俺、桑原 隼人はゲーム会社に就職して1年経つ社会人だ。趣味は読書と音楽鑑賞に料理。こころがけていることは毎日のランニングと筋トレだ。職業柄座りっぱなしなので体だけは男として鍛えておこうと思い入社してから1年間続けている。
季節は春、今は3月の下旬で最後の日曜日であり来月には進入社員も入ってくるし俺もついに先輩ということになる。なにかと速いものだ。
実を言うと俺は今日、あるやつと久しぶりに会う約束をしているのだ。まあ、あるやつとは俺の高校時代の後輩で、しかもそいつは俺の務めている会社に合格し来月から社会人の仲間入りを果たすと言うのだ。改めて挨拶も兼ねてとあちらから連絡をよこしてくれたものだから、俺もせっかくだしお祝いしてやろうと張り切って家を出てきたのである。
「少し張り切りすぎたか……」
そう呟いて腕時計をみると、待ち合わせ時刻の10分前を時計は示している。まあ、別にそこまで早く来すぎた訳でもないしこのまま待ってるか。とその場でつっ立っていると、たまたま目の前を通り過ぎた女の人の鞄からハンカチらしきものが地面に落ちた。
「あの、すいません」
俺は、すかさずそれを拾ってやり声をかけるとハンカチを落とした張本人もお礼と同時に軽く会釈をして俺に微笑みかけてくれた。そんな姿につられて俺も会釈を何度か繰り返してしまう。
「相変わらず、いい人ですねー!」
女の人が去った後、その声に後ろを振り返った俺の目に映ったのは茶髪のショートカットに綺麗で大きな緑色の瞳、さらには健康的な雰囲気のボーイッシュな服装。その人物こそ今日会う約束をしていた篠田はじめである。
「あれくらい、普通だろうよ」
「何だかんだ、皆んなが言う"普通"ってちょっと理想高いもんじゃないですか!」
元気に喋る彼女は、相変わらずの口調で俺に喋りかける。なんという、別に会うのは高校以来という訳では無いが、高校の時から見れば少し雰囲気が変わったのではないかと思う。高校の時はなんか……もっとこう女子高生してますっ!って感じのウェイ系だったのに。
「そういえばまだ面と向かって言ってなかったな、合格おめでとう」
適当な店に入り俺たちが腰を下ろすと同時に俺がそういうと
「えへへ、面と向かって言われるとちょっぴり照れちゃいますね……」
篠田は頰をかきながらそう言った。
「どうだ?好きなのを選んでいいぞ。遠慮はいらん。今日は俺のおごりだ」
「ホントですか!?やりぃ!」
メニューを開きながら言った俺の言葉に篠田は目を光らせてガッツポーズをとる。俺はそんな元気な篠田を目を細めて見つめていた。
心の何処かで、篠田が4月から入社してくるというのを俺は喜んでいた。後輩が無事進路を決めた事とは別にもしかしたら、またこうやってしょっちゅう一緒に飯に来れるのか、とか思ってしまってる。そんな自分がちょっと気持ち悪いなと少し可笑しく思う。そんなことを考えているとピコン!とスマホの通知が聞こえる、なんだかスマホには笑われて気分だ。
「……」
なんか、静かだなと思ったら篠田は俺のスマホを一瞬見つめ黙り込んだ。
「いきなり黙ってどうした篠田?」
「あ、はい!いやなんでも!」
「そ、そうか?」
おそらく、通知音に驚いてしまったと言うところだろう。俺はスマホを鞄にそのまましまった。
「じゃあじゃあ、私はこのオムライスと……ハンバーグ!もちろんドリンクバー付きで」
「めっちゃ食うじゃんか」
俺は苦笑いしながらそういうと、篠田は頭の後ろに手を回し、おなか減っちゃって….…と舌を出すのだった。
*
「いやー!このオムライス美味しいですね!先輩今日はありがとうございますホント!」
篠田はがっつきながら、幸せそうな顔でそう言った。なんか、見てるだけで俺が食ってるドリアもいつもより美味しく感じてしまう。
「……そういえば、高校生の時もたまにこうやって二人でファミレス来たよな」
「ずいぶんと懐かしい話をしますね」
「何故か、知らんがお前俺にいつからかしょっちゅう絡んで来るし」
俺が不意にそんなことを言うと篠田は肩をビクッと震わせ先程から勢いよく動いていたスプーンを持つ手が止まる。
「えっ……あっ……まあ」
「俺、最初はめちゃ戸惑ったよ」
「あ、あはは……!」
「なに、その引きつった笑い」
「な、なんでもないですっ!」
そう言って少しふてくされたような表情を見せながら、再びスプーンに勢いがつく篠田の姿を見て俺は首を傾げた。
*
「ただいまー」
俺は誰もいない部屋に向かってそう言った。篠田を家に送り、スーパーに寄ってから家に帰ってきたのだ。
やっぱりあいつといるのは……楽しいな。そんなことを考えながら、俺は冷蔵庫にスーパーで買ってきた野菜を入れていく。
「篠田って彼氏とかいんのかな……」
頭をかきながら俺はそう呟いた。お分かりの通り俺がこう頭をかきむしる理由は恋に他ならない。俺は篠田と長い間付き合ってきて、だんだんとあいつの元気で明るい性格に惹かれていったのだ。
しかし、恥ずかしい話俺は今まで彼女なんか作った事ないしイマイチ女の子との距離があまりつかめていない。
彼女がいない、つまりはモテない。というのもこれまた俺の"趣味"も関係している。高校では、身なりもきにするようになったし何より自分の趣味はひた隠しにしてきたのだが、中学の頃から俺はいわゆる"オタク"だったのだ。ずっと、一人でアニメやゲームばかりで友達もあまりいた記憶は無い。それどころか、オープンなオタクだった俺は今思えば周りから引かれてたんだろうなとちょっと寒気がする。そんな中学時代の俺とオサラバしたいと、いわゆる高校デビューを果たした俺だが結局デビューできたのは外見だけで中身はあまり変わらなかった。今思えば、人間関係もちょっと仲良いクラスメイト止まりで、友達と呼べるかと言われれば勢い良くは頷けない。
そして、今もそれは変わらない。全盛期よりは落ち着いたものの、家にはフィギュアは飾ってあるし、趣味は読書(漫画)と音楽鑑賞(アニソンとゲームサウンド)そして料理は一人暮らしだからやってるだけ。ランニングは外見からでも変わろうと高校から始めたのが癖になっているだけ。
自分の好きなことを好きだと言えることはとてもすごいことだと思う。でも世間のオタクのイメージは残念ながら言わずもがなである。
今でも、俺のこのオタク趣味はひた隠しにしている。特に、篠田には知られたくないのだ。好きな人にはあまり引かれたくないものだ。趣味が拒絶されるのはやはりちょっと怖い。
「そうだ、明日から会社か……」
俺はケータイを取り出し電源をつけた。すると待ち受け画面にはアニメのイラストが映る。実は俺は休日になると、この俺の好きなアニメキャラクターを待ち受けに変えて平日はまた海の景色の待ち受けの戻しているのだ。なんでかって……そりゃあ、推しの姿はいつでも見たいからに決まっている。平日は会社の人には見られるわけにはいかない。
俺は、いつもの海の景色の画像に待ち受けを変えた後に違和感を感じた。
「あれ?俺今待ち受けの画像変えたよな……」
おかしい。だって今日俺はせっかくの休日に外出したろ?しかも篠田と……
「あああ!?」
俺はついに自分の過ちに気づき声を上げて硬直した。
そうだ、そうだよ!?もしかしたら篠田にアニメ画像の待ち受けをみられたんじゃないか?
「まぁ……多分、見られてないよな」