ウルトラマンゼアスS   作:ソウブ

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四章 赤黒きが降る町

 ひよこが同じ光の巨人関係者だと知っても、ヒカルは正体を明かさなかった。ひよこを信じていないわけではないが、怖かったのだ。ひよこに縋って全てから逃げてしまいそうで怖かった。自分がゼアスだと知ってもし失望されたらという恐怖もあった。ヒカルは自分を信じられない。

 それにお互いの行動は知っていようがいまいが変わらないだろうとも思った。どちらにしろヒカルは戦うし、ひよこはウルトラマンゼアスを信じる。

 だから、してしまったら戻ること叶わない正体明かしを彼は自分からできないのだ。

 

 閑話休題。

 

「決めました! 私、ウルトラマンゼアスのお嫁さんになります!」

「え!?」

 

 昼下がりの屋上。ひよこがそんなことを(のたま)った。

 ひよこは肩より少し長い金髪を翻し、胸に手を当てながらくるりと回って朗々(ろうろう)と話す。

 

「その人を一生を掛けて支えたいと思ったなら、お嫁さんになるしかないでしょう!」

 眼帯金髪少女は拳を胸の前で握って力説する。ヒカルは気圧(けお)されて昼食に買ったパンの包装を開けることなくもてあそぶ。

「というわけで、花嫁修業をするので手伝ってください」

「え」

「いやですか?」ひよこが首を傾げると太陽に反射した綺麗な金髪がふぁさっと肩に流れる。

「え、いや、かどうかは、どうだろう」ヒカルは友達の頼みならできるだけ聞いてあげたかった。

「いやでないのなら、どうかお願いします。仲のいいお友達の男の子がヒカルさんしかいないのです」

 仲のいいお友達。ヒカルはそう言ってもらえたことが思わず顔がニヤけてしまいそうなほど嬉しかった。

 

「まあ、いいよ」

「本当ですか! ありがとうございます!」

 

 喜んでいるひよこを眺めながら、ヒカルは自分の胸に手を当て頼りになる赤き巨人を想起する。

 

(ゼアスほんと愛されてるなあ……)

 

 ゼアスのお嫁さんになりたいと、ひよこは本当に光の巨人に対していっているつもりだ、彼女はヒカルがゼアスの変身者だと知らない。だからヒカルも、ひよこが想いを向ける相手がまさか自分に対してだなどと思わない。そこまで彼は自意識過剰になれないのだ。

 

「お嫁さん修業って具体的に何をやるの?」

「いいお嫁さんとは、やはり家事がこなせるものだと私は考えました」

「確かに」

「と、いうわけで。お弁当を作ってみましたっ」

「お弁当ならいつも作って来てるよね?」

「そうですけど、誰かの為に作ったことはなかったんですよ」

 

 ひよこが後ろ手から取り出したのは、豪華な重箱。気合いの入った三段重ねである。

「すごい。こんなの漫画とかでしか見たことないよ」

「えへん、です」

 ひよこはどうだとばかりに笑顔でピースする。

 

「これを是非ヒカルさんに食べていただこうかと。ウルトラマンのお嫁さんに足る味かどうかを判断していただきたいです」

「でも僕、自分のパンもう買っちゃったんだけど」

「それは私が食べます」

「あ、はい」

 ヒカルはひよこの有無を言わせぬ様子にすぐ従った。元より食べてみたいと思ってはいたが。

 

 重箱を開けてみると、そこには煌びやかなおかずが並んでいる。

「おいしそう」

 あまりにも美味しそうで、ヒカルは簡単な一言しか出せなかった。

「いただきます」

 彼は一刻も早く食べたくてすぐさま手を合わせる。

「召し上がれ」

 ヒカルはおかずの一つを箸で挟みいただいた。

「おいしい! いいお嫁さんになるよ」

「やったです!」

 ひよこは満面の笑顔で勝ち誇るようにダブルピースを決める。

「いや本当おいしいよ」

 ヒカルはガツガツと食べ進める。今まで食べたものの中で、一番美味いとすら言えた。

 ゼアスが羨ましいな。などとヒカルは思う。

(こんなの毎日食べられたら、幸せだろうな)

 

「お嫁さん♪ お嫁さん♪」

 ひよこはヒカルから受け取ったメロンパンを心躍るままにパクパクと食べる。

 

 ひよこはウルトラマンゼアスの嫁になりたいほどウルトラマンを愛している。

 具体的には、実際に指輪を貰って結婚式を挙げて妻になり家庭を築きたいと本気で思っているほどに、深く深く愛していた。

 

 太陽が燦燦(さんさん)と輝いている。メロンパンをとても嬉しそうに食べるひよこの白磁のような肌を照らして、眩しかった。

 

 

 

 

「かっこいいなあ」

 

 優日は病室でウルトラマンのBDを憧れに煌めいた瞳で見ていた。ベッドの上でノートPCを広げ、ヒカルから借りたBDを観賞していた。

 画面の中でウルトラマンゼアスが大切な人を守るために戦っている。実際に現れたゼアスの方ではなく、映画の方だ。

「こうなれたらな……」

 しかし憧れに煌めいていた瞳は表情と共に曇る。

(でも、無理、なのかな……)

 溜め息を吐いた。

 

 優日はウルトラマンみたいになりたい。だけど、病気がすべてを阻んでしまうのだ。

 これまでも似たようなことを考えたことはあった。優日が何かになりたいと思ったこと、何かをやりたいと思ったことは一度や二度ではない。でもその度に病気がすべての思いを捨てさせてきた。諦めるしかなかった。

 されど、今回の思いは今までよりも一段と強い。いや一段どころではない。なにがなんでも優日はウルトラマンになりたかった。

 

 兄を――ヒカルを助けられるぐらいの強さが欲しかった。自分が助けられるだけではなく、助けたかった。

 

 病室のドアが開く。ヒカルが学校を終えていつものようにやって来た。

「優日、調子はどう?」

「大丈夫だよ」

「なら良かった」

 ヒカルはいつものようにベッドの横に椅子を置いて座る。

 

(あたしには、こうしてお兄ちゃんと話すことしかできない……)

 優日はこれまでに何度もした苦悩を、今もしている。

 

 それでも、諦めきれない少女は考える。

(ウルトラマンみたいなこと、なにかできることないかな)

 

 ふと、優日の視界にヒカルの手が映った。

(できること……)

 優日は兄の手を優しく寄り添うように握る。

「なにかあってもあたしはお兄ちゃんの味方だから」

 優日は力強くを意識してヒカルの目を見ながら言った。

「ありがとう、だけど優日、なにかあった?」

「なにもないけど」

「そうなんだ?」

「うん」

「僕も優日の味方だよ」

「……うん」

 優日は、確かにウルトラマンを目指してヒカルの手を握った。けれど、ウルトラマンのように助けられない自分が辛くて、寂しいから縋りたくて手を握ったのもあった。

 二人の手は暖かい。お互いに心が安らいでいく。

 

 はっとして、優日は手を離す。いつものように強がって振る舞うことを思い出した。

「お兄ちゃんもウルトラマンみたいに強くならないとね。情けなくない強い男になるんだよ」

「うん。わかってる」

 先の戦いで、ヒカルは強くなることを決意したばかりだ。重々承知していた。

 

(病気のまま、終わりたくないな……)

 優日は今までの人生で思ったそれよりも、より強く、そう思った。

 けれど、思うだけでどうにかできるわけでもない現実に、少女は絶望していた。

 

 

 

 

 しばらく何事もなく日々が過ぎた。ヒカルは道場に通って技や体を鍛えたりと、少しでも自分を強くしようと過ごす。

 

 その日、放課後に屋上へ来てほしいとヒカルはひよこに呼び出された。

 

(一体どんな用事なんだろう)

 疑問に思いながら、ヒカルは歩を屋上へと進め、階段を上る。屋上前の階段を上り、少し重めの扉を押し開けた。

 風が吹き抜ける。屋上の中央に、ひよこが静かに立ち尽くしていた。

 

「ヒカルさん、来てくれましたね」

「うん」

「あの、一曲聴いてもらえませんか?」

 

 そう言ってひよこが後ろ手から取り出したのは銀色のフルート。

 

「ゼアスの映画で、トオルちゃんがフルートを吹いていましたよね」

「うん、印象深いシーンだよね」

「私もゼアスを元気づけたくて練習してみたんです。だからゼアスに聴いてもらう前にヒカルさんに聴いてもらって、ゼアスに聴いてもらうに相応しいかどうか判断していただきたいと思って来てもらったのです」

 

 ウルトラマンゼアスの映画で、ヒロインである星見透(ほしみとおる)がゼアスを元気づけようとフルートで曲を奏でたことがある。それと同じことをひよこはしたいのだ。

 

「このフルートも、その為に似ているのを選んだんですよ」

「そう、だったんだ」

 ヒカルは自身の中にゼアスがいることから、試しに聴かせてもらうどころか、間接的に今がゼアスに聴いてもらう本番になってしまうことを申し訳なく思った。

 実際はひよこが聴いてもらいたいゼアスはヒカルが変身したゼアスなので間接的どころではない。

「では、聴いてもらえますか?」

「聴くよ」

 しかし断るのも違うとヒカルは思い、屋上の床に座り聴く姿勢に入った。

 

「では、聴いてください」

 ひよこがフルートに口をつけ、吹き始める。ウルトラマンゼアスの映画で星見透が吹いていた曲と同じ曲だ。

 

 その音色は美しい――とは決して言えないものだった。

 

 原作のように美しい音色ではなく、不格好な音色だった。

 フルートが得意ではないひよこがゼアスの為に練習したばかりだからだ。

 それでもヒカルはその下手な演奏を、とても美しく価値のあるものだと思う。

 ゼアスに聴いてもらって、寂しげな背中に元気をあげたい。そんな想いが詰まっている曲だから、そんな想いを感じたのだ。

 

 少女は瞳を閉じてフルートを奏でる。日に照らされた金髪が煌いて(なび)き、スカートが揺れて眩しく白い肌が見え隠れする。風が穏やかに吹き、ひよことその音色に寄り添うように撫で過ぎて行く。

 

 やがてひよこは演奏を終えると、微笑んで言う。

「まだまだ下手ですけど、原作のトオルちゃんみたいにゼアスを元気づけられたらいいです」

 ヒカルは拍手した。とても良かったという思いを込めて過剰なぐらい拍手した。

「元気づけられてるよ、絶対」

 ヒカルが今元気づけられたのだから、それは絶対だった。

 

「ヒカルさん」

 ひよこはヒカルを見つめて満面の笑みで、

「この先何が来たって、ウルトラマンゼアスなら絶対勝てますよね!」

 そう言うのだ。

 

「…………」

 希望に輝いた少女の笑みを彼は見つめた。

 不安はある。でも。

「勝つよ。きっと」

 ひよこが信じてくれるなら、どこまでだって戦えると、ヒカルは思えた。

 

 

 

 ベンゼン星人が、月の裏側に創った四次元空間内で、言った。

 

「終わらせろ」

 

 

 

 空から、青い球が降って来る。それを学校の屋上から、ヒカルとひよこは見た。

 青い球が、空中で破裂した。

 破裂した青い球から、怪獣が街へ降り立つ。

 

 ゼットーン。ピポポポポポポポポ。その黒い怪獣は、奇妙な鳴き声と電子音のようなものを発した。

 

「あれは……」

「ゼットン、です」

 ひよこが、(おのの)きながら言った。

 

 宇宙恐竜ゼットン。

 

 ウルトラマンをよく知らないものまで知っていることがある有名過ぎる怪獣だ。

(あいつはにわかの僕でも知っている)

 初代ウルトラマンのラスボス。そして最初にウルトラマンを殺した怪獣だ。神話レベルで語られる最強の一角。ウルトラマンを殺す為に創られた怪獣だ。

 

 

 

 

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