FateHF.Normal√×FateGO AD.2004? 幻想逃避都市冬木 作:ありゃりゃぎ
「あちゃー、学校にノートを忘れてくるなんて……」
衛宮邸に帰宅した後、今日の授業を板書したノートを忘れたことに気づいた僕は放課後の学校へと舞い戻っていた。
夕焼けがやけに眩しい。黄金色の時間。昼と夜の境界線が近づいてきている。
教室は、予想通りにがらんとしていた。廊下も、やはり人通りは少ない。この時間ともなれば、部活動にいそしむ生徒たちもそろそろ家路につく時間だろう。
机の中にあったノートを手に、玄関口へと向かう。けれど、
「あれ? どっちだっけ?」
自分の記憶力に嫌気がさす。全く、転校してきてもう一か月も経つというのに、まだ校舎の作りを把握できていないなんて。
「ええと、階段がこっち側だから……」
拙い記憶を手繰り寄せながら人気のない校舎を行く。西日に照らされる廊下は、いつもの色彩をどこかに忘れてきたようだった。橙色に塗りたくられた床が、寂しく映る。色を忘れた一面の光景はあまりに幻想的で、現実味がない。夕焼けに染められ、本来の色を失った世界は、僕に時間の概念さえ忘れさせようとしているようだ。
「あら、アナタ。忘れ物は見つかった?」
少女の声だった。透き通るようなあどけない、でもどこか毒を含むような声。
「あ、え……?」
先ほどまでは、夕焼け色一色だったはずの世界に、一つの異分子がいる。
白い少女だった。
髪色は白。決して犯してはならないような、降り積もる雪の白を思わせた。
赤色の眼差しが、僕を射抜く。
「……なぁんだ、まだなのね。期待して損したわ」
当てが外れたとばかりに、彼女は顔を顰めた。
「ほんと、寝坊助だとは知っていたのだけれど。ここまで自堕落だと、救いようがないわ」
呆れ果てたとばかりに失望を隠さない。おいおい、見も知らない初対面の子供に、そこまで言われる筋合いはないぞ。
「あら、怒った?」
「そりゃあ、怒りまではしないけど。でもいい気分はしないよ」
「そう、それはそうね」
クスクスと、彼女は笑った。どうにもよく分からない。いったいこの子は、なにがしたいのだろう。そもそも、この学園の生徒だろうか?
「そうね、この世界は確かに居心地がいいのでしょうね」
「え?」
すでに彼女の中では、話題は変わっているようだ。マイペースに、もしくは相互のコミュニケーションを取る気がないのか、一人彼女は語る。
「でも、いけない。アナタはここでぬるま湯に浸かっていい人間ではないわ。アナタには、やらなければいけないことがある。世界を救ったものよ、歩みを止めることを赦さなかったものよ。かの魔術王を否定したアナタに、ここで停滞する権利はない」
「な、なにを」
何を言っているのか分からない。理解できない。でも、それでも、何かとても大切なことを、目の前のこの少女は僕に気づかせようとしている。
「本当は、自分で克たねばいけないの。でも、こうなったのは私たちの責任だものね」
そして彼女は、唐突に僕の手を取った。
「へ? な———いっ!?」
熱い、焼きごてを当てられたような痛みが手の甲に走る。でもそれは一瞬で、すぐに痛みは消えてしまった。代わりに残ったのは、赤い、深紅の刻印が三画。
「それは、アナタが失くしてはならなかったもの。アナタが初めて背負ったもの。アナタが抱え背負わなくてはならない、力と責任、そして絆の証」
何かが流れ込んでくる/巻き戻っていく。見たことのない光景/忘れてはならない世界。ありえない記録/かけがえない記憶。空想の中の物語/現実でしかない軌跡。憐憫の魔術王/答えを得た人の王。頼りない笑顔/空っぽの玉座。
「イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの名のもとに、この令呪の最初の一画に特別の力を。令呪はマキリの分野なのだけれど、今の私は聖杯そのものだから、これくらいの融通なら利くの。これを餞別としましょう。直、『夜』が来る。女神の権能が揺らぐ。さあ、行きなさいカルデアのマスター。偽りだらけの、この狂った聖杯戦争に終止符を打ちなさい」
そしてどうか、彼女を終わらせてあげてほしいの。
茜色はいつの間にか紫となり、そして黒へと変じた。昼と夜の境界を越えた。世界は正常から異常へ。日常から非日常へ。僕はようやくスタートラインに立ったのだ。
「あ、あの——あれ?」
己を聖杯と名乗るよく知った見た目のその少女は、いつの間にか姿を消していた。
「今度会ったら、ちゃんとお礼を言わないと」
取り戻した令呪を握りしめる。彼女は言った。この聖杯戦争を終わらせろと。ならばその通りにしよう。彼女から、イリヤスフィールから託されたものを果たさなくてはならない。
暗闇に支配された廊下を駆ける。それはまるで矢のように。停滞した偽りの日常を終わらせるべく、今ここに人類最後のマスターの戦いが、ようやく始まった。
※
世界は様変わりしていた。
「誰も、いない……?」
夜になった途端、人の気配が消えていた。先ほどまでいたはずの先生たちも、部活帰りの生徒たちもみな跡形もなく消えてしまっていた。
「いや、何か…………」
首の後ろがチリチリとするような感覚。今までの特異点の旅で染みついた、危機に対する第六感が騒ぐ。
逸る心を押さえつけて、校舎から転がりだすように飛び出した。
地上に人の気配はない。街頭の明かりだけがポツンポツンと夜道を照らしている。どうやら電気は届いているらしい。
キチキチキチ
非日常に落ちた世界で、蠢く影があった。僕のよく知る学園の制服を身に纏う人型が彷徨うように歩いている。
キチキチキチ
「あ、あの、すいません。アナタは……」
その背に、思い切って声をかける。
グルグルグル
キリキリキリとゴリゴリゴリと。それは人の口から奏でるものでなく——
「ガギギギギギギッ!!」
「ああクソッ!! やっぱりそうだよなぁ!!」
転身して一目散に駆けだす。くそったれ、シャドウサーヴァントじゃないか!!
最早、人の動きではなかった。穂群原学園の生徒だったはずの生徒は、四つ足となって僕を追いかけてくる。
後方の元生徒のシャドウサーヴァントに加え、前方にはさらなる敵影を見つける。これ、もしかして生徒も先生も、不完全とはいえ、全員サーヴァントだったってことか。
「っていうことは、ここ、敵に囲まれてるじゃんか!!」
いや、それだけじゃない。この冬木の街全てが敵……? ここの生徒も、商店街の人たちも、みんな……?
そんなこと、今までもたくさんあった。第七の特異点では、もっと酷いものを見たはずだ。だけどだからと言って、慣れたなんて言えなくて。日常のぬるま湯にずっと浸かってきたからむしろ余計に、僕はその事実にショックを受けていた。それこそ、一瞬、敵に囲まれて絶体絶命だと忘れてしまうくらいに。
「しまった……!!」
たどり着いた先は行き止まり。ああもう、どうしてこうこの学校は入り組んでいるんだ!!
「ガンド!! ガンドガンドガンドォ!!」
拙い魔術だ。それでも、今までの旅の中で、多くの英霊たちに鍛えられてきた。僕を弟のように可愛がってくれる神代の魔術師にその師であるオケアノスの魔女、神秘学の権威や新大陸のシャーマン、時計塔の講師と錚々たる人物に師事してきたのだ。これくらい凌げなくてどうする!!
硬直する機械の先兵らの横を抜け、玄関へと抜け出す。まずはこの学園から逃げ出さないと。
校庭を駆ける。シャドウサーヴァントの追撃を躱しいなしていく。サーヴァントといえど所詮は出来損ないの影に過ぎない。このくらい、ひるませる程度であればどうにでもなる。だが、校門のすぐ前。ユラリと暗闇の中に、なお暗い影が立つ。
「人……じゃ、ないよな……?」
あれも、シャドウサーヴァントだろうか?
暗がりから、徐々にこちらに歩み寄ってくるソレを見る。
ソレはやはり人ではなかった。左右にフラフラと重心が揺れる。歩き方だけで、真面な状態ではないと分かる。今までシャドウサーヴァントとは違う、色を持った人型。
姿を見せたのは、
「バゼット、さん……?」
暗がりより出でたのは、つい先ほど言葉を交わしたはずの、短髪赤髪の男装の令嬢だった。
「う、ウガ、グウウウウッ」
しかし、その瞳に正気の色はなかった。目は赤く染まり、口は半開きのまま。焦点は定まらず、茫洋としていた。そこに人の理性はなかった。獣の本能だけが、今の彼女を支配している。
そして何より、見逃せない。ボロボロのスーツからはだける彼女の肌の所々に、赤い文様が這っている。既視感のあるその血色のごとき文様は、人類最古の英雄王や戦と豊穣の女神、ギリシャ最大の英雄の肌に見たものに酷似していた。
それは神性の証。人ならざるものの血が流れる証左に他ならない。
つまりは——
「疑似サーヴァント……!?」
彼女は果たして、僕の言葉を理解したのか、もしくはそうでないのか。擦れた喉で鳴いた。
「こ、ロス。女神ノるーるニ、ソムク、スベテ、ヲコロ、ス。コロス。コロス、コロスコロスコロス!!」
「バゼットさん、どうして!!」
答えは拳で返ってきた。
一瞬で僕との間合いを詰め、致命となるその鉄拳を振るう。反応できたのは奇跡に近い。カルデアの日々の訓練で磨かれた危機察知能力が、たまさかいい方向に出ただけだ。
——でもスカサハ師匠のシゴキに感謝だよ、ほんと!!
僅かに迫る拳から身を逸らす。紙一重で逃れるも、その一撃は人外のそれである。風圧だけで僕の身体は軽々と吹き飛ばされた。
「う、ぐあああああっ!?」
ゴロゴロと無様に転がる。追撃はなかった。どうやら、今の彼女に理性らしきものはない。恐らくはバーサーカーのサーヴァントなのだろう。理性があったなら体制の整わない僕を襲わない理由がない。
即座に起き上がり、相手を見やる。
相変わらず、動きは鈍い。動作の一つ一つは恐ろしく速いが、その動作一つ一つが驚くほどに繋がっていない。まるで、逐一指示が入力されなきゃ動かない不出来なロボットを思わせた。
「う、グアアアア!! コロスコロスコロス!!」
殺し損ねたことに怒りを覚えたのか。彼女は雄たけびをあげるとともに、再びその拳を握る。真っ赤に染まったその目が僕を射抜く。人の理はそこにない。夕暮れに染まる商店街で、僕らに笑いかけてくれた彼女の面影はもはやない。
死が迫る。けれど、
「諦めない……!!」
僕にはまだ切り札が残っている!!
「来てくれ、マシュ———————!!」
恥も外聞もなく、ただ叫ぶ。僕を目覚めさせた、雪の精がごとき彼女が授けてくれた令呪の一画が、熱く燃える。
「ウグアアアアアアアッ」
その鉄拳が迫る。でも、恐怖はない。何故なら、その盾を——僕の後輩を、信じているから。
「先輩————!!」
令呪の呼びかけに応じて、彼女が戦場に降り立つ。淡い色の髪を靡かせ、その瞳に強い意志を秘めて。彼女は僕とバゼットさんとの間に身体を滑り込ませ、その盾を掲げた。
「いまは遥か理想の城——!!」
瞬間、かつての王城が幻視する。第六特異点にて会得した、彼女の内包する霊基本来の宝具。かつての栄光の城の護りをその盾に宿す、誰かを護るための力。
「間に合いました!!」
背中越しに僕に笑いかける彼女を見やる。その姿は紫に統一された騎士の鎧を身に纏っていた。
「記憶、戻ったの……?」
「はい。先輩の令呪のおかげでしょう、サーヴァントの霊基が起動したおかげで敵の術から逃れられたようです」
流石は盾の英霊だろう。対物対魔術を問わず、かの英霊は不浄の護りを持つのだから。
「ぐ、グオオオオ……」
「……ッ」
跳ね返されたバゼットさんが、再び立ち上がろうとしている。追撃しようにも、マシュの護りを手放すのは愚策だろう。
「あれは、バゼットさん……?」
マシュの言葉に、短く答える。
「うん。多分バーサーカーのデミ・サーヴァントだ。正気を失ってる」
「どうやら、そのようですね……」
僕にも彼女にも、油断はない。ぎこちない動きではあるが、そのスピード自体は並みの英霊を遥かに凌ぐ。
「敵性、再定義。英霊、ヲ確認。ググゥ、宝、具……解放」
赤き目が、僕らを見据えた。彼女は天高くに拳を掲げる。その拳の先には、浮遊する鉄の真球。用途は不明だが、そこに内包された神秘は莫大だ。
宝具。人理に名を刻んだ英雄の逸話が昇華した末に形作られた決戦兵器。その英霊の人生の軌跡そのものとも言えるそれは、使えばすなわち名を露にしてしまう諸刃の剣。而してそれを抜くということは、それは必殺で
なくてはならない。
つまり、ここで終わらせるという決意。
「宝具……!? あの状態で、真名開放を!?」
マシュが驚きとともに円卓の盾を構える。
「先輩!!」
「ああ、分かってる!!」
パスを介して魔力を送り込む。あちらが宝具を使うというならば、こちらもまた宝具で対抗する!!
「あん、さらー」
獣がごとき彼女が構える。理性はないが、その戦技の冴えは曇りない。そこに彼女の鍛錬の成果を見た。
「抉り斬る、戦神の剣———!!」
「いまは遥か理想の城———!!」
バゼットさんの拳が振り切られ、その鉄球が放たれる。同時にそれは鉄の真球から形を変え、一本の短剣へと姿を変えた。
一方、マシュの盾はその真価を正しく発揮した。人理の礎、その本来の姿。白亜の城の城壁、不浄の護りがその盾にある。
しかし、
「どう、して……!!」
その護りは打ち砕かれた。かつて黒き騎士王の聖剣を防ぎ、聖女とともに邪竜の咆哮さえはじいて見せた、そして獅子王の槍さえも完全に受け止めてみせたその盾は、ついに破られた。否、盾自体に綻びはない。ただ、そう、その盾が間に合わなかった。
「あのタイミングで、間に合わないはずがないのに——!?」
盾は、構えて初めて護りの効果を得る。つまりは、盾が構えられるより前に届いた攻撃は防ぎようがない。
あの短剣は、おそらく因果を捻じ曲げた。ああ、そうか。後から出でて先に穿つ。後手の先の究極系が彼女のもつ宝具なのか。
「先輩っ!?」
マシュの取り乱す声を聴いた。でも、その言葉は正しく頭に入力されない。痛みがひどい。見れば、己の腹が食い破られていた。
「あ、ぐふっ」
血だまりに沈む。流れる血はこんなに温かいのに、どうしてか身体は恐ろしく寒い。
追撃が来る。迫る彼女に、せめて眼だけは逸らすまい。逃げることさえできなくても、せめて立ち向かう覚悟くらいは示さねければ。でもマシュは逃げてほしいと思うけど。
乾く眼球を無視して、覚悟を決めた。けれど、来るべき最期が僕に届くことは無かった。
夜を、裂帛の声が割く。
「————石兵八陣!!」
それは、かの大軍師・諸葛孔明が敗走の際に用いたという巨石で構築された陣。空間を捻じ曲げて閉じ込める、不脱の檻が建つ。
「貴方たちは——!!」
「御託は後!! 逃げるわよ!!」
現れたのは、二人。
長い長髪に眼鏡、スーツ姿のよく似合う時計塔の講師。そして、空を駆ける黒髪にツインテールが目印の、金星の女神。
「大人しくしててね。いくらサーヴァントの霊基とはいえ、人を抱えて飛ぶなんて真似は初めてなんだから!!」
彼女の船に載せられて、僕とマシュ、そして時計塔の講師は夜の空を舞う。
上空から見た街には、生気がなかった。家に明かりはなく、道を走る道路もない。死んだ街が眼下には広がっていた。
「……うぐっ」
「せ、先輩!!」
思はず声を漏らした僕に、彼が言う。
「これが、今の本来の冬木だ。女神の権能が弱まる夜の間は、こうして虚構のテクスチャが剥がれる。……と、そんなことを言っている場合ではなかったな。今、治療しよう。何、見た目は酷いが致命ではない。うまく内臓が避けられている」
相変わらず眉間にしわを寄せて彼は答える。その眼差しはいつになく厳しかった。
「落ち着いて、マシュ。その人がそう言うってことは大丈夫よ。魔術の腕は微妙でも、観察眼と指導力だけはピカ一なんだから」
僕らを窮地から救ってくれたのは、既視感のあるはずの二人。でもきっと、僕らが知る二人とは別人なのだろう二人。
そうして、都会の空で、僕らは夜の邂逅を果たした。
「意識ははっきりしているな? 私の名は、ロード・エルメロイⅡ世。時計塔の講師をしている。まあ、なんだ。こんな状況だが歓迎するよ、異界のマスター君」
「私は、遠坂凛——って言っても、昼には会っているし、そもそもこんな状況で自己紹介なんて言ってる場合でもないんだけど」
人類最後のマスター、どうかこの世界を、彼女の夢を終わらせてほしい。
その言葉を最後に、僕の意識は遠のいていった。
あ、でち公お迎えしました(煽り