轟音と共に弾け飛ぶ巨体を唖然と見やる二人。
「おし! 当たったべ!」
その逆から声が聞こえた。振り返ると発射済みの重ロケット竹槍を掲げて命中を喜ぶ村人の姿がある。
「俺の竹槍んだ! 見たよな!」
「いいから次の用意しろってんだ!」
隣では見覚えのある村民が怒鳴り散らしながら新しい爆竹を詰め込んでいる。
「と、蜥蜴がどうしたっていうんじゃい!」
「ちぃっとガタイがデカくて、ちぃっと力が強くて、ちぃっと高級言語が使えるだけだ!」
「どぉってこたねぇ! 血が出るなら死ぬ筈だ!」
周りには護衛の村民たちがへっぴり腰で多層重合金鍬に自動刈払い鎌を構える。
「すんません! 驚かせました!」
次の竹槍を装填し終えた村人が二人へと声をかけた。オサムシと契約し、戦わせ、助けだし、そして送り出した村人だ。何を言いたいのか聞きたいのか、驚きすぎて自分自身にも判らない。
「……なんで?」
何度も口を開閉し、オサムシがやっとこさ絞り出せたのは先のエティと同じ台詞だった。
「Com〇二四村はおいらの村です。おいらが守らにゃいけません」
寄ってきた村人はそこまで胸を張って宣言したが、そこから声を潜めてオサムシの耳元で囁いた。
「まあ、そいつは建前でして。余所様の旦那に無茶させるのに皆居たたまれなくなっちまったんですわ」
「発射ぁ!」
「おぐぁ!?」
彼が指さす先で爆音と共に鋼より強靱な青竹が炸裂する。立ち上がりかけの蜥蜴男は再度の痛打にもんどりうってひっくり返る。
「これまた快中!」
「大当たり!」
「どんなもんでぇ!」
恐怖と後ろめたさを誤魔化すためか、どの村民も声を張り上げて大仰に騒ぎ立てている。
怖いからと怪物相手に余所者をけしかけて、失敗すれば責任の擦り付け合い。しかし傷ついたオサムシへ治療を施し、今こうして助けに来たのもまた彼らだ。
恐がりで無責任で身勝手で。でも時に驚くほどの責任感も勇気も見せる。つまり皆、普通の人間なのだ。エティは感慨深く目の前の光景を噛みしめる。
「やったぞ! 「やった! やられた! やりかえすぅっ!!」
喜び勇んでいた村人たちに腹の底まで響く声が響いた。雄叫びをもかき消す恨み節に空気が一瞬で静まりかえる。噴進竹槍の二、三発で倒せるなら最初の来襲の時点で撃退できていた筈である。農具に毛を生やした程度の武器では死なない相手だ。
ならば、そこに情報戦闘も加えてやればどうなるか。
「あいつの所まであたしを運べる?」
「……ひとりだとむずかしい。えんごをおねがいしてほしい」
エティの言葉にオサムシは静かに答えた。それは力不足から目を背けた無謀な願望ではなく、弱さを見据えて尚も成功を探る真っ直ぐな答えだった。
「どうすんだあれ!」
「やっぱむりじゃ……」
「皆、注目!」
混乱する村人たちに拡声アプリで声を張り上げるエティ。
「あいつに一発噛ましてやるから、皆は遠くから援護をお願い!」
「「「へい、姉さん!」」」
引け腰はどこへやら。村人たちは調子よく答える。怪我も恐怖もなく一方的にやり返せるなら従わない道理はない。
「じゃあ行くわよ!」
「……うん!」
我が子のようにエティを抱え、オサムシは勢いよく駆けだした。傷が癒えたわけでも痛みを忘れたわけでもない。苦痛は神経を炙り焼き、熱感が体中を煮崩している。だが、それでも手はしっかりとエティを抱き、足は蜥蜴男めがけて走り続ける。
「ぬいぐるみ! うらぎりもの! つかまえる!」
対する蜥蜴男の傷も浅くない。竹槍の熱と衝撃に鱗は剥がれ落ち、露わになった肉は赤黒い血にまみれていた。それでも振り回す腕の風切る音は十二分の戦闘力を告げている。ならばそれを削ってやればいい。
「こいつはどうだぁ!」
「お代わりじゃ!」
村人の喚声と共に、火を噴く竹槍がオサムシを追い抜いて次々に蜥蜴男へ襲いかかる。
「お土産追加で!」
「おまけもどうぞ!」
村民の喊声と合わさって、高周波の金切り声で唸る鎌が宙を飛ぶ。
「がぁぁぁっ!」
鱗を剥がされ肉を抉られ、蜥蜴男は苦悶の叫びを上げる。そう簡単に死なないとは言え、痛いものは痛いのだ。そして苦痛は容易く思考を狭めて視界を塞いでしまう。
「……ここ?」
「此処!」
真後ろに回ったオサムシとエティに気づくのが遅れたように。蜥蜴男が二人に反応するよりもエティの突きだしたフラクタクル針が剥き出しの肉に突き刺さる方が早かった。
即座にポートが固定され、巨体の権限を奪い取りにかかる。エティが侵入で蜥蜴男が防衛と今度は立場が逆だ。ただしエティは蜥蜴男の手札全てにメタを張っている。
「これでどうよ!」
逆侵攻は驚くほど速く進んだ。大量の情報資源があっても質問攻撃に必要なポートは足りず、打ち出すウィルスに全てワクチンが用意済み。偽装されたトロイの木馬も中身ごとアンチウィルスに焼き殺される。
与えられたソフトを使うだけのスクリプトキディに、手札を晒しての防衛戦など出来はしない。
「あ、あ、あ」
蜥蜴男はせめてと唯一勝っている暴力で対抗を試みようとするが、その前に両腕を動かす権利すら持って行かれた。
「はい、これでお終い」
文字通りに打つ手は全て潰された。今やただの木偶人形だ。虚ろな目で膝を突く彼にはもはや呻く以外の自由はない。エティが人形の糸を引けば抵抗も出来ず、指示されるまま土へと額をすり付ける。
「おおっ!」
「勝ったどーっ!」
「やった! やったんだ!」
途端に歓声が沸き上がり歓呼がこだまする。土下座のパフォーマンスはどんな言葉より明確に村人たちへ勝利を伝えた。勝ったのだ。
だが、これだけで終わりではない。少なくともエティとオサムシの二人は。
「さて、頭の中身をちょっと確かめさせてもらおうかしら」
エティは疲労した精神にむち打って端子針からコマンドを打ち込んだ。
*
「随分かかるわね……」
大仕事を終えた反動で霞む目を擦りながら、エティは小さく呟いた。蜥蜴男から権限も機能も悉くを奪い尽くした。土下座のように尊厳を捨てる行為も、然したる抵抗もなく強要させられる。
それなのに打ちこんだ開示コマンドの返信は一向に返ってこない。誰かが邪魔をしているのだ。恐らく、その誰かは行動の端々からかいま見えた蜥蜴男の指揮者に違いない。
加えて言動にそぐわない高級言語を使いながら、それでいて手口は借り物便りの腕力便りというアンバランスな蜥蜴男のやり口。それは指揮者の存在と合わさって、蜥蜴男を送り込んできた黒幕を浮かび上がらせる。
「……だいじょうぶ?」
「ちょっと目眩がするわ。でももう一踏ん張りさせてちょうだい」
まだ休む訳には行かない。蜥蜴男から引きずり出したい情報は山ほどあ るのだ。自分の過去について、そして黒幕が蜥蜴男を送った理由。これからの旅のためにもその正体を知らなければならない。
「やるっきゃ、ないか」
エティは蜥蜴男の記憶に潜ることを決めた。指揮者がいるとすれば敗北に気づいていない訳がない。敗軍の指揮官が真っ先にするのは密書の破棄だ。開示コマンドの反応がないのは指揮者が取り消ししているに違いない。危険を冒してでも今すぐやらなければ、全ての記憶を消されてしまう。
「オサムシ、何かあったらこの針を引き抜いてね」
「……むりはきんもつ」
「無茶はするけど無理はしないわよ」
追加のフラクタクル端子針を突き刺すと、エティはオサムシに体を預けて意識容量を精神世界へ傾けた。現実の五感が遠ざかり、第六感じみた疑似感覚が仮想の肉体を構築していく。
情報の体が出来上がるや否や、エティは押し返した戦線を一息に飛び越えて、蜥蜴男の中枢へと一気に飛び込む。
「うわ、私一人でギリギリじゃない」
中枢、つまり蜥蜴男の精神は想像以下に小さくて狭かった。スクリプトキディになったのも当然だろう。臨機応変をやるには精神と脳味噌の容量が足りない。
窮屈な精神領域に合わせて自己圧縮しつつ、エティは探索を始めた。とは言え狭くて情報も少ない心の部屋だ。捜し物はあっと言う間に見つかった。最上位優先項目の上座に恭しく飾られたコマンドとそれを取り巻く補足情報。捺されたコピーガードの封蝋がその重要性を告げている。
直ぐにも持ち帰りセキュリティソフトで隅々まで洗ってから中身を確かめたい処だが、少しでも動かせば自壊するよう入念に鍵がかけられている。命令を賜った蜥蜴男でも確認以外許されない、偏執狂の防犯体制だ。偏執的に狂ったセキュリティと、偏執的仕上がりの『箱庭』が重なる。そして蜥蜴男は『箱庭』を知っていた。
誰が黒幕なのか。エティはその確信を得た。ならばここに自分の過去、その一端がある筈だ。
エティは生態情報を蜥蜴男に見えるよう迷彩する。蜥蜴男でも確認以外の許可はないということは、逆を言えば蜥蜴男ならば閲覧は許されているということでもあるのだ。
吸って、吐く。吸って、吐く。エティは仮想の肉体で深呼吸を繰り返す。無いはずの唾を飲み込み、綿の詰まった円筒に過ぎない掌を握ってはまた開く。
急がねば黒幕に情報を削除されかねない。意を決したエティは蜥蜴男に偽装してパスコードの鍵を捻った。
拍子抜けするほどあっさりとアクセスは許可された。まず蜥蜴男に送られたコマンドに目を通す。
『独立した人形を破壊せよ』
『自立したヌイグルミを回収せよ』
命令書は予想通りの内容だった。コマンドにはマルウェアと説明書、そしてオサムシとエティの情報が添付されている。存在しない心臓が跳ねるのを感じながら、エティは自分の映像を再生した。
……設定の二一世紀日本からしてもやや古い喫茶店のショーウィンドウ。片隅に飾られていたヌイグルミが唐突に動いた。原始的な電子機器すら入っていない筈なのに、それは自ら出窓の枠を転げ落ちる。生まれたての赤子の様に床で蠢いていたヌイグルミは、遂に弱々しく立ち上がると不安げに辺りを見渡した。
エティは動画を止めた。そこから先は知っている。記憶がないことに気づいた自分は、何か思い出せる物が無いかと箱庭の町をさまよい、自分の中に目的地への地図を見つけた。そしてそこまで運んでくれる誰かを探してオサムシと出会った。
それが始まりだった。そして、それは『エティ』の始まりでもあったのだ。
「…………」
胸に沸き上がるモノを堪え、エティはコマンドの出所を確認する。それは推測と違わず、箱庭の主から送られていた。自分が所有する箱庭であり得ない生まれをしたエティを自らの物とし、自分が支配する箱庭から離れたオサムシを打ち壊すべく、奴はこの蜥蜴男を寄越したのだ。
これで見るべき物は全て見た。エティは急ぎ蜥蜴男の内側から浮上する。その視界の端で最上位コマンドが上書きされれた。箱庭の主が強制自殺命令を打ち込んだのだ。蜥蜴男の内面が全てを巻き込んで瞬く間に崩壊していく。
だがエティはそれより早く崩れゆく蜥蜴男の内部から離れた。一瞬、不満げに舌打ちする巨大な口がかいま見えた気がした。
「……えてぃ!?」
「大丈夫、大丈夫よ」
視界が戻れば心配を顔一杯に張り付けたオサムシの顔が見える。間一髪だったがエティは現実へと舞い戻った。一歩遅れていればケーブルを通じてアポトーシスを書き込まれ、目の前の蜥蜴男同様に肉液と化して融けていただろう。生あることに長々と安堵の息を吐く。
「……なにがあったの?」
「そうね……………………蜥蜴男を寄越したのは、あの箱庭の主だったわ」
随分な間を開けてエティは敵の正体だけをオサムシに告げた。開閉する口のないヌイグルミであることをこの時ばかりは感謝した。何度も自分の過去を言いあぐねて口の中はかみ殺した言葉で一杯だったからだ。
「……あの、はこにわの、あるじ」
オサムシは顔も姿も見たことはない。しかし見えない手が振るわれるのを何度と無く目にした。造形が気に入らない、言動が想像と違う、新しい着想を思いついた。そんな理由で幾人もの疑似人間が有機物のスープに変じ、一時間と待たずに新品に置き換えられる。
もしあそこに残っていれば、設定外の『自我』を会得した自分は容赦なく廃棄されて、疑似人間の有機材料になっていたに違いない。
それが今、自分たちを追ってきている。エティを狙っている。
「……ぜったいにつかまるわけにはいかない」
「ええ、逃げ切る他にないわ」
でも、どうやって? 口に出さなかった疑問は、魚の小骨の様に胸の奥で存在を主張し続けていた。エティは腹の底に鉛製の不安が積み重なるように思えた。