宇宙。暗く星が瞬く、広大な宇宙空間で。
赤い巨人が、音速を越えて飛んでいた。
黒い人型の宇宙人が、赤い巨人同様に音速を越えて飛翔しながら赤い巨人と相対している。
巨人と宇宙人が同時に動く。一瞬にして、一秒にも満たない時間でパンチや蹴りの応酬が繰り広げられた。
パンチが来れば避け、蹴りが来れば受け流し、お互い決定打を与えられない超次元の攻防だ。
両方の蹴りが胸に直撃し、お互い痛みとダメージと共に叩き飛ばされ、再び対峙する。
『ベンゼン星人、そろそろ、終わりにしよう。もう終わりで、いいじゃないか』
赤い巨人は言葉をテレパシーにより放った。黒い宇宙人との因縁を思い、この長く続く益のない戦いへの終わりを望んだ言葉だ。
『ウルトラマンゼアス、貴様の命が破壊され、絶望と死の終焉を迎えさえすればな』
されどベンゼン星人は取り合わない。望むのはウルトラマンゼアスの絶望と破壊のみ。
――以前までは、望むのは破壊だけであったが。
『どうしても、続けるのか』
『くどいぞ、ウルトラマンゼアス!』
ベンゼン星人はマッハの速さでゼアスへと肉薄する。
執念の闇を纏った拳を、突き出した。
ゼアスもエネルギーを集中させて発光させた拳を放った。
お互い全力の一撃だ。
光と闇の衝撃波が宇宙空間を激震させる。
その影響は、次元の壁にまで及んだ。
強力過ぎる一撃によるエネルギーと、ベンゼン星人には本来なかった次元干渉の能力を、今はベンゼン星人が保有しているということが原因だろう。
次元の壁にヒビが入る。
『ゼアスウウウウウウウウ!!』
『ベンゼン星人!!』
さらに拳と拳は激突する。
次元にさらにヒビが入った。
光と闇は何度も激突していく。その度に衝撃波と激震が走り、次元の壁のヒビが広がっていく。
そうして、ついに。
次元の壁が破壊され、別次元と繋がる穴が出現してしまった。
ゼアスが勢いを付けた蹴りを放つ、ベンゼン星人はそれを避け、次元の穴の中に逃げ込んだ。
次元の穴の先の光景を見ると、ベンゼン星人の頭の中では驚きと悪意を持ったたくらみが同時に駆け抜けた。
ベンゼン星人の目の前には、別次元の地球が存在していたのだ。
ウルトラマンゼアスが愛し、守ろうとする地球が。
ゼアスもベンゼン星人を追って次元の穴を通って来る。
『地球……』
『そうだ、地球だ』
そう言ってベンゼン星人は地球に金色の光線、ベンゼン光線を頭部から放つ。
ゼアスはマッハ20近い速度で飛び、ベンゼン光線を叩き落とした。
地球を背にして、ウルトラマンゼアスはベンゼン星人と相対する。
ウルトラマンは、いつだって地球を、人を守る存在だから。
『この状況なら、避けられないだろう、貴様はウルトラマンだからな』
ベンゼン星人は地球を人質に取り、最強の一撃で屠ろうとエネルギーを頭部に溜める。
絶対に憎きゼアスを殺し破壊する。ベンゼン星人はその一念を強く思っていた。
ゼアスもその一撃に対抗しようとエネルギーを溜める。
絶対に地球を、人を守る。ウルトラマンゼアスはその一念を強く思っていた。
この一撃で、決着するだろうと二人は予感していた。
ベンゼン星人は頭部に溜めた金色に黒が混ざった光線を解き放つ。
『死ね、ウルトラマンゼアス!』
ゼアスも手を手刀の形にし、腕を十字に組み、光線を放つ。
『スペシュッシュラ光線!』
必殺光線が激突する。
膨大なエネルギーが拮抗し、衝撃波が撒き散らされた。
どちらも押しきれず、光線がぶつかり続ける。
やがて、膨大なエネルギーが衝突し続けたことで、大爆発を起こした。
お互いの威力を重ねた規格外のエネルギーが、双方共に逆流する。
『『――――ッ』』
極大爆発。
視界が、吹っ飛んだ。
ベンゼン星人は月に吹き飛んでいく。
ウルトラマンゼアスは地球へと吹き飛んでいく。
お互い瀕死の重傷だ、指一本動かす余力すらない。
ゼアスは巨人の姿を保つことができなくなり、光となって地球に降り注いだ。
地球をその眼に映しながら、ゼアスは思う。
『地球――』
『ボクが夢見た、青い星……』
※
それは突然起こった。
高校からの下校途中のことだ。
少年の目前で、交通事故が起きようとしていた。
幼い少女が公園の横の道路で、車道に転がっていってしまったボールを追いかけて飛び出してしまったのだ。
トラックが走って来ていることに気がつかず、幼い少女はボールに手を伸ばす。
突然出て来た少女に驚き、トラックはブレーキを踏むが間に合わない。トラックは急には止まれない。
少年は、咄嗟に動いた。迷わなかった。迷っている暇などなかった。
少年は道路に飛び出し、少女を抱き上げる。
けれど、それまでだった。
トラックは速い。少年がそこから走り去る時間も、飛んで転がる時間も、少女を投げて逃がす時間すらなかった。
少年は幼い少女を抱きしめたまま、諸共に轢かれて死んでしまうだろう。
ただの、犬死にだ。
(こんな僕が、ちょっと頑張ったくらいで旨くいくわけなかったんだ……)
目の前にトラックが迫る中、走馬灯のように引き伸ばされた意識で少年は思う。
(せめて、この子だけは守りたかったのに……)
何も為せなかった。誰も守れなかった少年の最期の一念は、腕の中にいる会ったこともない子供に生きてほしいという願いだった。
――その願いに、呼応した光があった。
空から飛来した光が少年と衝突する。
少年は――
ヒカルは、自分が得体の知れない何かになったと、瞬時に理解する。
自然と、この場を切り抜ける力が己にあることを理解する。
ヒカルはコンクリートの地面を蹴り、跳んだ。
その速度は、目の前に迫ったトラックに掠りもせずに避けられるほどだった。
ヒカルは少女を抱いたまま歩道に降り立つ。
トラックはブレーキを全力で踏んでいたようで、少し進んだ先で止まった。
(なん、だ……僕は、今、すごっ……)
ヒカルは自分の所業に混乱していた。
できると確信はしていたが、今までの常識では考えられない出来事に感情が追い付いていなかったのだ。
助けられた幼い少女は状況をよくわかっていなかった。けれど、助けられたということは子供ながらになんとなくわかっていた。
「お兄ちゃん、ありがとう」
「あ、うん……」
ヒカルは混乱しながらも受け答え、抱っこしていた少女を降ろす。
「怪我はない? 痛い所とかない?」
ヒカルは混乱を何とか押し込めて少女の安否を気にかけた。
「うん! どこも痛くないよ!」
少女は笑顔で言う。
トラックの運転手は、慌ててトラックから下りてヒカルたちの方に走って来た。
「大丈夫か!?」
運転手のおじさんは、自分が今人を殺し掛けたことに心臓バクバクで、罪悪感と恐怖に駆られていた。
「大丈夫ですよ。痛くもないみたいです」
ヒカルが答えた。
「そう、か……良かった……」
運転手は心底安堵した様に息を吐き膝に手を突く。
息を整えヒカルと少女に向き直った。
「本当に済まなかった……! 君も怪我はないか?」
「はい、僕も大丈夫です」
運転手のおじさんに非はなかった。子供が不幸にも飛び出してきてしまっただけだ。それでも心の底から謝るおじさんは、とてもいい人だった。
運転手は少女の前にしゃがみ、目線を同じにする。
「ごめんな、嬢ちゃん……あ、そうだ」
運転手は自分のポケットをまさぐり、中から甘いミルクの飴玉を取り出した。
「これ、お詫びとしてはなんだけど、あげるよ」
「くれるの?」
「ああ」
「わあい! ありがとうおじちゃん!」
少女は満面の笑みで飴玉を受け取り、その場で包装紙を解いて口に放り込んだ。
「甘くておいしー!」
「そりゃ良かった」
運転手のおじさんも笑顔だった。
ヒカルは思う。子供が死ななくてよかった。こんなに良い人に子供を殺させなくてよかったと。
ヒカルは、少女の命と、運転手のおじさんの人生を守ったのだ。
(僕なんかでも、人を守ることができた。僕は、無力なんかじゃないのかもしれない)
少しの自信を、ヒカルは得た。