「――――」
ベンゼン星人は、月の裏側に創った四次元空間の中で、何者かの接近を感知していた。
「ああ、ハニーか」
頭部からガス抜きをしながら、ベンゼン星人はその何者かが誰なのかをすぐに理解する。
同族の闇が到着した。ベンゼン星人は自らの空間へ迎え入れる。
「待たせてごめんねダーリン」
入ってきたのはベンゼン星人によく似た宇宙人、レディベンゼン星人だ。頭部には二本の角が隆起し、体が女性らしく細くくびれている。
「いいんだよハニー。様々な絶望破壊の方法を試していただけだからな」
ベンゼン星人は妻の手を取り言う。
「さあ、共にウルトラマンゼアスを破壊しようか」
「その為の準備はしてきたわよダーリン」
「おお、やはりハニーは優秀だ」
二人の宇宙人は、邪悪にほくそ笑んだ。
ベンゼン星人による、本気のゼアス打倒が実行されようとしていた。
※
ヒカルはギジェラを倒した後変身を解くと、ひよこも一緒に優日を送ると言ってくれた。
ひよこと優日と共に三人で並んで病院までの帰途に就く。
ヒカルは、優日が歩くのが覚束ないことに気がついた。
「優日、おぶるよ」
彼はしゃがんで妹が乗って来るのを待つ。
「で、でも」
優日は強がりたかった。でも歩くのが辛いのも確かで、久しぶりに兄におんぶしてもらいたい気持ちもあった。
「ほら、無理しないで」
「う、うん……」
優日はヒカルの背に乗って、腕を回して抱きつく。ヒカルはおぶって立ち上がった。
再び病院までの道程を歩く。
(懐かしいな)
昔ヒカルにおぶられたことを、優日は思い出していた。
この暖かさも、あまり揺らさないようにと、優しく気遣いに溢れたおぶり方も変わっていない。
あの時も今も、ヒカルは優しい兄なのだ。
病院の前まで着いた。
すると、突然。
奇妙な光が三人へ降り注いだ。
「なんだ!?」
「わわわわっ!?」
「え、なになに!?」
『これは――っベンゼン星人か!』
ゼアスが察知した通り、これはベンゼン星人が降らした光だ。この光は、ひよこと優日だけを宙に吸い込み浮かばせていく。ヒカルは吸い込まず、二人だけを。
背中から離れていく優日、「お兄ちゃん!」「優日!」その手を、必死でジャンプして掴んだ。
「ひよこちゃん!」
そしてヒカルは、おぶっていた優日よりも離れた場所にいたひよこの手すらも、再度ジャンプして何とか掴んでみせた。
「ヒカルさん!」
二人を思う優しさと強さがあったからこそできたことである。"この状況で二人助けるのは無理だ、せめてどちらかだけでも助けられればいい"なんて気持ちが僅かでもあれば、二人の手を握ることは叶わなかっただろう。
「くそっ……! 引っ張られる……!」
しかし上からの引力が強く、引き戻せない。
「お兄ちゃん、痛い」
「……っ」
両方向から引っ張られていることで、優日とひよこの体が悲鳴を上げていた。
「あ」
二人の苦しむ声を聞いて、ヒカルは掴む力を弱めてしまった。
結果、手が滑り、離してしまう。
優日とひよこは、光の中へ消えた。
残っているのは、早朝の静寂だけだ。
木々が風に騒めく音と、雀の鳴き声しか聞こえない。
『以前の再現のつもりか!』
ゼアスは、数千年前のことを思い出していた。数千年前――原作ウルトラマンゼアスでも、ゼアスの大切な人、トオルが同じように攫われたのだ。
「助けにいかなきゃ」
まだ、二人は生きているはず。ウルトラマン固有の感知内に、誰かが死んでしまった感覚はしなかった。
ヒカルはピカリブラッシャー2を取り出しスイッチを入れ口内を洗浄し掲げるが、変身できない。
ギジェラと戦ったばかりだからだ。ウルトラマンの再変身時間は、特別な要因がない限り大体一日。すぐには変身できない。
「今変身できなくちゃいけないんだ!」
無理矢理にでも、大切な二人を助ける為に変身しようとピカリブラッシャー2を掲げる。
『ヒカル、駄目だ! 無理に変身しようとすれば命の危険がある!』
「でも、二人にいつ危害が加えられるかわからないんだ。一日待っている間に二人が死んでしまったら意味がない!」
『君が死んでも本末転倒だろう!』
ヒカルはゼアスの言葉を聞かず、再び光を以ってピカリブラッシャー2を掲げた。
瞬間、彼に痛烈な頭痛が奔る。
視界はスパークし白一色に染まり。
『ヒカル!』
「僕は、まも、るん、だ……」
視界が真っ黒に染まり、意識が落ちていく。
(目の前で、なにもできずに、優日とひよこちゃんを攫われた)
(また、前みたいに無様に転がってる)
(でも、前みたいに倒れたままではいられない。いちゃいけない。約束は忘れていない。忘れてはならないし、忘れられない。僕は、何度倒れても揺るがない強い意思を持って立ち上がるんだ)
負けてたまるか。必ず、優日とひよこちゃんを取り戻すんだ。
その思考を最後に、彼は気絶した。
まだ何も、終わってはいない。
ベンゼン星人の陰謀も、ヒカルの道も、まだ、途絶えていないのだ。
※
目覚めたら、真夜中だった。
ヒカルは電気の落とされた暗い病室のベッドに横たわっている。
彼は病院の目の前で倒れていたので、看護師が見止めて、とりあえず病院の一室で寝かせていたのだ。
「……優日とひよこちゃんの居場所がわかる」
ヒカルには、なぜか二人が存在する場所が正確にわかった。
ベンゼン星人が、意図的にゼアスが解るようにしているのだ。
『誘っているみたいだね』
「うん」
『ここまでしてるんだ。絶対に罠があるよ』
「うん」
ヒカルはベッドから下りた。
まだ体にダメージは残っているが、ギリギリ変身できなくもない状態だ。
ヒカルは赤い神器、ピカリブラッシャー2を取り出す。
『行くのかい?』
「当然だよ」
ヒカルは、何度倒れても立ち上がるのだ。
ゼアスも最初から止めるつもりなど無かった。ただベンゼン星人へ最大限の警戒をしてほしかっただけだ。
ピカリブラッシャー2のスイッチを入れ、震動するブラシを歯に当てる。口内を洗浄し終わると、天に掲げた。
「ゼアーーーース!」
ヒカルは光と成って病院から出ると、光の巨人へと変身する。
誘われるままに、されど確かな意思を持って、優日とひよこの居る場所へと飛翔して行った。
町外れの小高い丘、その地へ降り立つと、ドーム状の黒い闇の空間に囚われた二人を見つけた。
「お兄ちゃん!」「ヒカルさん!」
『よかった……生きてた』
二人の無事を確認して、ヒカルはひとまず安堵した。
地面に数メートルほどの範囲で展開されている闇の空間から助け出そうと、ヒカルが動いた時、声が聞こえて来た。
『来たな、ウルトラマンゼアス。待っていたぞ』
『ベンゼン星人、どこまでやる気なんだ!』ゼアスが叫ぶ。
『どこまでもだ』
ベンゼン星人の目的は、復讐と破壊のみ。
『アタシのこと忘れてないでしょうね? ゼアス?』
『その声は、レディベンゼン星人!?』
今の時点で既に、ベンゼン星人と送り込まれる怪獣で厄介だったというのに、さらに敵が増えたことでヒカルとゼアスの緊張感が高まった。
『正解。今度こそ、ダーリンと一緒に貴方を殺してあげるわ』
ベンゼン星人は、すぐに終わってしまっては因縁が味気ないと続けていた、いたぶるような長引かせを終わらせることに決めた。今までも本気ではあったが、これでゼアスが倒されたらそれまでだ、程度の意識でいた。
『そろそろ遊びは終わりだ。破壊させてもらう。そして貴様の大切な存在を絶望させてやろう』
ベンゼン星人は、ひよこと優日の目の前でウルトラマンゼアスを処刑しようという魂胆だ。
『これは、アタシの作った最高傑作よ』
黒き巨人が天から降って来る。
『ワタシも特製の奴を用意したのだよ』
人型の怪獣が闇から形を取る。
黒き巨人は、ゼアスと瓜二つの姿をしている。
その名は、宇宙戦闘ロボット ウルトラマンシャドー。
顔にゼットンのような発光体を持つ黒い人型の怪獣。
その名は、精神寄生獣ビゾーム。
ヒカルとウルトラマンゼアス自身といえる黒き巨人が二体、土埃を巻き上げ着地し、立ちはだかった。
シャドーはレディベンゼン星人がゼアスを模して造った、ウルトラマンゼアスの性能の上をいくロボットだ。数千年前に、一度ゼアスは戦ったことがある。
されど、このシャドーは何千年前よりも改良されている。
ゼアスの遥か上の、完全上位互換に強化されていた。
ゼアスと同じ姿をした敵がゼアスを倒す様を地球人に見せることが、地球人を最も絶望させるのではないか、というレディベンゼン星人の設計コンセプトは変わっていない。
ビゾームは、精神寄生体がヒカルの心の奥に存在する心の闇を利用し、ベンゼン星人が闇の力で肉体を与え形を得た存在である。
ヒカルは優日の願いを聞き、約束し、強くなった。その上で戦いたくない全部終わってしまえという心も奥底に眠っている。それがビゾームに利用されたのだ。
心の闇は彼の中から消えてはいない。心の闇が人から消えることはない。光があれば闇もある、それが人間だ。
弱さを克服した矢先に弱さが襲って来る。ビゾームはヒカルの弱さそのものだ。
強くなっても、ヒカルの、人の心の奥に巣食っていた怪物だ。
ウルトラマンゼアスと、その変身者であるヒカルを完膚なきまでに敗北者に仕立て上げる為に選ばれた二体だ。
己自身に負け、何も守れずに絶望しながらの死を与えることを、ベンゼン星人は自らの最大勝利だと規定した。
ベンゼン星人は、これで終わらせるつもりだ。
自分を模した、自分よりも遥かに強い存在と、ヒカルとゼアスは一身で対峙する。
「ヒカルさん、ゼアス、気をつけてください」
「お兄ちゃん、頑張れ!」
『うん。大丈夫。わかってる』
ヒカルは気を引き締め構える。
『あれは僕の心の奥にいる怪物だ。だから僕が倒さなくちゃいけない』
ビゾームを見据えて、弱い自分が生み出した闇の打倒を決意する。
『ボクも、シャドーに負けるわけにはいかない』
ゼアスも、以前乗り越えた存在が再び目の前に立ちはだかって、あの時弱さを克服した自分が今シャドーに負けてはならないと気合いを入れ直した。
ウルトラマンシャドーの使う技は、確か、主に、拳を飛ばすシャドー・メリケンパンチ、ミサイルを大量に放つシャドー・メリケンミサイル、スペシュッシュラ光線と同威力のシャドリウム光線や、格闘技だったはずだ。
シャドーが動く。その腕が、"クロスされた"。
青色のスペシュッシュラ光線とは対照的な、X字の赤色必殺光線が撃たれる。
初っ端から、"クロス・スペシュッシュラ光線と同威力の光線が放たれた"。
クロス・シャドリウム光線だ。
シャドーがゼアスを模した上位互換の存在ならば、今のゼアスより上の技が使えるということなのだ。
決意で勇気で、光の奇跡で一度だけ編み出した必殺技を、容易にコピーされるという理不尽がそこに在った。
けれど。
『それはもう見てる。ワンパターンだよ!』
コッテンポッペで最強光線のコピーは経験済みだ。
最初のその攻撃は、何とか避けた。
しかしすぐにビゾームが、手から光の剣を出し斬りかかって来る。
ヒカルは格闘で応戦する。剣の腹を叩き逸らし、避けて、蹴りを間に入れようとしていく。
『ぐっ』
相手の方がリーチがあるからやり辛い。なかなか攻撃を入れられない上、慎重に動かなければ斬られる。
シャドーが再びクロス・シャドリウム光線を撃ちそうになると、上手くビゾームを楯にしながら戦い、シャドーに光線を撃てないようにさせた。
ゼアスの技量とも合わせてできたことである。
『あああっ!』
何とか気合で剣を潜り抜け、ビゾームを蹴り飛ばしシャドーに当てた。二体は転倒する。
その隙にウルトラアタック光線をシャドーに、スペシュッシュラ光線をビゾームに撃った。
シャドーは内側から爆発。ビゾームは爆発四散する。
「やったー!」
優日が喜ぶ、しかし。
天からシャドーへ向けて赤い雷のようなものが照射された。レディベンゼン星人が照射した光だ。それを浴びると、シャドーは復活し、立ち上がった。
リセット光線という、シャドーに再びエネルギーを与える光線だ。さらに今は数千年前よりも改良が施され、どのような状態からでもシャドーを復活させるものへと化していた。ウルトラアタック光線で内部から破壊されたにもかかわらず、復活するほどに。
さらにビゾームは爆発四散したと見せかけて、分裂して小さなビゾーム、ミニビゾームとして八体ほどに増える。ビゾームが発する不気味な笑い声が重なって響いた。
『余興は終わりだ。全霊で破壊を実行せよ』
ベンゼン星人がそう告げた、同時。
シャドーが、クロス・シャドリウム光線を、ひよこと優日に向け撃った。
二人は避けることができない。護りたいのなら、光線の方をどうにかするしかない。
つまり、真正面からクロス・シャドリウム光線をどうにかしなければならないのだ。
赤いX字の光線と二人の間へヒカルは立った。
必殺光線で対抗する時間など無かった。
両の手に光のエネルギーを纏わせて、楯にする。
一撃でウルトラマンを殺せるほどの光線と、光の楯が衝突。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
『ハヤタさんのように、初代ウルトラマンのように、僕も、護るんだああああああああああああああああ!!!』
規格外の衝撃と圧と命を削られる痛みに耐える。腕が弾け飛んでそのまま全身を消し飛ばされる一歩手前を、心の光と気合で、耐えていく。
「ヒカルさん!」
「お兄ちゃん!」
心配と声援が混じり合った声を二人は上げた。
ウルトラマンは声援でも強くなる。
それが、僅かな一助になったのか。
崖っぷちの状態を、ヒカルは、耐え切った。
『はあっ……はあっ……はあっ』
光線はエネルギーを使い果たし消えたが、ヒカルは満身創痍だ。
手からは煙を出して、感覚が無い。
カラータイマーは点滅し警鐘を鳴らし始める。ピコンピコンピコンピコン、と。
ヒカルは確かに、クロス・シャドリウム光線を一発は気合で乗り切った。
初代ウルトラマンと同じ偉業を成し遂げたのだ。
されど、同じようにそのまま攻勢に出ることができない。
体はボロボロだ。走るどころか歩くのも極大の苦痛を感じるほどの満身創痍。
二発目は無理だ。二発目を撃たれたら、詰む。その僅かに残った儚い命の灯は容易に消し飛ばされてしまうだろう。
「ヒカルさん、ゼアス、勝って」
ひよこが祈る。ウルトラの母と感応し、力を借りる。
ウルトラマンゼアスの回復と強化を、
バシュン。
ひよこが発した光は、消滅した。
光の力を、ひよこと優日を捕らえている闇の空間が阻んだのだ。
『そう何度も何度も同じ手が通用すると思わないことだ』
そう、ベンゼン星人が創り出したこの闇のバリアは、光の力を封じるのである。
逆転の可能性が、ウルトラの母の力が封殺された。
さらにウルトラの母の力だけでなく、ベンゼン星人は人々の声援という心の光をもシャットアウトしていた。
この戦場の周りには、ベンゼン星人による光妨害の闇が漂っている。そもそも一般人がこの場を認識することすらない。
ウルトラマンの光を封殺する為の、処刑場だった。
「そん……な……」
ひよこは目を見開いて、膝を折りそうになった。
『仲間がいなければ強くなれない。女がいなければ強くなれない。情けないなウルトラマンゼアス。ウルトラの母におんぶにだっこか?』
『く、そ……っ』
ヒカルは息を荒くしたまま立ち尽くす。カラータイマーは鳴り続ける。
『ママのミルクは美味しかったか? ウルトラマンゼアス。ククッハハハッハハハハハハハハハハハ!!』
『ふざ、ける、な…………』
IFコッテンポッペ戦でも簡単に勝てたわけではない。人々の力を借りて奇跡を起こした結果だ。
それが封じられたらどうなるか。
今の絶体絶命の状況がそれを物語っている。
戦力的には、IFコッテンポッペの時点で完成されていたのだ。
あとは、軽くひと押しするだけでいい。ウルトラマンの強みである仲間の力を封じさえすれば、ウルトラマンは負ける。
周りの味方が絶対に助けられない状況で、圧倒的な力で押されれば、ウルトラマンは負けるのだ。
(思えば、ひよこちゃんにはいつも助けられてきた)
頼り過ぎたのだろうか?
それは、いけないことだったのだろうか?
いつも周りに助けられてきたのが、そんなに悪いことだったのか。
クロス・シャドリウム光線と、八体のミニビゾーム達の発光する頭部から光線が放たれる。
迫る赤色と黄色を前にしても、ヒカルとゼアスは諦めなかった。絶望を前にしても絶望しなかった。二人は、以前とは変わり強くなっているから。
『諦めない! 立ち上がる!』
光線が、直撃した。
諦めずに抗ったからまだ立っていたが、指一本すら動かない。カラータイマーは点滅すらしていない。光がうっすら残り
満身創痍を越えた、ほとんど死んでいる状態。
『僕は、諦め、な、い。
あきら、め 』
ぐしゃあ。
再び撃たれたクロス・シャドリウム光線とミニビゾーム達の光線が、ウルトラマンゼアスの体をぐちゃぐちゃに消し飛ばした。
何度立ち上がる決意を持っても、諦めなくても。
心だけ強くなっても。
絶対的な理不尽はそれを嘲笑うように、容赦なく押し潰してくるんだ。
それが、現実。
ひよこと優日の悲鳴が木霊した。