宇宙空間。月の裏側にある四次元空間内。
ベンゼン星人が憎悪と喜悦と破壊への渇望を
「ウルトラマンゼアス、ここまではほんの小手調べにすぎん」
頭部からガス抜きをする。
ベンゼン星人の体はまだ万全ではない。しかし確実に回復してきている。
準備は、着実に進む。
「本当の絶望はここからだ。本当の破壊はここからだ、ウルトラマンゼアス」
ベンゼン星人の陰謀は尽きない。むしろ一切減っていない。ようやく絶望の準備が整ってきたばかりなのだから。
ここからが本気。ここからが、ベンゼンの破壊だ。
ベンゼン星人が四次元干渉能力を活用して呼び出した存在が、隣に並んでいる、
「思う存分、力を発揮するがいい」
「わかっている。お前は黙って見ていろ」
不遜な態度にベンゼン星人は鼻を鳴らしたが、"そいつ"の
※
前の戦いから、数週間経った。
あれ以来、怪獣は襲来していない。
いつものように、ヒカルは放課後、妹の病室に来ていた。
彼は朝から嫌な予感がしている。
いつも通りに過ごす中、ずっと嫌な予感が離れずこびり付いていた。
「ごほごほっごほっ……」
妹の咳すら、いつもより苦しそうに聞こえていた。
「深刻そうな顔してどうしたの?」
優日が心配そうな表情で訊く。
「なんか」
「うん」
「…………」
「なに?」
「嫌な、予感がするんだ」
「どうして?」
「いや、なんとなく、としか」
「お兄ちゃんは情けないんだから。なんとなくで気を落としてたらきりがないよ?」
「そうなんだけど……」
「大きく構えてるくらいが丁度いいんだって」
「そうかな……」
「ごほごほっっ」
優日の咳が酷く耳に響いた。
ヒカルは無意識に優日の手を握る。
「……? お兄ちゃんなんで急に?」
暖かい、と彼は思った。
そして、この暖かい手が無くなってしまうような不安を感じている。
今日はいつにも増して優日のことが心配だった。
「…………」
優日は、変な様子のヒカルの方が心配だった。
その日の深夜のことである。
雨が降っていた。冷たい雨が。冷たい秋の雨だ。
ザーザー、ザーザーと降っていた。
優日は明かりを落とした真っ暗な病室で眠っている。
優日以外誰も居ない部屋だ。
しかしその病室に、何者かの影が現れた。
「不用心だなゼアス。間抜けめ」
優日の首に手が伸ばされ掴まれた。
彼女は今まで感じたこともない感触に驚き目が覚める。
「……!?」
自分の首を掴んでいる者の姿を見てさらに驚愕し、混乱と恐怖に陥った。
「な、なん、なんでっ!」
「フハハハハハハッッ」
邪悪な笑いが暗闇に響く。
ウルトラマンゼアスの大切な人を攫う。それが彼の者のたくらみ。
「あ、あ、あ……お兄ちゃん……っ」
(怖い。怖いよ、お兄ちゃん……)
――僕はそんな時に、暢気に寝ていたんだ。ヒカルは未来でそう思った。
『出て来い。ゼアス!!』
ヒカルは自室のベッドで跳び起きた。
気を抜いていたわけではなかったから即座に意識は覚醒したのだ。
敵か。何が起きたのかと周囲を警戒するがなにも見当たらない。
家の中にいないならと、雨粒が打ちつけられる窓を開けた。
雨が降りかかるのも構わずに、ヒカルは外を見る。
「なっ!?」
ヒカルの大切な妹である優日が、空に浮かぶ半透明の球体空間の中に囚われていた。
優日の赤い髪が、華奢な体が、ウルトラマンゼアスと一体化したヒカルの目には見える。見えてしまう。
「優日!」
彼の嫌な予感は、的中してしまったのだ。
しかし、敵の姿がどこにも見当たらなかった。
『ウルトラマンゼアス、この人間は預かった。出て来い』どこからともなく聞こえてくる声が言う。
「なん、だって……!?」
ヒカルは怒りに震えた。そして同じくらいの恐怖と焦燥に震えた。
優日に手を出された怒り。優日を失うかもしれない恐怖。早く優日を助けなければという焦燥。
手は血が滲むほど強く握られ、歯が欠けそうなほど食いしばられる。
とにかく迷っている暇などないと、彼はピカリブラッシャーを取り出し変身した。
街にゼアスが現れ立つ。
「うる、とらまん……」
優日は、湧いた希望に
『ヘヘヘヘッ来たか。そこで大人しくしていろ。この人間の命が惜しければな』
『どこにいる!? お前こそ出て来い!』
ヒカルは叫ぶが、ウルトラマンのテレパシーを向ける相手が見当たらないので誰にも伝わらなかった。
敵の姿が見えない。姿を見せていない。ここにはいない。
冷たい雨がゼアスの体を流れて行く。
ヒカルは何とか周囲を警戒して構えながらも、心臓が張り裂けそうなほど動悸していた。
(なんで、優日が僕の死んでほしくない人だってわかったんだ!?)
偶然ではないだろう。わざわざ病院にいる優日をピンポイントで狙う理由がない。
敵はゼアスの変身者をヒカルと特定し、そしてヒカルの大切な人間を調べ上げた。
ヒカルが最近感じていた嫌な予感の正体はそれだ。敵が近くにいたことをウルトラマンの感覚で感じ取っていたのである。
(もっと、気をつけておくべきだったのか!?)
例えヒカルが気をつけていたとしても、片時も離れず付きっ切りで優日のそばにいられるわけではない。病院には面会時間がある。まさか病室に泊まれるわけもない。
何をどう思ったところで、結果は変わらなかった。
ひよこも、敵の声が聞こえて目が覚めていた。
窓を開けてゼアスの背中を見ている。
「ゼアス……」
ひよこはゼアスの悲しく寂しそうな背中を、心配げな顔で見ていた。
ヒカルは、優日を助けようと慎重に手を伸ばそうとする。
『動いたら殺すぞ』
彼の動きは止まった。動けない。
『迂闊なことは考えるなよ。オレがこいつを殺すのに一秒もかかりはしない』
事実、敵の意識一つで優日は死ぬだろう。
ヒカルは、どうすることもできない。
『さあ、使者を送ったぞ。存分に楽しめフハハハハハッッ』
音が聞こえた。風を切る音だ。遠くから聞こえて。すぐに近くへ、来た。
目の前に降り立つは怪鳥。
『こいつが、お前を死者へと変える使者だ』
怪鳥バードンが、ヒカルの前に砂を撒き散らしながら現れた。
鋭い
――ウルトラマンを殺した事のある怪獣でもある。
凶悪なる怪鳥は猛毒を持ち、ただそこにいるだけで周囲を汚染させる。バードンの近くに生えていた木が腐り落ちていった。
奴が持つ最大の武器はその猛毒と、ウルトラマンの皮膚をも貫く鋭き嘴――シャークノーズだ。あの嘴に刺されたが最後、ウルトラマンは死んでしまう。
(やばい……)
ウルトラマンにわかのヒカルでもさすがに知っているほど有名な怪獣だ。ウルトラマン殺しは伊達じゃない。
彼の心は押し潰されそうだった。
状況は、最悪だ。
バードンが飛んだ。飛んでいく。逃げ惑う人々の中へ嘴を突っ込んだ。
「ぎゃあああああああああああああ!」
スーツを着た会社員風の男性が嘴に挟まれた。このままでは食われる。バードンは肉食だから。原作、ウルトラマンタロウでも多くの人が食われている。
――助けないと。
ヒカルの生来の性格から、ウルトラマン気質の性格から、その優しさで人を助けようと動き――
『動いたな?』
浮かんでいる優日の近くに火球が出現。
「熱いっ! 熱いよお兄ちゃん!」
優日はジタバタと気が狂いそうなほどの熱さにもがく。
彼の大切な妹は、命の危機に瀕して兄を呼んだ。助けてくれるかもしれないウルトラマンではなく、大切な兄を呼んだ。
『やめろ!』
ゼアスの全方位テレパシーが敵に届く。
『なら動かないことだ』
ヒカルの動きは止まった。火球が消える。
そうして、男性はバードンに喰われた。
『……っ……っ……くっそおっっ!』
ヒカルは拳を無意識に握り締めていた、感覚が無くなるほど強く。
あの人にも人生があった筈だ。スーツを着て会社員風だった。つまりこんな時間まで残業をしていたか、残業後に一服した後か、どちらにしろ頑張って働いて生きていたんだ。家族もいただろう。生きたかったろう。生きたい理由なんて幾らでもあった筈だ。でも、死んだ。喰われた。彼の人生はここで終わりだ。
――全部、僕が助けられなかったせいで。
役立たずのウルトラマン。そんな烙印が彼の頭の中を埋め尽くす。精神が腐敗していく。バードンの毒に精神まで腐敗させる能力はないにもかかわらず。
それでもヒカルは動けない。動いたら大切な妹が殺される。
地獄でしかない状況。
バードンが腕と一体化した翼でビルをはたき砕いた。ビルの中に誰かが居たのなら今ので死んだだろう。
『どうして!?』
無闇に破壊するんだ。
『動くなよ。こいつを殺されたくなかったらな。フハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッ!!』
バードンがまた人を喰った。
優日を守るため動かないでいると他の人が殺され、助けようとすれば優日が殺される。
「どうして戦ってくれないんだよ!」
「ウルトラマンだろ! 守ってくれよ!」
逃げ惑う人々の声がヒカルに届いた。ウルトラマンに届いた悲痛の声は、しかしウルトラマンを動かすに至ってくれない。
(どうする。どうする。どうするっ! どうすれば!?)
恐怖と焦燥、困惑、混乱、ヒカルの頭の中は滅茶苦茶だった。
極限の板挟みの中、ヒカルの心は限界だ。
前回の戦いでは味方の存在がゼアスを強くした。
そして今の戦いでは、味方の存在がゼアスを危機に到らしめている。
ベンゼン星人はウルトラマンゼアスを絶望させたい。その思いを忠実に、敵は遂行していた。
「撃て!」
自衛隊の隊長、イサオの号令で戦車の大砲やミサイルがバードンに向かい飛んでいく。
(あ……自衛隊の人……)
今回も来てくれたのだ。
しかしバードンは凄まじく速い。空中に飛び立ち飛翔するバードンに大砲やミサイルは掠りもしない。
戦闘機の最大速度でも、バードンの飛行速度には遠く及ばない。
自衛隊程度では強力な怪獣相手には歯が立たないのだ。
バードンには弱点がある。嘴の両脇にある毒袋を攻撃されると、内部の毒が逆流してバードンは急速に衰弱し、弱体化してしまうというもの。
自衛隊の中に、そのバードンの弱点を知っている者がいるにも関わらず、バードンの弱点である毒袋を狙っても当たらない。
速度マッハを越える化け物に現代兵器は通用しないのである。
二度同じ町に怪獣が出たことで、自衛隊の戦力が補強されてもいた。それでも当たらない。弾の量が増えても当たらない。
バードンが口から火炎放射――ボルヤニックファイアを吐き出した。自衛隊は業火に焼き尽くされていく。戦闘機が爆散した。
『ああっ……』
ヒカルはなにもできない。動いたら大切な妹が死ぬ。
バードンが翼を何度も強くはためかせた。それによって凄まじい突風が巻き起こる。
自衛隊は突風に吹き散らされ、何十メートルの人体が高く舞い上がり、落下、地面に人が打ちつけられ、赤の花が咲く。
『あああっ……』
ヒカルは目の前の現実を否定するように首を振った。
誰一人この状況を覆せる存在がいない。いるとしたらウルトラマンであるゼアスだけだが、そのゼアスであるヒカルは動けずに
みんなが死んでいく。助けてくれた人たちが死んでいく。助けてくれたのに、助けられない。
そうして、満を持してバードンはヒカルの命に狙いを定めた。怪鳥が羽ばたき、飛ぶ。ヒカルへ向かって、飛んでくる。
彼は対処するか迷った。自分が動くと優日が危ない。でも死にたくない。
その迷った数秒が、命取りになる。
刹那の間にバードンは到達し、ヒカルの胸に嘴を突き立てた。
『ああっ……!?』
ウルトラマンと怪獣の戦闘においてなにもできない数秒というのは死に直結する。一秒ですら、もっといえば0,1秒ですら命とりな相手もいるのだ。
そして普通に正面から最大の警戒をして戦ったとしても、バードンの速度はゼアスよりも速い。バードンの飛行速度はマッハ20。ゼアスの飛行速度はマッハ119,9。僅かだが、確実に負けている。
バードンの猛毒はウルトラマン相手でもたった数秒で回り切ってしまう。
ヒカルは倒れた。
倒れたヒカルに、バードンは何度も嘴を突き刺す。
『がっ……ぐっ……ぎぃっ……あっ!』
彼は滅多刺しにされていた。
ひよこが祈るようゼアスを見ている。辛そうに、彼が滅多刺しにされている光景を見ていた。
優日も絶望を宿した瞳で、死んでいく巨人を見ていた。
「なんて……
『フハハハハッッ! 死ね、ゼアス』
姿を現さない声が嘲笑う。心底愉快そうに光の巨人の死を侮辱する。
(あ、あ、あ……)
命の灯が、消えていく。
人との絆、みんなの力、そんな綺麗なものが強い力になる。そんな話がある。
実際なった。人と協力しヒカルはファルドンを倒した。
されど。それが通用しない敵もいるのだ。悪辣なたくらみと圧倒的な質の前には、あらゆるものが無力へと成り果ててしまう。
勝てなければ、意味がない。
ヒカルは絶望の中、意識を落としていく。ゼアスの夕日色の目から光が消えていく。カラータイマーの光が消えていく。
――絶望を為した者の名は、策謀宇宙人デスレム。
骨と肉が逆転したような外見に
自らが創り出した亜空間に隠れ、一連の策謀を巡らした外道である。
エンペラ星人という暗黒宇宙大皇帝に仕える暗黒四天王の一人で、地位は謀将。昔ウルトラ一族との戦争に参加したことがあり、ウルトラ一族に深い恨みを持っている。
今は、強大な力を得てエンペラ星人に匹敵する格を得たベンゼン星人に呼び出され、エンペラ星人に向けるほどの忠誠心はないが、協力していた。
地位の通り卑劣な謀略を得意とし、そして好み、この地獄を作り出したのだ。
ウルトラマンゼアスは、死んだ。
冷たい雨が、巨人の死体を葬送するように濡らしていた。