聖堂内で誰かが呟いた。
「なぁ、あのマイムっていう女の子をモデルにしてフィギュア作っちゃダメかなぁ。絶対売れると思うんだよ。」
他の誰かが答える。
「良いんじゃね?ただ作るんなら予約しといて良い?」
「じゃあ俺も予約で。」「俺も。」「私も。」「ぼくも。」
遺物の修復を生業とする男の作る物ならクオリティは保証されているとばかりに次々に賛同の声が挙がっていく。
「おっし、忘れないうちに徹夜で原型作るわ。」
また別の誰かが呟いた。
「
「むしろ、マイム様で描いちゃったら?誰もわかんねぇって。」
「それもそうか。」
歴史的な価値のある壁画が、思い付きで描き換えられようとしている。描く本人達にしか違いが分からないなら、それはもう本物と言えるだろう。
聖堂を出て家に帰る道すがら、友人達と話す青年達。
「なぁ、アクア様とマイム様ってそもそも本当に別人なのか?」
街の各所に飾られている様々な表情の女神アクア像を見ながら呟く。
「俺には違いがわかんないんだよな。本当はアクア様が眷族のふりして俺達の様子を見に来たんじゃないかな。」
「だったら良いなぁ。」
「アクア様の像って作者によって見た目の歳にバラツキあるし、これなんてマイム様そっくりでしょ。」
女神像の一つを指差し言う。その女神像は他の多くの女神像より少しだけ幼い見た目をしていた。それはマイムと瓜二つと言える程に似ていた。
「やっぱ、そうだよなー。」
「似すぎでしょ。この像作られたの何年前だよ。」
幼き女神像は彫られた年も判らぬ程に古い。だが住人達に大切にされ、彫られた時と変わらぬ姿を今に伝えている。
「あんな綺麗な髪色見たことないな。」
女は自身の髪を手に取り見比べた。女神アクアにあやかり髪色を変える為の染料を売り、自身の髪も女神アクアをイメージして染めていた。
思い起こすのはよく晴れた空の様に曇り無き蒼、それでいて光の加減で深い水底の様に底知れぬ青。
魔法の染料で染めても出せない艶やかさ。目指す目標となる美しさ。
「たぶん天然の色なんだろうけど……、青い髪だなんて他に見た事なんて無いんだけど。それこそアクア様くらいじゃ無いのかな?」
女神と同じ美しい髪を持つ少女、それは女神でなければなんなのか?と自身にとっては殆ど確信とも言える結論を出した女。
人々は今日の出来事を話ながら思い思い散っていく。ある者は酒場へ繰り出しまたある者は馴染みの料理屋へ、またある者は友人と噂話を共有しに、またある者は家族に伝えた。自身の見た事をネタが新鮮なうちに他人へと伝え、聞いた者達は憶測や希望を語りそれを又聞きした者は適当に補完し、次々に人々へと伝播していく。
そして盛り場で盛り上がる者達の元へとある女性が特大の爆弾を投げ込む。嘘は言ってないが、わざわざ誤解する様な言い回しで話を拡散させていく。きっとその方が面白いだなんて理由で誇張し大袈裟に或いは悲劇的に語る。
ある者は横暴だといきり立ち、またある者は偉い人達を批判するネタを得たと生き生きし、またある者は旺盛な想像を働かせ勝手に盛り上がっていく。
噂と憶測は爆発的な勢いでアルカンレティア中に拡がっていく。
「アクア様が降臨したって聞いたぞ。」
「俺は眷族だって聞いたよ。」
「アクア様そっくりどころか瓜二つだった。」
「あの凄く古い女神像と瓜二つだったぞ。」
「じゃあきっとアレが元の姿なんじゃ?」
「アクア様の像と瓜二つの、なんか神聖な感じの美少女だって。」
「魔王軍の手先を撃退する為に手を貸して欲しいって言ってたぞ。」
「人々を救う為にアクシズ教徒の力を必要としてるって。」
「アクア様が私達の力を必要としてる。」
「早くみんなに伝えなきゃ!」
「アクア様の力になりたい。」
「もっと多くの人に教えなきゃ。」
「爺共が美少女を良いように操ろうとしてるらしいぞ。」
「裏山」
「あんな純粋な女の子に酷い事しようとするなんて許さん!」
「アクア様みたいな女の子を好きにしようとしてるらしい。」
「アクア様の分身を利用しようと企んでるってな。」
「アクア様の自由を奪おうとしてる。」
「」
伝言ゲームの様に人から人に伝わりながら変化し、誰もが自分達の言ってる事が正しいと信じて疑わぬまま拡がり続ける。一晩でアルカンレティアの住人総ての知りうる所となった。
もう誰にも止める事は出来ない、例え本人達が否定しようとも。人は自らの見たい物を見て聞きたい物を聞く。
「知らなかったとは言え御無礼を働いた我等にもあの様な言葉を掛けて戴けるとは……。」
筋骨隆々の男は呻くように言った。
「あの方の道を阻む者は何人足りとも排除しなければならん。」
「悟られぬ様に警護に就け。不埒な輩を叩きのめせ。」
夜の街へ部下達を送り出した。今の我等には熱く滾るような激しい信仰心が渦巻いている。
我等は真に仕えるべき主を見つけたのだ。仰ぐに値しない指導者達よりも彼女を守り道を切り開く事こそ我等の使命であると確信した。
だが僧兵の護衛が着く時点で人々にとっては公認も同然であるが故に噂の一人歩きは全力疾走に変わっていく。
悪意で以て掻き回そうとする者は居らず、ただ皆が良かれと思って行動した結果誰も止めようとすら思わない。
夜が明ければ、渦中の人物達は突如として嵐の様な滅茶苦茶な状況に翻弄されるだろう。だがしかし、もうコントロール出来るような状況ではなかった。
多くの住人にとっては真実よりも、より楽しければ良いと。熱狂的もしくは狂信的な信徒にとってはアクア様に
「なんか、外が賑やか??」
早朝、まだ日も高くない時間に目が覚めた。何故だか分からないけど胸騒ぎがする。
たくさんの人達が小声で喋っているような、五月蝿いとまでは言わないけれど静かでもない変な感じがする。
「何かあったのかなぁ。」
カーテンは閉めたままで隙間からそっと外を覗いた。
「っは?」
え、なにこれ……。
私は絶句した。窓の外を見ると大通りが群衆で埋まっていて、彼等はじっと宿を見ていた。
異様な光景に言い知れない恐怖を感じる。
いったい、何が……?なにこれ。
慎重に窓から離れ、そっとベッドに戻ろうとした。これは夢だ、夢なんだと現実逃避するように。
「っいった!」
震える足が縺れ床に倒れた。もうやだなんなの。
「何?物音?んん?」
私が転んだ音でミアさんを起こしてしまった。
「マイム?床で何やってんの?」
こんな姿を見られたのは恥ずかしいけど、今はそれどころじゃない。
「おはようございます、ミアさん。あの、窓の外が。何て言えばいいのか、人がいっぱい居ます。」
ほんと、何て言えばいいのか分からない。なに、このなに。
「?まあいいや、見たら分かるか。」
ベッドからするりと抜け出すミアさんに注意しとかないと。
「隙間からそっと見てください。そっとですよ。」
たぶん、バレたらヤバい奴だと思うし。
「はいはい。なーにが見えるのやら。」
関係ないけど、ミアさんは寝起きがすごく良くて羨ましい。逆にリナさんは低血圧なのか全然起きない。私が転んだ音でも微動だにしなかった。
「は?なにこれ。え?」
表情を無くし青い顔をしたミアさんが振り向く。
「意味わかんないんだけど、何あの群衆。マイムはここで待ってて、とりあえずマグナを叩き起こして来るわ。」
「わかりました。」
そう言ってミアさんは上着を羽織り部屋を出ていった。
実際、本当に意味が分からない。先程の光景を思い出す、見上げている人達は何かを待っている様にソワソワしていた様にも見えたけど、何を待っているのかは全く検討がつかない。今はマグナさんが来るまで待つしかない。
ベッドの上で壁にもたれ掛かりながら体育座りして待っているとドアが開き、ミアさんがマグナさんを連れてきた。ちなみにこの宿は湖に面していて、私達の部屋は大通り側でマグナさん達の部屋は湖側に有ります。きっと向こうの部屋からは朝の清々しい湖が見えたことでしょう。
「なんだこれは、何が起きているんだ。」
窓から離れ頭を抱えるマグナさん。まあ、そうですよね。
「とりあえず3人とも何時でも出られる様に準備しておいてくれ。私は宿の者に何か事情を知らないか聞いて来る。ミア、2人は頼んだぞ。」
「分かったわ。」
マグナさんが部屋から出ていった後、着替えをして外に出る準備を始めました。
まるで坂道を転がり落ちて行くように事態が変化していきます。私達が来た当初の目的から外れ思いも寄らない方向に行きはじめているのを感じます。
何が起きているのか、これからどうなってしまうのか不安で仕方がありません。
アクア様、どうか私達をお導きください。私の仲間や
どうか、どうかよろしくお願いします。
いくらアクシズ教徒とはいえ普通の人は夜遅くなったら帰って寝ましたが、夜通し飲み歩く暇人や破落戸、冒険者等はそこそこ居ます。
行き場を無くし全てを受け入れるアクシズ教に救いを感じ、過剰にのめり込んだ狂信的な人も居るでしょう。
彼等には眠気など関係ありません。前者は野次馬的好奇心と酔いと徹夜ハイテンションで、後者はアクア様に所縁のある存在の全てを崇拝し奉ろうとしています。
アクシズ教徒を煮詰めた鍋の底のような、そんなろくでもない連中だったら早朝から出待ちするのも余裕でしょう。
マイムの言っている目的とは。
今回の訪問はそもそも偵察がてら事前準備しに来ただけで、大事になるのは避けてひっそりやる予定でした。正式な手順を踏まず入国しており、密入国同然の為彼等にとってアルカンレティアの外に情報が流れて行くのは避けたかったのです。
ですが成り行きでどんどん流され予定が狂って行きました。