FateHF.Normal√×FateGO AD.2004? 幻想逃避都市冬木 作:ありゃりゃぎ
夜は、まだ続いていた。
かろうじて——そして、ランサーの犠牲により僕らはどうにか、GMサーヴァントであるペルセウスから逃げおおせていた。
場所は、ロードが用意したセーフハウスだ。何でもかつての第四次聖杯戦争の折りも、ここに拠点を構えていたらしい。
古い北欧風の、木造のログハウスに僕らはいた。
「まずは——ありがとう、エミヤ。おかげで助かったよ」
「いや、礼には及ばないさ」
僕の隣に侍る赤い外套の弓兵は、そう短く答えるにとどまった。
武装こそ解いているが、そこに隙は無い。どうやら目の前の二人を警戒しているらしい。
「エミヤ、楽にしていいよ。彼らは味方なんだから」
「そうは言うがなマスター。やはり最低限の警戒は必要だ」
常在戦場、というわけでもないだろう。味方とそれ以外とで一線は引くという、彼らしいスタンスなのだろう。
「そこな弓兵の言う通りだ。……あくまで、私もミス遠坂も間桐桜に呼び出されたサーヴァント。彼女が正気に戻ればその時点で敵方に下らざるを得ん」
エルメロイⅡ世はエミヤの失礼ともいえる態度にそう理解を示して続けた。
「やはり君もマシュ嬢も優しく、そして甘い。厳しさはそこの弓兵が担当するのがいい」
——まぁ、私の隣は納得していないようだがね。
理解を示したエルメロイⅡ世とは反対に、遠坂さんはむっつりとした表情のままだ。
「——おい色男。女性を宥めすかすのは得意だろう」
「む」
困り顔のエミヤに尚も頬を膨らませたままの遠坂さん。そして我関せずのエルメロイⅡ世。
気まずい沈黙に耐え切れず、マシュが声を上げた。
「えーっと、遠坂さんは、エミヤさんと面識があるんですか?」
「私、マスター。そいつ、サーヴァント」
なんで片言何だろう。
どこぞの部族みたいな口調の彼女に代わり、エミヤが溜め息とともに口を開いた。
「まあ、なんだ。今回の聖杯戦争においてリンに召喚されたサーヴァントが私だったというだけだ」
マスターとサーヴァント。いわば戦友という間柄か。とは言え、サーヴァントの特性上このエミヤと遠坂さんが召喚したサーヴァントは同一人格の別人なのだが。
「そうとも限らないわよ、藤丸君」
遠坂さんがエミヤを見つめながら続ける。
「あんた、記憶引き継いでるわよね?」
「そうなの?」
エミヤに問えば、彼は首肯した。
「そうだな……。そもそも人理が不安定な状態だったからか、ある程度ほかの召喚時の記憶もあるというのもあるが。……この特異点に降り立った時、契約に横やりを入れられかけた。その際に『この特異点で召喚された私』のパーソナルデータが一部私の霊基に書き加えられている」
カルデアに召喚されたエミヤの霊基に、この世界のエミヤの記憶が書き加えられた、ということだろうか。だとしたら、
「大丈夫なの、それ? 何か異常とか」
あるんじゃないかと続けようとして、カルデアからの通信が来た。
ダヴィンチちゃんだ。
『そこはモーマンタイだよ、マスター君。彼の霊基に異常は見られない。ほかのサーヴァントたちみたいに、契約に横やりが入れられたということもないしね。……ま、勝算はあったとはいえ、分の悪い賭けだったけど。ほんと、これっきりにしてくれよエミヤ』
「肝に銘じておこう」
頷く彼に、ダヴィンチちゃんは『わかってるのかなぁ』と半目を向けた。うん、いざというとき無茶するサーヴァントランキングトップ5のうちの一人なだけある。こういう時の彼の信頼はないも同然である。
「まあ、コイツが聖杯に横やり入れられないってのはその通りだと思うわよ」
遠坂さんは腕を組み、
「————何てったって『エミヤ』だものね?」
「ぐ」
そう、エミヤ——衛宮なのだ。
かつて炎上し荒廃する街を共に進んだとき、ぽつぽつと彼が語ってくれた。
曰く、英霊エミヤはその生前、マスターとして聖杯戦争に参加していたと。
そうと来れば、思い出されるのは、昼において僕らをもてなしてくれた赤銅色の髪の青年だ。髪の色も肌の色も、英霊エミヤと衛宮士郎ではまるで似ていないが、料理上手な一面も異常なまでに弓の腕が立つことも、言われてみれば確かに似通った点がいくつもある。
「……予想はしていたけどね。あんたの腕を移植されて、衛宮君が曲がりなりにも正気を保ててたのって、要はおんなじだったからってことなんだろうって」
かつての戦場を回顧しながら彼女は続けた。
「思えば、ランサーもいて。セイバーもライダーもこの世界に存在していた。見てないけど、たぶん柳洞寺にはキャスターもアサシンもいるはず。でもあんたはいなかった。この『桜にとって都合のいい世界』にとって必要ないのは——いてはならないのは、間桐家の主と教会の神父。そして、アーチャーだったから」
間桐桜にとっての日常。彼女の思い描く幸せに、サーヴァントの存在は決して排除すべきものではなかった。真実、彼女のサーヴァントであるライダーとは本当の姉妹のように心を通わせていたのだから。
彼女の幸福に席がないものの一人は、やはり間桐家当主——間桐臓硯。この人物は、いやでも彼女の昏い生い立ちを思い出させる故に。
もう一人は、教会の神父——言峰綺礼。彼は、その傷を開くという性質、そして愛すべき先輩の大敵足り得る故に。
そしてもう一人は、実姉である遠坂凛のサーヴァント——アーチャーもしくは英霊エミヤ。彼は、その在り方が。愛する男の成れの果てを、彼女は許容できない故に。
「桜にとっての幸せは、衛宮士郎が幸せであること。衛宮君と平穏な日常を謳歌することこそが、桜の望み。だからこんな張りぼての世界を創ったってのに、当の衛宮君の『戦場を渡り歩いた末の未来』なんて見せられたら、たまんないでしょ」
溜息を長く吐いて、遠坂さんは自身の妹の心情をそう推測した。そして、その推測は恐らく当たっているのだろう。
「この特異点における聖杯は分割されて各GMサーヴァントに管理されているようだが、その支配権は依然間桐桜が握っている。今はこの夢に沈んでいるのだろうが、無意識に彼女は私への介入を躊躇った。……この夢における私の配役に迷った、というところだろう」
『そんなわけで、エミヤくんの契約に介入されるまでにラグができた。その隙にカルデアの方でプロテクトを掛けられたってわけさ』
今回は英霊エミヤだからこそ成立した対処かな、とダヴィンチちゃんは語った。ということは、他のサーヴァントでは今後もカルデアからの応援は難しいってことか。勿論、アサシンエミヤも無理だろう。彼はエミヤであって衛宮士郎の可能性ではないのだから。
『そういうことさ。……ま、エミヤならもう一人いるんだけどね。ほら、彼は、さ?』
「……うん、確かに」
もう一人の英霊エミヤ。黒い外套に刈り上げられた白髪。二丁拳銃を振るう、悪と混沌へと堕ちた衛宮士郎のもう一つの可能性。識別コードはエミヤ・オルタ。
新宿での一件では、彼は頼りになったわけだけど、今回においてはきっと噛み合わせが悪い。何より遠坂さんとの相性が。
『ああなった彼を遠坂嬢に見せるのは酷だろうし。何より、これ以上こちらからアクセスすれば、本格的に間桐桜を目覚めさせかねない』
心情的にも戦術的にも非推奨というのが、我らが頭脳ダヴィンチちゃんの出した結論だった。
何はともあれ。
「これ以上のカルデアからの増援は難しいってわけか」
言えば、エルメロイⅡ世が頷いた。
「今の段階では下策にすぎるな。与えられたカードで対処するほかない」
「そうね。……個人的には、さっき言ってたもう一人のアーチャーってのには興味があるのだけど、いい加減これからの話をしましょうか」
現状の確認と、これからの展望について。
スチャリとどこからか取り出した眼鏡をかけて、遠坂さんが語る。
「こちらの戦力は、私とロード。そしてカルデア側からマシュと藤丸君、それにアーチャーね」
「一介の魔術師である藤丸君を戦力に数えるのはどうかと思うが」
エルメロイⅡ世が言えば、遠坂さんがこちらを見た。
「な、なんでしょう」
「そういえば、藤丸君がどこまでやれるのか、知らないなって」
曲がりなりにも世界を救ったマスターなんでしょ? と首をかしげる遠坂さん。いや、そんな期待されても困る。
『うーん。残念だけど、藤丸君は魔術師としては素人といっていい。本来彼はマスター適正だけで選ばれた、埋め合わせの一般人に過ぎないんだ。その手の期待はするだけ無駄さ』
ハンズアップするダヴィンチちゃん。くう、真実だけどそれだけ傷つくなぁ。
「うっわ一般人てもしかして士郎タイプ? いや、アイツは何だかんだ魔術知識もあったし強化も投影もできたし。……もしかしたら慎二以下? それでよく世界救えたわねー」
「遠坂さんの評価が辛辣すぎる……」
「大丈夫です、先輩!! 先輩は頑張ってますよ!!」
フンスと励ましてくれるマシュはほんといい子だなぁ。
「いや、そもそもサーヴァント同士の戦闘にマスターを戦力に数えることがナンセンスだと思うがね」
エミヤが苦笑いするが、しかし遠坂さんは平然と言ってのけた。
「あら。私だったら、キャスターくらいなら格闘戦で相手取るくらいならできるわよ」
「…………ああ、そうだな。君はそういう奴だったよ」
遠い目をするエミヤ。なんだ、いったい何を思い出しているのだろうか。
ともかく、マスター一人にサーヴァント四人というのは、数だけ見ればそう悲観することでもないのだけど。
「問題は、そのサーヴァントが揃いも揃って故障持ち、といったところか」
いつもより眉間に皺を寄せるエルメロイⅡ世が唸る。
確かに、現状マシュは正直戦線に出せるような状況ではない。あの決戦以降、彼女の中に眠るかの英霊は、その役割は終えたとばかりに眠りについている。
「最初にバゼットさんに襲われたときは大丈夫だったんだけどね」
『あれについては、こちらの方でホームズが解析してたよ。まだ詳しくは分からないけど、君が出会ったっていう、イリヤスフィールを名乗る少女のお陰だろうってさ』
言われて思い出す。そういえば、彼女は僕に記憶と令呪を取り戻させただけじゃなく、何かしらの力も授けてくれたのだ。
この令呪の一画に特別の力を、だったか。
「イリヤは十年前の聖杯戦争で、小聖杯——大元の聖杯の端末になって消えてしまっている。……多分、大聖杯に残った残留思念か何かでしょうね」
合わせる顔がないわね、と難しい顔をして遠坂さんが答える。
「マシュのあれは、あの一回限りなんだ。もうマシュには無理をさせられない」
「でもっ、先輩っ」
僕は首を振る。
「ダメだよ、マシュ。君に無理はさせられない。……特に宝具解放はダメだ。これだけは譲れない」
これだけは断固として。だって、あの時の奇跡を蔑ろにはできないから。
「なんだ、マスターとしては及第点ってところね」
ふふ、と笑う遠坂さんを少しにらむ。何さ、その生暖かい視線は。
「とすれば、戦力に数えられるサーヴァントは三人といったところか」
エミヤが言えば、いや、とエルメロイⅡ世が首を振った。
「私とミス遠坂も、戦力になるかと言われれば微妙だ。我々は霊基が安定していない」
「霊基が? 出力の問題なら、カルデアの方である程度補助ができると思いますけど」
問えば、彼はやはり首を振る。
「残念だが、出力が安定しないのではないんだ。……霊基それ自体が揺らいでいるのだ」
「それって……」
『こちらで計測しているけど、確かに、霊基の存在強度が安定してないね……。そうか、サーヴァントの上に人格を上書きしているからか』
「おそらくはその通りだろう。……私の場合は『諸葛孔明』という英霊の上に『エルメロイⅡ世』の人格が上書きされている状態だ。君らの言うデミ・サーヴァントとは逆の状態と言っていい。簡単に言えば、重複した存在がコンフリクトを起こしているといえばいいか」
いや、全然簡単ではないですけども。
「ピンと来ていないか。……そうだな、簡単に言えばこの身体の主導権を握り切れていないのだ。本来の英霊の人格を無理やりに押さえつけて、我々の人格が存在しているからな。英霊側としては意識的にしろ無意識的にしろ霊基の主導権を取り返そうとしてくる。カルデアにいる私の方は、『諸葛孔明』と話がついているということだが、こちらの私はそうではない」
二つの人格が、どちらが表に出るかで衝突を起こしているわけか。
「そういうわけだ。本来の英霊側からすれば、勝手に自分の力を使われたくはないのだろう。……私の方は、比較的穏やかだからか宝具もスペック減ではあるが使える。だが」
「私の方は、全然ダメね。マアンナ呼び出すのが精いっぱいよ」
本当に腹立つわね、と遠坂さんが言う。けど、あの金星の女神を知っている身分としては、むしろよくマアンナ引っ張り出してこれてますね、と称賛を送りたい気分だ。
「ってことは、本来のスペックで戦えるのってエミヤだけってこと?」
「そうなるな」
難し気に頷く。これは確かに戦力不足が否めない。
「故に、だ」
エルメロイⅡ世は言葉をつづけた。
「戦力が欲しい。……たとえそれが、サーヴァントでなくとも」
「———サーヴァントではなくても……?」
当然の疑問に、マシュだけでなく僕も首をひねる。
「そう」
エルメロイⅡ世は、煙草に火をつけ、そして迷うようにして言葉を吐いた。
「この世界に、居るはずなのだ。————私の教え子たちが、な」
エイプリルフール今年も面白かったですね。
ええ、プレイする時間がなかったことを除けば。