旅路を超えて   作:属物

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序話「箱庭からの旅路」

 「だから外に出ましょう!」

 

 「……そとに?」

 

 「そう、外に行かないと! こんなジオラマじゃ見れないものが沢山あるわ」

 

 「……いかない」

 

 胡乱気に拒否を返した”オサムシ”は、古代の画像ファイルに視線を落とした。中身のない器に言葉を投げかけても、返ってくるのは反響音だけだ。気疲れを覚えた”エティ”は大きく肩を落とした。

 

 ため息が吐けたら吐いているだろう。しかし縫いぐるみの疑体に呼吸なんて高級な機能はない。感情を動作で表現してくれるだけマシな部類だ。

 一方、呼吸する機能がある筈のオサムシには感情表現という機能が見あたらない。茫漠な顔で手元の古くさい物理画像コンテンツをめくっている。

 

 「話を聞いてるの?」

 

 「……きいてる」

 

 思わず叱り飛ばすように問い詰めるが、茫洋なオサムシにはのれんに腕押し糠に釘だ。

 なお、エティはのれんも糠も見たことはない。思考記録入力補助アプリが彼女の気持ちを慣用句にしてるだけだ。そして有能なソフトウェアは彼女の胸中を皮肉な誤用で示してくれた。

 

 曰く『頭痛が痛い』と。

 

 これからこいつに目的地までつれてってもらわないといけない現状は、痛覚のない縫いぐるみに幻痛をもたらしてくれる。主に頭痛で。

 それでも返事を返してくれる彼はまだいい方なのだから、更に頭が痛くなる。なにせ他の疑似人間達は空っぽどころか、底が抜けて向こう側が見える。どんな言葉を投じてもすり抜けて虚ろに散るばかりだ。

 

 「はぁ……背に腹は代えられない、か」

 

 「……せにはらは?」

 

 アプリが脳裏に浮かべたことわざを何の気も無しに口に出すと、能面じみたオサムシが初めて興味らしきものを見せた。疑問を示すように小首を傾げ、手の中の物理画像ファイルを開いて彼女へと突き出す。

 そこに描かれていたのは『背』に庇った少女を守るため、鉛玉の嵐を『胴』体で受け止めんと両手を開く男の姿。

 

 「これで何が言いたいの?」

 

 「……これ」

 

 オサムシは男の姿を繰り返し指し示すがエティにはさっぱり理解できない。音声言語なんて古臭い代物を使っているから、こんなコミュニケーションにする苦労するのだ。

 

 「あのね? 言いたいことがあるなら、ちゃんと言ってちょうだい」

 

 「……いいたいこと」

 

 だからせめて伝える努力をしてくれ。エティの望みも空しくオサムシは指先で画像をポイントするばかり。頭を抱えた彼女は物理画像ファイルと彼の顔を繰り返し見やる。しかし胡乱な顔も古くさい物理画像も変化はない。

 

 オサムシはさておいても、ファイルの方はしょうがないだろう。発色分子を植物繊維の上に塗り付け束ねた、原始時代なみの代物なのだ。動画も表示できないし、音声もない。

 その代わりに小さな枠毎に絵を連ね、枠の合間は自力でシミュレートさせて、一つのシーンを描いている。『マンガ』という旧時代の画像表示形式らしい。

 転化時代(トランスエイジ)以前の産物だというのに器用なことをさせるものだ。無駄な思考を空回りさせながら、エティは残りの演算領域でお互いの言動と画像ファイルを精査する。

 が、繰り返し閲覧し過ぎた為か繊維と色素の劣化が激しいことしか判らない。あとは画像の状況をシミュレートすると〇.二秒後には二人とも死ぬくらいか。

 

 「もしかして……」

 

 不意に空転する思考と、記憶から呼び出した会話が結びついた。

 

 「『背に腹は代えられない』って言葉と、背中の女の子を守るために腹を犠牲にしようとしているこの画像が矛盾しているって言いたいの?」

 

 「……いいたい」

 

 エティの全身から気力が抜け出した。軽い音と共に腰が落ちる。余りに馬鹿馬鹿しい。たったそれだけのためにものすごい大量のエネルギーと計算資源を浪費した気分だ。エネルギーはともかく計算力は間違いなく無駄遣いだ。

 実際、演算流体が無駄に発熱して頭も熱くなっている。短い手足で扇いで冷やすが動作で生じる熱は冷却される熱とほぼ変わらない。

 それを見かねたのか、はたまた何も考えていないのか。無を描いた表情からは何も判らないが、オサムシがマンガで彼女を扇ぎ始めた。

 

 「どうもありがとう」

 

 「……どうも」

 

 お陰で冷却効率が一を上回り徐々に温度が下がっていく。頭も冷えて鈍っていた思考もいくらか鋭さを取り戻してきた。

 

「これでほんとにたどり着けるのかしら……?」

 

 しかし悩みの種は尽きない。目的地にたどり着けなければ、自己の定義情報もIDも、なにより記憶も不明のまま。脆く小さく柔らかな縫いぐるみの体では異常が常態化した外界を行くことはできない。協力者が必要不可欠なのだ。

 なのだが、オサムシはマンガを読むばかりで対応もおざなりだった。協力者になれそうなのは彼しかいないのに。

 

 「ねぇ、どうして外に行きたくないの? 人形遊びで生み出されて、壊れるまで付き合わされて、それで終わりでいいの?」

 

 「……いい」

 

 マンガがありさえすれば。そんな枕詞が聞こえてくるようだ。

 

 「そんなにマンガが好きなら外で探しなさいよ」

 

 「……そとで?」

 

 吐き捨てるような小声にオサムシの声音が変わった。たじろぐほどにまっすぐエティを見つめてくる。

 

 「そ、そうよ。外ならマンガも沢山ある……はず、たぶん」

 

 不確定情報を口にする後ろめたさも伴って思わず視線を泳がす彼女。擬体制御ソフトの設定変更ができないのが恨めしい。

 

 「……そとならマンガ、たくさん」

 

 「確実とは言えないけど、少なくともここよりは多いわよ」

 

 逸らした視線を辺りに巡らせる。二人のいる真新しい無人ビルはひたすらに巨大ながらんどうだった。道路から見える窓周りの僅かな領域にだけ、二一世紀日本の典型的オフィスが切り取られている。

 

 当時を演じる町中が似たようなものだ。路地裏も、天井裏も、裏通りも、人目がつかない場所全てが書き割り未満の手抜き仕事。

 その癖、外壁の劣化に、道路標示の擦り切れと、目に付く場所だけは偏執的に仕上げている。本屋のマンガも、表紙は当時のインクすら再現していながら、中は白紙どころかページを開くこともできない。

 

自分の世界造りに狂ったフリークスが組み上げた1/1のジオラマ。それがここだった。そしてオサムシは箱庭に並べられた人形なのにマンガ好きの人間もどきで、エティはこの都市模型で目覚めた記憶喪失の異邦人な縫いぐるみだ。

 

 「行く気になったの?」

 

 「……いくきになった」

 

 初めて自分の意志を示すように彼は首を縦に振った。

 

 「なら案内してあげるから手を貸して」

 

 「……てを」

 

 エティが差し出した手をオサムシが指先で摘んで上下に降る。

 

 「はい、握手。これで契約成立と言うことで。約束は守ってね」

 

 「……やくそく」

 

 「じゃ、いこうか!」

 

 「……いこう」

 

 肩に乗ったエティが指し示す方へとオサムシは歩き出した

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