ウルトラマンゼアスS   作:ソウブ

14 / 19
六章 赤く熱い新生

 ある日、夜中に電話が来た。

 

「優日さんの容体が悪化しました」

 

 ヒカルはすぐに家から飛び出した。身なりも大して整えずに夜道を走っていく。

 病院に駆けつける。

 受付に行くと今手術中だと伝えられた。

 ヒカルは待合室で項垂れながら待つ。

 どうして。突然こんなことに。彼の頭は焦燥と、失うかもしれない恐怖で一杯だった。

 

『落ち着くんだヒカル』

「ゼアス……」

『今は、ただ待とう』

「うん……」

 

 暗い心のまま、ヒカルは待った。厭(いや)な感情がぐるぐると渦巻いたまま、待つ。

 ただただ大切な妹が心配だった。

 

 何時間経っただろうか。医者がやって来た。

 

「現在の峠は越えました。しかし、非常にお伝えし難いのですが」

「教えてください。今、優日がどんな状態なのか」

 ヒカルは、どんな事だったとしても、優日の状況を知らないという選択だけは取りたくなかった。大切な妹の辛苦(しんく)を知らないまま、状況が悪くなっていくのは嫌だった。

 

「優日さんの余命は、持って一か月です」

 

 ヒカルの頭は、真っ白になった。

 

 

 手術を終え病室に戻った優日と、ヒカルは面会する。

「お兄ちゃん来てくれたんだ」

 妹はベッドに横たわって、兄に微笑む。まるで何も無かったかのように。

 しかし赤い長髪が枕やベッドに広がる様子は、手折(たお)られる前の花を想起させた。

「来るに決まってるでしょ」

 彼はいつも通りにパイプ椅子をベッドの傍(かたわ)らに置き座る。そして優日の手を握った。

 

「優日、死なないで」

「お兄ちゃん、大丈夫だよ」

 優日は辛くないかのように、ただ強く優しく微笑み続ける。

「だから、頑張って勝って、ウルトラマン」

「なんで、それを」

「あの能力奪う怪獣と戦ってた時に変身解けたでしょ、それ見てたんだよ。……なんでか、視(み)えたんだよ」

 ヒカルの強制変身解除を見たのは、ひよこだけではない。

 

「あたしの代わりに、頑張って戦って。情けないけど、やるときはやるんだから。お兄ちゃんは」

 優日は自分がウルトラマンみたいに兄を守りたかった。戦いたかった。

 しかしそれはもう無理だと悟ったから、兄がそのウルトラマンならいいかと妥協した。

 少女はウルトラマンを信じる。妹は兄を信じる。

 だから、もういいのだと、優日は無理矢理思っていた。

 

「………………」

 ヒカルは歯噛みした。奥歯が歪みそうなほど。

 

(……ゼアスの力で病気って治せないかな)

『すまない……』

 ヒカルはその答えを分かっていた。けれどどうしようもなくて訊いてしまった。

(謝る必要なんて、ないよ)

 

 ファイヤーゼットンやあり得ないくらい強化されたコッテンポッペほどの化け物を倒せたのに、病気一つ治すこともできない。

 敵と戦うことはできても、病気と戦うことはできない。

 ウルトラマンでも、病気はどうにもできない。

 いや、どうにかできるウルトラマンもいるにはいるだろう。しかしゼアスには、ヒカルには不可能だ。

 

 IFコッテンポッペほどの強敵を倒し、強さを示し、心に希望の光が灯っていたはずだった。

 なのにすぐに精神は腐敗する。惰弱(だじゃく)へと落ちる。

 それは弱さ故。

 明橋(あけばし)ヒカルの本質が、何も変わっていないからだ。

 

 

※

 

 

 次の日の朝。

 ヒカルにとっては。憂鬱な登校路でしかなかった。

 足元も覚束(おぼつか)ないまま、ふらふらと歩いて行く。

 

 そんなふうに、ふらついているものだから、躓いて転びゴミ箱に突っ込んだ。

 ゴミ塗れになった。不快な臭いが鼻に突く。惨めだった。

 

 学校になんとか着いても、授業が頭に入らない。

 教師の言葉は頭を擦り抜けるどころか頭に届くことすらなかった。

 開いたノートには意味を持つ文字を記せない。

 無意味に、時間が過ぎて行く。

 

 昼休みにひよこと屋上であった。

「お弁当二つ作ってきました。今日はパン買ってませんよね?」

「うん……」

 一緒にひよこの弁当を食べていても、気が晴れない。

 

 その時、ふと思いつく。

(そうだ。ひよこちゃんならどうにかできるんじゃないか)

 もうウルトラマンであることを知られてるから、なんの躊躇(ためら)いもなく頼むことができる。

「ひよこちゃん、ウルトラの母みたいな力使えるよね」

「はい。使えます」

「優日が病気でピンチなんだ。治してほしい」 

「それは大変です!」

「それで、頼めるかな」

「やってみます。私も優日ちゃんのことは大好きですし、助けたいです」

 すぐに引き受けてくれた。

 

 学校を終え放課後になると、二人ですぐ病院に行った、

 優日の病室に入る。

 

「お兄ちゃん! あ、ひよこさんも来てくれたんだ!」

 余命僅かな妹は、笑顔で迎えてくれた。

「こんにちわです」

「早速だけど、頼むよ」

「はい」

 ひよこは優日の傍に寄って、手を握る。

「えっと、なにが起こってるの……?」

「優日、大丈夫だよ。そのままじっとしてて」

「? うん……」

 

 ひよこの祈りが光と成って、ウルトラの母から借りた他者回復の能力が発揮される。暖かい光が優日を包んだ。

 その光に、ヒカルは希望を覚える。

 そうして光は消える。

 

「……今ので、治った?」

『いや、彼女の生命力は変わっていない……』

 ゼアスが言う。

「な!? なんで……!?」

 

「ゆ、優日! 何か変わった感じしない? すごく楽だとか」

「? ううん、さっきまでと変わらないよ」

 

 治せなかった。その事実が重く心に圧し掛かる。

 

「ウルトラの母の力そのものではないとはいえ、まさか、効かないなんて……」

 ひよこが気落ちした様子で小さく呟いた。

 

『悪しき力を感じる……』

「悪しき力?」

『かなり巧妙に隠蔽されていて今気づいたけど、ユウヒちゃんの中に、闇の力が浸食しているのを感じた』

「それって」

『もしかしたら、いや十中八九、ベンゼン星人の仕業だ』

「ベンゼン、星人」

『ウルトラの母の力は、命終えた者を蘇らせることもある、それほどの力が、どれほどの難病であろうと治せないというのは考え難い。ベンゼン星人が介入している可能性が高いよ』

「でも、なんで優日がピンポイントで」

『ヒカルがウルトラマンゼアスの変身者だってバレてるということだね。というか、デスレムのときの一件から、警戒はしていたんだ。でも、気づけなかった』

 あの時優日はデスレムに人質に取られた。それはゼアスの正体がヒカルだとわかっていなければできないことだ。そしてデスレムにバレていたのならその親玉であるベンゼン星人にもバレている可能性は高い。

 隠蔽されたベンゼン星人から優日への干渉に気づいたところで、ゼアスの力では止められなかったが、彼は責任を感じる。

 

「大丈夫だよ、お兄ちゃん」

 優日は強がる。優しく微笑んで。

 彼女は状況をよくわかっていなかったが、兄が自分の病気を治そうとして失敗し落ち込んでいるということはわかった。

 だから、自分は大丈夫だから気にしないでと、元気づけたかった。

 

 大丈夫なんかじゃ、ない! 彼はそう叫びたかった。

 けれど優日が強く微笑んでいるのに、それを台無しにする言葉は吐けなかった。

 

(ベンゼン……星人……!)

 ヒカルの心は、暗く熱く燃え盛っていた。

 

 

 病院を飛び出したヒカルは、光の巨人へ変身した。

『ヒカル、待って!』

 ゼアスの制止の声も耳に入らず、飛び上がる。高速で、今出せる最速で宇宙へ向かう。

 

(ベンゼン星人を捕まえて優日の病気を治す妨害を止めさせる。そうすれば助かるはずだ)

 妹を助ける為、血眼になって彼はベンゼン星人を探した。

 日本の頭上近辺の宇宙を探したが、見つからない。

 地球を一周したが、見つからない。

 月の方まで行っても。月を一周しても、見つからない。

 月の裏まで隈なく探したはずなのに、見つからない。

 

『ベンゼン星人! 出て来い!』

 

 帰ってくる言葉など無かった。

 

 焦りと怒りが沸々と湧き上がって止まらない。

 

 

 ベンゼン星人はブルトンの力を使って異次元にいた。

 

「フハハハハハハハハ。絶望しろゼアス。貴様の心を、破壊してやる」

 

 高笑うベンゼン星人。悪辣に悦楽を感じていた。

 

 必死になっているヒカルを、ゼアスを見て嘲笑う。頭部からガス抜きをしながら、無様だ滑稽だ、非常に愉快だと。

 

 

 探している内にエネルギーが尽き、ヒカルは地上へと戻らざるを得なくなった。

『今ベンゼン星人に狙われたらどうするつもりなんだ! ヒカル、一旦落ち着いて』

 再変身までの時間が必要な今狙われたら、即死だろう。

 ゼアスはヒカルの軽挙を諫めた。

 

 けれどベンゼン星人は正面からウルトラマンゼアスを絶望させ殺すことに執着しているから、今攻撃されることはない。しかしゼアスもそれはわかっている。わかっているが、気まぐれで方針を変えないとも限らない。危機意識の問題だった。

 一度失敗すれば、終わりなのだから。

 

「ごめん……」

『いいよ。焦るのも仕方ないとは思う』

 ゼアスは元々、大して怒れない性格だった。

 

 

 病室に戻ると。ひよこが優日の傍にいてくれていた。

 ひよこが優日に優しくしてくれることが、ヒカルは嬉しい。

「ベンゼン星人、見つからなかったよ。ごめん」

「よくわからないけど、お兄ちゃんは悪くないよ」

 優日は微笑んで受け入れた。

 

 それからしばらく談笑する。優日の傍になるべく長くいたかった。優日に笑って欲しかったから無理矢理明るい話題を話した。

 

「今日はもう帰りますね」

「うん」

「また来るね、優日ちゃん」

 ひよこは、あとはヒカルに任せて空が暗くなってきた辺りで帰った。

 

「優日、僕ここに泊まるよ」

「それは無理だよ。帰って。情けないとこ見せないで」

 苦笑して、優日はそう言った。

「うん……」

 無理を押しても、仕方がなかった。

 

 

※

 

 

 ヒカルが帰った深夜、病室で優日は独りだった。

 

「うう……やだよ。やだに決まってんじゃん……。死にたくないよ……なにもできないまま終わりたくないよ……」

 

 少女は泣いていた。

 誰も見ていないから、弱さを見せていた。いつも優日は強がっているだけだ。

 

「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」

 辛くて悲しくて、大好きな兄の名を縋る様に呼ぶ。それでも情けない兄を支えたいのは変わりなく、頼ることはできない。

 

「ウルトラマン……」

 ウルトラマンに、なりたい。

 

 やはり望みはそれだった。しかしそれは叶えられていない。優日の余命は一か月と時間もない。

 

 少女は、無力感に絶望している。

 

 また絶望だ。世界は絶望に溢れている。

 

 

※

 

 

 ヒカルは、眠れなかった。

 自室のベッドでいくら目を瞑っても、寝ようと思っても、意識は落ちてくれない。

 

『眠れないのかい?』

「うん……」

 優日が心配で、眠れなかった。

 

「ゼアス、僕様子見に行くよ」

『ユウヒちゃんの?』

「うん」

『こんな時間だよ。それでも行くの?』

「うん」

 

 ヒカルは着替えて家を出た。

 

 夜道を歩き、病院に着く。当然正面からは入れない。

 

 ヒカルはウルトラマンと一体化したことにより超人化した身体能力を駆使して病院の外側から優日の病室を目指した。

 跳躍し、壁を蹴り、窓の縁に足を乗せ、登って行く。

 

 優日の病室の、窓近くに来た。優日の上の階にある窓の縁に乗り、這い蹲(つくば)って下の病室を覗き込む。

 

 泣き声が、病室から聞こえてきた。

 

「うう……ううぅぅ……死にたくないよ……」

 

 ヒカルは項垂れる。やはり優日は強がっていただけだった。妹が助けを求めて泣いている。けれど助けられない。

 

 彼は苦悩した。

 これまで必死に戦ってきた。それなのに一番大切な存在一人助けられない。

 優日に手を伸ばそうとしたが、なにができるわけでもなく、その手を降ろした。

 

 病院を後にして、項垂れたまま力無く帰路に就く。

 

『ヒカル……』

「…………」

 

 帰り道、道路の隅の、電信柱の下に。

 見たこともない花が咲いていた。

 百合に似た、金色の花だった

 

 

※

 

 

 …………。

 意識が、浮上する。

 ヒカルは起きた。目を開ける。

 朝の陽光が瞳孔を刺激する。

 

 彼の意識はぼんやりしていた。靄(もや)が掛かったような感覚。

 寝起きの、まだ目覚め切れていない時の感覚とも違った何か。

 

(でもまあいいや)

 ヒカルは、その違和を無視した。あまりにも自然に。まるで寝る時に目を瞑るように。

 

「お兄ちゃーん!」

 

 ドタドタと騒がしい足音と共に優日の声が聞こえる。

 勢いよくドアが開かれた。

「お兄ちゃん朝だよー!」

 優日が元気そうに笑顔でズカズカと部屋に上がり込んで来る。

「お兄ちゃん起きて―!」

 優日はヒカルの体をゆっさゆっさと揺らす。

「起きてる。起きてるって」

 ヒカルは体を起こした。

「お兄ちゃんお兄ちゃん! 朝ごはんできてるから食べよ!」

「ああ、うん」

 でも。

「優日ってそんなに動けたっけ?」

「? いつもこんな感じだよ?」

 首を傾げ心底不思議そうな表情。

「病院は?」

 優日は、余命僅かなくらい重病だったはずだ。

(いや、あれ……本当にそうだっけ)

「病院? あたし病気になったことないよ? いつも元気元気!」

 笑顔で両腕をブンブン振る重病人な気がした妹。

「そうだったっけ」

 気がしただけな、気がしてきた。嫌な夢を見て、それを現実に引き摺っていたのだとヒカルは思えてくる。

「そうだよ。今日のお兄ちゃん変なの」

 事実、優日がここに元気でいて、ヒカルの言葉に不思議そうにしている時点で、気のせいなのだろう。

 ヒカルはそう考えた。優日が元気でいてくれるのならそれでいいのだと。

 

 

 階段を降りダイニングに行くと、ハヤタがいた。

「はっはっは。ウルトラマンブレックファーストだ。さあ食べなさい」

「ハヤタさん」

 ハヤタさんは今日も変わらず朝食を作ってくれていた。彼はいつも朝食を作ってくれる、はずだ、多分、きっと。

 

 兄妹はテーブルに着き、いただきますと手を合わせて朝食を摂る。ウルトラマンの顔を模したフレンチトーストだ。

「美味しいね。お兄ちゃん」

「うん」

 とても、美味しかった。

 

 朝食後、優日と一緒に登校する。

「優日って中学生じゃなかったっけ」

「なに言ってんの当たり前じゃん」

「なんで一緒の学校に向かってるの」

「エスカレーター式の学校でしょ。だから中学も高校も場所は同じ敷地内。ほんとに今日どうしちゃったの?」

「あ、うん、そうだったね、ごめん」

 うちの学校そんなシステムだったっけ、と一瞬思うが、ヒカルは優日の制服姿かわいいなあ、と思考を切り替える。

 妹の制服姿は、なぜか涙が出てくるほど嬉しかった。

 

 学校に着くと、授業が淡々と過ぎて行った。

 そして昼休み。

 ヒカルはひよこと優日と、一緒に屋上で集まる。弁当を広げて、三人で和気藹々と食べる。

 

「ひよこさん、今日もお弁当おいしいよ!」

 ひよこが作った弁当を優日は心底美味そうに止まらず食べていく。

「ふふ、ありがとうございます」

 ひよこはダブルピースして喜んだ。

「もっとゆっくり食べなよ。体に悪いよ」

 ヒカルは優日を諫めた。

 

 この光景が、とても幸せで。奇跡のようなひとときだと、ヒカルは思う。

 

 そうして食後に。

「一緒にゲームやろー!」

 優日は携帯ゲーム機を三個、懐から取り出した。

「こら、学校にゲーム持ってきちゃ駄目でしょ」

「いいからいいから、三人で遊ぼ」

「持ってきちゃったものは仕方がないですねー」

「ひよこちゃんまで」

 結局一緒にゲームをした。

 

 楽し、かった。

 本当に、楽しかったんだ。

 幸せ過ぎて、ずっとこんな時間が続けばいいと思う。

 

 

 ――――。

 

 

 気づいたら夜だった。

 窓の外は、真っ暗だ。

 ここは、自分の家の、自分の部屋。

 

「は……僕は……」

 目眩がする。足元がふらつく。

「今までのは、夢……? 白昼夢?」

 しかし夢の感覚とは一線を画していた。

 

 すごく幸せだった。あの場所に戻りたい。みんな幸せな、楽園のような空間に。

 ヒカルは今体験した幸せな世界を渇望する。

 

「ギジェラ……」

 

 あの夢を見せた存在の名が何故かわかった。

 百合に似た金色の花を手に入れれば、あの世界をまた見れるということも。

 

「あの花粉を吸えば見れるんだ」

 

 まるで麻薬のようだとは、心の片隅で思った。それでも抗えなかった。あの悪いことがない世界が欲しい。

 

「ギジェラが欲しい……」

 

『ヒカル! ボクの声が聞こえるか! 正気に戻るんだ!』

 

 彼の心に、ゼアスの言葉は届かない。

 ヒカルはギジェラを求めて、夢遊病者のように歩きだした。

 

 

※

 

 

 ベンゼン星人がほくそ笑む。

「ゼアスの変身者は心が弱い。だから今回はそこを狙わせてもらったぞ」

 IFコッテンポッペが倒されても、ベンゼン星人は動じていなかった。

 

 超古代植物ギジェラ。

 この怪獣が出す花粉は金色の花粉は、人を幸せな認識へと強制的にぶち込む。そのものが望む幸福な世界へと誘うのである。

 簡単に言えば麻薬に近い。

 人類はそれに抗えず、ゆっくりと苦しみ無く、"絶滅させられる"。

 

「ギジェラの花粉は、本来なら光の戦士には効かないものだが、ゼアスの変身者ほど心が弱ければ別だ」

 一度その花粉に侵された人間は、簡単に断ち切れない。

 

 ギジェラは、人類の終末が近づくと咲くといわれる百合に似た金色の花であるが、今はベンゼン星人が四次元干渉能力を行使し取り寄せ、送り込んでいた。

 地球は今ギジェラの花だらけになっており、全人類が幸福に魅せられていた。

 全人類というのは比喩ではない。最新技術の防護服すら、その花粉は貫通するのだ。 

 

 ギジェラは昼にしか効力を発揮しない。だから夜にヒカルは目覚め、今はその幸せな夢から解放されている。

 いや、解放などされていない。麻薬を一度吸えば後戻りはできないように、精神は雁字搦(がんじがら)めに捉えられたままだ。

 幻覚から醒めても、花粉の効果に魅了された人間は、ギジェラに依存するようになるのだ。

 

 

※

 

 

「ギジェラ……」

 ヒカルは夜の街を彷徨(さまよ)う。

 

 ここまでの戦いの疲弊と心の弱さを狙われた彼は、全く抗えていない。

 みんな生きている優しい夢を求める。

 悪意よりも抗えない楽園に、弱い心は容易に堕ちていく。

 

 彼は強くなることを決めて、強くなってきていたはずだった。

 しかしヒカルの本質は弱い。本質は変わらない。

 

 今までどれだけのことを為して来たとしても、それでも弱かった。

 ヒカルはいつも恐怖に抗いながら戦ってきたから。誤魔化して強さを装いだかっただけの少年だから。

 逃げ込める場所さえあれば、逃げ込んでしまうような弱い人間なんだ。

 今までは、逃げ場だと思える場所がなかっただけなのだ。

 錯覚だとしても、逃げ場だと思わされてしまえば、彼は終わる。

 妹の寿命があと僅かだとも知らされて、戦いで勝ったとしてもその先に妹の未来はないと、さらに夢から覚める理由が潰されている。

 

(もう戦いたくない……痛いし怖いし……頼もしかったハヤタさんももういないし……ウルトラマンが殺されるような敵ばかり襲って来る……)

 

(もう、いやだ)

 

 また、ギジェラから抽出されたエキスは人間の脳細胞を半永久的に維持、活性化させる作用があり、使用者に"永遠の命"を与えることもできる。危害を加えられない限り死ななくなるのだ。老化することも病気に罹(かか)ることもなくなるのだ。

 そうすれば優日は死なずに済む。

 

(なら、そっちの方がいいじゃないか)

 

 

 夜の街には、金色の花が咲いていた。

 世界中の大地から突然生えてくるほどの驚異的な繁殖力を誇るギジェラは、至る所に咲いていた。

 

 ヒカル以外にも、街には彷徨い歩く人々に溢れている。

「俺のギジェラだぞ!」

「俺のだ!」

「私のよ!」

「寄越せ!」

「やめろ取るな!」

 薬物中毒者のようになった人々がギジェラの花を求め奪い合う。

 

「僕のギジェラだ。取らないでくれ」

 そんな中、愚かにもみっともなく、ヒカルも奪い合いに参加してしまっていた。

 

 押し合いへし合い、突き飛ばし。醜い人間達だった。

 

 

 ひよこは、ギジェラによって齎(もたら)された異変を感じ取り、夜道へと出ていた。

 彼女はウルトラの母と感応できる特殊存在な上、心も強いこともありギジェラの影響を受けていない。

 

「ゼアスが、ヒカルさんが変身していないです……」

 この状況でゼアスが現れていないことに危機感を覚えた。

 ヒカルを探して夜の街を行く。

 

 すると、案外簡単に見つけた。

 ギジェラの花を奪い合っている情けない少年の姿を。

 

「ギジェラ……ギジェラを僕に……」

 人が抱え持っているギジェラの花にヒカルは手を伸ばす。

 

 その手を、ひよこが握った。

 

「ヒカルさん、さすがにその姿は、悲しいですよ……」

「ひよこ、ちゃん……」

 ぼんやりとした頭でヒカルは金髪眼帯少女を見つめる。泣きそうな顔をしていた。

「ゼアスの言葉も聞こえないんですか?」

「…………」

 ゼアスはヒカルに何度も呼び掛けていたが、ヒカルの耳には届いていなかった。

「あんなに、かっこよかったじゃないですか。ヒカルさんは、本当は、すごくかっこいい人なんですよ」

「でも、優日が幸せに笑っていられるのはもうギジェラじゃないと無理で……」

 ヒカルの目には優日の笑顔が傍に視えていた。

 

「ヒカルさん。優日ちゃんは、そこにはいませんよ」

 

 そう、彼の妹は、今病院にいる。ヒカルが今認識しているのはギジェラの創り出した妹だ。

 たとえ永遠の命を優日が得たとしても、二人が共に生きることはできない。

 ギジェラの幻覚の中で、独りの幸せに浸れるだけだ。

 

「うるさい。だったら、優日はどうしたら助かるんだよ! ギジェラで優しい夢ぐらい、優日に見せてやってくれよ」

 ヒカルは握られた手を振り解く。

 結局ギジェラが無ければ優日は一か月以内に死んでしまう。

 ギジェラは天からの贈り物なのだとすら、ヒカルは思っていた。

「ギジェラは永遠の命を与えてくれる。ギジェラさえあれば優日は死なずに済むんだ」

「ヒカルさん……」

 

 ヒカルの情けない姿を見るのが、ひよこは辛かった。言葉を掛けても聞く耳を持たない彼が、悲しかった。

 

 今のヒカルは、最悪に愚かだった。

 

 ひよこが今、なにを言ったところで、今のヒカルは考えを変えないだろう。

 彼女はそれを感覚で理解した。自分は今、適任ではないと。

 

 だから、ひよこはその場を去った。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。