前兆
眩い光が降り注ぐ歓楽街。
人々は煌々と光る太陽の熱に恨めしそうな目を向けながら汗を拭い、それぞれ交差して歩いている。
その歓楽街の外れに佇む曰く付きの一軒家に訳ありの夫婦が住んでいた。
「都内を主として活動する指定暴力団、柊会の事務所で集団殺人…団員全滅…」
煙草を咥えながら新聞を読むガタイの良い男、葛城龍二は新聞の表紙いっぱいに書かれた事件を読んで驚いた
「最近は暴力団同士の抗争は落ち着いてたんじゃねェのか…?そもそも柊会は自分から手を出すことはしねぇはず…」
物騒な世の中になったもんだ。と呟きながらコーヒーを飲む。
深みのある苦味が口の中いっぱいに広がる。
?「…くれぐれも復讐しようだなんて考えないでよ?」
「馬鹿言え、俺ァもう柊会の人間じゃねえんだ。ンな事はしねぇよ。」
?「どうだか」
龍二の独り言に釘を刺した女性、葛城瑠美は新しいコーヒーを龍二のもとへ運んだ。
「ありがとよ。」
瑠美「いーえ。」
瑠美に礼を言った龍二は煙草の灰を落とし、再び煙草を咥え、新聞の続きを読んだ。
「…被害者は全員、外傷が切り傷のみ。だァ…!?」
瑠美「忍者か侍でもいるんじゃない?」
「ツッコミ所なんだろうけどよ、そうじゃねえと可笑しいぜこりゃ…」
煙を吐きながら龍二は新聞を畳み、立ち上がった。
茶髪を後ろに流した彼の鋭い目がガラス1枚隔てた青空へ向けられる。
「良い天気だなァ、暑くてたまんねぇよ。」
瑠美「そんな真夏日に熱いコーヒーを飲むなんてマゾなの?」
「喧しいわ、コーヒーってのは熱くてナンボなんだよ。」
瑠美「私はアイスコーヒーも好きだけどなぁ。」
仲が悪いのか仲が良いのかわからないような会話をしながら、二人は外出の支度を済ませ、玄関に向かった。
「なァ、こんなクソ暑い日に田舎まで行くってのはどういう了見なんだ?」
瑠美「たまにはいいじゃん、気分転換だよ!」
「…しょうがねぇなぁ。」
眩いばかりの笑顔を向けられ、断る気力も無くなった龍二はアロハシャツのポケットに煙草とジッポライターをしまい、靴を履いた。
こんなイカつい男でも嫁には弱いのだ。
「んで?行く宛はあンのか?」
玄関を出てから瑠美に行先を聞く。
普通は家を出る前に聞くはずなのだが、龍二は少しズレているのだ。
瑠美「この前電車乗ってた時にね!凄い私好みの森があったの!だからそこに行ってみたいな!って!」
「オイオイ、随分テンション高ェな…ホントおめぇは田舎が好きだよな。」
龍二の質問に心底楽しそうに答える瑠美、龍二はなんだかんだ言ってこの嫁が可愛くて仕方がないのだ。
瑠美「まぁね!ちなみに電車で片道2時間くらい!」
「旅行レベルじゃねェか!電車で2時間はかったりぃし、車で行くぞオラ。」
可愛いとは言ってもやはりこの嫁は曲者であった。恐らく同年代とはあまり趣味が合わないタイプの女なのだろう。
瑠美「はぁい!運転お願いします!」
やれやれ…。と頭を掻きながら苦笑する龍二であったが、夫婦で遠出するのは久しいので内心は結構楽しんでいるのであった。
イカつい割に可愛いやつなのだ。(筆者談)
「…なぁんか癇に障る声が聞こえたような気がしたんだが…」
瑠美「どうしたの?早くいこ?」
「…おうよ、準備は万端だな?」
瑠美「モチロン!もちもちロンロンだよ!」
「麻雀でそんなロン打たれたらメンタルやられちまいそうだな」
この男、雀厨のようだ。
そんな他愛のない話をしながら二人は車に乗り込み、アツアツのアスファルトを走ったのだった。
○
オレは瑠美と車に乗り込み、エンジンをかけてから煙草に火をつけてアクセルを踏んだ。
数時間眠っていた車の中は、夏ということもあってムワッとした熱気に包まれていた。
堪らず車の冷房を入れ、お気に入りの曲をかけた。
日差しが眩しいのでティアドロップ型のサングラスをかける。
「港のヨーカ・ヨコハマヨコスカァ〜〜♪」
瑠美「…あなた28よね?曲選が渋すぎない?」
「まだまだピチピチよォ、イケてるだろ?」
瑠美「自分で言うことじゃないよね」
ふふっ。と微笑みながら瑠美にツッコまれる。
たしかに同年代でこの曲を知ってる奴はなかなか見たことがない。
そもそも、この曲を歌っている「ダウンダウンブギブギバンド」というグループすら知らない奴がほとんどだろう。
「んで、適当に車走らせてたけどよ、どこ行きゃいいんだ?」
瑠美「んー、説明難しいからカーナビでルート入れておくね」
「おうよ、助かるぜ。」
瑠美がカーナビを操作しているのを横目に見ながら煙を少し開けた窓から吐き出す。
オレの吸ってる煙草は別段タールが高いわけではなく、メンソールの強いクールーとブリザードブラストという煙草だ。
ブリザードブラストはフィルターの所にカプセルが仕込まれており、それを噛み潰す事でメンソールの味が出る仕組みだ。
冬場に吸うとかなり寒いが、とてもやめられない。
瑠美「よし、ルート設定できたよー。運転ヨロシク!」
「おうよ。…ってホントに遠いなぁこりゃ…。まぁ、田舎の方なら混むことも無いだろうしのんびり行くかァ!」
瑠美「いぇぇぇぇぇぇぇい!!!」
「っしゃああああああああ!!!!!」
車内で瑠美と勝どきのような咆哮を上げ、オレはあえて窓を閉めてから、より強く煙を吸い込んで勢いよく吐き出した。
冷たい煙が車内に充満する。
瑠美「けっっっむ!!!」
「ガハハハハ!煙幕よ煙幕ゥ!!」
こうして、オレ達の田舎旅行は(煙)幕を開けたのだった。