旅路を超えて   作:属物

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第二話「村への旅路」その1

 一昼夜を歩き通し、エティとオサムシがたどり着いたのはCom〇二四村。転化時代(トランスエイジ)以降に多い、小規模な完全自給自足型共同体の一つだ。

 

 「これがそいつの仕業なんですわ」

 

 「これは酷いですね」

 

 「……とんでもない」

 

 なお、正しくは『だった』と過去形で表現する。なぜなら村人が指さす先は村落ではなく廃村なのだ。

 家屋にしていた人工樹木は無惨にへし折れ、通りを舗装していた生体アスファルトは砂利の素材に変わった。砕けた木片を気の早い変異黴が緑に染めて、家畜だったと思わしき肉片には異態昆虫が集っている。村の外の畑も無惨な有様で、丹念に育てていた改良作物は口に入る前に土に帰ってしまった。

 

 「……どうする?」

 

 「どうしよう?」

 

 盆と正月ならぬ、台風と地震が一緒に来た光景に、エティもオサムシの呆然と唸るばかりだ。当初の予定では、奪い取った地図で見つけたこのCom〇二四村に立ち寄り、黒い森から手に入れた充電済み果実と交換で必要な改良作物を入手する筈だった。

 

 「実を言いますとね、収穫された改良作物もない訳じゃないんですわ」

 

 途方に暮れる二人を相手に、ここが推し処と村人は古いバージョンの商売繁盛ソフトウェアを起動する。古すぎてパッチも当てられず、方言化したプロトコルとコンフリクトを起こして動作も安定しない代物だが換えがない以上しかたない。

 

 「……そうなの?」

 

 「へえ、嘘なんかつきませんとも」

 

 食いつくオサムシにヘラヘラと笑いかけて警戒心を緩めさす。そこで一気に沈痛な表情を見せるのが、同情心につけ込む基本プロセスだ。

 

 「でもウチも改良作物を使うわけでしてね、これだけ被害を受けてしまうと、申し訳ないながらタダでお渡しするというのは難しい」

 

 「……あの」

 

 「じゃ、しょうがないわね。先に行きましょう」

 

 哀れみを覚えたオサムシとは裏腹に、エティは悲痛な顔をさらりと受け流して交渉を断ち切ろうとした。同情を買わせようとしているのは目に見えている。廃村半歩手前の哀れな光景も目に入っているが、ぼったくりを受け入れてやる趣味はない。

 

 「待った待った! 『タダで』とは言っとりませんが『お渡ししない』とも言っとりませんで!」

 

 商売繁盛ソフトが黄色い注意表示で引き留めろとがなり立て、村人も交渉方針を転換してすがりつく。完全自給自足で半鎖国状態にあった村にとって、二人は数少ない蜘蛛の糸。現状で切れたら最期だ。

 

 「でも、お高いんでしょう?」

 

 「そんなことはありません!」

 

 ポーカーフェイスのエティは平板な声で小首を傾げる。同情を売られても、すがりつかれても、ヌイグルミのエティの表情に変わりはない。ヌイグルミだからそもそも変わりようがない。えびす顔、憂い顔、泣き顔と百面相する村人とは対照的だ。

 

 「ほんの数百eV(エレクトロンボルト)で十分な量をお渡し致しますとも!」

 

 「じゃあいいわ。さよなら」

 

 「で、では、一〇〇eVで七〇〇dg(デカグラム)ならどうでしょう!? お安いですぜ!」

 

 表情の変わらないヌイグルミの目がギラリと光った。値段を付けず曖昧な言葉で都合良く動かす戦術は潰せた。後は腹を据えての値段交渉だ。

 

 「一〇〇eVなら一〇〇〇dgは必要よ。私たちも余裕はないの」

 

 「それはこちらもですよ。復興やら生活やらを考えたら機能分子材料の改良作物は幾らあったって足りませんわ。一〇〇eVに八〇〇dgでご勘弁を」

 

 「あら、機能分子を作るのも動かすのもエネルギーが必要でしょ? 一〇〇eVに九〇〇dgで」

 

 「それは逆も言えますぜ。後生大事にエネルギーだけ抱えていてもしようがないです。八五〇dg」

 

 「こっちだって同じよ。バランスがとれなきゃ宝の持ち腐れ。八七〇dg」

 

 「八六〇dg……ここまででさ。これ以上お望みなら余所に行ってくだせい」

 

 「判ったわ、それで取引成立ね。果実を出してちょうだい」

 

 絞り出すような最後通牒に、ようやっとエティは首を縦に振った。がっくりと肩を落とした村人と対照的に肩をそびやかすエティ。

 

 「……これです」

 

 そして蓄電果実を差し出すオサムシの表情は微妙に曇っていた。村人に同情しかけていた身からすればドヤ顔したエティが弱い者苛めて口八丁で物資を巻き上げたように見えていた。

 実際は村人の方が弱い者に見せかけて口三味線でエネルギーをぼったくろうとしていたのだが、人生経験の足りないオサムシにそれを理解しろとは酷だろう。

 

 「こっちは生活かかってるっていうのに……これだからヌイグルミは疫病神だ」

 

 だから渋い顔で不平不満を垂れ流す姿も被害者の悲哀に見えてしまう。

 

 「ま、何にせよこれで何とか安泰だな」

 

 それでも分子構造に蓄積された電力と共に村人の怒りのメーターは下がっていった。ようやく最優先項目だったエネルギーの不足が解消できたのだ。多少不利な取引になっても無いよりは遙かにマシである。

 後必要なのは機能分子と建築材料、そしてもう一つ。

 

 「……ひとでがいる?」

 

 つまり労働力だ。可能なら高級言語で機能分子を動かせる人材が欲しい。

 

 「そりゃ要るけんどよ。これ以上、巻き上げられたら俺らやってけねぞ」

 

 オサムシの唐突な申し出に更なる商戦の要求かと思わず顔をしかめる村人。オサムシに他意はないとしてもエティの印象が悪すぎる。警戒も無理はない。

 

 一方、当のエティは肩の上で変わりようのないヌイグルミの表情のまま、ドヤ顔から疑問の形に感情表現を変えた。

 

 「ねぇ、もう取引は済んだわよ? これ以上つきあう義理は「……ある」え?」

 

 オサムシにしては珍しいマンガ関連以外の断定だった。

 

 「……ぎりにんじょうはある」

 

 「どういう意味?」

 

 「……そんをさせたぶん、はたらきたい」

 

 オサムシからすれば無茶を押し通したのはこちら側だ。ならば相応の補填が必要であろう。

 しかしそれはオサムシの視点。エティからすれば交わしたのは平等な商戦であり負けた側が悪い。

 

 「あのね、これは公平な取引で、別に搾取したわけでもない「よく言った!」わ!?」

 

 そして、その理屈もエティのものでしかない。負けた側にはそれは通用しない。

 

 「何とも義理堅い男だ! これは俺らからも色々出さなきゃならんで! なぁ!?」

 

 余裕がないなら尚更である。盤外戦術でも場外乱闘でも取り返せるならなんでもするものだ。

 

 「うんだ、うんだ」

 

 「間違いねえ」

 

 さらに秘匿通信で呼び寄せたサクラ役が、村人が張り上げた演技臭い賞賛の声に協賛する。村人たちは千載一遇の好機を逃すまいと勢いと流れで押し切りにかかった。

 だがドライなエティは呆れかえった能面顔で騒ぐ周囲を一瞥するだけ。それよりも旅のパートナーだと、オサムシに向き直る。

 

 「そりゃ急ぐ旅じゃないけど、多分好き放題に使われるわよ。いいの?」

 

 「……すじをとおしたい」

 

 エティからの最後の質問はオサムシに対する最終確認に終わった。

 

 「しょうがない、か」

 

 「……ごめん、ありがとう」

 

 さほどの文句もなく許すあたり、考えていた以上に自分はオサムシに甘いらしい。声の奥に苦笑を忍ばせて肩を竦めるエティにオサムシは深く頭を下げた。もっともエティが肩の上なので下げられるのは首だけだったが。

 

 

 

  *

 

 

 

 「自己増殖コマンド打ち込んだからこの薬剤は建築に使って!」

 

 「へい、姉さん! ゴミはどうしますかい!?」

 

 「変異昆虫に食わせるからサンプル持ってきて!」

 

 「へい、姉さん! 畑を均したいんですが!」

 

 「そうね。重機ミミズは時間かかるし、運動強化アプリ用意するから待って!」

 

 「へい、姉さん!」

 

 大台の上に陣取ったエティは短く太い両手を振り回し、次々に陳情に来る村人を次から次へと捌いていく。指示を求める群衆を処理するその姿はまるでオーケストラの指揮者だ。外観がヌイグルミなのでオモチャの指揮者といった風情だが、村民達は頼りにしているようで、姉さん姉さんと呼びかけ気にする様子はない。

 

 一方、オサムシはというと改良作物を猫車に積んでえっちらおっちらと運んでいた。

 

 「どいたどいたどいた!」

 

 その横を山積みの自走手押し車が駆け抜け思わずふらつく。

 

 「……あっ」

 

 倒れることは避けたものの、乗せてあった真球ジャガイモと円錐ニンジンがこぼれ落ちてしまった。

 自嘲の長いため息を漏らして、オサムシは散らばった改良作物を拾い集める。

 

 「……あんまりやくにたってない」

 

 『通学中の学生』と初期設定されて産まれた身である。肉体労働に縁はないし、できないのも致し方ない。それでもこうも鈍くさいとため息か愚痴の一つも吐きたくなる。

 しかも主人公気取りで言い出しっぺの自分は運び役一つ出来ないくせに、付き合わされた相棒は、高級言語を唯一操れると八面六臂の大活躍をしている。黒い森でも世話になりっぱなしだったが、ここでも迷惑かけっぱなし。情けないやら格好悪いやらで気分も落ち込もうものだ。

 

 「……どうしようか」

 

 人間出来ることが違うのだから今この場ではどうしようもこうしようもない。今出来ることを全力で行うのみである。

 だが、そう結論づけられるほどオサムシは人間が出来ていない。生産から高々一〇ヶ月。相棒を妬むほど世間擦れしてはいないが、自分を客観視できるほど成長もしてない。

 

 だから自己嫌悪を腹の底に貯めながら、肩を落として猫車をノタノタ進めるのが関の山だ。

 

 「ふむ……」

 

 そんな煤けた背中を見つめる村人が一人。二人を案内した第一村人であり、オサムシを泣き落とそうとした口達者であり、エティと論戦商戦でやりこめられた交渉役である。

 商売繁盛ソフトの指示通り複雑な表情をえびす顔に切り替えて、村人はオサムシの肩を叩く。

 

 「……ええと」

 

 「いやはや先の啖呵はまっこと見事でしたな! 耳障りのいい小器用小綺麗な口上は幾つか聞いてきやしたが、やはり心に届くのは美辞麗句ではなく心からの言葉でございますな!」

 

 「……ど、どうも」

 

 唐突なほめ言葉をどう返していいやら言葉に詰まるオサムシへ、村人は立て板に水ならぬ滝に鉄砲水を流す勢いで口を回す。

 

 「しかし、胸のすく台詞を吐いてくれた旦那にしては浮かぬお顔じゃありませんか。なにやらお困り事ですかい?」

 

 「……それは」

 

 返答代わりに苦い表情が浮かび上がる。狙い通りの顔色に、村人はテンプレートな心配顔を張り付けて問いかける。

 

 「もしや、姉さんを自分を見比べて役立たずなんぞとお考えではありませんか?」

 

 「……!?」

 

 胸中を言い当てられて驚愕にオサムシの目が丸くなる。取り繕いもしない表情をが実に判りやすい。

 村人には先のやりとりでオサムシの澄んだ腹の底が一通り見えていた。世間知らずで素直なお人好しで、なにより相棒にコンプレックスがある。

 つまりは表面上は筋を通しつつも罪悪感と善意を刺激してやればいい。その上、相棒の役に立てる想像をさせるとなおいい。

 詐欺師なら鴨が鍋料理道具一式を抱えてやってきたと大喜びするほど都合がいい相手だ。

 

 (こうも人がいいとなぁ……)

 

 しかし騙し合いを生業とする訳ではない村人はそうとは思えずに罪悪感がチクチク刺さる。かといってバカ正直に話したところで現実的なヌイグルミは決して首を縦に振らないだろう。

 となれば口三味線をかき鳴らし、こちらの御仁を誘導するほかになし。胸中を無視して村人は口を開く。

 

 「人には得手不得手というものがありましてな、姉さんにできるからと言って旦那にできるとは限りませんぜ」

 

 「………………」

 

 オサムシからの返事はない。代わりに俯いた顔から歯をきしる音だけが聞こえた。

 

 「それでもやりたいって言うんだったら、一つお話が」

 

 「……?」大仰に辺りを見渡して人目がないことをあからさまに確認する村人。滑らかな響く声をことさらに潜め、演技臭く耳元に囁く。

 

 「旦那たちのおかげで村の復興は進んでいるんですがね、実を言いますと原因が無くなった訳じゃありません」

 

 「……あ」

 

 「そう、憎い憎いあん畜生はお天道様の下を堂々と闊歩してやがるんですよ」

 

 Com〇二四村を廃村寸前まで追い込んだ犯人は勝手に帰っただけだ。そいつが戻ってくれば全てが振り出し、復興もご破算となる。

 

 「しかし俺たちじゃ戦力が足らない。そこで奴をどうにかする手伝いを旦那に頼みたい」

 

 「……」

 

 思わず頷こうとするオサムシの首を冷静な自分自身が抑えた。犯人相手に無能な自分に何が出来ると? 可能性は無限大とマンガでは言うが、自分一人では何も出来ていないと言う事実は覆せない。

 となれば再びエティを自分の身勝手に巻き込む他に無くなってしまう。何度迷惑をかければ気が済むのか。

 

 「姉さんには復興に尽力してもらいたい。だから今、それを出来るのは旦那だけなんですよ」

 

 「……けれど」

 

 そんな内心を読み切って村人は言葉を重ねる。役に立ちたい、役に立てない。迷惑をかけたくない、迷惑をかけている。ジレンマにオサムシの胸中はかき回される。

 

 「それに旦那達はあの黒森の主をはっ倒してROOT権限を奪い取ったそうじゃないですか」

 

 「……あれはじぶんじゃない」

 

 ここが勝負処と村人は発破をかける。しかしそれは望みとは逆方向にオサムシの天秤を傾けた。うなだれたその首は更に角度を下げる一方だ。

 逆効果だったかとかと村人は数秒考え込み、切り札を切ることに決めた。

 

 「これは姉さんにも伝えてないことなんですがね……」

 

 「……?」

 

 「あんにゃろうが村を襲うとき『ヌイグルミはどこだ』って叫んでたんですよ」

 

 「……!?」

 

 その言葉でまず思い描くのは迷惑をかけている真っ最中の相棒に他ならない。

 

 「しかも只のヌイグルミではなく『ヌイグルミの人間』を探しているようなんで」

 

 しかも村人の言葉は想像をさらに補強していく。

 

 「そんなものは無いんでやっこさんは散々に暴れるだけで帰って行きました。で、その後姉さんと旦那が村に来たわけですわ」

 

 その上、『お前等が原因だ』と告げる言外の台詞が罪悪感を刺激する。

 

 「お二人が旅の途中とは知っていますが、奴が戻ってきたら今の私らじゃ洗いざらい喋るしかありません」

 

 心痛を堪えるしかめ面で村人は申し訳なさそうに頭を垂れた。浮かべる沈痛の顔はまんざら演技でもない。世間知らずのお人好しを騙しているのも、後ろめたさを感じてるのも紛れもなく事実なのだから。

 

 「『姉さんのためにも』ここは一肌脱いじゃもらえませんでしょうか?」

 

 「……………………わかった」

 

 切り札の殺し文句に突き刺されたオサムシは、『勝手なことはしない』というエティとの約束を破って、村人と契約することを決めた。罪悪感と満足感と不安感とその他諸々を込めて村人から長い息が漏れる。後は契約を結ぶだけだ。

 

 「じゃ、これに拇印をお願いします。ここに親指捺してくだせえ」

 

 「……こう?」

 

 びっしりと刻まれた注意事項に躊躇もせず、オサムシが親指で紙面に触れる。電子血判状に走査線が走り、静脈網・指紋・遺伝子・神経パルスが記録された。

 

 「これで契約は成りました。ヨロシクオネガイシマス」

 

 「……ヨロシクオネガイシマス」

 

 村人は呪文じみた古い挨拶で契約を締める。オサムシもまた不器用に挨拶を返した。

 

 

 

 

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