旅路を超えて   作:属物

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第一話「森からの旅路」その2

 「ええ、とても興味深いお話でしたが私どもには少々難解にすぎるようですわ。それに講義を中断してしまって、受講生の皆様にもご迷惑をおかけしている様子ですから、講義の終わりまで私たちは外でお待ちしています」

 

 頭を急回転させるエティは適当なお世辞をばらまきつつも言質を取らせないように言外で拒否を示す。曖昧とお愛想を駆使する、かつて存在した日本人のお得意技である。黒い森の管理者と思わしい相手だ。気分を害して森の外に出れる自信はない。

 

 「いやいやいや! 一から講義をし直せばいいだけのこと! それに受講生も皆、新入りに大喜びだ!」

 

 しかしお茶を濁して誤魔化しても相手によっては逆効果。他人の話を都合よく解釈できる御仁は、お茶と胡麻菓子出して自分を歓待してるとしか受け取らない。

 ならば残る手段はただ一つ。

 

 「逃げるわよ!」

 

 「……にげる!」

 

 三十六計逃げるにしかず。エティを肩に乗せたオサムシは即座に踵を返してその場から駆けだそうとした。

 

 「え?」

 

 「……え?」

 

 が、走りだそうとする勢いのままにつんのめる。慣性の法則に従い、オサムシは地面と正面衝突し、エティは放物線を描いて宙を舞った。

 

「ふぎゃ!」

 

 軽く柔らかな縫いぐるみボディは身長の約五倍の高さから落ちても一切の損傷はない。しかし、このままでは落ちた勢いのまま跳ね回って階下に落ちる。十三倍の高さとなればボディはともかく、中身は無事であるまい。だが不幸中の幸いか、エティがゴムまりの勢いで跳ね飛ぶことはなかった。

 

「う、動けない!?」

 

 いや、やはり不幸に違いはない。床に再度接触した瞬間、突如粘性と弾性を帯びた床面がエティと接着された。視界の端でホイホイに捕らえられた害虫じみて、オサムシも立ち上がろうと必死にもがいている。倒れた理由も恐らくこれだ。踏みだそうとした瞬間に足の裏を固着されたのだ。

 

 「さささ! 恥ずかしがらないで!」

 

 ブロイラーじみた白スーツをバサバサと振り、ニワトリ教授は二人を招き入れる。それに合わせて床が波打ち、接着したままの二人を会場へと運び入れた。続いて椅子の背もたれが延びて縫いぐるみと人間擬きを座らせれば、周囲の半人半畜同様の新入り受講生が出来上がりだ。

 

 「では講義を一から再開するとしよう!」

 

 宣言を聞いた畜獣人たちの動きが一層激しくなった。彼らにとって告げられた『振り出しに戻る』は死刑宣告に等しいようだ。二人としても拒絶の理由を体験したくはない。オサムシはへばりついた背中を力一杯引っ張り、エティは接着剤である機能分子を大至急解析する。

 

「さて、転化以前の芸術作品と言えばほとんどが視覚か聴覚に依存していたことは知っているかね?」

 

 「別に知りません! あと退出するので、接着外してください!?」

 

 「ならこの機会に学んでいくといい!」

 

 しかし受講生たちの脱出の努力も、エティの拒否の言葉も、ニワトリ教授は認識すらしていない。

 

「絵画と呼ばれる、能率の悪い映像模写! 音楽という、雑然たる器具類での模倣音声! 転化以前の芸術は大抵がこのような非効率なものでしかなかった!」

 

 無価値と断じた筈の芸術について教授はダブルスタンダードに騙り出す。共通しているのは旧人類を貶めるという一点のみだ。

 

「しかし! 転化(トランス)の第一歩となる頭脳・機械直結技術を得たとき、人類は初めて効率的かつ本質的な芸術に触れた! 脳電場入出力から芸術家の認識を複製し、それを脳内で再現できたのだ! 故に油絵、イラスト、マンガ、歌謡、オペラ、オーケストラ等々、全ての古典は過去の遺物、ただの古いゴミに成り下がった! 否! 人類はそれがゴミだとようやく気づいたのだ!」

 

 「……ごみ?」

 

 今までとさほど変わらない、平板で感情の薄いオサムシの声。なのにそれはエティが初めて聞く声音だった。興味のないぞんざいで平坦な返答でも、伝え方を知らない不器用で一本調子なやりとりでもない。

 

 「そのとおり! 旧人類が量産し続けた、ただのゴミだ!」

 

 「……ただの、ごみ」

 

 その声は煮えたぎるものを押し殺した、嵐の前の凪そのものだ。そして胸の内は押さえを弾き飛ばし、強烈な暴風雨を吹き出した。

 

 「ただの、ごみ……じゃ、ない!」

 

 

 それはエティも始めて見るオサムシの激昂であり、初めて聞くオサムシの怒声だった。

 オサムシは人形遊びのために生み出された人工人型人物だ。それには『自由』なんて言葉以前に『自分』という内面が存在していない。

 だが、オサムシはどこからか紛れ込んだ一冊のマンガを得た。そしてそこから『マンガを楽しむ自分』が、自我と名前が産まれた。

 

 「……ごみじゃない! ごみなんかじゃない!」

 

 『オサムシ』を作り上げた根幹であるマンガという芸術。それを虚仮にされて彼が黙っていられるはずも無かった。オサムシの怒声にニワトリ教授は鶏鳴を張り上げて応える。

 

 「そのとおり! 脳直技術はゴミから全く新しい美を生んだ! つまりはリサイクルだ!」「ちがう!」

 

 「むかしのひとがかいたまんがでぼくがうまれた! ごみじゃない! ぼくをうんだ! ごみなんかじゃない!」

 

 拙い言葉を絞り出し、自己を育んだマンガの価値を示そうとするオサムシ。

 

 「そうだ! 糞便の堆肥が巨木を育てるようにゴミから人が産まれた!」

 

 だが、拒否も悪罵も都合よく吸収する悪食ニワトリ教授の脳内設定は揺るがない。

 

 「そしてまた旧人類から新人類が産まれた! 古くさい無価値は価値を生む礎であり、カビの生えた無意味は意味を産む揺りかごなのだ!」

 

 「ちがう! ちがう! ちがう!」

 

 オサムシの乏しい語彙では矛盾を突くことも間違いを暴くこともできない。今にも泣き出しそうな顔を左右に振って否定を繰り返すばかり。

 

 それに、もしも言葉を駆使して誤認を突きつけても、全てを自分本位に解釈するニワトリ教授は無敵だ。

 

 「確かに違う! この表現では無価値に価値が、無意味に意味ができてしまう!」

 

 受講生も質疑応答も、そもそも講義の形すら自己満足の舞台道具だ。彼は敵すらいない独り善がりを死ぬまで続けるだろう。

 そんな相手を動かす方法は単純明快。

 

 「正しくは転化が無価値に価値をつけ、無意味に意味を与えたのだ! おお! 素晴らしきは新人類「演説中止!」ウボァッ!?」

 

 物理的な暴力だ。腰の入ったブタの右フックでニワトリ教授の放言会は終了。代わりにウシの蹄に踏みつけられて床との逢瀬を楽しむこととなった。

 

 「これでよし、っと」

 

 その隙にオサムシの肩に飛び乗ると、エティは短く太い腕で拘束を解いていく。機能分子のハッキングと拘束からの脱出に成功したエティは教授とオサムシの論戦の合間を縫って受講生を解放していたのだ。

 見つけたバックドアから機能分子の重合を緩めれば、拘束は初めから無かったかのようにあっさりと外れた。

 

 「ちがう、ちがう、ちがう……」

 

 だが、オサムシに突き刺さった言葉の毒針はそう簡単には外れてくれそうにない。幼い彼の自我は蔑みを流すことも耐えることもできず、ひたすらに打ちのめされていた。

 肩を震わせるオサムシの頭をエティは短く太い前足で優しく撫でた。

 

 「ええ、違う。あんたは間違ってない。あんたが見せてくれたマンガは素晴らしいものだったわ」

 

 「……ありがとう」

 

 周囲の雑音の合間からしゃくりあげるオサムシの言葉が僅かに聞こえた。

 

「近くで私の言葉をオブッ! 「聞きたくないです!」……聴きたいのだろうが、皆が講義をゴバッ! 「待ってません!」……待っているのだ! だから直ぐにグベッ! 「嫌です!」……席に戻ってくれたまえ!」

 

 一方、雑音元のニワトリ教授は家畜人に足蹴にされてなお講義を続けようとしていた。自己満足の為だけとはいえある意味天晴れである。

 

「蒸し鶏と焼き鳥。どっちになりたいですか?」

 

 無論、被害者である畜舎の面々は感心などしない。関心があるのはニワトリ教授の調理方法だけだ。

 

 「私の考えをより深く味わいたい君らの気持ちは良くわかる! だが舌では講演の妙味は判らない! だから、やめ「ではローストチキンにしましょう」

 

最期の台詞より早く処刑命令は下された。

 

 「あっ」

 

 制御権を奪われた床材がニワトリ教授をくるみ、断末魔を発する間もなく急速加熱。隙間から漏れ見える中身は赤熱を通り越して白熱している。機能分子で断熱しても準備なしでは到底耐えられない温度だ。ローストどころか灰も残らない。

 

 「……でぐちはどうするの?」

 

 となると誰が黒い森の出口まで案内するのか。落ち着いたオサムシが涙を拭い問いかける。

 元々そのために管理者を探して白いビルへと侵入したのだ。地図も無しでは再度の遭難は確実である。再度、偶然に人のいる場所に至る幸運はあるまい。

 

 「地図と権限を奪ったから大丈夫よ」

 

 どうしたものかと首を傾げるオサムシに心配いらないとエティは顔の前で手を振った。管理システムは掌握済みで本来の管理者はチャイナボーンの材料となっている。もはや黒い森はエティの思いのまま。森の外まで一直線のハイウェイを通すことすら可能だ。

 そしてニワトリの火刑兼火葬を終えた受講生たちを元の住処へ返すこともそう難しくはない。窓の外に燃えカスを投げ捨てたブタが集団を代表して深く頭を下げる。

 

 「無理矢理知性化されたばかりの身では、どんなお礼をすべきか到底思いつきませんが、本当にありがとうございます」

 

「いいの、いいの。こっちも手伝って貰えて助かったわ」

 

 ヒラヒラという擬音には少々太い手を振るエティ。表情の変わらぬ縫いぐるみだが、声音からはこそばゆく気恥ずかしい顔が見え隠れしている。背けたビーズの目が能面のように内心を表現しているが、彼女自身にその自覚はないようだ。

 

 「だからこれはお礼ね」

 

 「これは?」

 

 「機能分子に最小限のアプリを入れて、味覚で読み込めるようにしたものよ」

 

 照れるエティが手渡したのは半透明の球体を人数分だった。一見したところは飴玉のように見える。舐めるだけで読み・書き・数学・量子暗号が使える、初心者向けのインストーラーだ。

 

 脳容量を膨らまされ、ヒト遺伝子をねじ込まれ、仮想人格を植え付けられて、彼らはインスタント人類にされてしまった。故郷に帰って再び家畜の生を謳歌するのは余りに難しいだろう。

 だからエティは郷里の共同体に最低限参加できるように必要なソフトウェアをパッケージングして手渡したのだ。

 

 「身の振り方まで考えていただき、どれだけ感謝しても感謝したりません」

 

 「感謝のしすぎよ」

 

 彼女からすればそこらのフリーソフトを纏めただけだ。しかしそれは高級言語で機能分子を制御できる人間だからできることだ。逆立ちしても無理な元家畜からすれば、自分を食材にして夕飯を作る方がまだ簡単である。

 

 「……おせわになりっぱなし

 

 」それはオサムシも同じだった。せめて感謝の意を示そうと下げる頭を、綿の詰まったエティの手が押さえる。

 

 「ギブ&テイク。目的地までの案内でちゃんと返して貰うわよ?」

 

 「……しっかりかえす」

 

 決意と覚悟を固めた顔で頷くオサムシ。その顔にエティもまた大きく首肯した。

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