FateHF.Normal√×FateGO AD.2004? 幻想逃避都市冬木 作:ありゃりゃぎ
「————ぱい。先輩!!」」
凛とした少女の声だ。かつての頼りなさはもはやなく、たおやかでありながら芯のある自慢の”後輩“の声だ。
「あ、あの、どうしてそんなに満たされた顔を……。と、とにかく起きてください先輩」
今まで沢山の敵と戦ってきた身ではあるけれど、朝の微睡はそれ以上の強さだと思う。朝の穏やかな陽ざしに温いお布団、そして耳ざわりの良い彼女の声。こんなの勝てっこないよなぁ。
「フォウフォ——ウ」
「むぐっ」
我らがマスコットのフォウ君のお尻が、顔に乗ってきた。ううん、これは流石に息苦しいや。
いい加減に、むくりと起き上がった。
「もう、どうしたんだよ、マシュ。今日は別にレイシフトの予定もなかったじゃないか」
だから、もう少し寝かせてくれよ。そう言おうとして、
——れいしふと……?
痛烈な違和感。わからない。わからないけれど、何か大事なことを僕は忘れている。
周囲を見渡す。
障子に畳。今寝ているのは敷布団で、部屋にはいくつか見覚えのあるようなないような私物がいくつか。そして、耳をすませば鳥のさえずりが聞こえるのだ。
無機質な白の部屋ではない。彼らから貰った旅の思い出の品々なんてない。窓の外に白い氷の世界が広まっていることもない。
それは失われた日常の一コマ。取り戻すべき暖かな人の営み。何でもない過ぎ去るだけの、けれど掛けがえのない日々のなかのワンシーン。だというのに、どうしてこんなにも違和感があるんだ……?
「れいしふと? 何か変な夢でも見たのですか? もう、先輩はどうやらまだ寝ぼけているみたいですね」
「え……?」
違う。おかしい。何がおかしいのか分からないけれど、でも彼女がその言葉を知らないことは決してあり得ない……はずだ。否、いっそ知らないでいた方が幸せなのだろうか。
「ささ、先輩。顔を洗ってさっぱりしましょう。今なら、もう洗面所を使っている人もいないでしょうし」
「え、いや、だって。今日は」
なおももたつく僕を無理やりに起こした彼女は、そのまま僕の背中を押していった。
部屋を出ればすぐに渡り廊下だった。いや、これは縁側という言葉の方がしっくりくる。そこから見えるのは広い庭。そしてポツンと建った、立派な土蔵があった。
どうやら今僕が寝泊まりしている場所は、由緒正しそうな武家屋敷のようだ。
——なんだろう、どこかで見たような——
それは、在りし日の記憶の残滓。眉間にしわを寄せてばかりの、思い出せぬ誰かとともに駆け抜けた戦場の一瞬。
「いや、そんなはずはないか」
急速に明瞭になりだした頭で、妄想を振り払う。そんなはずはない。だって僕がここに来たのは高々一か月ほど前の出来事だ。
「あら? 今起きたの?」
マシュに手を引かれながらの長い廊下を歩いていると、背中からそんなふうに声をかけられた。
「ああ、はい。ちょっと寝坊しちゃって——」
振り向いた先に、鮮烈な赤。
長く艶やかな黒髪をツインテールに纏め、高校指定の制服の上に真赤のコートを羽織った少女がいた。チェシャ猫のような目、華奢な体躯でありながら強い意志を秘めた瞳。
それは、正しく金星の女神。古代メソポタミアにて美と戦争を司る、神々に愛された娘。バビロニアにて出会った一柱の女神。善性でありながら、人々を振り回すお騒がせなあの女神の名は——
「ああ、おはようございます。凛さん」
りん?
「はいはいおはよう。相変わらず礼儀正しいわね、マシュは。それに比べて藤丸君ときたら」
「先輩は寝るのが大好きですからね。ある時は立ったまま寝てしまうくらいなのです」
「うへぇ、筋金入りだ。一度見てみたいものね」
彼女たちの声が遠く聞こえる。何だ? 僕はいったい何を思い出そうとしていた?
「大丈夫ですか、先輩?」
マシュが僕の顔を覗き込む。長いまつげまで鮮明に見える距離にドギマギして目をそらした。まったくまったく、マシュったら自分の容姿に無頓着なんだから。
「だ、大丈夫だよ。ちょっとまだ寝ぼけているだけだから」
「全く、藤丸君いい加減しっかりなさい。今日から学校なのよ?」
その猫のような釣り目に呆れを映して彼女は言った。なんだよ、遠坂さんだって朝は激弱なくせに。
「わかってるよ、遠坂さん」
脳裏にちらつく違和感を押しのける。もう大丈夫だからと、二人を先に行かせて、僕は洗面台で顔を洗うことにした。制服に着替えて、鏡でささっと髪型をチェックしたら朝食だ。
居間に入ると、すでに何人か先客がいた。
「おっはよー、藤丸君!! 今日も一日頑張っていこーぜっ!!」
シュビ!! シュバ!! と無駄な効果音を自分の口で言いながら現れたのは、僕らのクラスの担任にしてこの家の家主の後見人。オレンジ色が良く似合う、元気ハツラツな女教師だ。
「おはようございます。ジャガー……じゃなくて、藤村先生」
「ジャガー!? 違うぜ、アタシは冬木の虎さ。タイガーさ!! ってタイガーって呼ぶなー!!」
「り、理不尽な怒り……」
相変わらず元気な人だ。でも朝からこれは、いろいろすごいな。
「藤村先生、それぐらいにして落ち着いてください。そんなに暴れちゃうと埃が舞って朝ごはんにかかっちゃいますから」
そう、藤村先生を諭すのは、ふんわりとした声音。藍色の髪を靡かせる女性らしい体つきの、マシュと同じく後輩属性を持つ少女。それこそ、桜が似合うような、儚げな少女だった。
「ああ、パー——」
「パー?」
「——じゃなくて。間桐さん、おはようございます」
「はい、おはようございます。藤丸さん」
騒がしい女教師に、儚げな少女。二人に迎えられ、しばし歓談にふける。といっても朝のこの時間に話し込むようなこともない。台所からこぼれる匂いを嗅ぎながら、朝のニュース番組をチェックする程度だ。
そこに、中庭からさらにもう二人がやってきた。
一人は長身に長髪の豊かな肢体の女性。もう一人は、金髪で小柄、可憐というべき少女だ。手には竹刀を持っている。どうやら道場でひと汗かいてきたようだ。
「おはようございます、サクラにタイガ。それにリツカも」
「おはようございます。リツカ」
「おはよう、セイバーにライダー」
一瞬、この呼び名に違和を感じたけれど、それも無視だ。なんでだろう、今日は普段のことにも違和感をぬぐえない。
「大丈夫ですか、リツカ? どうやら顔色が優れないようですが」
「うん、大丈夫。まだ少し寝ぼけているだけだから」
心配そうなセイバーにそう返す。
「朝食を食べれば元気も出るでしょう。それではセイバー、シャワーは私がお先に」
ライダーの方は、淡く微笑してシャワー室の方へ行った。彼女はこれからバイトがあっただろうから、すぐに仕度したいのだろう。
僕とマシュ。それに加えて、賑やかで華やかな女性陣。そしてこの家の家主。合わせて八人の大所帯での朝ごはんが、ここでの日課となっていた。
そして、台所から魚の焼ける匂いとともに、彼が居間に姿を現した。
「おーい。みんな、朝食できたから、運んでくれ。ほら、立花もぼーっとしてないで手伝ってくれ」
変になじむ紺のエプロンを身に纏った、赤銅色の短髪に鍛えられた体躯の青年。いつの日にか、英雄の道を歩むであろう少年が、そこにいた。
「ああ、わかったよ。——士郎」
そうしてワイワイとてんやわんやしながらの日々が始まる。かけがえのない日常。ありえないはずの平穏。どこか致命的な違和感を孕んだまま、物語は始まり、動き出す。