ウルトラマンゼアスS   作:ソウブ

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 ヒカルの意識だけが漂っていた。

 ここはヒカルの精神世界。ウルトラマンゼアスの中の世界だ。

 彼は死んだ。ゼアスの肉体は死体となって転がっている。しかし意識だけが此処(ここ)に存在していた。

 まだ、命の残滓(ざんし)は残っている。

 されどここからヒカルはなにもできないし、彼が何をしたところで再び立ち上がれることはない。簡単な事、彼はもう死んでいるからだ。

 今ある意識は、ただの残り火、ただ消えゆくのみの存在。

 

(ちくしょう……ちくしょう……)

(僕はどうすればよかったんだ)

 

 選択を間違えたのか。いやそれはない。付きっきりで優日の傍にいることはできなかった。病院近辺で四六時中警戒したり、優日を病院から抜け出させたりして無理矢理近くにいるにしても、知っていなければそこまでの行動に踏み切れない。そして予知でもしなければ今回の事態を知ることはできない。

 戦いの時も、人質を取られてる状況でどちらも助ける方法はなかった。

 

 肉体はないのに胸が苦しい。悲しさと後悔が押し寄せる。どうすればよかったのかもわからないから、何を後悔すればいいのかもわからない。でも今の結果は受け入れられない。

 

(結局力が足りなかったのが悪いんだ。弱いのが悪いんだ)

(僕は弱い。心も、戦いも)

 

 ヒカルは自分を鑑みる。僕は弱虫だ。僕は泣き虫の駄目人間だと。

 涙が出る器官がないというのに、泣いていた。

 彼は弱いからいつも泣いている。心が泣いていたり、実際に涙を流していたり、最近は実際に涙を流すことが多い。

 いつも泣きながら弱い自分と戦っているのだ。

 

 そんなだから、妹に情けないと思われ、ずっと心配されている。

 

(結局何をしても、こんな結果だったのかな)

 何をどうやったところで結末は変えられなかったのか。

 

(だとしたら、絶望は決定付けられていたのか)

 多くの理不尽な死が自然となった地獄のような世界。

(どうして悲しいことばかり起こる地球(せかい)になったんだ)

 

 この世は地獄だ。ヒカルは絶望しながら堕ちていき、消えゆく定めだった。

 ――弱いやつは、何をやっても駄目なんだ。

 

  

『ヒカル』

 優しげな青年のような声が聞こえた。この精神世界にはヒカル以外いないはずだったのに。

『ヒカル、聞こえてるかい』

 誰かが語り掛けてくるのだ。

 

 

「誰……?」

『ゼアスだよ。君と一体化しているウルトラマンゼアスだ』

「ゼアス……!? 喋れたの!?」

『死にかけで力を回復してたから、今まで話せなかったんだ。今は、少しだけ話せる』

 ゼアスは今まで休眠状態で、ヒカルに力を貸す以外は回復のみに力を割いていたため、話すことすらできなかったのだ。

 死の直前の意識の中だからこそ、意思疎通ができている。

「やっと、話してくれた……」

 ヒカルは何度も呼び掛けたことがあり、その時は応えてくれなくて打ちひしがれた。ようやっと意思疎通が叶ったわけである。

『力が減って意識が弱まっているから、あまり長くは話せないけどね。バードンの毒で、君と同じに今は死の直前だし』

「なんでそんなに落ち着いていられるの? 僕たち死んだんだよ?」

『大丈夫さ。なんとかなる』

「ゼアスそんなに心強かったっけ。僕が見た映画じゃ、とても今みたいな状況で冷静にいられる人には見えなかったけど」

『強くなったからね。この世界にボクたちの記録があるのは驚きだったけど、多分その映画のボクは昔のボクだね』

「僕はゼアスみたいに強くなれないよ……負けたんだ。負けて、誰も守れずに死んだんだ……」

 

『わかるよ、ボクも弱かった』

 ゼアスは優しく言う。

『信じるんだ。仲間を。周りの人たちを』

「なんで、無理だよ、あの状況知ってるでしょ……」

 大切な妹は人質に取られ、人類の中で最も戦える存在な自衛隊は蹂躙され、人々は喰われ、自分は殺された。そんな状況。

『知ってるよ。でも大丈夫。まだ何も終わってないよ』

「なら勝てる方法を教えてよ。みんなを助けられる方法を教えてよ」

 ヒカルは希望があるならと縋り、教えを懇願する。

『それは、教えられないかな』

「どうして」

『教えただけで出来ることじゃないから』

「なんだよ、それ」

 ヒカルは意味がわからなくて、卑屈に失望した。

 

「何にしろ、僕はもう死んだ。終わったんだよ」

『終わってないよ』

「なんで」

『ウルトラマンの死は、人の死とは違い一つの状態にすぎないからだよ』

「どういうことなの?」

『死の状態から、何かがあれば死でない状態になることができるということだよ』

「生き返られる?」

『そういうことかも』

「でも、もし仮にそんなことが可能でも、僕にそんな奇跡起こせるのかな。僕は、そんな奇跡を起こせるほど強くないよ」

 ヒカルは自分を信じられない。守れなかった自分を信じられない。負けて死んでしまった自分を信じられない。だから卑屈になる。

 

『なら、諦めるかい?』

 

「…………」

 それでも。幾ら卑屈になって自分を信じられなくても、今の結果を受け入れられないのは確かだった。諦めきれない気持ちは、確かだった。

『君は諦めたらどうなるかちゃんとわかっている。そしてそれを受け入れられない、そうだろう?』

「……」

 

 ゼアスのいう通り、諦めたらすべて終わり。大切な人や今を頑張って生きている人や頑張っていなくても生きている人が、尊い命が、みんな死んで終わる。

 どんなに弱く、苦しくても、それだけは嫌だとヒカルは否定できた。抗うしかないと、本当はわかっているんだ。

 ただ、心が弱いから、弱音を吐きたくなったら全力で吐き、逃げたくてしょうがない気持ちは常に持っている、それだけなのだ。

 

『今はそれでもいい。ほら、仲間が来たよ』

「え…………?」

 ヒカルは顔を上げ、上を見る。

 

 ヒカルとゼアスだけが存在する意識の世界に、優しい光が降り注いでいた。

 

 

 

 

 ひよこは走っていた。

 彼女はゼアスがバードンに破れたのを見たと同時に、いてもたってもいられず家を飛び出していた。

 ウルトラマンゼアスの死体へと向かって必死に、深夜、冷たい雨が降る中、傘も差さずに走っている。

 

「ゼアス……ゼアス……死んじゃだめです……っ……ウルトラマン……っ)

 

 ひよこはウルトラマンを強く想う。

 ウルトラマンを好きになった切っ掛けが自然と思い起こされた。

 

 

 ――小学一年生の頃のことである。

 ひよこは大人しくて、少々大人しすぎたからか、友達がいなかった。

 両親の愛だけが、彼女のすべてだった。

 それでもひよこは満足だった。両親とも大好きだったし、二人の愛さえあれば他は何もいらないとさえ思っていた。

 

 そんなある日、家族旅行に行くことが決まった。ひよこはとても喜んだ。初めての旅行だったから。どんな楽しいことが起こるんだろうとわくわくして、前日はあまり眠れなかったほどだ。母親も父親もそんなひよこを優しく笑いながら見ていた。

 

 そうして当日、楽しいはずの旅行は地獄へと変わり果てた。

 父親が運転していた三人の乗った車が事故に遭ったからだ。飲酒運転のトラックが、赤信号にもかかわらず突っ込んできたのが原因で。

 両親は即死、ひよこも片眼を失った。

 

 保護者を失ったひよこはその後親戚に引き取られたが、すべてを失った少女は心が死んだ日々を過ごしていた。

 

 何をしても心が動かない。親戚に励まされてもどうにもならなかった。ご飯も味を感じられなかった。

 

 

 ――そんな時だ。

 

 テレビでやっていたウルトラマンを偶然みたのは。

 

(ただ、居間でぼーっとしていたら、目と耳に入ってきただけの映像だったはずなのに、気づいたら夢中になっていたんです)

 

(ウルトラマンが好きな女の子なんて、あまりいないです。男の子が見るものという印象が強いと思います。だけどそんなことは関係なくて、私は夢中になりました)

 

 絶望を打ち倒し、光を、幸せな結果をもたらしてくれるヒーロー。

 私は、それを見て、すごくかっこいいと思ったんです。これ以上ないくらいにかっこいいと。

 世界には絶望しかなかったはずなのに、ウルトラマンは何度も絶望を打ち払っていたのですから。

 そんな、絶望を打ち払える存在が、話の中だけとはいえいてくれることが嬉しかったんです。

 

 ウルトラマンも万能ではなくて、時には負ける時もありました。ありえないほど強大な敵が何度も出てきました。

 それでもウルトラマンは逃げずに何度も立ち向かい、負けても立ち上がって戦い、自分よりも強い相手にいつも勇気を持って立ち向かい、勝利してきました。

 

 辛いときでも自分に決して負けないように、本当の勇気を見せてくれるウルトラマンに、絶望に立ち向かう勇気を教えてもらったんです。

 

 生きる世界に理想を持ち続けられるように、邪悪に決して負けはしないウルトラマン。 彼らは最大の理想存在なんです。こうなったらいいと思うことを為してくれる希望の存在なんです。

 

 ウルトラマンは優しいんです。とても、優しいのです。優しい考えを持っているんです。いつも優しい結末に持って行ってくれて、どんな時でも弱きものを労われるように、与える優しさを見せてくれるんです。

 

 私は、そんなウルトラマンに救われたんです。

 他のなにでもなく、ウルトラマンに救われたのです。

 勇気をもらって、心に光が戻って、それ以来少しずつ人と話せるようになっていきました。今では普通に話せます。

 

 ウルトラマン。

 私のヒーロー。

 絶望と戦う奇跡のヒーロー。

 ――永遠の、私のヒーロー。

 

 

 

 ひよこが走るウルトラマンゼアスへの道は、自衛隊がバードンに蹂躙されていることで邪魔されることはなかった。自衛隊が意図せず時間を稼いでくれたことで、為し得たのである。

 

 ひよこはゼアスの死体へと辿り着いた。少女は倒れたゼアスに寄り添う。

 

 ひよこは、自分に何か出来る気がしていた。自分の中に光があるのを感じていた。 

 だから自分の中の光に導かれるようにここへ来たのだ。けれどそれは自分の意思でもある。

 ゼアスを助けたい一心でこの雨の中走ったのだから。

 

 このゼアスは、ひよこが見た今までのどのウルトラマンとも違う、原作のウルトラマンゼアスとすら違う、そんな寂しい背中をしたゼアスを支えたいという思いが最初に見た時から芽生え、今はとても強くなっている。

 

(ゼアスを助けたい。あの寂しそうな背中に寄り添いたい。一人じゃないんだよって言ってあげたい)

 

 それは、恋にも似た思いだった。

 

 

 ウルトラマンゼアスは死んでいる。それでも少女はゼアスを優しく抱きしめるように手を添えた。

 

「ゼアス、どうか、再び立ち上がってください」

 

 ひよこの祈り、一人の少女の祈り、慈しむ母のような祈り。

 

 そう。

 

 "母"のような祈り。

 

 ひよこは、ウルトラの母と感応できる稀有(けう)な存在だった。

 ウルトラマンへの愛、ウルトラマンが何をしても許すような精神性を持った者というのが感応条件の一つ。そして、ウルトラマンの近くにいてウルトラマンの信頼を得た者という条件がもう一つだ。

 ひよこはどちらも当てはまっている。

 ウルトラの母との感応。それは並大抵の確率で起こることではない。条件が達成できたとしてもそう簡単には起こらない。今まで起こったことなど無いと断言できる、起こるはずがない現象だ。

 

 それでも、ひよこの祈りは、ウルトラの母に届いた。ウルトラマンに恋する少女に力を貸してくれたのだ。

 

 ひよこの全身から暖かな優しい光が溢れ、ウルトラマンゼアスに注がれる。ウルトラの母の力が注ぎこまれていく。

 

 それは希望の光。

 

 ウルトラの母――本名ウルトラウーマンマリーの力は治癒と未来を見通す力、そして。

 

 "死者を蘇らせる力"。

 

 

 

 

 ヒカルとゼアスの精神世界に、光が降り注ぐ。

 彼はひよこがそばにいることを、彼女から光が注がれているのを感じていた。

 暖かで優しい慈愛に溢れる光。ウルトラマンを蘇らせる光。

 

「これは……」

『ウルトラの母だ』

「ひよこちゃんがウルトラの母なの?」

『いいや、ウルトラの母の力を借りているんだ。並大抵のことじゃないよ』

「ひよこちゃん、滅茶苦茶凄い人だったんだ……」

 凄いのは知っていた。彼女の心が強いのは知っていた。けれどここまでとは。ヒカルは驚きと嬉しさと尊敬の念を抱く。

 

「でも、というか、愛が凄まじいね」

 ヒカルは自分に注がれる光に、ひよこの愛という心の光が多く含まれているのを感じていた。

 

『うん、そうだね』

「ウルトラマンが大好きなのは知ってたけど、ここまでの愛があったなんて」

 それはウルトラマンに全てを捧げることに躊躇いのない愛だった。

「ゼアス愛されてるね」

『……いや、これは、ボクにというより……』

「なに?」

『まあいいや。ボクからいうことじゃないよね』

「どういうこと?」

『気にしないで』

 

 光が、精神世界を満たしていき、視界が白く染まっていく。ウルトラマンゼアスの命が取り戻されていく。もうすぐゼアスは、蘇る。

 

『ヒカル、どうする?』

 

 ゼアスは、行けるか、とは訊かなかった。戦え、ではなく、ヒカルがどうしたいか訊いている。

 それはつまり戦うことを他から(うなが)されるのではなく、最初から最後まで自分から戦うと決められるかどうか。

 心の光は、そこから生まれるのだから。

 

「戦うよ。それしかないって、わかってるから」

『そうかい』

「それに、ひよこちゃんにここまでしてもらったんだ。応えなきゃウルトラマンじゃないどころか、僕じゃないよ」

 友達の願いを断れるわけない。ヒカルはそういう人間だ。

 

 ヒカルは諦めきれなかったけれど、死んだら終わりだと思っていたのも本当で、人々を守れなかった無能で駄目なやつだと思ってるのも本当で、自分が奇跡を起こせるほど強い人間だと思えないのも本当だ。

 

 されど、この奇跡は、ウルトラの母が――ひよこが(もたら)したものだ。

 だから、信じられる。だから、頑張ろうと思える。

 大切な友達を信じないなんて考えは、彼にとってはありえない。

 

「頑張ろう。頑張るぞ」

 ヒカルは自分に言い聞かせ、勇気を絞り出す。

 

 光が、ウルトラマンゼアスを、ヒカルを満たした。

 

 

 ――雨降る夜空に、強い光の柱が立ち昇る。

 

 

 光を失った巨人に、光が再び灯される。瞳に夕日色の光が、胸のカラータイマーに青色の光が取り戻された。

 光の柱の中心で、復活したウルトラマンゼアスは、光を溢れさせて立ち上がる――と同時に飛んだ。その速さは瞬間移動に近い。

 

『優日いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!』

 

 刹那の間に、彼は妹の元へ到達した。デスレムが優日に危害を加える暇すら与えない。

 そして、超絶技巧(ちょうぜつぎこう)を為す。

 一時的に亜空間を作り出す技――ウルトラブレンダーと、自分以外のものを瞬間移動させる光を放射する技――ウルトラワープビームの合わせ技。

 ウルトラブレンダーの応用で、デスレムが創り出した優日を捉えている球体状の亜空間に干渉し()じ開け、ウルトラワープビームで優日を病室のベッドへと瞬間移動させたのだ。

 

 ヒカルは止まらず、そのまま同じ合わせ技を行使した。

 デスレムが隠れている亜空間に干渉し、無理矢理入り込む。

『なにい!?』驚愕するデスレムの首を掴み『だらっしゃあああああ!』亜空間から引き摺り出した。

 

 デスレムを夜の街、人気のない場所に投げ飛ばし、ヒカルは着地する。

 

『どうだ!』

『よくやったヒカル!』

 

 ここで、ヒカルはデスレムに対してようやく同じ土俵で戦わせることができるようになったのだ。

 

 今のヒカルの状態は、復活前とは比べ物にならないほどの力を備えている。

 ゼアスがこれまで休眠状態で回復した力が、通常状態のヒカルの力へ上乗せされ、ゼアスのすべての力を使えている上、ひよこの光による力でも強化されている。

 されどウルトラの母の力に、本来強化などというものはない。だからこれは、ウルトラの母と感応したひよこ自信に芽生えた力だ。

 その力は、ウルトラマンの速度と力を強化するというもの。強化の度合いは、その時その時で強化を施された者の心の光の強さによって変わる。

 

 だから先程は、人質の優日に危害を及ぼす時間すら与えないほどに、刹那の間、瞬間移動レベルの速度を出した。ヒカルの優日を助けたいという思いが。必ず助けるという思いが心の光を強くしたのだ。

 

「ゼアス……」

 ひよこがゼアスの光に溢れた背中を見守っている。

 今の赤き巨人は、正しく光の戦士だ。

 ひよこは嬉しさを(たた)えたキラキラとした瞳で、ウルトラマンに憧れる少年のように、そして恋する少女のように見ていた。

 

 

 

 

 

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