水面に向かって、シュポーンと浮かび上がるアレです。
私は気付くと、布団を掛けられ寝ていた。
ここは村長宅かな、外から子供の声が聞こえる。
「マイム!」
声がしてそっちを見る。リナさんが抱きついてきた。正直、頭が回らない。なんで寝てるんだっけ?
「お腹!お腹はもう大丈夫なの?」
お腹…なんかあったっけ…?お腹、お腹、お腹。あ…。
「そうだったお腹。」
傷は塞いだ。けど、治りきったかは確認してない。私は服を捲った。
「傷一つ無いね。良かった、良かったよぉ。」
リナさんは私のお腹を撫でながら泣いている。
「良かった塞がった。」
私はホッとした。中身が零れ落ちかけてた覚えがある。くぱぁ、ってなってて死にたくないの一心だった。
「塞がってるけど、今日は一日絶対に安静にしててね。」
「はーい…。ところであの後ってどうなったんですか?」
ここで寝てるって事はおんぶされたのかな。
「あの後はね、マイムが大狼に抜き手やったままで気絶して一緒に湖に沈みそうだったから大慌てで陸地に引っ張り上げたんだ。でマイムは意識無いし、討伐した証拠に狼を持っていこうにも人手足りないし。全員傷だらけだしで、周囲をちょっと探索した後でテレポートクリスタル使って村まで帰って来たんだよ。」
その後はもっと大変だったとリナさんは語る。私達全員が傷だらけであちこち出血してるし、私も返り血で血塗れで意識は無いしで、それを見た村人達はパニックになったそうだ。
とにかくマイムを一刻も早く休ませ無きゃいけないけど、血も拭わなければいけなくてクリエイトウォーターで洗ってもピクリともしなくて、子供達が泣き出したり、老人達は悲嘆に暮れて祈りだしたりと大人から子供まで村中大混乱に陥ってますます時間が掛かって焦ってたと言う。
「もう、本当に大変だったよ。マイムがこのまま死んじゃうんじゃ無いかって私も皆も泣いてて。ほん、とに、心配したんだからね。」
途中から涙声で言われて、大変申し訳ない。
「でも、良かったよ。全員で帰って来れて。かなりギリギリで私も結構危なかったし。咬まれたのがマイムじゃなくてミアだったら、たぶん助からなかったし…。不幸中の幸いじゃ無いけど、あの状況は誰が死んでもおかしく無かったんだ。」
「だ・か・ら。今日は一日安静にしててね。何かして欲しければ私がやるから何でも言ってよね。明日は念のためもう一度山を見回るから、今日はゆっくり休んで明日に備えなさい。」
「はい。」
でも、いきなり暇になってもやる事が見つからない。
「お話、しませんか?」
「いいよ、何にしようか?」
「えーっと、リナさんの事を聞かせてください。」
私は仲間の事をあまり知らない、特にリナさんは全然。
「と言っても、大して話の種になる様な事は無いんじゃ無いかなー。じゃあ、お互いに改めて、詳しく自己紹介しようか。隠し事は無しで行くわよ、どんなに信じられない事でも包み隠さず言うこと。」
どんな話が聞けるのか楽しいだな。
「私の本名は、ササキ・リナ。この辺境にあるエドの村出身でウォリアーの職に着いてるわ。私の村で黒髪黒目の人はみんなウォリアーの資質を生まれつき持ってて、それ以外の全員がソードマスターの資質を持って産まれる。この性質は先祖に由来してるの。」
ササキ・リナ。じゃあ…
「私達の先祖はそれぞれ、サムライ、ナイトと言う職に着いていた戦士達だったのよ。生まれや育ちは様々だったけど皆が共通の逸話があるの。」
なんとなく、聞くのが怖い。
「水色の髪と水色の瞳のこの世の者とは思えないほど美しい天女、若しくは乙女に導かれこの地へやって来た…と。マイム、貴女の容姿にそっくりよね?そして女神アクアもそれに当てはまる。」
誤魔化しは出来ない…。
「貴女は女神アクアに関係があるんじゃ無いの?容姿、そして気配。それに雨を呼ぶ力。尋常な存在では無いのが丸分かりよ?」
眼が怖い。
「私は…。私も女神アクアにより、この地へ導かれたんです。」
全部、全部。言ってしまおう。
「私は、理由は分からないんですが。死にました。そして死後の世界でアクア様にお会いしました。私には三つの選択肢が与えられました。」
きっと、侍や騎士の人も一緒なんだろう…。
「一つは天国へ行き、魂が消滅するまで終わらない日向ぼっこをする事。一つは、全ての記憶を失って生まれ変わり新たな人生を歩む事。」
「最後の一つは、記憶を持ったままで何か一つの力を持ってこの世界に来る事。魔王を討つ神の尖兵としてこの世界に降り立つ事。リナさんの先祖の侍と言うのは私の国での騎士に当たる身分で戦士でもある人達の事です。私が生まれるよりもずっと昔に居た人達です。」
「居た…とは?もう居ないって言う事?」
呆然とするように聞かれた。
「はい、もう居ません。時代の流れにより武士は廃止されました。私の国には貴族ももう居ません。居るのは、帝と民のみ。他の多くの国も騎士の身分は廃止されたはずです。」
サムライもニンジャも居ない。現実は切ない。
「それにモンスターも居ません。神は居るのか居ないのか分かりませんでした。」
でも私は会った。アクア様に。
「現代の私達の世界では死後の世界もお伽噺の部類扱いでした。死んで死後の世界でアクア様に会うまでは、私も眉唾物だと思ってました。」
神は見てる、見てるだけ。なんて言葉もあったっけ。
「神様が居ると分かったのが、死んだ後なんてどうしようもないですよね。でも、それが私達の世界でした。神も悪魔も奇跡も運命も何も無いんです。全ては必然の積み重ねで世界は回ってました。」
リナさんは言葉を発しない。
「私はアクア様に会い惹かれました。美しい神々しい、そんな言葉じゃ語れ無いんです。私には光り輝いて見えました。その光に飲み込まれて消えても良いとさえ思いました。」
まるで未練が消えて、自身が浄化されていくようだった。
「そして、アクア様は尊い。その尊さを世に広く伝える事こそが我が使命だと悟りました。」
何を言ってるのか分からないのかな?簡単でしょ?アクア様は尊い。アクア様は尊いんだよ、真理でしょ?
「アクア様は尊い。それだけで、もう全部どうでも良くなってしまいました。」
私が生涯を掛けても伝え無ければならない。
「アクア様にこの世界の人々は会う事は叶いません。だから、私がアクア様の写し身となって善行を積み、アクア様のお姿を教え広めるんです。」
「そう、私はアクア様を布教する為の使徒です。」
「頭を強く打っちゃったのね、可哀想に。元気になるまで私がお世話するから、諦めちゃダメよ。」
私を抱きながら優しく諭す。
「違う。私は正気です!女神アクアの威光と尊さを広めるのが使命なんです!」
ごめんね、ごめんね、守ってあげられなくて。と繰り返される。
「私もリナさんの先祖達も、みんなアクア様に導かれたんですよ。ほんとです、頭打ったとかじゃないですよ。信じてくださいよぉ。」
私は正気!正気だってば。
「それに私の姿が証拠ですよ!私は前世は男だったんです、今はアクア様にそっくりに生まれ変わったんですよ。」
私を少し離して全身を観察している。
「そんな事言っちゃダメよ?可愛く産んでくれたご両親に申し訳ない無いじゃないの。いい?そんな事言ってたらアクシズ教徒に思われちゃうよ?ミア達じゃなくて、頭のおかしい方のアクシズ教徒よ。」
凹む、信じてくれない…それ以上にアクア様の事を信じて無いのが分かって辛い。
「ほんと、です。ほんとなんです。私はほんとです。」
涙が溢れる、私は真実しか言ってないのに…。
「はぁ、信じられないけど。本当だとして。マイム自身が女神だって言われた方が信じられるくらいなのよ、アクシズ教徒ってさ。もう泣かないでよ。」
私を抱きながらよしよしってされ続けている。
どうしたら、信じてくれるのかな。
今は分からない。もっと多くの人もきっと信じてくれない。どうしたら信じてくれるんだろう…。
私自身が女神を目指してみる、とか?
女神の様な人が言えば、ただの冒険者やアクシズ教徒が言うよりも信憑性が増すのかな。
女神を目指すってどうすれば良いんだろう。
女神、女神か。多くの人を救い歩き手助けして回るとかかな。今は力も知識も足りない。何より常識が足りない。ミアさんと、ちょっと嫌だけどリムタスさんにも相談してみよう。
「寝ちゃったか。信じられないけど、信じてる。女神アクアはよくわからないけど、マイムは信じていい。言ってる事も言い伝え通りだったし、サムライの時代は終わったとか。本当なのかな?色々と。剣で空を飛ぶ鳥を斬ったり、巨大な蛙を召喚して使役してたとか。スキルも無しに分身したり壁を歩いたりとか、そういう眉唾物もさ。」
いつか、マイムをエドの村に連れて行こうと心に決めた。
途中まではシリアスだったのに、どうしてこうなったのか。
シリアスのままだったらすんなりとリナも受け入れられたんだろうけど、アクア様を布教するとか言い出したせいでスッカリ頭の可哀想な子扱い。
子は親に似るかの如く、マイムも女神アクアに似た所がでてしまった感。狂信者と言われても否定が出来なくなってしまった。