FateHF.Normal√×FateGO AD.2004? 幻想逃避都市冬木   作:ありゃりゃぎ

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ep5 槍兵とそのマスターと

「おはようございます。先輩」

 

 布団の温もりから、その声で脱する。聞き慣れた、僕を先輩と慕う少女の声だ。

 

「……おはよう、マシュ」

 

「はい。……その様子ですと、記憶の方は大丈夫そうですね」

 

 一安心と言った風に、胸に手を当てるマシュ。その時に彼女のマシュマロがマシュマシュと揺れる。おおう、朝から刺激が強いや。

 

「うん。昨日までの記憶はきちんと残ってる」

 

 畳の部屋。壁に掛けられた穂群原学園の制服に勉強机と、どうやら朝になれば強制的に衛宮邸にリスポーンするらしい。

 

「それじゃ、始めようか」 

 

 決意は胸に。いつだって前に進むのが僕の仕事だ。平凡な日常に紛れて、僕らの戦争が幕を開けた。

 

 

 

 とはいえ。

 

「こうして学校に通うっていうのも、危機感が感じられないような」

 

「どうした、藤丸?」

 

 首をかしげる衛宮に、何でもないと言って会話に混ざる。

 

 場所は教室。HR前の雑然とした時間だった。衛宮に後藤くんらとともに、益体もないことに話の花を咲かす。

 

 ダ・ヴィンチちゃんとホームズが言うには、間桐桜を変に刺激するべきではないということだった。つまり、日常を崩すような真似は極力避けるべきという方針だ。確かに、今間桐さんに正気に戻られても成す術がない。その方針は間違いじゃないが、やはりどうしても落ち着かない気持ちになる。

 

 当然、僕とマシュが学園生活を送っている最中に、カルデアではスタッフ総出で昨晩のバゼットさんの正体を突き止めるべく動いている。今は座して待つ、忍耐の時だ。

 

 それにしても、と思う。

 

 今朝に見た間桐さんを思い出す。真実を聞いてからもなお、あの可憐な少女が今回の黒幕で、既に正気を失っているとは思えなかった。記憶を消しているのだから、当たり前なのだろうけど。

 

「やっぱり、女ってのは見た目じゃ判断できないってわけだな!! な、藤丸!!」

 

「ううえぇ!? ……まぁ、その通りだとは感じているけれど」

 

 考え事に妙にシンクロする問いを掛けてくる後藤くんにびっくりしつつ頷いた。不味い不味い、ぼうっとしてた。

 

「そうそう、あのタイガーだって、黙ってれば真面だけど中身があれじゃあなぁ」

 

「——へぇ?」

 

 あ。終わったな。

うんぎゃあああああああああああ、と後藤君の悲鳴とともに、幾度目かの日常が始まった。

 

 

 

 そういうわけで、放課後。

 

 僕はマシュとともに、商店街へと続く道を再び訪れていた。

 

「ここに、本当に現状を打破するための鍵があるの?」

 

『うん、その通りさ』

 

 自信ありげに頷くダ・ヴィンチちゃん。疑うわけじゃないんだけど、このどこにでもあるような商店街に本当に逆転の切り札があるんだろうか?

 

「……まさか、お昼のうちにバゼットさんを……?」

 

『いやいや、そんなことはできないしさせないよ』

 

 そんなことしたら、間桐桜が目覚めてしまうかもしれないだろう? とダ・ヴィンチちゃん。それもその通りだ。いけない、どうにも気が逸りすぎている。

 

『それに、そもそも昼の段階でも彼女に勝てるかどうかは怪しいもんさ』

 

「それは、どういうことでしょうか?」

 

 いかに弱体化しているとはいえ、マシュはデミ・サーヴァントだ。時計塔の魔術師だという彼女でも、昼の状態を相手にマシュが敗北するまでは考えられない。

 

『昨夜のうちに、この特異点の過去に起きた第五次聖杯戦争にまつわる情報は粗方彼らから提供されていてね。……なんでも、そのバゼット嬢はただの魔術師ではないらしい』

 

 そうしてダ・ヴィンチちゃんによって語られたのは、信じがたい彼女のパーソナルデータだった。

 

 バゼット・フラガ・マクレミッツ。

 

 単なる時計塔所属の魔術師と言うよりは、封印指定執行者としての彼女の方が有名であったらしい。

 

「ふーいんしてー?」

 

『あー。藤丸君には馴染みのない単語だよね』

 

 ダ・ヴィンチちゃんとマシュによる解説によれば、封印指定執行者とは時計塔に仇成す敵性魔術師や神秘の秘匿に反する魔術師に対し、強制介入し事態にあたる時計塔屈指の武闘派であるらしい。

 

「対象の魔術師だけでなく聖堂教会からの代行者との戦闘も熟すことのできる、現代時計塔の公式な最高峰戦力。それが封印指定執行者です。単に執行者とも呼ばれますが」

 

『まあ、有体に言えば、人類最強みたいな感じかなぁ?』

 

 そんなバリバリの武闘派である彼女は、時計塔からの命でランサーのマスターとして第五次聖杯戦争に参戦した。しかしいち早く——と言うよりも始まる前に、彼女は舞台から退場したらしい。

 

『本来は監督役であるはずの言峰綺礼のだまし討ちにより、令呪を奪われ脱落したらしい』

 

 その彼女は、しばらく生死の境を彷徨うも一命は取り留めたらしい。そしてリハビリの末に復帰し、十年後の今、リベンジもかねてロード・エルメロイⅡ世らとともに大聖杯解体のためにこの冬木に来日していたのだという。

 

『問題なのは、彼女の持つ宝具でね』 

 

 伝承保菌者。それもまた僕にとっては聞き慣れない言葉だった。なんでも彼女は現代に伝えられたある宝具の正統使用者であるらしい。

 

マシュとは異なり、ただ人の身で宝具を操る。それを聞いただけでも、バゼットさんが一廉の存在であることが伺える。

 

「あの短剣。不完全とはいえ私の宝具を貫いて見せた、あれが……?」

 

 珍しく悔しそうにマシュが言う。

 

『そう。あれが、バゼット・フラガ・マクレミッツが扱う現存する宝具。斬り抉る戦神の剣さ』

 

 別名・後より出て先に断つ者。もしくは逆行剣とも。

 

 ケルトの光神ルーの短剣。対峙する敵の切り札の発動を条件に、自らの攻撃を先に成したものとする因果歪曲・順序逆転を齎す『時を逆行する一撃』。その一撃を持って、敵の攻撃を起きえないものにしてしまう、相討ちを一方的な必殺へと変換する魔剣。

 

『その宝具を依り代にして彼女の核とされているのは、恐らく光神ルーだ。大きく神格を落としているし狂化されてもいるがね』

 

「光神ルー……!? そんな、ケルト神話における太陽の神ですか!?」

 

 おおよそ、最悪の情報ばかり積み上げられていく。カウンターの極致に太陽神。相手取るにはあまりに強大だ。

 

『だが、光明はある。これだけ情報があれば対策の一つ二つなんて、天才ダ・ヴィンチちゃんに思いつけないはずがない』

 

 ダ・ヴィンチちゃんは語る。倒せぬ敵ではないと。

 

『ランサー:クー・フーリンを味方につけよう。彼の宝具ならば、彼女の宝具を打ち破れる』

 

 こうして最初のミッションが定まった。英雄クー・フーリンを味方につけよ。かの大英雄にマスター殺しを、親殺しをさせろ、と。

 

 

 

「でも、実際問題さ」

 

 商店街へと続く道には珍しく人影はない。だからこうしてマシュ、ダ・ヴィンチちゃんと他人の目をはばからず会話できる。

 

「あのクー・フーリンに、マスターであるバゼットさんを倒してなんてお願いしても、聞いてくれるかな?」

 

 ケルト神話における大英雄。クランの猛犬ともいわれる長身痩躯、しなやかな肉体の槍兵。

 

現在の冬木では魚屋のアルバイトのにいちゃんであり休日はアロハを着込んで海釣りに出向く姿が目撃されている、気のいい若者として通っているとか。

 魔術師として——ドルイドとしての彼とも、最初の特異点で僕らは遭遇しているが、その時でもそのパーソナリティは変わらない。コミュニケーションの取りやすさで言えば、サーヴァント全体でも屈指であるだろう。

 

「確かにクー・フーリンさんは話の通じる方ではありますが……。現在、冬木に召喚されている『ランサーさん』は、カルデアにいる、先輩のサーヴァントとしてのクー・フーリンさんではありませんから」

 

 マシュの言う通りだ。彼は、誉れ高き赤枝の騎士。誓約——ゲッシュと呼ばれる文化を持つケルト神話の英雄。そんな彼が、この時代におけるマスターのバゼットさんに、その槍の穂先を向けることが果たしてあるだろうか。

 

『それについては恐らく大丈夫さ。何せ、カルデアのクー・フーリンのお墨付きだからね』

 

 “夜になりゃ、契約も切れてるんだろう? サーヴァントとサーヴァントじゃそもそも契約できねぇしな。……なら大丈夫だ。俺なら、何の説明もなくても記憶さえ取り戻せたなら必ずやる”

 

 何せ、あの夜でもそうしたからな。

 

 本人曰く、そういうことらしい。

 

「でも大丈夫かな。ルーってクー・フーリンの父親みたいなものなんでしょ?」

 

 バゼットさんに対して槍を向けることを許容できても、父親(と呼べるかどうかは逸話を聞いた限りでは判断できないけど)に槍を向けるなんてのは。

 

『それについても大丈夫だってさ。狂化されているその状況なら、いっそ介錯してやるって』

 

 流石は赤枝の騎士。その辺の割り切り方も常人のソレじゃない。

 

「あとは、どうやってランサーに記憶を取り戻してもらうか、か」

 

「あン? オレの記憶がどうしたって?」

 

「うわったぁ!!??」

 

 気づいたら魚屋のエプロン姿のランサーが背後に立っていた。

 

「え、えっと。どこから聞いてたの?」

 

「どこから……? 何だ、坊主、何かオレに隠し事でもあるのか?」

 

 不思議そうに尋ねるランサー。この様子だと、大事なところは聞かれてなかったみたいだ。

 

「いや。何でもないよ」

 

 そう言って、耳につけたイヤリングを触る。今回の特異点では、いつものような空間投影型の通信は目立つということで、このイヤリング型イヤフォンで音声のみの通信をしているのだ。なお、本来はハンズフリータイプの普通のイヤフォンのはずだったのだが、2004年には存在しないのでイヤリング型に急遽変更したのである。流石はダ・ヴィンチちゃん特製イヤフォン。魔術にも精通するランサーに気取られた様子はな——

 

「おおう? 何だそのイヤリングは。お前さんも色気づく年頃かァ?」

 

 快活に笑うランサー。ビビったぁ、気づかれたと思った……。

 

「い、いやあ。あはは……。ちょっとお洒落に目覚めてね」

 

 どう? 似合ってる? とランサーに問う。さり気なく話題を転換する技術である。清姫とか静謐のハサンとか頼光さんあたりにこの技術は大いに鍛えられた。

 

「イヤリングって、どっちかっつーと女物じゃねぇのか?」

 

「ピアスは耳に穴を開けなきゃいけないし」

 

「んっは――それでも男かお前さんは!!」

 

 呆れるような仕草のランサーに、そんなこと言われてもと返す。いやだって、怖いもんは怖いんだよ。

 

「大丈夫ですっ、先輩。私はとてもよくお似合いだと思います」

 

『世界を救ったマスターとは思えない言い分だねぇ』

 

 フォローありがとう、マシュ。そしてバレちゃうかもしれないんだから自重してくれダ・ヴィンチちゃん。

 

「ま、外見に気を遣うようになるだけまだマシなのかねェ。ウチのマスターときたら、そのあたりは点でダメだからな」

 

 ドキリ、と心臓が跳ねる。ランサーのマスターときたら——

 

 ランサーの視線の先を見やる。そこには、昨夜の暴虐を思わせる赤髪の女性が、

 

「なにしてるの」

 

 自販機の下で小銭拾いをしていました。

 

「人間、追い詰められて余裕がなくなると他人からどう思われるのかっつう視点が抜け落ちるんだ。あれがいい例だな」

 

「いやうん。お洒落以前の問題じゃない?」

 

 外見に気を遣うってそういう? 予想以上に低次元だよ、大丈夫か時計塔。

 

 どうやらこちらに気づいたらしいバゼットさんが、むっつりとした表情でこちらにやってきた。何でだろう、さっきまで怖かったはずなのに、今ではどちらかと言うと恐怖より憐みの感情が……。

 

「なんですランサー。私の方を見て、何か言いたそうにして」

 

「いや、言いてェことだらけだわ。もうちょい他人の目を気にしてくれ、マスター」

 

 使い魔に養われている状態が許せなくて働き始めたはずのバゼットさんだが、最初の目的はどこへやら。今では、『働く』よりも『お金』を得る方向へ思考がシフトしているらしい。

 

「ランサー。他人の目を気にしても金銭は得られません」

 

「高々百円程度で人間性を捨てるなっつう話だ!!」

 

 ぐぬぬ、と黙るバゼットさん。いや、何でそこで言い返せると思っているのか。

 

「ハァ……。全く、ウチのマスターときたら。坊主を見習って、少しは見た目に気を遣えってんだ」

 

「いや、ファッションの話じゃないでしょ。生き方の話でしょ、これ」

 

 これと比べられても困る。

 

「外見については、言うほどでもないでしょう? スーツですから。フォーマルな格好です」

 

 憮然と返すバゼットさん。逆にスーツで地面を這いつくばるってどうなんだ。

 

「……そう言えば、バゼットさんの服装は基本、スーツですよね。……というか、普段スーツを着ている姿しか見たことがないような」

 

 マシュの口から出た疑問にバゼットさんが答える。

 

「スーツ以外に服を持っていないわけではありませんが——なんです、ランサーも藤丸君もその目は!! 流石に持ってますから!! 私、そんなにズボラに見えますか!?」

 

「いやまぁ、生真面目で不器用で生きるのだけで精一杯みたいな雰囲気してますとしか言えないですね」

 

「だな」

 

「クぅ……!! どこかの誰かに過去にも言われたような言葉を吐きますね……!!」

 

 ハンカチでも噛みそうなバゼットさんをかばうようにマシュが口を開いた。

 

「もう、先輩もランサーさんも言いすぎです。女性の方が、そのようなことを男性に言われるととても傷ついてしまいますよ?」

 

「ご、ごめん、マシュ」

 

 マシュにそう言われると弱い。

 

「バゼットさんもおしゃれに無頓着というわけでもないのでは? その耳飾りだってお洒落の証拠です」

 

 マシュの指さす耳飾り。バゼットさんの耳につけられたそれは、あまりに自然に彼女に馴染んでいるものだから、すっかり見落としていた。

 

「ああ、本当だ。その耳飾り、バゼットさんに似合ってますね」

 

 言われて、彼女は自身の耳に手をやった。

 

「——ああ。これは、他人から見ればお洒落なのでしょうが」

 

 彼女の耳を彩る銀の耳飾りには、既視感がある。というか、すぐさっき見たような……?

 

「それ、ランサーさんとお揃いなんですか?」

 

 僕よりも先に気づいたマシュが問う。

 

「お揃いといえば、そうなんでしょうか? これは、ええと、ルーンが刻まれた石というか、魔よけというか」

 

 言葉を濁すバゼットさん。ああそうか、彼女は僕らが魔術に通じているとは知らないのか。

 

「うーん、バゼットさんの故郷に伝わる古いお守りってこと?」

 

 それとなく助け舟を出すと「その通りです」と彼女は頷いた。

 

「ま、そんなところだな。……そうだ、坊主。お前さんにも一個やるよ」

 

 言って、ランサーは懐から同じような銀の耳飾りを取り出した。

 

「貰ってもいいの?」

 

「ああ。大した効果はないだろうが、うん。ケルトの戦士の勘だ。こいつは、お前が持っておけ」

 

 その後彼は「もう仕事に戻る」とだけ言って店に戻っていった。バゼットさんもまた、バイトの面接があるとかで、同様に去っていったのだった。

 

「行っちゃった……。どうしようかな……」

 

『よし、戻ろう。マシュに藤丸君。これで仕込みは成った』

 

「え?」

 

 ダ・ヴィンチちゃんには既に光明が見えているらしい。いつもの得意顔で、彼女は言い放った。

 

『説明は後で————さあ、今夜が勝負だ。あの墜ちた神に引導を渡してやろう』

 




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