緒に行こう!!」
驚きとトキメキ、泣いている時間なんてない。
トレーナーと称する彼の引きは強かった、今までにないほどに自分をグイグイと新しい世界へと連れて行こうとしている。
「どこに行くの?」
まだ見ない国へ、知らない道へ。
舞踊家を目指し故郷を出たときの、あのトキメキが胸を支配する中で、目の前のトレーナーは遥かな海を指していた。
「ここより世界へ!!」と。