まだ夜が明けきってない中、普通の目覚ましの音量より小さめな音がなる。
五秒から十秒位で布団の中から手がでて目覚ましを止める。
枕元に置いてあるスマホで時間を確認し、布団から少し顔を出して外気に慣れようとする。
まだ肌寒い季節で布団から出るのを直感的に嫌がる自分がいる。
しかし思い切り布団を捲し上げベッドからでる。
顔を洗い、歯磨きをしてランニング用のスウェットに着替えエレベーターに乗り込み一階まで降りる途中でも寒さと眠気に襲われる。
寮のエントランスはまだ最低限の灯りが灯されているだけで、昼間では考えられないほどの静けさだ。
エントランスには談話用のベンチや寮母さんの部屋などがあり、常に誰かいる状態なので今は寂しく感じる。
しかし寮母さんの部屋の前から視線を感じる。
視線の先に進んで行くと。真っ白な犬がこちらに向かって走ってくる。
嬉しそうに尻尾を千切れんばかりに振りながら飛び掛かってくる。
その犬と少しの間じゃれあってから犬と外にでる。
「さあ、今日も行くわよ」
その一言は自分に言っているのか、犬に言っているのか分からないが、それを合図として犬と走り出した。
ランニングをする艦娘
叢雲
叢雲は出勤前のランニングを日課としており、毎日走っている。
たまに雨の日はサボっているが。
この寮に真っ白い犬が来てからは一緒になって鎮守府内をランニング兼犬の散歩当番になっている。
いつも走る半分の処まで来たらベンチに座り犬に話しかける。
「あんたも元気ね」
その意味を知ってか知らずか、お座りをしながら尻尾を振り回す。
「あんたが来てからもう二年位になるか。早いもんね。」
真っ白い犬の目を見つめながら、当時の事を思い出す。
~二年前~
提督室
中では提督、叢雲、担当艦による打ち合わせが行われていた。打ち合わせといっても半分位が雑談みたいなもので普段の海域攻略会議みたいな、ものものしい雰囲気ではない。
弱々しいノックの音がする。
扉の近くにいた秘書艦の翔鶴が気付かなければ誰にも聴こえなかった位の音
だ。
そーっとドアが10センチほど開いたら、その隙間から夕立、睦月、皐月の顔が縦に並んでみえる。
「どうかしましたか?」
優しく翔鶴が声をかけると、夕立は何かを後ろ手に持っている感じでもじもじしている。
「打ち合わせ中よ。扉の前にプレート掛かってたでしょ?」
叢雲が夕立たちに問いただすが、回りの担当艦たちがフォローする。
提督が優しく問いかけると、バツが悪そうに後ろ手から一匹の薄汚い子犬を前に出す。
提督と回りの艦娘はビックリしているのと可愛いのと半分位だろうか。
「飼いたいけど駄目っぽい?鎮守府の近くで捨てられてたっぽい。」
そう夕立が言うと目に涙をうかべながら必死に皆を味方につけようとする夕立。
「駄目よ。軍属、ましてや鎮守府内でペットを飼うなんて言語道断よ。あんたからも何か言ってやってよ。」
呆れながら提督に返答を促す叢雲
「うーん」
なんと言葉をかけようか迷っている時に一人の艦娘が
「この子犬には何の罪もありません。鎮守府で飼ってくれないのなら、私が艦娘を辞めてこの子を飼います❗」
その言葉を聴いて叢雲と提督は座っているソファーに倒れ込みながら深く溜め息をついた。
「あんたどうすんのよ?」
「そんなこと言われて駄目とは言えないだろ?」
「ちゃんと横須賀に話を通しておきなさいよ。それとあんたたちもちゃんと面倒みなさいよ❗」
それを聞いた夕立たちは喜びながら提督室から出ていった。
「子犬一匹で艦娘辞めるなんて、余程の犬好きなのね?」
叢雲の問い掛けに何も言わず笑顔で返答する。
その艦娘は子犬を一番可愛がり、ワクチンの摂取やトリミングに自分の給料を使った。
提督や他の艦娘の援助もあり、寮のエントランスでその子犬はすくすく育った。
「あんたも運が良いわね」
その問い掛けに嬉しそうに一回吠える
「さて、出発」
そう言うと再び走り出す一人と一匹
しばらく走って正門の守衛詰所の横にある自販機で水と、コーヒーを買う。
そのコーヒーを持って詰所のドアを開けると一人の自衛官が書類を書いている。
ドアを開ける音と気配に気付きこちらをみると笑顔で話し掛ける。
「叢雲さん、ランニングですか朝早いのに頑張りますね。」
「あんたがちゃんと仕事してるかチェックしにきただけよ。」
と、他愛のない会話をして持っていたコーヒーを渡す。
その自衛官はお礼を言いながら受け取り、プルトップを倒す。
「何か問題はない?」
「何も問題ありません。すこぶる平和で順調です。」
コーヒーを飲みながら笑顔で返答する。
「あら、本当に順調かしら?この間あなたの奥さんと電話したときに、子育て協力してくれない。とか、家の事をあんまりしてくれない。とか愚痴ってたわよ。」
それを聞くなりコーヒーを吹き出しそうになるのを見て笑う叢雲
「あいつ叢雲さんになんてこと言ってんだよ…」
「奥さんを大事にしない輩は私が脳天撃ち抜いてやるから覚悟なさい。」
「勘弁してくださいよ。」
笑いなが談笑する二人だった
ふと思い付いた叢雲が隣にいる犬に相づちをして自衛官の隣に座らせる。
叢雲は息を吸うと
「元帥閣下が御見えだ❗敬礼‼️」
と、叫ぶと。
反射的に敬礼する自衛官の横で、犬も凛々しい顔つきになっていた。
その姿を持っていたスマホで撮影する叢雲。
「ちょっと悪用しないで下さいよー」
「大丈夫よ。後少し頑張ってね。」
そう言い残すと、後ろ姿で手をヒラヒラさせながらまた走っていった。
寮に戻りエントランスで犬と明日のランニングを約束して部屋に戻る。
部屋に入ると朝日が窓から差し込み、新しい日を実感させてくれる。
汗を流そうとお風呂場に近くでスマホを手に取り、先程の写真をメッセージアプリでメッセージ付きで飛ばす。
送信が完了したのを見届けて、出勤の準備に取り掛かるのだった。
鎮守府付近の住宅地
とあるマンションの一室で朝方にも関わらず赤ちゃんが泣いている。新米ママも眠い目を擦りながらあやしている。
あやしながらふと自分のスマホが鳴ったことに気付き目を落とす。
朝方のこんな時間にメッセージなんて、と思いながら見るとそこには、自衛官と横に大きい真っ白な犬が凛々しい顔つきで写っている写真。
メッセージには
「あんたが大切な一人と一匹。頑張って仕事してるわ。この子もこんなに大きくなって最近迷惑だわ。たまには面倒みにきなさい。この自衛官に文句があるなら直ぐに私に言うのよ。寮の全員でボコボコにしてやるから。」
そのメッセージを読んで笑顔になる女性。心なしか赤ちゃんも笑顔になったようだった。