偽アクアの旅路   作:詠むひと

17 / 32




成り行きで

 

 教会に足を踏み入れた私達が見たものは、天窓から降り注ぐ光の中に立つ司祭様(リムタスさん)の姿。

 聖典を片手に目を瞑り、瞑想している姿は先日の様子とはまるで違い敬虔なる信徒と言える姿だと思う。思った。

 

 

 立ったままで寝ていると気付くまでは。

 

 

 小さく寝言を言ってるけど、まさに寝言は寝て言えを姿で体現するとは…。

 

 ミアさんが肩を揺さぶって起こした。

 

 

「なんとなく、来そうな予感がしていた。マイムよ、道に迷っておるな。迷いを話してみよ。」

 

 あっ、ナチュラルに寝ていた事を無かったことにしたよ…。

 でも真剣な目付きはまるで私の心の中まで見通すかのようで、少しだけ怖かった。この人には隠し事が出来ないんだなって。

 

「はい、御相談したい事があります。」

 

 私達はそのまま進みミアさんは長椅子に腰掛け私の要件を済ますように促す。私はリムタスさんの正面に立ち言葉を紡ぐ。

 

「私の言葉がより多くの人に受け止められるにはどうしたら良いのでしょうか。」

 

 私には経験も知識も足りないし、その道筋すら分からない。力も足りないし心も強く無い。

 

「ふむ。言葉が届かぬなら、行動で示すがよい。力無き言葉では、想いは伝わらぬ。想い無き力でも伝わらぬ。ならば、言葉と力を示せば良い。力が無くば、心身を鍛えよ。そなたには想いは既に在ろう、なら力を付けよ。」

 

 説得力が無いって事か…。私はポッと出の存在でしかない、だから力と立場が必要か。

 

「手っ取り早いのは、名声を高める事だ。立場は力だ。重責ある者の言葉には重みがある。功績を積み上げれば、いつしか人々の心にも届こう。または、力を示す事だ。他を圧倒する力は人々を惹き付ける。世に蔓延る悪を討つ勇者には、自然と人々も付き従うだろう。」

 

 勇者かぁ、私も勇者候補ではあるんだよね。数多の勇者候補がこの世界に来た、でも未だに魔王は健在。功績と名声があれば…。

 

「だが、マイムよ。力ずくの言葉など、野蛮だとは思わぬか?一般的には強い者の言葉は重い。だが、儂等が持つ力は何じゃ?癒し浄める力があるじゃろう?水と共に生き、この清浄なる力で人々を導くのもまた名声を高めるだろう。」

 

 私は一部だけどプリースト系魔法が使えるし、この身に宿る浄化の力もある。

 

「戦士は数多居る、だが癒し手はいつだって足らぬ。それは戦場でも日常でもじゃ。お主には力も癒しもある。ならば、それらを高めて行く事じゃ。急がば回れ。何事も焦ってはならん。」

 

 私は、急ぎ過ぎている…?

 

「今は学べ、足らぬ知識を補おうぞ。」

 

「よろしくお願いします。」

 

 今、出来る事をしよう。

 

 

 

 辺境の歴史と成り立ちの知識を学ぶ事になりました。言葉を届かせるなら、歴史を知り背景を読み解くべきと。

 

「まずは辺境の成り立ちと現状からじゃな。地図を見ながら聞きなさい。」

 

 古来、この辺りは広大な森林地帯でエルフや獣人達の集落があったそうです。ですが、何らかの災害により、エルフ達の拠り所であった大木と都が滅び森も枯れていった。

 森と都を失ったエルフ達は安住の地を求めて各地に散ってゆき、人間との混血により純粋なエルフは消えた。旅に出なかった一族が何処かに隠れ里を作って住んでいるという言い伝えが残っているらしい。

 

 森が消え草原と荒野になり精霊のバランスも変わり、徐々に水の精霊が減って行くと共に乾燥した土地が増えていった。ここ百年程は安定していたけれど、三年前から急激に土地が痩せて乾燥していったらしい。急激な変化の裏には精霊達の変動が有ったと推測されていて、領主やギルドが中心になって原因の究明と対策に乗り出している状況で雨乞いもその一環だそうです。

 このまま乾燥地帯が拡大したら幾つもの村が放棄される自体に発展するので、領主は焦りはじめている。

 

 

「以上が大まかな現状じゃ。このままでは領地全体へと影響が出るだろうし、路頭に迷う者も多数出るし治安の悪化も懸念されておる。」

 

 

 つまり雨が降らないと、詰む。思ってたよりも深刻な状況みたい。実は残された時間はもう、あまり無いのでは…。

 

「その、思ってたよりもずっと深刻な状況ですけど。時間はあまり無いんじゃないですか?」

 

「と、思うじゃろ?だが実はまだ何年かは持ちこたえられるんじゃ。」

 

 要約すると。領主の一族の所有する土地には肥沃な土地がまだあるのでそこに大規模な農場を作り、農民達を受け入れる準備が進んでいる。なので時間稼ぎしている間に解決出来れば良いし、出来なければ農場を拡大して町を作ればいいと。

 

「という訳じゃ。根本的な解決が出来なくても大量の人手があれば何とかなる。とは言え、これ迄に開拓につぎ込んだ資材が全て無駄になるのは領主にとっても痛手なのは事実じゃ。出来れば解決はしたいというのが現状じゃの。」

 

 放棄するとなれば開拓民の士気は大いに下がるのは目に見えていて、領主の求心力も下がるのは確実だそうです。確かに全部一からやり直しなんて事になればうんざりしてしまうと思います。

 

 

「この領地は交易ルートから外れているせいで領主もあんまり金を持っとらんのでな、領内で賄える資材はともかく金属製品や薬草や医療品の類いを買う資金が心許ないんじゃ。開拓用の物資の遣り繰りが結構カツカツで出来るだけ出費は抑えたいから、儂等にも医療面での協力依頼が来とるんじゃよ。」

 

 食料は保存食なら辺境まである程度は行き届かせる事が出来るけど、他の物資がキツイらしい。

 

 

「本筋に戻るぞ。そんなわけで、癒し手は引く手数多だから何処に行っても功績は積み上げられていくじゃろう。もっと手っ取り早くという事ならば、有力者に顔を売るのが早いだろう。貴族や商人、有力な冒険者等にな。そして、勇者候補だ。」

 

 

勇者候補。

 

 話を聞くと当然ながら私達の様な転生者だけではなく現地の強力な冒険者達も勇者候補と呼ばれ、貴族や商人が後援者となっている事もあるそうです。彼らの殆どがベルゼルグで活躍しており、彼等に接触する為には必然的にベルゼルグに行く必要がある。

 王都なら確実に接触は出来るだろうが王都を拠点にする有力な勇者候補ならば後援者が付いている可能性が高いとも、そこに私達が話を捩じ込むのは難しいと。

 

 ならば、どうするか?他の都市で将来の見込みが有りそうな者を取り込むのが良いだろうと。つまりは青田買いすると。

 

 大成するかは兎も角、私なら転生した日本人を探して接触するのが良いかも知れない。転生者は皆、チートを貰って転生しているはずだし。少なくとも埋もれてその他大勢って事は無いと思う。それに、日本人なら見た目で分かるし。

 

「リムタスさん、私の同郷の人達もアクア様に導かれ魔王討伐に出ています。私はその人達に接触してみるのが良いと思います。」

 

「同郷の者か。その者達は見た目で分かる様な特徴でも有るのか?」

 

「はい、日本人なら大抵黒髪で黒色の瞳または茶色の瞳です。それに名前を聞けば分かります。そして今の私の姿を見れば何らかの反応が有ると思います。」

 

「そこまで言うならばそれで良いじゃろう、だがどこの都市を目的とするのだ?闇雲に探しても見付からんかも知れんぞ?」

 

「それは…。」

 

 私には土地勘が全く無い。そもそもベルゼルグがどっちの方角かも距離も分からず言葉に詰まる。

 

「で、あるならば。良い物が有る、きっと役に立つだろう。少し待っておれ。」

 

 そうい言ってリムタスさんは礼拝堂を出て行った。

 

「ねえ、マイム。どこって言うか、アルカンレティア行くときについでにちょっと回って見るのも良いんじゃない?観光しながら回れば同郷の人達も来てるんじゃないかな。」

 

「アルカンレティアって結構大きな街って話でしたよね、だったら湯治に来てる人も居るかも知れませんね。」

 

 

 話しながら待っていると、リムタスさんが真っ青な石のあしらわれたペンダントを手に持って帰って来た。

 

「コレを見よ。これは転移石と言う物だ。かつてアルカンレティアで我々が研究していた物の成果の一つだ。」

 

リムタスさんによると、古い時代に使われていた儀式魔法を応用している物で相似した地形同士を結んで転移する事が出来る物だと言う。

 水の村はアルカンレティアを模しており、水が豊富である事と温泉の代わりに家々に川から水を引き風呂を作り、教会を始め建物や通りの配置を似せてあるのだと言う。儀式場を作り上げそこに水の精霊の力を流し込み転移陣を作り、転移魔法を発動させるという大掛かりな物。

 

「へえー、そんな便利な物が有ったんだ。その割には誰も使ってる所を見た事無いんだけど?」

 

 ミアさんは疑わし気にリムタスさんを見る。

 

「それには理由が有ってだな…あー。水の精霊の力を借りる為には水の精霊との強い繋がりを持つ清らかなる乙女にしか使えんのだ。昔、共に来た聖女候補のミシャにしか使えんくてな…。それ以降誰も条件を満たす者が居らんのだ…。」

 

 気まずそうに、斜め上を見ながらリムタスさんは尻すぼみに言う。

 

「ミシャって、隣のミシャ婆ちゃんの事?」

 

「ああ、そうだ。歳と共に繋がりが弱まって行ったそうで、三十路以降は発動しなくなってしまったのだ。あ、この先はミシャには言うなよ。水の精霊は清らかなる乙女の姿をしていると言われておるのは知っとるな?相似魔法の特性上、力を貸し借りする同士も似通っているのが条件だと言われておる。だから、そのな体型がな。」

 

「あー。その先は良いよ分かった。ミシャ婆ちゃんには内緒にしとくよ。」

 

「??」

 

「あー。マイム。えっとね。幸せ太りって言うかなんと言うか。うん。分かって。」

 

「あー。なるほど。」

 

 分かったよ。

 

「そういう訳だから内緒にしておいてくれ、アレじゃ無ければもう少し長く発動は出来たと思うんだがの。」

 

「でも、水の精霊との繋がりっていうのは?娘のリザさんってミシャさんの若い頃に瓜二つって言われてるじゃん。」

 

「曲がりなりにもミシャは幼い頃から修行を積んで居た身だからな、容姿が似ている程度じゃそこまでは行かんだろう。村でやってるアレとかはお遊び程度なのは分かるじゃろ?だからミシャの血筋とはいえ精霊の気配を感じるのがやっとなのだ。」

 

「じゃあ、ミシャ婆ちゃんが使えなくなってからはずっと仕舞われてたの?」

 

「研究は続けていたが、発動は出来なかったからほぼ仕舞っていたな。他に精霊を見る事が出来るのは儂を始め何人か居るには居るが、なんでか知らんが見事に男ばかりでな。うら若き乙女にしか見えぬ水の精霊は目の保養にはなるがそこまででな。儂等には精霊と自由に言葉を交わす事は出来んのだ。」

 

「目の保養って…。」

 

 うわぁ…って目でミアさんがリムタスさんを見ている。

 

「オホン。そこでだ。コレをマイム、そなたに託そうと思うのだ。」

 

「私に、ですか?でも私は精霊なんて見えないですよ。」

 

 キョロキョロと周りを見回すけど、精霊なんて見えない。

 

 

「精霊が見えるようになるには切っ掛けが必要でな。儂等は修行で見える様になったが、マイムならコレを身に着ければ精霊との交信が出来るようになる可能性がある。とりあえず着けてみてくれんか?」

 

「わかりました。」

 

 ペンダントを手渡された。五百円玉よりも少し小さいくらいの青い石が着いたペンダントだ。透明感は無くまるで絵の具で塗ったような均一な青一色の石を銀の鎖で吊っている。私は留め具を着けるに少し手間取りペンダントを首から下げた。

 

 すると、私の視界は一変した。礼拝堂には私達三人しか居なかった筈なのに、私達の周りには青い髪の女性達が居た。私にはその女性達は…

 

「アクア様…。」

 

 年格好は様々ではあるけど、アクア様にそっくりな女性達が見えた。

 

「そうか、マイムにはアクア様に見えたか。彼女達の声は聞こえるか?心を澄まし、声を聞き取るのだ。」

 

 何かを言ってるけど、分からない。もっと澄まさないと。

 

『きこえる?わたしのこえが?きこえる?』

 

 近いのに遠く、どこかエコーの掛かった様に聞こえる。

 

「聞こえます。私の声は聞こえていますか?」

 

『きこえるよ。やっとおはなしできるね。わたしはずっと、あなたと。おはなししたかった。』

 

 目の前や後、横と話す声が位置を変えて行く。一人が話して居るのではなく、全員が話している?

 

「マイムよ、精霊は個であって個では無い。全てが繋がっている。目の前の精霊達も遠く離れた精霊も何処かで繋がっていると言われている。だから今周りに居る精霊達は全員で記憶を共有していると思ったら良い。」

 

『わたしはずっとみてた。あなたがこのせかいにきてから、ずっと。』

 

「マイムよ、儂には断片的にしか聞こえぬ出来れば精霊達が何を望んでいるのか聞いてくれんか?もしかすると崩れたバランスを正常に戻す助けになるかも知れない。」

 

「わかりました。えっと、精霊様。私とお話ししたいそうですけど、何をお話しすれば良いですか?」

 

『いっぱい。』『あなたは、あくあさまといっしょ。そっくり。』『どうしてこのせかいにきたの?』『あなたはひとりじゃないよ?だいじょうぶだよ。』『おしえて。いろいろ。』『とじこめられた、たすけて。』『くろいのをおいはらって。』『あそぼ』『かぜがよんでる。』『さむい』『かわいい』『いいこ、いいこ。』『邪なる者を退けて欲しい。』『つよい?』『たのしい』『てつだって』『きて』『でんぱ』『』『』『』『』『』………

 

 一斉に話し掛けられて混乱する。所々に重要そうな言葉が入ってるけど、聞き返す暇が無い。

 

 

「あ、えっとえっと。そんなに一編に言われても。」

 

「マイム、私達はちょっと席を外すよ。ゆっくり話合ってからで良いよ。爺行くよ。」

 

「待て、ミア。引っ張るな。こんなに沢山の精霊が集まって来るなど初めて「良いから行くよ!マイムが集中出来ないでしょ。」」

 

 視界の端で二人が出て行くのが見えた。

 

 

「精霊様、もう少しゆっくりお願いします。何に困っているんですか?」

 

『こまってる。』『きりはなされた。』『でられない。』『くろいのがじゃま。』『邪なる者の尖兵を退けてくれ。』『たすけて。』『かてない。』『つよい。』『したい。』『よごれる。』『さらまんだーがまけた。』『よごされる』『したい。』『くろいやつ。』『ぞんび。』『じょうかして。』『かいほうしてあげて。』

 

 

 少しずつ分かってきた。

 

 まず、邪なる者の尖兵。これは魔王か悪魔の手先なんじゃないかと思う。

 次に、切り離された、出られない、黒いのが邪魔。何者かに閉じ込められたか封印されたか。

 次は、勝てない、強い、さらまんだー?火蜥蜴(サラマンダー)かな。敵が強くてサラマンダーが負けた。たぶんサラマンダーは味方だと思う。

 そして、死体、ゾンビ、汚れる、汚される、浄化して。敵はアンデッド。浄化その物か、倒して浄化して欲しがっている。

 最後、解放してあげて。これが分からない。解放してあげて?アンデッドはこの世に縛り付けられた魂の成れの果てだと聞いた。じゃあ、この解放とはアンデッドを浄化して魂を天に還す事?

 

 

「精霊様。確認させてください。精霊様は魔王の手先のアンデッドに閉じ込められて、味方のサラマンダーがその敵に負けてしまったんですね。そして、アンデッドを倒して浄化して魂を解放して欲しい。という事で合ってますか?」

 

『あってる。』『だいたい。』『ただしい。』『おしい。』『さらまんだーがぞんび。』『あやつられてる。』『邪なる者の尖兵がサラマンダーを汚した。』『さらまんだーをたすけて』『ぞんびがぞんびつくった。』

 

 一人だけ居る精神年齢が高い人と話せないかなぁ。魔王の手先は否定しなかったから。魔王の手先のアンデッドがサラマンダーを倒してゾンビにして操って、水の精霊を閉じ込めている。って所かな。

 

「精霊様。もう一度確認します。魔王の手先のアンデッドがサラマンダーを倒してゾンビにして水の精霊様を閉じ込めている。という事ですか。」

 

『ただしい。』『そのとおり。』『あってる。』『その認識で正しい。』『たぶん。』『しるふもなかま。』『たいたんも。』『せいれいはなかま。』『あんでっどてき。』

 

 …登場人物?が増えたし。シルフは風の精霊でタイタンは大地の精霊かな。つまり、精霊達は魔王の手先と戦って負けてしまった?

 

 

「精霊様、つまり。精霊達様は魔王の手先に負けて支配下に置かれていると言う事でしょうか?」

 

『そうだよ。』『そう『私が代表して話す、お前達は少し黙っていろ。』』『えー、ずるーい。』『わたしもおはなししたいー。』『ずるーい』『ずるい』『やだー。』『黙れ、後にしろ。』

 

 ああ、やっと話が進むよ。

 

『同胞よ、そなたの言う通りだ。我らは魔王の手先に敗れた。そしてサラマンダーが汚され使役されてしまった。我等精霊同士で長きに渡り争っていた。それ故に団結しなかったのが敗因だ。』

 

 つまり、各個撃破されてサラマンダーが使役された。シルフとタイタンはアンデッドを倒そうとしてるけど力が足りない。アンデッドは精霊達を支配したいけど力が足りない。水の精霊はアンデッドに閉じ込められて少しずつ汚染されている。汚染しきればサラマンダー同様使役されるし、他の精霊も負けてしまう。

 精霊は死なないから浄化されれば復活する。復活したら今度こそ団結して敵を倒す。その為に、サラマンダーを浄化して欲しい。

 

「場所はどこでしょうか?」

 

『この川の上流に泉がある、そこだ。汚染が進めば人間達も暮らして行けなくなるだろう。あと、畏まった言葉は要らぬ。同胞であるそなたと我等は同等だ。』

 

 

「同胞ですか?」

 

『女神アクアの写し身なら、それは女神アクアの眷族だ。女神アクアは水を司る者、そして我等水の精霊は眷族だ。なら我等は同胞で同等だ。』

 

 正直言って、畏れ多い。

 

「それでは司祭様も交えて相談していきましょうか。」

 

『うむ、良いだろう。ああ、彼に伝えて欲しい事がある。我等の声が届かずとも我等は共に在る、と伝えてくれ。』

 

「はあ、わかりました。」

 

 

 私は二人が出て行った扉を開き二人を呼びこれまでの経緯を説明した。

 

 

「ふむ、なるほど。では急激な環境の悪化の原因は魔王の差し金と言う事か。前線から遠く離れているからと油断しておった所を突かれたか。この件は領主にも報告しておく、精霊達を抑え付ける等並大抵の手合いでは無いだろう。下手をすれば幹部級かも知れん、大規模な討伐隊を組む事にもなるだろう。」

 

 この村を流れる川は例の大規模農場の水源の一つであり、これが汚染されれば延命策も潰える事になる。

 

「辺境の戦力だけでは難しいかも知れんな。それに浄化か…。最悪、本当に最悪だが。アルカンレティアの者共の手を借りる事になるかもな。奴等は堕落仕切った屑だが、腹立たしい事に能力はある。今もやってるかは知らんが、昔は前線に義勇兵を派遣していた程だ。奴等は能力だけは有るからの。」

 

 本当に嫌そうにリムタスさんは語る。そこまで嫌いなのか…。

 

「一度、近いうちにアルカンレティアに行かなくてはならんな…。これではマグナの小僧に説教しとる場合では無いな。何にせよ、領主の判断を仰ぐ。ミア、この件は小僧に伝えよ。だが、他にはとりあえず他言無用だ。」

 

「分かった。ギルドの方とかはそっちでやってくれるんだよね?」

 

「ああ、領主に報告すればギルドも交えて会合する事になるだろう。」

 

 

 なんだか、すごく大事になっちゃった。でも、来て正解だった。

 

 

『現状維持出来るのは概ね半年程度が期限だと思って欲しい。それまでに頼むぞ。』

 

「半年ですか、それを過ぎたらもう手遅れですか。」

 

『そうだ。それ以降は一気に侵食されるだろう。』

 

 言ったあと、精霊様は何かを悩むように腕を組んで唸り始めた。

 

『この話し合いについて一つ提案がある。我等の声をいちいち伝えるのは面倒だろう。そなたの手を他の者が握れば我等の声が聞こえるようになる。だが、乙女の手を取らせるのは如何な物かとも思う。』

 

 手を繋ぐのか、私は別にそんなに抵抗無いかなぁ。

 

「えっと、精霊様が言うには私と手を繋げば精霊様の声が聞こえるようになるそうです。」

 

「それは精霊が見えない私でも?」

 

「たぶん。」

 

 ミアさんの手を取りながら言った。とりあえずやってみよう。

 

『我が声が聞こえるか?』

 

「おおぅ。聞こえます!それに姿も見えます。」

 

 興奮気味にミアさんは言う。

 

「なんかこう、精霊達がマイムと一緒に並んでると姉妹みたいに見えるね。」

 

「儂もよいか?」

 

「良いですよ。」

 

 もう片方の手をリムタスさんと繋ぐ。リムタスさんの手は大きくてゴツゴツとしている。力仕事をしている男の人の手と言うイメージかな。

 

「見える、今までよりもはっきり見えるぞぉ!わ、儂にも何かお言葉を戴けませんか。」

 

 目を見開き興奮して感激している。

 

『では、伝言ではなく直接言おう。我等は常に共に在る。我等の声を聞けずとも、我等はお前達を見ている。』

 

 さっきも言ってたけど、どういう意味なんだろう。

 

「ああ、ありがとうございます…。」

 

 リムタスさんは涙を流しながら私と繋いだ手を、もう片方の手で包み込みながら精霊様に向かって頭を下げている。

 

「リムタスさん、それってどういう意味があるんでしょうか?」

 

「そうだな、マイムは知らぬな。それに村の若い者達も知らぬ事だろう。」

 

 涙声でリムタスさんは語った。

 水の精霊は女神アクアの眷族であり、その存在は信仰対象の一つであると。嘗て堕落の中に浸かりきっていた我等を嫌悪しつつも叱咤し、道を正してくれた事。当時の聖女が精霊の声を聞き、正しい信仰を説く動きの切っ掛けになった。原点回帰し、水を讃え女神アクアを崇める原始派を産んだ存在であると。

 清らかなる水の乙女達が我等を真の信仰へと立ち戻らせた。水の精霊無くして、原始派は産まれなかった。原始派の多くは水の精霊の姿は見えず、僅かな者が姿を見る事が出来。聖女を含む数名が声を伝えた。神の眷族のお言葉が聞こえないのは残念だが、きっと我等の祈りは通じていると信じていた事。そしてそれは無駄では無かった。

 

 

 リムタスさんは万感の想いを籠めて語った。この世界の人にとってアクア様の姿も声も聞くことは出来ない。だから、その眷族を信仰するのは当然の流れだと思う。こちらは姿を見る事が出来る者が居て、声を聖女や司祭を通して聞くことが出来る。そんな存在から声を掛けられたのだからそういう事なんだろう。

 

 

「儂等に出来る事であれば、この老骨も我が魂も全てを捧げて精霊様のお力になります。村の者達なら、皆同じ事を言うでしょう。総力を挙げます。」

 

 目に力を込めどこかスッキリした表情で精霊様を見詰めながら宣言した。

 

「全ては、アクア様の為に!失礼しましたな、では続きを話し合いましょう。」

 

『では、続けよう。率直に言って長くて半年だ。あと半年で我等が半身は汚され、闇に犯される。そうなれば我等はお前達を害するだろう。』

 

 精霊様は一度言葉を切る。周囲の精霊様達も一様にこちらを見詰める。

 

『この地の我等はお前達を見守ってきた。その愛し子を傷つけたく無い。もしも間に合わなければ、我等を置いて逃げろ。お前達が生きる事が我等が一番に望む事だ。』

 

「なりませんっ!それだけは、決して!そんな事を言わないで下さい。導き見守ってきた精霊様を見捨てる事など有り得ません。必ずや、必ずやお救いしますっ!だからどうか、そんな事を言わないで下さい。儂等は水と共に生きるのです。半年以内、いえ。遅くとも3ヶ月以内に戦力をかき集めて見せます。」

 

 私と繋いだ手に力が籠っている。涙を流し長らも強い意思で以て対話をしている。

 

「儂のプライドなど、価値は無い。村の有力者で会合し、アルカンレティアに戦力を頼る。アイツ等が話を聞く保証は欠片も無いだろう。だが!土下座でも何でもして戦力を確保しなければならん!何としてでも、この難局を乗り切るぞ。」

 

 リムタスさんは私とミアさんにも頭を下げて頼み込んだ。

 

「マイム、アルカンレティアに行くときは同行して欲しい。精霊の声を聞く事が出来る者が必要だ。どうか、儂に力を貸して欲しい。ミア、マグナの小僧ににも覚悟を決めろと言っておいてくれ。アイツも他人事では無い。アイツの父親はアクシズ教の司祭だ、必ず接触する事になる。ミアはアルカンレティアに行くときはマイムの身辺の警護を頼みたい、出来ればお前達のパーティーでだ。」

 

 断る事なんて有り得ません。私が力になれるなら。

 

「はい。私に出来る限り協力します。全てはアクア様の為に!」

 

「分かった。マグナには伝えとくよ。会合するんなら早い方が良いでしょ?私が今から伝令に行って来ようか?」

 

「ああ、頼む。それと自警団長も呼んで来てくれ。」

 

「分かった。じゃあ行ってくるね。村の存亡が掛かった緊急事態だって言っておくよ。じゃあマイム、あとは頼むね。」

 

 ミアさんは手を離して、私に手を振って教会から出て行った。

 

 

 

「二人は明日には戻らねばならんのだったな。事は一刻を争う。マグナには自警団から伝令を出す。村から指名で依頼も出そう。奴には嫌とは言わせん、絶対に依頼を飲ませる。マイムはこのまま村に残って会合にも出席して貰う、会合の出席者は全員が精霊様のお姿が見える者達だ。これ程の数の精霊様達が集っているのだ、すぐに結論は出るだろう。」

 

 

『あの者達か。皆、神官の子や孫達だったな。彼等の子に、赤い髪の幼い少女が居るだろう?彼女を連れて来ると良い。あの子は我等の声が聞こえている素振りがある。純粋なうちに修行を積めばきっと聞こえし者になるだろう。』

 

「そう言えば、子供のうちは見聞き出来る者が時折居るのでしたな。マイム、疑問が顔に出ておるぞ?幼い子供というのは純粋だ。それ故に精霊や妖精の姿や声を捉え易いのだ、だが歳とともに純粋さは失われ見聞き出来なくなるのだ。だから幼いうちから修行を積めば優秀な神官となり得るのだよ。」

 

「じゃあその子が修行を積めば、精霊様達と交信の出来る人になれるって事ですね?」

 

「可能性は高い。見える者はある程度居るが、聞こえる者は本当にごくごく僅かでその才が開くのは更に少ない。だが精霊様が言うのだから、他の者よりも素質は有ると思う。」

 

 

『戦力も必要だが、浄化魔法が使える者も数が必要だ。堕ちたサラマンダーを浄化しなければならん。腐っても精霊だ、抗魔力も高く大人数でも長時間掛かるだろう。』

 

「それこそ、アクシズ教団の十八番ですな。村の者は元よりアルカンレティアのアクシズ教団もそれを飯の種にしておりますから。毒や呪いを浄化解呪し治癒魔法で癒すのが主な収入源ですから。」

 

『そうであったな。では数は揃えられるだろう。戦力はどうだ?この村の戦士達は粒選りだがそんなに数は居ないだろう。サラマンダーの攻撃を凌ぎながら切り結ぶのは苛酷だ。』

 

「話の腰を折ってすみません。サラマンダーと言うのをあまりよく知らないんですけど、どういう感じ何ですか?」

 

 イメージ的には炎を纏った大トカゲか炎で出来たトカゲみたいなイメージ。

 

『その辺の知識も必要か。我等精霊とは人間の意識により姿形が作られるのは知っているな?何、それも知らないのか。』

 

「儂から説明しましょう。マイム、精霊の姿と言うのは決まっていないのだよ。我等人間がきっとこうだ、と自然を見てイメージした姿が素になるのだ。一般的に、水の精霊は清らかなる乙女を火の精霊は炎を纏った大トカゲを、風の精霊は薄衣を纏った美女を、大地の精霊は岩の様な肌を持つ大男をイメージすると言われている。」

 

 リムタスさんによると。一般的なイメージ以外に居住環境や地形から違う姿を連想しそれぞれの姿を取る事もあるそうです。

 

 滝から落ちる水が滝壺で渦巻く様から大蛇や龍を想像したり、鳴り響く雷鳴と共に降り注ぐ雨から雷神を想像するように。

 

 火の精霊は噴煙や噴火で空に立ち上る姿から龍を山火事や大火事から焔の翼を持つ鳳を。

 

 風の精霊は、吹き荒ぶ突風や嵐から地上に息吹を掛ける巨人や竜を、竜巻から竜、その軌跡の爪痕から荒ぶる巨人を夢想する。

 

 自然の姿と人の心次第でその姿は如何様にも変わる。精霊は想う人が多い姿を取り、人々の前に顕れる。

 

 

『説明ご苦労。元のサラマンダーは炎を身に纏った大トカゲで深紅の鱗と舞い散る黄金の火の粉が美しかったが、汚されてからは黒い闇の衣を纏った大トカゲと言った姿だ。鉄をも溶かす炎は猛毒と鉄を腐らせる霧へと変わった。そしてその体躯は、骨に腐った肉がこびりついたおぞましい姿になってしまった。』

 

 サラマンダーゾンビを想像した。すごいボス感がある。真面目な話なのについつい思考が逸れる。

 

『それ故、ただの武器ではその身に届く前に腐り落ちる。聖剣や魔剣の類いで無ければ無駄に命を散らすだろう。魔法には元から高い抗魔力がある上、最早冷気は弱点では無い。有効な可能性が有るのは、風で闇の衣を剥ぎ炎で焼き払うか聖なる力で浄化するのが有効だろう。』

 

 

「聖剣や魔剣ですか。そんなのを持ってるのはまるで勇者や英雄とかじゃないですかね。」

 

 あのカタログ。チートには聖剣や魔剣が載っていたはず。勇者を探さなきゃ、私達の勇者を。

 

 

『勇者か、聞いた覚えがある。人々の心が折れ闇が蔓延る時。魔王や悪魔を討つ為に、神々が異界より勇敢なる者をこの世界に導いていると。』

 

「勇者候補と呼ばれる者達が居ます。その中には見慣れぬ容姿や名前を持つ者達が居ると聞きます。もしやその者達が、そうなるとその者達と同郷だと言うマイム。おぬしは…。」

 

 

 

 アクア様の導きで、とは言ったけど勇者候補とは言ってなかったし。言う気も無かった。だって私みたいなのが勇敢候補だなんて名乗れないよ。コミュ障でクソザコメンタルの私が勇者候補とか、言えないよ。でも、言い逃れは出来そうに無い。

 

 

 

「そうですね。私はアクア様に導かれました。」

 

 

 

「でも、私がアクア様から聞いた話はこうです。若くして亡くなった人に、生まれ変わるかこの世界に転生するかを選ぶように言われました。この世界では魔王により人々が脅かされ生まれ変わるのを拒否する人が増えていて、このままでは遠くない未来に世界は滅ぶと。この世界に勇者候補として行くならば、何か一つだけ欲しい物を与えると。」

 

 

 だから私はこの身体を貰った。新しい自分に生まれ変わる為に。そしてアクア様の尊さを布教する為に。

 

 

 

「そうか…。」

 

 

 引いたかな。引いたかな?他の人達が世界を救う為に勇者候補として来たのに、私は布教の為とか言ってるんだし。ふざけてるよね?私自身は真剣だけど。

 

 

『嘘は無い。全て真実だな。そなたの事は自身が一番知っているだろう。女神の期待に応えるように精進すればいい。聖剣や魔剣を持っていそうな者が居ると分かったでけでも一歩前進だ。ではその者達を中心に探せば良い。』

 

 

「マイムよ。」

 

「はい。」

 

「アクア様は尊い。それは真理だ。そしてその布教の為にこの危険な世界に降り立ったのだ、責める理由等無い。その姿は女神アクアの生き写しで女神アクアの眷族でもあるならば、人々を導く為に立つ事も多々有るだろう。そこに、本当に後悔はないか?」

 

 

 人前に出るのは緊張するし、出来ればしたくない。でも私は変わりたい、今までの自分から。

 

「後悔はありません。私が選んだ道です。」

 

 でも、後悔はしてない。変われるチャンスを貰ったんだから。

 

 

「マイムよ。儂が認める。アクシズ教原始派、司祭リムタスの名に於いてマイムを聖女と認定する。資格については言うまでも無いな。」

 

 

「はい。謹んでお受けします。」

 

 

 成り行きで聖女になりました。

 

 

「追々、聖女としての教育もしよう。会合にはミシャも来る、その辺りは彼女に聞くとしよう。」

 

『繋がった。マイムとの間でパスを繋げた。今後はペンダントを身に付けずとも我等との交信が出来る様になった。転移魔法とやらにはまだ干渉が出来ん。それが精霊を介する物なれば、機能になんらかの干渉が出来るようになるだろう。』

 

 

 今は、とってもとっても大事な話をしているのに。

 

 

「くぅ。」

 

 ちいさくお腹が鳴った、私の。手を繋いでるから近いし、絶対聞かれた。聞かれちゃった。

 

 

「……そろそろ昼だな。」

 

 少し、間があった。ううぅ。

 

 

「はい。お昼ご飯はミアさんの家で食べる事になってるですがどうしましょうか?ミアさんを待ってようと思うんですが。」

 

「そうだな。ミアが戻ってきたら昼食を取って来るとよい。その後でまたここに戻って来てくれ。」

 

「わかりました。」

 

 

 

 そうこうしていると。教会の扉が開いてミアさんが戻って来た。

 

「ただいま。会合は昼からで良いんだよね?みんな昼からなら来れるってさ。」

 

「ああ、昼からで大丈夫だ。二人は昼食を取って来なさい。」

 

「分かった。会合はもちろん私も出て良いよね?関係者なんだし。」

 

「ああ、二人も会合に出て貰うぞ。」

 

「了解、了解っと。じゃあマイム行こ。」

 

「はい、ではリムタスさんまた後程。」

 

 

 

 私達は教会を出てミアさんの家に帰って行った。

 

 

 

 

 

 




前回の投稿から一月も掛かってしまった。

ああ、狂おしい程に年度末だ。忌々しい納期は、容赦無く私の休みを奪い去って行く。


もうちょいで、原作キャラを出せる所まで行けそう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。