ウルトラマンゼアスS   作:ソウブ

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 ゴドレイ星人襲来の翌日。

 

 学校も仕事も休みにはならなかった。

 

 政府はいつも通りこそがいいと判断したのだ。

 いつも通りに学校や職場に行って人との関わりを持った方が、この非常事態に心が暗くなっていくことを防げると。

 建物を直すのも専門的な人しかできないし、怪獣への対処も一般人にはできない。

 怯えて引き籠っているだけでもいいことはないのだ。

 

 ――それが正しいかどうかは誰にもわからない。いずれにしろ"ベンゼン星人に都合のよいように認識されていた"。

 

 ヒカルは、昼休みにまた屋上へ来ていた。

 給水塔に背を預けて(うずくま)っている。

 

 ヒカルは自分がウルトラマンゼアスであることを隠したい。

 

 彼は大怪我をしていたが、病院に行くと身体を検査される、その影響で普通の人間でないことを知られ、ウルトラマンであることがバレるリスクが高まると思った。だから包帯を巻いて服で傷を隠し、学校に来ていた。

 

 実際は病院に行ったところでウルトラマンであることはバレない。それはウルトラシリーズで変身者が入院しても正体がバレていない場面が何度もあることからわかる。

 体の構造自体は科学的には変わらないのだ。

 しかしヒカルの住む現実でも同じであるとは限らず、ヒカルは怯え切っているから僅かな可能性にすら警戒する。

 

 学校にも行かなくたって、あんな出来事があったのだから正体がバレる可能性はそこまで高くないかもしれない。学校に行かずに引き籠った人間も居るだろう。しかし、欠席した人を調べて詮索する者がいるかもしれない。その可能性はゼロではない。僅かな可能性をヒカルは警戒しているから学校に来ざるを得ないのだ。

 

 ヒカルは今、ウルトラマンと一体化したことで得た身体能力のおかげでかろうじて日常生活を送れていた。

 ウルトラマン特有の回復力で少しずつ回復しているが、焼けた肌と傷ついた内臓と折れた骨によって、痛みは常時ヒカルの精神を蝕んでいる。

 

(痛いな……いやだ……やっぱり病院に行こうかな……)

(いや、駄目だ……)

(正確に想像はあまりできないけど、知られると色々怖いことになりそうだ……)

 

 ウルトラマンであることを知られたら、立場の強い人間に利用されるだろう。

 強大な力を持つ兵器扱いされるかもしれない。 その場合、もし怪獣が来なくなった時、突出した力を持つ危険な存在として排除されるかもしれない。

 さらに、ウルトラマンが誰であるか明確にわかれば、人はウルトラマンに頼りきりになる。

 助けてくれるか最後までわからない謎の存在ではなく、知る存在ならば、自分たちが頑張らずにウルトラマンだけを頼ってしまう可能性がある。

 まるで神に縋るように。

 それでは駄目だ。

 ウルトラマンは永遠にいてくれるわけではないのだから。

 原作ウルトラシリーズでも正体は容易にはバラさない。それ相応の理由があるから、それをしないのだ。

 

(怖い。バレたらどうなるか、考えるだけでぞっとする)

 期待なんてかけないでほしい。

 利用しないでほしい。

 だからこうして、学校の屋上にいる。 

 

「ねえ、ゼアス、どうしよう……」

 

 自分と一体化したゼアスに語り掛けてみるが、一切反応がない。

 ゼアスに変身してから、もう何度もしている問い。

 

(どうしてゼアスは応えてくれないんだろう)

(話せないのかな)

 

 原作では朝日勝人(あさひかつと)という人間として地球防衛の組織MYDO(マイド)の隊員の一員となって過ごしていたけれど、このゼアスも同じとは限らない。意思を持っていないかもしれない。

 

 ヒカルはスマホでニュースを見ていた。

 急ピッチで怪獣に対抗できる兵器を、最新の技術を使って開発しているという文面を見る。しかしネットではそれは間に合わないだろうと確信する情報がある。

 ゼアスが頼りだとニュースは言っていた。

 

(やめてくれ……)

 

 この世界にウルトラシリーズ世界のような地球防衛隊的組織は存在しない。

 自分たちで助かる力が無いのだ、この世界の人類には。研究を急いで進めているが、現状ではウルトラマンに頼らざるを得ない。

 自衛隊は存在するが、怪獣相手だと砲弾程度では掠り傷一つ付けられはしないし、核爆弾規模なら可能性はあるが、それは周囲の被害が甚大になる。

 

 つまり、怪獣のような常識の通じない存在と戦えるのは、今ここにいる少年しか存在しないのだ。

 

(どうして僕一人なんだ……)

 

 ヒカルはニュースを見るのを止め、ゼアスに関することを話している掲示板のサイトを開いた。

 

 

 ――ゼアスだけが頼りなんだよなあ。

 ――でもゼアス負けたじゃん。

 ――それでも護ってくれていただろ。ゼアスがいなかったらどれほどの被害が出ていたか。

 ――勝てなきゃ意味ないよ。いくら護っても、負けたら全部終わりなんだから。

 ――頼りないなあ、あのウルトラマン。大丈夫かな……。

 ――やっぱりティガだよな。

 ――いやオーブでしょ。

 ――ジード。

 ――ゼロだろ。設定上かなりの強者だぞ。

 ――それこそノアとかの方が来てほしかった。

 ――いやいやそれこそネクサスに来て欲しかった。ネクサスならメタフィールド使って亜空間で戦ってくれるし俺たちに被害がなくていいのに。

 ――ノアはネクサスの最終形態だし、ノアもメタフィールド使えるんじゃね。

 ――なんであんなマイナーなの来たの?

 ――そもそも俺はゼアスとかいうやつを知らない件。

 ――あの赤いやつなに? ウルトラマンのパチモン?

 ――ゼアスって最弱のウルトラマンだろ。初期メビウスと半人前ということは同じだけどメンタル面では圧倒的に最弱だし。

 ――だけどゼアススペック自体はかなり高いはずだろ。

 ――それを活かせなければ意味ないんだよ。

 ――そもそも原作のゼアスかもわからないけどな。

 ――他のウルトラマンみたいに変身者とかいるかも。

 ――だったらそいつ無能だろ。

 

 ――でもゼアスだってウルトラマンだろ。ウルトラマンになれるようなやつがウルトラマンになってるんだからきっとやってくれる。

 ――ゼアスは俺にとって思い出のウルトラマンなんだよな。だから勝ってほしい。護ってほしい。

 ――ゼアス結構好きなんだよなあ。

 ――ゼアスかっこいいだろ!

 ――頑張ってほしい。

 ――負けるなゼアス! 勝て! 

 

 

 ヒカルはスマホの画面を閉じた。

 

(勝手な事ばかり言ってくれる)

(そりゃ僕だって、オーブとかジードとかゼロとか、それこそノアとかの方が良かった。ウルトラマンの中で最強格だ。そっちの方がいいに決まってる)

(なぜ、ゼアスなんだ。確かにゼアスもウルトラマンだけど……)

 ヒカルはゼアスの映画を見たことはあった。

(でも、自分がなるなら、一番強いウルトラマンがよかった……)

 

 自分が戦った、昨日の出来事を思い出す。

(あんなの違う。全然違う。僕の知ってるウルトラマンじゃない)

(だって、弱すぎる)

 

 ウルトラマン、自分はあんなにかっこいい強い存在にはなれない。誰もが頼る光になんてなれない。

 ヒカルが事故を防ぎ、その時ついた僅かな自信は錯覚でしかない。

 

(身の程を知らずに調子にのっていただけだ。なんて愚かなんだろう)

(こんな力欲しくなかった)

 膝に顔を埋めた。

 ゴドレイ星人の姿がフラッシュバックする。

 紫色の光が怖い。銀色の鈍器爪が怖い。剣のようなフォルムが怖い。不気味に光る一つ目のような緑色が怖い。 

 体が、震えていた。

 

(僕は、ウルトラマン失格だ……)

(なんで、僕なんかが選ばれたんだろう)

(僕以外に、もっとウルトラマンに相応しい人がいただろ……)

 ヒカルは、痛みと恐怖とうまくいかない現実に苦悩する。

 

 ヒカルは消沈していた。

 ヒカルは失望していた。

 ヒカルは自信喪失していた。

 

 見えない壁に囲まれて、息が詰まりそうだった。

 

「僕は、光になれない……」

 

 自分は、光《ヒカル》なんて名前通りに生きられない。

 

 

 

 

 

「ヒカルさん?」

 

 声が聞こえた。

 顔を上げる。

 

 肩を少し過ぎた金髪。翡翠色の左眼。右眼に付けた白い眼帯。

 すぐ傍に、ひよこが立っていた。

 

「なにか怖いことがあったんですか?」

 ひよこは眉をハの字にして、心配そうにヒカルを見つめる。

 

「どうして……」

「だって、震えています」

「っ……」

 

「昨日の、ゴドレイ星人が怖かったんですか?」

 ひよこはゴドレイ星人のことを知っている。ひよこはウルトラマンに詳しいから。

「っっ……」

 ヒカルは酷く動揺した。図星だから。

 

「そうなんですね」

 ひよこはヒカルのすぐ近くにしゃがむ。

 

「大丈夫ですよ。私がいます」

 そうしてヒカルの背中を撫でた。

 優しく、ゆっくり、百パーセント相手を思って撫でた。

 

 ヒカルは、母の腕に抱かれる赤子のように少しだけ安心する。

 

「ゴドレイ星人は、ウルトラマンゼアスがやっつけてくれるから大丈夫ですよ」

 

 ヒカルはひよこの手を振り払った。

 ひよこは悲しそうな顔をした。

「どうしてっ……!」彼は静かに慟哭の言葉を零す。

 ヒカルの心は罪悪感と疎外感と悲しみと怒りで渦巻いている。

「どうして、ゼアスを信じられるの?」

「ウルトラマンだからです」

「負けたのに?」

「ウルトラマンが負けることはありますよ。それでもウルトラマンは最後には勝つんです」

「でも、あの調子じゃ原作みたいに怖くて逃げだすよ」

「原作ではその後立ち上がって戦い、勝ちましたよ」

「あんなの信じちゃいけない。あんな駄目なやつ」

「ウルトラマンを悪く言ってはいけませんよ。ウルトラマンは必ず来ます、そして勝ちます」

 

 ひよこはウルトラマンを信じ切っている。

 ひよこはウルトラマンを信じ続ける。

 いつだって。いつまでも。

 

(何も知らないくせに)

 ひよこはヒカルがゼアスであることを知らない。だからそんなことが言えるのだと彼は思った。

 ヒカルの傷がじくじくと痛む。体も、心も。 

 

 ひよこはヒカルの隣に座って、弁当を広げる。元々昼食を取るためにここに来ていた。

 もぐもぐと食事を進める。

 

「これ、食べますか?」

 ひよこは自分の弁当箱からミニハンバーグをヒカルに差し出した。ひよこの手作りだ。

 男の子はハンバーグが好きですよね、と判断してチョイスした。

 友達に少しでも元気になってほしかったから。

 

 ヒカルは少しだけ顔を上げてひよこを見るが、また顔を伏せた。

「いらない」

「そうですか……」

 ひよこは残念そうにミニハンバーグを自分の小さな口に押し込んだ。

 

 ひよこは食事を済ませた後も、ヒカルの隣に座っていた。

 彼女は空を見上げて、しばらくぼーっとする。

 

 やがて、静かに口を開いた。 

 

「ウルトラマンは、光なんですよ」

 

「心の光も、物理的な光もエネルギーとして力にする本物のヒーローなんです」

 

「ヒーローは、最後には絶対勝つんです」

 

「ウルトラマンは、究極のヒーローなんですよ」

 

「ウルトラマンが勝てないのなら、誰も勝てませんよ」

 

「…………」

 

 ウルトラマンが勝てないのなら、誰も勝てない。

 

 その言葉は、ヒカルの中にゆっくりと浸透していった。

 

(僕が戦わなかったら、僕が勝てなかったら……どうなる)

 

 そんなことは決まっている。そんなことは最初からわかっている。

 

 すべてが破壊され、すべてが終わるだけだ。

 

 生き残る人間など、いないだろう。  

 

(そうなった場合に、どうなる)

 

 優日が死ぬ。

 昔からずっと守りたくて救いたくて、それでも守れても救えてもいない大切な妹が死ぬ。

 自分の所為で、死ぬ。ヒカルはそう思った。

 

 彼は敗北の先に失うものを実感する。

 

(苦しいけど、辛いけど、怖いけど。戦うしかない……勝つしかないんだ)

 

 ヒカルは心を無理矢理奮い立たせた。

 彼は顔を上げる。

 

 ――君は逃げてもいいんだ。ボクはその選択を否定しない。自分の中のゼアスがそう言ったような気がした。

 

 確かに逃げてもいいのかもしれない。望んで手に入れたわけでもない、突然与えられただけの力だ、責任なんてない。

 

(でも、僕が逃げたら人が死ぬんだ。何の罪もない人たちが死ぬんだ。僕の大切な人が死ぬんだ。だから、僕は逃げられない。どうあっても、戦うことを選ばざるを得ない)

 

 なぜなら、ウルトラマンは、そういう心根を持つ者を変身者に選ぶのだから。人を愛し、人の死を受け入れない、人を守る心を持つ者を。

 

(ひよこちゃんは逃げないだろう。この様子だと、きっとまた、ゼアスの戦いを見るはずだ。僕が護らないとその場でこの子も死ぬ)

 ヒカルは窓を開けて自分を応援していたひよこのことを思い出していた。 

 

 そう、死ぬのは優日だけではない。

 今目の前にいる、自分を気にかけてくれた大切な友達も死ぬんだ。

 

 最初から、ヒカルに逃げ場などなかった。

 彼は心の何処(どこ)かで、それを最初からわかっていた。 

 

 ひよこは恐怖でぐちゃぐちゃになっていたヒカルの頭を冷静にし、考えを整理させてくれたのだ。

 最初からわかり切っていた答えを外部から与えてくれたことで、ヒカルは覚悟を決めざるを得なくなった。

 

 ヒカルは決意する。

 勇気を、少し得た。

 ただ、立ち向かうだけだ。

 

「ありがとう。ひよこちゃん」

「はい?」

「ちょっと、元気出たよ」

「それはよかったです」

 ひよこは、優しい笑顔でそう言った。

 

 

 ひよこは空を見上げる。

 今度はヒカルも一緒に空を眺めた。

 

 

 ――空から、薄赤い光が降って来る。

 

 衝撃。地が揺れる。

 

 地球の大地に――学校からほど近い街にゴドレイ星人が再び降り立った。

 

 ヒカルが破損させた胸部は完全に回復している。

 

 ヒカルが恐怖した銀色の鈍器爪が、剣のような頭部のフォルムが、不気味に光る一つ目のような緑色が、変わらず存在を主張している。

 

 彼は怖かった。恐怖は消えてはくれなかった。

 殺戮者が、怖くて怖くて仕方がない。

 それでも、立ち向かうのだ。

 

 彼は、ウルトラマンだから。

 

 ヒカルは立ち上がる。

 

「ひよこちゃんは、逃げないの?」

「はい」

「そう、わかったよ」

 そんな気はしてた。

「僕は逃げるよ」

「はい」

 

 ひよこは穏やかな声音と表情で、ゼアスを信じてただその場にとどまった。

 

 ヒカルは屋上から走り去る。

 

 屋上から出て少し走った先の場所、ひと気のない空き教室。

 (ふところ)に仕舞っていた白い電動歯ブラシ型の神器、ピカリブラッシャーを手にした。

 

 ウルトラマンの再変身に必要な時間は一日。エネルギー次第で変わるが、基本はそうだ。

 今の時間は、昨日変身してから24時間には満たない。

 昨日は放課後に変身し、今は昼休みだからだ。

 少し、早い。

 今変身すれば、万全な状態では戦えない。

 大怪我も治っていない。痛みは常時襲っている。

 

 それでも、ヒカルはピカリブラッシャーのスイッチを入れ、起動させた。

 

 ブラシが振動する。ヒカルの手も震えていた。

 

「怖い」

 

 無理だ。そうだ。無理だ。怖い。怖いに決まっている。逃げ出したい。逃げ出したくてたまらない。

 

「……でも、戦うよ」

 

 彼は逃げない。

 ヒカルは震動するブラシを自分の歯に当てた。

 そして、ピカリブラッシャーを天高く掲げる。

 

「ゼアーーーーーーーーーーーーーーース!!」

 

 ブラッシャーから発生した光のエネルギーがヒカルを包み込み、光の巨人へと変えていく。

 人からウルトラマンへ。明橋ヒカルからウルトラマンゼアスへ。

 

 降り立つ赤き巨人。

 土埃を巻き上げながら、ゴドレイ星人の前へ着地した。

 

「ゼアス!」

 

 ひよこが目を輝かせながら立ち上がり、屋上の手すりを掴んで前のめりになる。 

 

 立ち上がる赤き巨人、ウルトラマンゼアス。

 ヒカルは勇気を携え、恐怖を抱きながらも立ち上がったのだ。

 

 その光の背中を全幅の信頼を持って、ひよこは屋上から見つめていた。

 

 

 ――風が、吹き抜ける。

 

 ここに現れたるは光の巨人。体は赤をベースに、白いラインの入った色合い。瞳は多くのウルトラマンが白く光っているのとは違い、珍しく橙色に夕日の如く光る。弱くても、臆病でも、それでもこの場に居る赤き巨人。

 

 対するは異星人。静かなる破壊者。強力な光線、剛力の爪、それを巧みに扱う凶戦士。殺戮を好む邪悪な戦士。

 

 対峙するゼアスとゴドレイ星人。 

 

 ゴドレイ星人が、虫の翅音や機械音にも似た不気味かつ不快な音を発する。

 

 それがゴングになったかのように、ゴドレイ星人との決戦は始まった。

 

 胸部から紫色の破壊光線が連射される。

 乱射ではない。全てがゼアスを向いている。

 ゴドレイ星人は、直球にゼアスを殺しに来ていた。

 

 ヒカルは拳や手刀で弾いていく。だが、数が多すぎて捌き切れない。

 破壊光線は掠り、命中する。食らう。激痛が奔った。

 

『ぐぅ……っ』

 

 結局近づかなければ打つ手は無い。

 何度も連射可能な破壊光線は危険すぎる。 

 

 ヒカルはまた無理矢理接近することにした。

 乱射される紫色をできるだけ捌きながら、前に進む。

 

 何とかまた、ダメージを受けながら近づくことに成功した。

 

 この時点でもう、ヒカルはかなり疲労している。

 万全ではない中、何度も光線を喰らったのだ。

 

 それに近づいても、爪がまずい。

 鈍器のような剛力爪は、強力な楯にも武器にもなっている。

 それを何とか避けて本体に攻撃しなければならないのだ。

 

 ヒカルは、決死の格闘戦を仕掛けた。

 

 爪が横に振るわれる。しゃがんで避けた。ヒカルはアッパーを繰り出す。もう片方の爪に防がれた。ヒカルの拳の方が痛む。振るわれる爪。拳を叩きつけて軌道を逸らした。爪の一撃は重く、ヒカルの腕が痺れる。

 

 爪の一撃――ではなく。

 紫色の破壊光線が、至近距離から放たれた。

 

 ヒカルは至近距離からの光線も予想はしていた。

 横に跳び、何とか避ける。

 しかし掠った。

 

『あっ』

 予想していたからといって、完全に対処できるわけではない。

 

 光線が脇腹を通って行き、ヒカルはよろける。

 明らかな隙だ。

 

『がっ』

 

 銀色の剛力爪に殴られた。またよろける。

 

『ぐっ』

 

 もう一発、胸に叩き込まれた。

 

 ヒカルは倒れそうになる。

 されど、踏ん張った。

 渾身の力を振り絞って、踏ん張った。

 

『うおおおおおおおおおおお!!』

 

 そして、拳に爪を掻い潜らせ、ゴドレイ星人の本体に渾身のパンチを叩き込んだ。不気味に光る眼のような部分に命中する。

 

 ゴドレイ星人は痛がった。

 しかし、痛がっただけだった。

 

 爪がハンマーのように振り下ろされる。

 ヒカルの頭に直撃した。

 

 ゴッ、と致命的な音がする。

 

 ヒカルの意識は、遠のいていった。

 

 彼は倒れる。

 

 カラータイマーが鳴り出した。

 かなり早めだ。戦闘を開始してまだ僅かな時間しか経っていない。

 やはり万全ではなかったのだ。

 

 それでも。

 それでも。

 

 まだ、彼は諦めない。

 

 ヒカルは、不意打ちのように、結果的に不意打ちに、跳び起きるように立ち上がりゴドレイ星人に飛びついた。

 まさかこの状況で立ち上がってくるなど、ゴドレイ星人は思っていなかった。

 

 だから、ヒカルが振り上げた渾身の、乾坤一擲(けんこんいってき)の拳は命中する。

 

 ――はずだった。

 

 ゴドレイ星人は、至近距離から赤い閃光を発した。

 鮮烈で、光量の凄まじい閃光。

 それはいわゆる閃光手榴弾(スタングレネード)のような効果をもたらす。

 

『ああっ!!??』

 ヒカルは目を焼かれ、咄嗟の反応で顔を手で覆う。

 

 この期に及んで、ゴドレイ星人は技を隠していたのだ。

 この瞬間まで、ゼアスが使うほどの状況にできなかったのもある。

 

 ヒカルは失明した。

 視界は真っ暗闇だ。

 なにも、みえない。

 

 もう一度、脳天に爪が振り下ろされた。

 また、ゴッ、と致命的な音を鳴らしてクリティカルヒットする。

 

 ヒカルは、力無く倒れ伏した。

 

『あ……あ……』

(駄目、なのか)

(やっぱり僕じゃ、駄目なのか)

 

 ヒカルの意識が狭まっていく。

 死ぬ。負ける。そんな言葉が彼の頭に浮かんだ。

 

 

 

「ゼアス!! 頑張ってください!!」

 

 ひよこが屋上で、自分の髪飾りを握り締めて、祈るように手を握っているのがヒカルには見えた。

 彼は失明している、見えないはずなのに。

 真っ暗闇の中、視えたのだ。

 

(……そうだ)

(これは、僕のやることだろう。やると決めて、行動を起こしたことだろう)

(最後まで頑張らないで、どうする)

 

 ウルトラマンというものは、どんな状況からでも戦う力を生み出せる存在だ。

 だからウルトラマンは無限に頑張れる。だからウルトラマンは無限に頑張らなければならない。

 それは辛く険しい道だ。

 だけれど、その道を歩む強さを持つ者こそ、ウルトラマン足り得るのだ。

 

(諦めて、どうするんだ)

 

 死にそうだからって、諦めてどうする。

 考える力はあるだろう? 体はまだ動くはずだろう? まだやれることはあるだろう? それらをすべて使うことを、頑張るというんだ。

 

(ひよこちゃん、僕、頑張るよ)

 怖気づいてちゃ、明日なんてないから。

 

 ヒカルは、ひよこの祈りから光を得た。

 彼は立ち上がる。

 

 失明したはずの目は、視界を広く映していた。

 

 

 

 ゴドレイ星人は鈍器のような剛力爪を再度振り下ろす。

 ヒカルは、手刀で以って爪を逸らし、その勢いを利用して回し蹴りを叩き込んだ。

 ゴドレイ星人はたたらを踏んで後退する。確実にダメージが入った。

 

 先と違い、腕が痺れもしなかった。

 突然、凄まじく技量が上がったのだ。

 

(これは……)

 

 ゴドレイ星人が両手の爪でラッシュを仕掛けてきた。

 何度も驚異の剛力爪が襲い来る。

 先までのヒカルなら、為す術なくボコボコにされていただろう。

 

 だけど、今は。

 

 ヒカルは両手の手刀で、連続で来る爪の猛攻を弾き、逸らし、捌く。ひと振りで巨岩を真っ二つにする手刀――ゼアス・チョップだ。

 

 両手の爪を、同時に弾き上げた。ヒカルは拳を固める。正確に急所を狙うパンチ――ウルトラハイパーパンチを打ち込んだ。ゴドレイ星人のみぞおちに命中する。

 またダメージを与え、ゴドレイ星人は後退した。

 

(この力は……)

 

 つい先日まで、僕は戦ったことなんてない、それでもウルトラマンの力でそれなりに戦えていた。

 でも、今は違う。

 技が"解る"。卓越(たくえつ)した技が何度もその動きをしてきたように、使える。

 まるで歴戦の戦士が憑依しているようだ。

 

(これは僕自身の力じゃない)

 この力は。

 

(ウルトラマンゼアス)

 

 未だに意思疎通のできない、ウルトラマンゼアスが積み上げてきた力だ。

 ウルトラマンゼアスの格闘術が、完全に使えるようになっている。

 

 心の光、その力によって奥深くにまで眠っているゼアスの意識から、戦い方のみを完全に引き出したのだ。

 

 これは他人の力だ。

(それでも、今は僕の力になってくれる心強い力だ)

 今は、どんな手を使ってでも勝たなければならないんだ。

 

(力を貸してくれ、ゼアス!)

 

 諦めない心を強くする度に、ひよこの信頼と祈りを感じる度に、光が強くなっていく。

 

 ゴドレイ星人が赤い閃光を発し、ヒカルは顔を背ける。

 まともに閃光を見ていないから失明はしなかったが、今、ゴドレイ星人の姿を視認できていない。けれど。

 

 そのままの状態でヒカルは足技を繰り出す。ストレートキックやハイキック、ローキック、ローリングソバット、果てはカポエラまで駆使し、連撃を浴びせた。

 

 ゼアスの連続キック――ゼアス・マシンガンキックを先日の戦いでヒカルが使った時よりも何倍もの力量で行使した。

 

 ヒカルは気配だけで、ゴドレイ星人の居場所を特定し攻撃を命中させたのだ。

 

 手数も速さもパワーも感覚も、すべてが上がっている。

 

 

 ――ウルトラマンは何で強くなるか。

 

 

 端的に言えば光で強くなる。

 無敵でも最強でもない光の戦士は、光で無敵にも最強にもなる。

 ウルトラマンにとっての光は、通常で語られる物理的なものとも精神的なものとも概念的なものとも違う。

 ウルトラマンは光で強くなる。それはウルトラマンにとって基本であり、そして最もウルトラマンが強くなる方法だ。

 いつでもそれが使えるわけではないし、簡単にその力が引き出せるならウルトラマンは最初から負けはしないし、最初から思いが足りないなんてこともないだろう。

 

 それでも、ウルトラマンは光で奇跡を起こしてしまうことがある。

 それが、今だ。

 

 

 カラータイマーの点滅が加速する。

 時間は迫っていた。ゼアスでいられる時間はあと三十秒もない。

 

 

 ヒカルは延髄蹴りをゴドレイ星人へ命中させ地面に叩き伏せさせたのち、バク転を数回して距離を取った。

 

 彼は回転しだす。

 ヒカルは回転する。

 

 それは高速に。

 さらに光速に。

 そして最後に神速へ。

 

 高速スピンしながら敵に突進する技――スーパーゼアスキック。

 ゼアスが原作で編み出し、ベンゼン星人を宇宙の彼方までぶっ飛ばした技だ。

 

 神速でスピンしながら前へ進み、ヒカルは突っ込む。

 紫色の破壊光線が連射される。

 されど全ては神速回転するゼアスに弾き飛ばされていく。

 破壊光線は空の彼方へ消失していった。 

 そしてゴドレイ星人へ肉薄。そのまま突っ込んだ。

 咄嗟にゴドレイ星人は爪をクロスし楯にする。

 

 しかし堅い爪すらなんのその、ヒカルの神速から放たれた強烈な蹴りは、ゴドレイ星人をぶっ飛ばした。

 防御されたから宇宙の彼方ほどではないが、空の彼方へぶっ飛ばす。

 

 まだゴドレイ星人は、生きている。

 空に飛ばされながらも、生きている。

 

 ヒカルはポーズを取りながら、エネルギーを溜めた。

 

 そうして、腕をスペシウム光線の反転の十字に組み、赤い光線が左手から放たれてレーザーサイトのごとく敵を捕捉した。

 遠くのゴドレイ星人への命中率が、これで100%になる。

 赤いレーザーサイトに沿って、青色の光線――スペシュッシュラ光線を撃った。

 

 青い光線はゴドレイ星人に命中し爆発を起こす。

 

 しかし、爪を楯にしたゴドレイ星人は無傷だった。

 爪は爆散し、もうゴドレイ星人を護るものはないが、奴は動ける。

 

 ゴドレイ星人は落ちながら破壊光線を溜め出した。

 

 ヒカルはカラータイマーの点滅がさらに加速して膝を突く。

 ピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコン。

 活動時間、あと数秒。

 

 ヒカルは立ち上がれない。

 もう力は使い果たした。

 

 あとは変身が解除され、人間体に戻ったボロボロのヒカルが倒れる。それで終わり。

 

 紫色のエネルギーが溜め終わる、ゴドレイ星人が放てる最強威力の破壊光線が撃たれた。

 

 命中したら、一撃でお陀仏だ。

 しかしヒカルには指一本動かせる力も残っていない。

 

 

「勝ってください、ゼアス!!」

 

(ひよこちゃんの声が聞こえる)

 

 ヒカルは、ウルトラマンゼアスは、今の状態で動けるはずがない。

 

 されど、ウルトラマンは、立ち上がる。

 

 気合い。

 

 ヒカルは、ウルトラマン特有の気合で思いもよらない強さを見せるときがある現象を起こしたのだ。

 

(負けられない……。負けられないんだ!)

(ひよこちゃん、見ててくれ)

 

 今はいまいち弱いけど、勇気だったら、きっとあるはずだから。

 

 ヒカルは破壊光線が命中するまでの一秒にも満たない時間の中で、ポーズを取り、無いはずのエネルギーを絞り出して溜める。

 

 そして、十字に腕を組んだ。

 

 

『――受けてみろ』

 

『スペシュッシュラ光線!!』

 

 

 二度目のスペシュッシュラ光線が、放たれた。

 

 紫色の極大破壊光線と激突する。

 

 光線同士は拮抗した。

 

 ヒカルは押される。

 

 紫色が青色を押し込んでいく。

 

 彼はここまで来ても負けそうだ。 

 

 しかし。

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』

 

 ヒカルは、ありったけの思いの光を溢れ出させた。

 諦めない。守りたい。絶対に守りたい。

 最後は自分の思いの光をエネルギーに変えて、ヒカルは光線の威力に乗せた。

 

 紫色を押し返していく。

 

 物凄い勢いで押し返していく。

 

 そうして遂に、ゴドレイ星人にスペシュッシュラ光線が直撃した。

 

 ゴドレイ星人は爆散する。

 

 ゴドレイ星人は消滅した。

 

 ヒカルは、勝利したのだ。

 

(ゼアス、他のウルトラマンの方が良かったなんて思ってごめんね)

 ヒカルは、むしろゼアスで良かったとすら思えた。

(力を貸してくれて、ありがとう)

 

 

 ひよこは学校の屋上で手すりに乗り出しながら、ゼアスを見ていた。

 

「ゼアス……めちゃくちゃかっこいいです」

 

 キラキラとした瞳で、少女はウルトラマンを見上げていた。

 

 

 

 

 翌日の昼休み。

 

 ヒカルは、いつものようにと言えるほど時間を過ごしたわけではないが、いつものようにひよこと二人で屋上にいた。

 

 ヒカルはチョコレートパンをもしゃもしゃと食べながら空を見上げる。

 

 空は青く、いつも通りで。街にも人の営みが続いていて、いつも通りで。

 平和が守られたのだと、ヒカルは実感する。

 

 青色。この空の色は希望の色だ。今日も誰もが見上げられる色。この空の下で人が、今もいつも通りに生きているという、希望の空だ。

 

「ウルトラマンは勝ちましたよ」

 ひよこはドヤ顔でそう言って、弁当の卵焼きを口に押し込んだ。

「うん。そうだね」

 

(僕は勝てた)

(自分だけの力ではないけれど、勝てたんだ)

(君がいたから。君が信じてくれたから)

 

「その、髪飾り」

「?」

 ヒカルはもぐもぐとやっているひよこちゃんの金髪で存在を主張する髪飾りを指差す。

「かなり大切にしているんだね」

 

 ヒカルはひよこが髪飾りを握り締めて自分を見ていてくれたことを知っている。

 その光景は強く印象に残っていた。

 

「おばあちゃんから貰ったんです。大切な宝物です」

 ひよこは玉子焼きをごっくんしてから、優しく微笑んで言った。

 

「そうか」

「そうなんです」

 

 ヒカルはチョコレートパンを再び口にし始める。ひよこはハンバーグを小さな口に押し込む。

 穏やかな、ひとときだった。

 

 

 ヒカルは勇気を得た。怖さも弱さも未だに抜けないけれど、まったくそこは、変われはしなかったけれど。

 それでも、立ち上がれる勇気を、ヒカルは得た。

 

 

 彼は少しだけ、強くなったのだ。

 彼は少しだけ、ヒーローになったのだ。

 

 

 ひよこはウルトラマンへの信頼を深めた。

 現実に現れたウルトラマンを見て、自分が信じ、自分を救ってくれた大好きなウルトラマンと何ら変わらない希望のヒーローだと知ったからだ。

 

(やっぱりウルトラマンは最高にかっこいいです)

 

 ふにゃりと、ひよこは笑顔を満面のウキウキ笑顔にしながら、食べ終わった弁当箱に蓋をした。

 

 

 

 

 

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