事故を防いだ後、ヒカルは下校途中だったが家には直帰せず、病院に来ていた。
ここに来るのはいつものことだ。
受付で手続きをして、病室に向かう。
スライドドアを開けると、ベッドに座る少女がいる。
ヒカルの妹、
長い赤髪に赤い瞳、胸部は慎ましくスレンダーで、背も小さい女の子だ。
ちなみにヒカルも赤髪赤目である。
「あ、お兄ちゃんいらっしゃい!」
「うん」
ヒカルはパイプ椅子をベッドのそばに置き座る。
「今日も情けないお兄ちゃんの為に情けないをふっ飛ばす方法を伝授しよう」
「今日もとか言ってるけどいつもそんなことしてないよね」
「まず銀行に行きます」
「しょっぱなから関係ないね」
「銀行強盗が起きるのを待ちます」
「そうそう起こんないね」
「銀行強盗をやっつけてたちまちヒーロー! 情けない自分にさようなら!」
「無理があり過ぎる」
「じゃあこれ持って」
握力を鍛えるなんか握る奴を渡された。
握った。
なんか結構握れた。
「うん、いい握力してるね!」
優日は笑顔でサムズアップした。
「なにこれ?」
「わかんない」
「なんで!?」
「げほげほっ」
優日が咳をした。結構心配になる音だ。
「大丈夫?」
「だいじょぶ」
優日は、小さい頃から重い病気を患っている。
小さい頃から、病院のベッドで生活をしている。
ただの高校生であるヒカルは妹の病気をどうすることもできない。
無力だ。
優日は、ヒカルが本当に守りたい人だというのに。
ヒカルは思うところがありつつも、いつも通りの話を再開する。
「そういえば、昨日観たウルトラマンが面白くてね」
ヒカルはウルトラマンが好きだ。にわかだが。
話を続け、優日は穏やかな表情をして聞く。
「あの展開からの挿入歌は最高だったよ」
ヒカルはつい多く話してしまい、話が長引く。
優日は呆れた表情になった。
(あ、そういえば、あの時の状況はウルトラマンの一話じみてたな)
ヒカルは絶対に助からないはずの交通事故を防いだ時のことを思い出す。
謎の光が来たりて、身体に不思議な感覚を覚える。
正しくウルトラマン一話の状況だ。
(まさかね)
いくら突飛な体験をしたとはいえ、ヒカルは自分の想像がさらに突飛な所に行ってしまっていると切り捨てた。
「ねえ、お兄ちゃん」
「なに?」
「なにかいいことあった?」
誰かを守れた。
妹に対して毎日見舞いに来るぐらいしかできることのないヒカルは、誰かを守れたのだ。少し自分に自信が持てるかもしれないと思えていたところ。
「どうしてそう思う?」
「妹だからね。お兄ちゃんのことは分子まで深く理解しているんだよ」
「なにそれ怖い」
「で、なにかあったの?」
「ちょっとね」
「そっか」
「うん」
優日はそれ以上聞かなかった。ヒカルは何となく自分が体験した出来事は誰にも話さない方がいい気がしていた。優日は話したくなさそうにしていることを察したのだ。
「お兄ちゃんは情けないけど――」
「今日はちょっと頼りがいがありそうだね」
優日は微笑んだ。
ヒカルはちょっと嬉しかった。
ちょっと頼りがいがあったりちょっと嬉しかったり。
ここにはちょっとが溢れていた。
ちょっと穏やかな空間。
そんな感じだった。
「まあでも本当にちょっとだけだね。雀の涙程度だね。まだまだどちゃくそ情けないよお兄ちゃん!」
「辛辣!」
「げろげろ情けないよお兄ちゃん!」
「げろげろってなに」
「ぐへへへへ」
「女の子がそんな笑い方しちゃいけません」
優日はいつも元気に過ごす。兄が頼りなくて心配かけられないから。
※
後日、ヒカルは高校の昼休みに昼食のパンを購買で買った。
クリームパンだ。ヒカルは甘い物が好きなのだ。
その帰り、教室に戻る途中に、屋上の扉へと続く階段の前を通る。
「ん?」
屋上から人の気配を感じた。
人の気配なんてただの高校生がわかるはずがないのに、感じた。
気になったヒカルは、今日は屋上で昼ご飯を食べようなんて思いながら階段に足を掛ける。上る。上り切る。
そして屋上へと続く扉を開いた。
目の前には、スペシウム光線のポーズを取っている金髪眼帯少女がいた。
「…………」
「…………」
スペシウム光線のポーズをとっている金髪眼帯少女がいた。
「……」
「……」
ヒカルはわからなかった。
自分がどう反応すればいいのかもわからなかったし、なぜそんな状況になっているのかもわからなかった。
「スペシウム光線!」
金髪眼帯少女は笑顔だ。
「……」
「こんにちはです」
「あ、こんにちは」
「ウルトラマン好きですか?」
唐突な質問だ。
「まあ、好きだけど……」
ヒカルは律義に答える。
「そうですかっ。私もウルトラマン大好きなんです!」
金髪少女は満面の笑顔だ。
「一緒にスペシウム光線のポーズ取りませんか?」
「なんでそうなるの?」
「同士に出会ったらまずスペシウム光線、常識じゃないんですか?」
「そんなとりあえずビールみたいな」
「では、せーので一緒にしましょう」
「話が勝手に進んでいる!?」
「せーのっ」
「僕はやるって言ってないんだけど」
「スペシウム光線!」
少女は満面の笑顔だ。
「…………」
「スペシウム光線!」
笑顔だ。
「……」
「スペシウム光線っ」
微笑んでいる。
「……」
「スペシウム光線」
真顔だ。
「……」
「スペシウム光線……」
しょんぼりとした顔になった。
「……」
「スペシウム光線…………」
悲しそう。
ヒカルは腕を十字に組んだ。
「スペシウム光線!」
少女は満面の笑顔に戻った。
「スペシウム光線!」
「せーのっ」
「「スペシウム光線!」」
「なにこれ」
「スペシウム光線の友の挨拶です」
「スペシウム光線の友ってなんだ」
「この前のウルトラマンルーブ面白かったですよね!」
「うん、すごく良かった!」
つい先日ヒカルもその話を優日にしたばかりだ。
「兄弟ウルトラマンだからこその必殺技かっこよかったですよね!」
「うん、最高だった!」
ヒカルは少女のペースに呑まれていたはずが、自分の琴線に触れる話をされて楽しくなっていた。
ウルトラマンの話は自分からするばかりで、周りにウルトラマン好きがいなかったのも大きく影響している。
(まさかこんな女の子がウルトラマン好きなんてなあ)
ウルトラマン好きの女の子は少ないとヒカルは認識していた。
(仮面ライダー好きの女の子は多いけどね)
ヒカルは仮面ライダーも好きだった。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね」
少女が一息吐いて手を合わせる。
ヒカルもすっかり名前を聞いていないことを忘れていた。
「私は
「神森さんね」
「ひよこでいいですよー、スペシウム光線の友じゃないですか~」
「友って、友達なの?」
「一度でもスペシウム光線を交わせば、それはもう友達ですよ」
「そんな同じ釜の飯を食った仲みたいな」
「神森さん、僕は――」
「ひよこです」
「じゃ、じゃあ、ひよこちゃんで」
「はい、ひよこです」
「僕は明橋ヒカルっていうんだ」
「ヒカルさんですね。いい名前です」
「僕には似合わないけどね」
「そんなことないですよっ」
「…………」
(ひよこちゃんはそう言ってくれるけど、絶対に名前負けしているよ。僕がヒカルなんて)
ヒカルは自分の名前が嫌いではなかったが、自分は名前通りに"光る"ことはできないと思っていた。自分のような弱い人間が光になるなんてことは無理だと考えている。
"妹一人救えない僕程度には"。その考えが根付いてしまっているのだ。
それは事故を防いだことで少しだけついた自信程度では、覆せないほどのコンプレックスだった。
話題を変えたくてヒカルはひよこを見て話題を探す。
高校の制服に、ヒカルのネクタイの色と同じ青色のリボン、ひよこは別のクラスの同級生なようだ。
金髪の髪を肩を少し過ぎたぐらいまでに切り揃え、右眼に白い眼帯をしている。左眼だけ見える瞳の色は緑色、いや
背はヒカルの肩くらいまで。胸は小さくもなく特別大きくもない。
まごうことなき美少女だ。
ヒカルが目を付けたのは、金髪の中にも関わらず存在を主張する金色の髪飾りであった。
「そのひよこ型の髪飾り、かわいいね」
目の前にいるひよこではなく、鳥のひよこ型である。
「お目が高いですね、小さい頃におばあちゃんから貰った大切なものです。純金なんですよ~」
ひよこは微笑んで言う。
彼女はその髪飾りを本当に大切にしていた。
「ウルトラマンごっこしましょう」
「えぇ……」
「しましょう」
「さすがにこの歳ではちょっと」
「しないと泣きます」
「泣くのか」
「大声で泣きます」
「まじか」
「スペシウム光線!」
「ぐわあああああ」
ヒカルは怪獣役を
(僕は高校生にもなって何をしているんだろう)
そんなことを思いながらも、ヒカルの心は充実していた。
同じ趣味を持つかわいい子と友達になれた。と楽しい気分で一杯だった。
※
宇宙空間――地球から見た、月の裏側。さらにその場所にある四次元空間内。
自らが創り出したその場所にベンゼン星人がいた。
ガス過多症に
「許さんぞ。ウルトラマンゼアス。絶望の中で破壊してやる」
ベンゼン星人は、ゼアスへの執着心をさらに増大させ、復讐心までもが増大していた。
先のゼアスとの戦いで瀕死の重傷を負っていたが、僅かずつ回復していっている。
ベンゼン星人は頭部からガス抜きをする。
さらに、四次元を操作する能力を利用して、次元の彼方から闇を吸収し続けていた。
ベンゼン星人は今や、以前のベンゼン星人ではないナニカへと変わろうとしていた。
それは
そうしてベンゼン星人は、怪獣達を従える格と、怪獣達を時空操作で呼び寄せる力を身につけていった。
少しずつ。少しずつ。
自らの強化と進化を並行させながら、余剰の力で怪獣を呼び出す。
ゼアスをすぐに破壊するつもりはなかった。苦しませずに終わらせるつもりはなかった。
じわじわと苦しめる為、ゆっくり絶望を味わわせる為、自分の強化を続けながら下準備をする。
ゼアスの愛する地球を破壊することもベンゼン星人の目的だ。
ベンゼン星人は頭部からガス抜きをする。
「まずは、こいつだ」
狂った闇を、一つ落とした。
※
翌日の放課後、またひよこがいるのではないかと思って、ヒカルは学校の屋上へと続く扉を開く。
昼休みにもそう思って来たけれどその時にはいなかった。
目の前に広がるのは無人の屋上、今回もひよこはいない。
ヒカルは少し残念に思いながら屋上に出る。
肌寒い風が吹き抜けた。
「……なんか」
(嫌な、空気だ)
(ひよこちゃんがいないからとかではなくて)
それは敵性存在を感知するウルトラマンの感覚だった。
ヒカルはなんとはなしに屋上の隅へ行き、手すりに手を掛けて、街を眺める。
いつもと変わらない町。ヒカルが生まれた時から住んでいる
しばらくヒカルは屋上に
屋上を後にす――
視界の隅に、薄赤い光が見えた。
振り返る。
薄赤い色の巨大な光が、空から高速で落ちてくるのが見えた。
それは暖かい光などではなく、破壊の光だ。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッッ!!!!
衝突音。衝撃音が空気を震撼させる。
飛来した光が地面に衝突したのだ。
光は地に
光のベールが、解かれる。
その正体は、50mもの巨体を誇る宇宙人だ。
赤と銀と黒を色の基調とした二足歩行の巨人が立つ。
頭は剣の様な形状をしており、目も口もなく光だけが一つ目のように灯り、両腕に巨大な爪を持っている。
「あれ……は……」
ヒカルは、ウルトラマンにわかだ。
だから巨大な宇宙人の名前も知らなったが、それでも感じた。
あれは、ウルトラマンに出てくる宇宙人だと。
そんな馬鹿な。
こんなことが本当に起こるわけがない。
先日体験した不思議を棚に上げてヒカルの頭にはそんな思考が駆け巡る。
その思考は今、現実逃避にしかなり得ない。
ヒカルと一体化した光が、あれは邪悪な理不尽だと激しく訴えるのだから。
見えているものが現実だ。
刹那、宇宙人の胸部から紫色の破壊光線が放たれた。
ヒカルは眩しさに一瞬目を瞑る。
轟音が響く。
目を開けると、ビルが一つ無くなっていた。
粉砕され瓦礫と化していた。
あれで何人死んだのだろう。
一瞬にして一人や二人ではない多くの人が死んだ。
「馬鹿な……」
狂ってる。
ヒカルは恐怖した。
今起きている異常事態が怖くて怖くて仕方がなかった。
巨大な宇宙人は奇怪な音を発する。
虫の
何も語らずに不快な音だけ発する無機質さに、ヒカルはさらに恐怖を掻き立てられた。
されど、宇宙人の虐殺は止まらない。
宇宙人の胸部から、紫色の破壊光線が"乱射された"。
一撃でビルを粉砕する光線が、連射可能なのだ。
辺りに爆発と轟音が巻き起こる。
市民たちは悲鳴を上げて逃げ惑った。
「なんだよ、これ……」
ウルトラマンでは何度も見てきた光景、でも実際に見るのは初めての絶望的な光景。
(今ので、何人死んだんだ)
ヒカルの動悸が激しくなり、冷や汗が垂れる。
彼は恐怖と混乱に支配されていた。
――――巨大異星人 ゴドレイ星人。
それが、今殺戮を行っている宇宙人の名だ。
殺戮を楽しむ、ただ戦うことしかできない凶戦士。
言葉を発さず街を破壊する静かなる侵略者。
それが、ゴドレイ星人だ。
まずは凶暴で殺戮を好むようなものを。それがベンゼン星人の選んだ初手だった。
ヒカルは怯えていた。学校の屋上で一人、震えていた。
(どうすれば)
怪獣の光線一発で多くの人が死ぬ。怪獣の爪のひと振りで建物が粉砕され人が多く死ぬ。
ゴドレイ星人は破壊と殺戮を振り撒く。
(どうすれば)
ヒカルは怖かった。昔から臆病な人間だから。
でも。
でも。
目の前の光景が、ただただ悲しかった。
その悲しみが、無くなればいいと思った。
――気づけば、ヒカルの右手には、白い電動歯ブラシが握られていた。
ピカリブラッシャー。電動歯ブラシ型の神器。ウルトラマンゼアスへの変身アイテムだ。
「ウルトラマンに、なれるのか……?」
自分の中に光が在るという不思議な感覚が表出している。
自分が今、光の巨人になれるという確信があった。
ヒカルは学校の屋上からよく見える町の光景を見た。
人々が死んでいく、大惨事の悲劇が今も続いている。
恐怖は未だに強いけれど、恐怖が消える予感なんて全くしないけれど、どうにかしてあげたいという思いの方が強くなっていく。
ゴドレイ星人が、泣きながら逃げる幼い少女を踏み潰そうとしていた。
それは先日、ヒカルが交通事故から助けた少女だった。
ヒカルは咄嗟に決意する。
ピカリブラッシャーを起動し、震動するブラシを歯に当てる。
そうして、ピカリブラッシャーを天高く掲げた。
「ゼアーーーーーーース!」
ブラッシャーから発生した光のエネルギーがヒカルを包み込み、光の巨人へと変えていく。
人からウルトラマンへ。明橋ヒカルからウルトラマンゼアスへ。
空中で、変身を遂げる。
ウルトラマンゼアスの体重5万4540トンを乗せた飛び蹴り――ゼアス・ドロップキックが、ゴドレイ星人に食らわせられる。
ゴドレイ星人は少女を踏み潰せず、叩き飛ばされ転倒した。
ウルトラマンゼアスが大地に降り立つ。
誰もが振り向く。
ゼアスの姿を、誰もが見ていた。
多くのウルトラマンを形容するような銀色の巨人ではなく、ウルトラマンの中では珍しく頭すらも赤い、赤の面積が非常に多い、全身が赤の巨人。
絶望の中に現れた希望の姿を、身長60メートルの頼もしい光の背中を、みんなが見ていた。
※
ひよこは放課後、教室で一人掃除をしていた。
日直だったからだ。もう一人の日直はサボりだった。
そんなとき、ゴドレイ星人が窓から見えた。
そんなとき、ウルトラマンゼアスが現れた。
「うる、とらまん……?」
ひよこはウルトラマンが好きだ。
幼い頃、ウルトラマンに救われたから。
実在のウルトラマンではなく、特撮ヒーローのウルトラマンにだけれど。
確かにひよこはウルトラマンに救われたのだ。
だから、ウルトラマンが大好き。
普通のウルトラマンオタクよりも、遥かに好きなのだ。
「ウルトラマンゼアスです……!」
もちろんゼアスのことも知っている。
だから、光の巨人を実際に見て、今この町にいる誰よりも、ひよこは感動と期待を覚えていた。
その瞳は、純粋な子供がウルトラマンを見る、キラキラとした瞳だった。
ひよこが見るウルトラマンゼアスの背中は、頼もしいウルトラマンの背中に見えた。
「…………」
だけど、こうも思う。
どこか寂しい背中にも見える、と。
※
炎燃え盛る街中、ゼアスとゴドレイ星人は対峙する。
市民たちは赤き巨人の登場にざわつく。
「ウルトラマン?」
「ウルトラマンだ!」
「テレビみたいになんとかしてくれるはず!」
皆が、期待を込めて見ていた。
ゴドレイ星人は立ち上がりかけている。
ヒカルはポーズを取ってエネルギーを溜める。
最初から、ゼアスの必殺光線であるスペシュッシュラ光線を放つ気だ。
(先手必勝だ)
最初に最も強力な一撃を使う。
有効な戦法だ。
普通ならば。
ゴドレイ星人が膝立ちの体勢で胸部から紫色の破壊光線を放つ。
エネルギーを溜めている最中だったヒカルは正面からもろに食らった。
(ぐあっ!?)
ゼアスの口からはヘアッというウルトラマン特有の声が漏れた。
今度はヒカルが吹き飛び倒れる。
ヒカルの初手は、非常に浅はかだった。
飛び蹴り一発程度で強力な宇宙人相手に必殺光線を命中させるほどの隙はできない。ゴドレイ星人はほとんど消耗していない。
なんの隙も作れていない、見いだせていない相手に必殺光線を放っても、対処されることが多いのだ。そのうえ光線技はエネルギーを多く使うので最初から消耗することになり、リスクもデカい。
例えるなら格ゲーでゲージ技を初手ぶっぱするようなものだ。
まず間違いなく、防がれるか避けられる。雑魚相手でもなければ。
つまり、初手必殺光線は悪手以外の何ものでもないということだ。
(痛い! なんだこれっ……! 熱い! 怖い! 嫌だ! こんな痛み耐えられない……っ!!)
ヒカルは破壊光線に焼かれた胸を手で抑えて、様々な負の感覚と感情による渦に苦しんでいた。
ヒカルは戦うということへの実感をさせられている。これが殺し合いの痛みなのだと、身体を焼かれた痛みで思い知らされていた。
決して軽い気持ちで変身したわけではないが、ヒカルの心は弱い。今まで感じたことのない激痛に心は酷く消耗した。
今まさに自分の命が削られているという事実を理解し、恐怖に吐き気がする。
(痛いっ! 熱いっ……! こんなものに耐えながら、いつもウルトラマン達は戦ってきたのか……っ)
ヒーローであるウルトラマン達は、いつだって殺す者の矢面に立ち、最前線で痛みに耐えて戦っているのだ。
ヒカルが痛みに悶え、恐怖に襲われている間にも、ゴドレイ星人という名の殺戮者は、破壊と殺しの為に動きを止めない。
ゴドレイ星人の胸部から紫色の破壊光線が乱射される。
痛みに苦しむヒカルに、破壊光線が幾度も命中した。
(あああああああああああああああああああああああああああ!!!!)
ヒカルは痛みに蹂躙される。
乱射される破壊光線が、街の人々に流れ弾として飛んでいく。
(痛いっ……戦いたくない……逃げたい……でも、守らなきゃ!)
ヒカルは痛みと恐怖を押して、咄嗟に人を助ける。
ヒカルは弱いが、優しさを持った少年だ。
破壊光線を叩き弾き、弾けないものはその身で受けた。
(ああっ……! ぐっ……! が……っ!)
ウルトラマンゼアスは傷ついていく、消耗していく。
このままでは勝てない。
攻めなければ勝てない。
護ってばかりでは相手にダメージを与えられないのだから。
しかしこの距離では攻撃を当てられない。
ゼアスには、基本光線技が一つしかないのだ。使える遠距離技は、必殺光線であるスペシュッシュラ光線のみ。他の多くのウルトラマンとは違い、牽制に放つ光の刃――スラッシュ系の技がない。
だから、接近するしかない。
乱射される破壊光線で容易に近づけないが、倒すには接近するしかないのだ。
ゴドレイ星人は虫の翅音や機械音にも似た不気味かつ不快な音を発する。
奴は怖い。恐ろしい。けれど。
(勝たないと、守れない)
ヒカルは気力を奮起させ、気合で前に進んだ。
乱射される破壊光線を手刀で弾き、避け、食らいながらも無理をして突っ込む。
そうして、ゴドレイ星人との距離、100メートル。人間大でいう2から3メートル。肉薄した。
格闘戦へ。
ヒカルは拳を振り抜き、ゼアス・パンチを放つ。敵の急所めがけ、目にもとまらぬスピードで左右から繰り出す連続パンチだ。
しかし、ヒカルは破壊光線を受け過ぎて、ダメージの蓄積が著しい。パンチの速度は目にもとまらぬほどではなく、威力も減衰している。
ゴドレイ星人は両腕の爪でパンチを受け止めた。
ビクともしない。ゼアスの拳の方に痛みが
この爪は堅い。恐ろしく堅いのだ。生半可な攻撃では通用しない。
ゴドレイ星人の爪に殴り返される。ゴドレイ星人の爪はあまり鋭くなく、鈍器のようなものだ。切り裂かれるというよりも、殴られるという方がそれらしい。
ゴドレイ星人の爪攻撃は重い。なにしろ爪が堅いのだから。
さらに爪で殴られる。
(がっ……っ)
(痛い。痛い。痛い。ちくしょう)
デンプシーロールが完全に決まった時のように怯み、為す術がない。
破壊光線で一方的に嬲られないためにやっとの思いで距離を詰めても、そう簡単に有利にはならない。
(勝てない、のか……)
(戦いが、ここまで辛いなんて……)
何の躊躇いもなく殺しに来る相手と向き合うというのは、辛く苦しく誰もやりたくないほど嫌なことだ。
ゼアスは、膝を突きかけた。
「頑張れー!」
声が聞こえた。
「負けるな!」
「あんたが負けたら、もう終わりなんだ!」
「勝ってくれ!」
「頑張れ!」
人々の応援が聞こえた。
ヒカルの耳に届いて行く。
それは自分だけでもなんとしても助かりたいというエゴから来る思いもあったが、大切な人に死んでほしくないから勝ってほしい思いもあり、どちらにしろウルトラマンゼアスに勝ってほしいという願いであった。
それは光だ。
「ウルトラマンゼアス! 頑張ってくださーい!」
ひよこが学校の窓を開けて、ゼアスに向かって叫んでいるのが見えた。
ウルトラマンの鋭敏な視力はそれを見ることを可能にしている。
ひよこの思いは、ウルトラマンに勝ってほしいという部分は他の者と同じであったが、ウルトラマンに生きてほしい、死んでほしくないという願いもあった。
ウルトラマンを純粋に思う、強い光だった。
その光たちは、ウルトラマンゼアスを少し強くする。
ウルトラマンは光を糧として活動し、物理的な光も心の光も糧とすることが可能なのだ。
ウルトラマンは光で強くなる。それはウルトラマンにとって基本であり、そして最もウルトラマンが強くなる方法である。
(負けられない)
(ひよこちゃんが見ている)
(まだ会ったばかりだけど、大切な友達のひよこちゃんが見てるんだ)
ヒカルは、動いた。ゼアスが、動いた。力強く。力強く。
ゼアスの連続キック――ゼアス・マシンガンキックを凄まじい速さと力で繰り出す。
それはゴドレイ星人がガードした爪を弾き、その体に命中させていく。
そうして、連続蹴りのラストに、強烈な延髄蹴りが放たれる。
ゴドレイ星人の延髄に強烈な一撃が命中した。
ゴドレイ星人が大きく怯み、倒れ伏す。
ゼアスは比較的蹴り技が得意なのだ。原作でも蹴り技の必殺技が目立つ。
――ゴドレイ星人に隙ができた。
ゼアスはポーズを取り、エネルギーを溜める。
ウルトラマンゼアスの必殺光線。
両腕を十字に組む。スペシウム光線を鏡合わせにした、右手ではなく左手から放つ光線。
スペシュッシュラ光線を撃った。
最初に赤い光線が発せられてレーザーサイトのごとく敵を捕捉し、それに沿って青色の光線が放たれる。
されど、相手も弱くない。
いや、異常に強い。
ゴドレイ星人は倒れ伏しているというのに、倒れたまま、咄嗟に爪をクロスし楯にした。
驚くほどに的確で淡々とした動き。
こいつは、勝つ為の行動を冷静に淡々とこなせるタイプの存在だ。
故に殺戮者。
故に戦うことしかできない凶戦士。
スペシュッシュラ光線が銀色の爪に激突する。
もろに肉体には命中せず、防がれた。
(だけど!)
こちらは必殺光線を命中させていることには変わりない。
このまま爪ごと焼き尽くして、押し切ればいいんだ。
ヒカルはそう考えた。
爆発と爆炎と爆煙が吹き荒れる。
爆煙がゴドレイ星人の姿を僅かな間だけ隠した。
『やった……』
ヒカルは、倒したと思った。
あれだけの爆発だ。生きている筈がない。
そう思った。
煙が晴れる。
そこには、爪は破壊されて消失しているが、それ以外は無傷なゴドレイ星人が立っていた。
『生きてる……っ!』
ヒカルは慄いた。
――そう、ゴドレイ星人の爪は堅い。ウルトラマンの必殺光線を、破壊されるとはいえ防ぐほどに。
(いや、でも、厄介な爪は破壊したんだ。ここからは有利に戦いを進められる。あと少しだ。あと少しで奴を倒せる)
すぐにそう考えなおした。
されど。
ゴドレイ星人は、破壊された爪を一瞬にして修復した。
『なっ……!?』
ヒカルは驚愕し、呆然とした。
心に絶望感が広がっていく。
やっとの思いで与えたダメージ。強力な武器を一つ破壊したというのに。振り出しだ。
こちらの方が疲労し、無駄にエネルギーを使わされた上で。
『なんで……っ!』
嘲笑う様に、ゴドレイ星人は虫の翅音や機械音にも似た不気味かつ不快な音を発する。
ヒカルは恐怖と無力感に苛まれ、動揺していた。
そう、激しく動揺したのだ。
だから隙ができる。
ゴドレイ星人の胸部から紫色の破壊光線が放たれた。
ヒカルは、もろに正面から食らい、倒れる。
ゼアスの胸にあるカラータイマーが鳴り出した。
ピコン、ピコン、と点滅する。
誰もが知っているように、ほとんどのウルトラマンは地球上で3分間しか活動できない。
大体の理由としては、ウルトラマンは地球上ではエネルギーを多く消費してしまうからだ。
そしてカラータイマーは、活動時間残り一分になると鳴り出す。
タイムリミットは、あと僅か。
カラータイマーの光が消えた時、ウルトラマンは死ぬ。
しかし、ヒカルは戦意を喪失していた。
(ここまでして、僕は勝てないのか)
無力感。自分はどうしようもない無能だという意識が無限に襲い来る。
ヒカルの瞳から涙が流れてくる。出したくなくても流れてくる。弱い少年は、泣いていた。
されどウルトラマンの表情は変わることはないし、涙も流れない。
誰にも知られず、一人少年は泣く。
ヒカルは、立ち上がれない。
優しさも大切な人を守りたいという思いも、痛みと命がなくなっていく感覚に麻痺し、意識の隅に追いやられて萎えていく。
(疲れた……)
ヒカルの心は枯れていた。
まるで自殺寸前の社畜のように。
たった一度の戦いで、長年の苦行を受けているようだった。
虫の翅音や機械音にも似た不気味かつ不快な音が聞こえる。
紫色の破壊光線が乱射された。
ヒカルは立ち上がれない。防げない。
破壊光線が街を破壊していく。
動けない。
けれど。
破壊光線が病院と学校に命中しそうになった時、そして街の人々の方向に行った時、その時だけは、立ち上がれないはずの体が動き、咄嗟にその身で受けた。
ヒカルは、自分の中で譲れない一線だけは守っていた。出るはずのない力が、その時だけは出た。
だが、そうすることによって更にダメージは蓄積する。
ゼアスは、また倒れた。
今度こそ、本格的に立ち上がれない。
ヒカルは死力を出し尽くした。
カラータイマーの点滅が加速する。
虫の翅音や機械音にも似た不気味かつ不快な音が聞こえる。
ゴドレイ星人は胸部で紫色のエネルギーを溜め始めた。
極大威力の、ゴドレイ星人が使える技の中で最強の破壊光線を放つ為に、溜めている。
ゴドレイ星人は止めの一撃を放つつもりだ。
あれを受けたら死ぬ。ヒカルはそう確信した。
死ぬ。
死んだらどうなる。
優日も死ぬ。
奴は殺戮を好む。高い確率で優日も殺されるだろう。
ゴドレイ星人の極大破壊光線が、あと数秒を経たずに放たれる。
胸部に溜まっていくエネルギーの光が周囲を紫色に照らしていた。
破滅の光が完成するのは、もうすぐ。
(あぁ……全部終わってしまう)
(いやだな……それはいやだな……)
(いやだよ)
ウルトラマンは、追い詰められてからが強いときがある。
そんなとき、多くのウルトラマンは勇気で以って動く。
けれど弱いヒカルが変身するゼアスは、勇気ではなく、恐怖で動いた。
『うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!』
ヒカルは叫んだ。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
ゼアスの口からも似たような声が出て響く。
叫んで、恐怖も痛みも忘れた。恐怖で動いたにもかかわらず。
ヒカルは、我武者羅に立ち上がって、驚くほどの速さでゴドレイ星人に飛びついた。
その速さ、マッハ19,9。それによって起こる衝撃波は周りを破壊しない。
ゴドレイ星人を押し倒し、地面にたたきつける。ゴドレイ星人が溜めていたエネルギーが霧散した。
『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』
ヒカルはゴドレイ星人に馬乗りになって、殴りまくった。
殴る。
殴る。
殴る殴る殴る。
喧嘩した子供が、泣きじゃくりながら暴れるように。
涙を流しながら、ただ拳を叩きつけていた。
そうして殴りまくった先。
ゴドレイ星人の胸部が、少し破損した。破片となった胸部の銀色が飛んでいく。
飛び散った破片がヒカルの頬を掠めていった。
紫色の破壊光線が、至近距離から放たれる。
ヒカルに直撃した。
吹き飛び、倒れた。ヒカルはもう指一本動かせる気がしない。
とはいえ、ヒカルはゴドレイ星人に傷を負わせた。それは確かだ。
それが、運命を少し変える。
ゴドレイ星人は、撤退を決めた。
向こうはリスクを冒して無理に戦う必要はないのだ。ゼアスは逃げない。ヒカルは弱い。傷を癒してから殺せばいい。
また必死の反撃をされたら堪らないのだから。
静かなる殺戮者は冷静だった。
来た時と同じように、また薄赤い光に包まれ、ゴドレイ星人は空に帰っていく。
撃退した――といえるのか。
ヒカルの、事故を防いだ時に得た僅かな自信は、木っ端微塵に破壊されていた。
精神はどこまでも落ち、ネガティブの極致にいた。
(僕は勝ってなんていない。負けたんだ)
ヒカルは自分を無能だと何度も罵る。
(獣のように、子供のように暴れただけだ。全然かっこよくない。僕はヒーローになれない)
(僕は駄目だ。ウルトラマンになる資格がない)
ウルトラマンは強くなければならない。
いつだって強い希望のヒーローでいなくてはならない。
それが、全ての人間の命を背負っている者の責任だ。
強くなれヒカル。
ヒーローになれヒカル。
君の頑張りに、人と地球の命、全てが掛かっているんだ。