旅路を超えて   作:属物

8 / 9
第三話「目的地への旅路」その1

 「お達者で!」

 

 「お大事に!」

 

 「お気をつけて!」

 

 医者が病人か怪我人を送るような台詞で、村人たちはCom〇二四村から離れるエティとオサムシに向けて大きく手を振る。その言葉はあながち間違いでもない。

 

 「……みなさんもおげんきで!」

 

 「危ないと思ったらすぐに逃げてね!」

 

 全身で手を振り返す二人は蜥蜴男との戦いで負った重傷を治すため、今日までCom〇二四村で療養していたのだ。

 そして今日、一通りの傷が癒えた二人はCom〇二四村を後にして目的地へ向けて進み出した。目的地までは遠いが対策は打ってある。

 

 「……あるくよりずっとはやい」

 

 「元々長距離を移動できる生き物なだけあるわね」

 

 オサムシの下でリズミカルに並足を進める改造馬がそれだ。療養の合間を縫ってエティが仕込んだ改造馬は数百キロの長旅にも耐えられる。

 

 「うん、上手く操れているわよ」

 

 「……けっこうたいへん」

 

 しかしそれを駆るエティの集中力は有限だ。なので療養の間を通じてオサムシには高級言語を通じたデジタル馬術が叩き込まれた。今も首筋に刺した端子からパラメーターをやりとりして、拙いながらも改造馬を乗りこなしている。

 長い療養の間には他にもCom〇二四村防衛システムの構築や外部との通信手段の作成などを行っている。そのお陰で療養と言いながらもエティに休む時間はさほど多くなかった。

 とはいえ蜥蜴男を通じてCom〇二四村の座標は箱庭の主に伝わってしまっている。必ず来る敵を前に対策を打たない訳にもいかない。

 

 「オサムシ、ちょっと休ませて」

 

 「……ゆっくりやすんで」

 

 そう言うわけで八面六臂の働きをしたエティは随分と疲れていた。オサムシの背中に括り付けられた背負子の中で全身の力を抜く。改造馬の定歩調に揺られていると眠気が柔らかく全身を浸していくのを感じる。エティは眠りの表面を心地よく漂う。

 メトロノームを思わせる単調で一定なリズムで改造馬は街道を行く。通る者が居なくなって久しい道路は繁茂する変異雑草に覆われて、草の合間に見えるひび割れた舗装でしか草原との見分けがつかない。しかし改造馬の目は反射光のスペクトルを読みとり、正確に舗装路だけを踏みしめて足を進めていた。

 

 「ねぇ。オサムシは自分が自分でなかったらどうする?」

 

 無意識と意識の境界をたゆたうエティの口から何の気もなしに言葉がこぼれ落ちた。それはエティが胸の奥底に秘め続けた言葉だった。同時に聞きたくて堪らない言葉でもあった。

 

 「……どういういみ?」

 

オサムシは操馬と会話を同時にこなせるほど器用ではない。打ち込まれた不器用な停止コマンドに従い、改造馬はつんのめるように急停止した。

 

 「オサムシはマンガが好きだけど、箱庭の主がそう設定していただけだとしたらどうするってこと」

 

 「…………うれしくはない」

 

 エティの問いかけにオサムシはたっぷりじっくり考えて言葉を一つ絞り出した。察しの悪いオサムシ自身でもまるで足らない返答なことはよく判った。

 

 「……でも、まんががすきなことはかわらない、とおもう」

 

 だからもう一つ、よく煮詰めて練り上げた言葉を足した。初めて漫画を読んで、笑って、怒って、泣いて、楽しんだ。『勇気』だの『愛』だの色々知って、『存在理由』だの『生きる意味』だの色々考えた。気がついたら『自分』がいた。

 

「……もしそうだったら、あいつはきらいだけど、おれいをいいたい。おかげで、『ぼく』になれたから」

 

 その始まりが『そう設定されたから』だったとしても、その価値が変わることはない。

 

「……それに、えてぃにあえたぶんの、おれいもいいたい」

 

 「そうね……あたしも言いたいわ。一発ぶん殴った後に、だけど」

 

 短くも濃密な旅路で感じた多くの事柄の意味が失せることもない。それは自分たちだけの宝物だ。

 

 「オサムシ、ありがとうね」

 

 「……どういたしまして」

 

 不安が柔らかく崩れ、暖かな湯のような安堵が全身を包む。再び歩き出した改造馬の歩調に揺られ、エティは抵抗することなく誘われるままに睡魔に身を委ねた。

 

 

 

 

 

 

 二人がCom〇二四村を離れて一週間ほどの後、村に二度目のお終いがやって来た。

 

 「どこ!? ここ!? そこ!?」

 

 「いる!? いた!? いなかった!?」

 

 豪腕が振るわれ音を立てて家が崩れる。踏みしめられた舗装が割れ砕ける。

 それはCom〇二四村の住人たちがかつて見た光景とまるで同じだった。自立するぬいぐるみを求めて襲来した蜥蜴男が振りまいた破壊そのものだ。

 ただし規模が違う。蜥蜴男に類似した爬虫人間が目に見えるだけで数十人いる。そしてその全てが圧倒的暴力を思う存分に振るって暴れ回っている。

 

 「なして俺たちがんな目に会わねばならんで!?」

 

 「もう、飯も寝床も服の替えもねぇぞ……」

 

 蜥蜴男一人相手でも対抗できなかった村民たちが、この大軍団に抵抗できる筈もなかった。村民に出来るのは避難先の丘の上から膝を突いて絶望を見つめることしかだけ。再建から一年と経たないCom〇二四村の最期が否応なしに目に入ってくる。もう一度村を立て直す気力は村人にない。

 

 「必要な物は我々が用立てます! 諦めないで!」

 

 「蹄付きでよければ手は幾らでも貸します。またこの村で暮らせるようにしましょう!」

 

 しかし彼らにはある。危機を知らせにCom〇二四村を訪れ、村人たちを避難誘導して助けた獣面人心の畜人たちには燃える心が残っている。

 

 「あんたらハヌマン様か、ガネーシャ様か。ありがてぇ、ありがてぇ」

 

 眩しいほどの善意に思わず掌を合わせて崇める村人も居るほどだ。そこまで清くも正しくもないと豚人は苦笑して手を振った。

 

 「擬人化された元家畜ですよ。あなた方が耐え抜いたからこそ、偶然とは言え我々がたどり着いたのです」

 

 「なら、尚のことぬいぐるみにゃ足を向けて寝れないな」

 

 そう卑下するなと宥める豚人間に苦い笑みで答える村人。Com〇二四村はかつて蜥蜴男一人に踏みにじられた。にも関わらず爬虫人間の軍団に一時の間耐えて見せたのはエティ謹製の防衛システムがあってこそだった。

 

 「ぬいぐるみ? もしかして少年と連れ添った自立するぬいぐるみですか?」

 

 村人の発した言葉に豚人間が反応を見せた。狂った鶏教授に擬人化されて囚われた彼らを救ったのは、エティとオサムシの二人なのだ。

 

 「もしやご存じで?」

 

 「ええ。ここに居たとは知りませんでした。今は何処に?」

 

 「惜しかったですな。つい先日に村を出たばかりでして」

 

 「なんと惜しい!」

 

 無念そうに首を振る豚人の表情は苦い。人間以上に人間が出来ている疑似人間にとって、恩の一つも返せないのは余りに心苦しい。畜人と二人の両方に恩義ある村人たちもせめてものお礼にと頭を悩ませる。

 

 「そういや姉さんがこいつで何かあったら連絡して欲しいって言ってたで!」

 

 「なんと!」

 

 不意に村民が一人が懐から複雑に輝く結晶体を取り出した。それは機能分子を積層させて作った通信器だ。逃げ出す際、咄嗟に掴んでポケットの中に突っ込んだのが功を奏した。

 

 「確か日にかざして……」

 

 太陽光を受けた色素分子が活性化し、多次元回路に電子が流れる。エティの指示を必死で思いだして地面に投影された画面を操作する村人。点滅する『呼出中』の文字が『通信中』へと変わった。結晶体から聞き覚えのある声が響く。

 

 『もしもし、Com〇二四村ですか? こちらエティとオサムシ。何かあったの?』

 

 

 

 

 

 

 「はい……はい……わかったわ……」

 

 不安げなオサムシの視線の中、耳に当てた通信器から声が届く度にエティの声音は深刻さを増していった。心地よい眠りを呼び出し信号に叩き起こされて傾いていた機嫌は、Com〇二四村の現状を聞いて明後日の方角へ吹っ飛んだ。もはや苛ついている場合などではない。

 

 「悪い予想が当たったわ。Com〇二四村が蜥蜴男擬きの集団に襲撃されたの」

 

 「……むらのみんなは?」

 

 一匹でも大損害を出す蜥蜴男が大群を成して襲ってくるとなれば死傷者続出でも可笑しくはない。短い時間とは言え同じ釜の飯を食った顔見知りだ。こればかりは悪い予想が当たって欲しくはない。

 

 「ご心配なく、全員無事よ。黒い森で助けた人達が手を貸してくれたみたい」

 

 「……なさけはひとのためならずだね」

 

 幸いにも祈りは天に通じた。安堵の長い息を漏らすオサムシ。狂った鶏教授から救った畜人たちが二人が守ろうとした村を救った。

 善意が巡り巡って二人へと返ったのだ。善因には善果がある。これもまた因果応報だ。

 

 「しかし問題はこれからね」

 

 弛緩した空気をエティが引き締め直す。エティへのハッキングから目的地を知った以上、連中は最短距離で向かう。目的地まではまだ距離があるから、村に戻れば確実に連中が先んじることになる。目的地に何があって誰がいるかは判らないが連中がそのままにしておくとは思えない。となれば答えは二つに一つ。

 

 「目的地に向かうなら村は放っておく他にない、村に向かうなら目的地は諦める他にないわね」

 

 連中の親玉である箱庭の主は、エティとオサムシと二人の目的地を狙っている。安全を考えるなら目的地は諦めてCom〇二四村で十分に防衛を固めるべきだ。

 しかしエティの答えは既に決まっていた。

 

 「私は目的地に向かうわ」

 

 半端で諦められる目的ではない。それに連中の標的は自分たちなのだ。村に向かえば村人と畜人を危険に晒すことになる。ならば距離の有利を最大限に生かして急ぎ目的地に向かうのみ。

 

「オサムシはどうする? 村に戻る? それとも一緒にくる?」

 

「……ぼくは」

 

 無論、それはあくまでエティの結論に過ぎない。オサムシが村への帰還を望むならエティは危険を覚悟の上で一人旅をするつもりだった。目的地に行くのは自分の身勝手だ。同意もなしにつき合わせる気はない。

 対するオサムシからの返答はなく沈黙が周囲を覆った。ただ馬上を吹き抜ける風の音だけが響く。どれだけ経ったのだろうか。

 

 「……ぼくはえてぃといっしょにいく」

 

 十分な時間をかけて、エティの問いにオサムシは答えを出したのだ。

 

 「いいの?」

 

 「……さいしょのやくそくは、まだおわっていないから」

 

 エティの確認にオサムシは微笑んで頷いた。エティはオサムシに新たなマンガを見つけて、オサムシはエティを目的地まで連れて行く。マンガ好きのおかしな疑似人間と記憶喪失のぬいぐるみの約束。それが始まりだった。

 

 「そうね。まだマンガを一つも見つけてないものね」

 

 「……もくてきちまで、ついてもいないしね」

 

 考えてみればお互いに何の約束もまだ果たしていないのだ。

 

 「じゃあ急いで行きましょうか!」

 

 エティのかけ声にオサムシは大きく頷いて改造馬へと始動信号を打ち込んだ。いななき一つなく改造馬は走り出す。並足から早足へ、早足から駆け足へ。徐々に景色が加速していく中、オサムシは小さく呟いた。

 

 「……そういえば、あともうひとつ、りゆうがあった」

 

 「なに?」

 

 背中のエティが振り返り問いかける。

 

 「……えてぃのみたいものをぼくもみたい」

 

 「なら一緒に見ましょう!」

 

 声を置き去りに、改造馬は流れる風のごとく駆けていく。向かう先は一路、目的の地へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「もう少しスピード出せる!?」

 

 「……がんばってみる!」

 

 二人が村を出て十日近く。村より通報を受けて数日。遂に追っ手は二人の背後へとたどり着いた。

 

 「捕まれ! 捕まえる! 捕まらない!」

 

 振り向かずとも唸る地響きと溢れる妄言が迫る爬虫人類を教えてくれる。

 人喰ワニより質の悪い集団に追われて、改造馬は全身全霊で疾駆する。背に乗る二人も急げ急げと鞭を振るって拍車をかける。

 

 「……うまがそろそろげんかい!」

 

 とは言え、遺伝子どころかタンパク質構造まで改造したワークホースでも限界が近い。半日近く全力疾走で走り詰めなのだ。

 一方、爬虫人類の軍団は数の利を生かして交代しながら距離を保っている。疲れるまでじっくりと追い回して狩る、群狼の戦術だ。捕まったら最後、いや最期は確定だ。

 

 「……このままじゃたおれる!」

 

 あぶくを吹きながら首を振りながらも、死を拒否して改造馬はひた走る。しかしオサムシに送られる数値はデッドライン寸前を明言していた。

 

 「時間を稼ぐから馬を休ませて!」

 

 ならばとエティが取り出すは複雑な濃淡を描く灰色の札だ。顕微鏡で見ればその濃淡が総天然色で描かれた緻密極まりない文様だと判るだろう。これは二次元量子回路を織り込んだ使い捨てのデバイスなのだ。

 

 「あんたらは死ぬまで休ませてやるわよ!」

 

 追っ手が来ると知れてる以上、打つ手の二つや三つは当然用意済みである。背負子から投げつけられたモノトーンの札が風に舞う。宙を切る御札はそのまま怒濤と迫る爬虫人類の前に落ちた。

 

 次の瞬間、空間に亀裂が走った。

 

 「アガッ!?」

 

 「ゴベッ!」

 

 亀裂に巻き込まれた爬虫人類が断末魔と共に消える。これは伝説の空間制御論理式か? 否、エティでは計算力が足りない。

 亀裂の正体は黒い森の樹木である。札に仕込まれたDNAコードを周囲の有機物を素材に機能分子で復元したのだ。

 樹木の復元に巻き込まれた爬虫人類と素材に使用された蜥蜴男擬きは当然即死である。前者は屑肉しか残さず、後者は跡形すら残せなかった。それだけではない。

 

 「出口!? 非常口!? 出入り口!?」

 

 「どこから? どこへ? どうやって?」

 

 一瞬で再現された黒い森が要害となって軍団の足を止めたのだ。木々は大鉈を振るって藪漕ぎしなければ前に進めない程の密度で空間を埋めていた。

 しかも減速したものの未だ成長を続けている。電力に無理を言わせたインスタントジャングルが自壊するまでの間、大軍団はここで無為な時間を過ごす他にはない。

 少なくとも計算上ではそうなる筈だ。

 

 「……どのくらいいける?」

 

 「何もなければ一週間は持つわ」

 

 オサムシは興奮しきった改造馬に停止信号を送りつつ、水を飲ませて酸素を補給する。レッドゾーンをさまよっていた数値が徐々に落ち着きを取り戻してきた。これで一息つけた。エティの台詞通りなら追っ手を巻くのは難しくなかろう。

 

 「何もなければ、だけど」

 

 当然だがそんな筈はない。蜥蜴男にハッキングアプリと高級言語能力を与えて、即席のクラッカーに仕立てられるだけの黒幕が率いているのだ。

 台詞を聞き届けたかのように視線の先の即席森林が目に見えて変化を始める。枯れ果てた蔦が瞬く間に萎び、腐り果てた枝が次々に落ちる。

 

 「一応、仕掛けられるだけのトラップを仕込んだんだけどなぁ」

 

 報われぬ努力をぼやきつつ、エティは二枚目の札を足下に投げた。今度の御札は地面に触れるや否やタールへと転じて墨色の水たまりを作る。そして発掘される過去のようにタールピットから人影が這い出てきた。

 

 『……おとりになるから、えてぃはにげて!』

 

 『オサムシを置いて逃げられないわよ!』

 

 

 『……もうむりだ! あきらめよう!』

 

 『そうよ! 村に戻りましょう!』

 

 それはオサムシとエティそのものだった。二人を知る者なら間違いなく間違えるだろう出来映えだ。声紋も外観も信号も本物と変わらない。認証だって偽装済みだ。

 

 「……すごいべたべたする」

 

 「我慢なさい。走ってもバレないためには必要なの」

 

 そして本当の二人にはタールが自ら覆い被さり、投影された背景が無人をその場に映し出した。箱庭の主を相手にどこまで持つかは疑問だが、並大抵の手段では発見されないだけの偽装を施してある。

 

 「さて向こうはっと、ちょうどいいみたいね」

 

 ちょうど迷彩し終えたタイミングで自作の黒い森は最期を迎えつつあった。数十秒前の繁茂が嘘であったかのように、炭屑そのものの様で砕け落ちる。

 

 「散って!」

 

 雪崩を打って崩れる樹木を目くらましにしてエティは合図のパルスを打った。事前の指示に従い四方八方へとダミーが走っていく。影だけの馬が、音だけのオサムシが、信号だけのエティが遠ざかる。多種多様なダミーは本物が残した証拠を攪乱して覆い隠すのだ。

 

 「あれか!? それか!? どれか!?」

 

 「あいつら! そいつら! こいつら!」

 

 走る人影を追いかけ、響く足音に釣られ、放たれる信号に誘われる爬虫人類たち。しかし彼らを率いる箱庭の主はそう簡単に騙されてはくれない。即座に偽装を洗い出し、可能性の高い標的三つに優先度とマーカーを張り付けた。

 

 「見える! 見つけた! 見放した!」

 

 「いた! いる! いなくなる!」

 

 爬虫人類軍の視界にマーカーと距離が浮き上がる。表示された指示に従い、分裂した大軍は標的を追い始めた。欺瞞戦術の目的は兵力を引き剥がして無力化することだ。それを察している箱庭の主は、過労死前提で軍団を無理矢理加速させる。

 限界を迎えた仲間の死体を踏み越えて、瞬く間に軍団は三つの影へと追いついた。

 

 『……しにたくない!』

 

 「死ぬ! 死なす! 死ね!」

 

 『……オブッ!』

 

 一つ目のダミーが挽き肉に変わる。

 

 『やめて!』

 

 「やめない! やる! やってやる!」

 

 『アギッ!』

 

 二つ目の偽物が胃袋に収まる。

 

 「これか!? これだ!? これなのか!?」

 

 そして三つ目の対象が捕まった。

 内蔵をまき散らした騎馬は最期の痙攣と共に力を失っていく。押さえ込まれた人間擬きは足掻こうと身動き一つ取れず、力を失ったヌイグルミは吊り上げられたまま身じろぎ一つしない。これで王手詰み。二人の旅はお終いだ。……それが本物ならば。

 

 「!?」

 

 改造馬が、疑似人間が、ヌイグルミが粘つくタールに戻った。そして内部に隠されていた灰色の御札から地面に無数の鳥肌が立つ。爬虫人類が反応するより早く青々しい槍が一瞬で空高く伸び上がった。

 

 「グバァ!?」

 

 「アグッ!」

 

 呻き声と断末魔、血と臓物が即興の竹林に降り注ぐ。天突く竹槍に実った蜥蜴の速贄が空を覆う。串刺し公もかくやの酸鼻を極める光景が辺り一面に広がっていた。

 それは生き地獄そのもののだった。心あるものなら死にゆく彼らに慈悲の一撃を考えるだろう。そしてエティとオサムシには心があった。

 

 「アッ、アグァ」

 

 ハラワタを抉られた蜥蜴男擬きが悶え苦しむ。その拍子にしなった竹槍に亀裂が走った。節の間に空気が吹き込み、封入されたガスが酸素と反応して一瞬で燃え尽きる。つまりそこでガス爆発が生じた。

 

 パァン。

 

 柏手にも似た炸裂音が響いた。真っ赤に燃える竹片が弾丸の速度で飛び散る。直撃を浴びた蜥蜴男擬きは散弾の直撃姿で慈悲深い死を迎えた。擬きへ着弾し損ねた破片は別の竹槍にぶつかって燃え上がり、新しい柏手を高らかに鳴らす。

 繰り返されるそれは瞬く間に万雷の拍手へと音を変えた。刀林に貫かれ剣樹小地獄でのたうっていた爬虫人類の兵達は、今や火生三昧の最中にあった。迦楼羅炎に焼かれ天へと帰る業火絢爛なる葬送に、喝采の拍手が割れんばかりに鳴り響く。

 

 遠く潮騒めいたその音を聞きながら、エティとオサムシは偽装のタールを拭い落とした。

 

 「……じかんはかせげたのかな」

 

 「ダミーの位置と倒した連中の数から計算すると、一日かそこらは稼げたわね」

 

 あれだけの爬虫人類をあの世に送って残りの軍団を可能な限り遠ざけても、たった一日の余裕にしかならない。

 軍団はすぐにも再編されて二人の後を追うだろう。しかも同じ手は二度と食わないに違いない。二人は改めて箱庭の主の強大さを思い知る。

 だがもう後戻りはできない。オサムシは始動のパルスを休憩を終えた改造馬に送る。疑似人間とヌイグルミを乗せた改造馬は緩やかに走り出した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。