珍しく戦いはないです。
───窓から差し込む白昼の光
オレは見慣れた家のリビングで寛いでいた。
その空間にはオレと親父の2人だけ、ブラックの苦いコーヒーを飲んでいる。
そんな、日曜の朝のように平凡な時間。
退屈を感じざるを得ない中、リビングの扉がガチャリと開き、赤い長髪を流した高身長の女が入ってきた。
葛城
玲亜はスタスタとリビングを抜けてキッチンに向かっていき、冷蔵庫を開けた。
だが、冷蔵庫の中を見て不機嫌そうな表情をする。
玲亜は冷蔵庫の扉を乱雑に閉めると、ズカズカとオレの所へ歩いてきた。
玲亜「ねぇお兄ちゃん、私のファンタ飲んだでしょ!」
突然あらぬ疑いをかけられ、きょとんとしてしまった。
その硬直によって余計にオレを疑ったのか、「ねぇ!」と追い打ちをかけてきた。
ふと親父の方を見てみると、玲亜を気にしてソワソワしているようだった。
「オレはそんな甘ったるいモン飲まねェぞ。……そういやさっき親父が何かァ〜飲んでたようなァ〜…」
すると玲亜は親父の方をギロリと睨みつけた。
玲亜は華奢だが、高身長なのもあって睨みつけられると中々の威圧感がある。
それを見て親父はビクリとし、立ち上がって玲亜に頭を下げた。
信治「…悪ィ玲亜!オレがさっき飲んじまった。」
玲亜「…はぁ…最後の一本だったのになぁ、後で買ってきてね?」
玲亜は呆れたような顔をしてリビングから立ち去った。
それをなんとも言えない表情で見つめる親父をふと見やる。
親父はツーブロックの金髪で、マッチョな上に身長も高いのでナリは相当イカつい。
だが、こうして妹に何か言われると反抗できないのだ。
玲亜はきっと、嫁と同じような立ち位置なのだろう。
オレと親父は根っからの喧嘩太郎だが、身内には絶対に手を出さない。
もし仮に喧嘩しても、口喧嘩で済ますのが信条だ。
と、ここでオレが飲んでいたコーヒーが空になっていることに気づいた。
新しいコーヒーを淹れるためにお湯を沸かす。
信治「…よォ、龍二よ。」
「あん?どうした親父。」
さっき妹に怒られてしょげていた親父だが、突然真面目な表情で話しかけてきた。
先程ファンタの件でチクった事を怒っているのだろうか。
信治「…これからの人生、テメェになにがあっても泣き言は言わねェって、約束できるか?」
「…急になんだよ、気持ち悪ィな……オレがそんな事でメソメソするタマに見えんのか?」
なんの脈略も無く意味深な事を言ってくるあたり、流石親父と言うべきか…
なんの意図があってそんなことを聞くのかわからないが、オレは親父の息子だ。
こう見えて、親父の息子であることに誇りを持っている。
だから何があっても泣き事など言うわけがないのだ。
信治「……そうだな、そうだったな。だが龍二、テメェはもっと強くなれ。強さだけは純粋だからな──────
「急になンだ───
霞む視界、乱れる音。
沸かし始めたばかりなのに、けたたましく咽び泣くヤカン。
ボヤのかかった視界で親父が立ち去っていくのが微かに見えた。
○
───気がつけばオレは見知った天井をボーっと眺めていた。
「……紅魔館か。」
窓の外は既に暗闇だった。
窓を開け、冷たい風によって段々と覚醒していく意識。
そう、オレはフランとの“遊び”で腹を貫かれて意識を失ったのだ。
腹には包帯が巻かれているので、誰かが運んでくれたことは間違いないだろう。
そして先程まで見ていた夢を思い出す。
「…懐かしい、夢だったな。あの日を境に親父は居なくなったんだよな。」
そういえば、筋肉を鍛え始めたのもそれが原因だった。
ただ強さを求めて、せめて親父の意志を継ぐために。
目標が消えて焦っただとかそんなもんじゃない、何故忘れていたのだろう。
………。
「ってそんな事は二の次だァッ!フランはどうなったんだよ!?」
突然現実に帰って大声を出すと同時にコンコンと音が聞こえ、部屋の扉がガチャリと開いた。
ノックしてもすぐに開けたら意味などないだろう…
レミリア「あら、随分と吸血鬼に優しいお目覚めじゃない。」
「……よく言うぜ。最近のオメェは昼でも夜でも起きてる時は起きてンだろ。」
レミリア「ふふっ、そうだったかしらね。」
部屋に入ってきたレミリアにフランのことをすぐに聞こうと思ったが、話が和やかになってしまった。
いつもと何も変わらないような普通な会話。
だからこそ、聞くべきことを聞こうにもタイミングが掴めない。
参ったな……と頭をポリポリ掻いていると、俺の心情に気づいたのか、レミリアは微笑んだ。
レミリア「…ふふっ、焦らないの。今咲夜が紅茶を用意してるわ。」
「……オメェはなんでもお見通しなんだな。ほんなら、煙草でも吸うかねェ…」
お話は茶を飲みながらゆっくりと…ということらしい。
それならばと、懐から煙草を取り出して火をつける。
冷たい煙が体も心も満たしてくれる。
外へ流れ出た害煙が暗闇に灰色の波を描いていく。
レミリアとオレ二人だけの空間。
なんてことはない、見慣れた光景だ。だが今だけは落ち着かない。
レミリア「…具合はどう?」
「ン…さすが最強ってところだな、ピンピンしてらァよ。」
レミリア「ふふっ…自分で言うのね」
落ち着かないオレを見かねて話題を作ってくれたみたいだが、どうも続かない。
レミリアをよく見てみると、平然としているように見えてレミリアも心なしか顔色が悪い。
吸血鬼だからだろうか…?
タバコの火がフィルターに到達する前に灰皿にタバコを押し付ける。
そして2本目のタバコに火をつけた。
「…………。」
レミリア「…………。」
一体どれほどの時間が経ったのだろう。
そう思って時計を見ると、まだ5分程度しか経っていなかった。
人間の脳とは恐ろしいものだ。
とはいえ、もうすぐ咲夜が紅茶を持ってきてもいい頃だろう。
そう思っていると案の定、静寂がコンコンという2つの打音によって打ち破られた。
レミリア「入りなさい。」
扉が開き、バランス良く片手でティープレートを持った咲夜が入ってきた。
パッと見は普段通りだが、その表情はどこか固いようにも見える。
咲夜「紅茶が入りました。」
レミリア「えぇ…ありがとう。」
「あんがとよ。」
紅茶をテーブルに置かれ、咲夜に礼を言う。
ただフランがどうなったか聞きたいだけだが、妙に緊張してしまっている自分がいる。
フランはどうなった?
それだけ。たったそれだけ聞けばいいのだ。
だが思考とは裏腹にその思いは声にならない。
そう思っていると、その重くのしかかるような静寂に終わりを告げたのはレミリアだった。
レミリア「龍二。」
「………おうよ。」
先にレミリアが話すという予想外の結果に驚いたのか恐怖したのか、オレは妙な間を空けて返事しかできなかった。
レミリア「フランがどうなったか…知りたい?」
「……!」
ぎょっとした。
わざわざ含みのある聞き方をするということはそういうことなのだろうか…
オレは途端に不安になり、レミリアを凝視した。
レミリアは目を伏せている。
「……聞かせてくれ。」
レミリア「…えぇ。」
レミリアは目を伏せたままだ。
息が詰まるように感じた。
まるでアルプスの頂上かのように、息が苦しかった。
頭の中では最悪の結果が浮かんでは消え、また浮かび…そして消えてゆく。
レミリアはゆっくりと口を開いた。
レミリア「フランは無事よ、今は眠っているわ。」
「…!フランとは話せたか?」
最悪の予感は的中しなかった。今はそれだけでも充分に良い。
あとはフランとレミリアだ。
お互いに分かり合えるのならばそれがベストである。
レミリア「えぇ…あの子が貴方を担いで図書館まで来た時は驚いたわよ。話も色々聞いたわ。」
「アイツが…フランが運んでくれたのか」
レミリアが驚くということはレミリアも図書館に居たという事だ。
レミリアもなかなか心配性である。
だがそれはひとまず置いておき、フランとどう接したのかということだ。
レミリア「当然だけど、フランはやっぱり私のことを許してくれていなかったわ。」
「ッそうか…」
本当ならすぐに和解というのが理想だが、やはりそうはいかないようだ。
だが495年物の怨みが溜まってるのだから、当然といえば当然だろう。
それでも二人にはわかりあってほしいが…
けれどね…と付け足してレミリアは続けた。
レミリア「また最初からやり直して笑い合いたいって、そう言ってくれたのよ。」
そう言ったレミリアは涙を浮かべながら微笑んでいた。
今までの悔しさ、虚しさから解放されたようなものだ。
それほどまでに嬉しいのだろう。
気づいたらオレはレミリアの頭の上にポンと手を乗せていた。
「良かったなァ…!!」
わしゃわしゃとレミリアの頭を撫でる。
オレとしても姉妹が笑い合えるということで嬉しいのだ。
レミリアは目に浮かんだ涙を拭き、再び微笑んだ。
レミリア「ありがとね、
「…おうよッ!」
レミリアにまでお父さんと呼ばれ、内心ドキッとしたが今回は何も言わないことにした。
普段は妖艶な微笑みを浮かべる彼女だが、今日は無邪気な子供のように明るい笑みを浮かべていたからだ。