学校を終えた放課後。
ヒカルは二日ぶりに優日のいる病院に来ていた。
いつものように、優日が上半身を起こす白いベッドの傍らにパイプ椅子を置き、ヒカルは座る。
長い赤髪に赤い瞳、細身で背も胸も小さい病衣を着た女の子が優日だ。
「二日も来れなくてごめん」
「異常事態だったもん、仕方ないよ」
「異常事態だからこそだよ」
ヒカルは二日前に、ゴドレイ星人と初めて戦い、そして負けた。
その日は家の自室で大怪我を癒すために寝込んでいたのだ。
次の日はゴドレイ星人とのリベンジマッチで、限界以上の力を出し尽くしたヒカルはまた同じように自室でぶっ倒れて熟睡していた。
二日目の眠りは、比較的心地いいものだったけれど。
そういうわけで、ヒカルは二日間優日の元に来れなかった。
これまで毎日欠かさずに来ていた分、ヒカルは寂しい思いをさせてしまったのではないかと申し訳なくなっている。
(お兄ちゃん生きてた……っ! よかった~……)
優日は仕方ないと言ったが。本当はとても寂しかったし、兄の姿を見て心底安心していた。
優日は兄がいつも頼りないから、いつも強がるのだ。
電話で事前に無事は知らせ合ってはいたが、電話と実際に会うのとでは全然違うと優日もヒカルも思う。
「お兄ちゃん本当に大丈夫だった?」
「大丈夫だったよ。ほら、ぴんぴんしてるでしょ?」
ヒカルは腕をブンブン振るって元気をアピールした。
まだ完全に癒えてない傷に響いてかなり痛みが奔ったが、なんとか声と顔に出さないように踏ん張った。
(とりあえず、身体は大丈夫そうかな?)
優日は少し怪訝に思ったが、身体をそれだけ動かせているから問題ないのだろうと判断する。
「ウルトラマン、すごかったね。ここからも見えてたよ」
「あ、うん。見てたんだ」
「お兄ちゃんが好きになるのも分かる気がしたよ」
「そう」
「なんか反応薄いね。お兄ちゃんウルトラマン大好きじゃん」
「確かに大好きだけど、色々大惨事だし素直には喜べないよ」
それは本音ではあったけれど、最たる理由はそのウルトラマンが自分だからである。
「そっか。そうだよね」
のんびりした時間が過ぎる。
無言の時間も、長年過ごした兄妹なら苦痛にもならない。
むしろ安心感すら覚える空間だった。
「…………」
そんな中、優日はヒカルの表情と雰囲気がいつもより暗いことに気がついた。
「お兄ちゃん、無理してない?」
「え?」
「元気出して」
優日は優しく微笑んで言った。そんな顔見たの、ヒカルは久しぶりだ。
(お兄ちゃんはいつも情けなくて心配だけど、今日は、しっかりしてよね、なんて言えないほどいつもと違う気がする)
無理をしてそうというか、辛そう。けれど、どこか悟ったようでもあって。
「今日はいつもより優しいね」
「む、茶化さないで。辛いときくらい人に頼るのっ」
優日は頬をぷくっと膨らませる。
「うん」
それでも、彼はそれ以上何も言わない。
ヒカルはちょっと吹っ切れていたから。自分一人でも戦って勝とうと。
だからといって、辛さも恐怖心もなくなってはいない。
その暗い心を優日にさとられたのだ。
頑張ることは決めたけど、それでも辛い。朝起きると、ああーいやだー、と憂鬱になる。
まるでいやでも仕事に行かなければならない忙しい社会人のように。
ヒカルは確かに心の光を携えゴドレイ星人に勝利した。
少し強くもなったし、あの瞬間彼はヒーローだった。
それでも、なにもかも心が上向きに旨くいくわけではないのだ。
「お兄ちゃん、わかってるの?」
何も言わないヒカルを見て、優日は不安に思う。
「わかってるよ。本当に嫌になったら言うから」
その言葉は半ば本気だった。
本当に嫌になったら、縋って泣いて全部吐露して、何もしないで逃げたい。
彼は弱いから、いざとなったら逃げ込める道を用意しておきたかったのだ。
もちろん逃げ込んだ先は全滅という地獄だが。
それでも、意識の問題なんだ。
ヒカルは、逃げる道もあるという僅かな安心感を得たかった。
たとえそれが、吹けば飛ぶような安心だったとしても。
※
次の日の朝、ヒカルは登校するために通学路を歩いていた。
ヒカルは街の光景を眺めながら歩く。
ゴドレイ星人が壊した建物の瓦礫が目に入る。作業員が重機で瓦礫を撤去する音が辺りに響いていた。
復興するために、人は頑張っている。そんな実感を重機の音に覚えた。
歩いている人が、前までより心なしか少ないような気がする。
それが錯覚なのかは、ヒカルはわからない。
それでも虐殺が為されたのは確かだ。
学校に着いた。昇降口で上靴に履き替え、廊下を歩き、階段を二階分ほど登り、また廊下を歩いて教室に入った。
ここまで歩いて、やはり学校でも人が減っているような気がする。
明確に数を数えていてそうだとわかるわけじゃない。そもそもこの町にどれだけの人が住んでいるのかも知らない。それでも、ヒカルはそんな雰囲気を感じ取っていた。
人が死んでいる。人が減っている。
一昨日学校に来ていなかった学校の生徒や教師が確実に減っていた。
それはサボりだったり、病欠だったり、外せない用事だったり、そんな理由でいなかった者達の何人かが、ゴドレイ星人が初襲来した日に殺戮に巻き込まれ死んでしまっていたのだ。
まだ異星人襲来から日が浅いので、生徒たちに亡くなってしまった生徒や教師の情報は伝わり切っていないが。
そもそもまだ瓦礫の下に死体がある者や、破壊光線に肉片一片も残らず消滅させられてしまった者もいた。それらの人達はまだ生死不明扱いだ。
ヒカルはそれを、雰囲気だけで感じ取っている。
ウルトラマンの超感覚が故に為せたことであった。
「こんなに寂しい街だっけ……」
こんなに寂しい学校だったっけ。
ヒカルはポツリと、そう呟いた。
※
「遊びましょう!」
「え?」
昼下がりの屋上、ひよこちゃんはそう言った。
「こんな時に何言ってるの?」
「こんな時だからこそですよ」
ひよこは食べ終わった弁当の包みを片付けながら続ける。
「ずっと緊張して怖い顔するだけで旨くいけばいいですけど、そうはならないです。もちろん緊張を無くしてはいけないですけど」
「それは、確かに、そうかもしれない……」
ヒカルは納得する。朝から暗い気分ばかりでうんざりしていたところだ。
「だから楽しみましょう」
ひよこはパン、と手を合わせる。
「こんなときだからこそ、遊んでいつも通りの日常を過ごして、暗い気持ちに沈んでいかないようにしましょう」
「そうか。そうだよね」
「というわけなので、遊びましょう」
「うん、遊ぼう!」
ヒカルは比較的乗せられやすい傾向にある。初対面の時も乗せられてウルトラマンごっこをしていた。
ひよこは悪いことを言っているわけではないが。
なのでヒカルはひよこのことを素直に尊敬した。
「ひよこちゃんは凄いね」
「そんなことはありません。すごいのはウルトラマンです。ゼアスです」
僕は凄くない。
ヒカルは思ったが黙っていた。楽しそうにしているところ、わざわざ水を差す意味はない。
「それでは何をしましょうか」
ひよこは人差指を顎に当てて、なんの遊びをしたら楽しいか考える。
ひよこはみんなを笑顔にしたかった。
みんなの心に光を灯したい。
ひよこは、すべての人間に、心の底から幸せになってほしいと思っていた。
すべての悲しみが消えたらいいのにと、思っている。
悪人にすら、悪しき心と罪が無くなって幸せになるのが望ましいとすら考える。
自分を救ってくれたウルトラマンのように、誰もに優しくしたい。誰もを救いたい。
少なくとも、そう生きたい。
それがひよこのアイデンティティだ。
――その日はひよこがどこからか集めてきた人たちと野球とかして遊んだ。
「そろそろ、僕は帰るね」
もう空は橙色に染まっている。夕方だ。
「まだ遊べませんか……?」
「妹が待ってるから、そんなに長くいられないんだ」
「妹さんがいるんですか?」
「うん」
優日が今も病院で一人で居るかと思うと、ヒカルはいつも心がざわつく。
ヒカルはいつもできる限り早く帰って優日の病院に行っていた。
けれど今日は結構遊んでしまった。
嫌ではないし楽しかった、でもヒカルは妹のお見舞いを休むつもりはない。
「なら、私も行きます」
「え」
「いいですか?」
「別にいいけど」
優日も、多分喜ぶはずだ。とヒカルは思ったので了承した。
あわよくば優日の友達になってくれたら嬉しい。
優日は学校に行っていないから、友達がいないんだ。
「それでは行きましょうっ」
二人は病院へ向かった。
優日のいる病室にヒカルがひよこを連れて入ると、優日は目を丸くする。
「お兄ちゃんが……彼女連れてきた!?」
「違うよ」
ヒカルは少し照れたが表面上には出さないように努力した。
「スペシウム光線の友ですよ」
「あ、それまだ続いてたんだ……」
ひよこは腕を十字に組んでスペシウム光線のポーズを取った。
「……お兄ちゃんのお友達?」
「そうです」
「お兄ちゃんにこんなに可愛い友達がいたなんて……」
「それはどういうことかな」
「どうも、いらっしゃいませ」
優日は緊張して奇妙な挨拶をしてしまった。
「お邪魔します」
そんな優日にひよこは優しく微笑んで応える。
その間に、ヒカルはひよこと合わせて二人分のパイプ椅子を用意した。
ヒカルはベッドの横にひよこと並んで座る。
「ご趣味はなんですか」
(優日、それはお見合いだよ)
優日はあまり他人と話したことがなかったので、極度の人見知りなのだ。
どう距離を測ればいいのか、どう話せばいいのかもよくわかっていない。
「ウルトラマンが好きですっ」
ひよこは笑顔でダブルピースをした。
「確かにお兄ちゃんと気が合いそうだね」
「そうかな」
「うん……」
(頼りないお兄ちゃんは、こういう人に支えて貰ったらうまくやっていけそう……)
あたしも支えたいけど、無理だしね。優日はその思いを自分の奥底に無理矢理沈めた。
二人はしばらくヒカルそっちのけで話した。彼も二人が仲良くなったらいいなと思っていたのでたまに言葉を挟む程度で静観する。
いくらか時間が経ち、一息つく。
優日は、ひよこに優しそうな印象を抱いた。一緒にいて落ち着きそうな、色々許してくれそうな人だと思う。そう、かなりの母性を感じていたのだ。
ひよこは、優日にかわいい女の子という印象を抱いた。守ってあげたくなるような、可愛らしい女の子だと思う。是非とも友達になりたいと考えていた。
なにはともあれ、お互い仲良くなれそうだと思ったし、お互い仲良くなりたいと考えていた。
「お兄ちゃんは、学校で大丈夫ですか?」
優日はいつもヒカルを心配している。ヒカルもいつも優日を心配している。兄妹は心配し合っていた。
「多分大丈夫ですよ」
「多分なのか……」
ヒカルは、ゼアスではなく自分がひよこにどう思われているのか気になった。
(優日と同じで頼りないと思われてるのかな)
「ひよこさん、お兄ちゃんを頼みます」
「頼まれました」
「なんで!?」
(やっぱり頼りないと思われてるのかな)
(弱い所しか見せてないし、当然か)
もっとしっかりしたいヒカルであったが、なかなか難しい。恐怖などの感情は、我慢したところで湧き出てくるものだから。
「ひよこさん、一緒にゲームしよー」
「はいっ」
なにはともあれ、優日とひよこが出会い、仲良くなった。
それはとてもいいことだとヒカルは思う。
辛いことも多く、怪獣が来てしまうような今の世界でも、とてもいいことは起こるのだと。
心の底から暖かくなるほど、ヒカルは嬉しかった。
(今度、優日も一緒に遊べたらいいな)
今日野球したみたいに、皆でギャーギャー騒いで、楽しく明るい光の未来。
そんな光景を、ヒカルは夢想した。
※
次の日。
眩しい朝日を浴びながら、ヒカルは通学路を歩いていた。
爽やかな朝である。
ヒカルはなかなか悪くない気分だった。
昨日、良いことが多くあったからだ。
皆で騒いで、優日に友達ができた。
ヒカルは楽しくて、気が緩んでいる。
だから、隙を突かれるのだ。
突然、それは現れた。
タカラガイの殻に似た背中が印象的な、両腕の
蜃気楼怪獣ファルドンが出現した。
ゴドレイ星人のように空から降って来るのではなく、突然街に現れたんだ。
ヒカルはファルドンを恐怖と
「ああ……楽しく過ごしていても、敵は来るんだな」
彼は浮かれた気分から現実に引き戻される。
「当然だよね……」
ゴドレイ星人が来た時点で、次の怪獣が来ないなどとは思っていなかった。
多くのウルトラシリーズが、怪獣一体の襲来程度で終わることがないからだ。
いつ終わるとも知れない戦いに巻き込まれた現実を、ヒカルは再認識する。
――戦いたくないな。でも、戦わないとな
それが最近のヒカルを象徴する言葉だった。
白い電動歯ブラシ型の神器、ピカリブラッシャーを懐から取り出す。
スイッチを入れ、震動するブラシを歯に当てる。
そして、掲げた。
「ゼアーーーーーーース!」
ブラッシャーから発生した光のエネルギーがヒカルを包み込み、光の巨人へと変えていく。
人からウルトラマンへ。明橋ヒカルからウルトラマンゼアスへ。
赤き巨人が、降り立った。
ファルドンを前にし、構える。
ファルドンはウルトラマンティガに出てくる怪獣だ。
ヒカルは、ウルトラマンティガを見たことがある。
だからファルドンのことは知っていた。
奴の能力は――
瞬きの合間に、ファルドンが三体になっていた。
――幻覚能力だ。
自分の分身たる幻覚を作り出す能力である。
ヒカルは高速で飛翔し、ファルドンに跳び蹴りを浴びせた。
しかし、蹴撃はファルドンを擦り抜ける。
ヒカルは構わず勢いを殺さないまま飛び続け、また別のファルドンに飛び蹴りをした。
これも擦り抜ける。
そして最後に残った三体目にも向かい、跳び蹴りを放った。
擦り抜ける。
そう、どれもが擦り抜けるのだ。
つまり、奴の幻影はすべてが幻影、蜃気楼なのである。
ファルドンが鼻のような角部分から青色破壊光線を放つ。
飛翔していたヒカルに命中し、彼は落とされた。
地面に体を打ちつけ倒れる。
だが、このようにファルドンの攻撃は当たる。
なぜか。
奴は蜃気楼であると同時に、存在しているからだ。
詰まるところを簡単に言えば、"ファルドンは蜃気楼の自身を創り出し、その内一体が本体になる"。
ここで一番厄介なのが、その本体を別の蜃気楼へと好きに入れ替えられるということだ。
それも、一瞬で。
疑似的な瞬間移動のようなものだ。
この疑似瞬間移動には、原作のティガも苦戦させられた。
ティガ・スカイタイプの最速スピード戦法「スカイ・サンダーダッシュ」ですらファルドンの本体入れ替えに間に合わなかったほどだ。
つまりゼアスのスピード程度では絶対に間に合わない。最初に最速の飛び蹴りを繰り出して命中しなかったのがそれを証明している。
されど、ヒカルだって何も考えていないわけではない。先手必勝とばかりの高速の飛び蹴りは失敗したが、まだ打つ手はある。
ヒカルは空に舞い、空中で滞空した。
ファルドンは疑似的な瞬間移動ができるとはいえ、飛べはしない。つまり空中にいきなり現れるということはない。
しかし、こちらからも光線技しか行えない。しかも下にスペシュッシュラ光線を打てば街を無闇に破壊することになる。ヒカルからも手が出せないのでは意味がなかった。
(それでも、少しは落ち着く時間が取れる)
ヒカルは次にどう攻めるか考えた。
ファルドンの角から青色破壊光線が放たれる。
奴は空中を移動することはできないが、破壊光線は撃てる。落ち着く時間さえそれで削られた。
それでもヒカルは避けながら考える。
しかしヒカルはそこまで頭がいい訳ではない。
結局なんとか攻撃を当てるしかない。そんな結論しか出なかった。いい手が思いつかない。
(原作なら、
この世界には地球防衛隊的組織は存在しない。
(だから助けは期待できない)
ファルドンが背中の貝殻から閃光を放つ。
ヒカルはファルドンが目潰しを使えることを知っていたから、何とか光を見ないで対処できた。
閃光の後放たれた青色破壊光線も避けて、食らわなかった。
(とにかくこちらも攻撃しなければ、勝てる可能性すら生まれない)
ヒカルはできる限りの高速で、空を飛び回りながらヒット&アウェイを繰り替えす。ヒットはしていないが。
ファルドンへ攻撃をし続けた。
我武者羅なその攻撃は、当たらない。
ジリ貧だ。
状況は膠着状態になってしまっている。
――いや、ファルドンの方が動きに慣れてきた、
ヒカルが蹴りを振り終わった直ぐ後に、ファルドンは閃光を放つ。
幾らファルドンが閃光を使うことを知っていても、攻撃後の強烈な光は隙を生んだ。
青色破壊光線が角から撃たれ。ヒカルの背中に命中した。
また彼は地に落ちる。
ファルドンの蜃気楼三体は、ヒカルを囲むように近づいてきた。
彼が立ち上がった頃には、三体が肉薄していた。
殴られる。
前方のファルドンに殴られる。
ヒカルは殴り返すが当たらず、後ろのファルドンに殴られる。
空に離脱しようとしても、囲まれているので殴られて落とされ飛び立てない。
何度も同じような流れで、ファルドンの鋏に殴られ続けた。
まさに、ボコボコだった
殴られる。
『ぐっ!?』
殴られる。
『がっ!?』
殴られる。
『かはっ!?』
ヒカルの頭の中は痛みと焦燥と恐怖で一杯だった。
カラータイマーが鳴り始める。
赤く点滅する光は、ウルトラマンの命の灯があと僅かであることの報せ。
わけがわからない。奴の場所が
殴られまくって体勢を立て直している内に、位置も、どう対処すればいいのかもわからなくなっている。
痛みで判断も鈍ってくる。端的に言えば混乱していた。混乱している中に攻撃を喰らい続け痛みでさらに混乱と恐怖と焦燥は増す。
勇気を振り絞り気合で何とか拳を振り回すが、攻撃が当たらない。
攻撃を当てられなければ、敵は倒せないのだ。
それは当たり前のこと。その当たり前を追求した敵が、彼を追いつめていた。
ヒカルはファルドンのことを知っていた。
知っていたのに、簡単に窮地に立たされている。
知っているからといって対処できるわけではないのだ。
そしてゼアスの技を百パーセント引き出せていたのは、光に溢れていたあの時限定である。今は違う。
戦いに慣れていないヒカルが蜃気楼の幻覚能力に、蜃気楼の本体入れ替えという瞬間移動と同等の力を前に対抗できるわけがない。
怪獣達は、知っているからといって容易に対処できないほど強大な者達ばかりなのだ。
ヒカルは一人きりじゃ守れない。
けれど彼は、一人だった。
※
ひよこは通学路で、ゼアスを見上げていた。
登校中にゼアスが現れてから、ずっと見守っていた。
ゼアスの戦いを、頼もしくて寂しい背中を、手を祈るように組んで。
「勝ってください……」
ひよこはゼアスを、ウルトラマンをどこまでも信じて見守りたい。
少女は、巨人の寂しい背中が、いつか寂しくなくなることを望んでいた。
ピンチのゼアスが逆転することを信じながら、殴られ続ける巨人を心配していた。
※
優日は病室でニュースを見ていた。
『先程、自衛隊が出発したようです』
ゴドレイ星人が
その
「お兄ちゃん大丈夫かな……」
優日は何事もないことを、兄が無事なことを願う。
彼女は窓の外の、ファルドンがゼアスを殴り続ける光景に視線を向けた。
「ウルトラマン、勝って……お兄ちゃんに危険がないようにして……」
その兄は、今優日の目の前でボロ雑巾のようにされていた。
※
『あ……あ……』
ヒカルは、立てないほどにダメージを受けていた。
全身が痛い。痛くない箇所がない。
ファルドンは鋏でヒカルの首を挟んだ。
凄まじい力で挟まれていく。
ギリギリと首が締められ嫌な音を立てる。
両手で必死に引き剥がそうとするが、ボロボロな体は引き剥がせるほどの力を出してはくれない。ファルドンを蹴りつけても、挟む力を弱めてすらくれない。
ヒカルの首が、今まさに千切られようとしていた。
『ぎ……ぎっ、ぎィ……っ』
ヒカルは自分の首が体と離れようとしている恐怖に狂いそうだ。
首にここまで圧を掛けられた経験などない。
恐ろしくて恐ろしくて、彼の瞳からは無意識に涙が溢れ出る。
されどゼアスの瞳は変わらず夕日色に輝く。涙を流しても誰に知られることもない。
「――撃てっ!!」
戦車の大砲やミサイル、対物ライフルや戦闘機の機関砲が火を噴く音が響き渡った。
それらはファルドンに命中し、ダメージをほとんど与えられていなかったが、気が散ってファルドンは自らを攻撃した者達を見る。
結果、挟む力が緩んだ。
ヒカルは必死に振り解いてファルドンから距離を取った。
そして自分を援護してくれた者達を見る。
自衛隊の隊員たちが、現代兵器を携えて駆けつけてくれていた。空には戦闘機が飛び回っている。
「ウルトラマン、加勢に来たぞ!」
そう言った自衛隊の部隊長、イサオは闘志に燃えていた。
祖国の為、家族の為、人を、この国を害する怪獣を倒す気概に満ちていた。
ここにいる自衛隊員は、たとえ力が無くても、戦うことを決めた勇気ある人たちだ。
その瞳に迷いはない。国からの命令であっても、自分の意思で皆がここに居た。
「人間を舐めるなよ!」
イサオ達自衛隊員は火砲を発射する。
攻撃はファルドンの蜃気楼には当たらない。当たっても、現状の兵器では豆鉄砲にしかならない。
それでも、気を散らすくらいはできていた。
彼らは、戦っている。
ヒカルは、恐怖ではなく嬉しさで涙が出そうになっていた。
ずっと一人で戦わなくてはならないと思っていた中、人が助けに来てくれて、心がとても暖かくなったのだ。
『ありがとう……』
ヒカルはゼアスの体で会釈をして感謝を伝える。
イサオは力強く口角を上げて親指を立てた。
ヒカルは一人きりじゃ守れないけれど。
ヒカルは一人じゃない。
戦車の大砲が、ファルドンに命中した。
本体が、判ったのだ。
ヒカルはできる限りの速さで光線ポーズを取りエネルギーを溜める。
そして腕を十字に組み、スペシュッシュラ光線を放った。
赤のレーザーサイトに沿って青い光線が飛んでいく。
しかし、ファルドンを擦り抜けて光線は遠くへと消えていった。
ヒカルの攻撃じゃ、間に合わないのだ。
ファルドンを倒した原作のティガは、仲間の決死の特攻のおかげでファルドンの位置を特定できた時点で、ランバルト光弾を抜き打ちし勝利していた。
けれど、ティガ・スカイタイプほどの速さをヒカルは出せない。
カラータイマーの点滅が早まる。
残り時間あと10秒。
まだ、勝てない。仲間の力を借りても、ヒカルはまだ勝てなかった。
「――撃て!」
三体のファルドンへ、自衛隊の部隊が三手に分かれて、火砲を浴びせる。
ファルドンの性質について、自衛隊員の一人に知っている者がいたのだ。
ウルトラマン好きの自衛隊員からファルドンの情報を得て、為された作戦。
三体のファルドンへ間断なく攻撃を浴びせる。威力はなくてもいい。弾の多いマシンガンでいい。
そうして今、出来上がる状況がある。
常時ファルドンに物が当てられて、どの蜃気楼に本体を移したとしてもすぐに判別可能な状態だ。
それを黙って見ているファルドンではない。青色破壊光線が自衛隊に放たれ、閃光は目を焼こうと輝く。
ヒカルはそのすべてを、身を挺して防いだ。
カラータイマーは鳴り続け、彼にはすぐぶっ倒れたいほどの体力しかない。
それでも彼はウルトラマンだから、人を護るのだ。
(自衛隊さんがくれた、この勝機を逃しちゃいけない)
(人が、僅かなチャンスを掴み取ってくれたんだ。ここで決めなければ、ウルトラマンじゃない!)
ヒカルは一杯一杯のなか力を絞り出して、出来る限りの高速でポーズを取りエネルギーを溜める。
そして、腕をスペシウム光線を反転させた十字に組み、撃つ。
『――スペシュッシュラ光線!!』
赤いレーザーサイトに沿って青い光線が一直線に射光される。
光線はファルドンの本体に狙い違わず命中し、蜃気楼怪獣は爆散し、消滅した。
わあああああああ、と歓声が街を包んだ。
自衛隊員達が、ゼアスを見上げて敬礼する。
彼もそれに応えてゆっくりと頷いた。
「あぁ……やっぱりゼアスかっこいいです」
ひよこが頬を赤く染めてキラキラとした瞳でゼアスの背中を見ていた。
「よかった……ウルトラマンすごいなぁ……」
優日は安心のため息を吐き、ウルトラマンの姿に憧れを抱いた。
『ありがとう、みなさん』
『僕は、貴方たちが助けてくれたから勝ったよ』
これが仲間と戦う強さ。これが人間の強さだ。
※
翌日の夕方。
ヒカルとひよこは、また優日の病室に来ていた。
「今回もウルトラマンがなんとかしてくれたね」
「うん、でも、人間も頑張ったから勝てたんだよ」
「人とウルトラマンが力を合わせた時の強さは原作でも折り紙つきですからね」
ひよこは嬉しそうに笑顔で言った。
ヒカルは昨日の戦いで限界まで体を酷使したが、一晩寝たので、なんとか動けている。
昨日はさすがに学校を休んだが、今日は行った。ギリギリ行けた。
三人で談笑する穏やかな時間が続く。
この時間がまた来てくれたのも、昨日勝利することができたからに他ならない。
ヒカルは昨日の戦いを思い起こしていた。
仲間っていいな。助け合いっていいな。彼はそう思って、心を温かくしていた。
――これからも、仲間を助けて、仲間に助けられて、やっていけたらいいな。
「ごほごほっ……」
優日が咳をした。
「……最近咳が多くなってない?」
ヒカルは心配だ。
「そんなことないよ……全然大丈夫っ!」
「本当に?」
「本当だよ!」
優日は元気そうな笑顔で断言する。
ヒカルは、それでも心配だった。
(守らないと)
病気の、大切な妹を守る為。それが昔、最初に戦うと決めた始まりの思いなのだから。
この先何があっても、自分が限界まで頑張って人を護ろう。それで無理でも、今回みたいに助けてくれる仲間がいれば、何が起きても大丈夫だと、ヒカルは思った。
そう、思っていた。